秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

18 / 47
第十六話 どんな組織にも、意見の違いはある

 

平和な暮らしというものは、実に素晴らしい。

 

朝起きて、魚を食べる。

 

水浴びをして、魚を食べる。

 

時々セイランと山を走り、帰ってきたら魚を食べる。

 

……。

 

(……あれ?)

 

食べてばかりでは?

 

いやいや。

 

そんなことはない。

 

私はちゃんと働いている。

 

荷物を運ぶし、人を助けるし、時には一族のために知恵も絞る。

 

つまり、これは正当な報酬である。

 

働かざる者、食うべからず。

 

働いた者は、遠慮なく食べるべし。

 

……うむ。

 

実に健全な考え方だ。

 

「スイ、今日はもう三匹目だよ」

 

レンが呆れたように笑った。

 

(……え?)

 

まだ三匹?

 

私は少し驚いた。

 

「そんな顔しても、次は夕方ね」

 

……。

 

(……残念)

 

どうやら、我が一族の食料事情にも限界があるらしい。

 

◇◇◇

 

カンロという使者が訪れてから、五日が経った。

 

白淵族の暮らしは、表面上は何も変わっていない。

 

子供たちは水辺で遊び、戦士たちは訓練をし、レンは相変わらず私たちの世話に追われている。

 

だが、少しだけ違うことがあった。

 

大人たちが、よく集まるようになったのだ。

 

しかも、話している内容があまり楽しそうではない。

 

「だから、今のままでよいと言っているのだ」

 

「だが、外の動きを知らずにいるのも危険だろう」

 

「我らから争いに近づく必要はない」

 

「近づかずとも、向こうから来るかもしれん」

 

……。

 

(……うーん)

 

難しい話をしている。

 

私は集会場の外で、静かに耳を傾けていた。

 

ちなみに、集会場といっても立派な建物ではない。

 

大きな岩を背にした広場に、木の柱と屋根があるだけだ。

 

人間にとっては十分な広さだろう。

 

ただし、九メートル級の闘蛇が入るには少々狭い。

 

以前、無理に参加しようとしてレンに止められたことがある。

 

……。

 

(……解せぬ)

 

私も一族の一員なのに。

 

◇◇◇

 

「西の勢力に加わるべきだ」

 

そう言ったのは、若い戦士だった。

 

名前はハク。

 

セイランほどではないが、腕の立つ戦士である。

 

もちろん、顔も良い。

 

……。

 

(……うん)

 

そこは大事。

 

私は満足げに頷いた。

 

ハクは真剣な表情で続けた。

 

「北の谷の者たちを見ただろう。土地を追われれば、我らも同じことになる」

 

「だからといって、他の部族の戦に加わるのか」

 

年配の男が反論した。

 

「我らは長く、この山で暮らしてきた。外の争いに関わらずとも、生きてこられたではないか」

 

「今までは、だ」

 

ハクは言った。

 

「これからも同じとは限らない」

 

……。

 

(……うん)

 

どちらの言い分も分かる。

 

今の暮らしを守りたい。

 

でも、守るためには変わる必要があるかもしれない。

 

前世でも、似たような話はよく聞いた。

 

会社でも、地域でも、国でも。

 

現状維持というのは、必ずしも何もしないことではない。

 

……。

 

(……難しいよね)

 

私は小さく喉を鳴らした。

 

すると、近くにいた闘蛇も喉を鳴らした。

 

……。

 

(……君は)

 

たぶん、何も考えてないよね。

 

◇◇◇

 

「セイランは、どう思う」

 

族長が尋ねた。

 

広場の空気が、少し変わった。

 

セイランは、柱の近くに立っていた。

 

腕を組み、黙って話を聞いていたらしい。

 

……。

 

(……おお)

 

相棒。

 

出番です。

 

私は少し期待した。

 

セイランはしばらく考え、短く答えた。

 

「……まだ分からん」

 

……。

 

…………。

 

(……え?)

 

分からない?

 

あのセイランが?

 

私は少し驚いた。

 

だが、彼は続けた。

 

「相手が何を望み、何をする者なのか。使者の言葉だけでは判断できん」

 

……。

 

(……あ)

 

なるほど。

 

確かに。

 

「強い者に従えば安全とは限らない。だが、強い者と争えば危険なのも確かだ」

 

……。

 

(……うん)

 

そうだよね。

 

「……だから、見極める必要がある」

 

セイランは静かに言った。

 

……。

 

(……おお)

 

何ということでしょう。

 

冷静。

 

実に冷静。

 

私は思わず感心した。

 

てっきり「戦うなら俺が行く」とか言い出すかと思っていた。

 

……。

 

(……失礼しました)

 

相棒は、私が思っている以上に理性的な人らしい。

 

◇◇◇

 

「……では、誰が見極める」

 

ハクが尋ねた。

 

セイランは少し考えた。

 

「……俺が行く」

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

やっぱり。

 

結局、行くんですね。

 

私は思わず首を上げた。

 

すると、セイランがこちらを見た。

 

……。

 

(……ん?)

 

何ですか?

 

「……スイも連れて行く」

 

……。

 

…………。

 

(……え!?)

 

私!?

 

私は驚いた。

 

周囲の人間たちも、少しざわめいた。

 

「闘蛇を連れて?」

 

「危険ではないか」

 

「相手がどう出るか分からんぞ」

 

……。

 

(……そうですよね)

 

私も、ちょっとそう思います。

 

いや。

 

行きたくないわけではない。

 

むしろ、外の世界には興味がある。

 

でも。

 

知らない部族のところへ行くとなると、少し緊張する。

 

……。

 

(……うーん)

 

何しろ。

 

私は、山奥育ちなので。

 

◇◇◇

 

「……スイなら、問題ない」

 

セイランが言った。

 

……。

 

(……おや)

 

「危険を察するのが早い。それに、俺の指示を理解する」

 

……。

 

…………。

 

(……ふふん)

 

そうでしょう。

 

私は少し得意げになった。

 

「何より、他の闘蛇では俺を乗せられん」

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

それは、そう。

 

私は思わず納得した。

 

セイランの気配に耐えられる闘蛇は、今のところ私だけだ。

 

……。

 

(……なるほど)

 

適任ですね。

 

私。

 

族長はしばらく考えていた。

 

そして、ゆっくりと頷いた。

 

「……よかろう」

 

……。

 

…………。

 

(……え)

 

本当に?

 

「ただし、無理はするな。相手を見に行くのであって、争いに行くのではない」

 

「分かっている」

 

セイランが答えた。

 

……。

 

(……うん)

 

そうです。

 

平和的に。

 

平和的にお願いします。

 

◇◇◇

 

その日の夕方。

 

レンが私の身体を丁寧に洗っていた。

 

普段より、少し念入りである。

 

……。

 

(……おや)

 

どうしたの?

 

私は首を傾げた。

 

レンは私の鱗を撫でながら言った。

 

「遠くまで行くんだってね」

 

……。

 

(……あ)

 

そうだった。

 

「セイランと一緒なら大丈夫だと思うけど……」

 

レンは少し言葉を切った。

 

そして、私の顔を見上げた。

 

「無理しちゃ駄目だよ」

 

……。

 

…………。

 

(……レン)

 

私はそっと鼻先を近づけた。

 

レンは笑って、私の頭を撫でた。

 

「スイは、すぐ人のために頑張っちゃうから」

 

……。

 

…………。

 

(……え?)

 

そうかな。

 

私は少し考えた。

 

確かに、困っている人を見ると、放っておけない。

 

子供の頃、闘蛇の子供を助けた時もそうだった。

 

黒角族の少年を助けた時も。

 

北の谷の子供を見た時も。

 

……。

 

(……うーん)

 

そうかもしれない。

 

レンは静かに続けた。

 

「でも、スイも大事なんだからね」

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

私は、少しだけ胸が温かくなった。

 

そうだ。

 

私も。

 

我が一族の一員なのだ。

 

……。

 

(……うん)

 

ちゃんと帰ってくるよ。

 

私はそっと、レンの肩に鼻先を寄せた。

 

レンは嬉しそうに笑った。

 

◇◇◇

 

翌朝。

 

私はセイランを乗せて、集落を出発した。

 

同行するのは、白淵族の戦士が二人。

 

そして、道案内を兼ねた黒角族の男が一人。

 

カンロたちが来た西の山へ向かう。

 

……。

 

(……おお)

 

ついに。

 

遠征。

 

私は少しわくわくした。

 

山の外。

 

知らない部族。

 

知らない景色。

 

……。

 

(……ふふん)

 

これは、なかなか楽しみである。

 

もちろん、危険があることも分かっている。

 

だが。

 

私は、少しだけ期待していた。

 

何しろ。

 

この世界には、まだ見ぬ美形がたくさんいるかもしれない。

 

……。

 

(……うん)

 

旅の醍醐味ですね。

 

私は元気よく歩き出した。

 

◇◇◇

 

西の山へ向かう道は、思った以上に険しかった。

 

岩場が多く、道も細い。

 

時には、川を渡る必要もある。

 

……。

 

(……ふむ)

 

なかなか大変。

 

だが、闘蛇である私にとっては、そこまで苦ではない。

 

むしろ、川があるのは嬉しい。

 

……。

 

(……水!)

 

私は思わず足を速めた。

 

「……スイ」

 

セイランの声がした。

 

……。

 

(……はい)

 

「遊ぶな」

 

……。

 

…………。

 

(……え)

 

まだ何もしてませんけど?

 

私は少し不満になった。

 

だが、セイランは私の首筋を軽く叩いた。

 

「……後でな」

 

……。

 

…………。

 

(……!!)

 

後で!

 

つまり。

 

水浴びしていいんですね!

 

私は嬉しくなった。

 

……。

 

(……ふふん)

 

やっぱり。

 

相棒は、よく分かっている。

 

◇◇◇

 

昼過ぎ。

 

一行は、小さな峠に差しかかった。

 

そこからは、遠くの山々が見渡せた。

 

……。

 

(……おお)

 

綺麗。

 

私は思わず足を止めた。

 

幾重にも重なる山。

 

谷を流れる川。

 

遠くに見える、小さな集落。

 

……。

 

(……へえ)

 

こんなに広いんだ。

 

私が知っている世界は、ほんの一部だったらしい。

 

セイランも、しばらく山々を見つめていた。

 

「……あの向こうだ」

 

……。

 

(……ん?)

 

私は首を傾げた。

 

「使者たちが来た場所は」

 

……。

 

(……なるほど)

 

あの山の向こうに。

 

山の民をまとめようとしている勢力がいる。

 

私は少し緊張した。

 

どんな人たちなのだろう。

 

怖い人たちだろうか。

 

それとも、案外話の分かる人たちだろうか。

 

……。

 

(……うーん)

 

分からない。

 

でも。

 

会ってみなければ、分からないこともある。

 

私はゆっくりと歩き出した。

 

◇◇◇

 

夕方。

 

一行は、山の中腹にある小さな集落へ到着した。

 

そこには、見慣れない服装の人々が暮らしていた。

 

……。

 

(……おや)

 

また新しい部族。

 

私は興味深く周囲を見回した。

 

すると、集落の人々が一斉に私を見た。

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

また、この反応。

 

「……何だ、あの獣は」

 

「でかい……」

 

「人を乗せているぞ」

 

……。

 

(……はいはい)

 

闘蛇です。

 

よろしくお願いします。

 

私はおとなしく伏せた。

 

すると、一人の老人が近づいてきた。

 

白い髭を蓄えた、穏やかな顔の男だった。

 

「……白淵族か」

 

セイランが頷いた。

 

「そうだ」

 

老人は私を見た。

 

「噂は聞いている。巨大な獣を連れた一族がいるとな」

 

……。

 

(……おや)

 

噂。

 

もう広まっているの?

 

私は少し驚いた。

 

老人は静かに続けた。

 

「西の山では、最近よくその話を聞く」

 

……。

 

…………။

 

(……へえ)

 

我が一族。

 

意外と有名になっているらしい。

 

私は少し得意げになった。

 

◇◇◇

 

その夜。

 

私たちは集落の外れで休むことになった。

 

人間たちは焚き火を囲み、私は近くの水辺に身体を沈めていた。

 

……。

 

(……ああ)

 

気持ちいい。

 

長旅の後の水浴び。

 

最高である。

 

私は満足げに目を閉じた。

 

すると、少し離れた場所から声が聞こえた。

 

「……あの獣が、白淵族の闘蛇か」

 

……。

 

(……ん?)

 

私は薄目を開けた。

 

そこには、見知らぬ男が立っていた。

 

旅装束をまとい、腰には短い剣を下げている。

 

顔は布で半分隠れていたが、目つきは鋭い。

 

……。

 

(……おや)

 

またお客様?

 

男は、私をじっと見つめていた。

 

そして、小さく呟いた。

 

「……なるほど」

 

……。

 

(……ん?)

 

何が?

 

私は首を傾げた。

 

男はそれ以上何も言わず、静かに立ち去っていった。

 

……。

 

…………。

 

(……うーん)

 

何だったんだろう。

 

私は少し不思議に思った。

 

だが、すぐに水へ身体を沈めた。

 

……。

 

(……まあ)

 

いいか。

 

明日も、長い道のりが待っている。

 

今は、ゆっくり休もう。

 

私は目を閉じた。

 

山の向こうには、まだ知らない世界が広がっている。

 

そして、その先には。

 

まだ会ったことのない、山の民たちの主がいる。

 

……。

 

(……ふふん)

 

どんな人なんだろう。

 

私は少しだけ、楽しみになった。

 

できれば。

 

顔の良い人だと、嬉しい。

 

……。

 

…………。

 

いや。

 

もちろん、それだけが大事なわけではない。

 

一族の未来に関わる、大切な旅なのだから。

 

……。

 

(……うん)

 

分かっています。

 

ちゃんと。

 

私はそう自分に言い聞かせながら、静かに眠りについた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。