秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

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第十七話 山の向こうでは、戦が始まっていた

 

旅先で迎える朝というものは、なかなか気持ちがいい。

 

いつもとは違う空気。

 

いつもとは違う景色。

 

そして、いつもとは違う朝食。

 

……。

 

(……朝食?)

 

私は目の前の籠を見つめた。

 

中に入っているのは、干した魚だった。

 

……。

 

…………。

 

(……干物)

 

なるほど。

 

旅先仕様ですね。

 

私は少し考えた。

 

生魚の方が好きだけれど、干物も悪くない。

 

むしろ、噛めば噛むほど味が出る。

 

……。

 

(……うん)

 

これはこれで、美味しい。

 

私は満足げに魚を飲み込んだ。

 

すると、隣にいたレンが笑った。

 

「スイ、気に入った?」

 

……。

 

…………。

 

(……え?)

 

私は顔を上げた。

 

レン?

 

……。

 

…………。

 

(……あれ?)

 

そういえば、今回の旅にはレンも同行していたんだっけ。

 

……。

 

(……いや)

 

昨日はセイランの背中ばかり見ていたから、少し忘れていた。

 

私は慌てて鼻先を寄せた。

 

レンは笑って、私の頭を撫でた。

 

「今日は長い道のりになるよ」

 

……。

 

(……うん)

 

頑張ります。

 

私は元気よく喉を鳴らした。

 

◇◇◇

 

山道を進み始めて、しばらく。

 

空気が変わった。

 

最初に気づいたのは、セイランだった。

 

「……止まれ」

 

一行が足を止める。

 

私は耳を澄ませた。

 

遠くから、何か聞こえる。

 

……。

 

(……ん?)

 

金属の音。

 

人の声。

 

そして。

 

何かがぶつかるような、鈍い音。

 

……。

 

…………。

 

(……え)

 

これって。

 

「……戦っているな」

 

セイランが低く呟いた。

 

……。

 

(……やっぱり)

 

私は思わず身体を低くした。

 

前世では、映画の中でしか聞いたことのない音。

 

だが、今は違う。

 

本当に、すぐ近くで。

 

人間同士が戦っている。

 

◇◇◇

 

「……どうする」

 

同行していた戦士が尋ねた。

 

セイランは周囲を見渡した。

 

「……まず、様子を見る」

 

……。

 

(……うん)

 

そうだよね。

 

いきなり飛び込むのは危険だ。

 

私たちは岩場を回り込み、少し高い場所へ出た。

 

そこから、谷の様子が見えた。

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

いた。

 

谷の向こうで、二つの集団が向かい合っていた。

 

一方は、毛皮をまとった男たち。

 

もう一方は、揃いの装束を身につけた戦士たち。

 

人数は、どちらも数十人ほど。

 

……。

 

(……うわ)

 

本当に。

 

戦だ。

 

私は息を呑んだ。

 

◇◇◇

 

「……西の勢力だ」

 

黒角族の案内役が呟いた。

 

……。

 

(……え?)

 

私は顔を上げた。

 

「あの揃いの装束の者たち。最近、山の部族をまとめている連中だ」

 

……。

 

(……なるほど)

 

あれが。

 

カンロの言っていた勢力。

 

私はじっと見つめた。

 

揃いの装束の戦士たちは、隊列を崩さずに動いていた。

 

一人が前へ出ると、他の者がその動きを支える。

 

無闇に突っ込まない。

 

仲間同士で声を掛け合いながら、少しずつ相手を押し戻している。

 

……。

 

(……おお)

 

統率が取れている。

 

私は少し感心した。

 

だが。

 

次の瞬間。

 

毛皮の男が一人、地面に倒れた。

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

私は思わず目を逸らした。

 

戦いなのだから、怪我人が出るのは当然だ。

 

頭では分かっている。

 

けれど。

 

実際に目にすると、やはり怖い。

 

◇◇◇

 

「……あいつらは、何を争っている」

 

セイランが尋ねた。

 

案内役は首を振った。

 

「詳しくは分からん。ただ、あの谷を通る道は、いくつかの部族が取り合っていたはずだ」

 

……。

 

(……また道)

 

私は少し考えた。

 

山の民にとって、道は大切なのだ。

 

食料を運ぶにも、他の部族と交易するにも、道が必要になる。

 

その道を誰が使うか。

 

誰が守るか。

 

誰が支配するか。

 

……。

 

(……うーん)

 

思っていた以上に、重要な問題らしい。

 

◇◇◇

 

戦いは、長くは続かなかった。

 

揃いの装束の戦士たちが、毛皮の男たちを包囲した。

 

そして、先頭に立つ男が大声で叫んだ。

 

「武器を捨てろ!」

 

……。

 

(……おお)

 

降伏勧告。

 

私は少し安心した。

 

「これ以上、血を流す必要はない!」

 

……。

 

(……うん)

 

そうだよね。

 

もう十分だ。

 

毛皮の男たちは、しばらく抵抗していた。

 

だが、やがて一人が武器を落とした。

 

続いて、もう一人。

 

そして、最後には全員が武器を捨てた。

 

……。

 

…………。

 

(……ほっ)

 

終わった。

 

私はようやく息を吐いた。

 

◇◇◇

 

「……見事だな」

 

同行していた白淵族の戦士が呟いた。

 

「数では大きく変わらなかったのに、あれだけ早く決着をつけるとは」

 

……。

 

(……確かに)

 

私は頷いた。

 

西の勢力は、強い。

 

それは間違いない。

 

だが、私が気になったのは、別のことだった。

 

戦いが終わると、揃いの装束の戦士たちは倒れた者たちのもとへ向かった。

 

敵味方を分けずに、怪我人を運び出している。

 

……。

 

(……あ)

 

私は少し驚いた。

 

もちろん、全員を助けられるわけではないだろう。

 

だが、少なくとも、見捨ててはいない。

 

……。

 

(……なるほど)

 

これが。

 

カンロの言っていた「無闇な争いを望まない」ということなのかもしれない。

 

◇◇◇

 

「……行くぞ」

 

セイランが言った。

 

……。

 

(……え?)

 

私は顔を上げた。

 

「……話を聞く」

 

……。

 

(……おお)

 

ついに。

 

直接接触ですね。

 

私は少し緊張した。

 

◇◇◇

 

谷へ下りると、西の勢力の戦士たちが一斉にこちらを見た。

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

また、この反応。

 

「……何だ、あの獣は」

 

「でかい……」

 

「人を乗せているぞ」

 

……。

 

(……はいはい)

 

闘蛇です。

 

よろしくお願いします。

 

私はおとなしく伏せた。

 

すると、先頭に立っていた男が近づいてきた。

 

……。

 

(……おや)

 

見覚えがある。

 

昨日、宿泊した集落で私を見つめていた男だ。

 

顔を布で隠していた、あの人。

 

男は私を見て、小さく笑った。

 

「……やはり、白淵族か」

 

……。

 

(……え?)

 

知ってるの?

 

セイランが尋ねた。

 

「……何者だ」

 

男は布を外した。

 

現れたのは、若い男の顔だった。

 

鋭い目つき。

 

日に焼けた肌。

 

そして、どこか余裕のある表情。

 

……。

 

(……おお)

 

なかなかの美形。

 

私は少し嬉しくなった。

 

男は静かに答えた。

 

「俺は、西の軍に属する者だ」

 

……。

 

(……ふむ)

 

なるほど。

 

「名は、リョウ」

 

……。

 

(……リョウさん)

 

覚えました。

 

私は小さく頷いた。

 

◇◇◇

 

「……お前たちは、何をしに来た」

 

リョウが尋ねた。

 

セイランは短く答えた。

 

「……話を聞きに来た」

 

「何の?」

 

「お前たちの主について」

 

……。

 

…………。

 

(……おお)

 

直球。

 

相棒。

 

実に直球である。

 

リョウは少し笑った。

 

「なるほど」

 

そして、私を見た。

 

「……その獣も、連れて?」

 

……。

 

(……はい)

 

同行者です。

 

私は堂々と胸を張った。

 

リョウは目を細めた。

 

「……面白い」

 

……。

 

(……ふふん)

 

よく言われます。

 

◇◇◇

 

リョウは、私たちを谷の奥へ案内した。

 

そこには、戦いを終えたばかりの戦士たちがいた。

 

怪我人の手当てをする者。

 

武器を集める者。

 

食料を運ぶ者。

 

……。

 

(……へえ)

 

ちゃんと役割分担がある。

 

私は少し感心した。

 

リョウは歩きながら話した。

 

「我らの主は、山の民を一つにしようとしている」

 

……。

 

(……うん)

 

聞いてます。

 

「だが、全ての部族が素直に従うわけではない」

 

……。

 

(……まあ)

 

そうでしょうね。

 

「だから、時には戦う必要がある」

 

……。

 

(……うーん)

 

やっぱり。

 

簡単ではないらしい。

 

◇◇◇

 

「……お前たちの主は、何を目指している」

 

セイランが尋ねた。

 

リョウは少し考えた。

 

「……山の民が、山の民として誇りを持って生きられる世界だ」

 

……。

 

(……おや)

 

私は顔を上げた。

 

何だか。

 

少し、格好良い。

 

「今は、部族ごとに分かれ、互いに争っている。だが、それでは外の大きな国々に対抗できない」

 

……。

 

(……なるほど)

 

確かに。

 

山の外には、秦という国があるらしい。

 

きっと、他にも大きな国があるのだろう。

 

「我らの主は、山の民を一つにまとめ、その力を外の世界にも示そうとしている」

 

……。

 

…………။

 

(……へえ)

 

なかなか大きな夢だ。

 

私は少し感心した。

 

◇◇◇

 

「……そのために、白淵族の力が必要なのか」

 

セイランが尋ねた。

 

リョウは頷いた。

 

「そうだ」

 

そして、私を見た。

 

「特に、その獣」

 

……。

 

…………။

 

(……え)

 

私?

 

また?

 

「山道を自在に進み、人を乗せ、荷を運ぶ」

 

……。

 

(……ふふん)

 

そうです。

 

「戦でも、役に立つだろう」

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

また、その話。

 

私は少しだけ、気持ちが沈んだ。

 

戦うために生まれたわけではない。

 

もちろん、我が一族を守るためなら戦う。

 

でも。

 

誰かを傷つけるために使われるのは、嫌だ。

 

私は静かに目を伏せた。

 

◇◇◇

 

「……闘蛇は、道具ではない」

 

セイランが言った。

 

……。

 

…………。

 

(……え?)

 

私は顔を上げた。

 

リョウも、少し驚いたようだった。

 

「……何?」

 

「俺たちは、闘蛇と共に暮らしている」

 

セイランは静かに続けた。

 

「戦に使うためだけに育てているわけではない」

 

……。

 

…………။

 

(……セイラン)

 

私は、少しだけ胸が温かくなった。

 

リョウはしばらく黙っていた。

 

そして、ゆっくりと頷いた。

 

「……なるほど」

 

……。

 

(……おや)

 

分かってくれた?

 

「それは、我らの主にも伝えておこう」

 

……。

 

…………。

 

(……よかった)

 

私は少し安心した。

 

◇◇◇

 

夕方。

 

私たちは谷の外れで休むことになった。

 

リョウたちは、明日さらに西へ進むらしい。

 

そして、私たちも、その先へ向かうことになった。

 

……。

 

(……ふむ)

 

いよいよ。

 

山の民をまとめようとしている主に近づいている。

 

私は少し緊張した。

 

だが。

 

同時に、少し楽しみでもあった。

 

何しろ。

 

あれだけの戦士たちをまとめる人物である。

 

きっと、ただ者ではない。

 

……。

 

(……うーん)

 

どんな人なんだろう。

 

強い人。

 

賢い人。

 

そして。

 

できれば。

 

……。

 

(……美形)

 

私は少し期待した。

 

その時。

 

セイランが私の頭を撫でた。

 

「……スイ」

 

……。

 

(……はい)

 

「疲れたか」

 

……。

 

(……大丈夫)

 

私は小さく喉を鳴らした。

 

セイランは静かに頷いた。

 

「……明日も歩くぞ」

 

……。

 

(……はい!)

 

私は元気よく首を上げた。

 

山の向こうには、まだ知らない世界が広がっている。

 

そして、その先には。

 

私たちの暮らしを変えるかもしれない、誰かがいる。

 

……。

 

(……うん)

 

会ってみよう。

 

まずは、それからだ。

 

私はそう思いながら、静かに目を閉じた。

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