秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

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第十八話 山の王は、顔を隠している

 

山の民と一口に言っても、その暮らしは実にさまざまらしい。

 

白淵族は、川と湿地に囲まれた山奥で暮らしている。

 

闘蛇を育て、背に乗り、狩りをし、荷を運ぶ。

 

一方、黒角族は険しい岩場に暮らし、山羊に似た獣を飼っている。

 

住む場所が違えば、暮らし方も違う。

 

それは分かる。

 

分かるのだけれど。

 

(……仮面、多くない?)

 

私は目の前の戦士たちを眺めながら、そんなことを考えていた。

 

◇◇◇

 

「出発するぞ」

 

セイランの声に、私は顔を上げた。

 

朝日が山の稜線を照らしている。

 

昨夜休んだ谷には、すでに大勢の戦士たちが集まっていた。

 

その多くが、顔に仮面を着けている。

 

木を削ったような仮面。

 

獣の牙を模した面。

 

目元だけを隠すものもあれば、顔全体を覆うものもある。

 

中には、大きな角が生えた仮面まであった。

 

(すごい)

 

私は思わず見入ってしまった。

 

同じ山の民でも、これほど文化が違うのか。

 

白淵族では、顔を隠す習慣はほとんどない。

 

だから、こうして大勢の仮面を着けた戦士たちを見ると、少し不思議な気分になる。

 

それに、もう一つ。

 

(……服、少なくない?)

 

そう。

 

皆さん、なかなか大胆な格好をしている。

 

腰には布や獣皮を巻き、上半身はほとんど裸。

 

筋肉が、これでもかというほど露わになっている。

 

(……おお)

 

これは、なかなか。

 

仮面で顔は見えないけれど、別の意味で目の保養かもしれない。

 

私は少し感心した。

 

「スイ」

 

セイランが私の首筋を叩いた。

 

「行くぞ」

 

私はゆっくりと歩き出した。

 

後ろから、二頭の闘蛇が続く。

 

それぞれの背には、白淵族の戦士が乗っていた。

 

一人はハク。

 

もう一人も、普段から闘蛇に乗って狩りをしている戦士だ。

 

黒角族の案内役は、ハクの闘蛇に同乗している。

 

そして、レンは私の背に乗っていた。

 

今回の旅では、私の世話役として同行している。

 

(……ふふん)

 

つまり。

 

私の背には、セイランとレン。

 

美形二人乗り。

 

実に贅沢な状況である。

 

……もっとも。

 

二人とも真剣な顔をしているので、あまり浮かれてはいられない。

 

◇◇◇

 

「白淵族の獣は、三頭だけか」

 

隣を歩いていたリョウが尋ねた。

 

彼は昨日、谷で出会った戦士だ。

 

今日は顔の上半分を覆う仮面を着けている。

 

(ああ……)

 

昨日は見えていた顔が、今日は見えない。

 

残念。

 

非常に残念。

 

「今回はな」

 

セイランが答えた。

 

「集落には、まだいる」

 

「そうか」

 

リョウは私たちを見渡した。

 

「噂では聞いていたが、実際に見ると壮観だな」

 

私は前を向いたまま、一定の歩調を保った。

 

後ろの闘蛇たちも、慣れた様子でついてくる。

 

「しかも、よく揃って動く」

 

「スイが先頭にいるからだ」

 

セイランが言った。

 

「他の闘蛇は、あいつの動きをよく見る」

 

リョウは興味深そうに私を見た。

 

「獣にも、長がいるのか」

 

「少なくとも、こいつらの間ではな」

 

セイランはそう答えた。

 

私は何も反応せず、ただ山道を進んだ。

 

(ふふん)

 

そうです。

 

私、スイ族の族長なので。

 

……ただし。

 

それを人間に説明するつもりはない。

 

何しろ、私は闘蛇である。

 

人間の言葉が分かることを、あからさまに示す必要もない。

 

普通の闘蛇として振る舞う。

 

それが、私の平和な暮らしを守るための知恵なのだ。

 

◇◇◇

 

昼過ぎ。

 

山道を抜けると、突然、視界が開けた。

 

私は思わず足を止めた。

 

山と山の間に、広い谷があった。

 

その斜面には、いくつもの集落が見える。

 

木と石で組まれた建物。

 

高く掲げられた旗。

 

岩場を行き来する山の民たち。

 

そして、谷の中央には、大勢の戦士たちが集まっていた。

 

(すごい)

 

白淵族の集落とは、まるで規模が違う。

 

しかも、そこにいる山の民たちの姿は実に多彩だった。

 

大きな角のある仮面を着けた者。

 

腰に獣皮を巻いた、筋骨隆々の戦士。

 

腕や胸に独特の模様を描いた者。

 

背中に巨大な武器を背負った者。

 

同じ山の民でも、これほど違うのか。

 

私は驚きながら、ゆっくりと谷へ下りた。

 

すると。

 

「……何だ、あれは!」

 

声が上がった。

 

(あ)

 

またですか。

 

「あんな獣、見たことがないぞ!」

 

「三頭もいる……!」

 

「待て、人を乗せているのか!?」

 

私は慣れた様子で歩き続けた。

 

だが、今回は少し違った。

 

驚いているのは、子供たちだけではない。

 

武器を持った戦士たちまで、私たちを見て足を止めている。

 

中には、槍を構える者もいた。

 

(おっと)

 

これは、ちょっとまずいかも。

 

私は歩調を緩めた。

 

後ろの二頭も、それに合わせて速度を落とす。

 

セイランが静かに言った。

 

「止まれ」

 

私はすぐに足を止めた。

 

リョウが前へ出る。

 

「武器を下ろせ! 客人だ!」

 

戦士たちは顔を見合わせ、ようやく槍を下げた。

 

(ふう)

 

よかった。

 

初対面で戦闘開始なんて、勘弁してほしい。

 

◇◇◇

 

「……あれが、白淵族か」

 

少し離れた場所から、低い声が聞こえた。

 

振り返ると、大柄な男が立っていた。

 

顔には、獣のような大きな仮面。

 

上半身は裸で、腰には獣皮を巻いている。

 

手には、私の前脚ほどもありそうな武器を持っていた。

 

(でっか)

 

人間としては、かなり大きい。

 

もちろん、私の方が大きいけれど。

 

男はゆっくりと近づいてきた。

 

そして、私を見上げた。

 

「面白い獣だな」

 

私は首を動かさず、静かに男を見つめた。

 

男は愉快そうに笑った。

 

「はっはっは! この大きさで、人を乗せるのか!」

 

セイランが答えた。

 

「そうだ」

 

「ほう。大したものだ」

 

男は私の身体を興味深そうに眺めた。

 

「名前はあるのか?」

 

「スイだ」

 

「スイ、か」

 

男は笑った。

 

「よく育てたものだな」

 

レンが少し嬉しそうに答えた。

 

「卵から育てたんです」

 

「ほう! それは見事だ!」

 

(ふふん)

 

そうでしょう。

 

レンは優秀な飼育担当なのです。

 

私は心の中で、少しだけ胸を張った。

 

◇◇◇

 

「お前は?」

 

セイランが尋ねた。

 

男は胸を張った。

 

「バジオウだ」

 

(……ん?)

 

私は一瞬、耳を疑った。

 

バジオウ。

 

……。

 

(……ばじおう?)

 

どこかで聞いたことがあるような。

 

だが、すぐには思い出せなかった。

 

(……まあ)

 

山の民の名前は、まだ慣れない。

 

私はそのまま、静かにしていた。

 

バジオウはセイランを見た。

 

「お前たちが、我らの主に会いに来た白淵族か」

 

「そうだ」

 

「ならば、案内しよう」

 

バジオウは谷の奥を指差した。

 

「あちらで待っておられる」

 

(おお)

 

ついに、ご対面ですね。

 

◇◇◇

 

谷の奥には、大きな建物があった。

 

木と石で作られた、頑丈そうな建物である。

 

その前には、何人もの戦士が立っていた。

 

やはり、全員が仮面を着けている。

 

(徹底してるなぁ)

 

私は少し感心した。

 

白淵族も同じ山の民だけれど、これほど仮面が当たり前の光景は初めてだった。

 

それぞれの部族が持つ習慣や誇りが、仮面の形にも表れているのかもしれない。

 

まあ、我が一族の場合。

 

顔を隠してしまったら、非常にもったいない。

 

せっかくの美形なのだから。

 

ぜひ、そのままでいてほしい。

 

私はそんなことを考えながら、建物の前で伏せた。

 

セイランとレンが背中から降りる。

 

ハクたちも、それぞれの闘蛇から降りた。

 

三頭の闘蛇は、建物の脇にある広い場所で待つことになった。

 

(え?)

 

待つ?

 

私は顔を上げた。

 

ちょっと待って。

 

私は?

 

私も会いに来たんですけど?

 

セイランは私の頭を軽く撫でた。

 

「スイ、ここで待っていろ」

 

(えええ)

 

そんな。

 

ここまで来たのに。

 

私は不満を込めて、小さく喉を鳴らした。

 

「グルル……」

 

レンが私の顔を覗き込んだ。

 

「スイ、置いていかれるのが嫌なの?」

 

(……レン)

 

さすが。

 

よく分かってる。

 

私は鼻先をレンの肩に寄せた。

 

レンは少し困ったように笑った。

 

「セイラン、スイも一緒じゃ駄目かな」

 

セイランは少し考えた。

 

「聞いてみる」

 

(!!)

 

相棒!

 

素晴らしい!

 

私は嬉しくなったが、尻尾を振るのは我慢した。

 

周囲には大勢の人間がいる。

 

危ないからね。

 

◇◇◇

 

しばらくして、セイランが戻ってきた。

 

「中庭までなら、入っていいそうだ」

 

(やった!)

 

私は立ち上がった。

 

セイランとレンが、私の横を歩く。

 

後ろの二頭の闘蛇は、ハクたちと一緒に待機することになった。

 

私はゆっくりと中庭へ進んだ。

 

◇◇◇

 

中庭は、思った以上に広かった。

 

石が敷き詰められ、周囲には木の柱が並んでいる。

 

そして、その奥。

 

一段高くなった場所に、一人の人物が座っていた。

 

(おや)

 

私は足を止めた。

 

その人物は、他の戦士たちとは少し違う装束をまとっていた。

 

顔には、独特の形をした仮面。

 

身体は細身だが、背筋はまっすぐ伸びている。

 

周囲の戦士たちとは、明らかに雰囲気が違った。

 

(へえ)

 

あれが、山の民をまとめようとしている主。

 

私は興味深く見つめた。

 

すると、その人物が静かに立ち上がった。

 

「白淵族か」

 

声が響いた。

 

(ん?)

 

私は少し驚いた。

 

声が、思ったより高い。

 

(え)

 

もしかして、女性?

 

◇◇◇

 

「遠いところを、よく来た」

 

その人物は、落ち着いた声で言った。

 

セイランが一歩前へ出る。

 

「白淵族のセイランだ」

 

「話は聞いている。巨大な獣を乗りこなす山の民がいるとな」

 

セイランが答えた。

 

「闘蛇という」

 

「闘蛇……」

 

その人物は、初めて聞く名を確かめるように繰り返した。

 

「なるほど」

 

そして、私を見た。

 

「だが、乗りこなすという言い方も、少し違うようだな」

 

セイランは、わずかに目を細めた。

 

「どういう意味だ」

 

「その獣は、無理に従わされているようには見えぬ」

 

(おお)

 

よく見ていらっしゃる。

 

私は静かにその人物を見つめた。

 

「共に暮らしているのだな」

 

「そうだ」

 

セイランは短く答えた。

 

その人物は、少しだけ笑ったように見えた。

 

仮面のせいで表情は分からない。

 

けれど、何となくそんな気がした。

 

◇◇◇

 

「名は?」

 

その人物が尋ねた。

 

セイランが答えた。

 

「スイだ」

 

「スイ」

 

その人物は、ゆっくりと私の名前を繰り返した。

 

「良い名だ」

 

(ありがとうございます)

 

私は心の中で礼を言った。

 

もちろん、実際には何も反応しない。

 

ただ静かに伏せたまま、その人物を見つめていた。

 

「随分と落ち着いているな」

 

その人物が言った。

 

レンが少し嬉しそうに答えた。

 

「小さい頃から、人と一緒に育ったので」

 

「そうか」

 

その人物は、興味深そうに私を見つめていた。

 

◇◇◇

 

「さて」

 

その人物は、セイランへ向き直った。

 

「白淵族が、我らの使者に返事を出さず、自らここへ来た理由を聞こう」

 

セイランは静かに答えた。

 

「見極めるためだ」

 

(おお)

 

相棒。

 

相変わらず直球ですね。

 

「お前たちが何を望み、何をする者なのか」

 

その人物は、しばらく黙っていた。

 

そして、静かに頷いた。

 

「なるほど。ならば、よく見ていくといい」

 

「我らが何を目指し、何のために戦っているのか」

 

(ふむ)

 

私は少し考えた。

 

この人、思ったより話が分かりそうだ。

 

少なくとも、いきなり「従え」と命令するような人ではないらしい。

 

(よかった)

 

私は少し安心した。

 

その時、セイランが尋ねた。

 

「お前の名は?」

 

(あ)

 

そういえば、まだ聞いてなかった。

 

私は顔を上げた。

 

仮面の人物は、少しだけ顎を上げた。

 

そして、静かに答えた。

 

「楊端和」

 

(え?)

 

私は固まった。

 

楊端和。

 

(よう、たんわ?)

 

どこかで聞いたことがある。

 

いや、聞いたことがあるどころではない。

 

(ちょっと待って)

 

私は必死に記憶を探った。

 

前世。

 

映画。

 

山の民。

 

仮面。

 

そして。

 

(あ)

 

思い出した。

 

長澤まさみ。

 

(長澤まさみ!?)

 

いや、違う!

 

長澤まさみが演じてた人!

 

キングダム!!

 

(ええええええ!?)

 

私は思わず、天を仰いだ。

 

「グオオオオオオッ!!」

 

中庭に、盛大な咆哮が響き渡った。

 

「なっ!?」

 

「何だ!?」

 

「獣が!」

 

周囲の戦士たちが一斉に武器を構える。

 

(あ)

 

しまった。

 

私は慌てて口を閉じた。

 

セイランが、ものすごく静かな声で言った。

 

「スイ」

 

(すみません)

 

本当に。

 

悪気はないんです。

 

ただ、ちょっと衝撃が大きすぎただけで。

 

私はそっと身体を低くした。

 

レンが慌てて私の首筋を撫でた。

 

「スイ、大丈夫。落ち着いて」

 

(レン……)

 

ありがとう。

 

私は少しずつ呼吸を整えた。

 

楊端和は、そんな私をじっと見つめていた。

 

そして、仮面の奥から小さな笑い声が聞こえた。

 

「面白い獣だな」

 

(いやいやいや)

 

それどころじゃないんですけど!?

 

私は必死に頭を働かせた。

 

キングダム。

 

秦。

 

山の民。

 

楊端和。

 

(待って待って)

 

つまり、ここは。

 

あの、映画で見た。

 

キングダムの世界!?

 

(ええええええ!?)

 

私は再び叫びそうになった。

 

だが、何とか耐えた。

 

偉い。

 

私。

 

非常に偉い。

 

いや、そんなことを考えている場合ではない。

 

私は目の前の仮面の人物を見つめた。

 

楊端和。

 

山の民の王。

 

そして、秦の王と手を組む人物。

 

(え?)

 

ということは。

 

もしかして。

 

あの。

 

吉沢亮が演じていた人も。

 

大沢たかおが演じていた人も。

 

この世界のどこかにいる?

 

(!!)

 

私は、思わず目を輝かせた。

 

(ちょっと待って)

 

これは、もしかして。

 

とんでもない世界に来てしまったのでは?

 

私は静かに、しかし確実に、闘蛇生最大の衝撃を受けていた。

 

そして、その衝撃のあまり。

 

目の前の山の王が、こちらをじっと観察していることに。

 

私は、まだ気づいていなかった。

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