秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

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第二十三話 道の向こうから来た者たち

 

世の中には、通っていい道と、通ってはいけない道がある。

 

例えば、私が毎日使っている川沿いの道。

 

あそこは、白淵族の皆が通る。

 

人も通るし、闘蛇も通る。

 

たまに鹿が通ることもある。

 

鹿が通ると、ちょっと嬉しい。

 

なぜなら。

 

(……お肉)

 

魚が一番好きだけれど、肉も美味しい。

 

白淵族の集落では、狩りで仕留めた獣の肉を分けてもらうこともある。

 

私たち闘蛇は、別に魚しか食べられないわけではないのだ。

 

ただ、できれば新鮮なお魚がいい。

 

これは譲れない。

 

……話が逸れた。

 

道の話である。

 

白淵族の集落へ続く道は、誰でも通っていいわけではない。

 

私たちの暮らしを守るためだ。

 

そして今、我が一族は、その道を誰に通させるかで頭を悩ませていた。

 

◇◇◇

 

楊端和のもとから帰って三日。

 

族長の家には、再び人が集まっていた。

 

ただし、今回は白淵族だけではない。

 

黒角族の族長、ガクが来ていた。

 

大柄な男で、角を模した飾りを頭につけている。

 

その後ろには、数人の戦士。

 

以前から顔見知りの案内役もいる。

 

「……随分と大きな話になったな」

 

ガクが言った。

 

白淵族の族長は静かに頷いた。

 

「我らだけで決めるわけにはいかぬ」

 

「当然だ。南の古道は、我らの土地にも続いている」

 

私は建物の外で、いつものように話を聞いていた。

 

中には入れない。

 

身体が大きすぎるからだ。

 

(……会議室、もう少し大きくならないかな)

 

いや。

 

私が入れる建物を作ろうとしたら、相当な大工事になる。

 

そこまでしてもらうのは申し訳ない。

 

私は大人しく地面に伏せた。

 

◇◇◇

 

「楊端和という王は、信用できるのか」

 

ガクが尋ねた。

 

セイランが答えた。

 

「少なくとも、話は通じる」

 

「それだけか」

 

「それだけでも、十分珍しい」

 

ガクは声を上げて笑った。

 

「ははっ! 違いない!」

 

……。

 

(……通じた)

 

相棒の言葉は、どうやら黒角族にも通用するらしい。

 

ガクは笑いを収めると、真剣な顔になった。

 

「だが、話が通じる王でも、その下の者が同じとは限らん」

 

白淵族の族長が頷く。

 

「だからこそ、決まりを作る」

 

◇◇◇

 

最初に決まったのは、通行できる道だった。

 

白淵族の集落へ続く道は使わせない。

 

闘蛇の繁殖地にも近づけない。

 

通行を認めるのは、南の古道だけ。

 

ただし、その道は細い。

 

大勢の兵士が一度に通れば、道が荒れる。

 

荷を運ぶにも、整備が必要になる。

 

「道を壊されたら、困るのは我らだ」

 

ガクが言った。

 

「修繕の責任も決めておくべきだな」

 

「同意する」

 

族長が答えた。

 

(……なるほど)

 

道って、貸すだけじゃないんだ。

 

使ったあとも考えなければならない。

 

前世でいうところの、施設の貸し出しみたいなものだろうか。

 

使うのはいいけれど、壊したら直してくださいね、と。

 

……意外と普通の話なのかもしれない。

 

◇◇◇

 

次に決まったのは、通行する人数だった。

 

「軍が通るなら、事前に知らせてもらう」

 

セイランが言った。

 

「人数と目的、それから通る日だ」

 

ガクが頷く。

 

「少人数ならともかく、大軍が来れば狩り場にも影響する」

 

「獣が逃げる」

 

「そうだ」

 

(……ああ)

 

それは困る。

 

鹿や猪が逃げたら、白淵族の暮らしにも影響する。

 

そして、闘蛇たちの食料にも。

 

私は少しだけ、真剣になった。

 

◇◇◇

 

「もう一つ」

 

トウエンが口を開いた。

 

「闘蛇のいる水場には、勝手に近づかないでもらいたい」

 

ガクが彼を見た。

 

「理由は?」

 

「事故を防ぐためです」

 

トウエンは落ち着いて答えた。

 

「闘蛇は、人に慣れている個体ばかりではありません」

 

(……そうそう)

 

私みたいに穏やかな子ばかりではないのです。

 

……いや。

 

私も、魚を横取りされたら怒るけれど。

 

「知らない者が近づけば、闘蛇も驚きます。人が怪我をすることもあります」

 

「なるほどな」

 

ガクは納得したようだった。

 

「ならば、水場の位置も知らせておく必要があるか」

 

「いえ」

 

トウエンは即答した。

 

「知らせない方が安全です」

 

……。

 

(……おお)

 

さすが。

 

飼育責任者。

 

「通ってよい場所だけを教えれば十分です」

 

族長が頷いた。

 

「その通りだ」

 

◇◇◇

 

話し合いが終わった頃には、昼を過ぎていた。

 

私は川辺で身体を休めていた。

 

レンが魚を持ってきてくれる。

 

「スイ、お待たせ」

 

(……待ってました!)

 

私は嬉しくなって、首を伸ばした。

 

今日の魚は大きい。

 

なかなか立派だ。

 

私はありがたく食べた。

 

すると、レンが私の鱗を撫でながら言った。

 

「また、外へ行くことになるかもしれないね」

 

(……おや)

 

そうなの?

 

「楊端和さんに、返事を届ける人が必要だから」

 

……。

 

(……ああ)

 

なるほど。

 

確かに。

 

話し合いで決めたことを、相手に伝えなければならない。

 

それはそうだ。

 

「セイランが行くなら、スイも一緒かな」

 

(……もちろん)

 

私は魚を飲み込んだ。

 

相棒が行くなら、私も行く。

 

それは、もう決まっている。

 

◇◇◇

 

その日の夕方。

 

セイランとハクが、族長に呼ばれた。

 

私も、少し離れた場所で待っていた。

 

「楊端和への返答は、お前たちに任せたい」

 

族長が言った。

 

セイランが頷く。

 

「分かった」

 

「黒角族からも、使者を出す」

 

ガクが続けた。

 

「道は両方の土地に関わる。片方だけで話を進めるわけにはいかん」

 

「そうだな」

 

族長は、二人を見た。

 

「ただし、急ぐ必要はない」

 

私は少し首を傾けた。

 

急がないの?

 

「まずは、古道を整えねばならん」

 

族長が続けた。

 

「道が使える状態でなければ、約束だけしても意味がない」

 

(……なるほど)

 

確かに。

 

通っていいですよ、と言っておきながら、道が崩れていたら困る。

 

「セイラン、ハク」

 

「はい」

 

「古道の状態を調べてくれ」

 

……。

 

(……あ)

 

そっちが先なんですね。

 

私は少しだけ、肩透かしを食らった気分になった。

 

楊端和のところへ行くのかと思っていた。

 

でも、考えてみれば当然だ。

 

道を貸すなら、まずは道を確認する。

 

何事も、準備が大切なのである。

 

◇◇◇

 

翌朝。

 

私たちは、南の古道へ向かった。

 

セイランとレンが私に乗る。

 

ハクと、もう一人の戦士も、それぞれ闘蛇に乗った。

 

黒角族からは、案内役が同行する。

 

いつもの顔ぶれだ。

 

何だか、久しぶりの遠出。

 

私は少しだけ気分が上がった。

 

ただし、今日は戦ではない。

 

道の確認である。

 

平和。

 

素晴らしい。

 

私は鼻歌でも歌いたい気分だった。

 

……歌えないけど。

 

闘蛇なので。

 

◇◇◇

 

南の古道は、以前よりも静かだった。

 

かつては、黒角族との行き来も少なかった道。

 

それが、最近になって少しずつ使われるようになっている。

 

ただし、まだ整備は十分ではない。

 

倒木。

 

崩れた石。

 

水が溜まった場所。

 

あちこちに、通りにくい場所があった。

 

「……ここは直した方がいいな」

 

ハクが言った。

 

セイランが頷く。

 

「雨が降れば、さらに崩れる」

 

黒角族の案内役が答えた。

 

「我らの方でも、何人か出せます」

 

「助かる」

 

私はゆっくりと歩きながら、周囲を見た。

 

大きな石がある。

 

木の根が張り出している。

 

川を渡る場所もある。

 

人間なら、少し工夫すれば通れるかもしれない。

 

でも、大勢の兵士や荷を運ぶとなると話が違う。

 

(……大変だなぁ)

 

私は改めて思った。

 

◇◇◇

 

昼過ぎ。

 

私たちは、古道の途中にある広い岩場へ到着した。

 

ここは、以前から休憩場所として使われていたらしい。

 

周囲には木々があり、近くには小さな川も流れている。

 

(……おお)

 

いい場所。

 

私は早速、水辺へ向かった。

 

すると。

 

「……スイ」

 

セイランが呼んだ。

 

私は足を止めた。

 

彼は、川の向こう側を見ていた。

 

「……誰かいる」

 

私は目を凝らした。

 

確かに。

 

木々の間に、人影がある。

 

一人。

 

いや、二人。

 

こちらを見ている。

 

旅人?

 

それとも、黒角族の人?

 

私は静かに様子を見た。

 

すると、人影が動いた。

 

こちらへ近づいてくる。

 

そして、木々の間から姿を現した。

 

二人とも、山の民だった。

 

ただし、白淵族でも黒角族でもない。

 

身につけている装飾も、衣服も違う。

 

一人は年配の男。

 

もう一人は、まだ若い女性だった。

 

二人とも、かなり疲れているように見えた。

 

「……何者だ」

 

セイランが尋ねた。

 

年配の男は、私たちを見て目を見開いた。

 

「……な、何だ、その獣は」

 

(……あ)

 

また、その反応。

 

そろそろ慣れてきました。

 

セイランは答えなかった。

 

「先に名乗れ」

 

男は少し迷ったあと、口を開いた。

 

「……我らは、南の山から来た」

 

「南?」

 

「ああ。秦国との境に近い山だ」

 

私は、思わず耳を動かした。

 

秦国。

 

あの秦?

 

嬴政が王様をしている、あの秦?

 

男は続けた。

 

「……山を離れてきた」

 

セイランの表情が変わった。

 

「なぜだ」

 

男は、少しだけ顔を伏せた。

 

「……兵が動いている」

 

「兵?」

 

「ああ。秦の兵だ」

 

……。

 

私は、静かに二人を見つめた。

 

男は続けた。

 

「詳しいことは分からん。ただ、国境に近い道で兵の往来が増えている。山の民の集落にも、警戒するよう話が回ってきた」

 

「それで、山を離れたのか」

 

「……ああ」

 

男は頷いた。

 

「争いに巻き込まれたくない」

 

……。

 

(……なるほど)

 

それは、分かる。

 

私たちだって、同じだ。

 

白淵族の暮らしを守りたい。

 

戦に巻き込まれたくない。

 

この二人も、きっとそうなのだろう。

 

◇◇◇

 

セイランは、少し考えていた。

 

そして、ハクに言った。

 

「……水と食料を」

 

「分かった」

 

ハクが頷く。

 

レンも、すぐに動いた。

 

二人に水を渡し、持ってきた干し肉を分ける。

 

年配の男は、驚いたように顔を上げた。

 

「……よいのか」

 

「困っている者を、見捨てる理由はない」

 

セイランが答えた。

 

……。

 

(……相棒)

 

そういうところ。

 

本当に好き。

 

私は、少しだけ嬉しくなった。

 

◇◇◇

 

二人は、しばらく休んでから話し始めた。

 

南の山では、最近になって兵の動きが増えていること。

 

秦国の国境に近い集落では、警戒が強まっていること。

 

そして、山の民の間でも、不安が広がっていること。

 

ただし、何が起きているのかは分からない。

 

秦国の内側で争いがあるのか。

 

それとも、別の国との戦に備えているのか。

 

二人には、判断できないらしい。

 

(……ふむ)

 

私は、静かに考えた。

 

秦国。

 

兵の動き。

 

そして、山の民。

 

前世で観た映画の記憶が、少しだけ蘇る。

 

確か、嬴政が山の民のところへ行く場面があった。

 

楊端和と会って。

 

何か、同盟のようなものを結んでいた。

 

……。

 

(……あれ?)

 

そういえば。

 

あの出来事って、いつ頃だったっけ。

 

私は、しばらく考えた。

 

……。

 

(……分からん)

 

映画を観たのは、前世の話である。

 

細かい時系列なんて、覚えていない。

 

しかも、私は原作の漫画を読んでいない。

 

知っているのは、映画で観た範囲だけ。

 

だから、今がどの時点なのかも分からない。

 

(……まあ)

 

分からないものは、仕方がない。

 

私は静かに息を吐いた。

 

◇◇◇

 

夕方。

 

私たちは、二人を連れて古道を戻ることにした。

 

ただし、白淵族の集落へ連れていくかどうかは、族長の判断を仰ぐ。

 

まずは、黒角族との境にある休憩地まで案内することになった。

 

年配の男は、深く頭を下げた。

 

「……恩に着る」

 

セイランは短く答えた。

 

「礼は要らない」

 

私は、その様子を見ながら考えていた。

 

秦国。

 

楊端和。

 

白淵族。

 

これまで、私にとっては別々の存在だった。

 

でも、少しずつ。

 

つながり始めている。

 

それが、良いことなのか。

 

悪いことなのか。

 

まだ、分からない。

 

◇◇◇

 

夜。

 

私は川辺で身体を休めていた。

 

レンが、魚と肉を持ってきてくれた。

 

「今日は、こっちもあるよ」

 

(……おお)

 

お肉!

 

素晴らしい。

 

私は嬉しくなった。

 

魚が一番好きだけれど、肉も嫌いではない。

 

むしろ、普通に美味しい。

 

私は大きな肉の塊を食べた。

 

……。

 

(……うん)

 

悪くない。

 

非常に悪くない。

 

レンが笑った。

 

「スイ、何でも美味しそうに食べるね」

 

(……それは)

 

食べ物に失礼ですから。

 

私は心の中で答えた。

 

◇◇◇

 

少し離れた場所では、セイランとハクが話していた。

 

「……秦国の兵か」

 

ハクが呟く。

 

「ああ」

 

「楊端和にも、知らせた方がいいだろうな」

 

「そうだな」

 

セイランは、しばらく黙っていた。

 

そして、静かに言った。

 

「……だが、まずは族長に報告する」

 

「分かっている」

 

二人は、夜の山を見つめていた。

 

私は、その背中を眺めながら、ゆっくりと身体を丸めた。

 

秦国の兵。

 

山の民。

 

そして、楊端和。

 

これから、何が起こるのだろう。

 

……。

 

(……まあ)

 

とりあえず。

 

今日は、お腹いっぱいになったので。

 

満足です。

 

私は、静かに目を閉じた。

 

明日になれば、また何かが動くのかもしれない。

 

でも、今夜くらいは。

 

平和な夢を見たいものだ。

 

できれば。

 

魚がたくさん泳いでいる、そんな夢を。

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