秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

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第二十七話 山の王が持ち帰ったもの

 

戦に勝つと、何が手に入るのだろう。

 

土地。

 

金。

 

食料。

 

あるいは、名誉。

 

前世の歴史の授業では、戦争の結果をそんなふうに習った気がする。

 

でも、山の王が秦国から持ち帰ったものは、そのどれとも少し違っていた。

 

(……交易路、ですか)

 

私は、目の前に積まれた荷物を眺めていた。

 

布。

 

塩。

 

それから、見慣れない形の金属製の道具。

 

どれも白淵族では作れないものばかりだ。

 

そして、その荷物を運んできたのは。

 

「久しいな」

 

仮面をつけた男。

 

バジオウだった。

 

◇◇◇

 

楊端和が咸陽から帰還して、ひと月ほどが過ぎた。

 

山界では、秦国との同盟についてさまざまな話が広まっていた。

 

秦国の王が、山の民を友と呼んだ。

 

山の王が、秦国の王宮を取り戻した。

 

山の民が、平地の兵士たちを圧倒した。

 

どこまで本当なのかは分からない。

 

ただ、楊端和が秦国の王と手を結んだことだけは、確かな事実だった。

 

そして、その影響は少しずつ山界へ広がり始めていた。

 

◇◇◇

 

「……それで、なぜお前が来た」

 

セイランが尋ねた。

 

バジオウは、いつものように落ち着いた声で答えた。

 

「道の確認だ」

 

「南の古道か」

 

「ああ」

 

バジオウは、黒角族の使者とともに、数名の戦士を連れていた。

 

いずれも楊端和の配下らしい。

 

彼らは、白淵族の集落の外れで足を止め、族長への面会を求めた。

 

そして、以前交わした約束に従い、通行の目的と人数を伝えてきた。

 

(……律儀)

 

私は、少し感心した。

 

あの山の王、ちゃんと約束を守っている。

 

「秦国との往来が増える可能性がある」

 

バジオウが言った。

 

「その前に、山道の状態を確認しておきたい」

 

族長は頷いた。

 

「我らの土地を通る必要があるのか」

 

「今すぐではない」

 

バジオウは答えた。

 

「だが、山界の各地を結ぶ道は、今後重要になる」

 

「……なるほど」

 

族長は、少し考え込んだ。

 

◇◇◇

 

山の民と秦国が同盟を結んだ。

 

それだけ聞けば、めでたい話に思える。

 

しかし、同盟というのは、握手をして終わりではないらしい。

 

物資を運ぶ。

 

人が行き来する。

 

知らせを届ける。

 

そのためには、道が必要になる。

 

そして、山界の道というものは、そう簡単ではない。

 

崖。

 

谷。

 

急な坂。

 

雨が降れば崩れる斜面。

 

……。

 

(……本当に)

 

よくこんなところに住んでいるなぁ。

 

いや。

 

私も住んでいるんですけど。

 

◇◇◇

 

「秦国と交易を始めるつもりなのか」

 

族長が尋ねた。

 

バジオウは首を横に振った。

 

「すぐに大きな交易が始まるわけではない」

 

「では?」

 

「まずは、互いの行き来を妨げぬことだ」

 

バジオウは、静かに続けた。

 

「これまで、山の民と秦国は敵対してきた。道を使うにも、互いに警戒があった」

 

「……そうだな」

 

「だが、今は違う」

 

……。

 

(……おお)

 

なるほど。

 

私は、少しだけ感心した。

 

同盟を結ぶというのは、単に一緒に戦うことではない。

 

これまで敵だった相手と、話ができるようになること。

 

それだけでも、大きな変化なのだろう。

 

◇◇◇

 

「……しかし」

 

セイランが口を開いた。

 

「秦国と盟を結んだのは、楊端和だ」

 

「ああ」

 

「我らではない」

 

バジオウは頷いた。

 

「承知している」

 

「ならば、秦国の者が我らの道を使う場合は、別に話をする必要がある」

 

「その通りだ」

 

……。

 

(……おお)

 

話が早い。

 

私は、少し安心した。

 

セイランも、わずかに表情を緩めた。

 

「……分かっているならいい」

 

バジオウは、静かに答えた。

 

「山の王も、同じ考えだ」

 

◇◇◇

 

その後、バジオウたちは南の古道を確認することになった。

 

案内するのは、セイランとハク。

 

それから、黒角族の戦士たち。

 

そして。

 

当然のように、私も連れていかれた。

 

……。

 

(……またですか)

 

私は、少しだけ不満だった。

 

最近、よく働いている気がする。

 

もちろん、嫌ではない。

 

嫌ではないのだけれど。

 

……。

 

(……魚)

 

帰ったら、大きいのをお願いします。

 

◇◇◇

 

古道へ向かう途中。

 

バジオウが、私を見上げた。

 

「……以前より大きくなったか」

 

セイランが答えた。

 

「少しな」

 

(……え)

 

本当?

 

私は、少し嬉しくなった。

 

成長期?

 

いや、もう結構大きいけれど。

 

バジオウは、私の脚を見た。

 

「……山道を歩くには、便利そうだ」

 

「便利という言い方は好かん」

 

セイランが言った。

 

バジオウは、少しだけ首を傾けた。

 

「……そうか」

 

「スイは、道具ではない」

 

……。

 

(……セイラン)

 

私は、少しだけ嬉しくなった。

 

すると、バジオウは静かに頷いた。

 

「……分かった」

 

それだけだった。

 

言い訳もしない。

 

余計なことも言わない。

 

……。

 

(……うん)

 

この人、やっぱり嫌いじゃない。

 

◇◇◇

 

古道の確認は、思ったより時間がかかった。

 

崩れやすい斜面。

 

細い橋。

 

雨が降ると水が溢れる谷。

 

バジオウは、一つひとつを丁寧に確認していた。

 

「……ここは、何人通れる」

 

「一度に十人ほどだ」

 

セイランが答える。

 

「荷を持っていれば、もっと少ない」

 

「……そうか」

 

バジオウは頷いた。

 

「ここを広げることはできるか」

 

「できる。だが、時間がかかる」

 

「分かった」

 

……。

 

(……真面目)

 

私は、少し感心した。

 

バジオウって、もっと戦うことばかり考えている人かと思っていた。

 

でも、こういう仕事もするんだ。

 

いや。

 

軍を率いるなら、道を知ることは大事なのだろう。

 

◇◇◇

 

昼過ぎ。

 

私たちは、少し広い場所で休憩することになった。

 

黒角族の戦士たちが、水を汲みに行く。

 

ハクは、バジオウの配下と何やら話していた。

 

私は、近くの水場に身体を沈めた。

 

(……ああ)

 

気持ちいい。

 

最高。

 

すると、バジオウがセイランに尋ねた。

 

「……お前たちは、秦国へ行ったことがあるか」

 

「ない」

 

「そうか」

 

「なぜ聞く」

 

バジオウは、少し考えた。

 

「……あの国は、面白い」

 

……。

 

(……おや)

 

私は、耳を動かした。

 

◇◇◇

 

「何がだ」

 

セイランが尋ねた。

 

「……建物が大きい」

 

……。

 

(……え)

 

そこ?

 

私は、少し驚いた。

 

バジオウは続けた。

 

「山にはない形の建物が多い。道も広い」

 

「そうだろうな」

 

「……兵も多い」

 

「聞いている」

 

バジオウは、少しだけ黙った。

 

そして、ぽつりと言った。

 

「……だが、王は若かった」

 

……。

 

(……おお)

 

嬴政。

 

私は、静かに耳を動かした。

 

「若い王が、山の王に助けを求めたのか」

 

セイランが尋ねた。

 

「ああ」

 

「……変わった王だな」

 

「そうだな」

 

バジオウは、少しだけ笑ったように見えた。

 

「……だが、目は強かった」

 

……。

 

(……うん)

 

分かる。

 

映画でも、そうだった。

 

嬴政。

 

若いけれど、王様らしい人だった。

 

◇◇◇

 

「……楊端和は、なぜ秦国を助けた」

 

セイランが尋ねた。

 

バジオウは、しばらく黙っていた。

 

そして、静かに答えた。

 

「……山の王が決めたことだ」

 

「それは分かっている」

 

「ならば、それでいい」

 

……。

 

(……おお)

 

出た。

 

無口同士の会話。

 

私は、少し面白くなった。

 

セイランは、わずかに眉を寄せた。

 

「……理由を聞いている」

 

バジオウは、少しだけ考えた。

 

「……山の外にも、道を作るためだろう」

 

……。

 

(……あ)

 

私は、静かに顔を上げた。

 

道。

 

山の外へ続く道。

 

それは、単に人が歩く道ではない。

 

これまで敵だった相手と、話をするための道。

 

山の民が、山の外と関わるための道。

 

……。

 

(……なるほど)

 

楊端和が持ち帰ったのは、そういうものなのかもしれない。

 

◇◇◇

 

夕方。

 

古道の確認を終えた私たちは、白淵族の集落へ戻った。

 

バジオウは、族長に報告した。

 

「……南の古道は、今のままでも少人数なら通れる」

 

「そうか」

 

「だが、大勢の兵を通すには、修繕が必要だ」

 

族長は頷いた。

 

「必要になれば、改めて話し合おう」

 

「承知した」

 

そして、バジオウは持ってきた荷物を差し出した。

 

布。

 

塩。

 

金属製の道具。

 

「……山の王からだ」

 

族長は、少し驚いた。

 

「これは?」

 

「道の確認に協力してもらった礼だ」

 

「……そうか」

 

族長は、静かに頷いた。

 

「ありがたく受け取ろう」

 

◇◇◇

 

その夜。

 

白淵族の集落では、少しだけ賑やかな夕食になった。

 

秦国から持ち込まれた塩を使って、肉が焼かれた。

 

……。

 

(……いい匂い)

 

私は、少し離れた場所で身体を伏せていた。

 

すると、レンが肉を持ってきてくれた。

 

「スイ、少しだけね」

 

(……おお)

 

ありがとうございます。

 

私は、ありがたくいただいた。

 

……。

 

(……美味しい)

 

塩。

 

偉大。

 

前世では当たり前に使っていたけれど、この世界では貴重なものらしい。

 

私は、しみじみと思った。

 

◇◇◇

 

食事のあと。

 

セイランとレンが、川辺で話していた。

 

「……秦国との同盟で、山界も変わるのかな」

 

レンが尋ねた。

 

セイランは、少し考えてから答えた。

 

「……変わるだろうな」

 

「どう変わるんだろう」

 

「分からん」

 

……。

 

(……潔い)

 

私は、少し笑いたくなった。

 

セイランは、続けた。

 

「だが、変わることが悪いとは限らない」

 

レンは、少し驚いたようだった。

 

「……そうだね」

 

「大事なのは、何を守るかだ」

 

……。

 

(……うん)

 

私は、静かに頷きたくなった。

 

白淵族の暮らし。

 

川。

 

森。

 

闘蛇たち。

 

そして、家族。

 

それを守れるなら。

 

山の外と関わることも、悪くないのかもしれない。

 

◇◇◇

 

翌朝。

 

バジオウたちは、楊端和のもとへ帰ることになった。

 

セイランが見送りに出た。

 

「……また来るのか」

 

「ああ」

 

バジオウが答えた。

 

「必要があればな」

 

「そうか」

 

「……お前たちも、山の王のもとへ来るといい」

 

セイランは、少しだけ考えた。

 

「……用があればな」

 

……。

 

(……ふふ)

 

似た者同士。

 

私は、静かに二人を見ていた。

 

バジオウは、最後に私を見上げた。

 

「……またな」

 

(……どうも)

 

私は、ゆっくりと瞬きをした。

 

◇◇◇

 

バジオウたちが去ったあと。

 

私は、川辺へ向かった。

 

水は、今日も冷たくて気持ちがいい。

 

私は、ゆっくりと身体を沈めた。

 

……。

 

(……道、か)

 

山の王が、秦国から持ち帰ったもの。

 

それは、単なる勝利ではなかった。

 

山の外へ続く、新しい道。

 

そして、山の民がこれまでとは違う未来を選ぶための可能性。

 

……。

 

(……何だか)

 

少し、わくわくする。

 

もちろん。

 

私は、まだ山の外へ行ったことがない。

 

秦国の王宮も、広い平原も、見たことがない。

 

でも、いつか。

 

この山を越えて、知らない世界を見る日が来るのかもしれない。

 

そのときは。

 

セイランと。

 

レンと。

 

一緒に行けたらいいな。

 

私は、静かに目を閉じた。

 

遠くで、鳥が鳴いていた。

 

山の向こうには、まだ知らない世界が広がっている。

 

そして、その世界へ続く道が。

 

少しずつ、開かれ始めていた。

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