贈り物というものは、もらって嬉しいものだ。
前世なら、お菓子とか、花とか、ちょっといいお酒とか。
相手の好みを考えて選ぶ時間も、贈り物の楽しさの一つだったと思う。
ただし、世の中には、受け取った人を困らせる贈り物もある。
例えば、置き場所に困るほど大きな家具。
手入れが難しい植物。
それから。
(……生きた動物)
私は、飼育場の端に置かれた木箱を見つめていた。
箱の中から、かすかな物音がする。
カリ、カリ。
何かが木を引っかいている。
その前には、腕を組んだトウエン。
困り顔のレン。
そして、妙に楽しそうなハク。
「……開けるぞ」
トウエンが言った。
(……何が出るんだろう)
私は、思わず身を乗り出した。
◇◇◇
事の始まりは、三日前。
楊端和のもとから、一人の使者がやってきた。
前回のバジオウとは違い、今度は交易に関わる者だった。
彼は、族長のもとへ二つの荷を運んできた。
一つは、山の王からの書状。
もう一つは、大きな木箱だった。
「山の王より、白淵族への贈り物です」
使者は、そう告げた。
族長は礼を述べ、まず書状を確認した。
そこには、南の古道の調査に協力したことへの謝意と、今後も両族の関係を大切にしたいという言葉が記されていた。
そして、最後に一文。
『山の東で珍しい獣を得た。闘蛇を育てる白淵族ならば、扱いを知るやもしれぬ』
……。
(……珍しい獣)
その時点で、私は嫌な予感がしていた。
◇◇◇
木箱が飼育場へ運ばれると、トウエンが呼ばれた。
「……獣を預かった?」
「そうらしい」
族長が答える。
「山の王は、我らに扱いを尋ねたいそうだ」
「種類は」
「分からん」
トウエンは、しばらく木箱を見つめた。
「……生き物を送るなら、せめて何を食うかくらいは聞いておいてほしいものだ」
……。
(……ごもっとも)
私は、心の中で拍手した。
レンも苦笑している。
「でも、父さん。見てみないと分からないよ」
「分かっている」
トウエンは、木箱の留め具に手をかけた。
◇◇◇
蓋が開いた。
中にいたのは。
(……あら)
小さな獣だった。
いや、小さいといっても、犬くらいの大きさはある。
四本の脚。
長い尾。
硬そうな鱗。
そして、頭には短い角のような突起が二本。
……。
(……トカゲ?)
私は、首を傾げた。
見た目は、少しだけ闘蛇に似ている。
ただし、身体つきが違う。
闘蛇は、もっと胴が長く、脚も太い。
この獣は、細身で動きが素早そうだった。
そして何より。
「……シャアッ!」
箱の中から、威嚇する声が響いた。
……。
(……元気)
大変結構。
◇◇◇
「……これは」
トウエンが、少しだけ目を細めた。
「知っているの?」
レンが尋ねる。
「似たものは見たことがある」
「何ていう獣?」
「山の東では、角蜥と呼ぶ者がいる」
……。
(……角蜥)
そのまんま。
私は、少し笑いたくなった。
トウエンは続けた。
「ただし、これほど大きいものは珍しい」
「危険なの?」
「噛まれれば、かなり痛いだろうな」
……。
(……でしょうね)
私は、静かに箱を見つめた。
角蜥は、相変わらず威嚇している。
◇◇◇
「……どうする」
族長が尋ねた。
トウエンは、少し考えた。
「まずは、落ち着かせます」
「飼えるか」
「分かりません」
……。
(……正直)
素晴らしい。
トウエンは、知らないことを知らないと言える人だ。
私は、こういう人が好きだった。
「ただ、闘蛇とは違う獣です」
彼は続けた。
「同じように扱えばよいとは限りません」
族長は頷いた。
「任せる」
「承知しました」
◇◇◇
こうして、角蜥は白淵族の飼育場で預かることになった。
ただし。
問題が一つあった。
「……餌を食べない」
レンが言った。
(……え)
私は、少し驚いた。
魚を食べない?
そんな生き物がいるの?
……。
(……いや)
いるか。
当然いる。
でも、ちょっと信じられない。
◇◇◇
レンは、角蜥の前に小さな魚を置いた。
角蜥は、じっと見つめた。
そして。
……ぷい。
顔を背けた。
……。
(……えええ)
もったいない!
私は、思わず身を乗り出した。
レンが笑った。
「スイは食べたいんだね」
(……そりゃそうでしょう)
美味しいのに。
こんなに美味しいのに。
角蜥は、私の方を見た。
そして、また威嚇した。
「シャアッ!」
……。
(……おや)
喧嘩売ってる?
私は、静かに目を細めた。
◇◇◇
その日の夕方。
ハクが、飼育場へやってきた。
「……どうだ、珍しい獣は」
レンが答える。
「まだ、何を食べるか分からなくて」
「肉は?」
「試したけど、食べなかった」
「虫は?」
「それも、まだ」
ハクは、少し考えた。
「……じゃあ、草か?」
……。
(……草)
私は、角蜥を見つめた。
確かに、歯の形は少し違う気がする。
闘蛇のような鋭い牙ではない。
……。
(……もしかして)
草食?
私は、少しだけ興味を持った。
◇◇◇
翌朝。
レンは、柔らかい葉を持ってきた。
角蜥の前に置く。
すると。
……ぱく。
食べた。
……。
(……おお)
食べた!
レンが嬉しそうに声を上げた。
「父さん! 食べたよ!」
トウエンが、すぐにやってきた。
「……何を」
「この葉っぱ」
「……そうか」
トウエンは、角蜥の様子をじっと見つめた。
そして、少しだけ笑った。
「……なるほどな」
◇◇◇
それから数日。
角蜥は、少しずつ落ち着いてきた。
相変わらず、人が近づくと威嚇する。
けれど、餌は食べるようになった。
水も飲む。
そして、時々、木箱の外へ出ようとする。
……。
(……元気)
大変結構。
私は、少しだけ安心した。
◇◇◇
ある日の昼過ぎ。
レンが、角蜥の世話をしていた。
私は、近くの水場で身体を休めていた。
すると。
ガタン!
大きな音がした。
(……ん?)
私は、顔を上げた。
角蜥が、木箱から飛び出していた。
……。
(……あ)
脱走。
レンが慌てて立ち上がる。
「ちょっと! 待って!」
角蜥は、ものすごい速さで走り出した。
……。
(……速い)
私は、少し感心した。
◇◇◇
角蜥は、飼育場の端へ向かった。
そこには、闘蛇の餌を置く小屋がある。
……。
(……あれ)
そっちは。
危ないのでは。
私は、ゆっくりと身体を起こした。
角蜥は、小屋の前で足を止めた。
そして。
中へ入ろうとした。
……。
(……あ)
私は、静かに前脚を伸ばした。
角蜥の進む先に、そっと置く。
角蜥は、驚いて飛び退いた。
「シャアッ!」
……。
(……いや)
怒られても。
そっちは危ないんですよ。
私は、動かずに待った。
角蜥は、しばらく私を睨んでいた。
そして、くるりと向きを変えた。
……。
(……よし)
一件落着。
◇◇◇
レンが、息を切らしてやってきた。
「スイ!」
(……どうも)
私は、静かに目を細めた。
レンは、角蜥を慎重に捕まえた。
「……助かったよ」
……。
(……いえいえ)
どういたしまして。
レンは、角蜥を抱えながら笑った。
「スイって、やっぱり面倒見がいいね」
……。
(……そう?)
私は、少しだけ嬉しくなった。
◇◇◇
その日の夜。
トウエンが、族長に報告した。
「……角蜥は、しばらく預かることにします」
「飼えるのか」
「まだ分かりません。ただ、少なくとも餌は分かりました」
「そうか」
トウエンは続けた。
「ですが、闘蛇とは違います。繁殖も、扱いも、何も分からない」
族長は頷いた。
「無理はするな」
「承知しました」
◇◇◇
数日後。
楊端和のもとへ、返事が送られた。
角蜥は無事に生きていること。
葉を食べること。
そして、しばらく観察を続けること。
……。
(……研究報告)
私は、少し感心した。
山の民って、意外とこういうこともするんだなぁ。
いや。
当然か。
生き物を育てるなら、観察は大事だ。
◇◇◇
夕方。
私は、川辺で身体を休めていた。
レンが、隣に座っていた。
「……山の王って、面白い人だね」
(……うん)
本当に。
「珍しい獣を見つけたら、白淵族に送ってくるんだもん」
……。
(……確かに)
なかなか大胆。
私は、少し笑いたくなった。
レンは続けた。
「でも、嬉しいな」
(……何が?)
「僕たちのこと、頼りにしてくれてるってことでしょ」
……。
(……あ)
私は、静かにレンを見つめた。
なるほど。
そういうことか。
楊端和は、白淵族をただの通行相手だと思っていない。
闘蛇を育てる一族として、何かを期待している。
そして、頼りにしている。
……。
(……それは)
少し、嬉しい。
◇◇◇
その夜。
私は、星空を見上げていた。
山の王が持ってきた、小さな獣。
最初は、ただの厄介な贈り物だと思った。
でも、今は少し違う。
あの角蜥が、白淵族と楊端和をつなぐ新しいきっかけになるのかもしれない。
……。
(……まあ)
それは、それとして。
私は、少しだけ首を動かした。
角蜥。
あの子。
魚を食べないんだよなぁ。
……。
(……人生の半分くらい)
損してる気がする。
いや。
角蜥だから、人生じゃないか。
……。
(……獣生?)
まあ、いいや。
私は、静かに目を閉じた。
明日も、きっと。
何か面白いことが起きるのだろう。
そして、できれば。
その面白いことに、美味しい魚がついてきますように。