秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

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第二十八話 山の王の贈り物は、少々厄介

 

贈り物というものは、もらって嬉しいものだ。

 

前世なら、お菓子とか、花とか、ちょっといいお酒とか。

 

相手の好みを考えて選ぶ時間も、贈り物の楽しさの一つだったと思う。

 

ただし、世の中には、受け取った人を困らせる贈り物もある。

 

例えば、置き場所に困るほど大きな家具。

 

手入れが難しい植物。

 

それから。

 

(……生きた動物)

 

私は、飼育場の端に置かれた木箱を見つめていた。

 

箱の中から、かすかな物音がする。

 

カリ、カリ。

 

何かが木を引っかいている。

 

その前には、腕を組んだトウエン。

 

困り顔のレン。

 

そして、妙に楽しそうなハク。

 

「……開けるぞ」

 

トウエンが言った。

 

(……何が出るんだろう)

 

私は、思わず身を乗り出した。

 

◇◇◇

 

事の始まりは、三日前。

 

楊端和のもとから、一人の使者がやってきた。

 

前回のバジオウとは違い、今度は交易に関わる者だった。

 

彼は、族長のもとへ二つの荷を運んできた。

 

一つは、山の王からの書状。

 

もう一つは、大きな木箱だった。

 

「山の王より、白淵族への贈り物です」

 

使者は、そう告げた。

 

族長は礼を述べ、まず書状を確認した。

 

そこには、南の古道の調査に協力したことへの謝意と、今後も両族の関係を大切にしたいという言葉が記されていた。

 

そして、最後に一文。

 

『山の東で珍しい獣を得た。闘蛇を育てる白淵族ならば、扱いを知るやもしれぬ』

 

……。

 

(……珍しい獣)

 

その時点で、私は嫌な予感がしていた。

 

◇◇◇

 

木箱が飼育場へ運ばれると、トウエンが呼ばれた。

 

「……獣を預かった?」

 

「そうらしい」

 

族長が答える。

 

「山の王は、我らに扱いを尋ねたいそうだ」

 

「種類は」

 

「分からん」

 

トウエンは、しばらく木箱を見つめた。

 

「……生き物を送るなら、せめて何を食うかくらいは聞いておいてほしいものだ」

 

……。

 

(……ごもっとも)

 

私は、心の中で拍手した。

 

レンも苦笑している。

 

「でも、父さん。見てみないと分からないよ」

 

「分かっている」

 

トウエンは、木箱の留め具に手をかけた。

 

◇◇◇

 

蓋が開いた。

 

中にいたのは。

 

(……あら)

 

小さな獣だった。

 

いや、小さいといっても、犬くらいの大きさはある。

 

四本の脚。

 

長い尾。

 

硬そうな鱗。

 

そして、頭には短い角のような突起が二本。

 

……。

 

(……トカゲ?)

 

私は、首を傾げた。

 

見た目は、少しだけ闘蛇に似ている。

 

ただし、身体つきが違う。

 

闘蛇は、もっと胴が長く、脚も太い。

 

この獣は、細身で動きが素早そうだった。

 

そして何より。

 

「……シャアッ!」

 

箱の中から、威嚇する声が響いた。

 

……。

 

(……元気)

 

大変結構。

 

◇◇◇

 

「……これは」

 

トウエンが、少しだけ目を細めた。

 

「知っているの?」

 

レンが尋ねる。

 

「似たものは見たことがある」

 

「何ていう獣?」

 

「山の東では、角蜥と呼ぶ者がいる」

 

……。

 

(……角蜥)

 

そのまんま。

 

私は、少し笑いたくなった。

 

トウエンは続けた。

 

「ただし、これほど大きいものは珍しい」

 

「危険なの?」

 

「噛まれれば、かなり痛いだろうな」

 

……。

 

(……でしょうね)

 

私は、静かに箱を見つめた。

 

角蜥は、相変わらず威嚇している。

 

◇◇◇

 

「……どうする」

 

族長が尋ねた。

 

トウエンは、少し考えた。

 

「まずは、落ち着かせます」

 

「飼えるか」

 

「分かりません」

 

……。

 

(……正直)

 

素晴らしい。

 

トウエンは、知らないことを知らないと言える人だ。

 

私は、こういう人が好きだった。

 

「ただ、闘蛇とは違う獣です」

 

彼は続けた。

 

「同じように扱えばよいとは限りません」

 

族長は頷いた。

 

「任せる」

 

「承知しました」

 

◇◇◇

 

こうして、角蜥は白淵族の飼育場で預かることになった。

 

ただし。

 

問題が一つあった。

 

「……餌を食べない」

 

レンが言った。

 

(……え)

 

私は、少し驚いた。

 

魚を食べない?

 

そんな生き物がいるの?

 

……。

 

(……いや)

 

いるか。

 

当然いる。

 

でも、ちょっと信じられない。

 

◇◇◇

 

レンは、角蜥の前に小さな魚を置いた。

 

角蜥は、じっと見つめた。

 

そして。

 

……ぷい。

 

顔を背けた。

 

……。

 

(……えええ)

 

もったいない!

 

私は、思わず身を乗り出した。

 

レンが笑った。

 

「スイは食べたいんだね」

 

(……そりゃそうでしょう)

 

美味しいのに。

 

こんなに美味しいのに。

 

角蜥は、私の方を見た。

 

そして、また威嚇した。

 

「シャアッ!」

 

……。

 

(……おや)

 

喧嘩売ってる?

 

私は、静かに目を細めた。

 

◇◇◇

 

その日の夕方。

 

ハクが、飼育場へやってきた。

 

「……どうだ、珍しい獣は」

 

レンが答える。

 

「まだ、何を食べるか分からなくて」

 

「肉は?」

 

「試したけど、食べなかった」

 

「虫は?」

 

「それも、まだ」

 

ハクは、少し考えた。

 

「……じゃあ、草か?」

 

……。

 

(……草)

 

私は、角蜥を見つめた。

 

確かに、歯の形は少し違う気がする。

 

闘蛇のような鋭い牙ではない。

 

……。

 

(……もしかして)

 

草食?

 

私は、少しだけ興味を持った。

 

◇◇◇

 

翌朝。

 

レンは、柔らかい葉を持ってきた。

 

角蜥の前に置く。

 

すると。

 

……ぱく。

 

食べた。

 

……。

 

(……おお)

 

食べた!

 

レンが嬉しそうに声を上げた。

 

「父さん! 食べたよ!」

 

トウエンが、すぐにやってきた。

 

「……何を」

 

「この葉っぱ」

 

「……そうか」

 

トウエンは、角蜥の様子をじっと見つめた。

 

そして、少しだけ笑った。

 

「……なるほどな」

 

◇◇◇

 

それから数日。

 

角蜥は、少しずつ落ち着いてきた。

 

相変わらず、人が近づくと威嚇する。

 

けれど、餌は食べるようになった。

 

水も飲む。

 

そして、時々、木箱の外へ出ようとする。

 

……。

 

(……元気)

 

大変結構。

 

私は、少しだけ安心した。

 

◇◇◇

 

ある日の昼過ぎ。

 

レンが、角蜥の世話をしていた。

 

私は、近くの水場で身体を休めていた。

 

すると。

 

ガタン!

 

大きな音がした。

 

(……ん?)

 

私は、顔を上げた。

 

角蜥が、木箱から飛び出していた。

 

……。

 

(……あ)

 

脱走。

 

レンが慌てて立ち上がる。

 

「ちょっと! 待って!」

 

角蜥は、ものすごい速さで走り出した。

 

……。

 

(……速い)

 

私は、少し感心した。

 

◇◇◇

 

角蜥は、飼育場の端へ向かった。

 

そこには、闘蛇の餌を置く小屋がある。

 

……。

 

(……あれ)

 

そっちは。

 

危ないのでは。

 

私は、ゆっくりと身体を起こした。

 

角蜥は、小屋の前で足を止めた。

 

そして。

 

中へ入ろうとした。

 

……。

 

(……あ)

 

私は、静かに前脚を伸ばした。

 

角蜥の進む先に、そっと置く。

 

角蜥は、驚いて飛び退いた。

 

「シャアッ!」

 

……。

 

(……いや)

 

怒られても。

 

そっちは危ないんですよ。

 

私は、動かずに待った。

 

角蜥は、しばらく私を睨んでいた。

 

そして、くるりと向きを変えた。

 

……。

 

(……よし)

 

一件落着。

 

◇◇◇

 

レンが、息を切らしてやってきた。

 

「スイ!」

 

(……どうも)

 

私は、静かに目を細めた。

 

レンは、角蜥を慎重に捕まえた。

 

「……助かったよ」

 

……。

 

(……いえいえ)

 

どういたしまして。

 

レンは、角蜥を抱えながら笑った。

 

「スイって、やっぱり面倒見がいいね」

 

……。

 

(……そう?)

 

私は、少しだけ嬉しくなった。

 

◇◇◇

 

その日の夜。

 

トウエンが、族長に報告した。

 

「……角蜥は、しばらく預かることにします」

 

「飼えるのか」

 

「まだ分かりません。ただ、少なくとも餌は分かりました」

 

「そうか」

 

トウエンは続けた。

 

「ですが、闘蛇とは違います。繁殖も、扱いも、何も分からない」

 

族長は頷いた。

 

「無理はするな」

 

「承知しました」

 

◇◇◇

 

数日後。

 

楊端和のもとへ、返事が送られた。

 

角蜥は無事に生きていること。

 

葉を食べること。

 

そして、しばらく観察を続けること。

 

……。

 

(……研究報告)

 

私は、少し感心した。

 

山の民って、意外とこういうこともするんだなぁ。

 

いや。

 

当然か。

 

生き物を育てるなら、観察は大事だ。

 

◇◇◇

 

夕方。

 

私は、川辺で身体を休めていた。

 

レンが、隣に座っていた。

 

「……山の王って、面白い人だね」

 

(……うん)

 

本当に。

 

「珍しい獣を見つけたら、白淵族に送ってくるんだもん」

 

……。

 

(……確かに)

 

なかなか大胆。

 

私は、少し笑いたくなった。

 

レンは続けた。

 

「でも、嬉しいな」

 

(……何が?)

 

「僕たちのこと、頼りにしてくれてるってことでしょ」

 

……。

 

(……あ)

 

私は、静かにレンを見つめた。

 

なるほど。

 

そういうことか。

 

楊端和は、白淵族をただの通行相手だと思っていない。

 

闘蛇を育てる一族として、何かを期待している。

 

そして、頼りにしている。

 

……。

 

(……それは)

 

少し、嬉しい。

 

◇◇◇

 

その夜。

 

私は、星空を見上げていた。

 

山の王が持ってきた、小さな獣。

 

最初は、ただの厄介な贈り物だと思った。

 

でも、今は少し違う。

 

あの角蜥が、白淵族と楊端和をつなぐ新しいきっかけになるのかもしれない。

 

……。

 

(……まあ)

 

それは、それとして。

 

私は、少しだけ首を動かした。

 

角蜥。

 

あの子。

 

魚を食べないんだよなぁ。

 

……。

 

(……人生の半分くらい)

 

損してる気がする。

 

いや。

 

角蜥だから、人生じゃないか。

 

……。

 

(……獣生?)

 

まあ、いいや。

 

私は、静かに目を閉じた。

 

明日も、きっと。

 

何か面白いことが起きるのだろう。

 

そして、できれば。

 

その面白いことに、美味しい魚がついてきますように。

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