謝罪というものには、いくつか種類がある。
申し訳ありませんでした、と頭を下げるもの。
次から気をつけます、と約束するもの。
そして。
「……これを、持って帰れと?」
「はい。山の王からです」
目の前に置かれた、大きな籠。
中には、色とりどりの布と、干した肉、それから見慣れない木の実が詰まっていた。
……。
(……お詫びの品?)
私は、少しだけ首を傾げた。
楊端和。
あなた、もしかして。
贈り物で解決するタイプ?
◇◇◇
角蜥が白淵族へやってきて、半月ほどが過ぎた。
その間に、飼育場ではいくつかのことが分かった。
角蜥は、柔らかい葉を好む。
日当たりのよい場所を選ぶ。
夜になると、狭い隙間へ入りたがる。
そして、意外と器用に物を動かす。
……。
(……器用)
大変結構。
ただし、その器用さを悪い方向に使うのは、やめてほしい。
レンの履物は、結局、餌箱の裏から見つかった。
どうやら、角蜥が引きずっていったらしい。
……。
(……何がしたかったの)
私は、少し不思議だった。
履物、美味しくないでしょう?
◇◇◇
その日の昼過ぎ。
楊端和のもとから、使者がやってきた。
以前、角蜥を運んできた男だった。
彼は、族長の前で頭を下げた。
「山の王より、返答を預かっております」
族長が頷く。
「聞こう」
使者は、書状を開いた。
「珍しい獣を突然預けたことについて、配慮が足りなかったと認める。今後は、事前に相談する」
……。
(……おお)
ちゃんと謝った。
私は、少し感心した。
「そして、角蜥の世話に対する礼として、こちらを届けるよう命じられました」
使者は、大きな籠を差し出した。
……。
(……なるほど)
お礼の品。
私は、少しだけ納得した。
◇◇◇
族長は、籠の中身を確認した。
布。
干し肉。
木の実。
それから、小さな金属製の道具。
「……これは?」
族長が尋ねた。
使者は答えた。
「秦国から手に入れたものも含まれております」
……。
(……秦国)
私は、少しだけ耳を動かした。
楊端和と秦国の同盟。
それによって、少しずつ物が行き来し始めているらしい。
前回の塩もそうだった。
今回の布や道具も、きっとそうなのだろう。
◇◇◇
「……山の王は、角蜥をどうするつもりだ」
族長が尋ねた。
使者は、少し考えてから答えた。
「白淵族が預かることを望むなら、そのまま任せたいとのことです」
「……そうか」
「ただし、負担になるようなら、引き取るとも」
族長は、トウエンを見た。
「どうする」
トウエンは、少し考えた。
「……しばらく、預かりましょう」
レンが、少し嬉しそうな顔をした。
「父さん」
「ただし、条件がある」
……。
(……おや)
私は、少しだけ耳を動かした。
◇◇◇
「角蜥を預かる以上、我らが責任を持って世話をします」
トウエンが言った。
「ですが、もし病気になった場合や、飼育が難しくなった場合は、改めて相談したい」
使者は頷いた。
「承知しました」
「それから、角蜥について分かったことは、山の王へ報告しましょう」
「ありがたい」
トウエンは、少しだけ笑った。
「……こちらも、学ぶことが多いので」
……。
(……おお)
トウエン。
楽しそう。
私は、少し嬉しくなった。
◇◇◇
その日の夕方。
飼育場では、贈り物の一部が広げられていた。
レンが、見慣れない木の実を手に取った。
「……これ、何だろう」
トウエンが答えた。
「山の東で採れる実だろう」
「食べられるの?」
「人が食べるものだと聞いている」
……。
(……おや)
私は、少しだけ興味を持った。
食べ物。
それは、大事。
レンは、木の実を一つ割ってみた。
中には、白っぽい実が詰まっている。
「……いい匂い」
……。
(……どれどれ)
私は、少しだけ鼻先を近づけた。
甘い香りがした。
……。
(……おお)
これは。
美味しそう。
◇◇◇
「スイには、まだあげないよ」
レンが言った。
……。
(……え)
なぜ。
私は、少しだけ不満だった。
レンは笑った。
「食べても大丈夫か、分からないからね」
……。
(……ああ)
なるほど。
それは、仕方ない。
私は、静かに身体を伏せた。
安全第一。
大事。
◇◇◇
数日後。
角蜥は、相変わらず元気だった。
ただし、少しだけ変化があった。
人が近づいても、すぐには威嚇しなくなったのだ。
レンが餌を持っていくと、木箱の奥から顔を出す。
そして、少しだけ近づいてくる。
……。
(……おお)
進歩。
私は、少し感心した。
レンも嬉しそうだった。
「……慣れてきたのかな」
トウエンは、慎重に答えた。
「慣れたというより、餌を持ってくる者を覚えたのだろう」
「それでも、嬉しいよ」
「……そうだな」
◇◇◇
その日の昼過ぎ。
私は、川辺で身体を休めていた。
すると、ハクがやってきた。
「……スイ」
(……はい)
私は、ゆっくりと目を開けた。
ハクは、私を見ながら笑った。
「最近、角蜥に人気を取られてるんじゃないか?」
……。
(……は?)
私は、思わず顔を上げた。
人気?
取られてる?
誰に?
あの、小さいトカゲに?
……。
(……いやいや)
そんなこと。
あるわけないでしょう。
私は、九メートルの闘蛇ですよ?
白淵族の誇り。
セイランの相棒。
レンの家族。
そして。
……。
(……美しい鱗の持ち主)
あの子とは、格が違う。
ハクは、楽しそうに笑った。
「……冗談だよ」
……。
(……でしょうね)
私は、静かに鼻から息を吐いた。
◇◇◇
夕方。
レンが、角蜥の世話を終えて戻ってきた。
「スイ、お待たせ」
……。
(……おお)
待ってました。
レンは、私の首筋を撫でた。
「今日は、魚を多めに持ってきたよ」
……。
(……最高)
私は、心の底から感謝した。
やっぱり。
レン。
あなたが一番。
◇◇◇
その夜。
族長は、セイランたちと話をしていた。
「……楊端和との関係も、少しずつ変わってきたな」
セイランが頷く。
「ああ」
「最初は、道の話だけだった」
「そうだな」
「今は、獣の世話まで頼まれる」
ハクが笑った。
「……山の王も、白淵族を頼りにしているんでしょう」
族長は、少しだけ笑った。
「そうかもしれんな」
そして、静かに続けた。
「だが、頼られることと、従うことは違う」
……。
(……うん)
私は、少しだけ耳を動かした。
大事なことだ。
白淵族は、楊端和の配下ではない。
だからこそ、互いに助け合う関係でいられる。
……。
(……いい関係)
私は、そう思った。
◇◇◇
翌朝。
私は、川辺で身体を休めていた。
レンが、いつものように魚を持ってきた。
「スイ、おはよう」
(……おはよう)
私は、静かに目を細めた。
レンは、私の首筋を撫でながら言った。
「……角蜥、もう少し大きくなるのかな」
……。
(……どうだろう)
私は、少し考えた。
今は、犬くらいの大きさ。
でも、成長したら。
もしかして。
私くらいになる?
……。
(……いや)
それは、困る。
飼育場が狭くなる。
魚も減るかもしれない。
……。
(……まあ)
でも。
少し楽しみでもある。
私は、静かに川へ入った。
冷たい水が、身体を包む。
山の王から届いた、小さな贈り物。
最初は、ただの珍しい獣だった。
でも、今は。
白淵族の暮らしの中に、少しずつ馴染み始めている。
……。
(……不思議)
知らないものが、いつの間にか身近なものになる。
それは、きっと。
山の外との関係も、同じなのだろう。
私は、ゆっくりと泳ぎ始めた。
今日も、白淵族の川は穏やかだった。
そして、飼育場の方からは。
「……レン! また履物がないぞ!」
トウエンの声が響いていた。
……。
(……あ)
またやったな。
あの子。