秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

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第三十話 山の王から、返事が来た

 

謝罪というものには、いくつか種類がある。

 

申し訳ありませんでした、と頭を下げるもの。

 

次から気をつけます、と約束するもの。

 

そして。

 

「……これを、持って帰れと?」

 

「はい。山の王からです」

 

目の前に置かれた、大きな籠。

 

中には、色とりどりの布と、干した肉、それから見慣れない木の実が詰まっていた。

 

……。

 

(……お詫びの品?)

 

私は、少しだけ首を傾げた。

 

楊端和。

 

あなた、もしかして。

 

贈り物で解決するタイプ?

 

◇◇◇

 

角蜥が白淵族へやってきて、半月ほどが過ぎた。

 

その間に、飼育場ではいくつかのことが分かった。

 

角蜥は、柔らかい葉を好む。

 

日当たりのよい場所を選ぶ。

 

夜になると、狭い隙間へ入りたがる。

 

そして、意外と器用に物を動かす。

 

……。

 

(……器用)

 

大変結構。

 

ただし、その器用さを悪い方向に使うのは、やめてほしい。

 

レンの履物は、結局、餌箱の裏から見つかった。

 

どうやら、角蜥が引きずっていったらしい。

 

……。

 

(……何がしたかったの)

 

私は、少し不思議だった。

 

履物、美味しくないでしょう?

 

◇◇◇

 

その日の昼過ぎ。

 

楊端和のもとから、使者がやってきた。

 

以前、角蜥を運んできた男だった。

 

彼は、族長の前で頭を下げた。

 

「山の王より、返答を預かっております」

 

族長が頷く。

 

「聞こう」

 

使者は、書状を開いた。

 

「珍しい獣を突然預けたことについて、配慮が足りなかったと認める。今後は、事前に相談する」

 

……。

 

(……おお)

 

ちゃんと謝った。

 

私は、少し感心した。

 

「そして、角蜥の世話に対する礼として、こちらを届けるよう命じられました」

 

使者は、大きな籠を差し出した。

 

……。

 

(……なるほど)

 

お礼の品。

 

私は、少しだけ納得した。

 

◇◇◇

 

族長は、籠の中身を確認した。

 

布。

 

干し肉。

 

木の実。

 

それから、小さな金属製の道具。

 

「……これは?」

 

族長が尋ねた。

 

使者は答えた。

 

「秦国から手に入れたものも含まれております」

 

……。

 

(……秦国)

 

私は、少しだけ耳を動かした。

 

楊端和と秦国の同盟。

 

それによって、少しずつ物が行き来し始めているらしい。

 

前回の塩もそうだった。

 

今回の布や道具も、きっとそうなのだろう。

 

◇◇◇

 

「……山の王は、角蜥をどうするつもりだ」

 

族長が尋ねた。

 

使者は、少し考えてから答えた。

 

「白淵族が預かることを望むなら、そのまま任せたいとのことです」

 

「……そうか」

 

「ただし、負担になるようなら、引き取るとも」

 

族長は、トウエンを見た。

 

「どうする」

 

トウエンは、少し考えた。

 

「……しばらく、預かりましょう」

 

レンが、少し嬉しそうな顔をした。

 

「父さん」

 

「ただし、条件がある」

 

……。

 

(……おや)

 

私は、少しだけ耳を動かした。

 

◇◇◇

 

「角蜥を預かる以上、我らが責任を持って世話をします」

 

トウエンが言った。

 

「ですが、もし病気になった場合や、飼育が難しくなった場合は、改めて相談したい」

 

使者は頷いた。

 

「承知しました」

 

「それから、角蜥について分かったことは、山の王へ報告しましょう」

 

「ありがたい」

 

トウエンは、少しだけ笑った。

 

「……こちらも、学ぶことが多いので」

 

……。

 

(……おお)

 

トウエン。

 

楽しそう。

 

私は、少し嬉しくなった。

 

◇◇◇

 

その日の夕方。

 

飼育場では、贈り物の一部が広げられていた。

 

レンが、見慣れない木の実を手に取った。

 

「……これ、何だろう」

 

トウエンが答えた。

 

「山の東で採れる実だろう」

 

「食べられるの?」

 

「人が食べるものだと聞いている」

 

……。

 

(……おや)

 

私は、少しだけ興味を持った。

 

食べ物。

 

それは、大事。

 

レンは、木の実を一つ割ってみた。

 

中には、白っぽい実が詰まっている。

 

「……いい匂い」

 

……。

 

(……どれどれ)

 

私は、少しだけ鼻先を近づけた。

 

甘い香りがした。

 

……。

 

(……おお)

 

これは。

 

美味しそう。

 

◇◇◇

 

「スイには、まだあげないよ」

 

レンが言った。

 

……。

 

(……え)

 

なぜ。

 

私は、少しだけ不満だった。

 

レンは笑った。

 

「食べても大丈夫か、分からないからね」

 

……。

 

(……ああ)

 

なるほど。

 

それは、仕方ない。

 

私は、静かに身体を伏せた。

 

安全第一。

 

大事。

 

◇◇◇

 

数日後。

 

角蜥は、相変わらず元気だった。

 

ただし、少しだけ変化があった。

 

人が近づいても、すぐには威嚇しなくなったのだ。

 

レンが餌を持っていくと、木箱の奥から顔を出す。

 

そして、少しだけ近づいてくる。

 

……。

 

(……おお)

 

進歩。

 

私は、少し感心した。

 

レンも嬉しそうだった。

 

「……慣れてきたのかな」

 

トウエンは、慎重に答えた。

 

「慣れたというより、餌を持ってくる者を覚えたのだろう」

 

「それでも、嬉しいよ」

 

「……そうだな」

 

◇◇◇

 

その日の昼過ぎ。

 

私は、川辺で身体を休めていた。

 

すると、ハクがやってきた。

 

「……スイ」

 

(……はい)

 

私は、ゆっくりと目を開けた。

 

ハクは、私を見ながら笑った。

 

「最近、角蜥に人気を取られてるんじゃないか?」

 

……。

 

(……は?)

 

私は、思わず顔を上げた。

 

人気?

 

取られてる?

 

誰に?

 

あの、小さいトカゲに?

 

……。

 

(……いやいや)

 

そんなこと。

 

あるわけないでしょう。

 

私は、九メートルの闘蛇ですよ?

 

白淵族の誇り。

 

セイランの相棒。

 

レンの家族。

 

そして。

 

……。

 

(……美しい鱗の持ち主)

 

あの子とは、格が違う。

 

ハクは、楽しそうに笑った。

 

「……冗談だよ」

 

……。

 

(……でしょうね)

 

私は、静かに鼻から息を吐いた。

 

◇◇◇

 

夕方。

 

レンが、角蜥の世話を終えて戻ってきた。

 

「スイ、お待たせ」

 

……。

 

(……おお)

 

待ってました。

 

レンは、私の首筋を撫でた。

 

「今日は、魚を多めに持ってきたよ」

 

……。

 

(……最高)

 

私は、心の底から感謝した。

 

やっぱり。

 

レン。

 

あなたが一番。

 

◇◇◇

 

その夜。

 

族長は、セイランたちと話をしていた。

 

「……楊端和との関係も、少しずつ変わってきたな」

 

セイランが頷く。

 

「ああ」

 

「最初は、道の話だけだった」

 

「そうだな」

 

「今は、獣の世話まで頼まれる」

 

ハクが笑った。

 

「……山の王も、白淵族を頼りにしているんでしょう」

 

族長は、少しだけ笑った。

 

「そうかもしれんな」

 

そして、静かに続けた。

 

「だが、頼られることと、従うことは違う」

 

……。

 

(……うん)

 

私は、少しだけ耳を動かした。

 

大事なことだ。

 

白淵族は、楊端和の配下ではない。

 

だからこそ、互いに助け合う関係でいられる。

 

……。

 

(……いい関係)

 

私は、そう思った。

 

◇◇◇

 

翌朝。

 

私は、川辺で身体を休めていた。

 

レンが、いつものように魚を持ってきた。

 

「スイ、おはよう」

 

(……おはよう)

 

私は、静かに目を細めた。

 

レンは、私の首筋を撫でながら言った。

 

「……角蜥、もう少し大きくなるのかな」

 

……。

 

(……どうだろう)

 

私は、少し考えた。

 

今は、犬くらいの大きさ。

 

でも、成長したら。

 

もしかして。

 

私くらいになる?

 

……。

 

(……いや)

 

それは、困る。

 

飼育場が狭くなる。

 

魚も減るかもしれない。

 

……。

 

(……まあ)

 

でも。

 

少し楽しみでもある。

 

私は、静かに川へ入った。

 

冷たい水が、身体を包む。

 

山の王から届いた、小さな贈り物。

 

最初は、ただの珍しい獣だった。

 

でも、今は。

 

白淵族の暮らしの中に、少しずつ馴染み始めている。

 

……。

 

(……不思議)

 

知らないものが、いつの間にか身近なものになる。

 

それは、きっと。

 

山の外との関係も、同じなのだろう。

 

私は、ゆっくりと泳ぎ始めた。

 

今日も、白淵族の川は穏やかだった。

 

そして、飼育場の方からは。

 

「……レン! また履物がないぞ!」

 

トウエンの声が響いていた。

 

……。

 

(……あ)

 

またやったな。

 

あの子。

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