人の上に立つのは、得意ではない。
前世でもそうだった。
誰かを引っ張るより、周囲の様子を見ている方が好きだったし、できれば面倒な争いには巻き込まれたくなかった。
それなのに。
(……どうして、こうなった)
私は、背後に並ぶ闘蛇たちを見つめていた。
一頭。
二頭。
三頭。
四頭。
見事に、全員こちらを見ている。
(……いや、私を見ても困るんですけど)
今日の訓練は、昨日とは少し違うらしい。
広い岩場には、木の杭がいくつも打ち込まれていた。
その間を通り抜ける道が作られ、途中には倒木や大きな石も置かれている。
騎乗者たちは、朝から何やら真剣な顔で話し合っていた。
……。
(……嫌な予感がする)
こういうときの人間は、大抵ろくなことを考えていない。
◇◇◇
「今日は、二つの組に分ける」
トウエンが言った。
「年長の闘蛇を中心とした組と、若い闘蛇を中心とした組だ」
ハクが頷く。
「なるほど。動きの違いを見るんですね」
「そうだ」
「競争ですか?」
「速さを競うわけではない」
トウエンは、杭の並ぶ訓練場を指さした。
「決められた道を通り、途中で合図を受けて進路を変える。障害物を避け、全頭が無事に戻ること。それが今日の課題だ」
セイランが、地面に描かれた道順を確認する。
「……先頭の闘蛇が進路を選ぶのか」
「騎乗者が合図を出す。ただし、後続の動きまで見ておけ」
「分かりました」
「昨日は十五頭を一度に動かした。今日は組を分け、それぞれの癖を確かめる」
◇◇◇
最初に動いたのは、年長の闘蛇たちだった。
先頭は、あの大きな雄――ガン。
首筋に古い傷を持つ、堂々とした闘蛇である。
(……お手並み拝見)
私は、岩場の端から眺めていた。
ガンが歩き出す。
後ろの闘蛇たちも、一定の間隔を保って続いた。
最初の障害物は、倒木だった。
ガンは迷わず進路を変え、少し広い場所を通った。
後続も同じ道を進む。
次は、急な方向転換。
騎乗者の合図が出ると、ガンは歩幅を小さくし、ゆっくりと身体を曲げた。
後ろの闘蛇たちは、ガンが曲がりきるのを待ってから続いた。
……。
(……上手い)
私は、素直に感心した。
動きが滑らかだ。
無理がない。
一頭一頭が、自分の前後をよく見ている。
そして何より。
ガンが慌てない。
先頭が落ち着いていると、後ろも落ち着く。
(……なるほどねえ)
年の功というやつだろうか。
◇◇◇
「……さすがだな」
ハクが呟いた。
「ガンは、長年山道を歩いてきたからな」
トウエンが答える。
「ほかの闘蛇たちも、あいつの動きをよく知っている」
「……なるほど」
「闘蛇は、人間の合図だけで動いているわけではない」
トウエンは、ガンの組を見つめた。
「互いの動きを見て、判断している」
セイランが頷いた。
「……昨日の十五頭では、それがうまく噛み合わなかった」
「そういうことだ」
◇◇◇
次は、私たちの番だった。
……。
(……え)
いや。
待って。
私が先頭?
私は、セイランを見上げた。
セイランは、いつものように私の背へ乗る。
「スイ、頼むぞ」
……。
(……頼まれましても)
後ろには、若い闘蛇たち。
全員、こちらを見ている。
……。
(……うわあ)
何だか、責任重大である。
◇◇◇
最初の障害物は、倒木だった。
私は、ゆっくりと進んだ。
倒木を見つけ、少し右へ回る。
後ろの闘蛇たちも続いた。
問題なし。
次は、石の並ぶ場所。
私は、足元を確かめながら進む。
後ろも、同じように進む。
……。
(……おお)
順調。
これは、意外といけるのでは?
そう思ったところで。
後ろから、少し大きな音がした。
ガタン。
振り返る。
一頭の若い闘蛇が、石に足を引っかけていた。
身体が傾く。
騎乗者が、慌てて姿勢を直した。
「……大丈夫か!」
ハクが声を上げる。
「問題ない!」
戦士が答えた。
闘蛇も、すぐに体勢を立て直した。
……。
(……よかった)
私は、ほっとした。
しかし。
その間に、前方との距離が開いていた。
……。
(……あ)
私は、少し急いで進もうとした。
すると、後ろの闘蛇たちもつられて歩幅を速めた。
……。
(……あれ)
待って。
それ、危なくない?
私は、慌てて速度を落とした。
後ろも、少し遅れて速度を落とす。
……。
(……なるほど)
私が急ぐと、みんなも急ぐのか。
◇◇◇
訓練が終わると、トウエンは戦士たちを集めた。
「……どうだった」
ハクが苦笑する。
「思ったより難しいですね」
「どこがだ」
「スイの組は、後ろの闘蛇がスイの動きにつられすぎる」
セイランが頷いた。
「……そうだな」
「スイが進めば進む。止まれば止まる」
「それ自体は悪くない」
トウエンが言った。
「だが、先頭が後ろの様子を見ずに動けば、危険になる」
……。
(……耳が痛い)
私は、少し離れたところで身体を伏せていた。
もちろん、話を聞いているわけではない。
ただ、日陰が気持ちいいだけである。
……。
(……でも、確かに)
さっき、私は急ごうとした。
後ろがついてくることを、あまり考えていなかった。
でも。
みんな、ついてきた。
……。
(……怖いな)
自分の動きが、ほかの誰かの動きにつながる。
それは、思ったより重いことだった。
◇◇◇
午後。
トウエンは、もう一度訓練を行うことにした。
今度は、少しだけ条件を変えた。
途中で、後ろの闘蛇を一頭止める。
先頭は、それに気づいて速度を調整する。
さらに、別の場所では、最後尾の闘蛇が進路を変える。
全体が、無理なく動けるかを確かめる。
……。
(……なるほど)
今度は、速く進むことが目的ではない。
全員が、ちゃんとついてこられること。
私は、少しだけ意識を変えた。
前を見る。
後ろを見る。
足元を見る。
……。
(……忙しい)
首が足りない。
いや、首は一本で十分だけど。
◇◇◇
何度か繰り返すうちに、少しずつ分かってきた。
後ろの闘蛇が遅れたとき。
無理に進まなくてもいい。
立ち止まれば、みんなが追いついてくる。
進路を変えるとき。
急に曲がらず、少し大きく回れば、後ろも動きやすい。
……。
(……なるほどね)
私は、少しだけ感心した。
リーダーというのは、先頭を走ることではないらしい。
後ろが、ちゃんとついてこられるようにすること。
……。
(……いや)
別に、リーダーになるつもりはないけど。
◇◇◇
訓練が終わる頃。
私は、岩場の端で身体を休めていた。
すると。
大きな影が近づいてきた。
ガンだった。
……。
(……おや)
何でしょう。
ガンは、私の前で足を止めた。
じっと見つめてくる。
私は、静かに見返した。
しばらくして。
ガンは、ゆっくりと鼻先を近づけた。
そして、私の首筋のあたりの匂いを嗅いだ。
……。
(……え)
何?
検査?
私は、動かずに待った。
ガンは、少しだけ喉を鳴らした。
低い音だった。
それから、ゆっくりと身体を翻し、年長の闘蛇たちの方へ戻っていった。
……。
(……何だったんだろう)
私は、少しだけ首を傾げた。
◇◇◇
その様子を見ていたトウエンが、静かに笑った。
「……珍しいな」
セイランが尋ねる。
「何がです?」
「ガンが、若い闘蛇に自分から近づくことは、あまりない」
「……そうなんですか」
「ああ」
トウエンは、ガンの背中を見つめた。
「何か、気になることがあったのだろう」
◇◇◇
夕方。
私は、いつもの川へ戻っていた。
若い闘蛇たちが、近くで身体を休めている。
一頭が、水へ入る。
もう一頭が、後を追う。
私は、少し離れた場所でそれを眺めていた。
……。
(……今日、ちょっと分かった気がする)
みんながついてくること。
それは、悪いことではない。
でも。
ついてくるからこそ、気をつけなければならない。
私が間違えれば、みんなも間違える。
私が慌てれば、みんなも慌てる。
……。
(……責任重大だなあ)
私は、静かに水へ入った。
冷たい水が、身体を包む。
後ろから、若い闘蛇たちが続いてくる。
……。
(……はいはい)
今日も、ついてくるのね。
私は、少しだけ速度を落とした。
後ろの闘蛇たちが、ゆっくりと追いついてくる。
……。
(……まあ)
悪くないかもね。
私は、静かに泳ぎ始めた。
その後ろを、若い闘蛇たちがついてきた。