秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

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第三十四話 先頭に立つということ

 

人の上に立つのは、得意ではない。

 

前世でもそうだった。

 

誰かを引っ張るより、周囲の様子を見ている方が好きだったし、できれば面倒な争いには巻き込まれたくなかった。

 

それなのに。

 

(……どうして、こうなった)

 

私は、背後に並ぶ闘蛇たちを見つめていた。

 

一頭。

 

二頭。

 

三頭。

 

四頭。

 

見事に、全員こちらを見ている。

 

(……いや、私を見ても困るんですけど)

 

今日の訓練は、昨日とは少し違うらしい。

 

広い岩場には、木の杭がいくつも打ち込まれていた。

 

その間を通り抜ける道が作られ、途中には倒木や大きな石も置かれている。

 

騎乗者たちは、朝から何やら真剣な顔で話し合っていた。

 

……。

 

(……嫌な予感がする)

 

こういうときの人間は、大抵ろくなことを考えていない。

 

◇◇◇

 

「今日は、二つの組に分ける」

 

トウエンが言った。

 

「年長の闘蛇を中心とした組と、若い闘蛇を中心とした組だ」

 

ハクが頷く。

 

「なるほど。動きの違いを見るんですね」

 

「そうだ」

 

「競争ですか?」

 

「速さを競うわけではない」

 

トウエンは、杭の並ぶ訓練場を指さした。

 

「決められた道を通り、途中で合図を受けて進路を変える。障害物を避け、全頭が無事に戻ること。それが今日の課題だ」

 

セイランが、地面に描かれた道順を確認する。

 

「……先頭の闘蛇が進路を選ぶのか」

 

「騎乗者が合図を出す。ただし、後続の動きまで見ておけ」

 

「分かりました」

 

「昨日は十五頭を一度に動かした。今日は組を分け、それぞれの癖を確かめる」

 

◇◇◇

 

最初に動いたのは、年長の闘蛇たちだった。

 

先頭は、あの大きな雄――ガン。

 

首筋に古い傷を持つ、堂々とした闘蛇である。

 

(……お手並み拝見)

 

私は、岩場の端から眺めていた。

 

ガンが歩き出す。

 

後ろの闘蛇たちも、一定の間隔を保って続いた。

 

最初の障害物は、倒木だった。

 

ガンは迷わず進路を変え、少し広い場所を通った。

 

後続も同じ道を進む。

 

次は、急な方向転換。

 

騎乗者の合図が出ると、ガンは歩幅を小さくし、ゆっくりと身体を曲げた。

 

後ろの闘蛇たちは、ガンが曲がりきるのを待ってから続いた。

 

……。

 

(……上手い)

 

私は、素直に感心した。

 

動きが滑らかだ。

 

無理がない。

 

一頭一頭が、自分の前後をよく見ている。

 

そして何より。

 

ガンが慌てない。

 

先頭が落ち着いていると、後ろも落ち着く。

 

(……なるほどねえ)

 

年の功というやつだろうか。

 

◇◇◇

 

「……さすがだな」

 

ハクが呟いた。

 

「ガンは、長年山道を歩いてきたからな」

 

トウエンが答える。

 

「ほかの闘蛇たちも、あいつの動きをよく知っている」

 

「……なるほど」

 

「闘蛇は、人間の合図だけで動いているわけではない」

 

トウエンは、ガンの組を見つめた。

 

「互いの動きを見て、判断している」

 

セイランが頷いた。

 

「……昨日の十五頭では、それがうまく噛み合わなかった」

 

「そういうことだ」

 

◇◇◇

 

次は、私たちの番だった。

 

……。

 

(……え)

 

いや。

 

待って。

 

私が先頭?

 

私は、セイランを見上げた。

 

セイランは、いつものように私の背へ乗る。

 

「スイ、頼むぞ」

 

……。

 

(……頼まれましても)

 

後ろには、若い闘蛇たち。

 

全員、こちらを見ている。

 

……。

 

(……うわあ)

 

何だか、責任重大である。

 

◇◇◇

 

最初の障害物は、倒木だった。

 

私は、ゆっくりと進んだ。

 

倒木を見つけ、少し右へ回る。

 

後ろの闘蛇たちも続いた。

 

問題なし。

 

次は、石の並ぶ場所。

 

私は、足元を確かめながら進む。

 

後ろも、同じように進む。

 

……。

 

(……おお)

 

順調。

 

これは、意外といけるのでは?

 

そう思ったところで。

 

後ろから、少し大きな音がした。

 

ガタン。

 

振り返る。

 

一頭の若い闘蛇が、石に足を引っかけていた。

 

身体が傾く。

 

騎乗者が、慌てて姿勢を直した。

 

「……大丈夫か!」

 

ハクが声を上げる。

 

「問題ない!」

 

戦士が答えた。

 

闘蛇も、すぐに体勢を立て直した。

 

……。

 

(……よかった)

 

私は、ほっとした。

 

しかし。

 

その間に、前方との距離が開いていた。

 

……。

 

(……あ)

 

私は、少し急いで進もうとした。

 

すると、後ろの闘蛇たちもつられて歩幅を速めた。

 

……。

 

(……あれ)

 

待って。

 

それ、危なくない?

 

私は、慌てて速度を落とした。

 

後ろも、少し遅れて速度を落とす。

 

……。

 

(……なるほど)

 

私が急ぐと、みんなも急ぐのか。

 

◇◇◇

 

訓練が終わると、トウエンは戦士たちを集めた。

 

「……どうだった」

 

ハクが苦笑する。

 

「思ったより難しいですね」

 

「どこがだ」

 

「スイの組は、後ろの闘蛇がスイの動きにつられすぎる」

 

セイランが頷いた。

 

「……そうだな」

 

「スイが進めば進む。止まれば止まる」

 

「それ自体は悪くない」

 

トウエンが言った。

 

「だが、先頭が後ろの様子を見ずに動けば、危険になる」

 

……。

 

(……耳が痛い)

 

私は、少し離れたところで身体を伏せていた。

 

もちろん、話を聞いているわけではない。

 

ただ、日陰が気持ちいいだけである。

 

……。

 

(……でも、確かに)

 

さっき、私は急ごうとした。

 

後ろがついてくることを、あまり考えていなかった。

 

でも。

 

みんな、ついてきた。

 

……。

 

(……怖いな)

 

自分の動きが、ほかの誰かの動きにつながる。

 

それは、思ったより重いことだった。

 

◇◇◇

 

午後。

 

トウエンは、もう一度訓練を行うことにした。

 

今度は、少しだけ条件を変えた。

 

途中で、後ろの闘蛇を一頭止める。

 

先頭は、それに気づいて速度を調整する。

 

さらに、別の場所では、最後尾の闘蛇が進路を変える。

 

全体が、無理なく動けるかを確かめる。

 

……。

 

(……なるほど)

 

今度は、速く進むことが目的ではない。

 

全員が、ちゃんとついてこられること。

 

私は、少しだけ意識を変えた。

 

前を見る。

 

後ろを見る。

 

足元を見る。

 

……。

 

(……忙しい)

 

首が足りない。

 

いや、首は一本で十分だけど。

 

◇◇◇

 

何度か繰り返すうちに、少しずつ分かってきた。

 

後ろの闘蛇が遅れたとき。

 

無理に進まなくてもいい。

 

立ち止まれば、みんなが追いついてくる。

 

進路を変えるとき。

 

急に曲がらず、少し大きく回れば、後ろも動きやすい。

 

……。

 

(……なるほどね)

 

私は、少しだけ感心した。

 

リーダーというのは、先頭を走ることではないらしい。

 

後ろが、ちゃんとついてこられるようにすること。

 

……。

 

(……いや)

 

別に、リーダーになるつもりはないけど。

 

◇◇◇

 

訓練が終わる頃。

 

私は、岩場の端で身体を休めていた。

 

すると。

 

大きな影が近づいてきた。

 

ガンだった。

 

……。

 

(……おや)

 

何でしょう。

 

ガンは、私の前で足を止めた。

 

じっと見つめてくる。

 

私は、静かに見返した。

 

しばらくして。

 

ガンは、ゆっくりと鼻先を近づけた。

 

そして、私の首筋のあたりの匂いを嗅いだ。

 

……。

 

(……え)

 

何?

 

検査?

 

私は、動かずに待った。

 

ガンは、少しだけ喉を鳴らした。

 

低い音だった。

 

それから、ゆっくりと身体を翻し、年長の闘蛇たちの方へ戻っていった。

 

……。

 

(……何だったんだろう)

 

私は、少しだけ首を傾げた。

 

◇◇◇

 

その様子を見ていたトウエンが、静かに笑った。

 

「……珍しいな」

 

セイランが尋ねる。

 

「何がです?」

 

「ガンが、若い闘蛇に自分から近づくことは、あまりない」

 

「……そうなんですか」

 

「ああ」

 

トウエンは、ガンの背中を見つめた。

 

「何か、気になることがあったのだろう」

 

◇◇◇

 

夕方。

 

私は、いつもの川へ戻っていた。

 

若い闘蛇たちが、近くで身体を休めている。

 

一頭が、水へ入る。

 

もう一頭が、後を追う。

 

私は、少し離れた場所でそれを眺めていた。

 

……。

 

(……今日、ちょっと分かった気がする)

 

みんながついてくること。

 

それは、悪いことではない。

 

でも。

 

ついてくるからこそ、気をつけなければならない。

 

私が間違えれば、みんなも間違える。

 

私が慌てれば、みんなも慌てる。

 

……。

 

(……責任重大だなあ)

 

私は、静かに水へ入った。

 

冷たい水が、身体を包む。

 

後ろから、若い闘蛇たちが続いてくる。

 

……。

 

(……はいはい)

 

今日も、ついてくるのね。

 

私は、少しだけ速度を落とした。

 

後ろの闘蛇たちが、ゆっくりと追いついてくる。

 

……。

 

(……まあ)

 

悪くないかもね。

 

私は、静かに泳ぎ始めた。

 

その後ろを、若い闘蛇たちがついてきた。

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