秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

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第三十五話 十五頭の足並み

 

訓練三日目。

 

私は、少しばかり後悔していた。

 

(……昨日までの方が楽だったなあ)

 

一日目は、みんなで歩いた。

 

二日目は、二つの組に分かれて歩いた。

 

そして三日目。

 

また十五頭が集められた。

 

ただし、今回は最初から二つの組に分かれている。

 

年長の闘蛇たちを中心とする組と、私たち若手の組。

 

それぞれの先頭には、ガンと私。

 

……。

 

(……あれ?)

 

いつの間に、私が先頭で確定したの?

 

誰か、私に相談しました?

 

「今日は二組を別々の道から進ませる」

 

トウエンが説明を始めた。

 

「途中の広場で合流し、そこからは一つの隊列になる」

 

セイランが地面の図を見た。

 

「合流する順番は?」

 

「決めない」

 

ハクが顔を上げる。

 

「決めない?」

 

「どちらが先に着くか分からん。先に着いた組は、後から来る組の邪魔にならない場所で待つこと」

 

「なるほど」

 

「合流した後は、谷の出口まで進む。全頭が無事に通過できれば終了だ」

 

……。

 

(……ふむ)

 

なるほど。

 

二組で別々に進んで、途中で合流。

 

それから、みんなで出口へ。

 

……。

 

(……団体行動ですね)

 

私は、少しだけ気合いを入れた。

 

◇◇◇

 

最初は、順調だった。

 

私たちの組は、川沿いの道を進んだ。

 

足元には小石が多いが、道幅は十分にある。

 

若い闘蛇たちも、昨日の訓練のおかげか、落ち着いて歩いていた。

 

(……いい感じ)

 

私は、後ろの様子を確かめながら進んだ。

 

一頭が少し遅れれば、歩幅を小さくする。

 

後続が揃えば、また進む。

 

以前より、ずっと自然にできるようになっていた。

 

セイランも、無理に急がせることはしない。

 

私の動きに合わせ、必要なときだけ合図を出す。

 

……。

 

(……これ、結構いいかも)

 

私は、少しだけ嬉しくなった。

 

◇◇◇

 

合流地点に着くと、すでにガンの組が待っていた。

 

年長の闘蛇たちは、岩場の端で静かに身体を休めている。

 

ガンは、こちらを一度だけ見た。

 

……。

 

(……お疲れさまです)

 

私は、少し離れた場所で足を止めた。

 

若い闘蛇たちも、私の後ろに並ぶ。

 

すると、ハクが笑った。

 

「……おお、きれいに並んだな」

 

レンも頷いた。

 

「昨日より、ずっと落ち着いてる」

 

セイランは、ガンの組を見た。

 

「……問題は、この先だな」

 

◇◇◇

 

合流後の道は、少し狭くなっていた。

 

十五頭が一列になって進むには、十分な幅がある。

 

ただし、途中に大きな岩があり、そこで道が左右に分かれている。

 

どちらも通れる。

 

しかし、片方は緩やかな坂。

 

もう片方は、少し急な下り道だった。

 

「……先頭はガンに任せよう」

 

トウエンが言った。

 

「年長の闘蛇たちは、こういう道に慣れている」

 

セイランが頷いた。

 

「分かりました」

 

私は、ガンの後ろへ回った。

 

……。

 

(……おお)

 

今日は、先頭じゃない。

 

少し気が楽である。

 

◇◇◇

 

ガンは、ゆっくりと歩き始めた。

 

年長の闘蛇たちが続く。

 

私たち若手も、その後ろへ。

 

最初の分かれ道。

 

ガンは、迷わず緩やかな坂を選んだ。

 

……。

 

(……さすが)

 

足元が安定している。

 

後ろの闘蛇たちも、問題なく進んだ。

 

しかし。

 

道の途中で、少しだけ問題が起きた。

 

◇◇◇

 

前方の闘蛇が、突然足を止めた。

 

ガンではない。

 

その後ろを歩いていた、年長の雌だった。

 

何かを気にしているらしい。

 

鼻先を動かし、地面を見つめている。

 

「……どうした?」

 

騎乗者が声をかける。

 

雌は、動かない。

 

ガンが振り返った。

 

しばらく様子を見ていたが、やがて前へ進もうとした。

 

すると。

 

後ろの年長の闘蛇たちも、少しずつ動き始めた。

 

……。

 

(……あれ)

 

私は、首を傾げた。

 

止まっている子、いるよね?

 

◇◇◇

 

その雌は、まだ動かない。

 

後ろの闘蛇たちが近づき、少しずつ間隔が詰まっていく。

 

騎乗者たちが、それぞれ合図を出した。

 

「止まれ!」

 

「少し下がれ!」

 

「前を空けろ!」

 

しかし、十五頭の隊列では、すぐに全体を動かすのが難しい。

 

……。

 

(……うーん)

 

私は、少し考えた。

 

ガンは、前方の安全を見ている。

 

年長の闘蛇たちは、ガンの動きを気にしている。

 

でも、止まっている雌のことを、後ろの全員が分かっているわけではない。

 

……。

 

(……なるほど)

 

前だけ見ていても、駄目なのか。

 

◇◇◇

 

私は、ゆっくりと足を止めた。

 

そして、少しだけ身体を横へ向けた。

 

後ろの若い闘蛇たちが、つられて止まる。

 

さらに、私のすぐ前にいた闘蛇も、こちらを振り返った。

 

私は、静かに待った。

 

すると、後ろの隊列が落ち着き始めた。

 

騎乗者たちも、状況を確認する余裕ができた。

 

「……よし、間を空けろ!」

 

セイランが声をかける。

 

ハクも、後ろの戦士たちへ合図を送った。

 

しばらくして、隊列は落ち着いた。

 

◇◇◇

 

「……何があった?」

 

トウエンが、前方へ向かった。

 

止まっていた雌の足元を調べる。

 

すると、地面に小さな穴があった。

 

落ち葉に隠れた、獣の巣穴らしい。

 

「……これか」

 

トウエンが呟いた。

 

「踏み抜くのを嫌がったんだな」

 

騎乗者が頷く。

 

「気づきませんでした」

 

「この雌は、足元の変化に敏感だ。無理に進ませなくてよかった」

 

……。

 

(……おお)

 

なるほど。

 

あの子、ちゃんと危険を察知していたんだ。

 

私は、少し感心した。

 

◇◇◇

 

道を確認し、隊列は再び進み始めた。

 

今度は、問題なく谷の出口へ到着した。

 

訓練が終わると、トウエンは戦士たちを集めた。

 

「……今日のことをどう思う」

 

ハクが答えた。

 

「前の闘蛇が止まったとき、後ろが詰まりました」

 

「そうだな」

 

「でも、スイが止まったことで、後ろの隊列が落ち着きました」

 

セイランが頷く。

 

「……あれは助かった」

 

トウエンは、私の方を見た。

 

「スイは、前方だけでなく、後ろの様子も見ていたのだろう」

 

……。

 

(……まあ)

 

たまたまですけどね。

 

私は、静かに身体を伏せた。

 

◇◇◇

 

そのとき。

 

ガンが、こちらへ近づいてきた。

 

……。

 

(……おや)

 

またですか。

 

ガンは、私の前で足を止めた。

 

じっと見つめてくる。

 

私は、静かに見返した。

 

しばらくして。

 

ガンは、低く喉を鳴らした。

 

そして、私の隣へ身体を伏せた。

 

……。

 

(……え)

 

隣?

 

私は、少し驚いた。

 

これまで、ガンは年長の闘蛇たちと一緒にいることが多かった。

 

私の近くで休むことは、ほとんどなかった。

 

それなのに。

 

今日は、すぐ隣。

 

……。

 

(……何でしょう)

 

もしかして。

 

少しは、認めてもらえた?

 

私は、少しだけ嬉しくなった。

 

◇◇◇

 

その様子を見ていたレンが、笑った。

 

「……珍しいね」

 

トウエンが頷く。

 

「ああ」

 

「ガン、スイのこと気に入ったのかな」

 

「……どうだろうな」

 

トウエンは、少しだけ笑った。

 

「だが、悪いことではない」

 

◇◇◇

 

夕方。

 

私は、川辺で身体を休めていた。

 

今日の訓練は、思ったより疲れた。

 

歩くこと自体は難しくない。

 

でも、周囲を気にしながら動くのは、なかなか大変だ。

 

……。

 

(……リーダーって、大変なんだなあ)

 

私は、少しだけ考えた。

 

前へ進むだけでは駄目。

 

後ろを見るだけでも駄目。

 

みんなが無事に進めるように、全体を考える。

 

……。

 

(……うーん)

 

私には、向いていない気もする。

 

でも。

 

今日、後ろの闘蛇たちが落ち着いたとき。

 

少しだけ、嬉しかった。

 

……。

 

(……まあ)

 

悪くないかもしれない。

 

私は、静かに目を閉じた。

 

その頃。

 

北側の岩場では、ガンが年長の闘蛇たちと身体を休めていた。

 

ガンは、時折、南側の川へ視線を向けていた。

 

そこには、若い闘蛇たちが集まっている。

 

中心にいるのは、スイ。

 

ガンは、静かに目を閉じた。

 

あの若い雌は、少し変わっている。

 

まだ経験は浅い。

 

だが、周囲をよく見ている。

 

そして。

 

自分だけが進もうとはしない。

 

それは、群れを率いる者にとって、大切な資質だった。

 

ガンは、低く喉を鳴らした。

 

白淵族の闘蛇たちの関係は、少しずつ変わり始めていた。

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