訓練三日目。
私は、少しばかり後悔していた。
(……昨日までの方が楽だったなあ)
一日目は、みんなで歩いた。
二日目は、二つの組に分かれて歩いた。
そして三日目。
また十五頭が集められた。
ただし、今回は最初から二つの組に分かれている。
年長の闘蛇たちを中心とする組と、私たち若手の組。
それぞれの先頭には、ガンと私。
……。
(……あれ?)
いつの間に、私が先頭で確定したの?
誰か、私に相談しました?
「今日は二組を別々の道から進ませる」
トウエンが説明を始めた。
「途中の広場で合流し、そこからは一つの隊列になる」
セイランが地面の図を見た。
「合流する順番は?」
「決めない」
ハクが顔を上げる。
「決めない?」
「どちらが先に着くか分からん。先に着いた組は、後から来る組の邪魔にならない場所で待つこと」
「なるほど」
「合流した後は、谷の出口まで進む。全頭が無事に通過できれば終了だ」
……。
(……ふむ)
なるほど。
二組で別々に進んで、途中で合流。
それから、みんなで出口へ。
……。
(……団体行動ですね)
私は、少しだけ気合いを入れた。
◇◇◇
最初は、順調だった。
私たちの組は、川沿いの道を進んだ。
足元には小石が多いが、道幅は十分にある。
若い闘蛇たちも、昨日の訓練のおかげか、落ち着いて歩いていた。
(……いい感じ)
私は、後ろの様子を確かめながら進んだ。
一頭が少し遅れれば、歩幅を小さくする。
後続が揃えば、また進む。
以前より、ずっと自然にできるようになっていた。
セイランも、無理に急がせることはしない。
私の動きに合わせ、必要なときだけ合図を出す。
……。
(……これ、結構いいかも)
私は、少しだけ嬉しくなった。
◇◇◇
合流地点に着くと、すでにガンの組が待っていた。
年長の闘蛇たちは、岩場の端で静かに身体を休めている。
ガンは、こちらを一度だけ見た。
……。
(……お疲れさまです)
私は、少し離れた場所で足を止めた。
若い闘蛇たちも、私の後ろに並ぶ。
すると、ハクが笑った。
「……おお、きれいに並んだな」
レンも頷いた。
「昨日より、ずっと落ち着いてる」
セイランは、ガンの組を見た。
「……問題は、この先だな」
◇◇◇
合流後の道は、少し狭くなっていた。
十五頭が一列になって進むには、十分な幅がある。
ただし、途中に大きな岩があり、そこで道が左右に分かれている。
どちらも通れる。
しかし、片方は緩やかな坂。
もう片方は、少し急な下り道だった。
「……先頭はガンに任せよう」
トウエンが言った。
「年長の闘蛇たちは、こういう道に慣れている」
セイランが頷いた。
「分かりました」
私は、ガンの後ろへ回った。
……。
(……おお)
今日は、先頭じゃない。
少し気が楽である。
◇◇◇
ガンは、ゆっくりと歩き始めた。
年長の闘蛇たちが続く。
私たち若手も、その後ろへ。
最初の分かれ道。
ガンは、迷わず緩やかな坂を選んだ。
……。
(……さすが)
足元が安定している。
後ろの闘蛇たちも、問題なく進んだ。
しかし。
道の途中で、少しだけ問題が起きた。
◇◇◇
前方の闘蛇が、突然足を止めた。
ガンではない。
その後ろを歩いていた、年長の雌だった。
何かを気にしているらしい。
鼻先を動かし、地面を見つめている。
「……どうした?」
騎乗者が声をかける。
雌は、動かない。
ガンが振り返った。
しばらく様子を見ていたが、やがて前へ進もうとした。
すると。
後ろの年長の闘蛇たちも、少しずつ動き始めた。
……。
(……あれ)
私は、首を傾げた。
止まっている子、いるよね?
◇◇◇
その雌は、まだ動かない。
後ろの闘蛇たちが近づき、少しずつ間隔が詰まっていく。
騎乗者たちが、それぞれ合図を出した。
「止まれ!」
「少し下がれ!」
「前を空けろ!」
しかし、十五頭の隊列では、すぐに全体を動かすのが難しい。
……。
(……うーん)
私は、少し考えた。
ガンは、前方の安全を見ている。
年長の闘蛇たちは、ガンの動きを気にしている。
でも、止まっている雌のことを、後ろの全員が分かっているわけではない。
……。
(……なるほど)
前だけ見ていても、駄目なのか。
◇◇◇
私は、ゆっくりと足を止めた。
そして、少しだけ身体を横へ向けた。
後ろの若い闘蛇たちが、つられて止まる。
さらに、私のすぐ前にいた闘蛇も、こちらを振り返った。
私は、静かに待った。
すると、後ろの隊列が落ち着き始めた。
騎乗者たちも、状況を確認する余裕ができた。
「……よし、間を空けろ!」
セイランが声をかける。
ハクも、後ろの戦士たちへ合図を送った。
しばらくして、隊列は落ち着いた。
◇◇◇
「……何があった?」
トウエンが、前方へ向かった。
止まっていた雌の足元を調べる。
すると、地面に小さな穴があった。
落ち葉に隠れた、獣の巣穴らしい。
「……これか」
トウエンが呟いた。
「踏み抜くのを嫌がったんだな」
騎乗者が頷く。
「気づきませんでした」
「この雌は、足元の変化に敏感だ。無理に進ませなくてよかった」
……。
(……おお)
なるほど。
あの子、ちゃんと危険を察知していたんだ。
私は、少し感心した。
◇◇◇
道を確認し、隊列は再び進み始めた。
今度は、問題なく谷の出口へ到着した。
訓練が終わると、トウエンは戦士たちを集めた。
「……今日のことをどう思う」
ハクが答えた。
「前の闘蛇が止まったとき、後ろが詰まりました」
「そうだな」
「でも、スイが止まったことで、後ろの隊列が落ち着きました」
セイランが頷く。
「……あれは助かった」
トウエンは、私の方を見た。
「スイは、前方だけでなく、後ろの様子も見ていたのだろう」
……。
(……まあ)
たまたまですけどね。
私は、静かに身体を伏せた。
◇◇◇
そのとき。
ガンが、こちらへ近づいてきた。
……。
(……おや)
またですか。
ガンは、私の前で足を止めた。
じっと見つめてくる。
私は、静かに見返した。
しばらくして。
ガンは、低く喉を鳴らした。
そして、私の隣へ身体を伏せた。
……。
(……え)
隣?
私は、少し驚いた。
これまで、ガンは年長の闘蛇たちと一緒にいることが多かった。
私の近くで休むことは、ほとんどなかった。
それなのに。
今日は、すぐ隣。
……。
(……何でしょう)
もしかして。
少しは、認めてもらえた?
私は、少しだけ嬉しくなった。
◇◇◇
その様子を見ていたレンが、笑った。
「……珍しいね」
トウエンが頷く。
「ああ」
「ガン、スイのこと気に入ったのかな」
「……どうだろうな」
トウエンは、少しだけ笑った。
「だが、悪いことではない」
◇◇◇
夕方。
私は、川辺で身体を休めていた。
今日の訓練は、思ったより疲れた。
歩くこと自体は難しくない。
でも、周囲を気にしながら動くのは、なかなか大変だ。
……。
(……リーダーって、大変なんだなあ)
私は、少しだけ考えた。
前へ進むだけでは駄目。
後ろを見るだけでも駄目。
みんなが無事に進めるように、全体を考える。
……。
(……うーん)
私には、向いていない気もする。
でも。
今日、後ろの闘蛇たちが落ち着いたとき。
少しだけ、嬉しかった。
……。
(……まあ)
悪くないかもしれない。
私は、静かに目を閉じた。
その頃。
北側の岩場では、ガンが年長の闘蛇たちと身体を休めていた。
ガンは、時折、南側の川へ視線を向けていた。
そこには、若い闘蛇たちが集まっている。
中心にいるのは、スイ。
ガンは、静かに目を閉じた。
あの若い雌は、少し変わっている。
まだ経験は浅い。
だが、周囲をよく見ている。
そして。
自分だけが進もうとはしない。
それは、群れを率いる者にとって、大切な資質だった。
ガンは、低く喉を鳴らした。
白淵族の闘蛇たちの関係は、少しずつ変わり始めていた。