秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

4 / 13
第四話 私にも小さい頃がありました

 

私にも、小さい頃があった。

 

今でこそ全長九メートル。立派な牙に頑丈な鱗を備えた、堂々たる闘蛇である。

 

だが、そんな私にも、可愛らしい赤ちゃん時代というものが存在したのだ。

 

……まあ、当時から牙は生えていたけれど。

 

ちなみに、私が初めてこの世界で目を覚ました時の感想は、今でもよく覚えている。

 

(……暗い)

 

これだった。

 

◇◇◇

 

目を開けたつもりだった。

 

だが、何も見えない。

 

周囲は真っ暗で、身体は妙に窮屈だった。

 

(……何これ)

 

(布団?)

 

いや、違う。

 

何だか硬い。

 

しかも、全身が湿っている。

 

寝汗にしては、少々ひどすぎるのではないだろうか。

 

私は身体を動かそうとした。

 

すると、頭の上で何かが軋んだ。

 

ぴしり。

 

……ん?

 

ぴし、ぴし。

 

(……え?)

 

何かが割れている。

 

それも、すぐ近くで。

 

私は慌てて身体をよじった。

 

ぱきん。

 

突然、頭の上から光が差し込んだ。

 

眩しい。

 

ものすごく眩しい。

 

私は思わず目を閉じた。

 

そして、次の瞬間。

 

ずるり、と身体が滑った。

 

「ギャッ!」

 

……。

 

…………。

 

今の声、何?

 

私は目を開けた。

 

そこには、見知らぬ景色が広がっていた。

 

湿った土。

 

積み重ねられた藁。

 

木で組まれた天井。

 

そして、目の前には、割れた大きな殻。

 

……殻?

 

(……卵?)

 

私は恐る恐る、自分の身体を見下ろした。

 

鱗。

 

短い四本の足。

 

そして、細長い尻尾。

 

……。

 

…………。

 

(……は?)

 

いやいやいや。

 

待って。

 

ちょっと待って。

 

何これ。

 

私の身体、どうなってるの?

 

私は前足を持ち上げた。

 

小さな爪がついている。

 

動かしてみる。

 

動く。

 

もう一度。

 

やっぱり動く。

 

(……え?)

 

(私、トカゲになってない?)

 

いや、トカゲにしては身体が長い。

 

ワニ?

 

それとも、何かの恐竜?

 

そもそも、ここはどこ?

 

私は周囲を見回した。

 

どう見ても病院ではない。

 

というか、そもそも日本ですらなさそうだ。

 

……。

 

…………。

 

(……もしかして)

 

(転生ってやつ?)

 

前世では、小説や漫画をそれなりに読んでいた。

 

だから、そういう話があることは知っている。

 

だが。

 

(普通、転生するなら人間じゃないの!?)

 

いや、もちろん人外転生というジャンルもある。

 

あるけど!

 

(せめて猫とか!)

 

(犬とか!)

 

(何でよりによって、こんな……!)

 

私はもう一度、自分の身体を見下ろした。

 

鱗。

 

爪。

 

尻尾。

 

……。

 

(……まあ)

 

(ちょっと格好良いかもしれないけど)

 

我ながら、切り替えは早い方である。

 

◇◇◇

 

「……あっ!」

 

突然、声がした。

 

私はびくりと身体を震わせた。

 

顔を上げると、そこには一人の少年が立っていた。

 

年齢は十歳くらいだろうか。

 

長い黒髪を後ろで結び、大きな瞳を輝かせている。

 

……。

 

…………。

 

(……可愛い)

 

いや。

 

ちょっと待って。

 

何この子。

 

めちゃくちゃ可愛いんですけど。

 

少年は私を見るなり、ぱっと笑顔になった。

 

「生まれた!」

 

……。

 

あれ?

 

言葉が分かる。

 

いや、何語なのかは分からない。

 

少なくとも日本語ではない気がする。

 

でも、意味は理解できる。

 

不思議だ。

 

そんなことを考えている間に、少年は私の前にしゃがみ込んだ。

 

「よかったぁ。なかなか出てこないから、心配したんだよ」

 

……。

 

…………。

 

(天使?)

 

何この子。

 

顔が良い上に、優しい。

 

最高では?

 

少年はそっと手を伸ばした。

 

私は反射的に身を引いた。

 

すると、少年はすぐに手を止めた。

 

「あ、ごめん。怖かった?」

 

……。

 

…………。

 

(優しい!!)

 

何この子!

 

めちゃくちゃ優しいじゃん!

 

私は思わず、もう一度少年に近づいた。

 

少年は驚いたように目を丸くした。

 

「……あれ?」

 

私は鼻先を差し出した。

 

ほら。

 

撫でてもいいのよ。

 

少年は少し迷ってから、そっと私の頭に触れた。

 

温かい。

 

……。

 

ああ。

 

何だか、安心する。

 

「……ふふ」

 

少年が笑った。

 

「変わった子だね」

 

……。

 

いや。

 

あなたもなかなかですよ。

 

こんな謎の生き物を、いきなり撫でられるんですから。

 

「ねえ、君の名前、何にしようか」

 

……。

 

名前?

 

そういえば、今の私には名前がない。

 

前世の名前は覚えている。

 

だが、ここでそれを名乗ることはできない。

 

そもそも、声が出ない。

 

いや、声は出るのだが。

 

「ギャウ」

 

……。

 

…………。

 

(……何この鳴き声)

 

可愛くない。

 

全然可愛くない。

 

少年はそんな私を見て、楽しそうに笑った。

 

「元気だね」

 

いや、元気というか。

 

ちょっとショックを受けているんですけど。

 

少年はしばらく考え込んでいた。

 

そして、ふと思いついたように言った。

 

「……スイ」

 

……。

 

(スイ?)

 

「水が好きな一族の子だから、スイ。どうかな?」

 

……。

 

…………。

 

(……いいじゃん)

 

短くて、呼びやすい。

 

しかも、何となく可愛い。

 

私は嬉しくなって、尻尾を振った。

 

ぱしん。

 

……。

 

…………。

 

何かに当たった。

 

振り返ると、割れた卵の殻が飛んでいた。

 

少年は一瞬ぽかんとした後、声を上げて笑った。

 

「あはは! 気に入ってくれた?」

 

……。

 

はい。

 

大変、気に入りました。

 

こうして私は、スイという名前をもらった。

 

そして、この少年こそが。

 

後に私の飼育担当となる、レンである。

 

◇◇◇

 

ちなみに、生まれたばかりの闘蛇というのは、思っていた以上に小さい。

 

いや、人間の赤ん坊よりは大きい。

 

だが、成体と比べれば随分と可愛らしいものだ。

 

当時の私は、頭から尻尾の先まで一メートルほど。

 

大きめの犬くらいのサイズだった。

 

……。

 

犬。

 

そう考えると、ちょっと親近感が湧く。

 

もっとも、犬と違って牙があるし、爪も鋭い。

 

しかも、食べるものが違う。

 

「スイ、お腹すいた?」

 

レンがそう言って、小さな魚を差し出した。

 

……。

 

…………。

 

(……生魚?)

 

いや。

 

ちょっと待って。

 

私、前世では普通に人間だったんですよ。

 

生魚を丸ごと食べる習慣なんてないんですけど。

 

しかも、頭つき。

 

内臓つき。

 

……。

 

(……無理では?)

 

私は顔を背けた。

 

すると、レンが困ったように首を傾げた。

 

「あれ? 食べないの?」

 

いや。

 

食べたい気持ちはあるんですよ。

 

何しろ、お腹は空いている。

 

ものすごく空いている。

 

でも、これはちょっと。

 

……。

 

ぐう。

 

腹が鳴った。

 

……。

 

…………。

 

(……背に腹は代えられない)

 

私は恐る恐る口を開けた。

 

魚を咥える。

 

……。

 

…………。

 

(……あれ?)

 

うまい。

 

いや。

 

うまいぞ、これ。

 

何だろう。

 

前世で食べた刺身とは違う。

 

だが、身体が求めていた味というか。

 

とにかく、美味しい。

 

私は夢中で魚を飲み込んだ。

 

「わっ!」

 

レンが驚いた。

 

「食べた!」

 

……。

 

いや。

 

そりゃ食べますよ。

 

美味しいですし。

 

「よかったぁ!」

 

レンは心底嬉しそうに笑った。

 

……。

 

…………。

 

(……可愛い)

 

何この子。

 

魚を食べただけで、こんなに喜んでくれるの?

 

私は思わず尻尾を振った。

 

ぱしん。

 

また何かに当たった。

 

「あっ!」

 

レンの声が響く。

 

振り返ると、魚の入った桶が倒れていた。

 

……。

 

…………。

 

(……ごめん)

 

どうやら、私の尻尾は思っていた以上に危険らしい。

 

◇◇◇

 

それからしばらく、私はレンと一緒に過ごした。

 

彼は毎日、私のところへやってきた。

 

餌をくれる。

 

身体を洗ってくれる。

 

寝床を整えてくれる。

 

そして、何より。

 

たくさん話しかけてくれた。

 

「今日はね、族長に褒められたんだ」

 

へえ。

 

よかったじゃない。

 

「でも、父さんにはまだまだだって言われた」

 

あら。

 

厳しいお父さんなのね。

 

「早く一人前の闘蛇飼いになりたいなぁ」

 

……。

 

…………。

 

(……そっか)

 

この子、まだ見習いなんだ。

 

私はレンの横顔を見つめた。

 

小さな手。

 

まだ幼さの残る顔。

 

それでも、私の世話をする時はいつも真剣だった。

 

餌の量を考え、体調を気にし、少しでも様子がおかしいと心配する。

 

……。

 

(……いい子だなぁ)

 

本当に、いい子だ。

 

私はそっと鼻先を押しつけた。

 

「わっ!」

 

レンが驚いた。

 

だが、すぐに笑った。

 

「どうしたの、スイ?」

 

……。

 

何でもないよ。

 

ただ。

 

ちょっと、ありがとうって思っただけ。

 

もちろん、そんな言葉は伝わらない。

 

でも、レンは嬉しそうに私の頭を撫でてくれた。

 

それで十分だった。

 

◇◇◇

 

ところで。

 

この頃の私は、まだ知らなかった。

 

白淵族がどんな一族なのか。

 

この山の外に、どんな世界が広がっているのか。

 

そして、自分が生まれた場所が、どんな時代に存在しているのかも。

 

ただ一つ、確かなことがあった。

 

ここには、私を大切にしてくれる人がいる。

 

そして、その人は。

 

とびきり顔が良い。

 

……。

 

うむ。

 

悪くない転生先である。

 

いや、むしろ。

 

大当たりではなかろうか。

 

私はレンの膝に頭を乗せ、満足げに目を閉じた。

 

「……スイ、重いよ」

 

……。

 

…………。

 

(……ごめん)

 

まだ一メートルしかないのに。

 

どうやら私は、すでに少々重かったらしい。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。