秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

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第四十五話 道を欲しがる者

 

朝から、少しだけ機嫌が良かった。

 

理由は単純。

 

今日の調査には、キョウが同行するからである。

 

(……ふふ)

 

いや、別に浮かれているわけではない。

 

昨日の話し合いで、南の旧道には何か裏があるらしいと分かった。

 

危険な調査になる可能性だってある。

 

もちろん、気は引き締めている。

 

ただ。

 

(顔が良い人が近くにいると、景色が良くなるんですよね)

 

これは仕方がない。

 

自然現象のようなものだ。

 

◇◇◇

 

今回、旧道へ向かうのは白淵族と黒角族の合同の一行だった。

 

白淵族からはセイラン、ハク、それに戦士が六人。

 

黒角族からはダン、キョウ、戦士が四人。

 

闘蛇は私と、ハクの相棒の二頭。

 

合わせて十四人と二頭である。

 

「スイ、今日は頼むぞ」

 

セイランが、私の首筋を軽く叩いた。

 

(お任せください)

 

私は静かに頭を下げた。

 

すると、少し離れた場所にいたキョウがこちらを見ていた。

 

「……本当に賢そうだな」

 

ダンが答える。

 

「白淵族では、あの雌が若い闘蛇たちをよくまとめているらしい」

 

「へえ」

 

キョウは興味深そうに目を細めた。

 

(……もっと褒めていいですよ)

 

私は、何でもない顔で前を向いた。

 

◇◇◇

 

旧道へ向かう途中、キョウは何度も周囲を見回していた。

 

木々の間。

 

岩の形。

 

地面の様子。

 

何かを探しているらしい。

 

「何か気になるのか」

 

セイランが尋ねた。

 

「道が妙に踏み固められている」

 

「人が通る道だからな」

 

「そうじゃない」

 

キョウはしゃがみ込み、土を指でなぞった。

 

「ここは普段、交易の荷車が通る程度の道だろう。それにしては、踏まれ方が均一すぎる」

 

ハクが首を傾げる。

 

「どういう意味です?」

 

「大勢が、何度も同じ場所を歩いている」

 

(……え)

 

私は足元を見た。

 

確かに、道の中央は固くなっている。

 

けれど、それが普通なのか異常なのかは、私には分からない。

 

(……よく気づくなあ)

 

やっぱり、観察力がある。

 

◇◇◇

 

しばらく進むと、道は二つに分かれた。

 

一方は、荷車が通れる広い道。

 

もう一方は、山の斜面を登る細い道。

 

キョウは、細い道を指さした。

 

「こちらは?」

 

セイランが答える。

 

「昔の狩猟道だ。今はほとんど使っていない」

 

「……そうか」

 

キョウは、しばらく考えた。

 

「少し調べたい」

 

ダンが頷く。

 

「行こう」

 

◇◇◇

 

細い道は、闘蛇が通るには狭かった。

 

私は、入口で待機することになった。

 

(……残念)

 

キョウの後ろ姿が、木々の間へ消えていく。

 

いや、別に。

 

寂しいわけじゃないですよ。

 

「スイ、ここで待っててくれ」

 

セイランが、私の首筋を撫でた。

 

(はいはい)

 

私は、その場に伏せた。

 

ハクの闘蛇も、少し離れた場所で身体を休めている。

 

……。

 

(……暇だな)

 

私は、近くの草を眺めた。

 

小さな虫が、葉の上を歩いている。

 

(……平和)

 

そう思ったときだった。

 

◇◇◇

 

山の奥から、かすかな音が聞こえた。

 

こん。

 

こん。

 

木を叩くような音。

 

私は、首を持ち上げた。

 

(……ん?)

 

また聞こえる。

 

こん。

 

こん。

 

一定の間隔。

 

自然の音ではない。

 

私は、耳を澄ませた。

 

音は、斜面の向こうから聞こえてくる。

 

(……何だろう)

 

気になる。

 

けれど、勝手に動くわけにはいかない。

 

私は、短く喉を鳴らした。

 

すると、近くにいた白淵族の戦士が振り返った。

 

「どうした、スイ」

 

私は、音のする方へ鼻先を向けた。

 

戦士は、しばらく耳を澄ませた。

 

「……何か聞こえるのか?」

 

(……聞こえません?)

 

私は、もう一度鼻先を向けた。

 

戦士は少し考え、隣の者へ声をかけた。

 

「セイランたちに知らせてくる」

 

◇◇◇

 

しばらくして、一行が戻ってきた。

 

キョウの手には、小さな木片があった。

 

「……何か見つけたの?」

 

ハクが尋ねる。

 

キョウは、木片を見せた。

 

「道標だ」

 

「道標?」

 

「ああ。古いものだが、最近削られた跡がある」

 

セイランが眉をひそめる。

 

「誰かが、道を使っているということか」

 

「それだけじゃない」

 

キョウは、木片の端を指した。

 

「印が消されている」

 

(……印?)

 

私は、少しだけ首を傾げた。

 

「元々は、どこの部族の道か示すものだったんだろう」

 

ダンが低く言った。

 

「それを消した者がいる、と」

 

キョウが頷く。

 

◇◇◇

 

「それと」

 

セイランが、私の方を見た。

 

「スイが、何かを気にしているらしい」

 

キョウが顔を上げる。

 

「何を?」

 

「分からん。だが、あれが理由もなく騒ぐことは少ない」

 

(……信頼が重い)

 

私は、少しだけ緊張した。

 

いや、でも。

 

確かに聞こえたんです。

 

こん、こんって。

 

私は、斜面の向こうへ鼻先を向けた。

 

キョウが、そちらを見た。

 

「……あの先か」

 

セイランが頷く。

 

「行ってみよう」

 

◇◇◇

 

斜面を越えると、小さな谷があった。

 

その谷底に、古い小屋が一つ。

 

そして。

 

(……あ)

 

人がいる。

 

五人。

 

いや、六人。

 

木材を運んだり、地面を掘ったりしている。

 

こん、こん。

 

先ほどの音は、木杭を打ち込む音だった。

 

(……なるほど)

 

私は、ようやく納得した。

 

◇◇◇

 

一行は、木々の陰から様子をうかがった。

 

「……何をしている」

 

ダンが呟いた。

 

キョウが答える。

 

「道を作っている」

 

「道?」

 

「谷の向こうへ抜けるための道だ」

 

セイランが、周囲を見渡した。

 

「……あの先は、どこへ続く」

 

キョウは、少し考えた。

 

「南の低地だ。山の外へ出られる」

 

ダンの顔が険しくなった。

 

「……まさか」

 

◇◇◇

 

キョウは、地面に枝で簡単な図を描いた。

 

「今の旧道は、白淵族と黒角族の境界を通る。だから、どちらの部族も人の出入りを把握できる」

 

セイランが頷く。

 

「そうだ」

 

「だが、ここに新しい道ができれば」

 

キョウは、谷の向こうへ線を引いた。

 

「両方の見張りを避けて、南へ抜けられる」

 

ハクが目を見開いた。

 

「……つまり、誰にも知られずに山を通れる?」

 

「ああ」

 

(……え)

 

それって。

 

結構まずくない?

 

◇◇◇

 

「何者だ」

 

突然、谷底から声がした。

 

一行が、身を固くする。

 

見つかったらしい。

 

男の一人が、こちらを指さしていた。

 

「おい! そこにいるのは誰だ!」

 

セイランが、静かに立ち上がった。

 

「白淵族の者だ」

 

キョウも、その隣へ出る。

 

「黒角族の者もいる」

 

男たちの表情が変わった。

 

「……両方?」

 

どうやら、予想外だったらしい。

 

◇◇◇

 

「ここで何をしている」

 

セイランが尋ねた。

 

男の一人が答える。

 

「道を直しているだけだ」

 

「誰の許しを得て?」

 

「……誰の許しも必要ないだろう」

 

キョウが、静かに言った。

 

「ここは、黒角族の狩猟地に近い」

 

「だから何だ」

 

「無断で道を通す理由を聞いている」

 

男は、しばらく黙った。

 

そして、口元を歪めた。

 

「……山の連中は、いつもそうだ」

 

(……あれ)

 

私は、思わず首を持ち上げた。

 

その言い方。

 

どこかで聞いたような。

 

◇◇◇

 

「道なんて、誰のものでもない」

 

男が言った。

 

(……同じだ)

 

捕らえた男が言っていた言葉と。

 

私は、セイランを見た。

 

彼も気づいたらしい。

 

表情が、わずかに変わった。

 

「……その言葉、誰に教わった」

 

セイランが尋ねた。

 

男は、顔をしかめた。

 

「何の話だ」

 

「答えろ」

 

男は、舌打ちした。

 

「……面倒な連中だ」

 

◇◇◇

 

そのとき。

 

谷の奥から、別の男が現れた。

 

他の者より、少し身なりが良い。

 

腰には、短い剣。

 

彼は、セイランたちを見ると、ゆっくりと笑った。

 

「……これはこれは」

 

声は、妙に落ち着いていた。

 

「白淵族と黒角族が、揃ってお越しとは」

 

ダンが、低く尋ねた。

 

「お前は誰だ」

 

男は、軽く頭を下げた。

 

「ただの商人ですよ」

 

キョウが、冷ややかに見つめる。

 

「商人が、なぜ山に道を作っている」

 

「商いのためです」

 

「誰と商う」

 

男は、少しだけ笑みを深めた。

 

「それは、秘密ということで」

 

◇◇◇

 

私は、男をじっと見た。

 

(……うわ)

 

何だろう。

 

この人。

 

笑っているのに、全然安心できない。

 

むしろ、怖い。

 

顔立ちは整っている。

 

けれど、キョウとは違う。

 

(……顔が良ければ何でもいいわけじゃないんですよ)

 

私は、静かに鼻を鳴らした。

 

◇◇◇

 

セイランが、槍を構え直した。

 

「この道を作ることは、認められない」

 

男は、肩をすくめた。

 

「困りましたね」

 

「作業を止めろ」

 

「……それは、私の一存では」

 

キョウが、すぐに言った。

 

「では、誰の命令だ」

 

男は答えなかった。

 

代わりに、谷の奥へ視線を向けた。

 

そこには、さらに続く細い道があった。

 

そして。

 

その先から、複数の足音が聞こえてきた。

 

◇◇◇

 

「……セイラン」

 

ハクが、小さく声をかけた。

 

「人が来ます」

 

セイランは、静かに頷いた。

 

「分かっている」

 

私は、ゆっくりと身体を起こした。

 

谷の奥。

 

木々の間から、男たちが現れる。

 

十人。

 

二十人。

 

さらに、その後ろにも。

 

(……え)

 

ちょっと待って。

 

多くない?

 

◇◇◇

 

キョウが、低く言った。

 

「……道を作るだけにしては、随分と人数が多いな」

 

商人を名乗る男は、笑みを崩さなかった。

 

「山道は危険ですからね。護衛は多い方がよいでしょう」

 

ダンが、槍を握り直した。

 

「……護衛、か」

 

私は、ゆっくりと尻尾を動かした。

 

これは。

 

どう見ても。

 

(……ただの商人じゃないでしょ)

 

◇◇◇

 

セイランは、私の首筋に手を置いた。

 

「……スイ」

 

私は、静かに首を下げた。

 

「まだ動くな」

 

(……了解)

 

私は、四本の脚で地面を踏みしめた。

 

谷の向こうでは、男たちが次々と姿を現している。

 

白淵族と黒角族。

 

合わせて十二人の戦士と、二頭の闘蛇。

 

対するは、正体の分からない男たち。

 

そして、その背後にいる何者か。

 

南の旧道を巡る争いは、思っていたよりも大きなものになりそうだった。

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