秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

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第五十話 山の掟

 

山の民は、気性が荒い。

 

前世で『キングダム』を観ていた私は、そんな印象を持っていた。

 

顔に独特の模様を描き、獣の皮をまとい、険しい山を駆け回る人々。

 

平地の人間からすれば、恐ろしい存在に見えるだろう。

 

実際、白淵族の戦士たちも、決して穏やかな人ばかりではない。

 

ゴウはすぐ怒鳴るし、セイランは無愛想だし、トウエンだって闘蛇の扱いが雑な者には容赦がない。

 

(……あれ?)

 

こうして並べると、なかなか怖い一族である。

 

けれど、私にとっては家族みたいな人たちだ。

 

だから、忘れそうになる。

 

この人たちは、山を守るためなら、本当に戦うのだということを。

 

◇◇◇

 

南の道へ向かう朝。

 

集落の広場には、十人ほどの戦士が集まっていた。

 

セイラン、ハク、ゴウ。

 

そして、他の戦士たち。

 

闘蛇は私を含めて三頭。

 

今日は、ただの見回りではないらしい。

 

「勝手に作られた道を、完全に塞ぐ」

 

セイランが言った。

 

「それと、残っている者がいないか確かめる」

 

ゴウが槍を担ぐ。

 

「いたら、どうする」

 

「まずは退去を命じる」

 

「従わなければ?」

 

セイランは、少し間を置いた。

 

「……追い払う」

 

ゴウが、にやりと笑った。

 

「それでいい」

 

(……怖いなあ)

 

私は、そっと鼻を鳴らした。

 

◇◇◇

 

出発してしばらく。

 

山道は、いつもより静かだった。

 

鳥の声。

 

風に揺れる木々。

 

足元を流れる小さな沢。

 

私は、セイランを背に乗せ、ゆっくりと進んでいた。

 

ハクは、もう一頭の闘蛇に乗っている。

 

三頭目には、別の戦士が乗っていた。

 

(……今日は、ちょっとした大所帯)

 

ただ、全員が闘蛇に乗っているわけではない。

 

歩いている戦士たちの方が多い。

 

闘蛇は大きくて力もあるが、狭い山道では自由に動けない場所もある。

 

だから、山をよく知る戦士たちが先に進み、危険がないか確かめていた。

 

◇◇◇

 

昼前。

 

例の谷に到着した。

 

数日前、ソウたちと争った場所だ。

 

荷車はすでになく、道を作っていた男たちの姿もない。

 

けれど、切り倒された木や削られた岩が、あちこちに残っていた。

 

(……ずいぶん荒らされたなあ)

 

私は、地面に鼻先を近づけた。

 

新しく掘り返された土の匂いがする。

 

そこに、別の匂いが混じっていた。

 

人間。

 

それも、最近のものだ。

 

(……ん?)

 

私は顔を上げた。

 

セイランが、すぐに気づく。

 

「どうした、スイ」

 

私は、低く唸ってから、谷の奥へ鼻先を向けた。

 

セイランが目を細める。

 

「……誰かいるのか」

 

(……たぶん)

 

私は、もう一度鼻を鳴らした。

 

◇◇◇

 

「ゴウ、右を見ろ」

 

「分かった」

 

「ハクは、闘蛇をここで待たせろ」

 

「了解!」

 

戦士たちが、静かに散っていく。

 

私は、谷の入口に残った。

 

しばらくして。

 

岩陰から、三人の男が現れた。

 

粗末な服を着て、手には道具を持っている。

 

そのうち一人は、足を引きずっていた。

 

「……誰だ」

 

セイランが尋ねる。

 

男たちは、驚いたように立ち止まった。

 

「お、俺たちは……」

 

「ここで何をしている」

 

「……道を直していただけです」

 

ゴウが鼻を鳴らした。

 

「誰の許しでだ」

 

男は、答えなかった。

 

◇◇◇

 

セイランが、一歩前へ出た。

 

「この道は、白淵族と黒角族の境界にある。勝手に通すことは許さない」

 

「……でも」

 

男が、困ったように言った。

 

「俺たちは、言われたとおりに働いただけで……」

 

「誰に言われた」

 

「……ソウという商人に」

 

(……ああ)

 

やっぱり。

 

私は、静かに息を吐いた。

 

「ソウは捕らえた」

 

セイランが言った。

 

男たちの顔色が変わる。

 

「……え?」

 

「人を縛って運んでいた。お前たちも関わっているのか」

 

「ち、違います!」

 

男の一人が、慌てて首を振った。

 

「俺たちは、本当に道を作っていただけです!」

 

◇◇◇

 

ゴウが、槍を地面に突き立てた。

 

「ならば、なぜ逃げずに残っている」

 

男は、俯いた。

 

「……金を、まだもらっていないんです」

 

(……え)

 

「働いた分を受け取らないと、村へ帰れない」

 

男の声は、震えていた。

 

「家族が待っているんです」

 

私は、思わず首を傾げた。

 

(……なるほど)

 

どうやら、この人たちはソウの仲間というより、雇われた働き手らしい。

 

もちろん、本当かどうかは分からない。

 

けれど、少なくとも今の様子は、武器を持って襲ってきた男たちとは違っていた。

 

◇◇◇

 

セイランは、しばらく男たちを見つめていた。

 

やがて、静かに言った。

 

「……ここでの作業は終わりだ」

 

「……でも」

 

「金のことは、ソウに聞け」

 

「そんな……」

 

男が、顔を歪めた。

 

ゴウが、低く唸る。

 

「山を荒らしておいて、金まで寄越せと言うのか」

 

「ち、違います!」

 

男は、慌てて頭を下げた。

 

「そんなつもりじゃ……!」

 

◇◇◇

 

私は、少しだけ考えた。

 

(……難しいなあ)

 

この人たちが悪いのか。

 

ソウが悪いのか。

 

それとも、もっと別の誰かが悪いのか。

 

私には分からない。

 

ただ、目の前の男たちが、困っていることだけは確かだった。

 

◇◇◇

 

「……セイラン」

 

ハクが、小さく声をかけた。

 

「どうする?」

 

セイランは、少し考えた。

 

「道具を置いて、山を下りろ」

 

男たちは、顔を上げた。

 

「……それだけで?」

 

「二度と、許しなく入るな」

 

「……はい!」

 

男たちは、何度も頭を下げた。

 

ゴウは、不満そうだった。

 

「甘いな」

 

セイランが答える。

 

「ここで斬っても、道は元に戻らない」

 

ゴウは、しばらく黙っていた。

 

やがて、鼻を鳴らす。

 

「……確かにな」

 

◇◇◇

 

男たちが去ったあと。

 

戦士たちは、道を塞ぐ作業に取りかかった。

 

切り倒された木を運び、岩を積み、狭い場所を埋めていく。

 

私は、大きな丸太を運ぶ役目を任された。

 

(……おお)

 

これは、得意分野です。

 

私は、丸太を口でくわえ、ゆっくりと引きずった。

 

ずるずる。

 

ずるずる。

 

「スイ、そこだ!」

 

セイランが指示する。

 

私は、丸太を地面へ置いた。

 

どんっ。

 

「よし!」

 

(……ふふん)

 

どうですか。

 

九メートルの力仕事。

 

なかなか便利でしょう。

 

◇◇◇

 

昼過ぎ。

 

道は、ほとんど塞がった。

 

最後に、ゴウが大きな岩を積み上げる。

 

「……これでいい」

 

セイランが、周囲を見渡した。

 

「しばらくは、見張りを置く」

 

ハクが頷く。

 

「黒角族にも知らせる?」

 

「ああ。向こう側も塞いでもらう」

 

◇◇◇

 

私は、塞がれた道を見つめた。

 

数日前まで、ここには人が通れる道があった。

 

荷車が通り、武器を持った男たちが行き来していた。

 

今は、丸太と岩が積み重なっている。

 

(……これで、終わりかな)

 

少なくとも、ここを簡単に通ることはできなくなった。

 

それだけで、少し安心した。

 

◇◇◇

 

帰り道。

 

セイランが、私の背で小さく息を吐いた。

 

「……スイ」

 

私は、耳を動かした。

 

「お前は、どう思う」

 

(……え?)

 

突然の問いかけに、少し驚いた。

 

もちろん、答えることはできない。

 

セイランは、私の首筋を軽く叩いた。

 

「……いや、何でもない」

 

(……何ですか、それ)

 

私は、少しだけ鼻を鳴らした。

 

◇◇◇

 

夕方。

 

集落へ戻ると、レンが迎えてくれた。

 

「おかえり!」

 

私は、ゆっくりと首を下げた。

 

「道、塞げた?」

 

セイランが頷く。

 

「ああ。しばらくは大丈夫だろう」

 

レンは、ほっとしたように笑った。

 

「よかった」

 

◇◇◇

 

その夜。

 

私は、川辺で身体を休めていた。

 

ガンが、少し離れた場所で眠っている。

 

空には、星が出ていた。

 

山の外では、秦と魏の戦が始まろうとしている。

 

けれど、白淵族の山では、今日も自分たちの暮らしを守るために動いていた。

 

(……山の掟、か)

 

勝手に入るな。

 

勝手に奪うな。

 

山を荒らすな。

 

言葉にすれば、簡単なことだ。

 

でも、それを守らせるためには、力が必要になる。

 

私は、ゆっくりと目を閉じた。

 

この山で生きるということは、ただ静かに暮らすことではない。

 

必要なときには、戦うこと。

 

そして、戦わなくていいときには、戦わないこと。

 

(……難しいなあ)

 

私は、鼻先を前脚の上に乗せた。

 

でも。

 

セイランたちと一緒なら、少しずつ分かっていける気がした。

 

そう思いながら、私は眠りについた。

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