秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

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第五十六話 運び手の誇り

 

最近、私には気になる相手がいる。

 

男だ。

 

ただし、人間ではない。

 

闘蛇である。

 

(……いや、別に恋愛的な意味じゃないからね?)

 

相手は、先日一緒に荷運びをした雄の闘蛇。

 

私より一回り小柄で、背中が広く、歩き方がとにかく上手い。

 

あの安定感。

 

無駄のない足運び。

 

荷物を積んでいるのに、まるで何も背負っていないかのような落ち着き。

 

(……職人だ。完全に職人の動きだ)

 

私は勝手に、彼を師匠と呼ぶことにした。

 

もちろん、心の中だけで。

 

「スイ、またそいつのところにいるのか」

 

魚の籠を持ってきたレンが笑った。

 

私は、師匠の隣に伏せたまま顔を上げる。

 

「気に入ったんだな」

 

(いや、気に入ったというか。弟子入り希望というか)

 

私は鼻を鳴らした。

 

師匠は、ちらりとこちらを見ただけで、また目を閉じた。

 

(……かっこいいな、この余裕)

 

◇◇◇

 

白淵族には、五十頭ほどの闘蛇がいる。

 

そのうち、戦闘に出られるのは十五頭ほど。

 

私やガンのように、戦士を背に乗せ、敵の中へ飛び込める個体だ。

 

もっとも、十五頭全員が同じ強さというわけではない。

 

身体の大きさも違えば、得意な動きも違う。

 

そして、戦闘に向かない闘蛇たちもいる。

 

気性が穏やかだったり、激しい動きを苦手としていたり。

 

人を乗せることはできても、戦場には出せない個体もいる。

 

そんな闘蛇たちは、荷運びや移動の仕事を担当していた。

 

まだ若い闘蛇や、年を取って仕事を退いた闘蛇もいる。

 

(……五十頭もいると、個性がすごいんだよね)

 

喧嘩っ早いのもいれば、食べることしか考えていないのもいる。

 

……後者については、私もあまり人のことを言えない。

 

◇◇◇

 

「レン」

 

飼育地に、トウエンがやってきた。

 

「北の貯蔵小屋へ木材を運ぶ。三頭出せ」

 

「分かりました」

 

レンが頷く。

 

トウエンは、私を見た。

 

「スイも連れていけ」

 

(……ん?)

 

私は顔を上げた。

 

「この前、荷を揺らしていたそうだな」

 

(……誰だ、そんなこと言ったの)

 

レンが、少しだけ笑った。

 

「ハクです」

 

(ハクかー!)

 

私は、思わず尻尾を揺らした。

 

「スイ、暴れるな」

 

(いや、暴れてないけど!)

 

トウエンは、真面目な顔で続ける。

 

「重い荷を運ぶときは、速さより安定だ。覚えさせろ」

 

「はい」

 

(……なるほど)

 

どうやら、今日は荷運びの特訓らしい。

 

私は、隣の師匠を見た。

 

師匠は、相変わらず動かない。

 

(よし。今日こそ技を盗むぞ)

 

◇◇◇

 

北の貯蔵小屋へ向かう道は、南の湿地とはまるで違った。

 

細い山道。

 

急な坂。

 

大きな岩。

 

そして、ところどころ崩れかけた足場。

 

(……うわ、これ嫌な道だな)

 

私の背中には、木材を束ねた荷物。

 

隣には師匠。

 

後ろには、もう一頭の運搬用の闘蛇がいる。

 

三頭で、ゆっくりと進んでいた。

 

「スイ、急ぐなよ」

 

レンが声をかける。

 

(分かってるって)

 

私は慎重に足を運んだ。

 

……つもりだった。

 

「おい、スイ!」

 

(え?)

 

背中の木材が、ぐらりと揺れた。

 

「あー、もう!」

 

レンが慌てて縄を締め直す。

 

「だから急ぐなって!」

 

(いや、今のは道が悪いでしょ!)

 

私は、少しだけ不満を込めて鼻を鳴らした。

 

レンは、呆れたように笑った。

 

「はいはい。道のせいな」

 

(……バレてる)

 

◇◇◇

 

しばらく進むと、道が急に狭くなった。

 

片側は岩壁。

 

反対側は、急な斜面。

 

(……うわあ)

 

私は、思わず足を止めた。

 

背中の木材が、また少し揺れる。

 

「スイ、そこで止まるな」

 

レンが言った。

 

(いや、怖いんだけど!)

 

私は、ゆっくりと前脚を出した。

 

そのとき。

 

師匠が、私の横を静かに通り過ぎた。

 

一歩。

 

また一歩。

 

身体をほとんど揺らさず、狭い道を進んでいく。

 

(……え、すご)

 

私は、思わず見入った。

 

師匠は、特別なことをしているようには見えない。

 

ただ、足を置く場所を慎重に選んでいる。

 

身体を岩壁に寄せ、荷物が斜面側へ傾かないようにしている。

 

(……なるほど。重心か)

 

私は、師匠の動きを真似した。

 

足を置く。

 

身体を少し寄せる。

 

尻尾で、ゆっくりと釣り合いを取る。

 

一歩。

 

また一歩。

 

すると。

 

「……お」

 

レンが声を上げた。

 

「いいぞ、スイ!」

 

(やった!)

 

私は、思わず尻尾を振りそうになった。

 

……危ない。

 

今は駄目だ。

 

(落ち着け、私。ここで喜んだら全部台無し)

 

私は、慎重に歩き続けた。

 

◇◇◇

 

貯蔵小屋に着いた頃には、すっかり昼を過ぎていた。

 

レンたちが荷物を下ろしている間、私は地面に伏せた。

 

(……疲れたあ)

 

戦うより疲れたかもしれない。

 

いや、さすがにそれは言い過ぎか。

 

でも、ずっと慎重に歩くのは、思った以上に神経を使う。

 

私は、隣の師匠を見た。

 

師匠は、いつもどおり落ち着いている。

 

(……いや、本当にすごいな)

 

私は、少しだけ感心した。

 

◇◇◇

 

帰り道。

 

レンが、私の隣を歩きながら言った。

 

「スイ、今日はよく頑張ったな」

 

(へへ。でしょ?)

 

私は、少しだけ胸を張った。

 

「でも、荷運びならあいつの方が上手いだろ?」

 

(……うん。それは認める)

 

私は、師匠の背中を見た。

 

レンが笑う。

 

「闘蛇にも向き不向きがあるんだよ」

 

(そうだね)

 

「スイは、戦士を乗せて動くのが得意だ。あいつは、荷物を運ぶのが得意」

 

レンは、少しだけ目を細めた。

 

「どっちも、一族には必要なんだ」

 

私は、ゆっくりと瞬きをした。

 

(……うん)

 

それは、きっとそのとおりだ。

 

◇◇◇

 

集落へ戻ると、ハクが待っていた。

 

「お、スイ! 今日はどうだった?」

 

(……あ)

 

私は、足を止めた。

 

ハク。

 

そういえば、あなた。

 

(……告げ口したな?)

 

私は、じっと見つめた。

 

ハクが、少しだけ後ずさる。

 

「……何だよ、その目」

 

私は、一歩近づいた。

 

「おい?」

 

もう一歩。

 

「……スイ?」

 

(ふふふ)

 

ハクが、慌てて逃げ出した。

 

「うわっ! やめろって!」

 

私は、少しだけ追いかけた。

 

もちろん、本気ではない。

 

本気で追いかけたら、たぶん大変なことになる。

 

(待てー! 告げ口魔ー!)

 

ハクの悲鳴と、レンの笑い声が集落に響いた。

 

◇◇◇

 

その夜。

 

私は、川辺で身体を休めていた。

 

今日も、よく働いた。

 

荷物を運び、師匠の技を盗み、ハクを追いかけた。

 

なかなか充実した一日である。

 

(……運送業者も楽じゃないなあ)

 

私は、静かに鼻を鳴らした。

 

でも、悪くない。

 

戦うことだけが、闘蛇の役割ではない。

 

荷物を運ぶこと。

 

人を乗せること。

 

若い闘蛇を育てること。

 

それぞれが、自分にできることをして、一族の暮らしを支えている。

 

私は、少しだけ誇らしくなった。

 

(……よし。明日も師匠の技を盗もう)

 

そう考えながら、目を閉じた。

 

遠くで、若い闘蛇たちが水を跳ねさせている。

 

白淵族の夜は、今日も静かだった。

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