秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

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第六話 我が一族は、どうやら優しい

 

我が一族は、顔が良い。

 

これは以前から何度も申し上げている通り、疑いようのない事実である。

 

だが、白淵族の魅力は顔だけではない。

 

実はこの一族、なかなか情に厚い。

 

人間同士はもちろん、私たち闘蛇のことも大切にしてくれる。

 

もちろん、全員が全員、動物好きというわけではない。中には闘蛇を怖がる人もいるし、仕事でなければ近づきたくないという人だっている。

 

それでも、少なくとも私が知る限り、この一族には一つの共通した考え方があった。

 

闘蛇は道具ではない。

 

共に暮らす、生き物である。

 

……まあ。

 

だからといって、私たちの食費が安くなるわけではないのだけれど。

 

◇◇◇

 

「父さん!」

 

レンが声を上げた。

 

私たちがやってきたのは、集落の中心にある大きな建物だった。

 

他の家々より少し立派な造りで、軒先には乾燥させた薬草や縄が吊るされている。

 

その前で、一人の男が木の桶を洗っていた。

 

年齢は三十代後半くらいだろうか。肩まで伸びた黒髪を後ろで束ね、日に焼けた腕には細かな傷がいくつもある。

 

……。

 

なるほど。

 

レンのお父さん。

 

つまり、将来のレンの顔面を保証してくれる存在である。

 

私は期待を込めて男を見つめた。

 

……うむ。

 

良い。

 

実に良い。

 

レンの柔らかい顔立ちを、もう少し大人っぽくした感じだ。

 

親子というのは素晴らしい。

 

「レン。何だ、騒々しい」

 

男は桶を置き、こちらを振り返った。

 

「スイがね、逃げた子を見つけてくれたんだ!」

 

「……スイが?」

 

男の視線が私に向く。

 

私は胸を張った。

 

そうです。

 

私です。

 

褒めていただいても構いませんよ。

 

「それでね、その子がスイの真似をして……」

 

レンは興奮した様子で、今日の出来事を話し始めた。

 

小さな闘蛇を助けたこと。

 

その子が私の後をついてきたこと。

 

そして、私が頭を下げると、同じように頭を下げたこと。

 

……。

 

いや。

 

ちょっと待って。

 

そこまで詳しく説明しなくてもよくない?

 

私が勝手に散歩へ出たことまで、全部ばれてしまうではないか。

 

「……なるほど」

 

男は腕を組んだ。

 

そして、私をじっと見つめた。

 

「スイ」

 

……。

 

はい。

 

「勝手に囲いを出たそうだな」

 

……。

 

…………。

 

はい。

 

私はそっと目を逸らした。

 

「レンがどれだけ心配したか、分かるか?」

 

……。

 

…………。

 

分かります。

 

大変、申し訳ございませんでした。

 

私はゆっくりと頭を下げた。

 

男はしばらく黙っていた。

 

そして。

 

「……本当に、分かっているようだな」

 

ぽつりと呟いた。

 

……。

 

あ。

 

まずい。

 

また人間っぽいことをしてしまった。

 

◇◇◇

 

レンの父親は、トウエンという名前だった。

 

白淵族の闘蛇飼いたちをまとめる立場にあり、幼い頃から闘蛇と共に暮らしてきたらしい。

 

つまり、闘蛇の専門家である。

 

そのトウエンが、私を見ながら難しい顔をしていた。

 

「……レン」

 

「何?」

 

「お前、この子に何を教えた?」

 

「え?」

 

レンは首を傾げた。

 

「何って……待てとか、来いとか?」

 

「それだけか?」

 

「うん。あとは、ご飯の時間とか……」

 

……。

 

…………。

 

ご飯の時間。

 

それは大事ですね。

 

非常に大事です。

 

「……そうか」

 

トウエンは考え込んだ。

 

「スイは、他の闘蛇とは少し違うな」

 

……。

 

まあ。

 

そうでしょうね。

 

中身が人間ですから。

 

「言葉を理解しているように見える」

 

……。

 

…………。

 

おっと。

 

鋭い。

 

「それに、他の闘蛇の行動まで変えている」

 

トウエンは私の後ろにいる小さな闘蛇を見た。

 

ちなみに、この子。

 

まだついてきている。

 

……。

 

いや。

 

もう帰ってもいいのよ?

 

私の後ろでちょこんと座っている姿は、なかなか可愛らしい。

 

「普通、闘蛇は他の個体の真似をすることはあっても、ここまで素直には従わない」

 

「そうなの?」

 

レンが驚いた。

 

「ああ。特に若い個体は気性が荒い。人間の指示を覚えさせるだけでも苦労する」

 

……。

 

なるほど。

 

確かに、そうかもしれない。

 

前世の犬だって、しつけには時間がかかる。

 

ましてや闘蛇である。

 

そりゃ大変でしょうね。

 

トウエンはしばらく考えた後、私の前にしゃがみ込んだ。

 

「スイ」

 

……。

 

はい。

 

「お前は、あの子を助けたんだな?」

 

私は小さく喉を鳴らした。

 

すると、トウエンはふっと笑った。

 

「……そうか」

 

そして、大きな手で私の頭を撫でた。

 

「よくやった」

 

……。

 

…………。

 

あ。

 

何だろう。

 

ちょっと嬉しい。

 

私は思わず尻尾を振りかけた。

 

……が、途中で止めた。

 

危ない危ない。

 

また何かを吹き飛ばすところだった。

 

「……今、止めたな」

 

トウエンが呟いた。

 

……。

 

…………。

 

あ。

 

見られてた。

 

「……レン」

 

「何?」

 

「この子は、しばらく俺も一緒に見る」

 

「えっ?」

 

「面白い闘蛇だ。何ができるのか、確かめてみたい」

 

……。

 

…………。

 

おや。

 

これはもしかして。

 

英才教育というやつでは?

 

悪くない。

 

非常に悪くない。

 

ただし。

 

ご飯の量は減らさないでいただきたい。

 

そこだけは、何卒よろしくお願いします。

 

◇◇◇

 

その日の夕方。

 

私たちは、集落の奥にある広場へ向かった。

 

そこには、何人かの大人たちが集まっていた。

 

そして、その中心に。

 

一人の男が立っていた。

 

……。

 

…………。

 

おお。

 

私は思わず足を止めた。

 

何ということでしょう。

 

また美形である。

 

長い黒髪。

 

切れ長の目。

 

落ち着いた表情。

 

そして、何より。

 

立っているだけで、周囲の空気が静かになるような、不思議な雰囲気。

 

……。

 

…………。

 

(……これは)

 

(相当な逸材ですね)

 

私は思わず見入ってしまった。

 

すると、隣のレンが小さく声を上げた。

 

「族長!」

 

……。

 

…………。

 

(……族長!?)

 

なるほど。

 

この方が、我が一族の長であらせられますか。

 

いやはや。

 

素晴らしい。

 

族長まで顔が良いとは。

 

この一族、一体どうなっているのだろう。

 

「トウエン」

 

族長が静かに声をかけた。

 

「例の子か」

 

「ああ」

 

トウエンが頷いた。

 

「スイという。レンが世話をしている子だ」

 

……。

 

…………。

 

(……紹介された)

 

私は少しだけ姿勢を正した。

 

初対面ですからね。

 

礼儀は大切です。

 

族長は私を見つめた。

 

そして、ゆっくりと近づいてくる。

 

……。

 

…………。

 

(……近い)

 

いや。

 

近づいてくるのは当然なのだが。

 

顔が良い人が近づいてくると、どうしても緊張してしまう。

 

族長は私の前でしゃがみ込んだ。

 

「スイ」

 

……。

 

はい。

 

「今日は、迷子を助けたそうだな」

 

……。

 

…………。

 

(……情報が早い)

 

さすが族長。

 

私は小さく喉を鳴らした。

 

族長は穏やかに笑った。

 

「ありがとう」

 

……。

 

…………。

 

(……え?)

 

私は思わず顔を上げた。

 

「小さな命を助けてくれた。礼を言う」

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

何だろう。

 

この人。

 

すごく、良い人だ。

 

いや、顔が良いのはもちろん知っている。

 

だが、それ以上に。

 

言葉が、優しい。

 

私がただの闘蛇だと思っているはずなのに。

 

きちんと、感謝を伝えてくれる。

 

……。

 

(……いいなぁ)

 

私はそっと鼻先を差し出した。

 

族長は少し驚いたようだったが、すぐに笑って頭を撫でてくれた。

 

……。

 

…………。

 

(……最高)

 

この一族。

 

本当に最高では?

 

◇◇◇

 

「族長」

 

トウエンが声をかけた。

 

「この子について、少し相談がある」

 

「何だ?」

 

「どうも、他の闘蛇とは違うようでな」

 

トウエンは今日の出来事を説明した。

 

私が小さな闘蛇を助けたこと。

 

その子が私の動きを真似したこと。

 

そして、私が人間の言葉を理解しているように見えること。

 

族長は黙って話を聞いていた。

 

「……なるほど」

 

やがて、静かに頷いた。

 

「面白いな」

 

……。

 

…………。

 

(……また言われた)

 

どうやら私は、面白い闘蛇らしい。

 

まあ、否定はしない。

 

「この子なら、複数の闘蛇をまとめて動かせるかもしれん」

 

トウエンが言った。

 

「それができれば、狩りも運搬も随分と楽になる」

 

族長は私を見た。

 

そして、少し考え込んだ。

 

「……トウエン」

 

「何だ?」

 

「無理はさせるな」

 

……。

 

…………。

 

(……ん?)

 

「賢いからといって、何でもできるわけではない。まだ幼い子だ」

 

族長はそう言って、私の頭を撫でた。

 

「この子ができることを確かめるのは構わん。だが、嫌がることまでさせる必要はない」

 

……。

 

…………。

 

(……ああ)

 

私は、少しだけ驚いた。

 

この人は、私を役に立つ道具として見ていない。

 

一匹の生き物として、ちゃんと気遣ってくれている。

 

トウエンも静かに頷いた。

 

「分かっている」

 

レンが嬉しそうに笑った。

 

「よかったね、スイ」

 

……。

 

…………。

 

(……うん)

 

本当に。

 

よかった。

 

◇◇◇

 

その夜。

 

私はいつもの寝床で、身体を丸めていた。

 

隣には、昼間助けた小さな闘蛇がいる。

 

どうやら、すっかり懐かれてしまったらしい。

 

……。

 

…………。

 

(……まあ、いいか)

 

私はそっと尻尾を動かし、小さな身体を囲むように置いた。

 

すると、その子は安心したように目を閉じた。

 

……。

 

…………。

 

(……可愛い)

 

私はしばらく、その寝顔を眺めていた。

 

ふと、昼間のことを思い出す。

 

レン。

 

トウエン。

 

そして、族長。

 

みんな、私のことを大切にしてくれている。

 

……。

 

(……不思議だなぁ)

 

前世では、人間だった。

 

今は、闘蛇。

 

言葉も話せないし、手も使えない。

 

できないことは、山ほどある。

 

それでも。

 

ここには、私を必要としてくれる人がいる。

 

私を大切にしてくれる人がいる。

 

そして、私にも。

 

守りたいと思う相手がいる。

 

……。

 

(……うん)

 

悪くない。

 

本当に、悪くない。

 

私はゆっくりと目を閉じた。

 

この一族で生きていこう。

 

そんなことを、ぼんやりと思った。

 

……。

 

…………。

 

ちなみに。

 

その直後。

 

隣の小さな闘蛇が、私の尻尾を噛んだ。

 

「ギャッ!」

 

……。

 

…………。

 

(……痛い!!)

 

ちょっと!

 

何するの!

 

感動的な雰囲気だったでしょうが!

 

小さな闘蛇は、何事もなかったように眠っている。

 

……。

 

…………。

 

(……この子)

 

(将来、大物になるかもしれない)

 

私はため息をつく代わりに、低く喉を鳴らした。

 

どうやら、闘蛇の子育てというものは。

 

思っていた以上に、大変らしい。

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