我が一族は、顔が良い。
これは以前から何度も申し上げている通り、疑いようのない事実である。
だが、白淵族の魅力は顔だけではない。
実はこの一族、なかなか情に厚い。
人間同士はもちろん、私たち闘蛇のことも大切にしてくれる。
もちろん、全員が全員、動物好きというわけではない。中には闘蛇を怖がる人もいるし、仕事でなければ近づきたくないという人だっている。
それでも、少なくとも私が知る限り、この一族には一つの共通した考え方があった。
闘蛇は道具ではない。
共に暮らす、生き物である。
……まあ。
だからといって、私たちの食費が安くなるわけではないのだけれど。
◇◇◇
「父さん!」
レンが声を上げた。
私たちがやってきたのは、集落の中心にある大きな建物だった。
他の家々より少し立派な造りで、軒先には乾燥させた薬草や縄が吊るされている。
その前で、一人の男が木の桶を洗っていた。
年齢は三十代後半くらいだろうか。肩まで伸びた黒髪を後ろで束ね、日に焼けた腕には細かな傷がいくつもある。
……。
なるほど。
レンのお父さん。
つまり、将来のレンの顔面を保証してくれる存在である。
私は期待を込めて男を見つめた。
……うむ。
良い。
実に良い。
レンの柔らかい顔立ちを、もう少し大人っぽくした感じだ。
親子というのは素晴らしい。
「レン。何だ、騒々しい」
男は桶を置き、こちらを振り返った。
「スイがね、逃げた子を見つけてくれたんだ!」
「……スイが?」
男の視線が私に向く。
私は胸を張った。
そうです。
私です。
褒めていただいても構いませんよ。
「それでね、その子がスイの真似をして……」
レンは興奮した様子で、今日の出来事を話し始めた。
小さな闘蛇を助けたこと。
その子が私の後をついてきたこと。
そして、私が頭を下げると、同じように頭を下げたこと。
……。
いや。
ちょっと待って。
そこまで詳しく説明しなくてもよくない?
私が勝手に散歩へ出たことまで、全部ばれてしまうではないか。
「……なるほど」
男は腕を組んだ。
そして、私をじっと見つめた。
「スイ」
……。
はい。
「勝手に囲いを出たそうだな」
……。
…………。
はい。
私はそっと目を逸らした。
「レンがどれだけ心配したか、分かるか?」
……。
…………。
分かります。
大変、申し訳ございませんでした。
私はゆっくりと頭を下げた。
男はしばらく黙っていた。
そして。
「……本当に、分かっているようだな」
ぽつりと呟いた。
……。
あ。
まずい。
また人間っぽいことをしてしまった。
◇◇◇
レンの父親は、トウエンという名前だった。
白淵族の闘蛇飼いたちをまとめる立場にあり、幼い頃から闘蛇と共に暮らしてきたらしい。
つまり、闘蛇の専門家である。
そのトウエンが、私を見ながら難しい顔をしていた。
「……レン」
「何?」
「お前、この子に何を教えた?」
「え?」
レンは首を傾げた。
「何って……待てとか、来いとか?」
「それだけか?」
「うん。あとは、ご飯の時間とか……」
……。
…………。
ご飯の時間。
それは大事ですね。
非常に大事です。
「……そうか」
トウエンは考え込んだ。
「スイは、他の闘蛇とは少し違うな」
……。
まあ。
そうでしょうね。
中身が人間ですから。
「言葉を理解しているように見える」
……。
…………。
おっと。
鋭い。
「それに、他の闘蛇の行動まで変えている」
トウエンは私の後ろにいる小さな闘蛇を見た。
ちなみに、この子。
まだついてきている。
……。
いや。
もう帰ってもいいのよ?
私の後ろでちょこんと座っている姿は、なかなか可愛らしい。
「普通、闘蛇は他の個体の真似をすることはあっても、ここまで素直には従わない」
「そうなの?」
レンが驚いた。
「ああ。特に若い個体は気性が荒い。人間の指示を覚えさせるだけでも苦労する」
……。
なるほど。
確かに、そうかもしれない。
前世の犬だって、しつけには時間がかかる。
ましてや闘蛇である。
そりゃ大変でしょうね。
トウエンはしばらく考えた後、私の前にしゃがみ込んだ。
「スイ」
……。
はい。
「お前は、あの子を助けたんだな?」
私は小さく喉を鳴らした。
すると、トウエンはふっと笑った。
「……そうか」
そして、大きな手で私の頭を撫でた。
「よくやった」
……。
…………。
あ。
何だろう。
ちょっと嬉しい。
私は思わず尻尾を振りかけた。
……が、途中で止めた。
危ない危ない。
また何かを吹き飛ばすところだった。
「……今、止めたな」
トウエンが呟いた。
……。
…………。
あ。
見られてた。
「……レン」
「何?」
「この子は、しばらく俺も一緒に見る」
「えっ?」
「面白い闘蛇だ。何ができるのか、確かめてみたい」
……。
…………。
おや。
これはもしかして。
英才教育というやつでは?
悪くない。
非常に悪くない。
ただし。
ご飯の量は減らさないでいただきたい。
そこだけは、何卒よろしくお願いします。
◇◇◇
その日の夕方。
私たちは、集落の奥にある広場へ向かった。
そこには、何人かの大人たちが集まっていた。
そして、その中心に。
一人の男が立っていた。
……。
…………。
おお。
私は思わず足を止めた。
何ということでしょう。
また美形である。
長い黒髪。
切れ長の目。
落ち着いた表情。
そして、何より。
立っているだけで、周囲の空気が静かになるような、不思議な雰囲気。
……。
…………。
(……これは)
(相当な逸材ですね)
私は思わず見入ってしまった。
すると、隣のレンが小さく声を上げた。
「族長!」
……。
…………。
(……族長!?)
なるほど。
この方が、我が一族の長であらせられますか。
いやはや。
素晴らしい。
族長まで顔が良いとは。
この一族、一体どうなっているのだろう。
「トウエン」
族長が静かに声をかけた。
「例の子か」
「ああ」
トウエンが頷いた。
「スイという。レンが世話をしている子だ」
……。
…………。
(……紹介された)
私は少しだけ姿勢を正した。
初対面ですからね。
礼儀は大切です。
族長は私を見つめた。
そして、ゆっくりと近づいてくる。
……。
…………。
(……近い)
いや。
近づいてくるのは当然なのだが。
顔が良い人が近づいてくると、どうしても緊張してしまう。
族長は私の前でしゃがみ込んだ。
「スイ」
……。
はい。
「今日は、迷子を助けたそうだな」
……。
…………。
(……情報が早い)
さすが族長。
私は小さく喉を鳴らした。
族長は穏やかに笑った。
「ありがとう」
……。
…………。
(……え?)
私は思わず顔を上げた。
「小さな命を助けてくれた。礼を言う」
……。
…………。
(……あ)
何だろう。
この人。
すごく、良い人だ。
いや、顔が良いのはもちろん知っている。
だが、それ以上に。
言葉が、優しい。
私がただの闘蛇だと思っているはずなのに。
きちんと、感謝を伝えてくれる。
……。
(……いいなぁ)
私はそっと鼻先を差し出した。
族長は少し驚いたようだったが、すぐに笑って頭を撫でてくれた。
……。
…………。
(……最高)
この一族。
本当に最高では?
◇◇◇
「族長」
トウエンが声をかけた。
「この子について、少し相談がある」
「何だ?」
「どうも、他の闘蛇とは違うようでな」
トウエンは今日の出来事を説明した。
私が小さな闘蛇を助けたこと。
その子が私の動きを真似したこと。
そして、私が人間の言葉を理解しているように見えること。
族長は黙って話を聞いていた。
「……なるほど」
やがて、静かに頷いた。
「面白いな」
……。
…………。
(……また言われた)
どうやら私は、面白い闘蛇らしい。
まあ、否定はしない。
「この子なら、複数の闘蛇をまとめて動かせるかもしれん」
トウエンが言った。
「それができれば、狩りも運搬も随分と楽になる」
族長は私を見た。
そして、少し考え込んだ。
「……トウエン」
「何だ?」
「無理はさせるな」
……。
…………。
(……ん?)
「賢いからといって、何でもできるわけではない。まだ幼い子だ」
族長はそう言って、私の頭を撫でた。
「この子ができることを確かめるのは構わん。だが、嫌がることまでさせる必要はない」
……。
…………。
(……ああ)
私は、少しだけ驚いた。
この人は、私を役に立つ道具として見ていない。
一匹の生き物として、ちゃんと気遣ってくれている。
トウエンも静かに頷いた。
「分かっている」
レンが嬉しそうに笑った。
「よかったね、スイ」
……。
…………。
(……うん)
本当に。
よかった。
◇◇◇
その夜。
私はいつもの寝床で、身体を丸めていた。
隣には、昼間助けた小さな闘蛇がいる。
どうやら、すっかり懐かれてしまったらしい。
……。
…………。
(……まあ、いいか)
私はそっと尻尾を動かし、小さな身体を囲むように置いた。
すると、その子は安心したように目を閉じた。
……。
…………。
(……可愛い)
私はしばらく、その寝顔を眺めていた。
ふと、昼間のことを思い出す。
レン。
トウエン。
そして、族長。
みんな、私のことを大切にしてくれている。
……。
(……不思議だなぁ)
前世では、人間だった。
今は、闘蛇。
言葉も話せないし、手も使えない。
できないことは、山ほどある。
それでも。
ここには、私を必要としてくれる人がいる。
私を大切にしてくれる人がいる。
そして、私にも。
守りたいと思う相手がいる。
……。
(……うん)
悪くない。
本当に、悪くない。
私はゆっくりと目を閉じた。
この一族で生きていこう。
そんなことを、ぼんやりと思った。
……。
…………。
ちなみに。
その直後。
隣の小さな闘蛇が、私の尻尾を噛んだ。
「ギャッ!」
……。
…………。
(……痛い!!)
ちょっと!
何するの!
感動的な雰囲気だったでしょうが!
小さな闘蛇は、何事もなかったように眠っている。
……。
…………。
(……この子)
(将来、大物になるかもしれない)
私はため息をつく代わりに、低く喉を鳴らした。
どうやら、闘蛇の子育てというものは。
思っていた以上に、大変らしい。