秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

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第六十一話 守るための選択

 

会議というものは、難しい。

 

前世でも、そうだった。

 

何かを決めようとすると、必ずと言っていいほど意見が分かれる。

 

早く決めたい人。

 

慎重に考えたい人。

 

そもそも、何を決めるのか分かっていない人。

 

そして、会議が終わるのをひたすら待っている人。

 

……。

 

(……最後の人)

 

ちょっと気持ちが分かる。

 

いや、もちろん。

 

大事な話なのは理解している。

 

白淵族のこれからに関わる話なのだから。

 

ただ。

 

(……お腹、空いたなぁ)

 

私は、集会場の外で静かに身体を伏せていた。

 

◇◇◇

 

楊端和のもとから帰って、三日が経った。

 

族長は、その間にセイランやハクたちから話を聞き、黒角族にも使者を送っていた。

 

そして今日。

 

白淵族の主だった者たちが、集会場に集められた。

 

戦士たち。

 

年長者たち。

 

狩りや交易を取り仕切る者。

 

そして、闘蛇の世話をするトウエンとレン。

 

私も、いつものように建物の外にいる。

 

(……参加資格、あるよね?)

 

一応、当事者ですから。

 

◇◇◇

 

「楊端和から、協力の話があった」

 

族長が切り出した。

 

集まった者たちが、静かになった。

 

「これまでの南の古道の約束は変わらん。だが、今後、山界で大きな争いが起きた場合、互いに助け合える関係を築きたいという」

 

年長の男が眉を寄せた。

 

「……つまり、戦に出ろということですか」

 

「必要になれば、求められることもあるだろう」

 

族長は答えた。

 

「だが、無条件に兵を出す約束ではない」

 

「断ることもできるのですか」

 

「ああ。その判断は、我らがする」

 

……。

 

(……そう)

 

そこ、大事。

 

私は、心の中で頷いた。

 

◇◇◇

 

最初に口を開いたのは、ハクだった。

 

「俺は、協力してもいいと思います」

 

何人かが、彼を見た。

 

ハクは続けた。

 

「楊端和は、これまで約束を守ってきました。南の古道も、勝手に使われたことはありません」

 

「だからといって、戦に加わる理由にはならん」

 

年長の戦士が言った。

 

「分かっています」

 

ハクは頷いた。

 

「でも、もし山界で大きな争いが起きたら、白淵族だけで守れるとは限らないでしょう」

 

……。

 

(……うん)

 

それは、確かに。

 

白淵族の戦士たちは強い。

 

闘蛇もいる。

 

でも、数は多くない。

 

相手が何百、何千という規模で攻めてきたら。

 

いくら私が大きくても、全部を相手にするのは無理だ。

 

(……そもそも)

 

そんなに大勢に囲まれたくありません。

 

◇◇◇

 

「俺は反対だ」

 

低い声が響いた。

 

ゴウだった。

 

頬に古い傷のある、歴戦の戦士。

 

若い戦士たちの訓練も任されている男だ。

 

「山の王がどれほど強かろうと、他人の戦に首を突っ込めば、こちらにも敵ができる」

 

ハクが振り返った。

 

「でも、何もしなければ――」

 

「何もしないとは言っておらん」

 

ゴウは遮った。

 

「自分たちの山を守る。それで十分だと言っている」

 

「山の外で争いが大きくなれば、ここにも影響が出ます」

 

「ならば、ここで迎え撃てばいい」

 

……。

 

(……うーん)

 

どちらの言い分も分かる。

 

ハクは、危険が大きくなる前に協力した方がいいと考えている。

 

ゴウは、余計な争いを持ち込むべきではないと考えている。

 

二人とも、白淵族を守りたいのだ。

 

ただ、その方法が違う。

 

◇◇◇

 

「……一つ、いいですか」

 

レンが手を挙げた。

 

少し意外だった。

 

普段、こういう場で積極的に発言することは少ない。

 

族長が頷く。

 

「話せ」

 

レンは、一度トウエンを見た。

 

それから、口を開いた。

 

「闘蛇を戦に出すことについてです」

 

……。

 

(……おや)

 

私たちの話。

 

私は、少しだけ首を持ち上げた。

 

「今、飼育場にいる闘蛇は、およそ五十頭です。でも、全部が戦えるわけじゃありません」

 

「それは知っている」

 

ゴウが言った。

 

「はい。でも、戦える闘蛇も、いつでも戦えるとは限らないんです」

 

レンは続けた。

 

「体調が悪い日もあります。怪我をすることもあります。それに、乗り手との相性もあります」

 

……。

 

(……そうなんです)

 

非常に重要。

 

私は、静かに耳を動かした。

 

◇◇◇

 

「闘蛇は、剣や槍とは違います」

 

レンが言った。

 

「壊れたら新しく作ればいい、というものではありません」

 

その言葉に、トウエンが頷いた。

 

「そのとおりだ」

 

そして、低い声で続けた。

 

「闘蛇を一頭育てるのに、どれほどの時間と手間がかかるか。皆、知っているはずだ」

 

集会場が静かになった。

 

「幼い頃から人に慣らし、合図を覚えさせ、乗り手との関係を作る。ようやく人を乗せられるようになっても、戦に向かぬ個体は多い」

 

……。

 

(……うん)

 

私だって、最初からセイランを乗せていたわけではない。

 

レンに育ててもらって。

 

トウエンに怒られて。

 

少しずつ、人と暮らすことを覚えた。

 

……。

 

(……まあ)

 

人間の言葉は、最初から分かっていたんですけどね。

 

それは秘密。

 

◇◇◇

 

「だが、戦える闘蛇もいる」

 

ゴウが言った。

 

トウエンは頷いた。

 

「いる。だが、何のために戦わせるのかが問題だ」

 

「一族を守るためだろう」

 

「ならば異存はない」

 

トウエンは、はっきりと答えた。

 

「だが、遠い土地の争いに連れていき、戻ってこられぬようなことがあれば、話は別だ」

 

……。

 

(……おお)

 

トウエン。

 

厳しい。

 

でも、ありがたい。

 

私は、少しだけ目を細めた。

 

この人は、いつも口うるさい。

 

食べすぎるな。

 

勝手に遠くへ行くな。

 

知らない人間に近づくな。

 

……。

 

(……いや)

 

最後のは、普通に大事か。

 

でも、その厳しさは。

 

私たちを大切に思っているからなのだ。

 

◇◇◇

 

「セイランは、どう考える」

 

族長が尋ねた。

 

皆の視線が集まった。

 

セイランは、少し考えてから答えた。

 

「……協力すること自体には、反対しない」

 

ゴウが眉を上げた。

 

「お前もか」

 

「ああ」

 

「理由は?」

 

「楊端和は、約束を守る」

 

セイランは、静かに続けた。

 

「それに、あの軍は強い」

 

「強いから従うのか」

 

「違う」

 

セイランは、ゴウを見た。

 

「強いからこそ、敵に回すより、話のできる相手でいた方がいい」

 

……。

 

(……なるほど)

 

私は、少し感心した。

 

セイランらしい考え方だ。

 

相手が強いから、何でも言うことを聞くわけではない。

 

でも、強い相手と無意味に争う必要もない。

 

◇◇◇

 

「ただし」

 

セイランが続けた。

 

「白淵族の戦士を、楊端和の命令だけで動かすことには反対だ」

 

族長が頷いた。

 

「理由は?」

 

「俺たちが守るのは、白淵族だ」

 

……。

 

(……うん)

 

知ってる。

 

セイランは、少しだけ言葉を選んだ。

 

「楊端和と目的が同じなら、共に戦うこともある。だが、目的が違うなら断る」

 

「……それでよいのか」

 

ゴウが尋ねた。

 

「それを、相手が認めるならな」

 

……。

 

(……確かに)

 

結局、そこなのだろう。

 

約束は、交わすだけでは意味がない。

 

守られて初めて、信頼になる。

 

◇◇◇

 

その後も、話し合いは続いた。

 

協力するなら、何人まで戦士を出せるのか。

 

闘蛇を何頭連れていけるのか。

 

集落を守る者は、どれだけ残すべきか。

 

負傷者が出た場合、誰が世話をするのか。

 

食料はどうするのか。

 

……。

 

(……あれ)

 

思ったより、ずっと大変。

 

私は、少し驚いた。

 

戦に行くというのは、ただ武器を持って出かけることではない。

 

出かける人がいれば、残る人もいる。

 

その人たちの暮らしを、どう守るのか。

 

そこまで考えなければならないのだ。

 

◇◇◇

 

「……一つ、忘れてはならんことがある」

 

族長が言った。

 

皆が静かになった。

 

「楊端和と協力すれば、助けてもらえることもあるだろう。だが、こちらが助けを求められることもある」

 

族長は、集まった者たちを見渡した。

 

「そのとき、我らは何を基準に決めるのか」

 

誰も、すぐには答えなかった。

 

「相手が楊端和だからか。強い軍だからか。それとも、断れば不利になるからか」

 

……。

 

(……あ)

 

私は、静かに顔を上げた。

 

族長は続けた。

 

「それでは、いずれ我ら自身の判断を失う」

 

◇◇◇

 

「我らが戦う理由は、一つだ」

 

族長の声が、静かに響いた。

 

「守るべきものがあるからだ」

 

……。

 

(……うん)

 

私は、ゆっくりと目を細めた。

 

「それが白淵族の土地であることもあれば、友と呼ぶ者の土地であることもあるだろう」

 

族長は続けた。

 

「だが、その判断は、我ら自身がする」

 

ゴウが、腕を組んだまま頷いた。

 

ハクも、真剣な顔で聞いている。

 

「楊端和の配下になるのではない。互いに守るべきものがあるとき、力を貸し合う」

 

……。

 

(……なるほど)

 

私は、少しだけ安心した。

 

それなら、分かる気がする。

 

誰かに命令されて戦うのではなく。

 

自分たちで、守ると決めたもののために戦う。

 

◇◇◇

 

「……では、協力するのですか」

 

年長の男が尋ねた。

 

族長は、すぐには答えなかった。

 

そして、静かに言った。

 

「条件をまとめよう」

 

皆が顔を上げた。

 

「白淵族の独立は変えん。軍を出すかどうかは、その都度判断する」

 

セイランが頷いた。

 

「闘蛇については、トウエンと乗り手たちの判断を必要とする」

 

トウエンが頷く。

 

「それならば、考えられます」

 

「そして、集落の守りを薄くするような出兵はしない」

 

ゴウが、少しだけ表情を緩めた。

 

「……それなら、俺も反対はせん」

 

ハクが笑った。

 

「よかった」

 

「まだ決まったわけではない」

 

ゴウが言う。

 

「分かってますよ」

 

……。

 

(……ふふ)

 

何だか、少しだけ空気が柔らかくなった。

 

◇◇◇

 

会議が終わったのは、日が傾き始めた頃だった。

 

私は、大きく身体を伸ばした。

 

(……長かった)

 

非常に長かった。

 

でも、大事な話だった。

 

族長は、楊端和への返答を急がないことにした。

 

まずは条件を整理し、黒角族とも情報を共有する。

 

そのうえで、改めて使者を送る。

 

そういうことになった。

 

◇◇◇

 

夕方。

 

レンが、私のところへやってきた。

 

「スイ、お疲れさま」

 

(……どうも)

 

私は、ゆっくりと首を下げた。

 

レンは、私の鼻先を撫でた。

 

「難しい話だったね」

 

(……うん)

 

本当に。

 

「でも、僕は少し安心したよ」

 

私は、耳を動かした。

 

レンは、静かに続けた。

 

「スイたちを、勝手に戦へ連れていくことにはならなそうだから」

 

……。

 

(……レン)

 

私は、そっと目を細めた。

 

「もちろん、何かあったら、スイも戦うかもしれないけど」

 

……。

 

(……まあ)

 

そうでしょうね。

 

「でも、そのときは、ちゃんと皆で考えたい」

 

私は、レンの手に鼻先を寄せた。

 

この子は、いつも私たちのことを考えてくれる。

 

だから、私も。

 

レンを守りたいと思う。

 

◇◇◇

 

その夜。

 

セイランが、川辺へやってきた。

 

私は、水に身体を沈めていた。

 

「……スイ」

 

(……はい)

 

私は、片目を開けた。

 

セイランは、少しだけ考えてから言った。

 

「もし、俺たちが戦に出ることになったら」

 

……。

 

(……うん)

 

「お前は、どうする」

 

私は、静かに彼を見つめた。

 

……。

 

(……え)

 

それ、私に聞く?

 

セイランは、真剣な顔をしていた。

 

私は、少し考えた。

 

戦場は怖い。

 

痛いのも嫌だ。

 

できれば、ずっと川で魚を食べていたい。

 

でも。

 

セイランが危険な場所へ行くなら。

 

レンやハクたちが、誰かを守ろうとしているなら。

 

私は、きっと。

 

何もしないではいられない。

 

……。

 

(……仕方ないなぁ)

 

私は、水からゆっくりと身体を起こした。

 

そして、セイランの前へ鼻先を寄せた。

 

彼は、少しだけ目を細めた。

 

「……そうか」

 

……。

 

(……いや)

 

何が伝わったんですか。

 

私、まだ何も言ってませんけど。

 

でも、セイランは私の首筋を撫でた。

 

「分かった」

 

(……だから)

 

何が?

 

私は、少しだけ困った。

 

……。

 

けれど。

 

この人になら、伝わっているのかもしれない。

 

私は、静かに目を閉じた。

 

◇◇◇

 

その夜、私は少しだけ考えた。

 

守るために戦う。

 

言葉にすれば、簡単だ。

 

でも、実際には。

 

何を守るのか。

 

誰を守るのか。

 

どこまで守るのか。

 

その答えは、人によって違う。

 

ゴウは、白淵族の土地を守りたい。

 

ハクは、山界の未来も考えている。

 

トウエンとレンは、闘蛇たちの命を守りたい。

 

セイランは、一族を守るために必要な道を探している。

 

そして、族長は。

 

そのすべてを背負って、決めなければならない。

 

……。

 

(……大変だなぁ)

 

私は、空を見上げた。

 

星が、静かに輝いている。

 

私は、族長にはなれない。

 

そもそも、人間ではない。

 

でも。

 

私にも、守りたいものがある。

 

それなら、きっと。

 

私にもできることがあるのだろう。

 

……。

 

(……まあ)

 

できれば、戦わずに済む方法がいいですけど。

 

私は、ゆっくりと目を閉じた。

 

明日も、きっと。

 

いつもどおりの朝が来る。

 

その朝を守るために。

 

皆が、少しずつ考え始めていた。

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