会議というものは、難しい。
前世でも、そうだった。
何かを決めようとすると、必ずと言っていいほど意見が分かれる。
早く決めたい人。
慎重に考えたい人。
そもそも、何を決めるのか分かっていない人。
そして、会議が終わるのをひたすら待っている人。
……。
(……最後の人)
ちょっと気持ちが分かる。
いや、もちろん。
大事な話なのは理解している。
白淵族のこれからに関わる話なのだから。
ただ。
(……お腹、空いたなぁ)
私は、集会場の外で静かに身体を伏せていた。
◇◇◇
楊端和のもとから帰って、三日が経った。
族長は、その間にセイランやハクたちから話を聞き、黒角族にも使者を送っていた。
そして今日。
白淵族の主だった者たちが、集会場に集められた。
戦士たち。
年長者たち。
狩りや交易を取り仕切る者。
そして、闘蛇の世話をするトウエンとレン。
私も、いつものように建物の外にいる。
(……参加資格、あるよね?)
一応、当事者ですから。
◇◇◇
「楊端和から、協力の話があった」
族長が切り出した。
集まった者たちが、静かになった。
「これまでの南の古道の約束は変わらん。だが、今後、山界で大きな争いが起きた場合、互いに助け合える関係を築きたいという」
年長の男が眉を寄せた。
「……つまり、戦に出ろということですか」
「必要になれば、求められることもあるだろう」
族長は答えた。
「だが、無条件に兵を出す約束ではない」
「断ることもできるのですか」
「ああ。その判断は、我らがする」
……。
(……そう)
そこ、大事。
私は、心の中で頷いた。
◇◇◇
最初に口を開いたのは、ハクだった。
「俺は、協力してもいいと思います」
何人かが、彼を見た。
ハクは続けた。
「楊端和は、これまで約束を守ってきました。南の古道も、勝手に使われたことはありません」
「だからといって、戦に加わる理由にはならん」
年長の戦士が言った。
「分かっています」
ハクは頷いた。
「でも、もし山界で大きな争いが起きたら、白淵族だけで守れるとは限らないでしょう」
……。
(……うん)
それは、確かに。
白淵族の戦士たちは強い。
闘蛇もいる。
でも、数は多くない。
相手が何百、何千という規模で攻めてきたら。
いくら私が大きくても、全部を相手にするのは無理だ。
(……そもそも)
そんなに大勢に囲まれたくありません。
◇◇◇
「俺は反対だ」
低い声が響いた。
ゴウだった。
頬に古い傷のある、歴戦の戦士。
若い戦士たちの訓練も任されている男だ。
「山の王がどれほど強かろうと、他人の戦に首を突っ込めば、こちらにも敵ができる」
ハクが振り返った。
「でも、何もしなければ――」
「何もしないとは言っておらん」
ゴウは遮った。
「自分たちの山を守る。それで十分だと言っている」
「山の外で争いが大きくなれば、ここにも影響が出ます」
「ならば、ここで迎え撃てばいい」
……。
(……うーん)
どちらの言い分も分かる。
ハクは、危険が大きくなる前に協力した方がいいと考えている。
ゴウは、余計な争いを持ち込むべきではないと考えている。
二人とも、白淵族を守りたいのだ。
ただ、その方法が違う。
◇◇◇
「……一つ、いいですか」
レンが手を挙げた。
少し意外だった。
普段、こういう場で積極的に発言することは少ない。
族長が頷く。
「話せ」
レンは、一度トウエンを見た。
それから、口を開いた。
「闘蛇を戦に出すことについてです」
……。
(……おや)
私たちの話。
私は、少しだけ首を持ち上げた。
「今、飼育場にいる闘蛇は、およそ五十頭です。でも、全部が戦えるわけじゃありません」
「それは知っている」
ゴウが言った。
「はい。でも、戦える闘蛇も、いつでも戦えるとは限らないんです」
レンは続けた。
「体調が悪い日もあります。怪我をすることもあります。それに、乗り手との相性もあります」
……。
(……そうなんです)
非常に重要。
私は、静かに耳を動かした。
◇◇◇
「闘蛇は、剣や槍とは違います」
レンが言った。
「壊れたら新しく作ればいい、というものではありません」
その言葉に、トウエンが頷いた。
「そのとおりだ」
そして、低い声で続けた。
「闘蛇を一頭育てるのに、どれほどの時間と手間がかかるか。皆、知っているはずだ」
集会場が静かになった。
「幼い頃から人に慣らし、合図を覚えさせ、乗り手との関係を作る。ようやく人を乗せられるようになっても、戦に向かぬ個体は多い」
……。
(……うん)
私だって、最初からセイランを乗せていたわけではない。
レンに育ててもらって。
トウエンに怒られて。
少しずつ、人と暮らすことを覚えた。
……。
(……まあ)
人間の言葉は、最初から分かっていたんですけどね。
それは秘密。
◇◇◇
「だが、戦える闘蛇もいる」
ゴウが言った。
トウエンは頷いた。
「いる。だが、何のために戦わせるのかが問題だ」
「一族を守るためだろう」
「ならば異存はない」
トウエンは、はっきりと答えた。
「だが、遠い土地の争いに連れていき、戻ってこられぬようなことがあれば、話は別だ」
……。
(……おお)
トウエン。
厳しい。
でも、ありがたい。
私は、少しだけ目を細めた。
この人は、いつも口うるさい。
食べすぎるな。
勝手に遠くへ行くな。
知らない人間に近づくな。
……。
(……いや)
最後のは、普通に大事か。
でも、その厳しさは。
私たちを大切に思っているからなのだ。
◇◇◇
「セイランは、どう考える」
族長が尋ねた。
皆の視線が集まった。
セイランは、少し考えてから答えた。
「……協力すること自体には、反対しない」
ゴウが眉を上げた。
「お前もか」
「ああ」
「理由は?」
「楊端和は、約束を守る」
セイランは、静かに続けた。
「それに、あの軍は強い」
「強いから従うのか」
「違う」
セイランは、ゴウを見た。
「強いからこそ、敵に回すより、話のできる相手でいた方がいい」
……。
(……なるほど)
私は、少し感心した。
セイランらしい考え方だ。
相手が強いから、何でも言うことを聞くわけではない。
でも、強い相手と無意味に争う必要もない。
◇◇◇
「ただし」
セイランが続けた。
「白淵族の戦士を、楊端和の命令だけで動かすことには反対だ」
族長が頷いた。
「理由は?」
「俺たちが守るのは、白淵族だ」
……。
(……うん)
知ってる。
セイランは、少しだけ言葉を選んだ。
「楊端和と目的が同じなら、共に戦うこともある。だが、目的が違うなら断る」
「……それでよいのか」
ゴウが尋ねた。
「それを、相手が認めるならな」
……。
(……確かに)
結局、そこなのだろう。
約束は、交わすだけでは意味がない。
守られて初めて、信頼になる。
◇◇◇
その後も、話し合いは続いた。
協力するなら、何人まで戦士を出せるのか。
闘蛇を何頭連れていけるのか。
集落を守る者は、どれだけ残すべきか。
負傷者が出た場合、誰が世話をするのか。
食料はどうするのか。
……。
(……あれ)
思ったより、ずっと大変。
私は、少し驚いた。
戦に行くというのは、ただ武器を持って出かけることではない。
出かける人がいれば、残る人もいる。
その人たちの暮らしを、どう守るのか。
そこまで考えなければならないのだ。
◇◇◇
「……一つ、忘れてはならんことがある」
族長が言った。
皆が静かになった。
「楊端和と協力すれば、助けてもらえることもあるだろう。だが、こちらが助けを求められることもある」
族長は、集まった者たちを見渡した。
「そのとき、我らは何を基準に決めるのか」
誰も、すぐには答えなかった。
「相手が楊端和だからか。強い軍だからか。それとも、断れば不利になるからか」
……。
(……あ)
私は、静かに顔を上げた。
族長は続けた。
「それでは、いずれ我ら自身の判断を失う」
◇◇◇
「我らが戦う理由は、一つだ」
族長の声が、静かに響いた。
「守るべきものがあるからだ」
……。
(……うん)
私は、ゆっくりと目を細めた。
「それが白淵族の土地であることもあれば、友と呼ぶ者の土地であることもあるだろう」
族長は続けた。
「だが、その判断は、我ら自身がする」
ゴウが、腕を組んだまま頷いた。
ハクも、真剣な顔で聞いている。
「楊端和の配下になるのではない。互いに守るべきものがあるとき、力を貸し合う」
……。
(……なるほど)
私は、少しだけ安心した。
それなら、分かる気がする。
誰かに命令されて戦うのではなく。
自分たちで、守ると決めたもののために戦う。
◇◇◇
「……では、協力するのですか」
年長の男が尋ねた。
族長は、すぐには答えなかった。
そして、静かに言った。
「条件をまとめよう」
皆が顔を上げた。
「白淵族の独立は変えん。軍を出すかどうかは、その都度判断する」
セイランが頷いた。
「闘蛇については、トウエンと乗り手たちの判断を必要とする」
トウエンが頷く。
「それならば、考えられます」
「そして、集落の守りを薄くするような出兵はしない」
ゴウが、少しだけ表情を緩めた。
「……それなら、俺も反対はせん」
ハクが笑った。
「よかった」
「まだ決まったわけではない」
ゴウが言う。
「分かってますよ」
……。
(……ふふ)
何だか、少しだけ空気が柔らかくなった。
◇◇◇
会議が終わったのは、日が傾き始めた頃だった。
私は、大きく身体を伸ばした。
(……長かった)
非常に長かった。
でも、大事な話だった。
族長は、楊端和への返答を急がないことにした。
まずは条件を整理し、黒角族とも情報を共有する。
そのうえで、改めて使者を送る。
そういうことになった。
◇◇◇
夕方。
レンが、私のところへやってきた。
「スイ、お疲れさま」
(……どうも)
私は、ゆっくりと首を下げた。
レンは、私の鼻先を撫でた。
「難しい話だったね」
(……うん)
本当に。
「でも、僕は少し安心したよ」
私は、耳を動かした。
レンは、静かに続けた。
「スイたちを、勝手に戦へ連れていくことにはならなそうだから」
……。
(……レン)
私は、そっと目を細めた。
「もちろん、何かあったら、スイも戦うかもしれないけど」
……。
(……まあ)
そうでしょうね。
「でも、そのときは、ちゃんと皆で考えたい」
私は、レンの手に鼻先を寄せた。
この子は、いつも私たちのことを考えてくれる。
だから、私も。
レンを守りたいと思う。
◇◇◇
その夜。
セイランが、川辺へやってきた。
私は、水に身体を沈めていた。
「……スイ」
(……はい)
私は、片目を開けた。
セイランは、少しだけ考えてから言った。
「もし、俺たちが戦に出ることになったら」
……。
(……うん)
「お前は、どうする」
私は、静かに彼を見つめた。
……。
(……え)
それ、私に聞く?
セイランは、真剣な顔をしていた。
私は、少し考えた。
戦場は怖い。
痛いのも嫌だ。
できれば、ずっと川で魚を食べていたい。
でも。
セイランが危険な場所へ行くなら。
レンやハクたちが、誰かを守ろうとしているなら。
私は、きっと。
何もしないではいられない。
……。
(……仕方ないなぁ)
私は、水からゆっくりと身体を起こした。
そして、セイランの前へ鼻先を寄せた。
彼は、少しだけ目を細めた。
「……そうか」
……。
(……いや)
何が伝わったんですか。
私、まだ何も言ってませんけど。
でも、セイランは私の首筋を撫でた。
「分かった」
(……だから)
何が?
私は、少しだけ困った。
……。
けれど。
この人になら、伝わっているのかもしれない。
私は、静かに目を閉じた。
◇◇◇
その夜、私は少しだけ考えた。
守るために戦う。
言葉にすれば、簡単だ。
でも、実際には。
何を守るのか。
誰を守るのか。
どこまで守るのか。
その答えは、人によって違う。
ゴウは、白淵族の土地を守りたい。
ハクは、山界の未来も考えている。
トウエンとレンは、闘蛇たちの命を守りたい。
セイランは、一族を守るために必要な道を探している。
そして、族長は。
そのすべてを背負って、決めなければならない。
……。
(……大変だなぁ)
私は、空を見上げた。
星が、静かに輝いている。
私は、族長にはなれない。
そもそも、人間ではない。
でも。
私にも、守りたいものがある。
それなら、きっと。
私にもできることがあるのだろう。
……。
(……まあ)
できれば、戦わずに済む方法がいいですけど。
私は、ゆっくりと目を閉じた。
明日も、きっと。
いつもどおりの朝が来る。
その朝を守るために。
皆が、少しずつ考え始めていた。