我が一族には、いくつかの決まりごとがある。
例えば、狩りに出る際は必ず二人以上で行動すること。
闘蛇の餌を勝手に持ち出さないこと。
水辺の見張りを怠らないこと。
そして、族長が集落の者を集めた時は、必ず話を聞くこと。
……。
うむ。
実に大切な決まりごとである。
特に最後の一つ。
一族の未来に関わる話をするのだから、当然だろう。
というわけで。
本日、私は。
族長の話を聞くため、集落の広場に来ていた。
……。
…………。
「スイ?」
レンが不思議そうに私を見上げた。
「何してるの?」
……。
…………。
(……え?)
何って。
族長の話を聞きに来たんですけど?
◇◇◇
「今日は、北の森の狩り場について話がある」
族長が広場の中央に立ち、集まった者たちに声をかけた。
その周囲には、白淵族の戦士や狩人たちが並んでいる。
皆、真剣な表情だ。
当然である。
狩り場は一族の食料を支える、大切な場所なのだから。
……。
(……うむ)
私も真剣な顔をした。
ちなみに、闘蛇の真剣な顔というのがどういうものなのかは、私にも分からない。
たぶん、いつもと同じである。
「近頃、北の森で大型の獣が増えている」
族長が続けた。
「狩りの際は十分に注意してほしい。特に若い者だけで奥へ入ることは避けるように」
……。
(……なるほど)
これは重要な話だ。
先日、セイランと狩りに出た時も、大きな角を持つ獣に遭遇した。
あれはなかなか手強かった。
まあ、最終的にはセイランが仕留めたのだけれど。
……。
(……本当に、あの人は怖い)
顔は良い。
ものすごく良い。
だが、狩りの最中のあの殺気。
正直、初めて見た時は少し驚いた。
普通の闘蛇なら、逃げ出してもおかしくない。
……。
(……まあ、私は平気だけどね)
何しろ、中身は人間である。
殺気を向けられている相手が自分ではないことくらい、分かる。
私は少し得意げに胸を張った。
すると。
「スイ」
レンが小声で呼んだ。
……。
(……ん?)
「こっちおいで」
……。
…………。
(……え?)
私は首を傾げた。
レンは広場の端を指差している。
「ここは人が集まる場所だから。スイは向こうで待っててね」
……。
…………。
(……は?)
いやいやいや。
ちょっと待って。
何をおっしゃっているの?
私は白淵族の一員ですよ?
一族の会議に参加するのは当然でしょう?
私はその場に座り直した。
どっしりと。
全長九メートルの身体を、堂々と。
……。
…………。
「……スイ?」
レンが困った顔をした。
「ほら、邪魔になっちゃうから」
……。
…………。
(……邪魔)
(……邪魔ですって?)
私は周囲を見回した。
確かに。
私の身体は大きい。
非常に大きい。
そして、尻尾も長い。
……。
…………。
(……うん)
(……邪魔だね)
私は素直に立ち上がった。
仕方ない。
会議の邪魔をするわけにはいかない。
私は広場の端へ移動した。
ただし。
話が聞こえる位置で。
……。
…………。
(……ふふん)
これなら問題ないでしょう。
レンは小さくため息をついた。
「……本当に、話が分かるみたいだなぁ」
……。
(……分かりますとも)
私は満足げに喉を鳴らした。
◇◇◇
族長の話が終わると、人々はそれぞれの仕事へ戻っていった。
私もそろそろ水辺へ戻ろうかと思っていたところで、聞き慣れた声がした。
「……スイ」
……。
…………。
(……おや)
振り返る。
そこには、セイランが立っていた。
我が一族最強の戦士。
そして、私の相棒。
相変わらず、恐ろしく顔が良い。
……。
(……今日も素晴らしいですね)
私は嬉しくなって、尻尾を振った。
……が。
途中で止めた。
危ない。
人が多い。
「……来い」
セイランは短く言った。
……。
(……はいはい)
私は素直についていった。
レンが慌てて声を上げる。
「セイラン! 今日は狩りの予定はないはずだけど!」
「……分かっている」
「じゃあ、どこへ?」
「少し、確かめたいことがある」
……。
…………。
(……確かめたいこと?)
私は首を傾げた。
何だろう。
また訓練だろうか。
まあ、いいか。
相棒とのお出かけである。
悪い気はしない。
◇◇◇
セイランが向かったのは、集落の外れにある水辺だった。
そこには、何頭かの闘蛇が集まっていた。
私の仲間たちである。
……。
(……おや)
その中に、見覚えのある一頭がいた。
鱗の色が少し薄い。
身体は大きくなったが、目元にはどことなく幼さが残っている。
……。
…………。
(……あ)
あの子だ。
昔、木の根に尻尾を挟んでいた、あの子。
今ではすっかり成長して、立派な闘蛇になっている。
……。
(……大きくなったねぇ)
私は嬉しくなって、近づいた。
すると、その闘蛇はすぐにこちらへ寄ってきた。
「グルル……」
……。
(……はいはい)
私は鼻先を軽く合わせた。
すると、他の闘蛇たちも次々と集まってきた。
……。
…………。
(……おやおや)
何だか、人気者である。
まあ、仕方ない。
私は群れの中では、少々頼りになる存在なのだ。
……自分で言うのも何だけれど。
「……なるほど」
セイランが小さく呟いた。
……。
(……ん?)
「お前が来ると、皆が集まるのか」
……。
…………。
(……まあね)
私は少し得意げに胸を張った。
すると、隣の闘蛇も胸を張った。
……。
…………。
(……あ)
また真似してる。
可愛い。
セイランはしばらく私たちを見つめていた。
そして、静かに言った。
「……動かしてみろ」
……。
…………。
(……え?)
動かす?
何を?
セイランは水辺の向こうを指差した。
「向こうへ行け」
……。
(……ああ)
なるほど。
移動しろということね。
私は素直に歩き出した。
すると。
ざっ。
ざざっ。
後ろから、複数の足音が聞こえた。
……。
…………。
(……ん?)
振り返る。
闘蛇たちが、ついてきている。
……。
…………。
(……あら)
私は足を止めた。
闘蛇たちも止まる。
右へ曲がる。
皆も右へ。
左へ曲がる。
皆も左へ。
……。
…………。
(……ええと)
(……これ)
(……ちょっと楽しくない?)
私は試しに、くるりと一回転してみた。
すると。
後ろの闘蛇たちも、次々と身体を回した。
……。
…………。
(……おお!)
何これ。
可愛い!
私は思わず嬉しくなった。
もう一度、くるり。
闘蛇たちも、くるり。
……。
…………。
(……ふふふ)
(……何だか、ダンスみたい)
そんなことを考えていると。
「……スイ」
セイランが低い声で呼んだ。
……。
…………。
(……はい)
「遊ぶな」
……。
…………。
(……ばれた)
私は素直に動きを止めた。
セイランは小さく息を吐いた。
「……だが」
……。
(……ん?)
「面白いな」
……。
…………。
(……また言われた)
どうやら私は、本当に面白い闘蛇らしい。
◇◇◇
その後、セイランは何度か私に指示を出した。
右へ。
左へ。
止まれ。
進め。
私はその通りに動いた。
すると、闘蛇たちもついてくる。
もちろん、全員が完璧に動くわけではない。
途中で水に飛び込む子もいれば、草を食べようとする子もいる。
……。
(……いや、肉食でしょうが)
何してるの。
だが、大半の闘蛇は私の動きを見て、同じように動いていた。
セイランはその様子を、じっと観察していた。
「……使えるな」
……。
…………。
(……ん?)
使える?
何に?
私は首を傾げた。
セイランは私の頭に手を置いた。
「お前は、ただの騎獣ではないな」
……。
…………。
(……まあね)
私は少し誇らしくなった。
「……群れを率いることができる」
……。
…………。
(……群れ)
私は後ろを振り返った。
そこには、何頭もの闘蛇が並んでいる。
皆、こちらを見ていた。
……。
…………。
(……なるほど)
確かに。
何だか、ちょっとした一族みたいである。
……。
(……一族)
私はふと考えた。
そういえば。
私たちは、白淵族に飼われている闘蛇だ。
白淵族の人間ではない。
……。
…………。
(……いや)
(……でも)
私は生まれも育ちも、ここである。
レンに育てられ、トウエンに教わり、族長に可愛がられてきた。
セイランとは、一緒に狩りへ出ている。
……。
(……つまり)
(……私は白淵族でしょう?)
当然である。
何を今さら。
私は堂々と胸を張った。
すると、後ろの闘蛇たちも胸を張った。
……。
…………。
(……あ)
そうだった。
この子たちもいる。
私は少し考えた。
白淵族の一員である私。
そして、私についてくる闘蛇たち。
……。
…………。
(……つまり)
(……白淵族の中に、もう一つの一族があるようなものでは?)
何だろう。
ちょっと格好良い。
私は満足げに喉を鳴らした。
すると、セイランが不思議そうに私を見た。
「……何を考えている?」
……。
…………。
(……ふふふ)
秘密です。
私はゆっくりと尻尾を振った。
◇◇◇
夕方。
水辺へ戻ると、レンが待っていた。
「スイ!」
……。
(……ただいま)
私は嬉しくなって近づいた。
すると、レンは私の後ろを見て、目を丸くした。
「……え?」
……。
…………。
(……ん?)
「何で、みんなついてきてるの?」
……。
…………。
(……あ)
振り返る。
闘蛇たちが、ぞろぞろとついてきていた。
……。
…………。
(……あらまあ)
どうやら、解散の指示を出し忘れていたらしい。
レンはしばらく呆然としていた。
そして、笑い出した。
「あはは! もう、スイの一族みたいだね!」
……。
…………。
(……スイの一族)
私は目を輝かせた。
……いや。
闘蛇の目が輝くかどうかは知らないけれど。
少なくとも、気持ちは輝いていた。
「スイ族、なんてね」
……。
…………。
(……スイ族)
……。
…………。
(……いい)
(……すごくいい)
私は嬉しくなって、思い切り尻尾を振った。
ばしゃん!!
水しぶきが盛大に上がった。
「わっ!」
レンが慌てて飛び退いた。
……。
…………。
(……あ)
ごめん。
忘れてた。
私の尻尾。
危険物だった。
レンはびしょ濡れになりながら、苦笑いした。
「……もう、スイったら」
……。
…………。
(……ごめんね)
私はそっと鼻先を寄せた。
レンは笑って、私の頭を撫でた。
「でも、みんなスイのことが好きなんだね」
……。
…………。
(……うん)
私は後ろを振り返った。
そこには、何頭もの闘蛇がいる。
私を慕い、ついてきてくれる仲間たち。
……。
(……よし)
決めた。
今日から私たちは。
スイ族である。
……。
…………。
もちろん。
白淵族の一員でもある。
そこは譲れない。
私は誇らしげに胸を張った。
すると、後ろの闘蛇たちも。
一斉に、胸を張った。
……。
…………。
(……ふふ)
何だか、ちょっと。
楽しくなってきた。
こうして、白淵族の片隅に。
新たな一族が誕生した。
その名も、スイ族。
族長は、私。
構成員は、闘蛇たち。
活動内容は、主に狩りと水浴び。
そして、食事。
……。
…………。
(……うん)
実に平和な一族である。
私は満足げに喉を鳴らした。
ただ、一つだけ。
大きな問題があった。
……。
…………。
(……あれ?)
(……スイ族のご飯って)
(……誰が用意するの?)
私はそっとレンを見た。
レンは、何も知らずに笑っている。
……。
…………。
(……うん)
(……やっぱり、白淵族の一員でいよう)
独立というのは。
なかなか、大変なものらしい。