秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

7 / 13
第七話 私も一族の一員なんですけど?

 

我が一族には、いくつかの決まりごとがある。

 

例えば、狩りに出る際は必ず二人以上で行動すること。

 

闘蛇の餌を勝手に持ち出さないこと。

 

水辺の見張りを怠らないこと。

 

そして、族長が集落の者を集めた時は、必ず話を聞くこと。

 

……。

 

うむ。

 

実に大切な決まりごとである。

 

特に最後の一つ。

 

一族の未来に関わる話をするのだから、当然だろう。

 

というわけで。

 

本日、私は。

 

族長の話を聞くため、集落の広場に来ていた。

 

……。

 

…………。

 

「スイ?」

 

レンが不思議そうに私を見上げた。

 

「何してるの?」

 

……。

 

…………。

 

(……え?)

 

何って。

 

族長の話を聞きに来たんですけど?

 

◇◇◇

 

「今日は、北の森の狩り場について話がある」

 

族長が広場の中央に立ち、集まった者たちに声をかけた。

 

その周囲には、白淵族の戦士や狩人たちが並んでいる。

 

皆、真剣な表情だ。

 

当然である。

 

狩り場は一族の食料を支える、大切な場所なのだから。

 

……。

 

(……うむ)

 

私も真剣な顔をした。

 

ちなみに、闘蛇の真剣な顔というのがどういうものなのかは、私にも分からない。

 

たぶん、いつもと同じである。

 

「近頃、北の森で大型の獣が増えている」

 

族長が続けた。

 

「狩りの際は十分に注意してほしい。特に若い者だけで奥へ入ることは避けるように」

 

……。

 

(……なるほど)

 

これは重要な話だ。

 

先日、セイランと狩りに出た時も、大きな角を持つ獣に遭遇した。

 

あれはなかなか手強かった。

 

まあ、最終的にはセイランが仕留めたのだけれど。

 

……。

 

(……本当に、あの人は怖い)

 

顔は良い。

 

ものすごく良い。

 

だが、狩りの最中のあの殺気。

 

正直、初めて見た時は少し驚いた。

 

普通の闘蛇なら、逃げ出してもおかしくない。

 

……。

 

(……まあ、私は平気だけどね)

 

何しろ、中身は人間である。

 

殺気を向けられている相手が自分ではないことくらい、分かる。

 

私は少し得意げに胸を張った。

 

すると。

 

「スイ」

 

レンが小声で呼んだ。

 

……。

 

(……ん?)

 

「こっちおいで」

 

……。

 

…………。

 

(……え?)

 

私は首を傾げた。

 

レンは広場の端を指差している。

 

「ここは人が集まる場所だから。スイは向こうで待っててね」

 

……。

 

…………。

 

(……は?)

 

いやいやいや。

 

ちょっと待って。

 

何をおっしゃっているの?

 

私は白淵族の一員ですよ?

 

一族の会議に参加するのは当然でしょう?

 

私はその場に座り直した。

 

どっしりと。

 

全長九メートルの身体を、堂々と。

 

……。

 

…………。

 

「……スイ?」

 

レンが困った顔をした。

 

「ほら、邪魔になっちゃうから」

 

……。

 

…………。

 

(……邪魔)

 

(……邪魔ですって?)

 

私は周囲を見回した。

 

確かに。

 

私の身体は大きい。

 

非常に大きい。

 

そして、尻尾も長い。

 

……。

 

…………。

 

(……うん)

 

(……邪魔だね)

 

私は素直に立ち上がった。

 

仕方ない。

 

会議の邪魔をするわけにはいかない。

 

私は広場の端へ移動した。

 

ただし。

 

話が聞こえる位置で。

 

……。

 

…………。

 

(……ふふん)

 

これなら問題ないでしょう。

 

レンは小さくため息をついた。

 

「……本当に、話が分かるみたいだなぁ」

 

……。

 

(……分かりますとも)

 

私は満足げに喉を鳴らした。

 

◇◇◇

 

族長の話が終わると、人々はそれぞれの仕事へ戻っていった。

 

私もそろそろ水辺へ戻ろうかと思っていたところで、聞き慣れた声がした。

 

「……スイ」

 

……。

 

…………。

 

(……おや)

 

振り返る。

 

そこには、セイランが立っていた。

 

我が一族最強の戦士。

 

そして、私の相棒。

 

相変わらず、恐ろしく顔が良い。

 

……。

 

(……今日も素晴らしいですね)

 

私は嬉しくなって、尻尾を振った。

 

……が。

 

途中で止めた。

 

危ない。

 

人が多い。

 

「……来い」

 

セイランは短く言った。

 

……。

 

(……はいはい)

 

私は素直についていった。

 

レンが慌てて声を上げる。

 

「セイラン! 今日は狩りの予定はないはずだけど!」

 

「……分かっている」

 

「じゃあ、どこへ?」

 

「少し、確かめたいことがある」

 

……。

 

…………。

 

(……確かめたいこと?)

 

私は首を傾げた。

 

何だろう。

 

また訓練だろうか。

 

まあ、いいか。

 

相棒とのお出かけである。

 

悪い気はしない。

 

◇◇◇

 

セイランが向かったのは、集落の外れにある水辺だった。

 

そこには、何頭かの闘蛇が集まっていた。

 

私の仲間たちである。

 

……。

 

(……おや)

 

その中に、見覚えのある一頭がいた。

 

鱗の色が少し薄い。

 

身体は大きくなったが、目元にはどことなく幼さが残っている。

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

あの子だ。

 

昔、木の根に尻尾を挟んでいた、あの子。

 

今ではすっかり成長して、立派な闘蛇になっている。

 

……。

 

(……大きくなったねぇ)

 

私は嬉しくなって、近づいた。

 

すると、その闘蛇はすぐにこちらへ寄ってきた。

 

「グルル……」

 

……。

 

(……はいはい)

 

私は鼻先を軽く合わせた。

 

すると、他の闘蛇たちも次々と集まってきた。

 

……。

 

…………。

 

(……おやおや)

 

何だか、人気者である。

 

まあ、仕方ない。

 

私は群れの中では、少々頼りになる存在なのだ。

 

……自分で言うのも何だけれど。

 

「……なるほど」

 

セイランが小さく呟いた。

 

……。

 

(……ん?)

 

「お前が来ると、皆が集まるのか」

 

……。

 

…………。

 

(……まあね)

 

私は少し得意げに胸を張った。

 

すると、隣の闘蛇も胸を張った。

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

また真似してる。

 

可愛い。

 

セイランはしばらく私たちを見つめていた。

 

そして、静かに言った。

 

「……動かしてみろ」

 

……。

 

…………。

 

(……え?)

 

動かす?

 

何を?

 

セイランは水辺の向こうを指差した。

 

「向こうへ行け」

 

……。

 

(……ああ)

 

なるほど。

 

移動しろということね。

 

私は素直に歩き出した。

 

すると。

 

ざっ。

 

ざざっ。

 

後ろから、複数の足音が聞こえた。

 

……。

 

…………。

 

(……ん?)

 

振り返る。

 

闘蛇たちが、ついてきている。

 

……。

 

…………。

 

(……あら)

 

私は足を止めた。

 

闘蛇たちも止まる。

 

右へ曲がる。

 

皆も右へ。

 

左へ曲がる。

 

皆も左へ。

 

……。

 

…………。

 

(……ええと)

 

(……これ)

 

(……ちょっと楽しくない?)

 

私は試しに、くるりと一回転してみた。

 

すると。

 

後ろの闘蛇たちも、次々と身体を回した。

 

……。

 

…………。

 

(……おお!)

 

何これ。

 

可愛い!

 

私は思わず嬉しくなった。

 

もう一度、くるり。

 

闘蛇たちも、くるり。

 

……。

 

…………。

 

(……ふふふ)

 

(……何だか、ダンスみたい)

 

そんなことを考えていると。

 

「……スイ」

 

セイランが低い声で呼んだ。

 

……。

 

…………。

 

(……はい)

 

「遊ぶな」

 

……。

 

…………。

 

(……ばれた)

 

私は素直に動きを止めた。

 

セイランは小さく息を吐いた。

 

「……だが」

 

……。

 

(……ん?)

 

「面白いな」

 

……。

 

…………。

 

(……また言われた)

 

どうやら私は、本当に面白い闘蛇らしい。

 

◇◇◇

 

その後、セイランは何度か私に指示を出した。

 

右へ。

 

左へ。

 

止まれ。

 

進め。

 

私はその通りに動いた。

 

すると、闘蛇たちもついてくる。

 

もちろん、全員が完璧に動くわけではない。

 

途中で水に飛び込む子もいれば、草を食べようとする子もいる。

 

……。

 

(……いや、肉食でしょうが)

 

何してるの。

 

だが、大半の闘蛇は私の動きを見て、同じように動いていた。

 

セイランはその様子を、じっと観察していた。

 

「……使えるな」

 

……。

 

…………。

 

(……ん?)

 

使える?

 

何に?

 

私は首を傾げた。

 

セイランは私の頭に手を置いた。

 

「お前は、ただの騎獣ではないな」

 

……。

 

…………。

 

(……まあね)

 

私は少し誇らしくなった。

 

「……群れを率いることができる」

 

……。

 

…………。

 

(……群れ)

 

私は後ろを振り返った。

 

そこには、何頭もの闘蛇が並んでいる。

 

皆、こちらを見ていた。

 

……。

 

…………。

 

(……なるほど)

 

確かに。

 

何だか、ちょっとした一族みたいである。

 

……。

 

(……一族)

 

私はふと考えた。

 

そういえば。

 

私たちは、白淵族に飼われている闘蛇だ。

 

白淵族の人間ではない。

 

……。

 

…………。

 

(……いや)

 

(……でも)

 

私は生まれも育ちも、ここである。

 

レンに育てられ、トウエンに教わり、族長に可愛がられてきた。

 

セイランとは、一緒に狩りへ出ている。

 

……。

 

(……つまり)

 

(……私は白淵族でしょう?)

 

当然である。

 

何を今さら。

 

私は堂々と胸を張った。

 

すると、後ろの闘蛇たちも胸を張った。

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

そうだった。

 

この子たちもいる。

 

私は少し考えた。

 

白淵族の一員である私。

 

そして、私についてくる闘蛇たち。

 

……。

 

…………。

 

(……つまり)

 

(……白淵族の中に、もう一つの一族があるようなものでは?)

 

何だろう。

 

ちょっと格好良い。

 

私は満足げに喉を鳴らした。

 

すると、セイランが不思議そうに私を見た。

 

「……何を考えている?」

 

……。

 

…………。

 

(……ふふふ)

 

秘密です。

 

私はゆっくりと尻尾を振った。

 

◇◇◇

 

夕方。

 

水辺へ戻ると、レンが待っていた。

 

「スイ!」

 

……。

 

(……ただいま)

 

私は嬉しくなって近づいた。

 

すると、レンは私の後ろを見て、目を丸くした。

 

「……え?」

 

……。

 

…………。

 

(……ん?)

 

「何で、みんなついてきてるの?」

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

振り返る。

 

闘蛇たちが、ぞろぞろとついてきていた。

 

……。

 

…………。

 

(……あらまあ)

 

どうやら、解散の指示を出し忘れていたらしい。

 

レンはしばらく呆然としていた。

 

そして、笑い出した。

 

「あはは! もう、スイの一族みたいだね!」

 

……。

 

…………。

 

(……スイの一族)

 

私は目を輝かせた。

 

……いや。

 

闘蛇の目が輝くかどうかは知らないけれど。

 

少なくとも、気持ちは輝いていた。

 

「スイ族、なんてね」

 

……。

 

…………。

 

(……スイ族)

 

……。

 

…………。

 

(……いい)

 

(……すごくいい)

 

私は嬉しくなって、思い切り尻尾を振った。

 

ばしゃん!!

 

水しぶきが盛大に上がった。

 

「わっ!」

 

レンが慌てて飛び退いた。

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

ごめん。

 

忘れてた。

 

私の尻尾。

 

危険物だった。

 

レンはびしょ濡れになりながら、苦笑いした。

 

「……もう、スイったら」

 

……。

 

…………。

 

(……ごめんね)

 

私はそっと鼻先を寄せた。

 

レンは笑って、私の頭を撫でた。

 

「でも、みんなスイのことが好きなんだね」

 

……。

 

…………。

 

(……うん)

 

私は後ろを振り返った。

 

そこには、何頭もの闘蛇がいる。

 

私を慕い、ついてきてくれる仲間たち。

 

……。

 

(……よし)

 

決めた。

 

今日から私たちは。

 

スイ族である。

 

……。

 

…………。

 

もちろん。

 

白淵族の一員でもある。

 

そこは譲れない。

 

私は誇らしげに胸を張った。

 

すると、後ろの闘蛇たちも。

 

一斉に、胸を張った。

 

……。

 

…………。

 

(……ふふ)

 

何だか、ちょっと。

 

楽しくなってきた。

 

こうして、白淵族の片隅に。

 

新たな一族が誕生した。

 

その名も、スイ族。

 

族長は、私。

 

構成員は、闘蛇たち。

 

活動内容は、主に狩りと水浴び。

 

そして、食事。

 

……。

 

…………。

 

(……うん)

 

実に平和な一族である。

 

私は満足げに喉を鳴らした。

 

ただ、一つだけ。

 

大きな問題があった。

 

……。

 

…………。

 

(……あれ?)

 

(……スイ族のご飯って)

 

(……誰が用意するの?)

 

私はそっとレンを見た。

 

レンは、何も知らずに笑っている。

 

……。

 

…………。

 

(……うん)

 

(……やっぱり、白淵族の一員でいよう)

 

独立というのは。

 

なかなか、大変なものらしい。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。