百合を眺めながら死にたい男が美少女二人からクソデカ矢印を向けられる話 作:ミチュニアータ
シルクは現在、とある大企業の社長を務めている。仕事は苛烈を極めたが、全ては彼と再び巡り会うため。
金は稼いだ。どんな形であれ彼が生きているのなら、全ての地位を捨ててでも養おう。覚悟はとうに定まっていた。だったのだが。
「……なるほど。要するにお兄さんは戦時中貴方と同じ部隊に所属していたと。……すみません。先程は取り乱しました」
「いや、こちらもすまなかった。あなたは幼少期にパートナーによって救われていた、ということだな」
「はい。概ねその通りです」
「あ、あの~……」
「「お兄さん(パートナー)は黙ってて」」
「ッスー……」
哀れ。男の味方はこの場にいない。現在彼女らはファミリーレストランで食事を摂りながら歓談を交わしていた。しかし彼は蚊帳の外。話の本題は彼関係であるのにも関わらず。
「これからどうする?」
「それに関しては本人に聞くしかなさそうですね……。……お兄さん」
「あ、ああ。なんだ?」
「私たちのヒモになりませんか?」
「……はい?」
▫▫▫▫▫
「それにしても背ェ伸びたなー、シルク。見違えちまったぜ」
「……そっか。お兄さんと離れて、もう大分経ってたっけ」
明日も早い。この仕事は楽に休めはしない。だからまたお兄さんと別れなければいけない。
……大丈夫、だよね。もう、お兄さんがいなくなることは、ないよね?
「シルク、ウェージュ」
「っ、な、なに?」
「……なんだ」
「お前ら、仲良くなれそうか?」
彼の瞳は真剣だった。いつもちゃらんぽらんなのに、そういうところは目聡い。
出会い方こそアレだったけど、ウェージュさんはいい人だと思う。国のために必死に戦ってきたのだから、報われてほしいとすら思った。
「わたしは……シルクと仲良くなりたい。何故だろうな。あなたのことを、もっと知りたいと思う自分がいる」
「私でよければ、よろしくお願いします」
「ああ。これからもよろしく」
談笑する私たちをお兄さんは満足げに眺め、
「よし、もう俺死んでもいいわ」
そんなことを、言ってのけた。
「……ウェージュさん。やっぱりこの人飼いましょう」
「そうだな。その方が良さそうだ」
「……えぇ?」
▫▫▫▫▫
「スゥ……スゥ……」
「んん……」
「…………」
俺の両隣で寝息を立てるウェージュとシルク。外は払暁にはまだ早く、濃い闇に包まれている。
……どうしてこうなった。
彼女たちは仲良くなった。俺の目的は半分叶ったも同義。しかし彼女たちの中で俺は予想以上に膨れ上がりすぎたようで。
参ったなー、百合の間に挟まる男にゃなりたくなかったんだけどなー……。
俺の一大目標は百合を眺めながら死ぬこと。こっから入れる保険とかありませんかね。
「死にてえなー……」
もう生きることには飽きている。一度死んだ人間にこれ以上前を向けと言われても俺は変われない。
それに俺は、人を殺した。それが役割だったと言えばそれまでだが、俺のような亡者に奪われた命はたまったもんじゃないだろう。
「…………」
二人を起こさないよう細心の注意を払って洗面所に向かう。鏡が映したのは、眠たげな男の姿。
「…………」
手を洗う。石鹸を擦り、泡を立てる。それでも、尚、
「……消えない」
血の跡が、消えない。
▫▫▫▫▫
「それじゃ、行ってきます。お兄さんの監視頼みますね、ウェージュさん」
「相承知した」
「気をつけろよー」
シルクは多忙な身。朝から晩までパートナーを見守るのはわたしの役目だった。
「なあウェージュ」
「なんだ」
「シルクのこと、どう思ってる?」
理由を聞くつもりはないが、パートナーはしきりにわたしとシルクの関係を探りたがる。そこまで初対面の時はやらかしてしまっただろうか。
「好ましい、と思う」
「……そうか」
そしてわたしが答える度に、彼は苦笑するのだった。
▫▫▫▫▫
「……ただいま」
確かめるように口を開く。
「おー、おかえりー」
「おかえり、シルク」
「……ぁぁ」
「ん? どうしたんだよそんな呆けて。疲れてるのか?」
嬉しい。もう私は、独りではない。その事実が、たまらなく愛おしかった。
「今日のお兄さんはどうでした? ウェージュさん」
「いつも通りのほほんとしていた。思えば戦場でもそれは変わらなかったな」
「俺そんな気の抜けた奴だったか?」
「うん」
「ああ」
「…………俺の味方はどこにいるんだ」
そうぼやくけど。これはお兄さんが悪い。勝手に私たちを救って、勝手に死のうとしたのだから。
「ウェージュも上達してきたが、料理はまだまだ俺の方が上だな」
「……むむ……」
「煽らないの。じゃ、ご飯にしよ」
起業する時よりも、お兄さんがいなくなってしまうのでは、という緊張の方が大きかった。だから……逃がさない。どこにいても、何をしても、必ず見つけてみせる。
「お兄さんって味噌汁好きだよね」
「まーな。体に染み入る感じがして」
「……何故知っているんだ?」
「昔よくお兄さんの家に泊まってたから。その時も必ず味噌汁作ってて」
「……むむ……」
少し寂しそうに目を細めるウェージュさん。……この人やっぱり美人だなぁ……。
「で、でも戦場のお兄さんを知ってるのはウェージュさんだけだから! ごめんね、マウントとるつもりはなかったんだけど」
「俺のプライバシーはどこ行ったんだ」
食事。そして会話。私を幸せに彩る、心からの安らぎ。
「……もう退職しちゃおっかなあ」
「引き継ぎは済ませたか?」
「優秀な部下はいるし、お金も生活に困らない分稼いだし、お兄さんと一緒にいられるならもうなんでもいいかな」
「俺も
「「それはダメ」」
「……ぐぅ」
放っておいたらこの人はきっと死のうとする。理由は分からないけど確信がある。
「……お兄さんは、私たちのこと嫌い?」
どうして生きることに後ろ向きなのだろう。私たちでは、生きる理由になれない?
「……好きだから、死にたいんだよ」
思わず、私とウェージュさんの箸が止まる。死。死にたい。なんで、どうして──
▫▫▫▫▫
「ハァァァァァ…………………」
思わずクソデカため息がこぼれる。それもそうだ。なにせ百合の間に挟まってしまったのだから。
なんでだよ。原作じゃアツアツのカップルだっただろお前ら。両刀なのか? 両方イケるのか?
俺の一番の望み。百合を眺めながら死ぬことは、不可能になってしまった。
「どうしたパートナー。何か悩みでもあるのか」
「……この状況への戸惑いならあるな」
現在俺は両腕を二人に組まれながら散歩していた。SF世界なだけあって至る所が都市開発されており、奇異の目で見られる。
「いずれ慣れるだろう」
「お前らはな。俺はこれでも繊細なの」
「お腹空いてきたな~……お兄さんとウェージュさんは何か食べたいものある?」
……でもまあ、悪くない。悪くは、ない。
▫▫▫▫▫
『ずっとこのぬるま湯生活を続けていると腐ってしまう』。ということでパートナーは就職活動を始めた。シルクに養われるのは流石にプライドが傷つくらしい。
わたしは延命手術を受けたがサイボーグであることに変わりはない。故に力仕事なら引く手あまただった。
……本音を言うと、怖い。わたしたちの見ていない所で彼が死に歩いていくのではないかと思うだけで気が気でない。
何か、ないだろうか。彼を現世に縛りつける何かが。
「というわけだからあなたの意見も聞いておきたい。何かないか、シルク」
「うーん……私は長い間離れてたから分からないんですけど、ウェージュさんが見たお兄さんはどんな感じだったんですか?」
「いつも陽気だった。しきりにわたしの名を聞きたがっていたな。たまによく分からないことを話すが」
「戦場でもそうだったんだ……」
わたしがヒロインだのシルクが原作主人公だの、彼は時折突拍子もないことを話す。
「……ああでも、彼は人を殺すことを厭っていたな」
「……あの人は、そういう人ですからね」
部隊の誰よりも明るかったパートナー。『鳩踏み』として名を馳せながらも、その心に潜む闇は深かった。
▫▫▫▫▫
『それじゃ交代で眠ろう。一時間経ったら起こしてくれ』
『承知した』
体を這い寄る虫を気にも留めず眠るパートナー。戦場で生きていくに当たって眠れる才能は必須だった。
異変が起きたのは彼が寝て三十分程経過した時のこと。
『う、うぅぅ……』
『パートナー? まだ時間では──』
『すま……ない。俺は……ごめん、なさい』
わたしはサイボーグだ。感情をシャットアウトする術は心得ている。しかし彼は生身の人間。人を殺したことへの罪悪感や嫌悪感が、悪夢へと誘っていた。
▫▫▫▫▫
「そんなことが……」
「ああ。彼は人を殺したが、どこまでも非情に徹することはできなかった」
それを込みに考えると納得がいく。パートナーは、今でもあの戦いの日々を悔いているのだ。
「わたしは今、幸せだ。だがそれと同時に疑問に思う。人殺しが幸せになっていいのかと。サイボーグのわたしですらそう思うのだから、彼の背負う苦しみは並大抵のものではないだろう」
「……時間が癒してくれるのを待つしかありませんね」
それまでの命を、わたしたちが繋げる。そう決意した。
▫▫▫▫▫
「……落ちない」
肌が荒れることすら構わずに彼は手を洗う。どれだけ入念に流しても、水の勢いは止まらない。
彼が手を洗うのはシルクとウェージュがいない間。彼女たちはできるだけ男を一人にさせないよう計らっていたが、働いている以上致し方ない場合もある。
「……すまない」
自分は既に死んだ身。その観念が罪悪感を膨れ上がらせる。原作を破壊したばかりか、人を殺めてしまったのだから。
確かに彼は陽気だ。しかし、どれほど明るい人間でも闇は存在する。彼の場合はそれが、原作を壊してしまったことと人を殺してしまったこと。
「はー、死にてえなー……」
故にこそ、彼は陽気に死を望む。
▫▫▫▫▫
ある日。彼らは穴場となっている観光地を訪れていた。
「ひさっしぶりに海来たけどやっぱいいな、この風景」
「パートナーは海が好きなのか」
「お兄さん、前も海で興奮してたね」
海が望める観光地への旅行。血で染まった彼の心を、少しでも癒したいと願った彼女たちによる気遣いだった。
「さーて、こっからどうするよ」
「夜ご飯まではまだ時間あるし、いつもみたいに当てもなく歩いてみる?」
「わたしは二人の意思に任せる」
「よし、じゃ、歩くか──って、やっぱりこうなんのか」
「嫌?」
「最近はむしろ嬉しくなっている」
両腕を彼女たちに占領されながら、歩いていく。それをどうも悪くないと思う自分が、解せなかった。……というのが彼の本心である。
▫▫▫▫▫
(こんなに幸せになっていいのか? 俺は……)
彼は日の光を恐れていた。
人殺し。原作の崩壊。その咎が、彼の心に深く食い込んでいる。
現在彼は海の見える旅館で温泉に浸かっていた。流石にここまで彼女たちは介入できない。
「……上がるか」
誰に向けたわけでもない言葉を漏らし、彼は湯船から上がった。
「あ、お兄さん。ちょうど上がったんだ」
「パートナー。少し時間をもらえるか」
「なんだ? なんかあんのか?」
問い返すと、彼女たちは得心したように笑む。
「わたしとシルクで、あなたの体を揉みほぐす」
▫▫▫▫▫
「……どうしてこうなった」
うつ伏せになり、シルクとウェージュから指圧を受ける。笑ってしまいそうなぐらい気持ちがいい。
「パートナー、気持ちいいか?」
「お兄さん、痛くない?」
「んふっ、いや、心地良いんだが……ぐふっ」
何か変な息が口から飛び出す。絶妙な力加減で各部位を揉まれると変なツボに入りそうだった。
……別に俺は、この二人が幸せになっているならなんでもよかった。百合を見ながら死にたいのは第一目標だったが、俺が生きていなければ二人が幸福を失ってしまうのならもうちょっと生きなければと思うぐらいにはなった。
ただそれでも……見たかったなぁ、二人の百合。それを見ながら死ねれば最良だったろうに。
過ぎたことを考えても仕方ない。仕方ないが、妙に後ろ髪を引かれる。
「お兄さん」
「ん、なんだ?」
「お兄さんが死にたがるのはもうしょうがないって分かった。けど、お兄さんは私たちのこと好きなんでしょ? どんな捉え方でも」
「……なんだよ、急に」
「わたしからも。人はいずれ死ぬ。だからせめて、そこまでわたしたちを随伴させてくれないか」
……あーやだやだ。こんな感傷に浸るのは俺らしくねぇ。そう考えながらも、内からこみ上げるものがあった。
「……いいのか、俺で」
「「お兄さん(パートナー)だからいいんだよ」」
「……はぁぁぁ……分かった、分かったよ。死ぬまでは生きる。これでいいか」
「合格! ウェージュさんも、いいよね!」
「ああ。ずっとその言葉を待っていた。……さて、そろそろ夕食の時間だ。行こう、二人とも」
夕飯は美味かった。……これが、生きるってことか。
▫▫▫▫▫
「~♪」
口笛を吹きながら帰路につく。仕事終わりの夕闇は解放感も加わって上物だった。
今日の夕飯当番は俺だ。シルクが帰ってくるのは大分遅いため、基本ウェージュと俺で回している。
「ただいまー」
今は誰もいない家。それでも待てる人がいる。それもまた幸せなんだなあと噛み締めていた。
「ただいま。パートナー、いるか?」
「おー、おかえりー……ん? なんだその袋」
「仕事場からお裾分けをもらった」
「いいな。じゃ、夕飯に追加するか」
ウェージュが帰宅。大分遅くなってしまうが食事を摂るのは決まって三人でだった。
「ただいま……あー疲れた……」
「おう、お疲れ社長サマ」
「お帰り。よく頑張ったな」
夕飯の支度も整えた。あとは、三人並んで決まりの挨拶。
「「「いただきます」」」
命を頂く。決して自分の罪を忘れないよう、思念を込める。
「今日はお兄さんだっけ。やっぱり美味しいね」
「……いつかは超えてみせるからな、パートナー」
「ああ、ごめんウェージュさん! そういう意味じゃなくって!」
「……ふっ、なあ、二人とも」
「なんだ?」
「あぁぁぁ……ん、なに?」
「レンシ。俺の名は、レンシだ」
「「!?」」
本名を打ち明ける。……ふと、原作を思い返した。そういえば原作ではサービスシーンというか、濡れ場というか、百合ならではのエッチな一幕があった。何故急にそれを思い出したのか……。
「……レンシ、さん」
「なんだ?」
「私たち、決めてたことがあるんです」
「……なんだ?」
「わたしとシルクは、あなた……レンシが欲しかった。けど名前すら知らない相手に迫れるほど勇気は持てない。だから決めた。名前を教えてくれたら──レンシにわたしたちを刻みつけると」
おもむろに席を立つ二人。ちょ、ちょっと待てよ。いきなりそんなこと言われて、ああやめろ! 服脱がすな! 脱ぐな! あ! アーッ!!
……とまあ、こうして俺という転生者はこの世界の登場人物となったのであった。
どっちが好き?
-
シルク
-
ウェージュ