という、アホなるバカの話
※本作にガールズラ.ブ要素はありません
死んだと思ったら生まれた。要するに転生したということ。
うーん……前世は程よく生きて大往生を迎えたし未練とかないんだよなぁ……。今世は近未来的なSF世界だけど、数年経てば興奮も収まるし。
そんな風に幼少期を過ごしていたが……ある日、俺に電撃が走った。
「……あれ? ひょっとしてこの世界って……」
なんとなく予感はあった。そしてそれは確信となった。ここは、生前の俺が愛していた──百合作品の世界。
「──ハッ」
俺は、それはもう獰猛に笑った。
▫▫▫▫▫
私には大好きなお兄さんがいた。お父さんもお母さんも私には目もくれなかったけれど、その人だけは私の心を温めてくれた。
出会いはかなり前のこと。
『……』
私は公園のブランコに座り、漕ごうともせず下を向いていた。
寂しかった。家に帰っても、両親は私を『視て』くれない。友達を作る能力も、私にはない。
『こんな時間に外いると危ねーぞ。帰んねぇのか?』
『え……?』
顔を上げると、そこには男の人がいた。私より一回り大きく、心配するように私を見ている。
『……家に帰っても、独りだから』
『あー、はいはい。理解した。……じゃ、俺と一緒にいるか』
奇妙な人だった。見ず知らずの私に、何故そこまで優しくしてくれるのか。
『あ、そうそう。お前、名前は?』
『……シルク、です』
『うっわ、マジか原作主人公キタコレ』
『……?』
それからというもの、私たちは公園でお話をするようになった。時折お兄さんの家に泊めてもらうこともあった。両親は私を放任していたため、咎められることはなかった。
『なあ、余ったチケット貰ったから温泉旅行行かねぇか?』
『……私とで、いいの?』
『お前ぐらいしか行く相手いねぇもん。嫌か?』
『お兄さんがいいなら、行きたい』
思えばその誘いは、最後の思い出作りだったのだろう。
▫▫▫▫▫
『到着ー! よし、食べ歩きでもすっか』
観光はそこそこに楽しかった。旅行という特別感よりも、お兄さんの傍にいられる幸せが強かった。
『見ろよシルク。本物の海だぜ』
『……綺麗』
彼と眺めた水平線は、とても綺麗だった。
▫▫▫▫▫
私は幸せだった。お兄さんが隣にいてくれるのなら他に何も望みは無かった。
──その幸せは、時代の波に攫われていくとも知らずに。
『ごちそうさまでした』
『ん、ごっつぁん。そうそう、シルクに話しておきたいことがあるんだ』
『なんですか?』
散歩でもするような気軽さで、その事実は放たれた。
『シルク。俺はこれから兵士になる。もう会えなくなるかもしれない』
冷水を被せられたような衝撃が体中を駆け巡る。確かに最近は国家情勢が不穏になっていた。お兄さんも徴兵される年頃。
『そん、な……いや、嫌、だよ』
『んー、困ったな……。……俺がいなくなっても、いつかお前の孤独を癒してくれる人が必ず現れる。それまでは、生きろ』
嫌だ。無理だ。だって私は、お兄さんがいないとまた独りになってしまう。
『嫌! お兄さんがいない世界なんて!』
『俺を全てにするな。所詮、いつかは燃え尽きて消える命だ。けど、運命はお前を愛している。それは忘れるな』
私の双眸から溢れる涙を受け止めながら、彼は笑っていた。むずかる子供をあやすように。
『……名前、教えて』
『それは無理だ。俺は主人公でもヒロインでもない、ただのモブだからな。原作に深入りするわけにゃいかん』
『何を言ってるのか分からないよ……』
結局、お兄さんは名前を教えてくれなかった。
それから私はどんなに泥臭くとも絶対に成り上がることを決めた。二度と戦争が起こらないように、そして、彼をもう一度見つけるために。
▫▫▫▫▫
戦争が終わった。長く、悲惨極まれる歴史の一頁だった。
サイボーグ化手術を受けたわたしは前線に駆り出された。スイッチを入れればわたしは感情を殺す兵士になる。
殺さなければ生きていけない世界。それでも心は平調を保っている。サイボーグになるというのは、そういうことだ。
わたしは精鋭部隊の一員となった。膂力も意思も、人並み外れていたからだ。事実、部隊の過半数がサイボーグ化手術を受けていた。
その中でも突出していた一人が、わたしのパートナーにして生身の人間だった。
『よ、これからよろしくな。名前教えてくれよ』
『ああ。よろしく頼む。9番だ』
『ちゃうちゃう。本名教えてくれよ』
『……何故あなたにそこまで教えなければいけない』
一見軽薄な人間に思えたが、いざ行動を共にするとなると彼はわたしの想像の遥か上にいた。
判断力、瞬発力、戦闘IQ、どれを取っても一級品。模擬戦でわたしが勝てたことは一度も無く。
『お前は無駄に力入れて鈍重な動きになることが多い。サイボーグの力よりも技術を磨け』
アドバイスも的確だった。如何に殺すか、ではなく如何に生き延びるか、というスキルを叩き込まれた。
わたしたちはツーマンセル。部隊でもトップに躍り出た。
戦場で名を馳せたわたしたちは、いつしか『鳩踏み』の異名で呼ばれた。彼がいなければ成し得なかった評価だ。
『なあ、本名教えてくれよ』
『……しつこい。何故そんなことを教えなければいけない』
『確かめたいことがあんだよ』
わたしは感情を捨てた。……筈が、彼に拾われていた。死線をかいくぐる度、パートナーは『今日もよく生きたな』と言ってくれた。
『……ウェージュ、だ。部隊のメンバーに本名を教えるのはこれが最初だが、最後にしてくれ』
『……やっぱり原作ヒロインか』
『……あなたは時々変なことを言うな』
戦火の中で息をするわたしたちは、いずれ歴史の闇に葬り去られるだろう。国のために生きて、死ぬ。それも悪くない。そう思っていたのだが……わたしは中途半端だった。
『……できれば、あなたと共に生きたいな』
『あん? お前は死なねぇよ。けど、俺の居場所は元よりこの世界に無い。その願いを叶えてやることはできねぇな』
誰よりも生き足掻くことに注視するパートナーの弱みを知ったのは、それが初めてだった。
ハッキリ言ってしまおうか。わたしはパートナーのことが好きだ。完全に惚れていた。彼のためなら命は惜しくなかった。
空虚だった。戦うために生き、国のために死ぬ。それがわたしの存在意義の筈だった。なのに、彼はそんなわたしの心をどこまでも脆弱に蕩かしてしまった。
『パートナー。退役したら、何をしたい?』
戦場から本部へ帰還した際、ふとそんなことを聞いてみた。すると彼は珍しく神妙な面持ちで語り出した。
『……見たいものを見て、死ぬ。そのために、お前は死ぬなよ、ウェージュ』
意味は分からなかったが、いつも陽気なパートナーからは考えられない程真剣な口調。わたしは思わず息を吞んだ。
そして終戦直前、彼はわたしを庇って右腕を失った。
▫▫▫▫▫
『パートナーッ!!』
『おいおい、病院じゃ静かにしろい』
今でもあの時の光景は鮮明に浮かんでくる。わたしを突き飛ばした彼が、その腕が、もがれる様を──
『すま、ない……すまない……わたしの所為で……』
『義手つけられるらしいしそんな気に負うなって。それに、俺の死に場所は決めてあるからな。こんなところで終わる気はねえし』
罪過に溺れるわたしを救ってくれたのも、また彼だった。
人殺しと罵られるのは構わない。事実であり、相応の罰だからだ。しかしそれよりも彼の腕を自分の不能で失わせてしまったことへの後悔が強いわたしは、人でなしだ。元々サイボーグなのだが。
それから間もなく戦争が終わった。わたしたちの国の勝利だ。
『……終わったな』
『そーだな。なんやかんや、俺も生き延びちまったな』
『パートナー、最後に、名前を教えてくれないか?』
サイボーグ化手術を受けた者は例外なく五年以内に死に至る。人ならざる力を手にした対価が、短命という運命だった。
『最後じゃねえぞ? お前、退役する時手術受けたよな』
『? ああ。戦闘データが蓄積されたチップ除去のためと聞いていたが』
『口裏合わせて嘘ついてたんだけど、あの手術でお前は人並みに生きられるようになったんだよ。だからお前の『最期』はまだ遠い』
言葉が出てこなかった。かかる費用も決して安くはないだろう。何故、わたしのためにそこまで。
『刹那的な百合もいいけど、結末はやっぱハッピーエンドじゃねぇとな!』
何を言っているのか分からなかったが、その厚意はありがたくいただいた。
けれど、最後の最後まで、パートナーは名前を教えてくれなかった。
▫▫▫▫▫
「隣、いいですか?」
戦争終結から一年後。とある病院の近くにある公園で、少女シルクはウェージュに声をかけた。
「ああ。構わない。待ち合わせか?」
「え、どうして分かったんですか?」
「勘だ。……といっても、ここが待ち合わせ場所としてよく使われているから、というのが主な理由だが」
彼女たちの目的は合致していた。待ち人を待つ。ただそれだけのために、二人はこの場所に足を運んでいる。
「すごいですねお姉さん。……はい。そうです。大好きな人をここで待ってます」
「奇遇だな。わたしも大切な存在を迎えるべくここにいる」
周囲の立地上、病院を退院した者は必ずこの公園にやってくる。その情報を掴んだシルクは足繁く通い、ウェージュは退院日を看護師から教えられていたためこうして彼を待っている。
「ふふ。私たち、お揃いですね」
「ふっ、そうだな」
この人とは仲良くなれそう。第一印象はそう感じた。
──そして、当の本人といえば。
「あれ、シルクに……ウェージュ? お前らなんでここが……」
「……え?」
「……、……。……どういう、ことだ」
▫▫▫▫▫
自殺をしたい。どうせ死ぬなら、お膳立てされた最高の死が欲しい。 生きることに飽きていた、とも言える。
それと俺は百合が好きだ。同性だからとか関係ない、まっすぐな純愛が好きなのだ。原作の少女シルクと余命間もない退役軍人ウェージュの百合はもう最高だった。ビターエンドは悲しくもあったがそれもまたよし。
戦争が終わって、俺は体内に撃ち込まれた銃弾を除去する手術や義手の調整、リハビリに時間を取られて彼女たちの純愛を見る暇が無かった。
だがそれも今日で終わりだ。俺は見たいものを見て、死ぬ。そのために再び生を受けたのだから。
だから──
「どうして、
「それはわたしが聞きたい。それと、彼は
右脇にシルク、左脇にウェージュ。
?? なんで修羅場ってんだ?
▫▫▫▫▫
シルクとウェージュは互いに一歩も退かなかった。中枢を占める人物を前にしたのだから、それも仕方のないことなのかもしれない。
「……お前ら、もう知り合ったんだろ? なんで百合ップルになってねぇんだ?」
「「お兄さん(パートナー)は黙ってて」」
また何か意味不明なことを言い出した。しかし今に始まったことではない。それよりも重要な事実は、この女は誰で、どういう関係なのかということだ。
(おっかしーな。原作じゃすぐに意気投合してたのに)
彼女たちもそうだが、彼も困惑を隠せずにいた。だがそれ以上に厄介な気質を彼は備えていた。
(ま、どうせ俺より彼女たちの絆の方が深くなるだろうし。そろそろ死ぬか!)
そう、この男は自分が惚れられるなどと欠片も思っていない筋金入りのクソボケだったのだ。