おとぎの国のクソデッキ〜ホビアニ世界の転生お嬢様、前世の禁止デッキをぶん回す〜 作:模範的セルフィア市民
「いかがでしたでしょうか」
メグルが、観客へ向き直った。
朱色のホルダーを胸の前へ持ち上げる。
さっきまで対戦していた女の子が、また説明をする側の顔になっていた。
「色々と触っていただけるよう、あちらにも実機を用意しております。わたくしの設定そのままではなく、ご自分に合う形も試してみてくださいませ」
うまいな。
対戦で見せた機能から、そのまま実機の展示へつなげる。
完全に仕事である。
そう思っていると、こちらへ顔を戻した。
「御伽さんにも、楽しんでいただけました?」
「ええ。とてもよい対戦でしたわ」
「ありがとうございます。けど、演出のほうは少し控えめでしたなあ。OTOGIさんのホルダーは、そんなものですの?」
目が笑っている。
こちらの機体が落ち着いた見た目だったことは、最初から気づいていたのだろう。
だからこそ、わざと挑発めいた聞き方をしてくる。
製品のアピールに付き合った礼に、こちらにも喋らせてくれるつもりらしい。
メグルの聞き方は軽かったが、周りの耳はちゃんとこちらへ向いた。
俺も、にっこり笑った。
「ええ。この機種でしたら」
「この機種?」
ホルダーを、少し持ち上げる。
背面の型番が見えるように、手をずらした。
「こちらは、OTOGIが発売する、最も安くお届けできる入門用の機種ですわ」
近くにいた記者が、顔を上げた。
メグルは一度、俺の手元を見た。
もう一度、見た。
「……入門用?」
「ええ。お店に並ぶものを、そのまま使っておりますの」
誰かが、資料をめくった。
横から別の人が型番を読み取り、小声で値段を確かめ合っている。
俺の機体に、急にたくさんの目が集まった。
「ご覧いただいたとおり、しっかりとエアフィールドで遊ぶこともできますわ。特別な演出は控えめですけれど、最初の一台として楽しんでいただけるように作ってありますの」
さっきまで、この機体で小人が里を走り回っていた。見ていた人は、知っている。
メグルが、俺の顔を見て笑った。
口にしなくても、分かった。
やってくれたな、という顔だった。
「……最初から、そちらを?」
「ええ。普段から使っていると、申し上げましたでしょう?」
肩が、ほんの少し揺れた。
笑いを飲み込んだらしい。
「御伽さんも、お上手ですこと」
「メグルさんの機体も、とても素敵でしたわ。あの表示の替え方は、わたくしも試してみたいですもの」
「ほな、あとで触ってみてください。気に入っていただけるかもしれませんし」
「ええ。楽しみにしております」
そこまで言って、互いに笑った。
観客からも笑いが起こった。
父は、少し離れたところで善養寺の社長と苦笑していた。
帰ったら何か言われるかもしれないが、今はそれどころではない。
記者がこちらへ近づく前に、俺はメグルのそばへ寄った。
「メグルさん」
「はい」
「もう少し、二人でお話しできませんこと?」
女の子が、俺の目を見た。
「仲良くなれましたら、嬉しいですわ」
それは、建前としても、本音としても、正しい言葉だった。
メグルは、少し考えてから頷いた。
「わたくしもです。お父様、少しよろしいでしょうか」
挨拶と取材の合間に、子供同士で話をする。
周りには、そう見えたはずだ。
俺たちはそれぞれの父へ断り、係の人に教えてもらった小さな控室へ向かった。
扉が閉まる。
会場のざわめきが、一段遠くなった。
丸い机と、向かい合った椅子。
窓際には水の入った瓶と、使われていないコップが並んでいた。
俺たちが座ると、付き添ってきた人は、何かあれば呼ぶようにと言って廊下へ出た。
二人になった。
メグルは、ホルダーを机へ置いた。
俺も置く。
さっきまで競っていた二台が、同じ机の上に並んだ。
「それで、どんなお話で? 先ほどのお礼でしたら、もう十分ですわ。お互い、仲ようやっていきましょ、いうことで」
俺は首を振った。
「ブランドのお名前について、伺ってもよろしくて?」
「Looplineで?」
「ええ。どのような意味を込めて、つけられましたの?」
メグルが、少しだけ目を伏せた。
ホルダーの輪の模様へ、指を置く。
「わたくしが、ずっと使いたかった名前です」
そう言った声は、壇上のものより静かだった。
一度、息を吸う。
「カードが人をつないで、その人がまた別の誰かを連れてくる。そうやって、輪が続いていくように」
机の木目が、急にはっきり見えた。
俺は、そこへ置いていた手を動かせなくなった。
「……そう思いを込めて、つけた名前です」
同じだった。
一字一句、同じだった。
新しい店の名前を決めたと、あいつが言った日。
俺は、いくつか並べられたロゴの案を見ながら、その説明を聞いた。
思ったより真面目に考えてるんだな、と言って、当たり前だろと返された。
忘れていなかった。
俺だけが覚えていたと思っていた会話を、目の前の女の子が、そのまま口にした。
「……よいお名前ですわね」
「ありがとうございます」
「ただ、わたくし」
声が、少し詰まった。
咳払いをするほどでもない。けれど、次の言葉がなかなか続かなかった。
メグルは、黙って待っていた。
「その名前、以前、別のところで聞いた覚えがございますの」
「……同じ名前がないか、立ち上げる前に調べたはずですけれど」
メグルが不思議な顔をする。
「わたくしは、その名前がついたカードショップを知っています」
指が止まった。
女の子の目が、俺の顔へ戻る。
「……どこに、ありました?」
「ここではない、どこかですわ。わたくしもよく通ったものです。開封作業も手伝いましてよ」
メグルが、俺を見る。
髪。顔。机に届く、小さな手。
さっき会場で俺が相手を見ていたのと、同じような目だった。
「そういえば、ロゴは、線の細い案もありましたわね。小さく印刷すると見づらいから、もう少し太いほうがよいと」
相手の口が、少し開いた。
閉じる。
もう一度、俺を見た。
「お前、一体何者だ……」
そこで、止まった。
「……あれ」
メグルが、自分の口元に触れた。
俺も、目を見開いた。
「関西弁が、とれてる」
今度は、はっきり聞こえた。
女の子の声で、前のあいつと同じ言い方をしていた。
「お前も、そうなってたのか」
俺の口から、返事が出た。
二人とも、動かなかった。
しばらく、時計の針が進む音だけがした。
俺は、もう一度口を開いた。
「俺は」
出た。
今度は、ちゃんと出た。
「……俺は」
ただの一人称だった。
頭の中では、毎日使っていた。
それなのに、声にして聞くと、ずいぶん久しぶりだった。
メグルの視線が、机の上のホルダーへ落ちた。
対戦の記録に、俺の名前が残っている。
「御伽メイ……メイ。五月……」
顔が上がる。
「まさか、お前、皐月か?」
名前を呼ばれた。
今の名前ではなかった。
ノートの表紙に書いてある名前でもなかった。
俺を見て、あいつが呼んだ。
「そういうお前こそ、久しぶりだな、
環の口が、開いたまま止まった。
それから、眉がひどい形になった。
笑うのか、何か言うのか、自分でも決まっていないような顔だった。
「……お前、その格好」
「お前もだろ」
「いや、俺は」
「俺だって、選んだわけじゃねえよ」
言えた。
最後まで、普通に言えた。
環が吹き出した。
俺も笑った。
どちらが先だったのかは、よく分からない。