おとぎの国のクソデッキ〜ホビアニ世界の転生お嬢様、前世の禁止デッキをぶん回す〜   作:模範的セルフィア市民

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廻れども縁は巡る⑤

 

「いかがでしたでしょうか」

 

 メグルが、観客へ向き直った。

 朱色のホルダーを胸の前へ持ち上げる。

 さっきまで対戦していた女の子が、また説明をする側の顔になっていた。

 

「色々と触っていただけるよう、あちらにも実機を用意しております。わたくしの設定そのままではなく、ご自分に合う形も試してみてくださいませ」

 

 うまいな。

 対戦で見せた機能から、そのまま実機の展示へつなげる。

 完全に仕事である。

 

 そう思っていると、こちらへ顔を戻した。

 

「御伽さんにも、楽しんでいただけました?」

「ええ。とてもよい対戦でしたわ」

「ありがとうございます。けど、演出のほうは少し控えめでしたなあ。OTOGIさんのホルダーは、そんなものですの?」

 

 目が笑っている。

 こちらの機体が落ち着いた見た目だったことは、最初から気づいていたのだろう。

 だからこそ、わざと挑発めいた聞き方をしてくる。

 製品のアピールに付き合った礼に、こちらにも喋らせてくれるつもりらしい。

 メグルの聞き方は軽かったが、周りの耳はちゃんとこちらへ向いた。

 

 俺も、にっこり笑った。

 

「ええ。この機種でしたら」

「この機種?」

 

 ホルダーを、少し持ち上げる。

 背面の型番が見えるように、手をずらした。

 

「こちらは、OTOGIが発売する、最も安くお届けできる入門用の機種ですわ」

 

 近くにいた記者が、顔を上げた。

 メグルは一度、俺の手元を見た。

 もう一度、見た。

 

「……入門用?」

「ええ。お店に並ぶものを、そのまま使っておりますの」

 

 誰かが、資料をめくった。

 横から別の人が型番を読み取り、小声で値段を確かめ合っている。

 俺の機体に、急にたくさんの目が集まった。

 

「ご覧いただいたとおり、しっかりとエアフィールドで遊ぶこともできますわ。特別な演出は控えめですけれど、最初の一台として楽しんでいただけるように作ってありますの」

 

 さっきまで、この機体で小人が里を走り回っていた。見ていた人は、知っている。

 

 メグルが、俺の顔を見て笑った。

 口にしなくても、分かった。

 やってくれたな、という顔だった。

 

「……最初から、そちらを?」

「ええ。普段から使っていると、申し上げましたでしょう?」

 

 肩が、ほんの少し揺れた。

 笑いを飲み込んだらしい。

 

「御伽さんも、お上手ですこと」

「メグルさんの機体も、とても素敵でしたわ。あの表示の替え方は、わたくしも試してみたいですもの」

「ほな、あとで触ってみてください。気に入っていただけるかもしれませんし」

「ええ。楽しみにしております」

 

 そこまで言って、互いに笑った。

 観客からも笑いが起こった。

 

 父は、少し離れたところで善養寺の社長と苦笑していた。

 帰ったら何か言われるかもしれないが、今はそれどころではない。

 

 記者がこちらへ近づく前に、俺はメグルのそばへ寄った。

 

「メグルさん」

「はい」

「もう少し、二人でお話しできませんこと?」

 

 女の子が、俺の目を見た。

 

「仲良くなれましたら、嬉しいですわ」

 

 それは、建前としても、本音としても、正しい言葉だった。

 メグルは、少し考えてから頷いた。

 

「わたくしもです。お父様、少しよろしいでしょうか」

 

 挨拶と取材の合間に、子供同士で話をする。

 周りには、そう見えたはずだ。

 俺たちはそれぞれの父へ断り、係の人に教えてもらった小さな控室へ向かった。

 

 扉が閉まる。

 会場のざわめきが、一段遠くなった。

 

 丸い机と、向かい合った椅子。

 窓際には水の入った瓶と、使われていないコップが並んでいた。

 俺たちが座ると、付き添ってきた人は、何かあれば呼ぶようにと言って廊下へ出た。

 

 二人になった。

 

 メグルは、ホルダーを机へ置いた。

 俺も置く。

 さっきまで競っていた二台が、同じ机の上に並んだ。

 

「それで、どんなお話で? 先ほどのお礼でしたら、もう十分ですわ。お互い、仲ようやっていきましょ、いうことで」

 

 俺は首を振った。

 

「ブランドのお名前について、伺ってもよろしくて?」

「Looplineで?」

「ええ。どのような意味を込めて、つけられましたの?」

 

 メグルが、少しだけ目を伏せた。

 ホルダーの輪の模様へ、指を置く。

 

「わたくしが、ずっと使いたかった名前です」

 

 そう言った声は、壇上のものより静かだった。

 一度、息を吸う。

 

「カードが人をつないで、その人がまた別の誰かを連れてくる。そうやって、輪が続いていくように」

 

 机の木目が、急にはっきり見えた。

 俺は、そこへ置いていた手を動かせなくなった。

 

「……そう思いを込めて、つけた名前です」

 

 同じだった。

 一字一句、同じだった。

 

 新しい店の名前を決めたと、あいつが言った日。

 俺は、いくつか並べられたロゴの案を見ながら、その説明を聞いた。

 思ったより真面目に考えてるんだな、と言って、当たり前だろと返された。

 

 忘れていなかった。

 俺だけが覚えていたと思っていた会話を、目の前の女の子が、そのまま口にした。

 

「……よいお名前ですわね」

「ありがとうございます」

「ただ、わたくし」

 

 声が、少し詰まった。

 咳払いをするほどでもない。けれど、次の言葉がなかなか続かなかった。

 メグルは、黙って待っていた。

 

「その名前、以前、別のところで聞いた覚えがございますの」

「……同じ名前がないか、立ち上げる前に調べたはずですけれど」

 

 メグルが不思議な顔をする。

 

「わたくしは、その名前がついたカードショップを知っています」

 

 指が止まった。

 女の子の目が、俺の顔へ戻る。

 

「……どこに、ありました?」

「ここではない、どこかですわ。わたくしもよく通ったものです。開封作業も手伝いましてよ」

 

 メグルが、俺を見る。

 髪。顔。机に届く、小さな手。

 さっき会場で俺が相手を見ていたのと、同じような目だった。

 

「そういえば、ロゴは、線の細い案もありましたわね。小さく印刷すると見づらいから、もう少し太いほうがよいと」

 

 相手の口が、少し開いた。

 閉じる。

 もう一度、俺を見た。

 

「お前、一体何者だ……」

 

 そこで、止まった。

 

「……あれ」

 

 メグルが、自分の口元に触れた。

 俺も、目を見開いた。

 

「関西弁が、とれてる」

 

 今度は、はっきり聞こえた。

 女の子の声で、前のあいつと同じ言い方をしていた。

 

「お前も、そうなってたのか」

 

 俺の口から、返事が出た。

 

 二人とも、動かなかった。

 しばらく、時計の針が進む音だけがした。

 

 俺は、もう一度口を開いた。

 

「俺は」

 

 出た。

 今度は、ちゃんと出た。

 

「……俺は」

 

 ただの一人称だった。

 頭の中では、毎日使っていた。

 それなのに、声にして聞くと、ずいぶん久しぶりだった。

 

 メグルの視線が、机の上のホルダーへ落ちた。

 対戦の記録に、俺の名前が残っている。

 

「御伽メイ……メイ。五月……」

 

 顔が上がる。

 

「まさか、お前、皐月か?」

 

 名前を呼ばれた。

 今の名前ではなかった。

 ノートの表紙に書いてある名前でもなかった。

 

 俺を見て、あいつが呼んだ。

 

「そういうお前こそ、久しぶりだな、環(たまき)」

 

 環の口が、開いたまま止まった。

 それから、眉がひどい形になった。

 笑うのか、何か言うのか、自分でも決まっていないような顔だった。

 

「……お前、その格好」

「お前もだろ」

「いや、俺は」

「俺だって、選んだわけじゃねえよ」

 

 言えた。

 最後まで、普通に言えた。

 

 環が吹き出した。

 俺も笑った。

 どちらが先だったのかは、よく分からない。

 

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