おとぎの国のクソデッキ〜ホビアニ世界の転生お嬢様、前世の禁止デッキをぶん回す〜 作:模範的セルフィア市民
相手の顔を見る。
やっぱり知らない女の子だった。
でも、笑いすぎると目を細くして、一度下を向くところは同じだった。
「お前、ほんとに皐月なのか」
「さっき、ちゃんと負かした相手にそれを聞くか」
「あんなに小人を増やす女児が二人もいたら困るだろ」
「こっちだって、九歳くらいのやつに桃太郎で殴り倒されるとは思わなかったよ」
「俺も九歳だよ」
「じゃあ、そこは同じか」
九歳。
数字を確かめて、また相手の顔を見る。
環も、九年ほどこちらで生きてきた。
あの口調で。
あの家の娘として。
「……ずっと、あの喋り方だったのか」
「ずっとだよ。何を言っても、最後にはああなる」
「俺もだ」
「お前、一人のときは?」
「試した。駄目だった」
「だよな。俺、鏡の前で何回もやった」
「俺もやった」
同じだったらしい。
誰にも話せなかった、ずいぶん間抜けな試行錯誤まで。
「一度さ、絶対にこの言い方では出ないだろって言葉を、順番に言ってみたことがある」
「何て?」
「……今、ここで言って、外へ聞こえたらまずいやつ」
「ああ。それはやめとけ」
また笑った。
女の子が二人、控室で何の話をしているんだ。
昔の俺たちへ見せたら、絶対に笑われる。
笑いが収まってから、環は水の瓶へ手を伸ばした。
コップを二つ出し、俺の前にも置く。
その手が、少しだけ震えていた。
「……九年か」
注ぎ終わってから、環がそう言った。
「長いな」
「長かったよ。最初はカードも持てねえんだもん」
「それ、俺も困った。ようやく持てるようになったと思ったら、手が小さいし」
「今も小さいだろ」
「お前にだけは言われたくねえな」
俺たちは、自分の手を机へ並べた。
環のほうが、少し大きかった。
何だよ。そこまで張り合うつもりはなかったのに。
「学校の宿題まで、もう一回だしな」
「分かる。漢字の書き取りと計算ドリル」
「手を抜くと字が汚いって言われる」
「……分かる」
環が笑った。
俺もコップを持った。
冷たかった。
さっきより落ち着いてきたつもりなのに、まだ、どこから話していいか分からなかった。
「お前は、どうしたんだ」
「何が」
「……こっちへ来たとき」
俺も、答えを持っていない話だった。
昔の店や、対戦や、こいつと話したことは覚えている。
けれど、どうしてその続きが御伽家の赤ん坊になるのか、そこだけがつながらなかった。
環は、コップを机へ戻した。
「分からない」
「分からない?」
「気がついたら、こうなってた。自分が死んだのかどうかも、よく分からん」
「……俺もだ」
「お前も?」
「何があったのか、覚えてない。どうやってこっちへ来たのかも」
環が、ゆっくり頷いた。
そうして、自分の髪をひと房つまむ。
「説明してくれるやつもいないし。とりあえず、でかくなるまで待つしかなかった」
「分かる」
「お前、分かるしか言ってないな」
「だって、分かるんだよ」
口にしてから、笑いかけて、やめた。
環も、何も言わなかった。
分かる。
それだけで通じることが、こんなにある。
赤ん坊の手でカードを持てなかったこと。
昔と同じ声で話そうとして、別の言葉が出たこと。
知っているゲームが、知らない世界の真ん中にあったこと。
全部を順番に説明しなくても、相手が頷く。
俺はコップを持ち直した。
「しかし、Loopline、か」
「残したかったんだよ」
環は、ホルダーのロゴへ目を落とした。
「名前くらい、持ってきてもいいだろ」
「……ああ」
あの名前がなければ、俺は会場で拍手をして、新しい機械を少し触り、父と一緒に帰っていたかもしれない。
面白そうな女の子だったな、で終わったかもしれない。
そう思うと、急に、目の前の輪の模様がありがたく見えた。
「いい名前だよ」
「さっきも聞いた」
「昔も言っただろ」
「昔は、思ったより真面目に考えてるんだな、だった」
「……そこまで覚えてなくていい」
環が笑う。
俺も笑った。
今度は、昔の話を途中で止めなくてよかった。
聞きたいことは、いくらでもあった。
店や、昔の仲間や、環が覚えているクロスファクターのこと。
俺たちの記憶が、どこまで同じなのかも。
口を開きかけたところで、扉が軽く叩かれた。
「メグルお嬢様。そろそろ、お戻りいただけますでしょうか」
二人で、同時にそちらを向いた。
環が答える。
「はい。すぐに戻りますわ」
きれいな返事だった。
俺たちは顔を見合わせた。
「……今のは、戻るんだな」
「戻ったな」
「俺に話すと?」
「普通だよ」
何なんだ、これ。
どういう仕組みだ。
考えても、今すぐ答えが出る気はしなかった。
ただ、環へ話しかければ、自分の言葉がそのまま出てくる。
今は、それでよかった。
「続きは、あとだな」
「ああ。今日中に終わる量じゃないだろ」
「九年分あるからな」
「お前、話す時間は取れるか?」
「取る」
即答した。
環が、少し嬉しそうな顔をした。
俺たちはホルダーを取り、連絡先を交換した。
画面に名前が増える。
善養寺メグル。
今度は、対戦した相手としてだけではなかった。
「表示名、環にしとくか」
「やめろ。親に見られたら、誰だってなる」
「それもそうか」
「お前のほうも、皐月にできないな」
「普通にメイでいい。お前が知ってるなら、それで」
言ってから、画面の名前をもう一度見た。
善養寺メグルでいい。
その名前の相手へ連絡すれば、環が出る。
椅子から下り、鞄を持った。
環が先に扉へ向かう。
途中で、振り返った。
「それにしても、入門機でそれはずるいだろ」
「お前が聞いたんだろ」
「お前専用の高いやつじゃないのは分かってたけど、最安の機種だとは思わんだろ」
「すごかっただろ。小人が八人も出た」
「それはデッキの仕事だ」
「その仕事を、ちゃんとさせるのがホルダーだよ」
環が、片眉を上げる。
そのあと、笑った。
「……ほんと、変わってねえな」
「お前もな」
扉を開けると、廊下にいた人がこちらを見た。
俺たちは、そろって令嬢の顔に戻る。
「お待たせいたしましたわ」
「長いこと、お借りしてしまいまして」
言葉は、またいつものものだった。
それを聞いても、さっきまでの時間が消えた気はしなかった。
会場へ戻る途中、ホルダーが小さく震えた。
隣を歩いている環が、知らん顔をしている。
俺は画面を見た。
『今度はちゃんと、続きな』
短い文章だった。
俺も、歩くのを少し遅くして返す。
『ああ。またあとで』
またあとで。
こんなに簡単な約束ができるとは、朝、家を出るときには思っていなかった。
顔を上げると、父がこちらを見つけた。
楽しく話せたかと、笑っている。
俺は、頷いた。
帰ったら、いつもどおりの生活がある。
宿題をして、夕食を食べて、髪を乾かしてもらう。
御伽メイとしての一日が、これからも続いていく。
そのあとで、環へ連絡をしよう。
あのノートにも、帰ったら働いてもらう。
俺ばかり覚えていたつもりになっている話が、まだあるかもしれない。
家に着き、自室へ戻ると、ホルダーのカレンダーを開いた。
十歳の誕生日まで、日付を送る。
そこに入れていた予定を、一つだけ消した。
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この世界でも、俺は『俺』として生きていい。
身体や口調がバグってても関係ない。
今でも、あのロゴを見ると環がそう言っているように聞こえる。
そうでなければ『俺』は消え、『わたくし』となっていただろう。
そこは、環に感謝だ。
クロスホルダーのシェアは譲らんがな。