おとぎの国のクソデッキ〜ホビアニ世界の転生お嬢様、前世の禁止デッキをぶん回す〜 作:模範的セルフィア市民
「じゃあ、バトルフェイズ。この三体で攻撃!」
コハルが、フィールドのユニットを前へ出した。
でかい。
カードの大きさは同じなのだが、書いてある数字がでかい。絵の中で口を開けている獣もでかい。これを迎え撃つ俺の小人たちは、たいへん小さい。
種族名に偽りなし。
できれば、今だけは偽っていてほしかった。
「……少々、お待ちくださいませ」
「うん、どうぞ」
俺は残っている小人を数えた。
続いて、自分のライフを見る。手札を見る。相手のフィールドをもう一度見る。
うん。
何度数えても足りないな。
「こちらを、こちらでブロック。こちらは……」
指先を動かし、止める。
小人を一人ずつ前に立たせれば、とりあえず何とかなる。そんな都合のいい盤面は、もう過ぎ去っていた。コハルはきちんと、こちらの守りを越える準備を済ませている。
さっきまでは、森の仲間がこんなに集まって頼もしい、などと思っていたのだ。
今は全員で避難経路を探している。
「……ありがとうございました。わたくしの負けですわ」
「ありがとうございました」
コハルが、両手を揃えて頭を下げた。
今日も穏やかな笑顔である。
その手元では、たいそう立派な獣たちが森を踏み均していた。
「最後の一体まで残していたのが、よかったね」
横から見ていたリツが言う。
「うん。先に出すと、メイちゃんに何とかされそうだったから」
「何とかしたかったですわねえ……」
「あそこで我慢できんの、すげえよな。俺だったら出してたかもしれねえ」
「レッカくんは、出す前にすごく嬉しそうな顔になるよね」
「なってるか?」
「なるね」
「なりますわ」
レッカが、自分の口元に触れた。
そこを今押さえても遅い。
「でも、メイちゃんも、さっき引いたカードを見て笑ってたよ」
「……わたくしが?」
「ちょっとだけ。だから、何かあるのかなって」
俺は手元に伏せたカードを見た。
実際、何かはあった。あったのだが、それを使う相手を選ばせてもらえなかった。先に出てきた獣への対処を迫られ、最後の一体に押し切られたのだ。
顔に出ていたのは、俺も同じらしい。
「お前もじゃねえか」
「わたくしは、今から直しますわ」
「じゃあ俺も今からだ」
レッカが腕を組み、真面目な顔を作った。
妙に口元へ力が入っている。
隣でリツが笑いをこらえていた。
コハルは、大きな獣のカードを一枚ずつ揃えていく。
最後に出した一体を眺める顔は、さっきより少し嬉しそうだった。
「この子、出したあとにすぐ何とかされちゃうことも多いから。今日はいっぱい攻撃できて、よかった」
「こちらとしては、あまりよくありませんでしたわねえ」
だが、使いたかったカードが活躍した顔をされると、それ以上は言えない。
俺だって小人たちで押し切れたら、だいたいこんな顔をする。
とりあえず、次は最後の一枚まで気をつけよう。
いつもの『シャッフル』だった。
対戦卓にはカードを混ぜる音があり、カウンターの向こうではナギさんが買い取りに持ち込まれたファイルを見ている。ソウジさんは商品棚の前で、少なくなったパックを補充していた。
俺たちは空いている卓を借りて、順繰りに相手を替えていたところだ。
勝ったり、負けたり、さっき引かなかったカードが片づけている最中に見つかって腹を立てたりしていた。
カードゲームをしに来て、カードゲームをしている。
実に健康的な休日である。
リツが次の対戦に使うデッキを用意し、レッカが飲み物をひと口飲んだ。
俺は取り残していた小人のトークンを、脇の束へ戻す。
よく働いてくれたが、今日は相手の体格がよくなかった。後で、もう少し戦い方を考えよう。
使っていたカードをデッキへ戻していると、入口のベルが鳴った。
男の子が一人、入ってきた。
小学一年生か、二年生くらいだろうか。肩から下げた小さな鞄と、まだ新しいクロスホルダーが目につく。
店に入って、二歩。
そこで足が止まった。
正面の棚を見て、右のショーケースを見て、対戦スペースを見る。
もう一度、棚へ戻る。
ケースの中には、一枚ずつ値段のついたカードが並んでいる。壁には大会の案内と新商品のポスター。奥では知らない高校生や大人が、知らないカード名を口にしている。
男の子はホルダーの紐を握り直した。
パックの棚へ手を伸ばしかけ、途中で下ろす。
次にカウンターを見たが、ナギさんはファイルを広げた客と話していた。
少年は少し横へ寄った。
入口を塞がない場所まで移って、また立ち止まる。
俺たちなら、入ってすぐ新商品の棚へ向かう。目当てのカードがあればケースを覗き、分からなければ店員に聞く。
その最初の行き先から、まだ分からないのだろう。
ああ。
これは、たぶん。
「少し、席を外しますわ」
デッキをホルダーへ収め、椅子から下りた。
ナギさんも少年に気づいたようだったので、カウンターへ軽く目を向ける。こちらが歩き出すと、ナギさんは小さく頷いた。
近づきながら、少年の目の高さを見る。
俺のほうが少し高い。少しだ。
こういうときは、この体型でよかったと思うんだよな。
知らない店で途方に暮れているところへ、でかい男がぬっと立つよりは、声をかけやすい。特に、あそこの赤いでかい男よりは。
本人は至って親切なのだが、入口に置くには迫力がある。
「こんにちは。何かお探しですの?」
少年が、俺を見た。
いったん髪のあたりまで視線を上げてから、顔へ戻す。
「うん……カードを」
「ええ」
「買いにきたんだけど」
タメ口。同じ年頃だと思われているのだろう。
いや、しょうがないし別に怒ることではないんだが。
そこまで言って、また棚を見る。
分かる。
全部カードだもんな。
「初めてのお買い物ですの?」
小さく頷いた。
「これ、買ってもらったから」
少年が両手で持ち上げたのは、OTOGIの入門用クロスホルダーだった。
外装に、まだ目立った傷がない。留め具のそばに貼ってある小さな星のシールだけが、本人のものになった証拠のようだった。
「その星は、ご自分で貼りましたの?」
「うん。友達のと、おんなじ色だから」
言いながら、少年がシールの端を押さえた。
取り違えないようにしたらしい。角も浮かず、きれいに貼ってある。
ホルダーを持ち上げたときだけ、少し胸を張っていた。
カードはまだ入っていなくても、もう自慢の一台なのだろう。
「お友達が、クロスファクターを?」
「うん。学校で、帰ったらやろうって。でも、ぼくはまだカードがなくて」
「それで、こちらへ」
「ここ、いっぱい売ってるって聞いた」
いっぱい売っている。
その情報は、正確だ。
ただ、最初にどこへ向かえばいいかまでは教えてもらえなかったらしい。
「でしたら、最初のデッキを探しましょうか。わたくしでよければ、お手伝いしますわ」
少年の指が、ホルダーの紐から少し離れた。
「……もしかして、大人の人?」
「まあ、大人ではありませんが、高校生ではありますわ」
少年の視線が、頭のてっぺんから足元まで、一往復した。
分かる。疑う理由はたいへんよく分かる。
けれど、その目で確かめられる範囲に、高校生である証拠はあまりない。
「……じゃあ、お店の人?」
「お客ですわ」
「いいの?」
「ええ。ちょうど、ひと勝負終わったところですもの」
ぼろ負けでな。
そこは言わなくていい。
少年が、俺のいた卓をちらりと見た。
気づいたコハルが小さく手を振ると、少年も遠慮がちに振り返す。
俺は、構築済みデッキの並ぶ棚へ体を向けた。
少年が隣についてくる。
まずは、この子の好きなカードを探すところからだ。