おとぎの国のクソデッキ〜ホビアニ世界の転生お嬢様、前世の禁止デッキをぶん回す〜   作:模範的セルフィア市民

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初心者には優しくしろと古事記にも書かれている②

 

「今日は、どのくらい使ってよいことになっていますの?」

 

 少年は鞄を開け、財布を確かめた。

 

「二千円。おこづかい」

「二千円ですわね」

 

 最初の予算は、最初に聞く。

 かっこいいからと箱を並べたあとで、全部は買えませんでした、ではつらい。あと千円あれば、なんて話も、今ここにない千円なら意味がない。

 クロスファクターにも通じるところがある。コスト管理は大事。

 少年が財布を閉じるのを待って、俺は構築済みデッキの棚を示した。

 

「まず必要なのは、これですわ」

「箱?」

「デッキという、ゲームに使うカードの一組です。この棚のものは、箱の中に必要なカードが揃っていますの。開ければ、すぐに遊べますわ」

 

 少年が、上の段にあるパックへ目を向けた。

 

「あっちは?」

「何が出るか、お楽しみの袋ですわね。デッキを持ってから、新しいカードを増やしたいときにも買いますの」

「いっぱい開けないと、できないのかと思ってた」

「最初は、この一箱で大丈夫ですわ」

 

 少年は棚へ一歩近づいた。

 箱の表と、下についている値段を交互に見ている。

 さっきまで入口で固まっていた足が、ちゃんと動いた。

 

「この中で、好きな絵はあります?」

「強いのは?」

 

 いきなり本質を突いてきたな。よくないぞ、少年。

 

「それぞれ、得意なことが違いますわ。たくさんの仲間で戦うものも、一体の大きなユニットを活躍させるものもありますの」

「ユニット?」

「戦ってくれる仲間のカードですわね。人だったり、動物だったり、竜だったり」

 

 竜、と言ったところで、視線が動いた。

 赤い箱だ。

 

「ドラゴン、好きですの?」

「好き」

 

 今までで一番、迷いのない返事だった。

 

「ロボットも好き。でも、飛べて、火を吐くやつがいい」

「なるほど」

「あと、強くなって、どーんってするやつ」

 

 分かる。

 そういうの、俺も好きだ。

 

 少年の手が届く段から、赤い箱を一つ取った。

 炎を背に翼を広げた竜。その後ろには、剣や槍を掲げた戦士たちがいる。

 

「でしたら、イグナリアはいかがかしら」

 

 箱の名前を、指で示す。

 

「いぐなりあ」

「ええ。竜や戦士が、どんどん攻撃していくワールドですわ」

「ワールドって?」

「デッキの土台になる世界ですわね。この箱なら、イグナリアの仲間たちで遊べるようになっていますの」

 

 裏の収録例を見せると、少年はすぐに、一枚の絵を指した。

 

「これも入ってる?」

 

 《炎翼の幼竜》。

 まだ丸みのある体に、体よりも立派に見える翼。口の端には、小さな炎が描かれていた。

 

「入っていますわ」

「これ、小さいドラゴン?」

「まだ子供の竜ですわね。でも、速いですわよ。出てきたそのターンに、もう攻撃できますの」

 

 少年は、箱を俺から受け取った。

 表へ返して、また裏を見る。

 指が、さっきの幼竜の絵へ戻った。

 

「これがいい」

 

 よし。

 

「イグナリアに決まりですわね」

 

 後ろで、椅子の脚が小さく鳴った。

 振り向くと、レッカがこちらを見ていた。

 俺と目が合うなり、拳を軽く握って頷く。

 分かった。お前の好きなワールドが選ばれて嬉しいのは分かったから、今は座っていろ。

 隣のリツがレッカの袖を引き、コハルがくすっと笑った。

 

 少年は気づかず、まだ箱を眺めている。

 その間に、俺はホルダーから家へ短い連絡を入れた。最後に、急がなくてよいと付け加える。

 これから一試合するなら、時間はある。

 

「次は、カードを守るものを選びましょう」

 

 端末を閉じて、隣の棚へ移った。

 

 

 スリーブの棚で、少年がまた止まった。

 今度は戸惑っているのではない。

 いろいろな絵がある。

 竜もいる。騎士もいる。女の子もいる。きらきら光る袋も、金色の模様が入った袋もある。

 そりゃ、目は引かれるよな。

 

「これに入れるの?」

「ええ。カードが擦れたり、汚れたりするのを防ぐ袋ですわ。スリーブといいますの」

「このドラゴンのは?」

 

 俺は値段を確かめた。

 デッキと合わせると、予算をかなり圧迫する。

 いい柄だが、これを買うと、カードをきちんと包む分まで揃えられなくなる。

 

「そちらも素敵ですわね。ただ、今日はカードを包む分を揃えると、少し足りなくなってしまいますわ」

 

 少年が、箱を抱え直した。

 

「じゃあ、こっち?」

 

 指したのは、棚の端にある無地のものだった。

 いいところを見た。

 

「ええ。こちらがおすすめですわ」

 

 透明なインナーと、無地のアウターを取る。

 インナーは柔らかいソフトタイプ。カードを差し込むときに、余計な力をかけずに済むやつだ。

 アウターは安くて評判の良い丈夫なもの。背面には軽くだがエンボス加工が施されている。

 初めての人におすすめのセッティングだった。

 というか、開発者俺。安心安全のOTOGI製品である。

 

「薄いほうで、カードをぴったり包みますの。その外に、丈夫なほうをもう一枚」

「二枚?」

「ええ。カードも傷みにくくなりますし。重ねる袋の口を反対向きにすると、上からの埃も入りにくくなりますわ」

 

 言いながら、棚に出ている見本を手に取った。

 空のスリーブだけを見ても分かりづらいだろうと、ナギさんが見本用のカードを持ってきてくれる。

 

「こちら、触っていただいて大丈夫ですよ」

「ありがとうございますわ」

 

 俺が一枚包んでみせると、少年は透明な表をそっと撫でた。

 

「これでも、絵、見えるんだ」

「もちろんですわ。せっかくの竜が見えなくなっては、困りますもの」

 

 中に入っているのは、見本と大きく書かれたカードである。

 竜はいない。

 少年は、それでも光へ傾けて確かめていた。

 

「色は、赤と青と黒がありますわね」

「赤!」

 

 即答だった。

 箱の色と同じだ。

 

「では、赤にしましょう。デッキの中のカードは、背中からどれか分からないように、同じもので揃えますわ」

「ドラゴンだけ違うのにしたら、分かっちゃう?」

「分かってしまいますわね。引く前から、そこに竜がいる、と」

「そっか」

 

 少年は赤い袋を箱の上に載せた。

 スリーブは七十枚入りと、少し多めにしてある。ワールドやエクシードに使える、色違いのおまけも数枚つけた。

 ギリギリだと破れたとき買い直す必要があるからな。

 

「デッキが千百円。インナーが二百二十円。アウターが五百円ですから、合わせて千八百二十円ですわ」

 

 少年は少し考え、財布を開けた。

 

「足りる」

「ええ。お釣りも残りますわよ」

 

 ほっとしたように頷いて、カウンターへ向かう。

 その後ろ姿を見ながら、もう一度商品の棚へ目を向けた。

 もっと高いものなら、いくらでもある。

 俺のスリーブの好みについて語り始めたら、ここから先も長い。

 今日は、やめておく。

 今必要なものがきちんと買えて、好きな竜で遊べる。それで十分いい買い物だ。

 

「お決まりですねぇ」

 

 カウンターに戻ったナギさんが、三つの商品を受け取った。

 少年は千円を二枚出して、少し背伸びをして見ている。

 レジが鳴り、お釣りとレシートが返された。

 

「ありがとうございます。こちら、今日からあなたのデッキですよ」

 

 箱を差し出すナギさんの声に、少年が笑った。

 そうだ。

 誰かから借りたものでも、友達が見せてくれるものでもない。

 自分で選んだ、自分のデッキだ。

 

「よろしければ、少し遊んでいきませんこと?」

 

 俺が尋ねると、少年は箱から顔を上げた。

 

「ここで?」

「ええ。使い方を覚えるには、実際に遊んでみるのが一番ですわ」

「でも、ルール、あんまり分かんない」

「そのための一試合ですもの。一緒に、ゆっくりやりましょう」

 

 少年は入口の時計を見た。

 

「夕方までに帰ればいいって」

「でしたら、大丈夫そうですわね」

 

 レッカたちのいる卓へ、戻る。

 コハルが椅子を一つ引き、リツが空きケースを片づけて場所を空けてくれた。

 

「ここ、どうぞ」

「鞄は、この横なら邪魔にならないよ」

 

 少年は二人へ小さく会釈して、椅子に座った。

 膝の上へ箱を置く。

 また、幼竜の絵を見た。

 

 いいぞ。

 今日の主役は、その竜だ。

 

 箱を開けるのは、もちろん少年に任せた。

 俺は脇で、切った封を受け取る。

 中からカードの束が出てくると、少年は声を出さずに口を開けた。

 さっそく、一番上のカードを持ち上げる。

 裏を見て、表へ戻した。

 

「本物だ」

 

 小さな声だった。

 俺は聞こえなかったふりをして、説明書を広げた。

 

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