おとぎの国のクソデッキ〜ホビアニ世界の転生お嬢様、前世の禁止デッキをぶん回す〜 作:模範的セルフィア市民
「今日は、どのくらい使ってよいことになっていますの?」
少年は鞄を開け、財布を確かめた。
「二千円。おこづかい」
「二千円ですわね」
最初の予算は、最初に聞く。
かっこいいからと箱を並べたあとで、全部は買えませんでした、ではつらい。あと千円あれば、なんて話も、今ここにない千円なら意味がない。
クロスファクターにも通じるところがある。コスト管理は大事。
少年が財布を閉じるのを待って、俺は構築済みデッキの棚を示した。
「まず必要なのは、これですわ」
「箱?」
「デッキという、ゲームに使うカードの一組です。この棚のものは、箱の中に必要なカードが揃っていますの。開ければ、すぐに遊べますわ」
少年が、上の段にあるパックへ目を向けた。
「あっちは?」
「何が出るか、お楽しみの袋ですわね。デッキを持ってから、新しいカードを増やしたいときにも買いますの」
「いっぱい開けないと、できないのかと思ってた」
「最初は、この一箱で大丈夫ですわ」
少年は棚へ一歩近づいた。
箱の表と、下についている値段を交互に見ている。
さっきまで入口で固まっていた足が、ちゃんと動いた。
「この中で、好きな絵はあります?」
「強いのは?」
いきなり本質を突いてきたな。よくないぞ、少年。
「それぞれ、得意なことが違いますわ。たくさんの仲間で戦うものも、一体の大きなユニットを活躍させるものもありますの」
「ユニット?」
「戦ってくれる仲間のカードですわね。人だったり、動物だったり、竜だったり」
竜、と言ったところで、視線が動いた。
赤い箱だ。
「ドラゴン、好きですの?」
「好き」
今までで一番、迷いのない返事だった。
「ロボットも好き。でも、飛べて、火を吐くやつがいい」
「なるほど」
「あと、強くなって、どーんってするやつ」
分かる。
そういうの、俺も好きだ。
少年の手が届く段から、赤い箱を一つ取った。
炎を背に翼を広げた竜。その後ろには、剣や槍を掲げた戦士たちがいる。
「でしたら、イグナリアはいかがかしら」
箱の名前を、指で示す。
「いぐなりあ」
「ええ。竜や戦士が、どんどん攻撃していくワールドですわ」
「ワールドって?」
「デッキの土台になる世界ですわね。この箱なら、イグナリアの仲間たちで遊べるようになっていますの」
裏の収録例を見せると、少年はすぐに、一枚の絵を指した。
「これも入ってる?」
《炎翼の幼竜》。
まだ丸みのある体に、体よりも立派に見える翼。口の端には、小さな炎が描かれていた。
「入っていますわ」
「これ、小さいドラゴン?」
「まだ子供の竜ですわね。でも、速いですわよ。出てきたそのターンに、もう攻撃できますの」
少年は、箱を俺から受け取った。
表へ返して、また裏を見る。
指が、さっきの幼竜の絵へ戻った。
「これがいい」
よし。
「イグナリアに決まりですわね」
後ろで、椅子の脚が小さく鳴った。
振り向くと、レッカがこちらを見ていた。
俺と目が合うなり、拳を軽く握って頷く。
分かった。お前の好きなワールドが選ばれて嬉しいのは分かったから、今は座っていろ。
隣のリツがレッカの袖を引き、コハルがくすっと笑った。
少年は気づかず、まだ箱を眺めている。
その間に、俺はホルダーから家へ短い連絡を入れた。最後に、急がなくてよいと付け加える。
これから一試合するなら、時間はある。
「次は、カードを守るものを選びましょう」
端末を閉じて、隣の棚へ移った。
スリーブの棚で、少年がまた止まった。
今度は戸惑っているのではない。
いろいろな絵がある。
竜もいる。騎士もいる。女の子もいる。きらきら光る袋も、金色の模様が入った袋もある。
そりゃ、目は引かれるよな。
「これに入れるの?」
「ええ。カードが擦れたり、汚れたりするのを防ぐ袋ですわ。スリーブといいますの」
「このドラゴンのは?」
俺は値段を確かめた。
デッキと合わせると、予算をかなり圧迫する。
いい柄だが、これを買うと、カードをきちんと包む分まで揃えられなくなる。
「そちらも素敵ですわね。ただ、今日はカードを包む分を揃えると、少し足りなくなってしまいますわ」
少年が、箱を抱え直した。
「じゃあ、こっち?」
指したのは、棚の端にある無地のものだった。
いいところを見た。
「ええ。こちらがおすすめですわ」
透明なインナーと、無地のアウターを取る。
インナーは柔らかいソフトタイプ。カードを差し込むときに、余計な力をかけずに済むやつだ。
アウターは安くて評判の良い丈夫なもの。背面には軽くだがエンボス加工が施されている。
初めての人におすすめのセッティングだった。
というか、開発者俺。安心安全のOTOGI製品である。
「薄いほうで、カードをぴったり包みますの。その外に、丈夫なほうをもう一枚」
「二枚?」
「ええ。カードも傷みにくくなりますし。重ねる袋の口を反対向きにすると、上からの埃も入りにくくなりますわ」
言いながら、棚に出ている見本を手に取った。
空のスリーブだけを見ても分かりづらいだろうと、ナギさんが見本用のカードを持ってきてくれる。
「こちら、触っていただいて大丈夫ですよ」
「ありがとうございますわ」
俺が一枚包んでみせると、少年は透明な表をそっと撫でた。
「これでも、絵、見えるんだ」
「もちろんですわ。せっかくの竜が見えなくなっては、困りますもの」
中に入っているのは、見本と大きく書かれたカードである。
竜はいない。
少年は、それでも光へ傾けて確かめていた。
「色は、赤と青と黒がありますわね」
「赤!」
即答だった。
箱の色と同じだ。
「では、赤にしましょう。デッキの中のカードは、背中からどれか分からないように、同じもので揃えますわ」
「ドラゴンだけ違うのにしたら、分かっちゃう?」
「分かってしまいますわね。引く前から、そこに竜がいる、と」
「そっか」
少年は赤い袋を箱の上に載せた。
スリーブは七十枚入りと、少し多めにしてある。ワールドやエクシードに使える、色違いのおまけも数枚つけた。
ギリギリだと破れたとき買い直す必要があるからな。
「デッキが千百円。インナーが二百二十円。アウターが五百円ですから、合わせて千八百二十円ですわ」
少年は少し考え、財布を開けた。
「足りる」
「ええ。お釣りも残りますわよ」
ほっとしたように頷いて、カウンターへ向かう。
その後ろ姿を見ながら、もう一度商品の棚へ目を向けた。
もっと高いものなら、いくらでもある。
俺のスリーブの好みについて語り始めたら、ここから先も長い。
今日は、やめておく。
今必要なものがきちんと買えて、好きな竜で遊べる。それで十分いい買い物だ。
「お決まりですねぇ」
カウンターに戻ったナギさんが、三つの商品を受け取った。
少年は千円を二枚出して、少し背伸びをして見ている。
レジが鳴り、お釣りとレシートが返された。
「ありがとうございます。こちら、今日からあなたのデッキですよ」
箱を差し出すナギさんの声に、少年が笑った。
そうだ。
誰かから借りたものでも、友達が見せてくれるものでもない。
自分で選んだ、自分のデッキだ。
「よろしければ、少し遊んでいきませんこと?」
俺が尋ねると、少年は箱から顔を上げた。
「ここで?」
「ええ。使い方を覚えるには、実際に遊んでみるのが一番ですわ」
「でも、ルール、あんまり分かんない」
「そのための一試合ですもの。一緒に、ゆっくりやりましょう」
少年は入口の時計を見た。
「夕方までに帰ればいいって」
「でしたら、大丈夫そうですわね」
レッカたちのいる卓へ、戻る。
コハルが椅子を一つ引き、リツが空きケースを片づけて場所を空けてくれた。
「ここ、どうぞ」
「鞄は、この横なら邪魔にならないよ」
少年は二人へ小さく会釈して、椅子に座った。
膝の上へ箱を置く。
また、幼竜の絵を見た。
いいぞ。
今日の主役は、その竜だ。
箱を開けるのは、もちろん少年に任せた。
俺は脇で、切った封を受け取る。
中からカードの束が出てくると、少年は声を出さずに口を開けた。
さっそく、一番上のカードを持ち上げる。
裏を見て、表へ戻した。
「本物だ」
小さな声だった。
俺は聞こえなかったふりをして、説明書を広げた。