FINAL FANTASY VIII もう一人のレウァール 作:Kurumimogomogo
ティンバーの朝は騒がしい。
ガルバディア軍の巡回車両が通りを走り、駅前では兵士たちが行き交う人々に目を光らせている。
そんな街の一角にある小さな食堂で、一人の青年が頭を抱えていた。
「うーん……」
テーブルには書きかけの原稿用紙が散らばっている。
青年の名はロメオ・カーウェイ。十九歳。
ガルバディア軍のカーウェイ将軍の息子であり、エスタ大統領ラグナ・レウァールの息子でもある。
そして現在、人生最大の難題に直面していた。
「書けねえ……」
「またかい、ロメオ」
カウンターの向こうから、食堂の女主人が呆れた声をかける。
「昨日も同じこと言ってなかったかい?」
「昨日は昨日! 今日は今日だろ!」
「それで、今日は何を書いてるんだい?」
「ティンバーの朝について!」
「ほう」
「昨日さ、駅前で面白い爺さんに会ったんだよ。昔は列車の整備士だったらしくてさ、三十年前の鉄道の話を聞かせてくれたんだ!」
「それはよかったねえ」
「で、その爺さんが若い頃に好きだった女の人の話になってさ!」
「……鉄道の話は?」
「そこなんだよ!」
ロメオは原稿用紙を持ち上げた。
「気づいたら爺さんの恋愛遍歴だけで十枚になってた!」
「馬鹿だねえ、あんた」
「でも面白かったんだって!」
女主人は笑いながら、ロメオの前に追加のパンを置いた。
「ほら、食べな。頭使うなら腹ごしらえしなきゃ」
「おっ、ありがと!」
「代金は?」
「……今度払う!」
「昨日も聞いたよ」
「じゃあ、皿洗いする!」
「それも昨日聞いた!」
二人が笑っていると、店の扉が勢いよく開いた。
「ロメオさん!」
飛び込んできたのは、帽子をかぶった青年だった。
森のフクロウの一員、ワッツである。
「おお、ワッツ! 朝飯食ったか?」
「それどころじゃないッス!」
「なんだよ。腹減ってるなら食えよ」
「SeeDが来るッス!」
ロメオの手が止まった。
「……シード?」
「バラムガーデンから派遣される傭兵ッスよ!」
「ああ、SeeD! 知ってる知ってる!」
「今、絶対知らなかったッスよね?」
「いや、聞いたことはあるぞ。なんかすげえ強いんだろ?」
「そうッス! リノアさんが頼んでた連中ッス!」
ロメオはパンを口に放り込んだ。
「へえ! とうとう来るのか!」
「だから急いでくださいッス!」
「分かった! すぐ行く!」
立ち上がったロメオは、テーブルの原稿をかき集めた。
そして女主人に向かって手を振る。
「おばちゃん! 皿洗いはまた今度!」
「今度っていつだい!」
「そのうち!」
「待ちな! ロメオ!」
しかし、青年はすでに店を飛び出していた。
女主人はため息をつき、テーブルに残された原稿用紙を拾い上げる。
「……まったく、誰に似たんだか」
彼女は知らない。
その青年の父親が、かつて同じように旅先で原稿を書き、締め切りに追われていた男だということを。
*
「遅い!」
森のフクロウが拠点としている列車の中。
リノア・ハーティリーは、腕を組んで兄を睨んでいた。
「お兄ちゃん! どこ行ってたの!」
「朝飯!」
「知ってる! 昨日から言ってたでしょ! 今日は大事な日なんだから!」
「いやあ、記事がなかなか書けなくてさ」
「また?」
「今回は結構いい話なんだぞ!」
「聞いてない!」
ロメオは苦笑した。
リノアは十七歳。二つ年下の妹である。
母親譲りの美しい顔立ちと、父親譲りの頑固さを持っている。
もっとも、ロメオからすれば、妹の頑固さはカーウェイ将軍以上かもしれない。
「で、SeeDが来るんだって?」
「そう! やっと来てくれるの!」
「何人?」
「三人!」
「三人!?」
ロメオは目を丸くした。
「少なくないか?」
「少なくないわよ! SeeDは精鋭なんだから!」
「いや、そうかもしれないけどさ。大統領誘拐するんだろ?」
「声が大きい!」
リノアが慌てて兄の口を塞ぐ。
「外に聞こえたらどうするの!」
「むぐっ!」
「もう!」
手を離されると、ロメオは大きく息を吸った。
「いやあ、苦しかった!」
「お兄ちゃんが悪いんでしょ!」
「はいはい」
「一回だけ!」
「はい!」
「……絶対分かってない」
リノアは深いため息をついた。
そんな妹を見て、ロメオは笑う。
「まあ、よかったじゃん。助っ人が来てくれて」
「……うん」
リノアの表情が少し柔らかくなった。
「これで、私たちも本格的に動ける」
「そうだな」
「お兄ちゃんはどうするの?」
「ん?」
「SeeDが来たら、もう護衛はいらないかもしれないでしょ?」
ロメオは首を傾げた。
「なんで?」
「だって、プロの傭兵が来るんだよ?」
「それと俺がいるのは別だろ?」
「……そうだけど」
「親父にも頼まれてるしな。お前のこと見てろって」
リノアの眉がぴくりと動いた。
「……またパパ?」
「そうそう。昨日も連絡来てたぞ」
「何て?」
「ちゃんと飯食ってるか、危ないことしてないか、変な男に近づいてないか」
「最後のは余計!」
「俺もそう思う!」
ロメオは笑った。
「でもさ、心配なんだよ。親父も」
「……分かってるけど」
「だったら、たまには連絡してやれよ」
「嫌!」
「即答かあ」
ロメオは肩をすくめた。
この父娘の仲の悪さは、昔から変わらない。
どちらも相手を大切に思っているのに、顔を合わせると喧嘩になる。
(似た者同士なんだよなあ)
そんなことを考えていると、ゾーンが奥から顔を出した。
「ロメオさん……また、リノアさんを怒らせて……」
「おお、ゾーン! おはよう!」
「お、おはようございます……」
「腹減ってないか?」
「え?」
「さっきの店、パンがうまいんだよ! 今度連れてくぞ!」
「あ、ありがとうございます……」
「お兄ちゃん!」
「はい!」
リノアの声が飛んだ。
「話を逸らさない!」
「逸らしてないって!」
ワッツとゾーンは顔を見合わせた。
この兄妹がいると、列車の中はいつも騒がしい。
しかし、不思議と嫌な気分にはならなかった。
*
その日の昼前。
ロメオは列車の一室で、二通の手紙を広げていた。
一通はカーウェイ将軍から。
『ロメオへ。
リノアの行動について、引き続き報告を怠るな。
特にガルバディア政府に対する過激な行動は、絶対に阻止すること。
また、お前自身も無用な騒動を起こさぬよう厳に注意する。
追伸。先月送った生活費の使途を報告せよ。』
「……親父、細かいなあ」
ロメオは頭をかいた。
生活費の大半は、ティンバーで困っている人々のために使ってしまった。
食事に困っている子供たちに飯を奢り、怪我をした老人の治療費を払い、仕事を失った男に宿代を貸した。
もちろん、返ってくる見込みはほとんどない。
「まあ、なんとかなるだろ!」
次の手紙を開く。
こちらはエスタから届いたものだった。
『ロメオへ。
元気にしてるか!
ティンバーにいるって聞いたぞ! 懐かしいなあ!
俺も昔、ティンバー・マニアックスに記事を書いてたんだ!
そうそう、今度エスタに来ないか?
面白い場所がいっぱいあるぞ!
キロスは仕事が忙しいから駄目だって言うけど、少しくらいなら大丈夫だろ!
あと、ちゃんと飯食えよ!
ラグナより』
ロメオは思わず吹き出した。
「ははっ! 相変わらずだなあ!」
手紙の裏には、小さな文字が追記されていた。
『追伸。
大統領の仕事を放り出して旅行に行くことは認められません。
ロメオくんも、ラグナの誘いを真に受けないように。
キロス』
「キロスさんも大変だなあ」
ロメオは笑いながら、二通の手紙を並べた。
片方は堅苦しく、片方は自由奔放。
まるで正反対の父親たち。
だが、どちらの手紙にも同じ言葉があった。
ちゃんと食事を取ること。
危険なことをしないこと。
無事でいること。
「……心配性だな、二人とも」
ロメオは小さく笑った。
カーウェイ将軍は、血のつながらない自分を実の息子として育ててくれた。
ラグナは、遠く離れたエスタから何度も手紙を送り、会えるときには精いっぱい遊んでくれた。
どちらも大切な父親だった。
もっとも、二人が顔を合わせると面倒なことになる。
以前、エスタからラグナがお忍びで訪ねてきた時など、夕食の席で大喧嘩になった。
『ロメオは俺に似て、冒険が好きなんだよ!』
『それは教育上、決して褒められたことではない!』
『いやいや、若いうちは色々経験した方がいいって!』
『貴殿のように無計画に行動されては困る!』
『無計画って言うなよ!』
『事実だろう!』
最終的にジュリアの肖像画の前で、二人そろってリノアに叱られていた。
(母さんが生きてたら、どうなってたんだろうなあ)
ロメオは少しだけ考えた。
母ジュリアは、彼がまだ幼い頃に亡くなった。
それでも、母の顔も声も覚えている。
ピアノを弾く横顔。
優しく頭を撫でてくれた手。
眠る前に聞かせてくれた歌。
すべて、今でも鮮明に思い出せる。
『忘れないでね、ロメオ』
母が何度も言っていた言葉。
何を忘れないでほしかったのか、今となっては分からない。
ただ、ロメオはその言葉を大切にしていた。
「……よし!」
ロメオは手紙をしまい、立ち上がった。
「ラムウ!」
呼びかけると、室内の空気がわずかに震えた。
青白い電光が走り、老人の声が響く。
『なんじゃ、騒々しい』
「ちょっと相談!」
『またか。今度は何をやらかした』
「いや、まだ何もしてないぞ!」
『まだ、ということは、これからするつもりかの』
「なんでそうなるんだよ!」
ロメオは笑った。
ラムウ。
雷を司るガーディアンフォース。
長い白髭を蓄えた老賢者の姿を持ち、ロメオにとっては幼い頃からの師匠でもある。
通常、GFをジャンクションした人間は記憶を失うことがある。
しかし、ロメオにはその兆候がなかった。
ラムウ自身も、その理由を完全には理解していない。
ただ、二人の相性が極めて高いことだけは確かだった。
『それで、相談とは何じゃ』
「SeeDって強いんだろ?」
『ふむ。ガーデンで訓練を受けた精鋭じゃな』
「俺とどっちが強いかな?」
『相手による』
「そりゃそうか!」
『お主は腕力に乏しい。正面からの力比べでは不利じゃろう』
「分かってるって!」
ロメオは腰に下げた二本の短剣を抜いた。
細身の刃が光を反射する。
「でも、こいつがある!」
右手の短剣に青白い雷が走った。
続いて左手の短剣に赤い炎が灯る。
サンダガとファイガ。
二種類の魔法を同時に纏わせた魔法剣。
ロメオがラムウとともに研究してきた独自の戦闘技術だった。
『室内で抜くでない』
「大丈夫だって!」
『以前もそう言って、天井を焦がしたではないか』
「今回は平気!」
次の瞬間。
ぱちん、と雷が跳ねた。
「あっ」
壁に掛けられていた時計が黒く焦げた。
『…………』
「…………」
『ほれ見ろ』
「……あとで直しとく」
『お主は本当に、父親によく似ておる』
「どっちの?」
『……言わずとも分かるじゃろう』
ロメオは苦笑し、魔法を解除した。
*
夕方。
森のフクロウの列車内は、慌ただしくなっていた。
「リノアさん! SeeDの到着が近いッス!」
ワッツの報告に、リノアが顔を輝かせる。
「本当!?」
「はいッス!」
「よし! みんな、準備して!」
リノアは勢いよく立ち上がった。
ゾーンも作戦資料を抱えて走り回っている。
ロメオはそんな様子を眺めながら、のんびりと短剣を磨いていた。
「お兄ちゃん!」
「ん?」
「準備!」
「できてるぞ!」
「本当に?」
「ほら!」
ロメオは二本の短剣を見せた。
「……それだけ?」
「あと財布と手帳!」
「作戦資料は!?」
「リノアが持ってるだろ?」
「お兄ちゃんも読んで!」
「分かった分かった!」
リノアは兄に資料を押しつけた。
ロメオはそれを受け取り、ぱらぱらとめくる。
「大統領専用列車の切り離し……護衛車両の入れ替え……なるほどなあ」
「ちゃんと理解してる?」
「もちろん!」
「じゃあ説明してみて」
「えーっと……」
ロメオは少し考えた。
「列車をうまいこと入れ替えて、大統領を捕まえる!」
「全然分かってない!」
「大体合ってるだろ!」
「大体じゃ駄目なの!」
また兄妹喧嘩が始まった。
ワッツは苦笑し、ゾーンは頭を抱える。
しかし、誰も本気で止めようとはしなかった。
いつもの光景だったからだ。
しばらくして、リノアがふと尋ねた。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「SeeDって、どんな人たちだと思う?」
「さあ?」
「もう! 少しは考えてよ!」
「そうだなあ……」
ロメオは天井を見上げた。
「強くて、格好よくて、頼りになる奴らだといいな!」
「……うん」
「あと、話しやすい奴ら!」
「それはお兄ちゃんだけでしょ」
「なんでだよ!」
リノアは笑った。
その笑顔を見て、ロメオも笑う。
妹が自分の意思で選んだ道。
危険なのは分かっている。
カーウェイ将軍が反対する理由も理解できる。
それでも、リノアはここにいたいと言った。
だからロメオは、妹のそばにいる。
それだけだった。
やがて、列車が小さく揺れた。
遠くから汽笛が聞こえる。
ワッツが窓の外を確認した。
「来たッス!」
リノアが立ち上がる。
「よし! 迎えに行こう!」
「おう!」
ロメオも勢いよく立ち上がった。
しかし、すぐにリノアに腕を掴まれる。
「お兄ちゃんはここで待ってて!」
「えっ!?」
「絶対、余計なこと言うでしょ!」
「言わないって!」
「嘘!」
「ひどいなあ!」
「いいから待ってて!」
そう言い残し、リノアはワッツとともに出ていった。
ロメオはしばらく扉を見つめていた。
「……なあ、ゾーン」
「は、はい……」
「俺ってそんなに信用ない?」
「え、ええと……」
「正直に言っていいぞ!」
「……少しだけ」
「少しかあ!」
ロメオは笑った。
そして窓の外へ目を向ける。
夕暮れのティンバー。
駅へ向かう列車。
その中に、これから自分たちと行動をともにするSeeDが乗っている。
まだ顔も知らない相手。
どんな人物なのか、どんな話が聞けるのか。
ロメオは楽しみで仕方がなかった。
「……面白くなりそうだな!」
腰の短剣が、かすかに青白く光った。
『ロメオよ』
「ん?」
『一つ忠告しておこう』
「なんだ?」
『これから出会う者たちは、お主の運命を大きく変えるかもしれぬ』
ロメオは少し驚いた。
しかし、すぐに笑った。
「そりゃ楽しみだ!」
『……お主という奴は』
「だってさ、運命なんて分かんないだろ?」
ロメオは手帳を取り出した。
表紙には、母ジュリアが書いてくれた名前が残っている。
Romeo.
「だったら、全部見て、全部覚えて、全部書けばいいんだよ!」
ラムウはしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑う。
『……まったく、面白い小僧じゃ』
ロメオは窓の外へ視線を戻した。
列車が駅へ滑り込んでいく。
その中には、黒い服を着た無口な少年がいた。
ロメオと同じ父親の血を引く、もう一人の息子。
スコール・レオンハート。
二人はまだ、互いの存在を知らない。
そして、この出会いが世界の運命を大きく変えることも。
ロメオは手帳を開き、新しいページに日付を書き込んだ。
『ティンバー滞在記。今日は、妹が雇ったSeeDという連中に会う予定だ。どんな奴らか楽しみだ!』
そこで一度、ペンを止める。
「……そういや、今日は何日だっけ?」
『…………』
老賢者は深いため息をついた。
『お主、本当に記憶を失っておらんのか?』
「失ってないって! ちょっと日付が分かんなくなっただけ!」
『それを世間では物忘れと言うのじゃ』
「細かいなあ!」
列車の中に、ロメオの笑い声が響いた。
こうして、カーウェイ家の放蕩息子と、バラムガーデンのSeeDたちの物語が始まろうとしていた。