FINAL FANTASY VIII もう一人のレウァール 作:Kurumimogomogo
デリング・シティの役人地区。
カーウェイ邸の前まで戻ってきた一行を、先ほどの警備兵が迎えた。
「何か用ですか?」
「四十七」
スコールが答えると、警備兵は満足そうに頷いた。
「あたり! どうぞお入りください」
門が開く。
「……最初から通してくれりゃいいのによ」
ゼルがぼやいた。
「まあ、いいじゃないか。面白いものも見られたし」
ロメオはそう言って、門の向こうを覗き込んだ。
広い庭と、石造りの邸宅。
幼い頃から何度も出入りした、見慣れた景色だった。
「ただいま、と言いたいところだけど……」
「今日はお客さんだからね」
リノアが釘を刺す。
「分かってるって」
「本当に?」
「信用ないなあ」
兄妹のやり取りを横目に、スコールは邸宅を見上げた。
(バラム、ガルバディア両ガーデンと、ガルバディア軍の大佐が手を組むのか?)
カーウェイ大佐はガルバディア軍の事実上のナンバーワンだ。
その男が、政府の平和使節となった魔女を暗殺しようとしている。
(……なぜだ?)
大統領に反旗を翻すつもりなのか。
それとも、魔女だけを排除することで政府を守ろうとしているのか。
(……俺が考えても仕方ないな)
スコールは考えるのをやめた。
(『SeeDはナゼと問うなかれ』だ)
「あのね、スコール」
隣からリノアが声をかけてきた。
「……何だ?」
「私が持ってる契約書って、まだイキ?」
(……今度は何だ?)
「契約期間は終わっていない」
「じゃあ、お願いがあるんだけど」
リノアは邸宅を見た。
「この家に私を置いていかないで。事情説明、する?」
ロメオが妹を見た。
リノアが父親と顔を合わせたくない理由は分かっている。
昔から、あの二人は何かと衝突していた。
もっとも、最近は衝突する機会すら減っている。リノアが家を飛び出し、ティンバーで活動しているからだ。
(……うだうだ始まるのか?)
スコールは短く答えた。
「俺たちの使い方は覚えただろ?」
「え?」
「あんたは、ただ命令すればいい」
リノアは少し驚いたようだった。
それから、笑った。
「じゃ、お願い」
「……了解」
ロメオは二人の顔を見比べた。
「へえ」
「何?」
リノアが振り返る。
「いや、スコールって結構優しいんだなと思って」
「……契約だからだ」
スコールが答える。
「はいはい」
ロメオは笑った。
リノアも、少しだけ嬉しそうだった。
ただ、彼女の視線が邸宅へ戻ると、その表情は再び硬くなった。
スコールはそれを見ていたが、何も言わなかった。
契約上のクライアント。
それ以上でも、それ以下でもない。
少なくとも、今は。
扉の向こうに何が待っていようと、命令は守るつもりだった。
*
応接室へ案内された一行は、しばらく待たされることになった。
室内は広く、調度品も立派だった。
壁には絵画が飾られ、窓の向こうには手入れの行き届いた庭が見える。
ロメオは懐かしそうに室内を眺めていた。
「……ここも変わってないな」
セルフィがソファに腰を下ろす。
「ロメオ、ここに住んでたんだよね?」
「ああ。小さい頃からな」
「いいな~、こんなおっきい家!」
「広いだけだぞ。親父が厳しかったから、走り回ると怒られたし」
「走り回ってたんだ……」
キスティスが呆れたように笑う。
「そりゃあ、子供だったからな」
ロメオは悪びれない。
その隣で、リノアは腕を組んでいた。
「ずいぶん待たせるわね」
キスティスが時計を見た。
「おっそいね~~~」
セルフィも天井を仰ぐ。
「イライラ……」
ゼルは落ち着かない様子で足を揺らしていた。
ロメオは壁の時計を見上げた。
(……親父、何やってるんだ?)
時間にはうるさい男だ。
客をこれほど待たせるのは珍しい。
何か準備があるのだろうか。
リノアが立ち上がった。
「もう……人を待たせても何とも思わないんだから」
その声には、単なる待ちくたびれた苛立ちとは違うものが混じっていた。
「ちょっと文句言ってくる。みんなは待ってて」
「リノア」
ロメオが声をかける。
「何?」
「……あんまり喧嘩するなよ」
「向こう次第」
「だよなあ……」
リノアは扉へ向かった。
途中で振り返る。
「あ、ちなみにここ、私んちだから。心配しないで」
セルフィが手を振った。
「は~い!」
「ね、私を置いてきぼりにしないでね」
リノアはスコールを見た。
(……命令か)
「あんたとの契約はまだ切れていない。今のは命令なんだな?」
「命令っていうか……」
リノアは少し考えた。
「ま、いっか。お願いね!」
スコールは眉をひそめた。
(……どういう意味だ?)
「何かが起こるのか?」
「ん~、分かんない。これはクライアントの命令ってことでヨロシク!」
そう言い残し、リノアは部屋を出ていった。
(……面倒なことにならないだろうな)
スコールは閉まった扉を見つめた。
ロメオが小さく息を吐く。
「……親父とリノア、相変わらずだな」
「何があったんだ?」
ゼルが尋ねる。
「いや、昔から意見が合わないんだよ。親父は軍人だから規律に厳しいし、リノアはああいう性格だろ?」
「なるほどな……」
「でも、親父だってリノアのことは心配してるんだ」
ロメオは扉を見た。
「……それが、うまく伝わらないんだけどな」
その言葉を最後に、再び沈黙が訪れた。
やがて、ゼルが痺れを切らす。
「どうなってんだ!?」
ちょうどそのとき、扉が開いた。
入ってきたのは、ガルバディア軍の制服を着た男だった。
フューリー・カーウェイ大佐。
背筋を伸ばし、隙のない足取りで室内へ入ってくる。
ロメオが顔を上げた。
「親父」
「……ロメオ」
カーウェイは息子を一瞥した。
「無事だったようだな」
「まあな。久しぶり」
「その軽い口調も相変わらずか」
「親父も相変わらずだな」
ほんの一瞬、カーウェイの表情が緩んだ。
しかし、すぐに軍人の顔へ戻る。
スコールが尋ねた。
「リノアは?」
カーウェイは答えた。
「アレは君たちのように鍛えられていない。足手まといにならないとも限らん」
ロメオの眉がわずかに動いた。
「彼女が作戦に参加しないことは、ここにいる全員のためでもある」
セルフィが心配そうに尋ねる。
「リノア、どうしたんですか?」
「今は別室にいる」
カーウェイは短く答えた。
「今回の作戦には参加させない」
「……親父」
ロメオが口を開きかけたが、カーウェイは手で制した。
「お前も分かっているはずだ。今回の作戦は、あの子が参加してよいものではない」
「それは……」
ロメオは言葉を止めた。
確かに、リノアは正規の軍事訓練を受けていない。
しかし、ティンバーでは自分なりに戦ってきた。
危険だからという理由だけで、何も知らせず閉じ込める。
それでは、また同じことの繰り返しだ。
ゼルが口を挟んだ。
「親父は軍のお偉いさんで、娘は反政府グループのメンバー!? まずいんじゃないっすか!?」
「そう……非常にまずい」
カーウェイは頷いた。
「が、私の家庭の問題だ。君たちには関係ない」
ロメオは黙って父親を見た。
軍人としての立場。
父親としての立場。
カーウェイは、その二つを分けようとしている。
だが、リノアにとっては、どちらも同じ父親なのだ。
「何より、これから我々がやろうとしていることに比べると、あまりにも小さな問題だ」
スコールは大佐を見据えた。
(……そういうわけにはいかないんだ)
リノアとの契約は、まだ有効だ。
ガーデンからの指令も、リノアからの命令も、SeeDにとっては履行すべき契約だった。
「俺たちは今回の任務が終わったら、契約どおりリノアの傭兵に戻ります」
カーウェイがスコールを見る。
「事情は分かりませんが、その時は邪魔しないでください」
「邪魔したら?」
(そんなこと聞くなよ)
スコールは表情を変えなかった。
「俺たちはSeeDです。SeeDのやり方で行動します」
室内の空気が張り詰めた。
カーウェイはしばらくスコールを見ていた。
ロメオも、二人を見比べる。
(……スコール)
相手が誰であろうと、契約を守る。
言葉どおりなら、父親が相手でもリノアを連れ出すつもりなのだろう。
ロメオは小さく笑った。
(……頼もしいな)
カーウェイが息子へ視線を向ける。
「ロメオ。お前もか?」
「俺はリノアの護衛だからな」
ロメオは即答した。
「もちろん、親父のことも心配してるけど」
「……そうか」
カーウェイは短く答えた。
そのとき、アーヴァインが口を挟んだ。
「おいおいおい、おたくらよ……」
全員が振り返る。
「俺たち、魔女を暗殺しに来たんだろ? 先にその話をしないか?」
カーウェイは頷いた。
「……一時停戦だ」
そして、全員を見渡した。
「計画の説明をしよう」
*
「我がガルバディア政府と魔女イデアが協定を結んだのは知っているな?」
カーウェイの言葉に、スコールは頷いた。
(魔女の名はイデア)
ティンバーのテレビ局。
サイファーの前に現れた、あの女。
その姿が脳裏に浮かぶ。
「その協定を記念して、セレモニーが開かれる」
カーウェイは一行を連れ、邸宅の外へ出た。
デリング・シティの中心部。
大統領官邸の周辺には、すでにセレモニーの準備が進められていた。
警備兵が配置され、道路には規制線が張られている。
巨大な凱旋門が、広場の向こうにそびえていた。
「セレモニー会場は大統領官邸だ」
カーウェイは官邸を指さした。
「セレモニーの最中に、君たちは二チームに分かれ、それぞれ指定位置に移動する」
スコールは周囲を見渡した。
「凱旋門チームは素早く凱旋門に潜入して待機だ。場所は後で説明する」
カーウェイは巨大な門を示す。
「狙撃チームは大統領官邸の正門前で、セレモニー終了まで待機」
そして、足元を指さした。
「つまり、今まさに私が立っているこの位置だ」
スコールは頷いた。
「狙撃チームはここで待機だ」
カーウェイは正門へ向き直った。
「あれが大統領官邸だ。セレモニー終了と同時に、魔女のパレードが始まる」
官邸の正門は、まだ固く閉ざされている。
「そうしたら、あの正門が開く。それまではおとなしくしていてくれ。騒ぎになればパレードは中止される。それだけは避けなくてはならない」
ロメオは周囲を見回した。
警備兵の数は多い。
観衆も集まり始めている。
ここで騒ぎを起こせば、すぐに包囲されるだろう。
「開門と同時に、狙撃チームは行動開始だ」
カーウェイは官邸の屋上を指さした。
「観衆も警備もパレードに注目しているはずだ。比較的行動しやすいと予想されるな」
スコールは建物を見上げた。
高い屋根。
複雑な構造。
警備兵の配置。
頭の中で移動経路を組み立てる。
「狙撃チームは速やかに移動する。目標は大統領官邸の屋上」
カーウェイは続けた。
「魔女の部屋の手前の通路の床に、時計部屋への扉があるはずだ」
セルフィが首を傾げた。
「時計部屋?」
「そこには悪趣味なギミック時計がある。狙撃用ライフルも、そこに隠してある」
アーヴァインが目を細めた。
「へえ……」
「その内部に侵入して、定刻二十時まで待機」
カーウェイは広場へ向き直った。
「魔女はパレードカーに乗って、この門からスタートする」
道路を指さす。
「パレードカーは門を出たあと、左の方へ向けて動いていく。こんな風に……こっちの方へ移動する」
カーウェイは歩きながら説明を続けた。
「パレードはデリング・シティ外周を回る環状道路をぐるりと一周して、再びこの広場に戻ってくる」
ゼルが道路を見た。
「一周するのか」
「そうだ。つまり、こっちから再びパレードの隊列が現れる」
カーウェイは凱旋門を指さした。
「そしてパレードは右に曲がって……こっちへ行くわけだ」
ロメオは凱旋門を見上げた。
巨大な石造りの門。
その内部には、鉄格子を動かす機構があるはずだ。
「さて、ここからが凱旋門チームの行動だ」
カーウェイは声を低くした。
「定刻二十時。魔女のパレードは凱旋門の中に入る」
全員が門を見る。
「この瞬間、凱旋門チームは制御盤を操作、鉄格子を降ろす」
カーウェイは拳を握った。
「魔女を凱旋門に閉じ込めるのだ」
ゼルが小さく頷いた。
「なるほどな……」
「二十時には、狙撃チームが待機するギミック時計全体がせり上がる」
カーウェイは再び官邸を指さした。
「狙撃チームと魔女の間には、障害物は何もなくなる」
アーヴァインが銃を肩に担ぎ直した。
「……つまり」
「そのチャンスを狙って……」
カーウェイは指で銃を撃つ仕草をした。
「BANG!」
セルフィが目を丸くした。
「おお~」
カーウェイは全員を見渡した。
「これが計画の全容だ」
ロメオは凱旋門と官邸を交互に見た。
(……よく考えたな)
大統領官邸から出発した魔女を、街を一周させた後に凱旋門で閉じ込める。
そこを狙撃する。
綿密に準備された計画だった。
しかし、相手は魔女だ。
ティンバーで見た力を思い出す。
サイファーが、あの女の前ではまるで子供のようだった。
(……本当に、うまくいくのか?)
『……魔女を侮るでない』
ラムウの声が頭に響いた。
(分かってるよ)
『人の策が、必ずしも魔女に通じるとは限らぬ』
(……だろうな)
ロメオは小さく息を吐いた。
カーウェイは説明を締めくくった。
「あとは作戦開始の時間を待つだけだ。それまで街を見て回るのもいいだろう。もちろん、ここにいても構わん」
そして、全員を見渡す。
「ただし、外に出ても問題は起こさないでくれよ」
スコールは眉をひそめた。
(俺たちを何だと思ってるんだ?)
思わずリノアの顔が浮かぶ。
(……あんたの娘とは違うんだ)
「俺たちはSeeDです」
カーウェイは少し黙った。
「……なるほど、そうだったな」
ロメオが横から言う。
「親父、俺はSeeDじゃないけどな」
「お前には特に言っている」
「……はい」
セルフィが吹き出した。
カーウェイは咳払いをした。
「しばらくは自由行動だ。準備ができ次第、私の官邸に来てくれたまえ。そこで最終打ち合わせをしてから計画開始だ」
*
準備を終えた一行がカーウェイ邸へ戻ると、大佐はすぐに最終打ち合わせを始めた。
「さて、チーム編成に移ろうか」
カーウェイは全員を見渡した。
「狙撃チームは狙撃手とリーダーで構成してくれ。リーダーは総攻撃の指揮をとってもらう」
(……総攻撃?)
スコールは顔を上げた。
「何らかのアクシデントで計画が進められない場合……あるいは狙撃に失敗した場合」
カーウェイは続ける。
「リーダーの指揮下で魔女に総攻撃をかけてもらう」
室内が静かになった。
「我々はすべてを秘密裏に進めたい。そのための複雑な暗殺計画だ。しかし、最終目的は魔女の排除」
カーウェイは一人ひとりを見た。
「あらゆる犠牲を払ってでも目的を果たさねばならない。たとえ私の存在や君たちの所属が明るみに出てもな」
ロメオは父親を見つめた。
軍人としての覚悟。
その言葉には、家族に向けるものとは違う厳しさがあった。
「リーダーは?」
「俺です」
スコールが即答した。
「……あとは君が決めたまえ」
スコールは仲間たちを見渡した。
(……狙撃チームは決まりだな)
「俺とアーヴァイン・キニアスが狙撃チームとして行動する」
アーヴァインが帽子のつばを上げた。
「了解」
「凱旋門チームは……」
スコールはキスティス、ゼル、セルフィを見た。
そして、ロメオへ視線を向ける。
「ロメオも凱旋門チームに入ってもらう」
「了解!」
ロメオは頷いた。
キスティスが確認する。
「彼はSeeDではないけれど、戦力としては十分よ」
「分かっている」
スコールは短く答えた。
「現場では凱旋門チームの指揮に従ってもらう」
「任せろ!」
ロメオは笑った。
カーウェイは息子を見た。
「……ロメオ」
「ん?」
「無茶はするな」
「分かってるって」
「……その返事は信用できんな」
「親父、ひどくない?」
ゼルが笑った。
スコールは話を戻す。
「凱旋門チームのリーダーは……」
セルフィが顔を上げる。
「だれだれ?」
(悪いな、ゼル)
「トゥリープ先生」
キスティスがスコールを見る。
「……キスティス・トゥリープ、頼む」
「OK! 任せといて」
キスティスは笑った。
ゼルが拳を握る。
「了解っ!!」
「りょうか~い!」
セルフィも手を上げた。
カーウェイは頷いた。
「さあ、計画実行だ!」
*
凱旋門チームは、カーウェイ邸を出た。
キスティスを先頭に、ゼル、セルフィ、ロメオが続く。
「俺たちは先生のチームだ。よろしくお願いしますよ」
ゼルが言った。
「こちらこそ」
キスティスが微笑む。
「がんばろー!」
セルフィが拳を上げた。
ロメオも続ける。
「おう!」
そのとき、背後から声がした。
「よっ!」
振り返ると、リノアが立っていた。
「やっと脱出成功!」
ロメオが目を丸くした。
「リノア!?」
「何よ、その顔」
「いや、親父に閉じ込められたんじゃなかったのか?」
「閉じ込められたから、出てきたんでしょ」
「……なるほど」
ロメオは妙に納得した。
リノアはゼルへ尋ねた。
「あの男、何か言ってた?」
「別に何も言ってなかったぜ」
「スコールは?」
キスティスが答えた。
「ごめんね、リノア。私たち、もう行かなくちゃ」
「でも、ちょっと待って!」
リノアは手に持っていたものを掲げた。
「これ見て!!」
金属製の腕輪だった。
奇妙な装飾が施され、中央には小さな宝石のようなものが埋め込まれている。
「これ、オダイン・バングルっていうの。あの男の部屋で見つけたのよ」
「オダイン!?」
ゼルが驚いた。
ロメオも腕輪を覗き込む。
「……オダイン博士の?」
「そう!」
リノアは得意そうに頷いた。
セルフィが尋ねる。
「何すんの、それ」
「魔女の力を抑制するらしいの」
キスティスの表情が変わった。
「……魔女の力を?」
「うん。でも、効果が分からないから今回の作戦では使わないことにしたらしいの」
ゼルが腕輪を見つめた。
「オダインブランドなら、きっと効果アリだぜ。魔法系グッズじゃ一番だからな」
「だよね、だよね!」
リノアは嬉しそうだった。
ロメオは腕輪を見た。
(……オダイン博士か)
ラグナから何度か話を聞いたことがある。
エスタの天才研究者。
変わり者だが、魔女に関する研究では並ぶ者がいないという。
その博士の発明なら、確かに期待はできるかもしれない。
しかし。
「それで、あなた、どうしたいの?」
キスティスが尋ねた。
「え?」
「魔女にそれをつけさせるの?」
リノアは頷いた。
「そう!」
「誰が? いつ? どうやって?」
リノアは少し黙った。
そして、笑った。
「それをみんなで考えるのよ!」
キスティスの表情が硬くなった。
「時間がないって言ったでしょ」
リノアの笑顔が止まる。
「スコールたち、もう待機してるわ。私たちにも任務があるの。分かるでしょ?」
キスティスは続けた。
「家出娘の反抗とは違うの。これは遊びじゃないの」
リノアは目を見開いた。
ロメオも、思わずキスティスを見た。
言っていることは正しい。
だが、リノアが遊び半分で提案しているわけではないことも分かっていた。
「……キスティス」
ロメオが口を開いた。
しかし、キスティスはすでに歩き始めていた。
「行きましょう」
ゼルが頷く。
「おう」
セルフィも後に続いた。
ロメオは少しだけその場に残った。
「……お兄ちゃん」
リノアが小さく言った。
「……悪いな」
「何が?」
「今は、キスティスの指示に従う」
リノアは黙った。
ロメオは続けた。
「でも、お前が何とかしたいって思ってるのは分かる」
リノアは顔を上げた。
「……うん」
「その腕輪、ちゃんと持ってろよ」
ロメオは笑った。
「後で話、聞かせてくれ」
リノアは少しだけ笑った。
「……分かった」
ロメオは頷いた。
「じゃあ、行ってくる!」
そして、仲間たちを追いかけた。
リノアは一人、腕輪を見つめていた。
「……遊びじゃないの、だって」
小さく呟く。
「分かってるもん」
腕輪を握りしめる。
「私だって……考えてるんだから」
*
一方、狙撃チーム。
スコールとアーヴァインは、大統領官邸近くの指定位置へ向かっていた。
「総攻撃の時は、まず俺が突入する。できるだけ時間を稼ぐつもりだ」
スコールが言うと、アーヴァインは笑った。
「総攻撃は必要ないってばさ~。僕が決めてやるから安心してろよ」
スコールは何も答えなかった。
アーヴァインは少し歩いてから、ふと思い出したように尋ねた。
「あのさ……SeeDは任務に関して『なぜ』って質問しないって本当か?」
スコールは少し黙った。
(知りたくなる時だってある。例えば……今がそうだ)
なぜ魔女を暗殺するのか。
なぜガーデンが協力するのか。
なぜカーウェイ大佐が関わっているのか。
疑問はいくらでもある。
しかし。
「知ってどうする?」
スコールは答えた。
アーヴァインは肩をすくめた。
「例えばさ、敵がすっげぇ悪い奴だと分かれば、バトルにも弾みがつくだろ?」
スコールは前を向いた。
(……敵が悪い奴?)
考える。
(おそらく……敵と俺たちを分けているのは善悪じゃない)
お互いの立場が違うだけ。
どちらも、自分が善いと思っている。
(善い奴と悪い奴がいるわけじゃない)
スコールは黙って歩いた。
(敵と、敵じゃない奴がいるだけだ)
アーヴァインは返事を待っていたが、スコールは何も言わなかった。
やがて、アーヴァインは肩をすくめた。
「……ま、いいけどね」
二人は歩き続けた。
*
凱旋門チームは、カーウェイ大佐に案内され、巨大な門の内部へ入っていた。
通用口から階段を上がる。
石造りの通路。
古い機械装置。
そして、巨大な鉄格子を動かす制御盤。
「私たちが魔女をここで足止めしておく」
キスティスが確認するように言った。
「そしたら後は、スコールたちの出番よ」
「二十時きっかりだ。任せとけって」
ゼルが拳を握る。
「こんな簡単なミッション、三人もいらないのにね」
セルフィが笑った。
「俺もいるぞ」
ロメオが言うと、セルフィは振り返った。
「あ、そっか! 四人だね!」
カーウェイは制御盤を指さした。
「凱旋門チームはこの通用口から中に入って、定刻二十時まで待機」
全員が頷く。
「二十時ちょうどに魔女のパレードは門の真下に来る。その瞬間に制御盤を操作、鉄格子を降ろして魔女を凱旋門に閉じ込めるのだ」
キスティスは制御盤を確認した。
「そのスイッチを押せば、この門の鉄格子が閉まるってわけね」
「そうだ」
カーウェイが頷いた。
ゼルは窓から下を覗いた。
「魔女を閉じ込めてやっちまう。ちょっと卑怯な気がするが……この際仕方ないよな」
セルフィは別の窓から街を眺めていた。
「い~い眺め」
ロメオも隣へ来た。
「ほんとだ」
眼下には、デリング・シティの街並みが広がっている。
広い道路。
集まり始めた観衆。
警備兵の列。
そして、大統領官邸。
ロメオは少しだけ表情を引き締めた。
(……本当に、ここで魔女を殺すんだな)
カーウェイが息子へ声をかけた。
「ロメオ」
「ん?」
「お前はキスティス君の指示に従え」
「分かってる」
「勝手な行動はするな」
「はいはい」
カーウェイは眉をひそめた。
「……返事は一度でいい」
ロメオは笑った。
「了解!」
カーウェイは小さく息を吐いた。
そして、キスティスへ向き直る。
「……頼んだぞ」
「はい」
キスティスが頷いた。
カーウェイはその場を離れた。
ロメオは父親の背中を見送った。
(……親父)
軍人としての顔。
父親としての顔。
その両方を知っているからこそ、ロメオには少し複雑だった。
だが、今は任務が優先だ。
ロメオは短剣の柄に手を置いた。
(……俺も、ちゃんとやらないとな)
*
狙撃チームは、大統領官邸の正門前に到着していた。
カーウェイ大佐が、最後の確認を行う。
「君らの持ち場はここ」
スコールは頷いた。
「……了解」
アーヴァインは官邸を見上げた。
「なかなか派手な舞台だね」
スコールは周囲を確認していた。
観衆が集まり始めている。
警備兵も増えていた。
街全体が、これから始まるパレードを待っている。
スコールはカーウェイへ尋ねた。
「ところで大佐」
「何だ?」
「なぜ魔女は、こんな派手なパレードを始めようと思ったんだ?」
カーウェイは答えた。
「魔女が本拠地と定めたガルバディア・ガーデンへ移動するためだ」
スコールは少し黙った。
(……だからガルバディア・ガーデンは魔女が邪魔なのか)
魔女がガーデンを支配する。
それは、ガーデン側にとって到底受け入れられないことなのだろう。
カーウェイは時計を確認した。
そして、顔を上げる。
「……さあ、始まった」
遠くから歓声が聞こえ始めた。
大統領官邸の周辺に、音楽が流れる。
セレモニーが始まったのだ。
カーウェイは二人を見た。
「いよいよだぞ」
スコールは頷いた。
「……了解」
アーヴァインも帽子のつばを上げる。
「任せてよ」
カーウェイは最後に言った。
「私は邸に戻っている」
そして、静かに続けた。
「幸運を祈る」
大佐はその場を去った。
スコールとアーヴァインは、官邸の正門を見上げた。
遠くで歓声が大きくなる。
魔女イデアを迎えるためのセレモニー。
その華やかな舞台の裏側で、暗殺計画が静かに動き始めていた。
凱旋門では、キスティスたちが二十時を待っている。
そして、リノアは。
スコールは一瞬、彼女の顔を思い浮かべた。
(……あいつ、何をしてるんだろうな)
しかし、すぐに思考を切り替える。
今は任務中だ。
余計なことを考えている場合ではない。
スコールはガンブレードの柄に手を置いた。
アーヴァインが隣で小さく笑う。
「……いよいよだね」
「ああ」
スコールは短く答えた。
大統領官邸の正門は、まだ閉ざされている。
その向こうで、魔女イデアが待っていた。