FINAL FANTASY VIII もう一人のレウァール 作:Kurumimogomogo
凱旋門の内部は、外の喧騒が嘘のように静かだった。
石造りの壁に囲まれた小部屋には、鉄格子を操作する制御盤がある。窓からはデリング・シティの大通りが見下ろせた。
パレード開始まで、まだ時間がある。
セルフィは窓辺で街を眺め、ゼルは落ち着かない様子で拳を握ったり開いたりしていた。
ロメオは制御盤のそばに立ち、手帳へ簡単な見取り図を書き込んでいる。
キスティスだけが、先ほどから黙っていた。
「どうしたんだよう? 先生」
ゼルが声をかける。
「……やっぱり言い過ぎたかな」
「言い過ぎたって?」
「私、謝ってくる。リノアに……」
ロメオが顔を上げた。
「……キスティス」
彼女は少し困ったように笑った。
「あなたにも悪かったわね。妹さんの前で、あんな言い方をして」
「いや、言ってることは間違ってなかったと思うよ」
ロメオは手帳を閉じた。
「ただ、リノアも遊びであんなものを持ってきたわけじゃないからさ」
「……そうね」
キスティスは頷いた。
あのとき、もっと違う言い方があったはずだった。
時間がないこと。作戦の変更が難しいこと。魔女に近づく危険性。
それを説明すればよかった。
なのに、家出娘の反抗だと切り捨ててしまった。
「でも、どうするの?」
セルフィが振り返った。
「持ち場離れちゃっていいの?」
「まだ二十時までは余裕があるわ。あなたたちはここで待ってて」
キスティスが扉へ向かう。
「そう言われたって……」
ゼルが腕を組んだ。
ロメオも立ち上がる。
「俺も行くよ。リノアのこと、ちょっと気になるし」
「でも、ロメオ……」
「すぐ戻るって。道は覚えてるから」
セルフィが首を傾げた。
「……ほんと?」
「今回は覚えてる!」
ゼルがため息をついた。
「待てよ! 先生とロメオだけ行かせて、俺たちはここで待ってろってか?」
キスティスが振り返る。
「ゼル?」
「どうせすぐ戻るんだろ? だったら一緒に行った方が早いぜ」
「……そうだね!」
セルフィも窓から離れた。
キスティスは迷ったが、時計を見て頷いた。
「分かったわ。ただし、すぐに戻るわよ」
四人は凱旋門を後にした。
誰も、ほんの数分の寄り道が作戦全体を狂わせることになるとは思っていなかった。
*
カーウェイ邸。
リノアは応接室で一人、オダイン・バングルを見つめていた。
金属製の腕輪は、掌にずっしりと重い。
魔女の力を抑制する道具。
効果は保証されていない。
それでも、何もしないよりはいいと思った。
「……遊びじゃないもん」
小さく呟く。
そのとき、扉が開いた。
カーウェイ大佐だった。
「リノア」
娘は顔を上げた。
「……何?」
「まもなく外は荒れる。ここにいれば安全だ」
大佐は室内を見渡した。
そして、娘の手にある腕輪に目を留めた。
「……それを持ち出したのか」
「使わないんでしょ?」
「今回の作戦には組み込まれていない」
「だったら、私が使う」
カーウェイは眉をひそめた。
「何を言っている」
「魔女の力を抑えられるかもしれないんでしょ?」
「確証はない。それに、どうやって魔女へ近づくつもりだ」
「それは……」
リノアは言葉に詰まった。
カーウェイは静かに言った。
「お前が関わる必要はない」
「……またそれ?」
「リノア」
「いつもそう。危ないから、関わるな。お前には無理だって」
「私はお前の身を案じている」
「分かってる!」
リノアは声を上げた。
「でも、私だって何かしたいの!」
カーウェイは娘を見つめた。
その表情は変わらなかった。
「……ここで待っていなさい」
大佐は部屋を出た。
扉が閉まる。
続いて、金属の噛み合う音がした。
リノアが顔を上げる。
「……え?」
扉へ駆け寄り、取っ手を回す。
動かない。
「ちょっと!」
もう一度、強く引く。
「……やばっ! 閉じ込められる!」
扉の向こうから返事はなかった。
リノアは唇を噛んだ。
父親は本気で自分を作戦から遠ざけるつもりなのだ。
しかし、このまま待っているだけでは何も変わらない。
リノアは窓を見た。
そして、腕輪を握りしめる。
「……私だって、やれるよね」
*
キスティスたちがカーウェイ邸に戻った頃には、街の警備がさらに厳しくなっていた。
玄関から入り、応接室へ向かう。
「リノア?」
キスティスが扉を開いた。
部屋には誰もいなかった。
「……あれ?」
ゼルが室内を見回す。
「いねえじゃん」
ロメオは窓を見た。
片方がわずかに開いている。
「……リノア?」
そのとき、背後で扉が閉まった。
がちゃん。
重い音だった。
セルフィが振り返る。
「……ん?」
ゼルが取っ手を回した。
動かない。
「あ!」
キスティスも扉へ駆け寄る。
「あ!」
セルフィが窓を確認する。
「あ!」
ロメオは閉じた扉を見つめた。
「……ああ」
キスティスが呆然と呟く。
「……もしかして、閉じ込められた?」
「大佐の仕掛け!?」
セルフィが声を上げた。
ゼルは頭を抱えた。
「もしかして親子喧嘩のとばっちりかよ!」
ロメオは額に手を当てた。
「……親父、やってくれたな」
リノアを閉じ込めるための措置。
その部屋に、よりによって自分たちが入ってしまった。
キスティスは時計を見た。
「まずいわね。しかも、リノアのことも心配だわ」
「どういうことだ?」
ゼルが尋ねる。
キスティスは開いた窓へ目を向けた。
「きっと、リノアは魔女のところに一人で行ったのよ」
ロメオが顔を上げた。
「……!」
「私たちの力になろうと思って……」
ロメオは窓へ駆け寄った。
外は高い。
だが、窓の下には装飾用の張り出しがあり、そこから隣の建物へ移れそうだった。
(……まさか)
リノアなら、やりかねない。
自分にできることを証明しようとして。
誰にも頼らず、魔女のところへ向かってしまう。
「……くそっ」
ロメオは窓枠を握った。
『落ち着くのじゃ』
ラムウの声が響く。
(分かってる。でも……!)
『焦れば見えるものも見えなくなる』
ロメオは深く息を吸った。
まずは、ここから出なければならない。
*
大統領官邸。
リノアは、警備兵の視線を避けながら建物の外壁を進んでいた。
足元は狭く、少しでも踏み外せば地面まで落ちる。
それでも、引き返すつもりはなかった。
「私だって……」
小さく呟く。
「SeeDじゃないけど……」
壁に手をつき、次の足場へ移る。
「遊びじゃないもん……」
やがて、魔女の控室へ続く通路に辿り着いた。
扉の向こうには、イデアがいた。
リノアは一度だけ深呼吸した。
そして、扉を開いた。
*
カーウェイ邸では、脱出方法を探す四人が室内を調べていた。
「大変! もう始まったわ。早くここから出ないと」
キスティスが窓の外を見た。
街から歓声が聞こえてくる。
セレモニーが始まったのだ。
「いっちょ見てな!」
ゼルが窓へ向かった。
拳を握り、思い切り叩く。
「うおおおっ!」
鈍い音が響いた。
しかし、ガラスには傷一つつかなかった。
「……硬質ガラスだぜ。窓はびくともしねえ」
ゼルは拳をさすった。
ロメオも窓を確認したが、破壊できそうにない。
「……普通の窓じゃないな」
セルフィは壁の絵を眺めていた。
「なんか怪しくない? この絵……」
そこには、杯を持った人物が描かれていた。
ロメオも近づく。
「……これ、昔からあったような」
「何か知ってるの?」
キスティスが尋ねる。
「いや、子供の頃は気にしたことなかったから……」
ロメオは首を傾げた。
セルフィが絵の下にある棚を調べる。
そこには、装飾用の杯が置かれていた。
「これ、絵と同じじゃない?」
キスティスが近づいた。
「……確かに」
セルフィは杯を持ち上げた。
そのとき、ゼルが部屋の隅を指さした。
「お~い。な~んか、この石像……怪しくないかい?」
壁際には、人物を模した石像があった。
両手を前に差し出している。
セルフィが杯を見た。
そして、石像を見る。
「……あ!」
杯を石像の手に置いた。
かちり。
小さな音がした。
続いて、壁の奥から重い機械音が響く。
石像の背後がゆっくりと開いた。
「こ、こんなところに!」
ゼルが叫んだ。
「ずっるぅ~!」
セルフィは目を丸くした。
ロメオも驚いていた。
「……親父、こんなの作ってたのか」
キスティスが隠し通路を覗き込む。
「行きましょう」
「でも、どこに続いているか分からないよ~」
セルフィが不安そうに言った。
「ここにいてもしょうがないぜ!」
ゼルが先頭に立つ。
ロメオは短剣を抜いた。
「……俺もそう思う」
四人は暗い通路へ踏み込んだ。
*
大統領官邸の控室。
リノアは魔女イデアの前に立っていた。
目の前の女は、テレビ局で見たときと同じだった。
美しく、冷たい。
ただ立っているだけなのに、周囲の空気が重く感じられる。
リノアは喉を鳴らした。
「あの……」
イデアは何も言わない。
「私、このガルバディアの、軍の、大佐の、カーウェイの娘です」
言葉がぎこちなくなる。
「これから、父がお世話になると思って、本日は、ご挨拶に、来ました……あ、参りました」
イデアは静かにリノアを見ていた。
リノアは震える手で腕輪を差し出す。
「それで、あの、私から贈り物があるので、あの、ぜ、ぜひ……」
その瞬間。
イデアの目が細くなった。
リノアの身体が硬直する。
「……うっ」
見えない力が、全身を縛りつけた。
腕が動かない。
足も動かない。
声さえ出せない。
イデアはゆっくりと近づいた。
そして、リノアの顔を覗き込む。
「……愚かな娘」
低い声だった。
リノアは必死に身体を動かそうとした。
だが、指先一つ動かせなかった。
イデアは腕輪へ視線を落とす。
その表情に、わずかな嘲笑が浮かんだ。
次の瞬間、リノアの身体が宙へ浮いた。
見えない手に掴まれたように、壁際へ押しやられる。
腕輪が床へ落ちた。
金属音が響く。
イデアはもう、リノアを見ていなかった。
*
大統領官邸の正門前。
スコールとアーヴァインは、セレモニーの開始を待っていた。
やがて、官邸の扉が開く。
イデアが姿を現した。
その傍らには、デリング大統領が立っている。
そして。
「……おい」
アーヴァインが声を上げた。
「あの子……」
スコールは目を凝らした。
魔女の近くに、見覚えのある少女がいた。
「……リノア?」
彼女は明らかに様子がおかしかった。
自分の意思で動いているようには見えない。
スコールは拳を握った。
(……何をしているんだ、あいつは)
しかし、正門はまだ開かない。
今は動けなかった。
*
広場に集まった観衆の前で、イデアが口を開いた。
「……臭い」
その声は、広場全体へ響き渡った。
「……薄汚れた愚か者ども」
観衆のざわめきが止まる。
「古来より我々魔女は幻想の中に生きてきた。おまえたちが生み出した愚かな幻想だ」
イデアはゆっくりと手を広げた。
「恐ろしげな衣装を身にまとい、残酷な儀式で善良な人間を呪い殺す魔女」
広場は静まり返っていた。
「無慈悲な魔法で緑の野を焼き払い、温かい故郷を凍てつかせる恐ろしい魔女」
イデアは笑った。
「……くだらない」
スコールは眉をひそめた。
(……?)
「その幻想の中の恐ろしい魔女がガルバディアの味方になると知り、おまえたちは安堵の吐息か?」
イデアは観衆を見下ろした。
「幻想に幻想を重ねて夢を見ているのは誰だ?」
デリング大統領が慌てて近づいた。
「イ、イデア……いったい何を……」
しかし、イデアは大統領へ視線を向けただけだった。
「イデ……!」
次の瞬間。
魔法が放たれた。
デリング大統領の身体が宙へ浮く。
観衆から悲鳴が上がった。
「現実は優しくない」
イデアの声が響く。
「現実はまったく優しくない」
大統領は苦しげにもがいていた。
「ならば、愚か者、おまえたち! こうするしかない」
イデアは両手を広げた。
「みずからの幻想に逃げ込め!」
大統領の身体が激しく揺れた。
「私はその幻想の世界で、おまえたちのために舞い続けよう!」
観衆は恐怖に凍りついていた。
「私は恐怖をもたらす魔女として、未来永劫舞い続けよう!」
イデアは高らかに宣言した。
「おまえたちと私。ともに創り出す究極のファンタジー」
大統領の身体が力を失う。
「その中では生も死も甘美な夢」
イデアは笑った。
「魔女は幻想とともに永遠に!」
そして、最後に言い放った。
「魔女のしもべたるガルバディアも永遠に!」
広場に沈黙が落ちた。
イデアは倒れた大統領を見下ろした。
「……魔女には生け贄と残酷な儀式が必要らしい」
その言葉とともに、デリング大統領の身体が崩れ落ちた。
歓声は消えていた。
代わりに、恐怖のざわめきが広がっていく。
そして、イデアの背後に黒い影が現れた。
魔女の魔法によって生み出された、二体の異形。
その視線が、リノアへ向けられる。
*
「やばいぞ、まずいぞ、何とかするぞ!」
アーヴァインが声を上げた。
「リノアを助けに行くだろ?」
スコールは正門を見た。
「まだパレードが始まらない。門が開かない」
「マジかよ!?」
アーヴァインが頭を抱えた。
リノアは魔女の近くにいる。
しかも、動けない様子だった。
スコールは歯を食いしばった。
(……何をしているんだ、俺は)
任務を優先する。
それがSeeDだ。
しかし。
リノアは自分たちのクライアントでもある。
そして、彼女は今、明らかに危険な状況にいた。
*
カーウェイ邸の隠し通路を抜けた四人は、地下水路へ出ていた。
湿った空気。
暗い水面。
古びた石造りの通路。
セルフィが顔をしかめる。
「うわ~……」
ゼルは周囲を見回した。
「こんなとこに繋がってんのかよ」
ロメオは壁に手をついた。
「……知らなかった」
「ロメオでも知らないんだ?」
キスティスが尋ねる。
「うん。親父、こんな隠し通路があるなんて一言も……」
ロメオは言葉を止めた。
考えてみれば、軍の高官の邸宅だ。
緊急時の脱出経路があっても不思議ではない。
ただ、よりによって地下水路へ繋がっているとは思わなかった。
「……急ぎましょう」
キスティスが言った。
遠くから歓声が聞こえていた。
いや。
歓声ではない。
悲鳴だった。
「……始まったぜ」
ゼルが呟いた。
四人は走り出した。
*
大統領官邸の正門が、ようやく開いた。
魔女のパレードが始まったのだ。
スコールとアーヴァインは、人目を避けて官邸へ侵入した。
「さ、行こう! 助けに」
アーヴァインが先を急ぐ。
「悩むなよっ!! リノア、死んじゃうぞ!」
スコールは走った。
官邸の内部を抜け、階段を駆け上がる。
屋上へ続く通路。
魔女の控室。
その奥から、異様な気配が漂っていた。
「リノア!!」
スコールが叫んだ。
返事はない。
扉を開く。
そこには、床に倒れたリノアと、二体の異形がいた。
シュメルケ。
魔女の魔力によって動き出した怪物だった。
「リノアを助けなきゃ!」
アーヴァインが銃を構える。
スコールはガンブレードを抜いた。
シュメルケが飛びかかってくる。
スコールは刃を振るい、敵の攻撃を弾いた。
アーヴァインの銃声が響く。
一体が後退する。
もう一体が天井へ跳び上がった。
スコールは追いかけず、リノアとの間に立った。
(……まず、こいつらを倒す)
シュメルケが再び襲いかかる。
ガンブレードの刃が閃いた。
続いて、アーヴァインの銃弾が敵を貫く。
二体の怪物は、ほどなくして動かなくなった。
静寂が戻る。
スコールはリノアへ駆け寄った。
「リノア」
彼女は震えていた。
「……こわかった」
スコールは膝をついた。
「もう終わった」
「こわかった……こわかったの、私、こわかったの」
リノアは顔を上げた。
「ほんとに、こわかったんだよ……」
スコールは少し黙った。
「バトルはいつものことだろ?」
リノアは首を振った。
「だめだったの、ひとりじゃだめだったの」
その声は震えていた。
「私、ひとりじゃ戦えなかったの」
(……そのへんが素人なんだよな)
スコールは立ち上がった。
「もう行く」
リノアが顔を上げる。
「あんたの命令は覚えている」
スコールは手を差し出した。
「俺のそばから離れるな」
リノアはその手を見た。
そして、小さく頷いた。
「……うん」
*
時計部屋。
スコールたちは、隠されていた狙撃用ライフルを見つけた。
アーヴァインは銃を手に取り、静かに確認する。
先ほどまでの軽い口調は消えていた。
「アーヴァイン・キニアス」
スコールが声をかける。
「あとはおまえに任せる」
アーヴァインは頷いた。
しかし、その表情は硬かった。
(……何だ。急におとなしくなって)
スコールは少し考えた。
(ああ、集中力を高めるのか)
狙撃手の孤独。
アーヴァインが以前話していたことを思い出す。
(……確かにそうかもな)
時計部屋は静かだった。
外の歓声も、ここまではほとんど届かない。
(……パレードはどうなった?)
スコールは窓から外を見た。
環状道路を進むパレードカー。
その上には、魔女イデアが立っていた。
そして。
(……サイファー?)
魔女のそばに、見覚えのある男がいた。
銀髪。
長いコート。
ガンブレード。
(……生きてたんだな)
スコールはリノアへ振り返った。
「リノア」
「……何?」
「サイファーは生きてるぞ」
リノアが目を見開いた。
「……え?」
「あいつ、魔女とパレードしてる」
リノアは窓へ駆け寄った。
遠くに見える男の姿。
間違いない。
サイファーだった。
「……どういうこと?」
「知るか」
スコールは短く答えた。
だが、頭の中では別のことを考えていた。
(もし、俺が魔女と直接バトルすることになったら……)
サイファーとも戦うことになるのか。
(……敵を選べないSeeDの宿命か)
スコールは窓の外を見た。
「俺の手でサイファーを死なせることになるかもしれない」
リノアは黙った。
そして、静かに言った。
「……覚悟、してるんだよね、お互い」
スコールは振り返らなかった。
「そういうこと、あっても普通のこと。そういう世界で生きてるんだもんね」
リノアは続けた。
「心のトレーニング、たくさんしてきたんだよね」
少しだけ声が震える。
「でも、でも、もちろん……避けられたらなって思うよ」
(避けられたら……か)
スコールはアーヴァインを見た。
「キニアス次第だ」
アーヴァインは銃を構えていた。
しかし、その手がわずかに震えている。
(……まさか)
スコールは目を細めた。
(こいつ、ビビってるのか!?)
「まさか、おじけづいたんじゃ……」
アーヴァインは俯いた。
「や、やっぱり、だめみたいだ」
*
地下水路を抜けたキスティスたちは、凱旋門の内部へ戻っていた。
「ふぃ~、ギリギリだぜ」
ゼルが息を吐く。
セルフィも肩で息をしていた。
「ほんと、間に合った~」
ロメオは時計を見た。
十九時五十九分。
あと一分。
「……よし」
キスティスは制御盤の前に立った。
窓の外では、魔女のパレードカーが近づいていた。
ロメオは下を見た。
魔女イデア。
その隣には、サイファーがいる。
「……サイファー?」
思わず声が漏れた。
ゼルも窓へ駆け寄る。
「……あいつ!」
キスティスが目を見開いた。
「……生きていたのね」
だが、今は喜んでいる場合ではない。
魔女を閉じ込める。
それが任務だった。
パレードカーが凱旋門へ入る。
時計の針が二十時を指した。
「今だ、先生!」
ゼルが叫んだ。
「スイッチを!」
キスティスは制御盤を操作した。
重い機械音が響く。
巨大な鉄格子が、ゆっくりと降り始めた。
観衆から悲鳴が上がる。
パレードカーが止まった。
魔女イデアは、鉄格子に囲まれた凱旋門の中に閉じ込められた。
ロメオは短剣を握った。
(……頼むぞ、スコール)
*
時計部屋。
ギミック時計がせり上がり、狙撃位置が開けた。
魔女の姿が、正面に見える。
「アーヴァイン・キニアス!!」
スコールが叫んだ。
アーヴァインは銃を構えたまま動かなかった。
「だ、だめだ……すまない、撃てない」
声が震えていた。
「僕、本番に弱いんだ。ふざけたり、カッコつけたりして、何とかしようとしたけど……だめだった」
スコールは苛立ちを抑えた。
「いいから撃て」
「僕の銃弾が魔女を倒すんだ」
アーヴァインは続けた。
「歴史に残る大事件だ。このガルバディアの、世界の未来を変えてしまうような事件だ」
その手は震えていた。
「そう考えたら僕は……」
「もうしゃべるな! 撃て!」
「撃てないんだッ!」
アーヴァインが叫んだ。
スコールは一瞬、黙った。
そして、声を落とした。
「……アーヴァイン・キニアス」
アーヴァインが顔を上げる。
「落ち着け。みんながおまえを待っている」
スコールは続けた。
「外してもいいから撃て。先のことは俺たちに任せればいい」
アーヴァインは黙っていた。
「ただの合図だと思えばいい」
スコールははっきりと言った。
「俺たちに行動を起こさせるサインだ」
アーヴァインは小さく呟いた。
「……ただの合図」
(そうだ、アーヴァイン・キニアス)
スコールは頷いた。
「頼む」
アーヴァインは目を閉じた。
深く息を吸う。
そして、再び銃を構えた。
「……ただのサイン」
照準の向こうに、魔女イデアがいた。
アーヴァインは引き金を引いた。
銃声が響く。
弾丸が一直線に飛んだ。
しかし。
イデアの前に、透明な障壁が現れた。
弾丸は魔女へ届く寸前で弾かれた。
アーヴァインが呆然とする。
「……すまない」
スコールは首を振った。
「気にするな。狙いは正確だった」
そして、ガンブレードを抜く。
「あとは俺に任せればいい」
リノアが顔を上げた。
「スコール……」
「俺は今から魔女に突っ込む」
スコールは二人を見た。
「アーヴァインとリノアも、念のため装備をしておけ」
アーヴァインは頷いた。
「……分かった」
スコールはリノアへ視線を向ける。
「リノアを頼んだぞ」
そして、時計部屋を飛び出した。
*
凱旋門の内部。
キスティスたちは、狙撃の瞬間を見守っていた。
銃声。
そして、魔女の前に現れた障壁。
「……弾かれた!」
セルフィが叫んだ。
ゼルが拳を握る。
「くそっ!」
ロメオは魔女を見た。
イデアは、何事もなかったかのように立っている。
『……やはりな』
ラムウの声が響いた。
(……魔女の防御か)
『並の攻撃では届かぬ』
ロメオは短剣を抜いた。
「……キスティス」
「ええ」
キスティスも状況を理解していた。
狙撃は失敗。
次は総攻撃だ。
「私たちも動くわよ!」
「了解!」
ゼルが拳を握った。
セルフィもヌンチャクを構える。
ロメオは凱旋門の出口へ向かった。
(……スコール、無茶するなよ)
*
凱旋門の下。
スコールは魔女の前に立っていた。
その前に、一人の男が進み出る。
サイファーだった。
「……こういうことになった」
サイファーは笑った。
「よろしくな」
スコールはガンブレードを構えた。
「魔女のペットになったのか?」
サイファーは肩をすくめた。
「魔女の騎士と言ってくれないか?」
そして、誇らしげに言った。
「これが俺の夢だった」
スコールは黙った。
サイファーの夢。
子供の頃から、何度も聞かされた言葉だった。
魔女の騎士。
その夢を、こんな形で叶えるとは思わなかった。
サイファーはガンブレードを構えた。
「勝負だ、スコール!」
スコールも構える。
「……来い」
二本のガンブレードが激突した。
金属音が響く。
サイファーは勢いよく踏み込んだ。
スコールはその攻撃を受け流す。
続けて、横薙ぎの一撃。
サイファーが後退する。
「……やるじゃねえか!」
サイファーは笑った。
再び踏み込む。
炎をまとった斬撃が放たれた。
スコールは身を翻し、紙一重でかわす。
そして、反撃。
ガンブレードの刃がサイファーを捉えた。
「クッ、やるな……」
サイファーが膝をつく。
だが、すぐに立ち上がった。
「まだだ!」
再び突進する。
スコールは正面から受け止めた。
刃がぶつかる。
火花が散る。
そして。
スコールの一撃が、サイファーの防御を崩した。
サイファーは大きく後退し、地面に膝をついた。
「……この俺が負けただと!?」
スコールはガンブレードを下ろした。
「腕が落ちたな、サイファー」
サイファーは歯を食いしばった。
その背後で、イデアがゆっくりと前へ出た。
「……SeeDだな」
冷たい声だった。
スコールは顔を上げる。
「……腐った庭にまかれた種か」
イデアは静かに笑った。
その瞬間。
凱旋門の上から、複数の足音が響いた。
「スコール!」
キスティスの声。
ゼル、セルフィ、ロメオが続いていた。
ロメオは倒れたサイファーを見た。
「……サイファー!」
サイファーが顔を上げる。
「……あ?」
「お前、本当に生きてたんだな!」
ロメオは思わず言った。
サイファーは鼻で笑った。
「勝手に殺すんじゃねえよ」
「……そうだな」
ロメオは少しだけ笑った。
しかし、すぐに魔女へ視線を向けた。
イデア。
ティンバーで見たときと同じ、圧倒的な魔力。
ロメオは短剣を構えた。
(……今度は、逃げない)
*
そのとき、背後から声がした。
「スコール!」
リノアだった。
アーヴァインも続いている。
「……リノア?」
ロメオが振り返る。
「お兄ちゃん!」
リノアは兄の姿を見て、一瞬だけ安心したようだった。
しかし、すぐにスコールへ向き直る。
「一緒なら戦えるから!」
そして、はっきりと言った。
「だから来たの! 私も戦うから」
アーヴァインが銃を構えた。
「あのままじゃカッコ悪すぎだよな」
スコールは二人を見た。
そして、仲間たちへ視線を向ける。
キスティス。
ゼル。
セルフィ。
ロメオ。
リノア。
アーヴァイン。
全員が揃っていた。
スコールは短く頷いた。
「……分かった」
ロメオはリノアへ近づいた。
「……無茶したな」
「お兄ちゃんだって」
「俺は無茶してないぞ」
「嘘」
ロメオは苦笑した。
そして、妹の肩を軽く叩いた。
「……今度は一人じゃないからな」
リノアは頷いた。
「うん」
スコールがガンブレードを構え直す。
「……行くぞ」
全員が武器を構えた。
イデアは彼らを見下ろしていた。
「……SeeD」
その声には、明らかな敵意があった。
「呪われし、種」
次の瞬間、凄まじい魔力が放たれた。
スコールが前へ出る。
ゼルが拳を握る。
セルフィがヌンチャクを振るう。
キスティスが鞭を構えた。
アーヴァインが銃を向ける。
リノアが魔法を唱える。
そして、ロメオの短剣に雷が走った。
『……来るぞ』
ラムウの声が響く。
(分かってる!)
ロメオは地面を蹴った。
魔法剣。
雷をまとった二本の刃が、イデアへ向かう。
しかし。
イデアは片手を上げた。
強烈な魔力の波が、ロメオの身体を押し返す。
「……っ!」
ロメオは空中で身をひねり、地面へ着地した。
その隙に、スコールが斬り込む。
ガンブレードの刃が閃いた。
イデアは魔法で防ぐ。
続いて、ゼルが拳を叩き込んだ。
セルフィの攻撃が続く。
キスティスの鞭が魔女の腕を狙った。
アーヴァインの銃声が響く。
リノアの魔法が炸裂した。
魔女の周囲に、激しい光が走る。
イデアの表情が変わった。
「……こしゃくなSeeDめ!」
魔女の魔力が膨れ上がる。
空気が震えた。
ロメオは短剣を構え直した。
(……まずい)
ラムウの声が、鋭く響く。
『退け!』
その瞬間。
イデアの前に、巨大な氷の槍が現れた。
鋭く、長く、透き通った氷。
それは、まっすぐスコールへ向けられていた。
「……スコール!」
ロメオが叫んだ。
スコールは顔を上げた。
次の瞬間。
氷の槍が放たれた。
閃光。
そして、衝撃。
スコールの身体が、宙へ弾き飛ばされた。
「スコール!!」
リノアの叫びが響いた。
ロメオは駆け出そうとした。
しかし、魔女の魔力が再び膨れ上がる。
視界が白く染まった。
音が遠ざかる。
身体が動かない。
(……くそっ)
ロメオは必死に手を伸ばした。
倒れたスコールへ。
だが、その指先は届かなかった。
最後に見えたのは、魔女イデアの冷たい微笑みだった。
そして、すべてが闇に沈んだ。