FINAL FANTASY VIII もう一人のレウァール 作:Kurumimogomogo
フィッシャーマンズ・ホライズン。
海上に築かれた町の中央に、バラム・ガーデンが停泊していた。
その巨大な姿を、ロメオは飽きもせず見上げていた。
「……いやあ、すごいな」
「それ、何回目だよ」
隣でゼルが呆れる。
「五回目くらいかな」
「もっと言ってるだろ」
「そうかもしれない」
ロメオは笑った。
巨大な円形の建造物。中央にそびえる塔。幾重にも重なった外壁。
何より信じられないのは、これが海を渡ってきたという事実だった。
「学校が動くなんて、誰が考えたんだろうな」
「オレに聞くなよ。オレだってびっくりしたんだから」
「でも、君は乗ってたんだろ?」
「乗ってたけどよ!」
ゼルは頭をかいた。
「そもそも、ミサイルを避けるために必死だったんだ。動くなんて思ってもみなかったぜ」
その言葉に、ロメオは手帳を開いた。
「そうだ。その話、ちゃんと聞かせてくれないか?」
ゼルは少し考えた。
「……いいけど、長くなるぜ?」
「望むところさ」
少し離れた場所では、スコールがキスティスたちに説明を始めていた。
ミサイル基地へ向かった四人と、バラム・ガーデンへ戻った三人。
それぞれが経験した出来事を、ようやく落ち着いて話せるようになったのだ。
「ガーデンに戻ったとき、内部では争いが起きていた」
スコールが言った。
「学園長派とマスター派に分かれていたんだ」
「マスター派?」
キスティスが眉をひそめた。
「ノーグってやつだよ」
ゼルが答えた。
「ガーデンの地下にいたんだ。でっけえ機械みたいな装置に入っててさ」
「ノーグ……」
キスティスはその名を繰り返した。
スコールは続ける。
「ミサイルが発射されたことは分かっていた。俺たちは、何とかしてガーデンを守ろうとした」
ロメオは顔を上げた。
「……待ってくれ。俺たちが潜入した基地からは、発射を阻止したはずだろ?」
「ああ」
スコールは頷いた。
「だが、ミサイル基地は一つじゃなかった」
ロメオの表情が変わった。
「……そういうことか」
キスティスが静かに言った。
「私たちが潜入した基地では、発射準備を妨害したわ。施設も破壊した。でも、ガルバディア軍には別のミサイル基地があったのね」
「そういうことだ」
スコールは答えた。
「俺たちがガーデンへ戻った時点で、別の基地から発射されたミサイルが迫っていた」
セルフィは俯いた。
「……トラビアにも、撃たれたんだよね」
誰もすぐには答えなかった。
セルフィは唇を噛んだ。
「あたしたちが止めた基地だけじゃ、足りなかったんだ……」
「セルフィ」
キスティスが声をかける。
「あなたたちは、できる限りのことをしたわ」
「……うん」
セルフィは頷いた。
だが、その表情は晴れなかった。
ロメオは手帳を閉じた。
ミサイル基地での出来事を思い出す。
偽装した軍用車。
潜入。
発射装置の操作。
そして、自爆装置。
あのとき、四人は基地の破壊に成功した。
だが、それですべてのミサイルを止められたわけではなかった。
(……戦争って、そういうものなのかもしれないな)
一つの場所で勝っても、別の場所では戦いが続いている。
ロメオは小さく息を吐いた。
「……それで、ガーデンはどうやって助かったんだ?」
ゼルが待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「それがすげえんだよ!」
スコールは続けた。
「地下に、ガーデンを動かすための装置があった」
「動かすための?」
「ああ。詳しい仕組みは分からない。だが、シド学園長はその存在を知っていた」
「それを動かしたのね」
キスティスが言った。
「そうだ」
スコールは頷いた。
「ミサイルが到達する前に、装置を起動させた」
ゼルが身振りを交えて説明する。
「そしたら、ガーデン全体がものすごく揺れてよ! 地面から浮き上がったんだ!」
「浮き上がった!?」
ロメオが目を丸くした。
「それで、そのまま移動を始めた」
スコールは淡々と言った。
「ミサイルはガーデンがあった場所に着弾した。俺たちは間一髪で逃れた」
「……すごいな」
ロメオは呟いた。
「でも、操縦できなかったんだよな」
ゼルが続けた。
「ガーデンが勝手に動いて、そのまま海に出ちまったんだ」
「そして、F.H.に衝突した」
スコールが締めくくった。
ロメオはしばらく黙っていた。
そして、手帳に書き込んだ。
『バラム・ガーデン。別基地から発射されたミサイル攻撃を、地下の移動機構によって回避。制御不能のまま海上を移動し、F.H.へ到達』
書き終えると、顔を上げた。
「……ところで、そのノーグって人は?」
スコールは少し間を置いた。
「……戦った」
「え?」
「倒した」
「……なるほど」
ロメオは手帳を閉じた。
「君たちの話って、途中から急に物騒になるよね」
「おまえらだって基地を爆破してきたんだろ!」
ゼルが言った。
「それはそうなんだけどさ」
ロメオは笑った。
「俺はもう少し、平和な旅行記を書きたいんだよ」
アーヴァインが肩をすくめた。
「それなら、僕らと一緒にいるのは向いてないかもねえ」
「……最近、そう思い始めてる」
*
ガーデン内部は、外から見る以上に傷んでいた。
廊下には修理用の資材が積まれ、壁や天井の一部が取り外されている。
それでも、生徒たちは普段どおりに行き交っていた。
ロメオは中央ホールに立ち、ゆっくりと周囲を見回した。
吹き抜けの広い空間。
各施設へ続く通路。
案内板には、教室、図書室、訓練施設、食堂、保健室といった文字が並んでいる。
「……本当に学校なんだな」
リノアが隣に立った。
「何だと思ってたの?」
「もっと軍隊の施設みたいな場所かと」
「実際、軍隊みたいなところもあるけどね」
リノアは笑った。
「でも、普通に授業もあるし、食堂もあるんだよ」
「学園祭もあるんだろ?」
「うん。セルフィがすっごく張り切ってた」
ロメオは案内板を見た。
「図書室まであるのか」
「行ってみる?」
「もちろん!」
リノアは呆れたように笑った。
「お兄ちゃん、本当に観光客みたい」
「記者だからね」
「任務中なんだけど?」
「今は自由時間だろ?」
そう言って、ロメオは歩き出した。
ところが、数歩進んだところで足を止める。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「図書室って、どっちだっけ?」
「今、案内板見てたじゃない!」
「見てたよ」
「じゃあ、どうして分かんないの!」
リノアの声が中央ホールに響いた。
近くを通りかかった生徒が、何事かと振り返った。
ロメオは笑ってごまかした。
「いやあ、立派な建物だなあ」
「話そらさない!」
*
そのころ、スコールはアーヴァインから報告を受けていた。
「シド学園長のOKが出たから、ガーデン修理の人たちに入ってもらったぞ」
「そうか」
「あのさ~?」
「なんだ?」
「その……なんだ。F.H.の人って腕がいいみたいだからさ」
アーヴァインは妙に言いにくそうだった。
「直してもらいたいものがあったら、ついでに頼んでいいかな?」
(……?)
スコールは少し考えた。
「ガーデン修理に支障がないのなら好きにしてくれ。……あまり無理を言うなよ」
「そりゃ~もう、任せとけって」
アーヴァインは嬉しそうに笑った。
そして、スコールの後ろをついて歩き始めた。
しばらくして、スコールは振り返った。
「どうしてついてくるんだ?」
「セルフィが落ち込んでるんだよね~」
「……セルフィ?」
「トラビアのこともあるし、学園祭のステージも壊れちゃったしさ」
アーヴァインは肩をすくめた。
「あんた、みんなのリーダーだから元気づけてやるのも役目のうちだろ? そういうの苦手そうだから、僕が力を貸しましょーってわけ」
(……余計なお世話だ)
だが、セルフィが落ち込んでいるのは気になった。
「セルフィ、どこだ?」
「学園祭のステージんとこ」
スコールは歩き出した。
アーヴァインも続く。
修理作業中の区画に入ると、周囲では大きな機械が動いていた。
金属を切断する音。
資材を運ぶ作業員。
天井から吊り下げられた大型の部品。
「ちょ、ちょっと待って……」
アーヴァインが足を止めた。
「なに、修理に入るってこういうことを言うわけ~?」
「小さな工具でコツコツやると思ったのか?」
「いや……そうじゃないけど」
「行くぞ」
「こういうことには頼もしいのね、うちの班長……」
*
学園祭のステージは、ひどい有様だった。
床板は割れ、照明設備は倒れ、舞台の一部が崩れている。
セルフィはその前に立っていた。
「ひどいね~、これ」
スコールが隣に立つ。
「ガーデンが動き出したり、F.H.にぶつかったり……いろいろあったからな」
「ここでバンドが演奏するの、見たかったな」
セルフィは壊れた舞台を見つめた。
「メンバーも、目をつけてる人が何人かいたんだよ……」
小さく息を吐く。
「あ~あ」
(……落ち込んでるな、確かに)
スコールは少し迷った。
何を言えばいいのか分からない。
だが、何も言わないわけにもいかない。
「……元気出せよ」
セルフィが振り返った。
「ありがと、スコール」
そして、少し笑った。
「でも、あんたみたいな無関心オトコに励まされるなんて意外~。そんなに落ち込んで見えるんだ、あたし」
(……俺は無関心なわけじゃない)
スコールは眉をひそめた。
(人並みに意見も考えもある。でも、どうしようもないことだって多いだろ。それに、人と話すのは面倒だし……)
「あ、またなんか考えてる~?」
セルフィが顔を覗き込んだ。
「でも、言わないんだよね~」
「……悪かったな」
「いいよ、いいよ!」
セルフィは笑った。
「あたし、大丈夫だからさ。スコールも元気出しなよ~!」
スコールはアーヴァインを見た。
「アーヴァイン・キニアス。ここは任せた」
「えあ!?」
そのとき、校内放送が流れた。
『スコール君、スコール君。学園長室まで来てください』
シドの声だった。
(……今度はなんだ?)
スコールはステージを後にした。
残されたアーヴァインは、セルフィを見た。
「……さて」
「ん?」
「落ち込んでてもしっかたないか~」
セルフィが自分で言って、頬を叩いた。
アーヴァインは笑った。
「そうだぜ、セルフィ。楽しいことしようぜ~」
「楽しいこと? なになに?」
(……頑張れ、僕)
アーヴァインはステージを指さした。
「彼らに頼もうよ。F.H.の人たちに」
「え?」
「彼ら、ガーデン直してるだろ? だったら、これくらいのステージを直すのなんて朝飯前だろ?」
「そうかな? やってくれるかな~?」
「心配するなって。説得するのに僕も力になるよ」
セルフィの目が輝いた。
「ってことは!」
「セルフィ・プロデュースのバンドがステージに立てるってことさ」
「やった~!」
セルフィは両手を上げた。
「ではでは、さっそく! メンバー集め、行きますか!」
アーヴァインは笑った。
(……いい感じ。こりゃ、いけるかも)
*
学園長室。
スコールはシドの前に立っていた。
「……私も、いろいろ考えました」
シドは穏やかな声で言った。
「これからのガーデンのことです」
スコールは黙っていた。
シドは続ける。
「魔女イデアとの戦いは、まだ終わっていません。ガーデンが動くようになった今、私たちは新しい道を進まなければならないでしょう」
「……それで?」
「スコール君。君に、ガーデンの指揮を任せたいと思っています」
スコールは目を見開いた。
「……俺に?」
「はい」
「……どうして俺なんですか」
シドは微笑んだ。
「君なら、みんなを導いてくれると思うからです」
(……勝手なことを)
スコールは黙った。
自分はまだ十七歳だ。
ガーデンには、自分より経験のある人間が大勢いる。
なぜ、自分なのか。
なぜ、こんな役目を押しつけられるのか。
だが、シドは本気だった。
「……分かりました」
スコールは短く答えた。
それ以上、何を言えばいいのか分からなかった。
*
ロメオが図書室にたどり着いたのは、中央ホールを出てから三十分ほど経ったころだった。
「……いやあ、遠かった」
実際には、それほど遠くない。
途中で訓練施設に入りかけ、食堂を一周し、保健室の前を二度通った結果だった。
図書室には、授業を終えた生徒たちが思い思いに過ごしていた。
ロメオは書架を眺めながら歩く。
魔法理論、G.F.研究、世界史、地理。
「へえ。こんな本まであるのか」
手に取ったのは、セントラ文明についての資料だった。
ページをめくっていると、近くの生徒たちの会話が聞こえてきた。
「そういえば、あのお姉さん、もういないんだよね」
「エルオーネさん?」
ロメオの手が止まった。
(……エルオーネ?)
「うん。学園長が探してた人でしょ?」
「少し前にガーデンを出ていったって聞いたけど」
ロメオは本を棚に戻した。
「ごめん。今、エルオーネって言った?」
二人の生徒が振り返る。
「え? はい」
「長い髪の、落ち着いた感じの女の人?」
「そうですけど……知り合いですか?」
「昔からの知り合いなんだ」
ロメオは笑った。
「そっか。ここにいたのか」
もう少し早く来ていれば、会えたのかもしれない。
「どこへ行ったか分かる?」
「いえ、そこまでは……」
「そっか。ありがとう」
ロメオは礼を言って、再び書架へ向かった。
エルオーネ。
久しぶりに聞いた名前だった。
幼いころ、彼女と話した記憶がある。
父ラグナとも深いつながりを持つ女性。
(……元気にしてるんだな)
それが分かっただけでも、少し嬉しかった。
ロメオは手帳を開いた。
『バラム・ガーデンにエルオーネが滞在していたらしい。すでに出発。行き先不明』
そこまで書いて、ペンを止めた。
「……ま、旅をしてれば、そのうち会えるか」
そう呟いて、セントラ文明の資料をもう一度手に取った。
今は、目の前の巨大なガーデンの方が気になる。
その仕組みを少しでも知りたかった。
ページをめくりながら、ロメオは楽しそうに笑った。
「それにしても、面白い学校だなあ」
*
夕方。
ロメオは中央ホールに戻ってきた。
そこでは、セルフィたちが何やら慌ただしく動いていた。
「……何してるの?」
ロメオが尋ねる。
セルフィが振り返った。
「ロメオ!」
そして、両手を広げた。
「コンサート!」
「……コンサート?」
「そう! 今夜、学園祭のステージで演奏するの!」
ロメオは目を丸くした。
「……もう直ったの?」
「F.H.の人たちが直してくれたんだよ~!」
セルフィは嬉しそうに笑った。
「すっごいでしょ!」
「それはすごいね」
ロメオは頷いた。
「……で、誰が演奏するの?」
「私たち!」
「……え?」
ロメオは周囲を見た。
ゼル。
キスティス。
アーヴァイン。
セルフィ。
全員、妙に張り切っている。
「……君たち、楽器できるの?」
ゼルが胸を張った。
「任せとけ!」
キスティスが苦笑する。
「まあ、何とかなるでしょ」
アーヴァインは帽子を押さえた。
「大丈夫、大丈夫。僕らに任せなって」
ロメオは少し考えた。
「……なるほど」
そして、笑った。
「じゃあ、俺は観客だね」
セルフィが頷いた。
「もちろん!」
「楽しみにしてるよ」
そう言って、ロメオは歩き出した。
セルフィが呼び止める。
「……どこ行くの?」
「ちょっと散歩」
「コンサートは!?」
「始まるまでには戻るよ!」
ロメオは手を振った。
ゼルが呆れたように言った。
「……あいつ、ほんと自由だな」
キスティスは笑った。
「記者って、ああいうものなのかしら」
アーヴァインが肩をすくめた。
「まあ、彼らしいんじゃない?」
*
夜。
ガーデンのステージには、明かりが灯っていた。
修理された舞台。
並べられた楽器。
集まった観客たち。
セルフィは舞台裏で深呼吸していた。
「……よし!」
アーヴァインが隣に立つ。
「準備はいいかい?」
「もちろん!」
ゼルは楽器を確認していた。
キスティスも落ち着いた様子で準備している。
アーヴァインは客席を見た。
「……さて、主役は来るかな」
*
そのころ、スコールはガーデンの廊下を歩いていた。
(……いい加減、退屈だな)
シドからガーデンの指揮を任されて以来、考えることばかり増えた。
自分が何をすべきなのか。
どうして自分なのか。
答えは出ない。
中央ホールへ向かう途中、キスティスとゼルの姿が見えた。
なぜか二人とも、こちらを見ている。
「(あ、来た来た)」
「(頼んだぜ、リノア)」
(……?)
スコールは眉をひそめた。
その先に、リノアが立っていた。
「よ、元気?」
(……どうだか)
スコールは答えなかった。
リノアは顔を覗き込んだ。
「あ、憂鬱そうな顔」
そして、先回りするように言う。
「悪かったな、って言わないで。それ言われると会話、続かないんだもん」
(……悪かったな)
スコールは口を閉じた。
リノアは笑った。
「ね、コンサート、一緒に行こう?」
(……そんな気分じゃない)
スコールは少し迷った。
だが、リノアは期待に満ちた目で見ている。
「……行くか」
「やった~!」
リノアは嬉しそうに笑った。
スコールはため息をついた。
(……まあ、いいか)
*
ステージへ向かう途中、アーヴァインが声をかけてきた。
「よっ、お二人さん!」
リノアが振り返る。
「アーヴァイン!」
アーヴァインはスコールへ近づき、小声で言った。
「いい雰囲気じゃな~い?」
「……何がだ」
「二人の思い出づくりの夜にぴったりの場所があるんだ」
(……思い出づくり)
スコールは眉をひそめた。
「ステージ横に、いい場所をキープしてある。目印に古雑誌を置いといたから、使いなよ」
「……古雑誌?」
「礼なんていらないって。我らがリーダーの役に立てば嬉しいぜ~」
(……おまえ、気を使ってるのか?)
スコールは少しだけ表情を緩めた。
「機会があれば使わせてもらう」
「僕らが行ったら交代してよね~」
アーヴァインは笑って去っていった。
*
ステージには、観客が集まっていた。
セルフィが舞台の中央に立つ。
「みなさ~ん!」
元気な声が響いた。
「今日は、ガーデンの若き指導者スコールの前途を祝して!」
(……なんだよ)
スコールは顔をしかめた。
「セルフィが贈ります! リノアも頑張れ~!」
リノアが笑った。
「……もう!」
セルフィは両手を広げた。
「では! セルフィバンドの素敵な演奏で~す!」
音楽が始まった。
最初は少しぎこちなかった。
ゼルがリズムを外しかけ、キスティスがそれを補う。
アーヴァインは余裕の表情を作っていたが、時々真剣な顔で楽器を見ていた。
セルフィは満面の笑みだった。
観客たちも笑顔になっていく。
リノアは手を叩いた。
「……いいね!」
スコールは黙って聴いていた。
思っていたより、悪くない。
いや。
むしろ、楽しい演奏だった。
*
そのころ、ロメオはコンサート会場にはいなかった。
ガーデンの外周を歩いていた。
夜の海。
F.H.の明かり。
そして、海上に浮かぶ巨大なガーデン。
ロメオは手帳を開いた。
『バラム・ガーデン。単なる教育施設ではなく、古代文明の技術を利用した移動要塞』
書きかけて、首を傾げた。
「……要塞、か」
少し違う気がした。
ここには、生徒たちの生活がある。
授業があり、食堂があり、図書室があり、学園祭がある。
戦うためだけの場所ではない。
ロメオは書き直した。
『バラム・ガーデン。戦うことを学ぶ学校であり、生徒たちが帰る場所でもある』
そして、笑った。
「……こっちの方がいいな」
遠くから、音楽が聞こえてきた。
ロメオは顔を上げた。
「……始まったのか」
少し迷った。
戻るべきか。
もう少し歩くべきか。
結局、ロメオは海の方へ歩き出した。
「……あとちょっとだけ」
*
ステージ横。
スコールとリノアは、アーヴァインが用意した場所に来ていた。
そこには、古雑誌が一冊置かれていた。
リノアが拾い上げる。
「……あ」
表紙を見て、顔を赤くした。
「えっちい本が落ちてる」
(……アーヴァイン)
スコールは目を閉じた。
(何考えてるんだ)
リノアは雑誌を元に戻した。
そして、スコールを見た。
「……ねえ」
「話があるんだろ?」
スコールは言った。
「ここでいいか?」
リノアは頷いた。
「うん」
「話ってなんだ?」
リノアは少し考えた。
「スコール、ガーデンの指揮をとることになったよね」
「……ああ」
「きっと、とっても大変なんだよね」
(……プレッシャーをかける気か)
スコールは黙った。
リノアは続けた。
「辛いこととか、愚痴を言いたくなることとか、いろんなことが起こると思うの」
少し笑う。
「でも、スコールは全部一人で抱えて、ムスッとして黙り込んじゃうに違いないって、みんなで話してたの」
(……みんなで俺のことを?)
「みんな、スコールの真似が上手なんだよ」
リノアは眉間にしわを寄せた。
「こうやって……」
「……俺は帰るぞ」
「ちがう! ごめん!」
リノアが慌てて手を振った。
「そうじゃなくて!」
スコールは足を止めた。
リノアは真剣な顔になった。
「みんなで話してたのは……スコールが考えてることとか、一人じゃ答えを出せそうにないこととか」
少し言葉を探す。
「……なんでもいいの」
スコールは黙っていた。
「なんでもいいから、もっと私たちに話してってこと」
リノアは続けた。
「私たちで役に立てることがあったら、頼ってね。相談してねってこと」
音楽が流れていた。
遠くで、セルフィの楽しそうな声が聞こえる。
「そうしてくれたら、私たちだって今まで以上に頑張るのにって、キスティスたちと話したの」
スコールは目を伏せた。
(……他人に頼ると)
胸の奥に、古い感覚が蘇った。
(いつか、辛い思いをするんだ)
自分を信じてくれる仲間。
信頼できる大人。
居心地のいい場所。
それに慣れてしまうと、失ったときが辛い。
(……いつまでも一緒にいられるわけじゃない)
ある日、突然。
誰もいなくなる。
それが、どれほど寂しいことなのか。
スコールは知っている気がした。
(……だったら)
最初から、一人でいればいい。
誰にも頼らなければいい。
誰も必要としなければいい。
(……違うか?)
リノアはスコールを見つめていた。
そして、ふっと笑った。
「こんな素敵な夜」
音楽が流れる。
「楽しい音楽」
リノアは隣のスコールを見た。
「隣には、かっこいい男の子」
スコールは顔をしかめた。
「……何だよ」
「おまけに、そのかっこいい彼は考えてくれてるの」
リノアは笑った。
「私が言ったことについて、一生懸命考えてくれてる」
スコールは黙った。
「彼、何も言わないけど、私には分かるんだ」
リノアは少しだけ顔を近づけた。
「ね。私たちの提案、どうかな?」
そして、少し不安そうに尋ねた。
「余計なお世話かな?」
スコールはしばらく黙っていた。
やがて、口を開く。
「……みんなの気持ちは分かった」
リノアが頷いた。
「でも……」
「『でも』はいらないの」
リノアはすぐに遮った。
そして、静かに言った。
「あのね。みんなで一緒にいられるのって、今だけかもしれないでしょ?」
スコールは顔を上げた。
「だから、せっかく一緒なんだから、たくさんお話しした方がいいと思うんだ」
スコールは目を伏せた。
「……今だけか」
そして、小さく呟いた。
「明日いなくなるかもしれない仲間なんて、いらない」
リノアは驚いたようにスコールを見た。
だが、すぐに首を振った。
「……なんでも悪く考えちゃうんだね」
スコールは答えなかった。
「未来の保証なんて、誰にもできないよ」
リノアは続けた。
「だから、今なの」
少しだけ強く言う。
「みんなが、今したいことは、スコールの力になりたいってこと」
スコールは顔を上げた。
「みんな、スコールが好きなんだよ」
リノアは笑った。
「スコールと一緒に頑張りたいんだよ」
(……俺と一緒に)
スコールは、その言葉を繰り返した。
リノアは頷いた。
「スコールは、そのことだけ覚えておいて」
そして、少しだけ声を落とした。
「一人じゃどうしようもなくなったときに、思い出して」
音楽が流れていた。
遠くで、誰かが笑っている。
「みんな、待ってるから」
スコールは黙っていた。
「保証はないけど、明日とか明後日とか、そんなにすぐにいなくなったりしないよ」
リノアは微笑んだ。
「……ねえ、スコール」
「なんだ?」
「スコールがしたいことって、何?」
少し考える。
「今とか、将来とか」
(……分からないんだよな)
スコールは目を伏せた。
「……悪いな。そういう話ならパスだ」
そして、リノアを見た。
「あんたはどうなんだ?」
リノアは少し考えた。
「遠い将来の話は……私もパス」
笑う。
「よく分からないの」
そして、少しだけ声を落とした。
「今は……」
スコールを見つめる。
「……こうしてたいな」
スコールは何も言わなかった。
リノアも、それ以上は何も言わなかった。
二人の間に、音楽だけが流れていた。
*
そのころ、ロメオはガーデンの外周にあるベンチへ腰を下ろしていた。
遠くのステージから、演奏が聞こえてくる。
「……なかなか上手いじゃないか」
ロメオは笑った。
そして、手帳を開いた。
今日一日の出来事を書き込む。
動くガーデン。
F.H.の町。
図書室。
エルオーネとの再会。
そして、仲間たちのコンサート。
最後に、短い一文を書いた。
『人は、帰る場所があるから旅に出られるのかもしれない』
ロメオはペンを止めた。
母の顔が浮かんだ。
父の顔も。
そして、リノアの笑顔。
スコールたちの姿。
「……帰る場所、か」
ロメオは空を見上げた。
星が見えていた。
どこか遠い場所で、父も同じ空を見ているのだろうか。
遠くで、演奏が終わったらしい。
拍手が聞こえてきた。
ロメオは立ち上がった。
「……さて」
そして、歩き出す。
「そろそろ戻らないと、リノアに怒られるな」
だが、数分後。
ロメオは見知らぬ通路の前に立っていた。
「……あれ?」
周囲を見回す。
「……ここ、どこだ?」
誰も答えなかった。
ロメオは少し考えた。
そして、笑った。
「……まあ、いいか」
手帳を片手に、再び歩き出した。
その足取りは、どこまでも軽かった。