FINAL FANTASY VIII もう一人のレウァール 作:Kurumimogomogo
フィッシャーマンズ・ホライズンが、ゆっくりと遠ざかっていく。
バラム・ガーデンの外壁に沿って設けられた展望通路には、潮風が吹き込んでいた。
修理を終えたガーデンは、再び海上を進み始めている。
巨大な学園が海を渡る。
考えてみれば、とんでもない光景だった。
「いやあ、何度見てもすごいな」
手すりにもたれたロメオが、感心したように呟いた。
隣のリノアは、もう何度目になるか分からない兄の感想に苦笑する。
「まだ言ってる」
「だって、学校が海を進んでるんだぞ?」
「それ、昨日も聞いたよ」
「昨日は昨日。今日は今日さ」
ロメオは手帳を開いた。
ページには、フィッシャーマンズ・ホライズンで見聞きしたことが細かく書き込まれている。
ガーデンの修理。
町の住民たち。
機械に囲まれた生活。
そして、争いを嫌う人々。
「……あの町、面白かったな」
「そう?」
「うん。武器を持たずに暮らそうとしてる人たちがいる。しかも、ただ戦争が嫌だって言ってるだけじゃなくて、自分たちの手で町を作ってるんだ」
ロメオは海の向こうを見た。
「いつか、ちゃんと取材してみたいよ」
「お兄ちゃん、取材したい場所ばっかり増えてない?」
「いいことじゃないか」
「その前に、ちゃんと目的地に着けるようにならないとね」
「……手厳しいな」
リノアは笑った。
ロメオも笑い返す。
だが、妹の顔を見て、少しだけ首を傾げた。
「……昨日は楽しかった?」
「え?」
「コンサート」
リノアの頬がわずかに赤くなる。
「……うん。楽しかったよ」
「そっか」
ロメオは満足そうに頷いた。
「それはよかった」
「お兄ちゃんは?」
「俺?」
「結局、来なかったじゃない」
「ああ……」
ロメオは気まずそうに視線を逸らした。
「途中までは行ったんだけどね」
「途中?」
「気づいたら、知らない通路にいた」
「……また?」
「おかしいな。確かに会場の方向へ歩いてたんだけど」
リノアは額を押さえた。
「もう……」
「まあ、おかげで普段入れないような場所を見られたよ」
「それ、入っちゃいけない場所じゃないの?」
「……そうとも言う」
リノアは呆れたように笑った。
ロメオも笑ったが、やがて手帳を閉じた。
「……スコールとは、少し話せた?」
リノアは海を見た。
「うん」
「そっか」
「……何?」
「いや。よかったなって」
それ以上は聞かなかった。
リノアも何も言わなかった。
昨日の夜、スコールと話したこと。
彼が抱えている不安。
誰かと親しくなることを避けようとする理由。
そして、それでも彼のそばにいたいと思ったこと。
それは、今はまだ自分の中にしまっておきたかった。
ロメオは妹の横顔を見て、小さく笑った。
「……まあ、あんまり無理するなよ」
「それ、お兄ちゃんに言われたくない」
「ひどいな」
「本当のことでしょ」
二人の笑い声が、潮風に混じって消えていった。
同じころ、ガーデンの操縦室では、スコールが海図を見つめていた。
フィッシャーマンズ・ホライズンを出発してから、しばらく経っている。
ガーデンは順調に航行していた。
問題は、行き先だった。
(……さて)
スコールは腕を組んだ。
(これから、どうする?)
魔女イデアを倒す。
目的は変わっていない。
だが、肝心の魔女がどこにいるのか分からない。
ガルバディア軍の動きも不明だ。
デリングシティへ戻るべきか。
それとも、別の場所で情報を集めるべきか。
(……学園長)
スコールは内心でため息をついた。
シドは自分をガーデンの指揮官に任命した。
それ自体は、もう受け入れるしかない。
だが、指揮官になったからといって、急に世界の事情が分かるようになるわけではなかった。
今までなら、任務を与えられればよかった。
目的地を告げられ、必要な情報を渡され、あとは実行する。
今は違う。
どこへ行くか。
何を調べるか。
誰を戦わせるか。
それらを自分で決めなければならない。
(……面倒だ)
「次はどこへ行くの?」
隣にいたキスティスが尋ねた。
スコールは海図から目を離さなかった。
「……考え中だ」
「そう」
キスティスは操縦席の窓から海を眺めた。
「魔女の居場所は分からないし、ガルバディア軍の動きも気になるわね」
「ああ」
「それに、エルオーネのこともあるし」
スコールは顔を上げた。
「……エルオーネ」
ガーデンに滞在していた女性。
だが、自分たちがフィッシャーマンズ・ホライズンへ到着する前に、すでにガーデンを離れていた。
行き先は分からない。
ガルバディア軍が彼女を探していることだけは確かだった。
(……なぜ、あいつらはエルオーネを探している?)
その名前には、妙な引っかかりがあった。
初めて聞いたはずなのに、どこか懐かしい。
ずっと昔に知っていたような気がする。
だが、思い出そうとすると、記憶がぼやけてしまう。
「……どうかした?」
キスティスが尋ねた。
「いや」
スコールは首を振った。
「何でもない」
「そう?」
キスティスはそれ以上聞かなかった。
そのとき、操縦室の扉が開いた。
「おじゃましま~す!」
セルフィが顔を出した。
いつもの明るい声だった。
「次の目的地、決まった~?」
「考え中だ」
「そっか~」
セルフィは窓の外を眺めた。
青い海が、どこまでも続いている。
しばらくして、彼女は少し遠慮がちに口を開いた。
「あのね、トラビア・ガーデンも行ってみる~?」
スコールが振り返る。
「トラビア?」
「うん。すっごい山奥だから、魔女も相手にしないかもしれないけど……」
セルフィは笑った。
「もしかしたらってこともあるし~……ってわけ」
スコールは彼女を見た。
(……ミサイル攻撃)
ガルバディア軍がトラビア・ガーデンへミサイルを発射したことは知っている。
セルフィたちがミサイル基地へ潜入したときには、すでにトラビアへの攻撃が始まっていた。
その後、どうなったのか。
正確な情報は入っていない。
(……だから行きたいのか)
セルフィはトラビア・ガーデンから転校してきたばかりだった。
友人も教師も、向こうに残っている。
心配しないはずがない。
それでも、セルフィは自分から行きたいとは言わなかった。
魔女がいるかもしれない。
そんな理由をつけている。
(……素直に言えばいいのに)
スコールは小さく息を吐いた。
「……選択肢に入れておく」
「ありがとう!」
セルフィはぱっと笑った。
「じゃ、決まったら教えてね~!」
手を振って出ていく。
扉が閉まると、キスティスが小さく息を吐いた。
「……セルフィ、無理に明るく振る舞ってる」
「……そうだな」
「本当は、今すぐにでも行きたいでしょうね」
スコールは海図に目を落とした。
それは分かっている。
できることなら、すぐにでも連れていってやりたい。
だが、ガーデンの指揮官として考えなければならないこともある。
(……指揮官、か)
スコールは腕を組んだ。
誰かの気持ちだけで進路を決めるわけにはいかない。
だが、誰かの気持ちを無視して決めるのも違う気がした。
(……難しいな)
そのとき、通信担当の生徒が声を上げた。
「スコール指揮官。バラム方面にガルバディア軍の艦船が確認されています」
「……バラム?」
「はい。港周辺で軍の活動が見られるようです」
キスティスが顔を上げた。
「バラムの町に?」
「詳しい状況は不明です」
スコールは考えた。
バラムはガーデンにとって最も身近な町だ。
ゼルの故郷でもある。
ガルバディア軍が占拠しているのなら、放置するわけにはいかない。
「……まずバラムへ向かう」
キスティスが頷いた。
「町の状況を確認するのね」
「ああ」
スコールは海図に指を置いた。
「その後、トラビアへ行く」
「分かったわ。セルフィにも伝えておく」
巨大なガーデンが、ゆっくりと針路を変えた。
スコールは窓の外を見た。
(……これでいいんだろうな)
誰も答えてくれない。
それでも、進路は決めなければならなかった。
しばらくして、ガーデンの館内放送が流れた。
『スコール指揮官より連絡。バラム方面にガルバディア軍の活動が確認されています。これよりバラムへ向かい、状況を調査します』
廊下を歩いていたゼルが足を止めた。
「……バラム?」
隣のセルフィが頷く。
「うん! その後はトラビアだって!」
「……そっか」
ゼルは少し考えた。
バラム。
自分が育った町。
母親が暮らしている場所。
ガルバディア軍がいるという話は、気になっていた。
「……母さん、大丈夫かな」
セルフィがゼルを見た。
「心配?」
「そりゃ、まあ……」
ゼルは頭をかいた。
「でも、母さんなら大丈夫だろ。あの人、強いし」
セルフィは笑った。
「ゼルのお母さん、そんなに強いの?」
「そりゃもう!」
ゼルは胸を張った。
「オレが小さいころなんて、毎日怒られてたぜ!」
「……それ、ゼルが悪いんじゃない?」
「うっ……」
セルフィは笑った。
ゼルもつられて笑う。
だが、二人とも、すぐに黙った。
それぞれの故郷。
それぞれの帰る場所。
今、そこがどうなっているのか分からない。
セルフィは窓の外を見た。
「……トラビア、無事だといいな」
ゼルは何も言わなかった。
代わりに、セルフィの肩を軽く叩いた。
「……大丈夫だって」
セルフィは笑った。
「うん!」
その笑顔を見て、ゼルは少しだけ胸が痛んだ。
バラムの海岸線が見え始めたのは、それから数時間後だった。
白い砂浜。
小さな港。
穏やかな海。
見慣れた景色だった。
だが、港の周辺には、普段見かけないものが並んでいた。
ガルバディア軍の車両。
兵士たち。
そして、町へ続く道に設けられた検問所。
「……なんだよ、あれ」
ゼルが呟いた。
スコールは窓の外を見た。
「……占拠されているな」
キスティスが頷いた。
「少なくとも、自由に出入りできる状況ではなさそうね」
リノアも顔をしかめた。
「……ひどい」
ロメオは港を見つめていた。
ガルバディア軍の配置。
検問所の位置。
兵士たちの動き。
かつてフューリーの手配で受けた軍事訓練の記憶が、自然と頭に浮かぶ。
「……町全体を封鎖してるみたいだね」
スコールが頷いた。
「まず、状況を確認する」
ゼルが拳を握った。
「よっしゃ! 行こうぜ!」
「……おまえは落ち着け」
「なんでだよ!」
「おまえの故郷だからだ」
ゼルは口を閉じた。
スコールは続けた。
「町の中には住民がいる。下手に騒げば、巻き込むことになる」
「……分かってるよ」
ゼルは少し不満そうに答えた。
ロメオが笑った。
「まあ、まずは話を聞こう。殴るのは最後の手段ってことで」
「おまえまで!」
ゼルが抗議する。
リノアは呆れたように笑った。
「お兄ちゃん、ゼルをからかわないの」
「いや、真面目な話だよ」
ロメオは肩をすくめた。
「こういうときは、相手が何を求めてるか知るのが先だ」
スコールはロメオを見た。
「……何か考えがあるのか?」
「まだないよ」
即答だった。
「……」
「でも、話せば分かることもあるだろ?」
スコールは小さく息を吐いた。
(……本当に、こいつは)
ガーデンを降りた一行は、バラムの町へ向かった。
港の入口には、ガルバディア兵が二人立っていた。
その奥にも、数人の兵士が配置されている。
「止まれ!」
兵士が声を上げた。
「現在、この町は魔女イデア様の命令により封鎖されている!」
ゼルが眉をひそめる。
「……なんだと?」
「調査が終わるまで、出入りは禁止だ!」
兵士は槍を構えた。
「用がないなら帰れ!」
ゼルが一歩前に出た。
「おい! オレ、この町の住人なんだぞ!」
「住人だろうが関係ない!」
「中に母さんがいるんだよ!」
「出入り禁止だと言っている!」
「んだと!?」
ゼルの拳が握られた。
スコールが肩を掴む。
「……やめろ」
「でもよ!」
「町の中には、おまえの母親もいるんだろ」
ゼルは口を閉じた。
その横で、ロメオが兵士に話しかけた。
「一つ聞いてもいいかな?」
「なんだ?」
「この町で、何を探しているんだい?」
「貴様に答える必要はない!」
「そうか。残念だな」
ロメオは肩をすくめた。
「俺たちも、人を探してるんだけど」
兵士の目が細くなる。
「……誰だ?」
スコールが口を開いた。
「エルオーネという女だ」
兵士の表情が変わった。
「何!?」
ロメオもスコールを見た。
(……エルオーネ?)
その名前は、ロメオにとっても聞き覚えのあるものだった。
幼いころ、父ラグナの周囲にいた女性。
そして、少し前までバラム・ガーデンに滞在していたらしい人物。
だが、彼女はすでにガーデンを去っている。
行き先は分からない。
「その女の情報を持っているのか!?」
兵士が身を乗り出した。
「まだ確かじゃない」
スコールは平然と答えた。
「この町で確かめたいことがある。だから入れてくれ」
兵士は迷った。
やがて、周囲の兵士と短く相談する。
「……いいだろう。ただし、何か分かったらホテルに滞在している司令官へ報告しろ」
「分かった」
スコールは歩き出した。
ゼルが目を丸くする。
「……おいおい、そんな簡単に入れんのかよ」
「おまえが殴りかかるよりは簡単だったな」
ロメオが笑った。
「うるせえ!」
ゼルは顔を赤くした。
町の中は、異様なほど静かだった。
普段なら観光客で賑わう通りに、兵士たちが立っている。
商店の多くは扉を閉め、住民たちは窓から外の様子を窺っていた。
「……ひどいね」
リノアが呟く。
ロメオは手帳を開きかけて、やめた。
今は取材をする場面ではない。
スコールは町を見回した。
「まず、ゼルの家へ行く」
「おう!」
ゼルが先頭に立った。
今度ばかりは、ロメオも道を間違える心配がなかった。
ディン家の扉が開くと、ゼルは勢いよく中へ飛び込んだ。
「ただいま!」
返事がない。
「……あれ?」
奥から足音が聞こえた。
「ゼル!?」
母親が姿を現した。
「母さん!」
ゼルは駆け寄った。
「無事だったか!」
「それはこっちの台詞よ!」
ディンは息子の顔を見つめた。
「どうやって町に入ったの!?」
「そりゃ、頭の使いようさ」
ゼルは得意げに胸を張った。
「エルオーネの情報があるって言ったら、一発だったぜ!」
ディンは深く息を吐いた。
「よかった……。また、あなたが考えなしに兵士を殴ってしまったのかと思ったわ」
「母さんまでそれかよ!」
「当然でしょう!」
ディンはゼルの額を指で押した。
「兵士たちは、騒ぎが起きたら魔女がこの町を焼き尽くすと言っているのよ」
スコールの表情が変わった。
「魔女イデアが、ここに?」
「いいえ。魔女本人は見ていないわ」
ディンは首を振った。
「でも、軍の中に変わった女性がいたの。灰色の髪で、片目を隠した……」
「風神だな」
スコールが言った。
ゼルも頷く。
「雷神もいるってことか?」
「たぶんな」
(……サイファーも来ているのか?)
スコールは窓の外を見た。
サイファー。
デリングシティで剣を交えた相手。
かつて同じガーデンで学んだ男が、今は魔女の騎士を名乗っている。
キスティスが静かに言った。
「サイファー、雷神、風神……少し前まで、このガーデンにいたのよね」
スコールは答えなかった。
ディンはゼルを見た。
「いい? 暴れればどうにかなるような喧嘩じゃないんだからね」
「分かってるって!」
「本当に?」
「……分かってるよ」
ゼルは少し声を落とした。
その様子を見て、ロメオは微笑んだ。
「いいお母さんだね」
「だろ?」
ゼルは即答した。
そして、少し照れたように鼻をこすった。
「……まあな」
ディンはロメオを見た。
「あら、あなたは?」
「ロメオ・カーウェイです。ゼルにはいつも世話になってます」
「こちらこそ。ゼルがお世話になっているみたいね」
「いやあ、そんなことは」
「おい! そこは否定しろよ!」
ゼルが抗議した。
家の中に、久しぶりに笑い声が響いた。
だが、スコールは笑わなかった。
窓の外を見つめていた。
町の中には、まだガルバディア兵がいる。
魔女イデアの名の下に、住民たちが閉じ込められている。
そして、その指揮を執っているのは、かつての仲間かもしれない。
(……雷神、風神)
スコールは目を細めた。
(……何をしているんだ、おまえたちは)
バラムの町に、冷たい風が吹いた。