FINAL FANTASY VIII もう一人のレウァール 作:Kurumimogomogo
海から流れてくる潮の匂いは、以前訪れたときと変わらない。石畳の道も、軒先に並ぶ植木鉢も、港へ続く緩やかな坂道も、何も変わっていないように見える。
ただ、人がいなかった。
いつもなら観光客が行き交う通りにはガルバディア兵が立ち、店の扉は閉ざされている。時折、家の窓から住民がこちらを窺うだけだった。
「……ったく、何なんだよ」
ゼルが吐き捨てた。
「母さんたちが何したってんだ」
「何もしていないでしょうね」
キスティスが答える。
「ガルバディア軍は、この町でエルオーネを探している。それだけのために住民を閉じ込めているのよ」
「……ふざけんなよ」
ゼルは拳を握った。
スコールは港の方を見た。
ガルバディア兵の配置は、町へ入ってきたときとほとんど変わっていない。ホテル前には特に多くの兵士がいる。
あそこが指揮所なのだろう。
「まず指揮官を探す」
スコールが言った。
「指揮官?」
「兵士を一人ずつ倒しても意味がない。命令を出している奴を何とかする」
「だったらホテルだろ!」
ゼルが歩き出そうとする。
「待て」
「何だよ!」
「ホテルには司令官がいると言っていた。指揮官は別にいるらしい」
ゼルは眉をひそめた。
「……ややこしいな」
「軍隊って、そういうものさ」
ロメオが言った。
「現場を動かす人間と、全体の責任者が別にいることは珍しくない」
「おまえ、こういうときだけ妙に詳しいよな」
「一応、訓練は受けてるからね」
「……一応?」
「まあ、成績については聞かないでくれ」
ロメオは笑った。
リノアが呆れたように首を振る。
「お兄ちゃん、座学は悪くなかったんでしょ?」
「実地の行軍で目的地を間違えたのがね」
「また道に迷ったの!?」
「山の中って、似たような木が多いだろ?」
「……それ、理由になってないよ」
ゼルが思わず笑った。
だが、すぐに表情を引き締める。
「とにかく、早く追い出そうぜ」
スコールは頷いた。
「ああ」
ホテルへ向かうと、入口に立っていた兵士が槍を交差させた。
「止まれ!」
「司令官に話がある」
スコールが告げる。
「司令官どのはお忙しい!」
「エルオーネについて確認したいことがある」
「その件なら、まず指揮官どのに報告しろ!」
「その指揮官はどこにいる?」
「パトロール中だ!」
「どこを?」
「知らん!」
ゼルのこめかみに青筋が浮かんだ。
「……おい」
「落ち着け」
スコールが短く言った。
「落ち着いてるって!」
「声が大きい」
「おまえらが小さすぎるんだよ!」
ロメオは兵士に向き直った。
「じゃあ、指揮官の特徴だけでも教えてくれないかな?」
「何?」
「顔が分からないと、会っても報告できないだろ?」
兵士は少し考えた。
「……大柄な男だ」
「ほかには?」
「……大柄だ!」
ロメオは頷いた。
「なるほど。分かりやすい」
「分かんねえよ!」
ゼルが叫んだ。
スコールは額を押さえた。
(……先が思いやられる)
ホテルを離れ、一行は町を歩いた。
ガルバディア兵たちはあちこちにいたが、どうにも緊張感が足りない。
港で居眠りをしている者。
民家の前で暇そうにしている者。
そして、魚の話ばかりしている者。
「……魚?」
キスティスが首を傾げた。
港の近くにいた兵士が、同僚に話している。
「指揮官どの、また釣りに行ったらしいぜ」
「本当に好きだよなあ」
「パトロール中じゃなかったのか?」
「釣りもパトロールのうちなんだとさ」
ゼルが足を止めた。
「……何やってんだ、あいつら」
ロメオは笑いをこらえていた。
「なかなか自由な指揮官らしい」
「笑い事じゃねえぞ!」
「いや、悪い。つい」
スコールは考えた。
(……大柄で、釣り好き。雷神か)
思い当たる人物がいる。
「……港を調べる」
そう言って歩き出した。
港には、釣り竿を持った老人がいた。
いつもの場所に座っているらしく、ガルバディア兵の姿にも慣れた様子だった。
「すみません」
ロメオが声をかける。
「少し聞きたいことがあるんですが」
「何じゃ?」
「この辺りで、軍の偉い人が釣りをしていませんでしたか?」
「おお、あの大きな兄ちゃんか」
老人は頷いた。
「さっきまでおったぞ」
「どこへ行きました?」
「魚を釣って、町の方へ戻っていったわい」
「魚?」
「うむ。妙な魚じゃったが、本人はえらく喜んでおった」
ロメオは礼を言った。
老人はスコールたちを見回した。
「おまえさんたち、あの兵隊どもを何とかしてくれるのか?」
スコールは少し考えた。
「……そのつもりだ」
「そうか」
老人は海へ視線を戻した。
「この町は、釣りをするにも気を遣わにゃならんような場所じゃなかったんじゃがな」
ゼルが唇を噛んだ。
スコールは老人に軽く頷き、一行を促した。
町へ戻る途中、キスティスが言った。
「指揮官は魚を持って戻ったのね」
「……ああ」
「でも、どこへ?」
ロメオが少し考えた。
「料理するなら、台所かな」
ゼルが顔を上げた。
「台所?」
「魚を生で食べるつもりじゃないだろ?」
「……あ!」
ゼルが叫んだ。
「母さんの家!」
スコールも顔を上げた。
「……行くぞ」
ディン家へ戻ると、母親が困った顔で出迎えた。
「あら、ゼル。どうしたの?」
「母さん! 軍の偉い奴、ここに来なかったか!?」
「来たわよ」
「やっぱり!」
「台所を貸してほしいって言われてね」
ディンはため息をついた。
「魚を焼いていったのよ。変な匂いが残って困ってるわ」
ロメオが尋ねた。
「どんな人でした?」
「大きな男の人だったわ。随分と気さくな感じだったけど……」
ゼルはスコールを見た。
「……雷神だろ、これ」
「そうだな」
スコールは頷いた。
ディンが首を傾げる。
「知り合いなの?」
「……まあな」
ゼルは顔をしかめた。
「昔の同級生みたいなもんだよ」
「あら、そうなの」
ディンは少し考えた。
「だったら、ちゃんと言ってあげなさい。人の台所を借りるなら、後片づけくらいしなさいって」
「……母さん」
「何?」
「そういう問題じゃねえんだよ」
ロメオが笑った。
「いや、大事なことだと思うよ」
リノアも頷く。
「うん。後片づけは大事」
「おまえらなあ!」
ゼルは頭を抱えた。
そのとき、外から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「大変だ!」
誰かが叫んでいる。
一行が外へ出ると、港の方から走ってきた住民が息を切らしていた。
「ガルバディア兵が倒れてる!」
スコールが眉をひそめた。
「……倒れてる?」
「何人もだ! 急に腹を押さえて!」
ロメオとゼルが顔を見合わせた。
「……魚?」
「……魚だな」
スコールは短く言った。
港へ向かうと、兵士たちが地面に座り込んでいた。
「うう……腹が……」
「指揮官どのの差し入れが……」
「何でこんなことに……」
駅員が困り果てた顔で立っていた。
「大変なんですよ」
キスティスが尋ねる。
「何があったんですか?」
「指揮官さんが魚を焼いて、部下に配ったらしいんですけど……」
駅員は倒れている兵士たちを見た。
「バラムフィッシュによく似た、バッダムフィッシュだったみたいで」
ゼルが額を押さえた。
「……あのバカ」
ロメオは少し感心したように呟いた。
「自分の部下に魚を配るところまでは、いい上司なんだけどね」
「結果が最悪だろ!」
「そうだね」
スコールは駅員に尋ねた。
「指揮官はどこへ?」
「さっき、列車の方へ行ったみたいですよ」
スコールは頷いた。
「……行くぞ」
駅の近くまで来ると、聞き覚えのある声が響いてきた。
「ふ、風神! ヒステリーはよくないもんよ!」
雷神だった。
大柄な体を縮こまらせ、灰色の髪の女性に叱られている。
「遅延!」
「ちゃんとパトロールしてたもんよ!」
「怠慢!」
「魚も釣ったもんよ!」
「愚行!」
「……そこまで言わなくてもいいもんよ」
ゼルが拳を握った。
「雷神!」
雷神が振り返った。
「……ん?」
そして、目を見開く。
「うおっ!? スコール! ゼル! キスティスまで!」
「よう、雷神」
ロメオが軽く手を上げた。
「……誰だもんよ?」
「ロメオ・カーウェイ。ガルバディアガーデン以来かな」
「ああ! あのときの!」
雷神は思い出したように頷いた。
「……って、何でおまえらがここにいるもんよ!?」
スコールは雷神を見た。
「それはこっちの台詞だ」
「俺たちは任務中だもんよ!」
「町を封鎖するのが任務か?」
「そうだもんよ!」
ゼルが怒鳴った。
「ふざけんな! この町にはオレの母さんもいるんだぞ!」
「……それは知らなかったもんよ」
「知らなかったで済むか!」
雷神は困ったように頭をかいた。
風神は無言でスコールたちを見ている。
「……エルオーネ」
風神が口を開いた。
「何処?」
スコールは目を細めた。
「……知らない」
「……」
「おまえたちも、エルオーネを探しているのか?」
「肯定」
風神は短く答えた。
雷神が棍を構えた。
「悪いけど、ここは通せないもんよ」
ゼルも拳を握る。
「上等だ!」
スコールはガンブレードを抜いた。
「……やるしかないか」
雷神が地面を蹴った。
棍が唸りを上げて振り下ろされる。
ゼルは横へ飛び、拳を構えた。
「相変わらず力任せだな!」
「おまえも相変わらずだもんよ!」
雷神は笑った。
だが、その一撃は本気だった。
ゼルが拳で棍を弾く。
金属音が響いた。
ロメオは短剣を抜き、雷神の側面へ回り込んだ。
「悪いね、雷神!」
「うおっ!?」
雷神が振り返る。
その隙に、スコールが踏み込んだ。
ガンブレードが雷神の棍を弾き、ゼルの拳が腹に入る。
「ぐぅっ!」
雷神は膝をついた。
「……やられちまったもんよ」
ゼルが拳を突き上げた。
「よっしゃ!」
風神が雷神を見下ろした。
「……敗北?」
「……そうだもんよ」
風神の片目が鋭くなった。
「怒!」
そのときだった。
「ふははは! 一人ではなーい!」
雷神が突然立ち上がった。
「大復活だもんよ!」
「なんでぇ!?」
ゼルが叫んだ。
「倒しただろ!」
「今度こそ本気を出すもんよ!」
雷神は棍を構えた。
風神も円月輪を取り出す。
スコールは二人を見た。
(……そこまでして、サイファーに従うのか)
戦いは、先ほどより激しかった。
風神の魔法が吹き荒れ、雷神の棍が地面を叩く。
ロメオは短剣に魔法をまとわせた。
「ラムウ!」
『……風を相手にするなら、足元を見失うでないぞ』
「分かってる!」
ロメオは風神の攻撃をかわし、雷神の側面へ回った。
ゼルが正面から突っ込む。
「今度こそ!」
拳が雷神の腹に決まった。
同時に、スコールが風神の円月輪を弾く。
短い沈黙。
やがて、二人は武器を下ろした。
「……やられちまったもんよ」
雷神が肩を落とす。
風神はスコールを見た。
「エルオーネ、何処?」
スコールは目を細めた。
「……知らない」
「……」
「おまえたち、魔女に命令されているのか?」
風神が首を振った。
「否!」
雷神も頷く。
「魔女なんて関係ないもんよ! 俺たちの考えでやってるもんよ!」
「……どんな考えだよ」
「俺たちはサイファー派だもんよ!」
ゼルが口を開きかけた。
だが、スコールが先に言った。
「それは構わない」
雷神が顔を上げる。
「でも、もう手を引けよ。これはガーデン内の喧嘩とは違う」
雷神は俯いた。
「……引けないもんよ」
「否」
風神も短く答える。
雷神は拳を握った。
「サイファーには手先がたくさんいるけど、仲間は俺たちだけだもんよ」
スコールは黙った。
「ガルバディア兵は魔女が怖いから従ってるだけだもんよ。俺たちまでいなくなったら、サイファーには誰もいなくなるもんよ……」
ゼルが声を荒らげた。
「だったら、バカなことやめさせろよ!」
「全部肯定!」
風神が即答した。
雷神も頷く。
「俺たちはそんな薄っぺらい仲間じゃないもんよ! サイファーのことは全部認めるもんよ!」
スコールは二人を見つめた。
(……仲間、か)
フィッシャーマンズ・ホライズンで、リノアに言われた言葉を思い出した。
『みんな、スコールが好きなんだよ』
『スコールと一緒に頑張りたいんだよ』
スコールは目を伏せた。
「……気持ちは分かった」
雷神と風神が顔を上げる。
「ガーデンに戻る気はないんだな?」
「……ないもんよ」
「否」
スコールは頷いた。
「なら、次に会ったときは手加減しない」
雷神は少し寂しそうに笑った。
「……分かってるもんよ」
風神が雷神の肩を叩く。
「泣言禁止! 走!」
二人はその場を去っていった。
ゼルは拳を握ったまま、しばらく動かなかった。
「……なんだよ、あいつら」
キスティスが静かに言った。
「サイファーを、本当に大切に思っているのね」
「だったら、なおさら……」
ゼルは言葉を切った。
ロメオは二人が去った方向を見ていた。
「……難しいな」
スコールが振り返る。
「何がだ?」
「仲間だから、止めるべきなのか。仲間だから、最後までついていくべきなのか」
ロメオは少し考えた。
「どっちも間違ってるとは言い切れない気がする」
スコールは答えなかった。
その言葉は、思った以上に胸に残った。
バラムの封鎖が解かれたのは、その日の夕方だった。
ガルバディア軍は撤収を始め、町には少しずつ日常が戻ってきた。
港では住民たちが顔を出し、閉じていた店の扉が開かれていく。
ゼルは母親に無事を報告した。
「……母さん」
「何?」
「もう大丈夫だぜ」
ディンは息子を見た。
「そう」
そして、少し笑った。
「よくやったわね」
ゼルは照れくさそうに鼻をこすった。
「……まあな」
「でも、無茶はしないこと」
「分かってるって!」
「本当に?」
「……分かってるよ」
ディンは笑った。
ロメオはその様子を見て、手帳に一行を書いた。
『戦争が終わるとは、兵士が去ることだけではない。家族が安心して帰りを待てるようになることだ』
ガーデンへ戻る途中、ゼルは何度も町を振り返っていた。
スコールは何も言わなかった。
ただ、少しだけ歩く速度を落とした。
ガーデンへ戻ると、セルフィが待っていた。
「おかえり~!」
スコールが頷く。
「……ただいま」
「バラム、どうだった?」
「封鎖は解いた」
「やったね!」
セルフィは笑った。
だが、すぐに少し遠慮がちな顔になった。
「……それで、次は?」
スコールは彼女を見た。
「トラビアへ向かう」
セルフィの表情が明るくなった。
「……ほんと!?」
「ああ」
「やった~!」
セルフィは両手を上げた。
「ありがとう、スコール!」
スコールは少し視線を逸らした。
「……別に」
キスティスが微笑んだ。
「素直に喜ばれてるんだから、受け取ればいいのに」
「……うるさい」
セルフィは笑った。
その笑顔を見て、スコールは少しだけ安心した。
バラム・ガーデンは再び海へ出た。
今度の目的地は、トラビア。
北へ向かうにつれ、空気は冷たくなっていった。
海の色が変わり、遠くに雪をかぶった山々が見え始める。
セルフィは展望デッキで、ずっと外を眺めていた。
ロメオが隣に立つ。
「……寒くない?」
「ちょっとだけ」
「中に入る?」
「ううん」
セルフィは首を振った。
「もう少し、ここにいたい」
ロメオは頷いた。
しばらく、二人は黙って海を見ていた。
「……ねえ、ロメオ」
「ん?」
「トラビア、どうなってると思う?」
ロメオはすぐには答えなかった。
ミサイル攻撃を受けたガーデン。
被害が小さいはずはない。
だが、どこまで破壊されたのか、誰が生き残ったのか、今は分からない。
「……行ってみないと分からないね」
セルフィは俯いた。
「……そっか」
「でも」
ロメオは続けた。
「行かなきゃ、何も分からない」
セルフィが顔を上げた。
「……うん」
「だから、ちゃんと見に行こう」
セルフィは少し笑った。
「……ありがと」
ロメオも笑った。
「どういたしまして」
そのとき、頭の中に声が響いた。
『……気休めは言わぬのじゃな』
ラムウだった。
(……言えないよ)
ロメオは心の中で答えた。
(無事だなんて、今は分からないから)
『……そうか』
ラムウはそれ以上何も言わなかった。
やがて、遠くに白い山々が見えてきた。
トラビア地方。
雪に覆われた大地。
冷たい風。
そして、その山間に、巨大な建物の影が現れた。
「……あ」
セルフィが声を漏らした。
ロメオが顔を上げる。
「……あれ?」
セルフィは頷いた。
「……うん」
その声は、かすかに震えていた。
「トラビア・ガーデンだよ」
近づくにつれ、建物の様子がはっきりしてきた。
崩れた外壁。
黒く焼け焦げた校舎。
雪の上に散乱する瓦礫。
かつての美しい学園は、無残な姿になっていた。
セルフィは何も言わなかった。
ロメオも、言葉を失った。
少し遅れて、スコールたちが展望デッキへやってきた。
ゼルが息を呑む。
「……なんだよ、これ」
キスティスは口元を押さえた。
リノアも、ただ立ち尽くしていた。
スコールは崩れた校舎を見つめた。
(……ミサイル)
自分たちがバラム・ガーデンで危機に直面していたころ。
ここでは、逃げることもできずに攻撃を受けたのだ。
スコールはセルフィを見た。
彼女は、ずっと校舎を見つめていた。
やがて、小さく呟く。
「……帰ってきたよ」
誰に向けた言葉なのか、分からなかった。
バラム・ガーデンは、ゆっくりとトラビアの大地へ近づいていく。
冷たい風が吹いた。
雪の向こうに、壊れた学園が静かに佇んでいた。
セルフィは拳を握った。
そして、顔を上げた。
「……行こう」
スコールは頷いた。