FINAL FANTASY VIII もう一人のレウァール 作:Kurumimogomogo
トラビア・ガーデンには、雪が降っていた。
崩れた校舎の壁に、薄く雪が積もっている。
ミサイルの直撃を受けた建物は、ところどころ鉄骨がむき出しになり、かつて教室だった場所には瓦礫が散乱していた。窓ガラスは砕け、焼け焦げた壁には大きな亀裂が走っている。
それでも、学園には人の姿があった。
生き残った生徒たちが瓦礫を運び、負傷者の手当てをし、壊れた設備の修理を続けている。
スコールは、その光景を黙って見ていた。
(……ミサイル攻撃)
バラム・ガーデンも、同じ攻撃を受けるはずだった。
地下の機構が動かなければ、今ごろ自分たちも瓦礫の下に埋もれていたかもしれない。
運がよかった。
そう考えるしかなかった。
「……ひでえな」
ゼルが呟いた。
キスティスは崩れた校舎を見上げた。
「これだけの被害で、よく……」
その先は言わなかった。
生き残った人間がいる。
それは、裏を返せば、生き残れなかった人間もいるということだった。
「……」
セルフィは、ずっと黙っていた。
いつもなら真っ先に話し始める彼女が、何も言わない。
スコールが声をかけようとしたとき、セルフィが突然顔を上げた。
「あっ!」
少し離れた場所にいた生徒たちを見つけたらしい。
「みんな~!」
セルフィは駆け出した。
声に気づいた生徒が振り返る。
「……セルフィ?」
「セルフィじゃない!」
「帰ってきたの!?」
次の瞬間、何人もの生徒が集まってきた。
「セルフィ!」
「無事だったんだ!」
「よかった!」
セルフィは友人たちに囲まれ、何度も頷いた。
「うん! あたしは元気だよ~!」
いつもの笑顔だった。
だが、その目には涙が浮かんでいる。
「みんなも……無事だったんだね」
友人の一人が頷いた。
「うん。でも……」
言葉が途切れた。
セルフィは周囲を見回した。
知っている顔がある。
見つからない顔もある。
彼女は一人ずつ名前を尋ねた。
返事が返ってくることもあった。
誰も答えないこともあった。
そのたびに、セルフィは小さく頷いた。
「……そっか」
そして、また笑った。
「でも、みんな頑張ってるんだね!」
友人の一人が目元を拭った。
「まだ、全然片づいてないけどね」
「大丈夫だよ!」
セルフィは両手を握った。
「トラビアは、こんなことで負けないもん!」
友人たちが笑った。
セルフィも笑った。
その姿を、スコールたちは少し離れた場所から見ていた。
「……無理してるな」
ゼルが呟いた。
キスティスは静かに頷いた。
「ええ」
リノアはセルフィを見つめていた。
「……強いね、セルフィ」
スコールは何も言わなかった。
(……強い、か)
そうなのだろうか。
泣きたいのを我慢しているだけかもしれない。
悲しんでいる暇がないだけかもしれない。
それでも、彼女は笑っていた。
ロメオは手帳を取り出した。
目の前には、記事にできることがいくらでもある。
戦争の被害。
生き残った生徒たち。
破壊された学園。
だが、ペンは動かなかった。
(……何を書くべきなんだろうな)
ロメオは手帳を閉じた。
リノアが隣に立つ。
「……書かないの?」
「今はね」
「どうして?」
「まだ、ちゃんと見てないから」
ロメオは崩れた校舎を見た。
「ここで何が起きたのか。みんなが何を失ったのか。少し見ただけで分かったようなことは書きたくない」
リノアは少し考えた。
「……そっか」
ロメオは笑った。
「それに、今はセルフィの友達として来てるからね」
リノアも小さく笑った。
「うん」
しばらくして、セルフィが戻ってきた。
「ごめん、お待たせ!」
いつもの明るい声だった。
「みんな、ワガママきいてくれてありがとう」
アーヴァインが帽子を押さえた。
「気ぃ落とすなよ~」
セルフィは彼を見た。
「ありがと」
そして、少しだけ表情を引き締めた。
「魔女とバトルするときは絶対連れてってね」
スコールが顔を上げた。
「敵討ちなんだから。もう、絶対なんだから」
セルフィは笑っていた。
だが、その声はわずかに震えていた。
スコールは頷いた。
「……分かった」
「約束だよ!」
「ああ」
セルフィは満足そうに笑った。
ゼルが拳を握る。
「当然だろ! みんなでやってやろうぜ!」
「うん!」
セルフィは大きく頷いた。
そのまま一行は、校庭の奥へ向かった。
崩れた建物の間を抜けると、比較的被害の少ない場所に出た。
かつて運動場だったのだろう。
地面には亀裂が走り、周囲には瓦礫が積まれている。
その中央に、バスケットゴールが残っていた。
リングは少し曲がっていたが、支柱は倒れていない。
ゼルが足元に転がっていたボールを拾った。
「……お、バスケットボールじゃねえか」
軽く弾ませる。
乾いた音が響いた。
「ちょっとやってみるか」
ゼルはゴールへ向かって投げた。
ボールはリングに当たり、地面へ落ちる。
「……惜しい!」
セルフィが笑った。
「へたっぴ~!」
「うるせえ!」
ゼルはボールを拾い直した。
その様子を、アーヴァインが少し離れた場所から見ていた。
帽子のつばを指で押さえ、何かを考えている。
スコールは気づいていたが、特に声はかけなかった。
そのとき、リノアが口を開いた。
「あのさ」
全員が振り返る。
「バトル……しなくちゃダメなのかな?」
ゼルが眉をひそめた。
「……は?」
「他の方法ってないのかな?」
リノアは崩れた校舎を見た。
「誰も血を流さなくてすむような、そういう方法……」
「おいおいおい!」
ゼルが声を上げた。
「今さらそりゃねえだろよッ!」
「分かってるよ!」
リノアも声を大きくした。
「でも、こんなの見たら……」
彼女は瓦礫を見回した。
「魔女を倒せば全部終わるの? また別の誰かが戦いを始めたら? そのたびに、誰かが死んじゃうんじゃないの?」
ゼルは口を閉じた。
リノアは続けた。
「どこかの頭のいい博士とかが、バトルしなくてもいい方法を考えてるとか……」
スコールは腕を組んだ。
(……戦わなくてもいい方法)
あれば、それに越したことはない。
だが、誰が考える?
誰が実行する?
自分たちが戦わなければ、魔女は何もしないでいてくれるのか。
(……そんなわけがない)
ティンバーで見た光景が頭をよぎる。
ガルバディア軍の占領。
抵抗する人々。
口では平和を願いながら、何もしない者たち。
そして、自分たちに助けを求める人々。
(……誰かが何とかしてくれる)
そう考えるのは簡単だ。
だが、その誰かが現れなかったら?
(俺たちはSeeDだ。戦うために訓練を受けてきた。今さら、戦わずに済む方法を誰かが考えてくれるのを待つのか?)
「スコール?」
リノアの声で我に返った。
「……何だ?」
「考えてること、声に出してくれないと分からないよ」
スコールは少し黙った。
そして、口を開いた。
「あんた……ティンバーの……一応、レジスタンスだっただろ?」
「……うん」
「他の口先だけの奴らと違って、武器をとって戦っていた……」
リノアは黙っている。
「それなのに、どうしたんだよ? 何があったんだ?」
リノアは少し考えた。
そして、俯いた。
「……怖くなった、かな」
スコールは眉をひそめた。
「怖い?」
「うん」
リノアはゆっくりと顔を上げた。
「わたし、みんなと一緒にいて、ときどき感じることがあるんだ」
誰も口を挟まなかった。
「あ、今、わたしたちの呼吸のテンポが合ってる……って」
リノアは胸に手を当てた。
「みんなで歩いてるときとか、くだらない話をしてるときとか。なんだか、すごく安心するの」
ロメオは妹を見た。
リノアは少し笑った。
「でもね、戦いが始まると違うんだ。みんなのテンポがどんどん早くなっていく」
スコールは黙っていた。
「私は置いて行かれて、なんとか追いつこうとして、でもやっぱりだめで……」
リノアの声が小さくなる。
「みんな、どこまで行くんだろう。もう、みんなの呼吸、聞こえない」
彼女はスコールたちを見回した。
「わたしが追いついた時には、みんな無事だろうか。みんな笑顔で迎えてくれるだろうか」
ゼルが目を伏せた。
「……みんな倒れていないだろうか。みんな一緒に帰れるだろうか」
リノアは言葉を切った。
「そう考えると……」
それ以上、続かなかった。
ロメオは妹の肩に手を置こうとして、やめた。
リノアは慰めてほしいのではない。
自分の気持ちを、みんなに伝えようとしているのだ。
そのとき、アーヴァインが口を開いた。
「わかるよ、リノア」
全員が振り返る。
アーヴァインはバスケットゴールを見上げていた。
「誰かがいなくなるかもしれない。好きな相手が自分の前から消えてしまうかもしれない。そう考えながら暮らすのって辛いんだよね~」
いつもの軽い口調だった。
だが、その声には普段と違う響きがあった。
「……だから僕は戦うんだ」
スコールがアーヴァインを見た。
「……どういう意味だ?」
アーヴァインは帽子を押さえた。
「僕が子供のころ……ありゃ四歳くらいだったかなあ」
彼はゼルの持っていたボールを受け取った。
「僕、孤児院にいたんだよね~」
ボールを軽く弾ませる。
「大勢の子供たちがいて……みんな親がいなくてさ~」
ボールが地面を打つ音だけが響いた。
「魔女戦争が終わった頃だったから、親の無い子は沢山いたんだよね」
アーヴァインはゴールを見た。
「ま、僕がいたのはそんなところだったわけ」
そして、少し笑った。
「で、いろんな子供がいたんだけど、僕にとって特別な女の子がいたんだ~」
セルフィが首を傾げた。
「……女の子?」
「そう」
アーヴァインは目を細めた。
記憶の中に、幼い声が蘇る。
『アービン、いっしょにあそぶ~?』
明るい声。
小さな女の子が、庭で手を振っている。
『セフィ、なにしてあそぶの!』
『戦争ごっこ』
幼いアーヴァインは、嬉しそうに駆け寄っていった。
「僕はその子が大好きで、声をかけられるのがとってもうれしかったんだ~」
アーヴァインはボールを投げた。
リングに当たり、地面へ落ちる。
セルフィがぽつりと呟いた。
「……その孤児院」
アーヴァインが振り返る。
「ん?」
「……石の家?」
アーヴァインは微笑んだ。
「そうだよ~」
セルフィは目を見開いた。
キスティスも顔を上げる。
「石でできた古い家? ……海のそば?」
「そうだよ~」
アーヴァインは頷いた。
「ガルバディア・ガーデンで会った時に、僕はすぐにわかったよ~」
セルフィは口を開けたまま、しばらく動かなかった。
「……え?」
アーヴァインは笑った。
「元気なセフィと、えばりんぼのキスティ」
「ちょっと!」
キスティスが眉を上げた。
「えばりんぼって何よ」
「昔からそうだったよ~」
「……そうだったかしら」
セルフィがアーヴァインに詰め寄った。
「どうして言わないのよ~!」
キスティスも頷く。
「そう。どうして?」
アーヴァインは肩をすくめた。
「だって、二人とも忘れてるんだも~ん」
少しだけ寂しそうに笑う。
「僕だけ覚えてるのって、なんか悔しくてさ」
セルフィはアーヴァインを見つめた。
その顔を見ているうちに、ぼんやりとした記憶が浮かんできた。
庭。
海。
石の家。
子供たち。
「……なんだか、ふっしぎ~」
セルフィは呟いた。
ゼルが突然、顔を上げた。
「おい……もしかして、花火したの覚えてねえか?」
アーヴァインは笑った。
「それはね……」
彼は少し考えるように目を閉じた。
『こっちだよ~』
幼い声。
暗くなった庭。
子供たちが集まり、手に持った花火を振っている。
ゼルは目を見開いた。
「……あ」
頭の奥に、何かが蘇った。
小さな自分。
花火。
誰かと喧嘩した記憶。
「……オレも、そこにいたのか?」
「いたよ~」
アーヴァインは頷いた。
「ゼルは昔から元気だったね」
「……マジかよ」
ゼルは頭をかいた。
キスティスも考え込んでいた。
「……私、思い出したかもしれない」
スコールが顔を上げた。
「何を?」
「小さいころ、いつも一人でいる男の子がいたの」
キスティスはスコールを見た。
「その子が気になって、いつも後をついて回っていた」
スコールの胸がざわついた。
「……俺か?」
「ええ」
キスティスは小さく笑った。
「スコール。あなただったのね」
スコールは目を伏せた。
何かが、記憶の奥で動いている。
石の家。
海。
庭。
子供たち。
そして。
(……おねえちゃん)
小さな声が聞こえた。
幼い自分の声だった。
『おねえちゃん……どこにいったの?』
庭の隅。
一人で泣いている男の子。
『ぼくのこと、きらいになったの?』
スコールは目を閉じた。
(……我ながら情けなくなるな)
だが、確かに覚えている。
あのころ、自分はいつも誰かを探していた。
帰ってこない誰かを。
「……俺もそこにいた」
スコールが言った。
全員が振り返る。
「いつも『おねえちゃん』の帰りを待っていた」
スコールは少し考えた。
「エル……」
その名前が、ようやく形になった。
「エルオーネ」
ロメオが顔を上げた。
「……エルオーネ?」
スコールは頷いた。
「エルオーネがおねえちゃんだった」
リノアが驚いた顔をする。
「じゃあ、スコールとエルオーネって……」
「……本当の姉弟じゃない」
スコールは答えた。
「でも、あのころはそう呼んでいた」
ロメオは黙っていた。
(……エルオーネ)
父ラグナの周囲にいた女性。
その名前が、今度はスコールの過去とつながった。
偶然なのだろうか。
だが、今はそのことを考える場面ではない。
アーヴァインが頷いた。
「そうそう。スコールはいつも、おねえちゃんを探してたね~」
ゼルが腕を組んだ。
「……じゃあ、サイファーも?」
「いたよ」
アーヴァインは答えた。
「サイファーも、同じ孤児院にいた」
スコールは顔を上げた。
「……サイファーも?」
「うん」
アーヴァインは頷いた。
「昔から、スコールとはよく喧嘩してたよ」
ゼルが苦笑した。
「……今と変わんねえな」
スコールは黙った。
サイファー。
今は魔女イデアの騎士を名乗っている男。
そのサイファーも、同じ場所で育っていた。
自分たちは、ずっと昔から知り合いだった。
忘れていただけで。
キスティスが口を開いた。
「……でも、どうして私たちは忘れていたの?」
アーヴァインは少し考えた。
「たぶん、G.F.のせいだと思う」
「G.F.?」
ゼルが眉をひそめた。
「そう」
アーヴァインは頷いた。
「G.F.を使い続けると、記憶に影響が出るかもしれないって話、聞いたことあるだろ?」
キスティスは考え込んだ。
「……確かに、そういう説はあるわ」
「でも、ガーデンではそんなこと……」
ゼルが言いかける。
キスティスが首を振った。
「完全に否定されているわけじゃないの。ただ、確かな証拠がないから……」
アーヴァインは肩をすくめた。
「僕はガルバディア・ガーデンにいたから、G.F.をほとんど使ってこなかったんだ」
そして、少し笑った。
「だから、覚えてるのかもしれないね~」
スコールは黙っていた。
(……G.F.が記憶を奪う?)
そんな話は、今まで真剣に考えたことがなかった。
G.F.は強力な力だ。
戦うために必要なもの。
それが、自分たちの記憶を奪っていたのだとしたら。
(……俺たちは、何を失ってきたんだ?)
そのとき、セルフィが顔を上げた。
「……ねえ」
全員が振り返る。
「ママ先生って、覚えてる?」
スコールの胸がざわついた。
ママ先生。
その言葉にも、覚えがあった。
優しい声。
温かい手。
子供たちを見守る女性。
キスティスが小さく呟いた。
「……ママ先生」
ゼルも顔を上げた。
「……いたな」
アーヴァインが頷いた。
「いたよ」
そして、少しだけ表情を変えた。
「僕たちを育ててくれた人だ」
セルフィは目を閉じた。
記憶の中に、女性の姿が浮かぶ。
長い髪。
優しい笑顔。
子供たちを抱きしめる腕。
そして、その顔が。
今、自分たちが戦おうとしている魔女の顔と重なった。
「……あ」
セルフィが声を漏らした。
キスティスも顔を上げた。
「……まさか」
アーヴァインは静かに頷いた。
「そう」
スコールは彼を見た。
アーヴァインは、ゆっくりと口を開いた。
「僕たちのママ先生は、イデアだよ」
沈黙が落ちた。
風の音だけが響く。
ゼルは口を開けたまま動かなかった。
キスティスは目を伏せた。
セルフィは小さく首を振った。
スコールは、何も言えなかった。
(……イデア)
デリングシティ。
魔女暗殺作戦。
サイファー。
そして、自分を貫いた氷の槍。
あの魔女が。
自分たちを育てた人だった。
(……そんな)
記憶の中のママ先生は、優しかった。
子供たちを叱り、笑い、抱きしめてくれた。
その人を。
自分たちは殺そうとしていた。
「……どういうことだよ」
ゼルが呟いた。
「なんで、ママ先生が魔女なんだよ……」
アーヴァインは首を振った。
「僕にも分からない」
キスティスが顔を上げた。
「……シド学園長も、昔の私たちを知っていたということね」
スコールは頷いた。
「……ああ」
シド・クレイマー。
バラム・ガーデンの学園長。
そして、魔女イデアの夫。
自分たちがその妻に育てられた孤児だったとは、今の今まで知らなかった。
「……学園長」
スコールは呟いた。
シドは、魔女イデアを倒すためにSeeDを育てた。
そのSeeDの中に、かつて妻とともに育てた子供たちがいた。
偶然なのだろうか。
(……いや)
スコールは目を細めた。
(……偶然とは思えない)
ゼルが拳を握った。
「……学園長、知ってたんだよな」
キスティスは答えなかった。
「オレたちが孤児院にいたことも、ママ先生がイデアだったことも……」
ゼルは言葉を切った。
「……それで、オレたちに魔女と戦わせようとしてたのか?」
スコールは何も言わなかった。
シドは、自分たちを戦わせるためにSeeDを作ったのか。
それとも、何か別の理由があったのか。
今は分からない。
ただ一つ、確かなことがあった。
自分たちは、知らないうちに過去と向き合わされていた。
リノアはスコールたちを見回した。
幼いころ、同じ孤児院で育った仲間たち。
その記憶を失い、再び出会い、今は一緒に戦っている。
そして、倒すべき魔女が、かつての恩人だった。
あまりにも残酷な話だった。
「……ねえ」
リノアが口を開いた。
「本当に、戦わなくちゃいけないのかな」
ゼルが顔を上げた。
だが、今度は何も言わなかった。
リノアは続けた。
「ママ先生だったんでしょ? みんなのこと、大切にしてくれた人なんでしょ?」
スコールは黙っていた。
「だったら、話せば……」
「……リノア」
ロメオが静かに声をかけた。
リノアは兄を見た。
「……何?」
「俺も、できることならそうしたいと思う」
ロメオはスコールたちを見回した。
「でも、今のイデアが話を聞いてくれるかどうかは分からない」
リノアは俯いた。
「……うん」
ロメオは続けた。
「それに、ここまで来た以上、戦わずに済む方法があるなら、それを探すのも俺たちの仕事だと思う」
スコールはロメオを見た。
「……おまえは、戦わないのか?」
「必要なら戦うよ」
ロメオは答えた。
「でも、戦うことだけが答えだとは思いたくない」
スコールは目を伏せた。
(……そうだな)
戦わなくてもいい方法。
見つかれば、それが一番いい。
だが、今は。
アーヴァインが口を開いた。
「リノアが言ったこと、とってもよくわかるんだ」
全員が振り返る。
アーヴァインはバスケットゴールを見上げていた。
「わかるけど、それでも僕は戦うよ。僕がこれまで決めたことを大切にしたいからね~」
彼はゆっくりと歩き出した。
「みんなも同じだと思うんだ。だから、戦う相手がママ先生だってこと、ちゃんと知ってた方がいいと思った」
アーヴァインは少し笑った。
「ほら、よく言うだろ~。人生には無限の可能性があるってさ~」
誰も口を挟まなかった。
「僕はそんなの信じてないんだ。いつだって選べる道は少なかった。時には道は一本しかなかった」
アーヴァインは帽子を押さえた。
「その、少なかった可能性の中から自分で選んだ結果が、僕をここまで連れてきた」
彼はスコールたちを見た。
「だからこそ、僕はその選んだ道を……選ばなくちゃならなかった道を大切にしたい」
セルフィがアーヴァインを見つめた。
「……アーヴァイン」
アーヴァインは微笑んだ。
「たしかに僕たちの相手は、大好きだったママ先生だ。G.F.のせいで大切なものをなくすかもしれない」
少しだけ声が震えた。
「いいんだ、それでも」
彼は顔を上げた。
「僕は運命とかに流されてここにいるわけじゃないから。自分で選んだから、今ここにいるんだ」
ゼルが拳を握った。
キスティスは目を伏せた。
「子供のころ一緒にいて、離れてしまって、でもこうしてまた一緒になれた。新しい仲間……友だちも増えた」
アーヴァインはリノアとロメオを見た。
二人は黙って頷いた。
「もう黙って離ればなれにされるのは嫌だから……だから僕は戦う」
アーヴァインは笑った。
「少しでも長く一緒にいるために。それが僕にできる精一杯だから」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
セルフィは目を伏せていた。
やがて、小さく笑った。
「……そっか」
アーヴァインは肩をすくめた。
ゼルが拳を握った。
「……オレも、戦うぜ」
キスティスも頷いた。
「私もよ」
スコールは仲間たちを見回した。
かつて同じ孤児院で育った仲間。
記憶を失い、別々の場所で成長し、再び出会った仲間。
そして、今は同じ目的のために戦っている。
スコールはリノアを見た。
「俺たちの方法って、こうなんだ」
リノアが顔を上げる。
「戦うことでしか、自分も仲間も守れないんだ」
スコールは続けた。
「それでもよければ、俺たちと一緒にいてくれ。みんなも望んでいるはずだ」
リノアはしばらく黙っていた。
そして、小さく笑った。
「……みんな、強いんだね」
スコールは目を伏せた。
(……強い?)
それは、きっと違うような気がした。
深く考えると、身動きが取れなくなる。
失うことを恐れ、選ぶことを恐れ、何もできなくなってしまう。
(……みんな、それが怖いんだと思う)
だから、進む。
戦う。
自分で選んだ道を、大切にする。
スコールは空を見上げた。
トラビアの空は、冷たく澄んでいた。
遠くで、生き残った生徒たちが瓦礫を運んでいる。
壊れた学園。
失われた日常。
忘れていた記憶。
そして、魔女イデア。
スコールは小さく呟いた。
「……戦わなくてもいい方法か」
リノアが顔を上げる。
スコールは彼女を見た。
「見つかればいいな」