FINAL FANTASY VIII もう一人のレウァール   作:Kurumimogomogo

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戦う理由

 トラビア・ガーデンには、雪が降っていた。

 

 崩れた校舎の壁に、薄く雪が積もっている。

 

 ミサイルの直撃を受けた建物は、ところどころ鉄骨がむき出しになり、かつて教室だった場所には瓦礫が散乱していた。窓ガラスは砕け、焼け焦げた壁には大きな亀裂が走っている。

 

 それでも、学園には人の姿があった。

 

 生き残った生徒たちが瓦礫を運び、負傷者の手当てをし、壊れた設備の修理を続けている。

 

 スコールは、その光景を黙って見ていた。

 

(……ミサイル攻撃)

 

 バラム・ガーデンも、同じ攻撃を受けるはずだった。

 

 地下の機構が動かなければ、今ごろ自分たちも瓦礫の下に埋もれていたかもしれない。

 

 運がよかった。

 

 そう考えるしかなかった。

 

「……ひでえな」

 

 ゼルが呟いた。

 

 キスティスは崩れた校舎を見上げた。

 

「これだけの被害で、よく……」

 

 その先は言わなかった。

 

 生き残った人間がいる。

 

 それは、裏を返せば、生き残れなかった人間もいるということだった。

 

「……」

 

 セルフィは、ずっと黙っていた。

 

 いつもなら真っ先に話し始める彼女が、何も言わない。

 

 スコールが声をかけようとしたとき、セルフィが突然顔を上げた。

 

「あっ!」

 

 少し離れた場所にいた生徒たちを見つけたらしい。

 

「みんな~!」

 

 セルフィは駆け出した。

 

 声に気づいた生徒が振り返る。

 

「……セルフィ?」

 

「セルフィじゃない!」

 

「帰ってきたの!?」

 

 次の瞬間、何人もの生徒が集まってきた。

 

「セルフィ!」

 

「無事だったんだ!」

 

「よかった!」

 

 セルフィは友人たちに囲まれ、何度も頷いた。

 

「うん! あたしは元気だよ~!」

 

 いつもの笑顔だった。

 

 だが、その目には涙が浮かんでいる。

 

「みんなも……無事だったんだね」

 

 友人の一人が頷いた。

 

「うん。でも……」

 

 言葉が途切れた。

 

 セルフィは周囲を見回した。

 

 知っている顔がある。

 

 見つからない顔もある。

 

 彼女は一人ずつ名前を尋ねた。

 

 返事が返ってくることもあった。

 

 誰も答えないこともあった。

 

 そのたびに、セルフィは小さく頷いた。

 

「……そっか」

 

 そして、また笑った。

 

「でも、みんな頑張ってるんだね!」

 

 友人の一人が目元を拭った。

 

「まだ、全然片づいてないけどね」

 

「大丈夫だよ!」

 

 セルフィは両手を握った。

 

「トラビアは、こんなことで負けないもん!」

 

 友人たちが笑った。

 

 セルフィも笑った。

 

 その姿を、スコールたちは少し離れた場所から見ていた。

 

「……無理してるな」

 

 ゼルが呟いた。

 

 キスティスは静かに頷いた。

 

「ええ」

 

 リノアはセルフィを見つめていた。

 

「……強いね、セルフィ」

 

 スコールは何も言わなかった。

 

(……強い、か)

 

 そうなのだろうか。

 

 泣きたいのを我慢しているだけかもしれない。

 

 悲しんでいる暇がないだけかもしれない。

 

 それでも、彼女は笑っていた。

 

 ロメオは手帳を取り出した。

 

 目の前には、記事にできることがいくらでもある。

 

 戦争の被害。

 

 生き残った生徒たち。

 

 破壊された学園。

 

 だが、ペンは動かなかった。

 

(……何を書くべきなんだろうな)

 

 ロメオは手帳を閉じた。

 

 リノアが隣に立つ。

 

「……書かないの?」

 

「今はね」

 

「どうして?」

 

「まだ、ちゃんと見てないから」

 

 ロメオは崩れた校舎を見た。

 

「ここで何が起きたのか。みんなが何を失ったのか。少し見ただけで分かったようなことは書きたくない」

 

 リノアは少し考えた。

 

「……そっか」

 

 ロメオは笑った。

 

「それに、今はセルフィの友達として来てるからね」

 

 リノアも小さく笑った。

 

「うん」

 

 しばらくして、セルフィが戻ってきた。

 

「ごめん、お待たせ!」

 

 いつもの明るい声だった。

 

「みんな、ワガママきいてくれてありがとう」

 

 アーヴァインが帽子を押さえた。

 

「気ぃ落とすなよ~」

 

 セルフィは彼を見た。

 

「ありがと」

 

 そして、少しだけ表情を引き締めた。

 

「魔女とバトルするときは絶対連れてってね」

 

 スコールが顔を上げた。

 

「敵討ちなんだから。もう、絶対なんだから」

 

 セルフィは笑っていた。

 

 だが、その声はわずかに震えていた。

 

 スコールは頷いた。

 

「……分かった」

 

「約束だよ!」

 

「ああ」

 

 セルフィは満足そうに笑った。

 

 ゼルが拳を握る。

 

「当然だろ! みんなでやってやろうぜ!」

 

「うん!」

 

 セルフィは大きく頷いた。

 

 そのまま一行は、校庭の奥へ向かった。

 

 崩れた建物の間を抜けると、比較的被害の少ない場所に出た。

 

 かつて運動場だったのだろう。

 

 地面には亀裂が走り、周囲には瓦礫が積まれている。

 

 その中央に、バスケットゴールが残っていた。

 

 リングは少し曲がっていたが、支柱は倒れていない。

 

 ゼルが足元に転がっていたボールを拾った。

 

「……お、バスケットボールじゃねえか」

 

 軽く弾ませる。

 

 乾いた音が響いた。

 

「ちょっとやってみるか」

 

 ゼルはゴールへ向かって投げた。

 

 ボールはリングに当たり、地面へ落ちる。

 

「……惜しい!」

 

 セルフィが笑った。

 

「へたっぴ~!」

 

「うるせえ!」

 

 ゼルはボールを拾い直した。

 

 その様子を、アーヴァインが少し離れた場所から見ていた。

 

 帽子のつばを指で押さえ、何かを考えている。

 

 スコールは気づいていたが、特に声はかけなかった。

 

 そのとき、リノアが口を開いた。

 

「あのさ」

 

 全員が振り返る。

 

「バトル……しなくちゃダメなのかな?」

 

 ゼルが眉をひそめた。

 

「……は?」

 

「他の方法ってないのかな?」

 

 リノアは崩れた校舎を見た。

 

「誰も血を流さなくてすむような、そういう方法……」

 

「おいおいおい!」

 

 ゼルが声を上げた。

 

「今さらそりゃねえだろよッ!」

 

「分かってるよ!」

 

 リノアも声を大きくした。

 

「でも、こんなの見たら……」

 

 彼女は瓦礫を見回した。

 

「魔女を倒せば全部終わるの? また別の誰かが戦いを始めたら? そのたびに、誰かが死んじゃうんじゃないの?」

 

 ゼルは口を閉じた。

 

 リノアは続けた。

 

「どこかの頭のいい博士とかが、バトルしなくてもいい方法を考えてるとか……」

 

 スコールは腕を組んだ。

 

(……戦わなくてもいい方法)

 

 あれば、それに越したことはない。

 

 だが、誰が考える?

 

 誰が実行する?

 

 自分たちが戦わなければ、魔女は何もしないでいてくれるのか。

 

(……そんなわけがない)

 

 ティンバーで見た光景が頭をよぎる。

 

 ガルバディア軍の占領。

 

 抵抗する人々。

 

 口では平和を願いながら、何もしない者たち。

 

 そして、自分たちに助けを求める人々。

 

(……誰かが何とかしてくれる)

 

 そう考えるのは簡単だ。

 

 だが、その誰かが現れなかったら?

 

(俺たちはSeeDだ。戦うために訓練を受けてきた。今さら、戦わずに済む方法を誰かが考えてくれるのを待つのか?)

 

「スコール?」

 

 リノアの声で我に返った。

 

「……何だ?」

 

「考えてること、声に出してくれないと分からないよ」

 

 スコールは少し黙った。

 

 そして、口を開いた。

 

「あんた……ティンバーの……一応、レジスタンスだっただろ?」

 

「……うん」

 

「他の口先だけの奴らと違って、武器をとって戦っていた……」

 

 リノアは黙っている。

 

「それなのに、どうしたんだよ? 何があったんだ?」

 

 リノアは少し考えた。

 

 そして、俯いた。

 

「……怖くなった、かな」

 

 スコールは眉をひそめた。

 

「怖い?」

 

「うん」

 

 リノアはゆっくりと顔を上げた。

 

「わたし、みんなと一緒にいて、ときどき感じることがあるんだ」

 

 誰も口を挟まなかった。

 

「あ、今、わたしたちの呼吸のテンポが合ってる……って」

 

 リノアは胸に手を当てた。

 

「みんなで歩いてるときとか、くだらない話をしてるときとか。なんだか、すごく安心するの」

 

 ロメオは妹を見た。

 

 リノアは少し笑った。

 

「でもね、戦いが始まると違うんだ。みんなのテンポがどんどん早くなっていく」

 

 スコールは黙っていた。

 

「私は置いて行かれて、なんとか追いつこうとして、でもやっぱりだめで……」

 

 リノアの声が小さくなる。

 

「みんな、どこまで行くんだろう。もう、みんなの呼吸、聞こえない」

 

 彼女はスコールたちを見回した。

 

「わたしが追いついた時には、みんな無事だろうか。みんな笑顔で迎えてくれるだろうか」

 

 ゼルが目を伏せた。

 

「……みんな倒れていないだろうか。みんな一緒に帰れるだろうか」

 

 リノアは言葉を切った。

 

「そう考えると……」

 

 それ以上、続かなかった。

 

 ロメオは妹の肩に手を置こうとして、やめた。

 

 リノアは慰めてほしいのではない。

 

 自分の気持ちを、みんなに伝えようとしているのだ。

 

 そのとき、アーヴァインが口を開いた。

 

「わかるよ、リノア」

 

 全員が振り返る。

 

 アーヴァインはバスケットゴールを見上げていた。

 

「誰かがいなくなるかもしれない。好きな相手が自分の前から消えてしまうかもしれない。そう考えながら暮らすのって辛いんだよね~」

 

 いつもの軽い口調だった。

 

 だが、その声には普段と違う響きがあった。

 

「……だから僕は戦うんだ」

 

 スコールがアーヴァインを見た。

 

「……どういう意味だ?」

 

 アーヴァインは帽子を押さえた。

 

「僕が子供のころ……ありゃ四歳くらいだったかなあ」

 

 彼はゼルの持っていたボールを受け取った。

 

「僕、孤児院にいたんだよね~」

 

 ボールを軽く弾ませる。

 

「大勢の子供たちがいて……みんな親がいなくてさ~」

 

 ボールが地面を打つ音だけが響いた。

 

「魔女戦争が終わった頃だったから、親の無い子は沢山いたんだよね」

 

 アーヴァインはゴールを見た。

 

「ま、僕がいたのはそんなところだったわけ」

 

 そして、少し笑った。

 

「で、いろんな子供がいたんだけど、僕にとって特別な女の子がいたんだ~」

 

 セルフィが首を傾げた。

 

「……女の子?」

 

「そう」

 

 アーヴァインは目を細めた。

 

 記憶の中に、幼い声が蘇る。

 

『アービン、いっしょにあそぶ~?』

 

 明るい声。

 

 小さな女の子が、庭で手を振っている。

 

『セフィ、なにしてあそぶの!』

 

『戦争ごっこ』

 

 幼いアーヴァインは、嬉しそうに駆け寄っていった。

 

「僕はその子が大好きで、声をかけられるのがとってもうれしかったんだ~」

 

 アーヴァインはボールを投げた。

 

 リングに当たり、地面へ落ちる。

 

 セルフィがぽつりと呟いた。

 

「……その孤児院」

 

 アーヴァインが振り返る。

 

「ん?」

 

「……石の家?」

 

 アーヴァインは微笑んだ。

 

「そうだよ~」

 

 セルフィは目を見開いた。

 

 キスティスも顔を上げる。

 

「石でできた古い家? ……海のそば?」

 

「そうだよ~」

 

 アーヴァインは頷いた。

 

「ガルバディア・ガーデンで会った時に、僕はすぐにわかったよ~」

 

 セルフィは口を開けたまま、しばらく動かなかった。

 

「……え?」

 

 アーヴァインは笑った。

 

「元気なセフィと、えばりんぼのキスティ」

 

「ちょっと!」

 

 キスティスが眉を上げた。

 

「えばりんぼって何よ」

 

「昔からそうだったよ~」

 

「……そうだったかしら」

 

 セルフィがアーヴァインに詰め寄った。

 

「どうして言わないのよ~!」

 

 キスティスも頷く。

 

「そう。どうして?」

 

 アーヴァインは肩をすくめた。

 

「だって、二人とも忘れてるんだも~ん」

 

 少しだけ寂しそうに笑う。

 

「僕だけ覚えてるのって、なんか悔しくてさ」

 

 セルフィはアーヴァインを見つめた。

 

 その顔を見ているうちに、ぼんやりとした記憶が浮かんできた。

 

 庭。

 

 海。

 

 石の家。

 

 子供たち。

 

「……なんだか、ふっしぎ~」

 

 セルフィは呟いた。

 

 ゼルが突然、顔を上げた。

 

「おい……もしかして、花火したの覚えてねえか?」

 

 アーヴァインは笑った。

 

「それはね……」

 

 彼は少し考えるように目を閉じた。

 

『こっちだよ~』

 

 幼い声。

 

 暗くなった庭。

 

 子供たちが集まり、手に持った花火を振っている。

 

 ゼルは目を見開いた。

 

「……あ」

 

 頭の奥に、何かが蘇った。

 

 小さな自分。

 

 花火。

 

 誰かと喧嘩した記憶。

 

「……オレも、そこにいたのか?」

 

「いたよ~」

 

 アーヴァインは頷いた。

 

「ゼルは昔から元気だったね」

 

「……マジかよ」

 

 ゼルは頭をかいた。

 

 キスティスも考え込んでいた。

 

「……私、思い出したかもしれない」

 

 スコールが顔を上げた。

 

「何を?」

 

「小さいころ、いつも一人でいる男の子がいたの」

 

 キスティスはスコールを見た。

 

「その子が気になって、いつも後をついて回っていた」

 

 スコールの胸がざわついた。

 

「……俺か?」

 

「ええ」

 

 キスティスは小さく笑った。

 

「スコール。あなただったのね」

 

 スコールは目を伏せた。

 

 何かが、記憶の奥で動いている。

 

 石の家。

 

 海。

 

 庭。

 

 子供たち。

 

 そして。

 

(……おねえちゃん)

 

 小さな声が聞こえた。

 

 幼い自分の声だった。

 

『おねえちゃん……どこにいったの?』

 

 庭の隅。

 

 一人で泣いている男の子。

 

『ぼくのこと、きらいになったの?』

 

 スコールは目を閉じた。

 

(……我ながら情けなくなるな)

 

 だが、確かに覚えている。

 

 あのころ、自分はいつも誰かを探していた。

 

 帰ってこない誰かを。

 

「……俺もそこにいた」

 

 スコールが言った。

 

 全員が振り返る。

 

「いつも『おねえちゃん』の帰りを待っていた」

 

 スコールは少し考えた。

 

「エル……」

 

 その名前が、ようやく形になった。

 

「エルオーネ」

 

 ロメオが顔を上げた。

 

「……エルオーネ?」

 

 スコールは頷いた。

 

「エルオーネがおねえちゃんだった」

 

 リノアが驚いた顔をする。

 

「じゃあ、スコールとエルオーネって……」

 

「……本当の姉弟じゃない」

 

 スコールは答えた。

 

「でも、あのころはそう呼んでいた」

 

 ロメオは黙っていた。

 

(……エルオーネ)

 

 父ラグナの周囲にいた女性。

 

 その名前が、今度はスコールの過去とつながった。

 

 偶然なのだろうか。

 

 だが、今はそのことを考える場面ではない。

 

 アーヴァインが頷いた。

 

「そうそう。スコールはいつも、おねえちゃんを探してたね~」

 

 ゼルが腕を組んだ。

 

「……じゃあ、サイファーも?」

 

「いたよ」

 

 アーヴァインは答えた。

 

「サイファーも、同じ孤児院にいた」

 

 スコールは顔を上げた。

 

「……サイファーも?」

 

「うん」

 

 アーヴァインは頷いた。

 

「昔から、スコールとはよく喧嘩してたよ」

 

 ゼルが苦笑した。

 

「……今と変わんねえな」

 

 スコールは黙った。

 

 サイファー。

 

 今は魔女イデアの騎士を名乗っている男。

 

 そのサイファーも、同じ場所で育っていた。

 

 自分たちは、ずっと昔から知り合いだった。

 

 忘れていただけで。

 

 キスティスが口を開いた。

 

「……でも、どうして私たちは忘れていたの?」

 

 アーヴァインは少し考えた。

 

「たぶん、G.F.のせいだと思う」

 

「G.F.?」

 

 ゼルが眉をひそめた。

 

「そう」

 

 アーヴァインは頷いた。

 

「G.F.を使い続けると、記憶に影響が出るかもしれないって話、聞いたことあるだろ?」

 

 キスティスは考え込んだ。

 

「……確かに、そういう説はあるわ」

 

「でも、ガーデンではそんなこと……」

 

 ゼルが言いかける。

 

 キスティスが首を振った。

 

「完全に否定されているわけじゃないの。ただ、確かな証拠がないから……」

 

 アーヴァインは肩をすくめた。

 

「僕はガルバディア・ガーデンにいたから、G.F.をほとんど使ってこなかったんだ」

 

 そして、少し笑った。

 

「だから、覚えてるのかもしれないね~」

 

 スコールは黙っていた。

 

(……G.F.が記憶を奪う?)

 

 そんな話は、今まで真剣に考えたことがなかった。

 

 G.F.は強力な力だ。

 

 戦うために必要なもの。

 

 それが、自分たちの記憶を奪っていたのだとしたら。

 

(……俺たちは、何を失ってきたんだ?)

 

 そのとき、セルフィが顔を上げた。

 

「……ねえ」

 

 全員が振り返る。

 

「ママ先生って、覚えてる?」

 

 スコールの胸がざわついた。

 

 ママ先生。

 

 その言葉にも、覚えがあった。

 

 優しい声。

 

 温かい手。

 

 子供たちを見守る女性。

 

 キスティスが小さく呟いた。

 

「……ママ先生」

 

 ゼルも顔を上げた。

 

「……いたな」

 

 アーヴァインが頷いた。

 

「いたよ」

 

 そして、少しだけ表情を変えた。

 

「僕たちを育ててくれた人だ」

 

 セルフィは目を閉じた。

 

 記憶の中に、女性の姿が浮かぶ。

 

 長い髪。

 

 優しい笑顔。

 

 子供たちを抱きしめる腕。

 

 そして、その顔が。

 

 今、自分たちが戦おうとしている魔女の顔と重なった。

 

「……あ」

 

 セルフィが声を漏らした。

 

 キスティスも顔を上げた。

 

「……まさか」

 

 アーヴァインは静かに頷いた。

 

「そう」

 

 スコールは彼を見た。

 

 アーヴァインは、ゆっくりと口を開いた。

 

「僕たちのママ先生は、イデアだよ」

 

 沈黙が落ちた。

 

 風の音だけが響く。

 

 ゼルは口を開けたまま動かなかった。

 

 キスティスは目を伏せた。

 

 セルフィは小さく首を振った。

 

 スコールは、何も言えなかった。

 

(……イデア)

 

 デリングシティ。

 

 魔女暗殺作戦。

 

 サイファー。

 

 そして、自分を貫いた氷の槍。

 

 あの魔女が。

 

 自分たちを育てた人だった。

 

(……そんな)

 

 記憶の中のママ先生は、優しかった。

 

 子供たちを叱り、笑い、抱きしめてくれた。

 

 その人を。

 

 自分たちは殺そうとしていた。

 

「……どういうことだよ」

 

 ゼルが呟いた。

 

「なんで、ママ先生が魔女なんだよ……」

 

 アーヴァインは首を振った。

 

「僕にも分からない」

 

 キスティスが顔を上げた。

 

「……シド学園長も、昔の私たちを知っていたということね」

 

 スコールは頷いた。

 

「……ああ」

 

 シド・クレイマー。

 

 バラム・ガーデンの学園長。

 

 そして、魔女イデアの夫。

 

自分たちがその妻に育てられた孤児だったとは、今の今まで知らなかった。

 

「……学園長」

 

 スコールは呟いた。

 

 シドは、魔女イデアを倒すためにSeeDを育てた。

 

 そのSeeDの中に、かつて妻とともに育てた子供たちがいた。

 

 偶然なのだろうか。

 

(……いや)

 

 スコールは目を細めた。

 

(……偶然とは思えない)

 

 ゼルが拳を握った。

 

「……学園長、知ってたんだよな」

 

 キスティスは答えなかった。

 

「オレたちが孤児院にいたことも、ママ先生がイデアだったことも……」

 

 ゼルは言葉を切った。

 

「……それで、オレたちに魔女と戦わせようとしてたのか?」

 

 スコールは何も言わなかった。

 

 シドは、自分たちを戦わせるためにSeeDを作ったのか。

 

 それとも、何か別の理由があったのか。

 

 今は分からない。

 

 ただ一つ、確かなことがあった。

 

 自分たちは、知らないうちに過去と向き合わされていた。

 

 リノアはスコールたちを見回した。

 

 幼いころ、同じ孤児院で育った仲間たち。

 

 その記憶を失い、再び出会い、今は一緒に戦っている。

 

 そして、倒すべき魔女が、かつての恩人だった。

 

 あまりにも残酷な話だった。

 

「……ねえ」

 

 リノアが口を開いた。

 

「本当に、戦わなくちゃいけないのかな」

 

 ゼルが顔を上げた。

 

 だが、今度は何も言わなかった。

 

 リノアは続けた。

 

「ママ先生だったんでしょ? みんなのこと、大切にしてくれた人なんでしょ?」

 

 スコールは黙っていた。

 

「だったら、話せば……」

 

「……リノア」

 

 ロメオが静かに声をかけた。

 

 リノアは兄を見た。

 

「……何?」

 

「俺も、できることならそうしたいと思う」

 

 ロメオはスコールたちを見回した。

 

「でも、今のイデアが話を聞いてくれるかどうかは分からない」

 

 リノアは俯いた。

 

「……うん」

 

 ロメオは続けた。

 

「それに、ここまで来た以上、戦わずに済む方法があるなら、それを探すのも俺たちの仕事だと思う」

 

 スコールはロメオを見た。

 

「……おまえは、戦わないのか?」

 

「必要なら戦うよ」

 

 ロメオは答えた。

 

「でも、戦うことだけが答えだとは思いたくない」

 

 スコールは目を伏せた。

 

(……そうだな)

 

 戦わなくてもいい方法。

 

 見つかれば、それが一番いい。

 

 だが、今は。

 

 アーヴァインが口を開いた。

 

「リノアが言ったこと、とってもよくわかるんだ」

 

 全員が振り返る。

 

 アーヴァインはバスケットゴールを見上げていた。

 

「わかるけど、それでも僕は戦うよ。僕がこれまで決めたことを大切にしたいからね~」

 

 彼はゆっくりと歩き出した。

 

「みんなも同じだと思うんだ。だから、戦う相手がママ先生だってこと、ちゃんと知ってた方がいいと思った」

 

 アーヴァインは少し笑った。

 

「ほら、よく言うだろ~。人生には無限の可能性があるってさ~」

 

 誰も口を挟まなかった。

 

「僕はそんなの信じてないんだ。いつだって選べる道は少なかった。時には道は一本しかなかった」

 

 アーヴァインは帽子を押さえた。

 

「その、少なかった可能性の中から自分で選んだ結果が、僕をここまで連れてきた」

 

 彼はスコールたちを見た。

 

「だからこそ、僕はその選んだ道を……選ばなくちゃならなかった道を大切にしたい」

 

 セルフィがアーヴァインを見つめた。

 

「……アーヴァイン」

 

 アーヴァインは微笑んだ。

 

「たしかに僕たちの相手は、大好きだったママ先生だ。G.F.のせいで大切なものをなくすかもしれない」

 

 少しだけ声が震えた。

 

「いいんだ、それでも」

 

 彼は顔を上げた。

 

「僕は運命とかに流されてここにいるわけじゃないから。自分で選んだから、今ここにいるんだ」

 

 ゼルが拳を握った。

 

 キスティスは目を伏せた。

 

「子供のころ一緒にいて、離れてしまって、でもこうしてまた一緒になれた。新しい仲間……友だちも増えた」

 

 アーヴァインはリノアとロメオを見た。

 

 二人は黙って頷いた。

 

「もう黙って離ればなれにされるのは嫌だから……だから僕は戦う」

 

 アーヴァインは笑った。

 

「少しでも長く一緒にいるために。それが僕にできる精一杯だから」

 

 誰も、すぐには言葉を返せなかった。

 

 セルフィは目を伏せていた。

 

 やがて、小さく笑った。

 

「……そっか」

 

 アーヴァインは肩をすくめた。

 

 ゼルが拳を握った。

 

「……オレも、戦うぜ」

 

 キスティスも頷いた。

 

「私もよ」

 

 スコールは仲間たちを見回した。

 

 かつて同じ孤児院で育った仲間。

 

 記憶を失い、別々の場所で成長し、再び出会った仲間。

 

 そして、今は同じ目的のために戦っている。

 

 スコールはリノアを見た。

 

「俺たちの方法って、こうなんだ」

 

 リノアが顔を上げる。

 

「戦うことでしか、自分も仲間も守れないんだ」

 

 スコールは続けた。

 

「それでもよければ、俺たちと一緒にいてくれ。みんなも望んでいるはずだ」

 

 リノアはしばらく黙っていた。

 

 そして、小さく笑った。

 

「……みんな、強いんだね」

 

 スコールは目を伏せた。

 

(……強い?)

 

 それは、きっと違うような気がした。

 

 深く考えると、身動きが取れなくなる。

 

 失うことを恐れ、選ぶことを恐れ、何もできなくなってしまう。

 

(……みんな、それが怖いんだと思う)

 

 だから、進む。

 

 戦う。

 

 自分で選んだ道を、大切にする。

 

 スコールは空を見上げた。

 

 トラビアの空は、冷たく澄んでいた。

 

 遠くで、生き残った生徒たちが瓦礫を運んでいる。

 

 壊れた学園。

 

 失われた日常。

 

 忘れていた記憶。

 

 そして、魔女イデア。

 

 スコールは小さく呟いた。

 

「……戦わなくてもいい方法か」

 

 リノアが顔を上げる。

 

 スコールは彼女を見た。

 

「見つかればいいな」

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