FINAL FANTASY VIII もう一人のレウァール 作:Kurumimogomogo
衝撃は、想像を超えていた。
バラム・ガーデンの船体が激しく震え、金属の軋む音が校内に響き渡る。
床に伏せていた生徒たちが、恐る恐る顔を上げた。
割れた窓の向こうには、赤黒い外壁が迫っている。
ガルバディア・ガーデン。
二つの学園は、互いの外壁を押しつけるようにして停止していた。
「……やった」
ブリッジで、ニーダが呟いた。
操縦桿を握る手が震えている。
「スコール! ぶつかったぞ!」
「ああ」
スコールは窓の外を確認した。
衝突によって外壁の一部が崩れ、二つのガーデンの間に通路ができていた。
狭いが、人が通るには十分だった。
「……道は開いたな」
アーヴァインが帽子を押さえた。
「派手にやったね~」
「予定通りだ」
「そうかなあ。もう少し穏やかな方法もあったと思うけど」
「提案したのはおまえだろ」
「そうだったね~」
アーヴァインは笑った。
スコールは通信装置を取った。
「こちらスコール。先発隊、作戦開始。ガルバディア・ガーデンへ突入してくれ」
『了解!』
ゼルの声が返ってくる。
『待ってました!』
続いてセルフィ。
『こちらも準備できているわ』
キスティスの声だった。
スコールは頷いた。
「敵の増援が来る前に内部へ入れ。目標は魔女イデアだ」
『了解!』
通信が切れた。
アーヴァインが銃を肩に担ぐ。
「それじゃ、僕も行ってくるよ」
「ああ。頼む」
「スコールは?」
「まだ校内の状況を確認する」
「了解~。あとで合流しよう」
アーヴァインは軽く手を振り、ブリッジを出ていった。
スコールは再び窓の外を見た。
(……ここまで来た)
ガルバディア・ガーデン。
あの中にサイファーがいる。
魔女イデアもいるはずだ。
自分たちが戦う理由も、そこにある。
だが、今はもう一つ、気がかりなことがあった。
(……リノア)
外壁に取り残されている。
ゼルからの報告では、まだ救出できていない。
スコールは通信装置に手を伸ばした。
そのとき、校内放送が入った。
『二階通路に取り残された年少クラスの生徒がいます! 近くにいる方、救助をお願いします!』
スコールは足を止めた。
年少クラス。
最初の放送で、避難を指示したはずだった。
(……まだ残っていたのか)
スコールは通信装置を取った。
「こちらスコール。場所は?」
『二階の非常口付近です!』
「分かった。俺が行く」
通信を切る。
ニーダが振り返った。
「スコール?」
「二階へ行ってくる。ブリッジは頼む」
「おう!」
スコールはガンブレードを握り直した。
そして、ブリッジを出た。
校内は、戦闘の爪痕が残っていた。
壁には銃弾の跡があり、床には壊れた備品が散乱している。
負傷した生徒たちが、仲間に肩を借りて医務室へ向かっていた。
スコールは彼らとすれ違いながら、二階へ急いだ。
途中、何人もの生徒に声をかけられた。
「スコール!」
「先発隊、向こうへ渡りました!」
「分かった。負傷者の避難を優先してくれ」
「了解!」
階段を駆け上がる。
二階の通路は、外壁の損傷によって冷たい風が吹き込んでいた。
スコールは周囲を見回した。
「……誰かいるか?」
返事はない。
さらに進む。
非常口の近くまで来たとき、小さな声が聞こえた。
「……たすけて」
スコールは足を止めた。
通路の隅に、幼い生徒が座り込んでいた。
制服からして、年少クラスだ。
膝を抱え、震えている。
「……おい」
スコールが近づく。
少年は顔を上げた。
「……あ」
「怪我は?」
少年は首を振った。
「……ない」
「なら、立てるな」
少年は立ち上がろうとした。
だが、足が震えている。
スコールは少し考えた。
そして、手を差し出した。
「……ほら」
少年はその手を掴んだ。
スコールは彼を立たせた。
「避難場所は分かるか?」
「……うん」
「なら、すぐに行け。ここは危険だ」
少年は頷いた。
だが、なかなか動こうとしない。
「……お兄ちゃん」
「何だ?」
「……勝てる?」
スコールは一瞬、言葉に詰まった。
勝てるか。
そんなことは分からない。
相手はガルバディア軍。
こちらは学生が中心だ。
それでも。
「……勝つ」
スコールは答えた。
「だから、おまえは安全なところへ行け」
少年は目を見開いた。
そして、頷いた。
「……うん!」
少年は走り出した。
スコールは、その背中を見送った。
(……これでいい)
年少クラスの避難は、ひとまず済んだ。
あとは。
(……リノア)
外壁の方へ向かおうとした。
そのときだった。
轟音が響いた。
「……!」
スコールが振り返る。
非常口の外から、何かが急接近してきた。
特殊な飛行装置。
その上に、ガルバディア兵が乗っている。
兵士はスコールを見つけると、装置をこちらへ向けた。
「……敵か!」
スコールはガンブレードを構えた。
だが、通路は狭い。
飛行装置は、そのまま非常口へ突っ込んできた。
スコールは身をかわした。
装置が扉に激突する。
金属音が響き、非常口の扉が大きく歪んだ。
兵士が装置を立て直す。
スコールはガンブレードを振り上げた。
だが、兵士は再び突進してきた。
(……狭すぎる)
ガンブレードを十分に振るえない。
しかも、相手は飛行装置で上下左右に動ける。
スコールは後退した。
非常口の扉の横に、開閉装置がある。
スコールはそれを見た。
(……使えるか?)
兵士が再び迫る。
スコールは扉の操作盤へ手を伸ばした。
非常口が開く。
強い風が吹き込んだ。
兵士が一瞬、動きを止める。
スコールはその隙に飛び出した。
飛行装置の縁を掴む。
「……!」
体が宙に浮いた。
足元には、はるか下の地面が見える。
スコールは歯を食いしばり、装置へしがみついた。
兵士が驚いたように振り返る。
そして、拳を振り上げた。
スコールは顔をそらした。
拳が頬をかすめる。
(……ここで落ちたら終わりだ)
スコールは片手で装置を掴み、もう片方の拳を振り上げた。
兵士の顔面を殴る。
相手がよろめいた。
だが、すぐに反撃してくる。
拳が腹に入った。
「ぐっ……!」
スコールは息を詰まらせた。
装置が大きく揺れる。
ガルバディア兵は、スコールを振り落とそうと機体を傾けた。
スコールの足が宙を蹴る。
(……くそっ)
片手でしがみつきながら、必死に体を引き上げる。
兵士が再び殴りかかってきた。
スコールはその腕を掴んだ。
そして、相手の体を引き寄せる。
頭突き。
「……!」
兵士が怯んだ。
スコールはさらに拳を叩き込んだ。
一発。
二発。
兵士の体が後ろへ傾く。
スコールは最後に、渾身の一撃を放った。
兵士が装置から落ちた。
スコールは荒く息を吐いた。
「……はあ……はあ……」
飛行装置が傾く。
慌てて操作盤を掴む。
(……どう動かすんだ、これ)
見慣れない機械だった。
だが、操作はそれほど複雑ではないらしい。
スコールは操縦桿を握った。
装置が前へ進む。
「……よし」
何とか制御できそうだった。
スコールは周囲を見回した。
バラム・ガーデンの外壁。
その途中に、壊れた手すりが見えた。
そして。
「……リノア!」
小さな人影があった。
リノアは、まだそこにいた。
外壁の残骸に掴まり、必死に体を支えている。
スコールは装置を近づけた。
「リノア!」
リノアが顔を上げた。
「……スコール!?」
「手を伸ばせ!」
「でも……!」
「いいから!」
スコールは装置をさらに近づけた。
風が強い。
機体が揺れる。
リノアは片手を離した。
スコールがその手を掴む。
「……!」
リノアの体が宙に浮いた。
スコールは歯を食いしばった。
片手で操縦桿を握り、もう片方でリノアを引き上げる。
「……つかまれ!」
リノアは必死に装置の縁を掴んだ。
スコールが腕を引く。
ようやく、リノアの体が装置の上へ上がった。
「……はあ……!」
リノアは荒く息を吐いた。
スコールも肩で息をしていた。
だが、まだ安心できない。
飛行装置は不安定なまま、空中を漂っている。
「……しっかりつかまってろ」
「う、うん!」
スコールは操縦桿を握り直した。
そして、ガルバディア・ガーデンの方へ向かった。
敵の外壁には、衝突によって大きな穴が開いている。
そこから内部へ入れそうだった。
スコールは装置を傾けた。
機体が壁をかすめる。
激しい衝撃。
二人は装置から投げ出され、床を転がった。
「……っ!」
スコールはすぐに起き上がった。
周囲を確認する。
ガルバディア・ガーデンの内部だった。
敵兵の姿は、今のところ見えない。
スコールはリノアを見た。
「……大丈夫か?」
リノアはゆっくり起き上がった。
そして、スコールを見た。
しばらく、何も言わなかった。
やがて。
「……スコール!」
リノアが駆け寄ってきた。
「助けてくれてありがとう!」
スコールは少し目をそらした。
「……いや、いいんだ」
リノアは首を傾げた。
スコールは続けた。
「森のフクロウとの契約は残ってるし、みんなにはいろいろ言われてた」
リノアは黙って聞いている。
「それに、偶然あんたを見つけて……」
スコールは言葉を探した。
「そう、要するに偶然だ。だから、いいんだ」
リノアはしばらく彼を見つめた。
そして、笑った。
「……ふふ」
「……何だ?」
「別に」
リノアは首を振った。
「でもね、わたし、あのまま落ちるわけにはいかなかったの」
スコールが顔を上げる。
「……どういう意味だ?」
「わたし、スコールの大切な物、預かってるから」
リノアはポケットに手を入れた。
「それ、ちゃんと返さないでいなくなるなんて、できないもん」
そして、小さな指輪を取り出した。
「これ、スコールの指輪。わたし、預かってるんだ」
スコールは目を見開いた。
(……ゼルの奴)
見覚えのある指輪だった。
銀色のリング。
獅子の頭を模した装飾。
自分がずっと身につけていたものだ。
ゼルに頼まれて、一時的に貸したはずだった。
(……そういうことか)
スコールは小さく息を吐いた。
「それは一番気に入ってるんだ。ちゃんと返せよな」
「うん!」
リノアは指輪を眺めた。
「かっこいいもんね、これ」
そして、首を傾げる。
「なんてモンスターがモデルなの?」
「モンスターじゃない」
スコールは答えた。
「想像上の動物……ライオンだ」
「ライオン?」
「ああ」
スコールは指輪を見た。
「とても強い。誇り高くて……強いんだ」
リノアは少し考えた。
そして、スコールを見た。
「誇り高くて……強い?」
「……ああ」
「スコールみたく?」
スコールは一瞬、言葉に詰まった。
そして、目をそらした。
「……そうだといいけどな」
リノアは笑った。
「このライ……オ……ン? って、名前はあるの?」
「もちろんさ」
スコールは答えた。
「グリーヴァ」
リノアは指輪を見つめた。
「……グリーヴァ」
小さく繰り返す。
「ふぅ~ん。そういう名前なの」
そして、少し嬉しそうに笑った。
「あのね、ゼルがこれを見ながら、同じの作ってくれるんだよ」
スコールは顔を上げた。
「……何?」
「そしたら、わたしも頑張ってみる」
リノアは指輪を握った。
「ライオンみたいになれるように」
スコールは黙っていた。
リノアは続けた。
「でもさあ、同じ指輪してたら、みんなに誤解されちゃうねえ」
楽しそうな声だった。
スコールは眉をひそめた。
(……そんな、嬉しそうに言うなよ)
ゼル。
セルフィ。
キスティス。
アーヴァイン。
そして、ロメオまで。
(……みんなで俺たちをくっつけようとしてるぞ)
それくらいのことは、スコールにも分かっていた。
スコールはリノアを見た。
「……誤解されたがってるように見えるな、あんた」
リノアは目を見開いた。
「そんなことないって!」
スコールは小さく息を吐いた。
だが、不思議と嫌な気分ではなかった。
リノアは指輪を大切そうにポケットへしまった。
「……ちゃんと返すからね」
「ああ」
スコールは頷いた。
そして、ガンブレードを握り直した。
「さあ、みんなが待ってる」
リノアが顔を上げる。
「行くぞ、リノア」
リノアは笑った。
「はい!」
そして、スコールの隣に並ぶ。
「行くぞ、スコール!」
二人は、ガルバディア・ガーデンの奥へ向かった。
校内は、バラム・ガーデンとは違う雰囲気だった。
赤黒い壁。
広い廊下。
軍事施設のような無機質な造り。
あちこちに戦闘の跡が残っている。
床には倒れた兵士たち。
壊れた備品。
魔法によって焼け焦げた壁。
先発隊が進んだ跡だった。
「……みんな、頑張ってるんだね」
リノアが呟いた。
スコールは頷いた。
「ああ」
そのとき、廊下の奥から声が聞こえた。
「……スコール!」
ゼルだった。
その後ろには、キスティス、セルフィ、アーヴァインがいる。
そして、ロメオも。
「リノア!」
ロメオが真っ先に駆け寄った。
「無事だったか!」
「お兄ちゃん!」
リノアは笑った。
「うん! スコールが助けてくれたの!」
ロメオは一瞬、目を閉じた。
そして、深く息を吐いた。
「……よかった」
妹の肩を掴む。
「本当に、よかった」
リノアは少し照れくさそうに笑った。
「心配かけてごめんね」
「……まったくだよ」
ロメオは苦笑した。
そして、スコールを見た。
「……ありがとう、スコール」
スコールは少し目をそらした。
「……別に」
「いや、助かったよ」
ロメオは真剣な顔で言った。
「俺には、あそこまで行く方法がなかった」
スコールは黙っていた。
ロメオは続けた。
「本当に、ありがとう」
スコールは小さく頷いた。
「……ああ」
セルフィが駆け寄ってきた。
「リノア!」
そして、彼女の手を握る。
「よかった~!」
ゼルも笑った。
「良かったな!」
キスティスが心配そうに顔を覗き込む。
「ケガはない?」
「うん、大丈夫!」
リノアは元気よく答えた。
アーヴァインが帽子を押さえた。
「いやあ、よかったよかった」
そして、少し表情を引き締める。
「……でも、ここからが本番だね」
スコールが顔を上げた。
アーヴァインは廊下の奥を見た。
「この奥に魔女がいるはずだ」
全員が黙った。
魔女イデア。
シド学園長の妻。
そして、かつて自分たちを育てたママ先生。
トラビア・ガーデンで蘇った記憶が、再び胸をよぎる。
スコールは仲間たちを見回した。
(……今さら迷ってないよな?)
そう思った。
だが、誰も何も言わない。
ゼルは拳を握り、キスティスは目を伏せている。
セルフィも、いつものようには笑っていなかった。
スコールは口を開いた。
「……この先にいるのは『敵』だ」
全員が顔を上げる。
「『敵』の名前なんか忘れてしまえ」
スコールは続けた。
「『敵』と自分の関係とか……『敵』の事情とか考えるのはやめろ」
ロメオは黙って聞いていた。
「そういうこと考えながら戦えるほど……少なくとも俺は強くない」
スコールは目を伏せた。
「『敵』は戦うことを選んだから、俺たちの『敵』になった」
そして、顔を上げる。
「俺たちも戦うことを選んだ」
ゼルが頷いた。
キスティスも、静かに顔を上げた。
「選択肢は多くなかった」
スコールは少し言葉を切った。
「いや……多くなかったと思いたい」
沈黙が落ちた。
スコールは、自分の言葉を振り返った。
(……なんだよ)
迷っているのは、誰だ?
ゼルか。
キスティスか。
セルフィか。
それとも。
(……迷ってるのは俺か?)
スコールは小さく息を吐いた。
「……ここまで来たんだ」
仲間たちを見回す。
「俺の話なんか、いいよな?」
そのとき、リノアが口を開いた。
「聞きたい」
スコールが振り返る。
「……何?」
リノアは真っすぐ彼を見た。
「スコールが考えてること、知りたいもの」
スコールは黙った。
少し前までなら、そんなことを言われても答えなかっただろう。
他人に自分の考えを話す必要なんてない。
そう思っていた。
だが、今は。
トラビア・ガーデンで、忘れていた過去を知った。
アーヴァインが、自分の選んだ道について話してくれた。
リノアが、仲間と一緒にいることへの不安を打ち明けてくれた。
そして、自分は彼女を助けに行った。
指揮官としてではなく。
一人の人間として。
スコールは少し考えた。
そして、静かに答えた。
「……終わってからにしよう」
リノアは目を見開いた。
スコールは続けた。
「聞きたかったら……生き残れ」
リノアは、しばらく彼を見つめた。
そして、笑った。
「……うん!」
スコールはガンブレードを握り直した。
「行こう」
ゼルが拳を握る。
「おう!」
セルフィが笑った。
「よ~し! 行くよ~!」
キスティスも頷いた。
「ええ」
アーヴァインは帽子を押さえた。
「ここまで来たら、やるしかないね~」
ロメオは短剣を抜いた。
「……そうだね」
そして、スコールを見た。
「俺も最後まで付き合うよ」
スコールは頷いた。
「ああ」
七人は、ガルバディア・ガーデンの奥へ向かった。
その先に、魔女イデアがいる。
かつてのママ先生。
今は、自分たちの敵。
そして、もう一人。
サイファー。
かつて同じ孤児院で育ち、今は魔女の騎士となった男。
スコールは前を見据えた。
(……サイファー)
今度こそ、決着をつける。
七人の足音が、廊下に響いた。
ガルバディア・ガーデンの戦いは、まだ終わっていなかった。