FINAL FANTASY VIII もう一人のレウァール 作:Kurumimogomogo
ガルバディア・ガーデンの廊下には、戦闘の跡が残っていた。
壁に刻まれた銃弾の跡。割れた窓。床に散らばった薬莢。
遠くでは、まだ戦闘が続いている。時折、銃声や魔法の炸裂音が聞こえてきた。
スコールを先頭に、七人は学園の奥へ進んでいた。
「思ったより敵が少ねえな」
ゼルが周囲を見回す。
「さっきまで、あんなにいたのによ」
「先発隊が頑張ってくれたんじゃない?」
セルフィが言った。
「それもあるでしょうけど、守る場所を絞っている可能性もあるわね」
キスティスが答える。
「俺もそう思う」
ロメオが頷いた。
「このガーデンは広いからね。侵入者を全部の通路で迎え撃つより、重要な場所に戦力を集めた方が効率的だ」
「詳しいね~」
「父さんに少し教わったから」
ロメオは肩をすくめた。
カーウェイ大佐から受けた訓練は、護身術や軍事知識の基礎が中心だった。ガルバディア軍の正式な兵士になったわけではないが、施設の警備や部隊の動かし方については、ある程度知っている。
まさか、その知識を使ってガルバディア軍と戦うことになるとは思わなかった。
(父さんが知ったら、何て言うかな)
間違いなく怒るだろう。
そもそも、父はリノアを危険から遠ざけるためにロメオをティンバーへ向かわせた。
それが今では、兄妹揃って敵のガーデンに乗り込んでいる。
説明する場面を想像するだけで気が重くなった。
「お兄ちゃん?」
隣を歩くリノアが顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「いや、父さんに何て説明しようかと思って」
「……怒られるね」
「間違いなくね」
二人は顔を見合わせ、苦笑した。
リノアは少し前まで、バラム・ガーデンの外壁に取り残されていた。
スコールが助け出してくれなければ、どうなっていたか分からない。
ロメオは妹の横顔を見た。
「本当に、怪我はない?」
「もう。さっきも聞いたでしょ」
「確認だよ」
「大丈夫!」
リノアは両手を広げてみせた。
「ほら、元気!」
「分かった、分かった」
ロメオは笑った。
その前を歩くスコールの背中を見る。
(ありがとうな、スコール)
助けに行きたくても、自分には方法がなかった。
あのときの無力感は、まだ胸に残っている。
だからこそ、今は少しでも役に立ちたかった。
そのとき、スコールが足を止めた。
「何か聞こえる」
全員が立ち止まる。
廊下の先に、大きな扉があった。
その向こうから、低い唸り声が響いている。
「……犬?」
セルフィが首を傾げた。
「犬にしちゃ、ずいぶん低い声だな」
ゼルが拳を握る。
スコールはガンブレードを抜いた。
「行くぞ」
扉を開ける。
そこは、吹き抜けになった大きなホールだった。
中央には円形の床があり、その上に巨大な獣が立っていた。
三つの頭。
黒い体。
鋭い牙と爪。
六つの目が、一斉にこちらを向く。
「うわあ!」
セルフィが声を漏らした。
「頭が三つあるよ!」
「ケルベロスね」
キスティスが呟いた。
「知ってるのか?」
スコールが尋ねる。
「ええ。三つの頭を持つ魔獣よ。強力な魔法を使うと聞いたことがあるわ」
ロメオは獣を見上げた。
「ずいぶん立派な番犬だね」
ケルベロスが唸った。
その声だけで、床が震える。
頭の中に、ラムウの声が響いた。
『油断するでないぞ、ロメオ』
(分かってる)
『あやつは魔力を巧みに操る。三つの頭を相手にするつもりで戦うのじゃ』
ロメオは短剣を抜いた。
三つの頭がそれぞれ違う方向を向いている。
正面から飛び込めば、別の頭に狙われるだろう。
「スコール」
「何だ?」
「左右に分かれよう。正面だけ見てたら、横から食いつかれる」
スコールは頷いた。
「分かった。散開するぞ」
その直後、ケルベロスが咆哮した。
巨大な前脚が床を叩く。
スコールが右へ跳び、ゼルが左へ回り込んだ。
ロメオはリノアとともに後退する。
ケルベロスの口元に炎が集まった。
「来るぞ!」
スコールが叫ぶ。
炎が放たれた。
スコールは身をかわす。
炎が床を焼き、熱風がホールを吹き抜けた。
「危なっ!」
ゼルが叫ぶ。
ロメオは手をかざした。
「ブリザガ!」
冷気が炎を押し返す。
白い水蒸気が広がった。
「今だ!」
スコールが踏み込む。
ガンブレードが獣の前脚を切り裂いた。
銃撃音が響く。
ケルベロスが大きく身をよじった。
そこへゼルが拳を叩き込む。
「くらえ!」
だが、獣は倒れない。
別の頭がゼルへ向いた。
「ゼル、下がって!」
キスティスの声。
ゼルが飛び退いた直後、雷が床を走った。
「うおっ!」
ゼルは転がるように距離を取った。
アーヴァインが銃を構える。
「こいつ、なかなか器用だね」
銃声。
弾丸が獣の肩を捉える。
セルフィも側面から飛び込んだ。
だが、ケルベロスは三つの頭を使い、次々と攻撃を繰り出してくる。
ロメオはその動きを観察していた。
(魔法を使う直前、頭が少し上がる)
しかも、中央の頭が魔法を使っている間、左右の頭の動きが一瞬鈍る。
ほんのわずかな隙。
だが、利用できる。
「スコール!」
「何だ!」
「次に魔法を使ったら、俺が止める! その隙に攻撃して!」
スコールは短く頷いた。
「ああ!」
ロメオは魔力を集中させた。
ケルベロスの中央の頭が持ち上がる。
口元に魔力が集まり始めた。
(今だ)
「サイレス!」
魔法が獣を包んだ。
中央の頭が口を開く。
だが、魔法は発動しなかった。
ケルベロスが戸惑ったように唸る。
「効いた!」
ロメオが叫ぶ。
「今!」
スコールが駆け出した。
ゼルも続く。
ケルベロスは前脚を振り上げるが、攻撃の切り替えが遅れた。
スコールのガンブレードが閃く。
ゼルの拳が腹部を捉える。
キスティスの魔法が炸裂した。
獣が大きくよろめいた。
ロメオは両手の短剣に魔力を込めた。
右に冷気。
左に雷。
魔法剣。
低く踏み込み、前脚の内側へ潜り込む。
一撃。
二撃。
三撃。
刃が触れるたびに魔力が弾けた。
ケルベロスが咆哮する。
だが、まだ倒れない。
巨大な体がロメオへ向いた。
(まずい)
逃げるには近すぎた。
ケルベロスの前脚が振り下ろされる。
その瞬間。
「ロメオ!」
リノアの魔法が炸裂した。
獣の体がわずかに傾く。
ロメオはその隙に転がり出た。
「助かった!」
「お返し!」
リノアが笑った。
ロメオも笑い返す。
そして、再びケルベロスを見た。
獣は荒く息をしていた。
動きが鈍っている。
「もう少しだ!」
スコールがガンブレードを構えた。
全員が頷く。
魔法。
銃撃。
拳。
刃。
七人の攻撃が、ケルベロスへ集中した。
最後にスコールが踏み込む。
ガンブレードが閃いた。
ケルベロスが大きく仰け反る。
三つの頭が天井を向いた。
そして、巨大な体が崩れ落ちた。
ホールに静寂が戻る。
「やった?」
セルフィが呟いた。
ゼルが息を吐く。
「みてえだな」
ロメオは短剣を下ろした。
「手強かったね」
そのとき、ケルベロスの体が光に包まれた。
巨大な獣の姿が、少しずつ薄れていく。
スコールが眉をひそめた。
「G.F.か」
キスティスが頷く。
「ええ。私たちの力になるみたいね」
ロメオは消えていく獣を見つめた。
(G.F.……)
トラビア・ガーデンで聞いた話を思い出す。
G.F.を使い続けると、記憶に影響が出るかもしれない。
スコールたちは、幼いころの記憶を失っていた。
ロメオは自分の手を見た。
ラムウとは、これまで何度も力を合わせてきた。
それでも、自分の記憶は残っている。
ただ、それが今後も続く保証はない。
(忘れたくないな)
母ジュリアの顔。
父フューリーの声。
幼いころのリノア。
そして、実の父ラグナのこと。
自分には、忘れたくないものがいくつもある。
『何を考えておる』
ラムウの声が響いた。
(ちょっとね)
『心配事か』
(まあ、そんなところ)
ラムウはしばらく黙っていた。
『ならば、忘れぬように生きることじゃ』
ロメオは小さく笑った。
(そうだね)
今は、考えても仕方がない。
目の前には、まだ戦いが残っている。
「行くぞ」
スコールが言った。
七人はホールを後にした。
階段を上がる。
広い通路を抜ける。
やがて、巨大な扉の前に辿り着いた。
その向こうから、人の気配がした。
スコールが足を止める。
「いるな」
ゼルが拳を握った。
「サイファーか」
ロメオは短剣を握り直した。
(いよいよか)
スコールが扉を開けた。
広い部屋だった。
高い天井。
大きな窓。
その中央に、一人の男が立っていた。
長いコート。
ガンブレード。
そして、見慣れた不敵な笑み。
「よう」
サイファーだった。
「なんだよ、久しぶりに母校に行こうと思ってたのによ」
スコールはガンブレードを構えた。
「だまれ」
サイファーは笑った。
「相変わらず愛想がねえな」
そして、スコールを見た。
「おまえ、ママ先生を倒しに来たのか?」
スコールは黙っていた。
「ガキの頃の恩は忘れたか?」
ゼルが一歩前へ出た。
サイファーは彼を見た。
「よう、チキン野郎」
「てめえ!」
「おまえとはいろいろあったよな?」
ゼルが拳を握る。
「おう! 決着つけてやる!」
サイファーは鼻で笑った。
そして、アーヴァインを見た。
「そこのおまえ。このガーデンの生徒だろ?」
アーヴァインは帽子を押さえた。
「そうだよ~」
「いる場所、間違ってるんじゃねえのか?」
アーヴァインは笑った。
「こっち側が気に入ってるんだよ~」
「くだらねえ」
サイファーは肩をすくめた。
そして、ロメオを見た。
「おまえもいたのか」
ロメオは笑った。
「久しぶり、サイファー」
「ずいぶん余裕だな」
「そう見える?」
「見えるぜ」
サイファーはガンブレードを肩に担いだ。
「おまえ、SeeDでもねえだろ。何しに来た?」
ロメオは少し考えた。
「友達を助けに」
サイファーは鼻で笑った。
「友達ねえ」
ロメオは続けた。
「それに、妹もいるしね」
リノアが顔を上げた。
サイファーの視線が彼女へ向かう。
「リノア」
リノアは黙っていた。
サイファーは少しだけ表情を変えた。
「おまえも、そっちか」
リノアは頷いた。
「うん」
「そうかよ」
サイファーは短く答えた。
そして、再びスコールを見た。
「で、どうする?」
スコールは一歩前へ出た。
「俺たちの気持ちをぐらつかせようとしても無駄だ」
サイファーが眉を上げた。
「……あ?」
「あんたは何者でもない」
スコールは続けた。
「あんたは、ただの『敵』だ。あんたの言葉は届かない」
ゼルが頷いた。
キスティスも、静かにサイファーを見た。
「あんた、俺たちにとってモンスターと同じだ」
サイファーの表情が変わった。
「モンスターと同じだあ?」
ガンブレードを握り直す。
「オレは魔女イデアの騎士だ」
サイファーは笑った。
「群れて襲いかかるモンスター。そりゃ、おまえたちだ」
ロメオはサイファーを見た。
(魔女の騎士……)
その言葉を、彼は誇らしげに口にする。
ロメオは、デリングシティで見た彼の姿を思い出した。
大統領を人質に取り、魔女に連れられていった少年。
あのときから、サイファーは自分の選んだ道を進んできた。
だが、その道が本当に望んだものなのか。
ロメオには分からなかった。
サイファーがガンブレードを構えた。
「さぁて、モンスターどもを退治するか!」
次の瞬間、サイファーが突進してきた。
スコールが迎え撃つ。
二本のガンブレードが激突した。
火花が散る。
スコールが押し返す。
サイファーは笑った。
「どうした、スコール!」
ガンブレードを振り下ろす。
「もっと楽しませろよ!」
スコールは刃を受け止めた。
「黙れ!」
銃撃音が響く。
サイファーが後退した。
その隙にゼルが飛び込む。
「くらえ!」
拳がサイファーの腹を狙った。
だが、サイファーは身をかわした。
「遅え!」
蹴りがゼルを襲う。
「ぐっ!」
ゼルがよろめいた。
ロメオが横から斬り込んだ。
「サイファー!」
短剣が閃く。
サイファーはガンブレードで受け止めた。
「おまえもか!」
「悪いね!」
ロメオは笑った。
「今は、こっちの味方なんだ!」
サイファーが力任せに押し返す。
ロメオは後退した。
(重い……)
サイファーの一撃は、スコールに負けず劣らず強烈だった。
しかも、戦い慣れている。
こちらの動きを読んで、最短の距離で攻撃してくる。
ロメオは短剣を構え直した。
(正面から力比べは無理だな)
ならば。
「ヘイスト!」
ロメオの体を魔力が包む。
動きが速くなる。
サイファーが眉をひそめた。
「魔法か!」
「そういうこと!」
ロメオは一気に距離を詰めた。
右の短剣。
左の短剣。
交互に斬りつける。
サイファーはガンブレードで受け止めた。
だが、徐々に押され始める。
「ちっ!」
サイファーが後退した。
そこへスコールが踏み込む。
「終わりだ!」
ガンブレードが閃いた。
サイファーの体が大きく仰け反る。
「ぐっ……!」
膝をつく。
だが、すぐに立ち上がった。
「クソッ、まだだ! 俺は、まだ終わるわけにはいかない!」
ロメオは息を整えた。
(まだ立つのか)
サイファーの体には、いくつもの傷があった。
それでも、目の光は消えていない。
スコールが前へ出た。
「サイファー」
「黙れ!」
サイファーが叫んだ。
「まだ終わってねえ!」
再び、二本のガンブレードが激突した。
火花。
銃声。
そして、スコールの一撃がサイファーを捉えた。
サイファーが床へ倒れる。
ガンブレードが手から離れた。
サイファーは必死に起き上がろうとした。
だが、体が言うことを聞かない。
「なぜだ……」
サイファーはスコールを見た。
「なぜ、おまえに勝てない!?」
スコールは答えなかった。
サイファーは拳を握った。
「くそっ!」
そのとき、部屋の奥から声が響いた。
「……役立たずめ」
全員が振り返った。
そこに、魔女イデアが立っていた。
長い衣装。
冷たい眼差し。
デリングシティで見た、あの姿だった。
サイファーが顔を上げる。
「イデア……」
イデアは彼を見下ろした。
ロメオは眉をひそめた。
(何だよ、それ……)
サイファーは、彼女のために戦っていた。
魔女の騎士を名乗り、傷つきながらも立ち上がろうとしていた。
それなのに、返ってきた言葉は。
役立たず。
たった、それだけだった。
ロメオはサイファーを見た。
彼は何も言わなかった。
ただ、拳を握りしめている。
イデアが手を上げた。
床が震えた。
スコールが顔を上げる。
次の瞬間、足元の床が崩れた。
「うわっ!」
ゼルが叫ぶ。
全員の体が落下する。
ロメオは咄嗟にリノアの腕を掴んだ。
「リノア!」
「お兄ちゃん!」
二人は床を転がった。
瓦礫が降り注ぐ。
ロメオは妹を庇うように体を丸めた。
衝撃。
そして、静寂。
ロメオは顔を上げた。
そこは、広い講堂だった。
高い天井。
巨大な柱。
そして、中央には大きな空間が広がっている。
(この下は、大講堂か……?)
スコールが立ち上がった。
ゼルも起き上がる。
キスティスが周囲を確認した。
「みんな、大丈夫?」
「何とか」
ロメオは答えた。
リノアも頷いた。
「うん」
そのとき、サイファーの声が聞こえた。
「おまえら……」
全員が振り返る。
サイファーは瓦礫の上に立っていた。
傷だらけの体。
だが、まだガンブレードを握っている。
「ママ先生には勝てねえな……」
サイファーは笑った。
その笑みには、疲労が滲んでいた。
スコールは黙って彼を見た。
そして、ガンブレードを構え直した。
そのとき。
「スコール!!」
リノアの声が響いた。
スコールが振り返る。
(来たのか。危険だぞ)
だが、リノアはスコールを見ていなかった。
その視線は、講堂の奥へ向いていた。
スコールも顔を上げた。
(……?)
魔女イデアが、ゆっくりと姿を現した。
その周囲に、冷たい魔力が漂っている。
(なんだ……?)
空気が重い。
息をするだけで、胸が圧迫されるようだった。
ロメオは思わず短剣を握り直した。
(この魔力……)
ケルベロスとは、比べものにならない。
人間のものとも違う。
底が見えない。
ロメオの背中に、冷たい汗が流れた。
イデアはスコールを見た。
「おまえが伝説のSeeDだったのか」
スコールは眉をひそめた。
(意味不明……だまれ)
イデアは続けた。
「なるほど立派なものだ。おまえ、じゅうぶん立派だよ」
ゆっくりと歩み寄る。
「……立派すぎて目障りだ。ここで消してやろう……」
魔力が広がった。
ロメオは咄嗟に前へ出た。
「スコール!」
短剣を構える。
だが、イデアは彼を一瞥しただけだった。
次の瞬間、ロメオの体が吹き飛ばされた。
壁に叩きつけられる。
息が詰まった。
(何だ、今の……)
魔法を放つ動作すら見えなかった。
ただ、手を向けられただけ。
それだけで、体が吹き飛んだ。
ロメオは歯を食いしばって立ち上がった。
ラムウの声が頭に響く。
『気をつけるのじゃ』
(分かってる)
『あれは、ただの魔女ではない』
ロメオはイデアを見た。
(そんなこと、見れば分かるよ)
スコールは、イデアの姿を見つめていた。
(ママ先生じゃない)
トラビアで思い出した女性。
優しく、子供たちを見守っていたママ先生。
目の前の魔女は、その面影を持ちながら、まるで別人のようだった。
イデアが両手を広げた。
「SeeDなぞ消えてしまえ!」
巨大な魔力が講堂を覆った。
スコールたちは散開した。
ロメオは手をかざした。
「シェル!」
魔法の膜が仲間たちを包む。
直後、氷の槍が無数に現れた。
デリングシティで見たものと同じだった。
スコールを貫いた、あの氷。
ロメオは歯を食いしばった。
(今度は、やらせない)
「ファイガ!」
炎が氷の槍を迎え撃つ。
爆発。
水蒸気が広がる。
だが、イデアの魔力は衰えない。
次々と氷の槍が現れる。
ロメオは短剣を構えた。
魔法剣。
刃に炎をまとわせる。
そして、前へ出た。
「スコール! 合わせて!」
「ああ!」
二人が同時に踏み込む。
スコールのガンブレード。
ロメオの二刀。
左右からイデアへ迫る。
だが、イデアは動かなかった。
ただ、手を上げた。
見えない壁が、二人の刃を受け止めた。
(防がれた!?)
イデアが笑った。
魔力が爆発した。
二人は後退する。
スコールが床を滑った。
ロメオは膝をついた。
「強いな……」
思わず呟く。
スコールは頷いた。
「ああ」
だが、退くわけにはいかない。
ゼルが拳を握った。
「だったら、全員でやるだけだ!」
キスティスが魔法を放つ。
セルフィがヌンチャクを振るう。
アーヴァインの銃弾が、イデアの防御を揺らした。
リノアも魔法を放つ。
ロメオは仲間たちの動きを見た。
(……呼吸)
トラビアで、リノアが話していたことを思い出す。
みんなの呼吸のテンポ。
戦いが始まると、どんどん早くなっていく。
置いていかれるような気がする。
だが、今は。
ロメオは周囲を見た。
スコール。
ゼル。
キスティス。
セルフィ。
アーヴァイン。
リノア。
誰も、一人では戦っていない。
(俺たちは、一緒に戦ってるんだ)
そのとき、サイファーが立ち上がった。
「俺は……」
全員が振り返る。
サイファーはガンブレードを握り直した。
「俺は魔女イデアの騎士だ」
傷だらけの体で、スコールたちの前に立つ。
「俺がいる限り、イデアには指一本触れさせない」
ゼルが叫んだ。
「まだやんのかよ!」
サイファーは笑った。
「当然だろ」
ロメオはサイファーを見た。
(もう、限界だろ……)
それでも、彼は立っている。
魔女の騎士。
その言葉だけを支えにしているようだった。
ロメオは短剣を下げた。
「サイファー」
「何だよ」
「もう、やめよう」
サイファーは眉をひそめた。
「……あ?」
「これ以上戦っても、何も変わらない」
ロメオは静かに言った。
「君が守ろうとしてる人は、君のことを役立たずって呼んだんだよ」
サイファーの表情が変わった。
「黙れ」
「君がどれだけ傷ついても、あの人は……」
「黙れって言ってんだろ!」
サイファーが突進した。
ロメオは咄嗟に短剣を構えた。
ガンブレードが激突する。
重い一撃。
ロメオは後退した。
サイファーは叫んだ。
「おまえに何が分かる!」
ロメオは答えなかった。
分からない。
確かに、分からない。
自分には、サイファーの夢も、彼が背負ってきたものも、完全には理解できない。
だが。
(それでも……)
ロメオは短剣を握り直した。
(友達が壊れていくのを、黙って見てるわけにはいかない)
サイファーが再び斬りかかる。
ロメオは身をかわした。
そして、短剣の柄でサイファーの腕を打った。
ガンブレードが揺れる。
そこへスコールが踏み込んだ。
「サイファー!」
ガンブレードが閃いた。
サイファーの体が大きく仰け反る。
「ぐはっ!! 『魔女の騎士』の俺が負ける……?」
床へ倒れる。
今度こそ、起き上がれなかった。
スコールは黙って彼を見た。
ロメオも、何も言えなかった。
イデアがサイファーを見下ろした。
「負けたか……使えぬ男よ。あそびは終わりだ。消えるがよい、SeeD!」
巨大な魔力が集まり始める。
講堂全体が震えた。
ロメオは顔を上げた。
(来る!)
イデアの周囲に、巨大な魔法陣が現れた。
空気が凍りつく。
床が軋む。
そして、無数の氷の槍が宙に浮かんだ。
「全員、伏せろ!」
スコールが叫ぶ。
ロメオはリノアの腕を掴んだ。
「リノア!」
「うん!」
二人は床へ伏せた。
次の瞬間、氷の槍が一斉に放たれた。
轟音。
衝撃。
講堂の柱が砕ける。
床に亀裂が走る。
ロメオは歯を食いしばった。
(これが、魔女の力……)
だが、仲間たちはまだ立っていた。
スコールがガンブレードを構える。
ゼルが拳を握る。
キスティスが魔法を詠唱する。
セルフィがヌンチャクを振るう。
アーヴァインが銃を構える。
リノアが魔力を集める。
そして、ロメオも立ち上がった。
「行こう」
ロメオが言った。
スコールが頷いた。
「ああ」
七人は、最後の攻撃に出た。
魔法。
銃撃。
拳。
刃。
そして、ロメオの魔法剣。
すべてが、イデアへ向かう。
イデアの防御が揺らいだ。
スコールが踏み込む。
ガンブレードが閃いた。
イデアの体が大きく仰け反る。
「あ、ああ……」
魔女が声を漏らした。
周囲の魔力が、急速に薄れていく。
イデアは膝をついた。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
その表情は、先ほどまでとは違っていた。
冷たい眼差しが消えている。
ロメオは息を呑んだ。
(何だ……?)
イデアの顔に、戸惑いが浮かんでいた。
まるで、長い夢から覚めた人間のようだった。
そのとき。
周囲の景色が、ゆっくりと白くなり始めた。
「……え?」
ロメオは顔を上げた。
講堂の柱が霞んでいく。
床も、壁も、天井も。
まるで濃い霧に包まれたように、輪郭を失っていった。
「何だ、これ……」
ゼルが呟く。
ロメオは周囲を見回した。
白い。
どこを見ても、白い。
先ほどまで聞こえていた遠くの戦闘音も、いつの間にか消えていた。
(魔法……?)
ラムウに問いかけようとした。
だが、その前に、視界の端で何かが動いた。
リノアだった。
「リノア?」
彼女が、ゆっくりと歩き出していた。
その先には、倒れたサイファーがいる。
ロメオは眉をひそめた。
「リノア、どうした?」
返事はなかった。
リノアは足を止めない。
一歩。
また一歩。
まっすぐ、サイファーへ向かって歩いていく。
その動きは、ひどく静かだった。
周囲を気にする様子もない。
ロメオは違和感を覚えた。
(何だ……?)
リノアは、倒れているサイファーの前まで来ると、静かに立ち止まった。
そして、彼を見下ろした。
「リノア?」
ロメオはもう一度呼びかけた。
だが、彼女は振り向かない。
スコールも、その様子を見ていた。
(どうしたんだ?)
リノアがわずかに身をかがめた。
サイファーの顔を覗き込むように。
そのとき。
サイファーの指が動いた。
ロメオは目を見開いた。
つい先ほどまで、立ち上がることすらできなかったはずの男が、ゆっくりと上体を起こした。
サイファーは何も言わなかった。
リノアも何も言わない。
二人は、白く霞んだ空間の中で向かい合っていた。
(どういうことだ……?)
ロメオは短剣を握り直した。
サイファーが立ち上がる。
先ほどまでの苦しげな様子が、嘘のようだった。
「サイファー?」
スコールが声をかける。
だが、サイファーは答えなかった。
ただ、ゆっくりと顔を上げた。
ロメオはリノアを見た。
彼女は、まだ動かない。
「リノア!」
今度は強く呼んだ。
その瞬間だった。
リノアの体が、ぐらりと傾いた。
膝が折れる。
そのまま、床へ倒れ込んだ。
「リノア!!」
ロメオが駆け出した。
だが、白い光が視界を覆う。
一瞬、何も見えなくなった。
(くそっ!)
手を伸ばす。
次の瞬間、光が薄れ始めた。
講堂の柱が見える。
砕けた床が見える。
周囲の景色が、少しずつ元に戻っていく。
ロメオは足を止めた。
倒れているリノアがいた。
だが、その近くにいたはずのサイファーの姿は、もうなかった。
「サイファー……?」
ロメオは周囲を見回した。
どこにもいない。
あれほど傷ついていた男が、忽然と姿を消していた。
(何が起きたんだ……)
考えるより先に、ロメオは妹のもとへ駆け寄った。
「リノア!」
膝をつき、肩を抱き起こす。
「おい、リノア!」
返事がない。
目を閉じたまま、動かない。
「リノア?」
ロメオは彼女の頬に触れた。
温かい。
呼吸もしている。
だが、いくら呼びかけても目を開けなかった。
「何だよ……」
声が震えた。
「さっきまで普通だったじゃないか……」
キスティスが駆け寄ってきた。
「大丈夫? リノア?」
ロメオは首を振った。
「分からない。息はしてる。でも、起きないんだ」
そのとき、イデアが口を開いた。
「スコール」
全員が振り返る。
イデアは、ゆっくりと顔を上げた。
「キスティス、セルフィ……」
その声は、先ほどまでの魔女のものとは違っていた。
穏やかで、どこか懐かしい響きがあった。
「アーヴァイン、ゼル……」
イデアは一人ずつ、名前を呼んだ。
「大きくなりましたね」
スコールたちは動かなかった。
「強くなりましたね」
その声は穏やかだった。
ロメオはイデアを見つめた。
(この人が、ママ先生……)
初めて、そう思えた。
「この日を待っていました。この日を恐れていました」
イデアは静かに続けた。
「今日は善き日ですか? 今日は忌まわしき日ですか?」
スコールは答えられなかった。
イデアが突然、顔を上げた。
「エルオーネは!?」
切実な声だった。
「私はエルオーネを守りましたか!?」
(わからない)
スコールは黙っていた。
その間も、ロメオはリノアを抱えていた。
イデアが何を話しているのか、耳には入っている。
だが、今はそれどころではなかった。
「リノア……」
小さく呼ぶ。
返事はない。
ロメオは彼女の手を握った。
幼いころから、何度も握ってきた手だった。
転んで泣いたとき。
母を亡くして、寂しそうにしていたとき。
父と喧嘩して、家を飛び出そうとしたとき。
いつも、こうして手を握ってきた。
だが、今は。
「頼むよ……」
ロメオは呟いた。
「目を開けてくれ」
キスティスがリノアの顔を覗き込む。
そして、スコールへ振り返った。
「スコール! リノアが!!」
スコールが顔を上げた。
(リノアが……?)
ロメオの腕の中で、リノアは動かなかった。
(リノアがどうしたって?)
スコールは、ゆっくりと歩き出した。
ロメオは顔を上げた。
「スコール……」
その声には、いつもの軽さがなかった。
「リノアが、起きないんだ」
スコールは何も言わなかった。
ただ、リノアを見つめていた。
ロメオはもう一度、妹の名前を呼んだ。
「リノア……」
返事はなかった。
魔女イデアとの戦いは終わった。
だが、何が起きたのか、誰にも分からなかった。
白い光の中で、リノアはサイファーに近づいた。
倒れていたサイファーは立ち上がり、姿を消した。
そして、リノアは目を覚まさなくなった。
その出来事だけが、ロメオの頭の中で繰り返されていた。
(あのとき……)
何かがおかしかった。
リノアの歩き方も。
サイファーが起き上がったことも。
あの白い光も。
だが、今は何一つ分からない。
ロメオは妹の手を強く握った。
(絶対に、助けるからな)
その手が握り返されることはなかった。