FINAL FANTASY VIII もう一人のレウァール 作:Kurumimogomogo
列車が速度を上げていく。
車輪が線路を叩く規則正しい音に、時折、連結部の軋む音が混じった。
窓の向こうにはティンバーの森が広がっている。木々の間を縫うように敷かれた線路の先に、ガルバディア大統領専用列車が走っていた。
「見えたッス!」
ワッツが窓に張りつく。
「大統領専用列車ッス!」
ロメオはその隣から顔を覗かせた。
「おお、本当だ。結構長いな!」
「護衛車両が前後についてるッス。予定通りッスね!」
「しかし、あれだけ兵隊がいて、よく気づかれないもんだなあ」
ロメオは感心したように呟いた。
その隣でリノアが装備を確認している。
スコール、ゼル、セルフィも準備を終えていた。
「みんな、行くよ!」
リノアが先頭に立つ。
列車の屋根へ続く昇降口が開かれた。
途端に、激しい風が車内へ吹き込んできた。
「うわっ、すげえ風!」
ゼルが声を上げる。
「楽しそう!」
セルフィは笑っていた。
スコールはガンブレードの位置を確かめる。
「……行くぞ」
五人は次々と屋根へ上がった。
走行中の列車の上。
足元では金属が振動し、左右には木々が猛烈な勢いで流れていく。
ロメオは風に髪をなびかせながら、隣を走る大統領専用列車を見た。
「いやあ、こういうの初めてだ!」
「お兄ちゃん! 落ちないでよ!」
「大丈夫だって!」
『足元を見よ、ロメオ』
頭の中にラムウの声が響く。
「分かってるって!」
『お主の大丈夫は信用ならん』
ロメオは笑った。
リノアが振り返る。
「こっちよ、スコール!」
大統領専用列車との距離が縮まっていた。
「もうすぐ護衛車両に追いつくから、乗り移ろっか!」
リノアは向こうの屋根を指さす。
「タイミングよく跳べば、少し時間を稼げると思うの。二回の切り離しも含めて、作戦終了まで五分!」
スコールが頷く。
「……了解した」
「ここで時間がかかると後が大変だから、頑張ろうね!」
リノアは全員を見回した。
「スコール、ゼル、セルフィ!」
「おう!」
「はーい!」
ロメオが手を上げる。
「俺は?」
「お兄ちゃんは私から離れないで!」
「了解!」
スコールは大統領専用列車との距離を測った。
速度はほぼ同じ。
跳躍は可能だ。
「……今だ!」
スコールが跳んだ。
続いてゼル、セルフィ。
リノアも屋根を蹴る。
最後にロメオが跳躍した。
軽い身のこなしで宙を舞い、音もなく着地する。
「おお、成功!」
ロメオが笑う。
「……静かにしろ」
スコールが低い声で言った。
「あ、そうだった」
ロメオは口を押さえた。
五人は身を低くして進み始めた。
*
護衛車両の内部では、二人のガルバディア兵が窓の外を確認していた。
青い制服の一般兵。
赤い制服の将校。
それぞれが手製の探知装置を使っている。
「……あれ?」
一般兵が首を傾げた。
装置が反応しない。
「どうした?」
将校が尋ねる。
「いえ、何も……」
一般兵は装置を軽く叩いた。
(壊れてるのかな……?)
一方、将校も自分の装置を見つめていた。
(おかしい……反応がない)
自信作だった。
自ら設計した温度探知装置。
その性能には絶対の自信がある。
(いや、ワシが作った物が壊れるはずはない!)
一般兵は上官の顔を盗み見た。
(でも、少佐オリジナルだし……壊れてるなんて言ったら……)
想像しただけで背筋が寒くなる。
(クビかも……?)
将校は装置をもう一度確認した。
(絶対ありえん!)
しばらくして、二人はほぼ同時に顔を上げた。
「よ~し、確認OKだ!」
「か、確認OKであります!」
何事もなかったことにした。
その頭上では。
スコールたちが慎重に移動していた。
青い制服の兵士が窓へ近づけば足を止める。
赤い制服の将校が窓へ近づけば、逆に素早く移動する。
ワッツの情報通りだった。
ロメオはその動きを見ながら、感心していた。
(へえ、面白い仕組みだな)
音を拾う装置と、温度を感知する装置。
原理が違うからこそ、回避方法も異なる。
『感心しておる場合か』
ラムウの声が響く。
(分かってるって)
ロメオは足元を確認した。
窓のブラインドが動く。
赤い制服。
すぐに歩幅を変えた。
その直後、スコールが手を上げる。
全員が足を止めた。
今度は青い制服の兵士だった。
数秒後。
ブラインドが下りる。
「……行くぞ」
スコールの合図で、再び移動を始めた。
ロメオは小さく笑った。
(さすがSeeDだな)
迷いがない。
必要な情報を判断し、最小限の動きで進んでいく。
自分とは随分違う戦い方だった。
*
大統領車両の上へ到達した。
「この赤い車両を越えれば、いよいよ最初の切り離しよ!」
リノアが前方を指さした。
「さあ、急ぎましょう!」
大統領車両には、護衛の姿が見えない。
デリング大統領が身の回りに警備兵や探知装置を置くことを嫌っているためだった。
その頃、車両の内部では。
「異状無しであります!」
ガルバディア兵が報告していた。
椅子に座るデリング大統領は、不機嫌そうに顔を上げた。
「君……今ので二十七回目だ」
「はっ!」
「ティンバーに到着するまで、あと何回私の機嫌を損ねれば、その無駄な報告をやめるつもりかね?」
兵士の顔が青ざめる。
「し、しかし! それが我々の任務であります!」
デリングは鼻を鳴らした。
「……これでは、あのお方も気苦労が絶えんな」
そして、窓の外へ視線を向ける。
「まあ、今の私には直接関係のないことかもしれんがな」
「し、失礼いたします!」
兵士は慌てて退室した。
(終わった……)
廊下を歩きながら、肩を落とす。
(今ので絶対、来月の給料なしだ……)
彼には結婚を考えている恋人がいた。
指輪を買うために、少しずつ貯金をしている。
(プロポーズが……また遠のいた……)
その頭上を、五人の侵入者が走り抜けていった。
*
「ここが最初の連結部よ」
リノアが足を止めた。
前方には護衛車両。
その連結部に、切り離し用の制御装置が設置されている。
「ワッツの情報だと、見回りに来る護衛は二人みたい」
リノアはゼルとセルフィを見る。
「二人は護衛の動きを見てて。こっちに来そうだったら、早めに教えてね」
「分かったぜ。俺は左の青い奴を見る!」
「じゃあ、右の赤いの見ま~す!」
ロメオが手を上げた。
「俺は?」
「お兄ちゃんは、スコールが戻るときの補助をお願い!」
「おう!」
スコールは連結部を確認した。
車両側面へ降りるためのワイヤー。
その先に入力装置がある。
リノアが説明する。
「スコール、パスコードの入力方法は覚えてる?」
「ああ」
「三つのコードを解除すれば、最初の切り離しが始まるはずよ」
リノアはワイヤーを手渡した。
「切り替えポイントまで、あと四分!」
「……了解」
スコールはワイヤーを固定した。
そのまま車両側面へ身を下ろす。
風が強い。
金属製の車体に身体を寄せ、入力装置へ手を伸ばした。
「最初のコード!」
リノアが数字を読み上げる。
スコールは素早くボタンを押した。
解除成功。
「次!」
二つ目。
そのとき、ゼルが声を上げた。
「青い奴、来るぞ!」
スコールは入力を中断し、素早く上へ戻った。
全員が身を伏せる。
ブラインドが上がった。
兵士が外を確認する。
何も見えない。
やがてブラインドが下りた。
「……行くぞ」
スコールは再び降下した。
ロメオはワイヤーを支えながら、周囲を確認する。
入力再開。
二つ目の解除に成功。
三つ目。
「赤いの、こっち来るよ~!」
セルフィの声。
スコールは即座に戻った。
将校が窓を開ける。
しかし、誰もいない。
数秒後、窓が閉まった。
「……今だ」
スコールは再び降下した。
最後のコードを入力する。
装置から短い電子音が鳴った。
解除成功。
「やった!」
リノアが声を上げる。
連結部から金属音が響いた。
ロックが外れたのだ。
「スコール!」
ロメオが手を伸ばす。
スコールはその手を掴み、屋根へ戻った。
「よし!」
ロメオが笑った。
「さすがだな!」
「……まだ終わっていない」
「そうだった!」
五人は急いで後方へ移動した。
*
最初の切り替えポイント。
前方の護衛車両が切り離され、先へ走っていく。
その隙間へ、森のフクロウのダミー列車とアジト列車が割り込んだ。
計画通り。
大統領車両は一時的に、森のフクロウの車両と連結された状態になった。
「成功!」
リノアが拳を握る。
しかし、喜んでいる時間はない。
次の切り替えポイントまで、残り三分。
「次よ!」
リノアが走り出した。
ゼルとセルフィはアジト列車側の作業を手伝うため、別の車両へ移動する。
スコールとリノア、ロメオは二つ目の連結部へ向かった。
*
その頃。
大統領車両の内部では、先ほどの兵士が再び報告に来ていた。
(また怒られるんだろうな……)
兵士は重い足取りで扉を開けた。
「異状……無しであります!」
椅子に座る大統領は、新聞を広げていた。
返事がない。
(……あれ?)
兵士は首を傾げた。
(怒らない……?)
よく見ると、車内の様子も少し違う気がする。
内装が妙に安っぽい。
(こんなだったっけ……?)
そのとき、後ろから将校の怒鳴り声が響いた。
「おい! どうした! 何か異状があったのか!?」
兵士が振り返る。
「い、いえ!」
椅子の大統領が口を開いた。
「私は今、機嫌が悪い。特に問題がないなら、下がりたまえ!」
「は、はい!」
将校が慌てて敬礼した。
「了解いたしましたであります!」
そして兵士を睨む。
「ほれ、お前もぼけっとしとらんで、早く持ち場へ戻れ!」
「わ、分かりましたであります!」
二人は慌てて退室した。
廊下に出てから、兵士は肩を落とす。
(今ので絶対、再来月の給料もなしだ……)
将校も頭を抱えていた。
(しまった……大統領の機嫌をさらに損ねた……)
兵士は天井を見上げた。
(プロポーズ……また夢に終わるのか……)
その頃、椅子に座る大統領人形は、何事もなかったかのように新聞を広げ続けていた。
*
「ここが二つ目の連結部よ!」
リノアが足を止めた。
スコールは装置を確認する。
先ほどと同じ構造だった。
「今度は五つのパスコードを解除する必要があるの」
リノアは周囲を見回した。
「ゼルとセルフィはアジト列車の切り離しを手伝ってるから、護衛の確認は私たちでやるね」
「おう!」
ロメオが頷いた。
「俺が右を見る!」
「お願い!」
スコールはワイヤーを固定した。
リノアが数字を読み上げる。
最初のコード。
解除。
二つ目。
解除。
「赤い奴、来るぞ!」
ロメオが小声で知らせた。
スコールは素早く戻った。
窓のブラインドが上がる。
将校が外を確認する。
しかし、何も見つからない。
再びブラインドが下りた。
「……続ける」
スコールは降下した。
三つ目。
解除。
四つ目。
そのとき、ロメオが前方を見た。
「スコール、ちょっと待て!」
青い制服の兵士が近づいている。
スコールはすぐに戻った。
兵士は窓から外を見た。
何もない。
やがて持ち場へ戻っていく。
「……今だ」
スコールは再び降下した。
最後のコード。
入力。
電子音。
解除成功。
「やった!」
リノアが声を上げる。
連結部のロックが外れた。
「スコール!」
ロメオが手を伸ばす。
スコールは屋根へ戻った。
「よし、戻るぞ!」
三人は急いで移動した。
*
二つ目の切り替えポイント。
後方の護衛車両が切り離された。
森のフクロウのアジト列車は、大統領車両を連結したまま別の線路へ入る。
作戦成功。
「やったー!」
リノアが歓声を上げた。
ゼルとセルフィも戻ってきた。
「成功だな!」
「すごいすごい!」
ロメオはスコールの肩を叩いた。
「お前、すげえな!」
「……任務だ」
「いやあ、俺だったら途中で数字間違えてたかも!」
「……そうか」
「だから助かった!」
スコールは少しだけ視線を逸らした。
「……まだ大統領との交渉が残っている」
「そうだったな!」
ロメオは笑った。
五人はアジト列車へ戻った。
*
「いよいよ……待ちに待ったビンザーとのご対面だな」
ゾーンが緊張した面持ちで言った。
ワッツは興奮していた。
「パーフェクトだったッスか!? すごいッス! ヤルって感じッス!」
リノアも嬉しそうだった。
「みんな、ありがとう!」
ロメオは妹の頭を軽く撫でた。
「よかったな、リノア!」
「うん!」
リノアは笑った。
しかし、すぐに表情を引き締める。
「でも、まだ終わりじゃないよ」
ゾーンが頷いた。
「そうだ。これから大統領と話し合いだ」
ワッツは手を上げた。
「情報収集ならまかせてくれッス!」
ゾーンが突然腹を押さえた。
「イテテテテテ……」
ロメオは苦笑した。
「ゾーン、また腹か?」
「こ、こんなときに……」
リノアはスコールたちへ向き直った。
「そこの三人! 準備ができたら言ってね!」
スコールは装備を確認した。
ゼルとセルフィも準備を整える。
ロメオは腰の短剣を確かめた。
「……準備OK?」
リノアが尋ねる。
「ああ」
スコールが答えた。
「じゃあ、行こう!」
*
大統領車両。
扉の前で、リノアは深呼吸した。
長年、ティンバーを支配してきたガルバディア。
その頂点に立つ男が、この先にいる。
リノアは扉を開けた。
室内には、椅子に座る大統領の姿があった。
新聞を広げている。
「……デリング大統領!」
リノアは声を張った。
「無駄な抵抗を……しなければ、危害は……加えないわ」
大統領はゆっくりと顔を上げた。
「抵抗をしたら……どうなるというのかね……お嬢さん」
「!!」
リノアが息を呑んだ。
スコールが眉をひそめる。
「どうした?」
大統領は不気味に笑った。
「残念だったな……私は大統領ではない」
室内の空気が変わった。
「世間で言うところの、影武者という奴だ」
ロメオは目を細めた。
(……おかしい)
声。
顔。
動き。
どこか不自然だった。
ロメオは幼い頃、カーウェイ将軍の仕事の関係でデリング大統領を見たことがある。
あの男は確かに嫌味な人物だった。
しかし、目の前の男はそれ以前に、何かが違う。
影武者という説明だけでは納得できなかった。
「ティンバーにはレジスタンスが多いともっぱらの噂だったが……」
偽大統領は立ち上がった。
「軽く偽の情報を流しただけで、あっさり引っかかるとは……程度の低いレジスタンスしかいないようだな」
「程度の……低い……?!」
リノアが怒りに震えた。
偽大統領は不気味に笑う。
「ずっと座り続けるのも疲れたな……お嬢サ……ン……」
声が歪んだ。
「無駄な抵抗をしタラ、どう料理スルつもりだったノカ……教えテくれナイか……」
顔が引きつる。
皮膚が波打つ。
「程度ノ低いワリ……ニ……面白イことヲするジャないカ……!」
ロメオは即座にリノアの前へ出た。
「リノア、下がれ!」
「お兄ちゃん!?」
偽大統領の身体が異様に膨れ上がった。
人間の骨格ではありえない方向へ手足が曲がる。
皮膚が裂け、腐敗したような肉が露出した。
「アノ方を侮辱スル奴は……ゆるサん!!」
スコールはガンブレードを抜いた。
「……化け物か」
偽大統領の顔が崩れる。
「ワナニ……カカッタ……ナ」
口元が裂けた。
「オモ……シロイ……オモシロイ……ゾ!」
次の瞬間。
「ウガガー!!」
怪物が咆哮した。
腐臭を伴う息が車内に広がる。
リノアが後ずさる。
「な、何なの、これ!?」
ロメオは二本の短剣を抜いた。
「知らん!」
右手の刃に雷が走る。
左手の刃には炎が灯った。
「でも、どう見ても話し合いができる相手じゃないな!」
スコールが前へ出る。
「……戦闘準備!」
「おう!」
ゼルが拳を構えた。
「はーい!」
セルフィがヌンチャクを握る。
ロメオはリノアを背に庇いながら、笑った。
「さて、スコール!」
「……何だ?」
「初めての共同作業だな!」
「……ふざけるな」
「ふざけてないって!」
ロメオは短剣を構えた。
「行くぞ!」
雷光と炎が、薄暗い車内を照らした。
そして、スコールのガンブレードが唸りを上げた。
ティンバー大統領誘拐作戦。
その結末は、誰も予想していなかった怪物との戦いへと変わっていた。