FINAL FANTASY VIII もう一人のレウァール   作:Kurumimogomogo

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魔女の大使

 ティンバーの街は、すっかり物々しい雰囲気に包まれていた。

 

 駅前にはガルバディア兵が配置され、普段なら列車の発着を知らせる声が響くホームも静まり返っている。

 

 大統領の訪問に合わせて、街中の鉄道が運休していた。

 

 その駅前広場で、二人の兵士が何やら笑っていた。

 

「いいカモがいたぜ。へっ……田舎モンのくせに、あいつなかなかいい物持ってたな」

 

 一人が手の中のカードを眺めている。

 

 もう一人は呆れた顔をした。

 

「おい……いい加減にしとけよ。ただでさえ、ティンバーの奴らは俺たちガルバディア兵に反抗的なんだからな」

 

「大丈夫だって。ちょっと借りただけだろ」

 

「返す気ないだろ、お前」

 

「まあな」

 

 そのとき、背後から声がした。

 

「なあ、そのカード」

 

「ん?」

 

「持ち主に返してやった方がいいんじゃないか?」

 

 兵士が振り返った。

 

 立っていたのは、整った顔立ちの青年だった。

 

 黒に近い茶色の髪を風になびかせ、にこにこと笑っている。

 

「……何だ、お前?」

 

「ロメオ!」

 

「名前なんか聞いてねえ!」

 

「そうか?」

 

 ロメオは首を傾げた。

 

 少し離れたところで、リノアが顔を覆っていた。

 

「……お兄ちゃん」

 

 ゼルが小声で言う。

 

「何やってんだ、あいつ」

 

「……放っておけ」

 

 スコールは兵士たちの動きを見ていた。

 

 ロメオは相変わらず笑顔だった。

 

「そのカード、ドールから来た旅行者のだろ?」

 

「だったら何だ?」

 

「返してやれよ。困ってるぞ」

 

「うるせえな!」

 

 兵士がロメオの胸ぐらを掴もうとした。

 

 しかし、その手は空を切った。

 

「……!」

 

 ロメオが半歩、横へ動いていた。

 

 兵士がもう一度腕を伸ばす。

 

 また届かない。

 

「てめえ!」

 

「いや、怒るなって!」

 

 ロメオは笑った。

 

「別に喧嘩したいわけじゃないんだよ」

 

 兵士は剣に手をかけた。

 

 その瞬間、スコールが前に出た。

 

「……やめておけ」

 

「何だ、お前ら!」

 

 もう一人の兵士が声を上げる。

 

 ゼルが拳を握った。

 

「そっちが先に手を出したんだろ!」

 

 セルフィもヌンチャクに手をかける。

 

 兵士たちの表情が変わった。

 

「……!」

 

「!!」

 

 周囲の兵士が異変に気づく。

 

「捕らえろ!」

 

 号令とともに、数人の兵士が駆け寄ってきた。

 

「ほら、こうなる!」

 

 リノアが叫んだ。

 

「悪い!」

 

 ロメオは短剣を抜いた。

 

 ただし、刃には魔法を纏わせない。

 

 街中で雷や炎を使えば、周囲の市民まで巻き込む危険がある。

 

『それでよい』

 

 ラムウが頭の中で言った。

 

『まずは退路を確保するのじゃ』

 

「おう!」

 

 ロメオは突き出された剣を短剣で受け流し、兵士の手首を柄で叩いた。

 

 剣が石畳に落ちる。

 

「くそっ!」

 

 別の兵士が迫る。

 

 その横からゼルが踏み込んだ。

 

「どけっ!」

 

 拳が兵士の腹に入る。

 

 セルフィはヌンチャクで相手の武器を弾いた。

 

 スコールはガンブレードを構え、兵士たちの前進を止める。

 

「……これ以上増える前に離脱する」

 

「賛成!」

 

 リノアが頷いた。

 

 ロメオは落ちたカードを拾い上げた。

 

「よし、回収!」

 

「お兄ちゃん、早く!」

 

「はいはい!」

 

 五人は路地へ走り込んだ。

 

 背後から兵士たちの怒鳴り声が響く。

 

「待て!」

 

「止まれ!」

 

 ロメオは振り返りながら笑った。

 

「いやあ、危なかったな!」

 

「誰のせいだよ!」

 

 ゼルが怒鳴った。

 

「俺かな!」

 

「お前だよ!」

 

 スコールはため息をついた。

 

(……余計な戦闘を増やすな)

 

 ただ、ロメオの手には、兵士に奪われたカードがしっかり握られていた。

 

 そのことだけは、悪い結果ではなかった。

 

 五人は追っ手を撒き、裏通りへ向かった。

 

 酒場の前で、リノアが足を止める。

 

「ここを通れば、放送局の方へ行けるはずなんだけど……」

 

 中から大きな声が聞こえてきた。

 

     *

 

「へっ……どいつもこいつも……」

 

 酒場のカウンターで、男が酒を飲んでいた。

 

「俺はただ、ドールから旅行に来ただけだってのに……」

 

 男は不満を吐き出すように話し続ける。

 

 大統領が帰るまで列車は動かない。

 

 ホテルも関係者で埋まっている。

 

 ガルバディア兵には因縁をつけられ、大切なカードまで奪われた。

 

「ロクなことがねえ……」

 

 男はグラスを傾けた。

 

「いつもそうさ、あいつらは。他人の物は自分の物。力さえありゃ何でも手に入ると思ってやがる」

 

 ロメオは黙って話を聞いていた。

 

 先ほどの兵士に絡まれていた旅行者だ。

 

 男はさらに続ける。

 

「この街でさえ、力で手に入れたんだ。そりゃ金でもカードでも何でも手に入れるさ!」

 

 リノアが眉をひそめた。

 

 男は酒の勢いに任せて声を荒らげる。

 

「だいたい、大統領を拉致しようなんてたくらみやがったレジスタンスが悪い!」

 

 リノアの表情が変わった。

 

「……ちょっと!」

 

 しかし、男は止まらない。

 

「連中が騒ぎを起こしたせいで列車は止められるし、兵隊がうろうろし出してこのざまだ! 失敗するならやるなってんだ!」

 

 リノアが一歩前に出ようとした。

 

 そのとき、別の客が口を開いた。

 

「分かってないのは、あんたの方だ!」

 

 地元の男だった。

 

「レジスタンスは、ティンバーの未来のために動いてるんだ! 大統領の勝手な行動を止めようとしてるんだよ!」

 

 旅行者が顔をしかめる。

 

「……ケッ」

 

「ガルバディア兵が横暴なのは、レジスタンスのせいじゃないだろ!」

 

 酒場が一瞬静かになった。

 

 リノアは口を閉じた。

 

 ロメオが隣から小声で話しかける。

 

「……リノア」

 

「何?」

 

「怒る気持ちは分かるけどさ」

 

 ロメオは旅行者を見た。

 

「あのおっさんも、困ってるのは本当なんだよな」

 

「……うん」

 

「レジスタンスのこと、知らないんだろうし」

 

 リノアは少し考えた。

 

 そして小さく頷いた。

 

 スコールは酒場の奥を見た。

 

 裏通りへ続く扉がある。

 

 しかし、その前に旅行者が座り込んでいた。

 

「……そこをどいてほしいんだが」

 

 スコールが声をかける。

 

「こんな若造にまで邪魔扱いされるとはな……」

 

 旅行者はグラスを突き出した。

 

「マスター! もっと酒くれ、酒!」

 

 スコールは男の手元を見た。

 

 そして、先ほどロメオが拾ったカードを思い出した。

 

「……ロメオ」

 

「ん?」

 

「カードを」

 

「ああ!」

 

 ロメオは懐からカードを取り出した。

 

「そうだった!」

 

 スコールは受け取り、旅行者へ差し出した。

 

「……これは、あんたのカードじゃないのか?」

 

「ん?」

 

 男が顔を上げる。

 

「……あっ! これは!」

 

 酔いが醒めたように目を見開いた。

 

「何でお前が持ってるんだ!?」

 

「……表で拾ったんだ」

 

 ロメオは隣で笑いを堪えた。

 

 スコールは横目で睨む。

 

 余計なことを言うな、という視線だった。

 

「本当に?」

 

 旅行者はしばらくカードを眺めた。

 

「……まあ、いいか」

 

 そして、スコールへ差し出す。

 

「わざわざありがとよ! 気分がいいから、そのカードはあんたにやる!」

 

「……いいのか?」

 

「しかも、こいつもつけてやろう!」

 

 男は別のカードも取り出した。

 

 スコールは少し戸惑いながら受け取った。

 

「さぁて、邪魔者は退散退散と」

 

 旅行者は立ち上がろうとして、ふらついた。

 

「お~い、マスターさんよ。自分で立てねえから、ちょっくら引っ張ってよ」

 

 店主が苦笑しながら手を貸す。

 

「裏通りに行きたいなら、そこのドアから出ればいいよ」

 

 店主はスコールたちを見た。

 

「ちょっと対応に困ってたから助かったよ。ありがとう」

 

 スコールは軽く頷いた。

 

 ロメオは店主に笑いかける。

 

「また来るよ!」

 

「今度はゆっくり飲みに来な」

 

「おう!」

 

 リノアが腕を引っ張った。

 

「お兄ちゃん、行くよ!」

 

「はいはい!」

 

 五人は裏通りへ出た。

 

     *

 

 裏通りには、住宅が並んでいた。

 

 表通りの騒がしさが嘘のように静かだった。

 

 どこかの家から、子供たちの声が聞こえてくる。

 

「われわれ、れじすたんすは、だいとーりょーラチちゃくせんには……」

 

 小さな男の子が胸を張っていた。

 

 隣の弟が両手を上げる。

 

「ちっぱいした~!」

 

「しか~し! こんどこしょ、だいとーりょーをやっつけるのだー!」

 

「のだー!」

 

 姉らしい少女が呆れた顔をする。

 

「あんたたち、『ラチ』って何か分かって言ってるの?」

 

「おにごっこちて、つかまえて……」

 

「おしりぺんぺんすることだって、母ちゃんが言ってたー!」

 

「まあ……そんなもんかしらね」

 

 そのとき、家の奥から母親の声がした。

 

「おやつできたわよー!」

 

「はーい!」

 

「はーい!」

 

 子供たちは元気よく駆けていった。

 

 ロメオは足を止めていた。

 

「……いいなあ」

 

 リノアが振り返る。

 

「何が?」

 

「子供って、どこでも元気だなと思ってさ」

 

 ロメオは笑った。

 

「ティンバーが占領されてるとか、あんまり関係ないんだな」

 

「……そうね」

 

 リノアも子供たちの消えた家を見た。

 

「だから、こんな街を取り戻したいの」

 

「うん」

 

 ロメオは頷いた。

 

 そして手帳を取り出す。

 

『ティンバーの裏通り。子供たちがレジスタンスごっこをしていた。誘拐は鬼ごっこの一種らしい』

 

「……お兄ちゃん」

 

「ん?」

 

「それ、記事にするの?」

 

「するかもしれない!」

 

「……そう」

 

 リノアは少し笑った。

 

 スコールは二人を見ていた。

 

(……家族、か)

 

 子供たちの声。

 

 食事を知らせる母親。

 

 何でもない日常の風景。

 

 スコールには、どこか遠いものに感じられた。

 

 その感覚を振り払うように、前へ進む。

 

     *

 

「あ、街頭テレビだぜ!」

 

 ゼルが声を上げた。

 

 建物の壁に、大きな画面が設置されていた。

 

 しかし、映っているのは番組ではない。

 

 黒い画面に、白い文字が不規則に流れている。

 

 文字列は崩れ、重なり、時折同じ文章を繰り返していた。

 

 bring me back there

 

 I am alive here

 

 I will never let you forget about me

 

 ロメオは足を止めた。

 

「……何だ、これ」

 

 リノアも顔をしかめる。

 

「これ、気持ち悪いよね? 何なの?」

 

 スコールが画面を見上げた。

 

「このノイズが、ほとんどの周波数帯で流されているんだ」

 

「ノイズ?」

 

「これを何とかしないと、電波放送なんてできないはずだ」

 

「だろ? だろ?」

 

 ゼルが頷いた。

 

「俺も気になってたんだ」

 

 ロメオは画面を見つめていた。

 

 白い文字が流れていく。

 

 忘れるな。

 

 私を忘れるな。

 

 そんな意味の言葉が、何度も繰り返されている。

 

(……忘れるな、か)

 

 ロメオは胸元の手帳に触れた。

 

 表紙の内側には、母ジュリアが書いてくれた名前がある。

 

 幼い頃、母はよく言っていた。

 

『忘れないでね、ロメオ』

 

 何を忘れないでほしかったのか。

 

 母の顔か。

 

 歌か。

 

 家族と過ごした時間か。

 

 今となっては、確かめることはできない。

 

 だが、ロメオは覚えている。

 

 母の声も、笑顔も。

 

 ピアノの音も。

 

 すべて。

 

『……ロメオ』

 

 ラムウの声が響いた。

 

「ん?」

 

『どうした』

 

「いや……」

 

 ロメオは画面を見上げた。

 

「変な文章だなと思ってさ」

 

『うむ』

 

「誰が書いたんだろうな」

 

 ラムウは答えなかった。

 

 そのとき、背後から足音が響いた。

 

「大統領がスタジオ入りしたッス!」

 

 ワッツだった。

 

 息を切らして駆け寄ってくる。

 

「警備兵がものすごく増えてるから、もう突入は無理ッス!」

 

「突入は無理かあ……」

 

 リノアは考え込んだ。

 

 そして顔を上げる。

 

「ね、作戦変更しよう!」

 

 全員が振り返った。

 

「大統領が帰っちゃえば、警備の兵士はほとんどいなくなるじゃない?」

 

 リノアは放送局を指さす。

 

「だから、それから私たちの放送をするの!」

 

 ゼルが眉をひそめる。

 

「……今から変更かよ」

 

「ちょっとインパクトは減るけど、仕方ないよね?」

 

 リノアはスコールを見る。

 

「まともに突入しても、やられちゃうよね?」

 

 スコールは淡々と答えた。

 

「俺たちのことは気にするな」

 

「……え?」

 

「俺たちは、あんたの決定に従って、あんたの敵と戦う。それが俺たちの仕事なんだ」

 

 ゼルも頷いた。

 

「行けと言われれば行くぜ。たとえそれが勝ち目のない戦場でもな」

 

 リノアは二人を見つめた。

 

 そして、表情を曇らせる。

 

「……カッコわるぅ~」

 

 ゼルが目を見開く。

 

「は?」

 

「決定に従う? それが仕事?」

 

 リノアは腕を組んだ。

 

「命令に従うだけなんて、と~っても楽な人生よね」

 

 スコールの表情が硬くなった。

 

「……何とでも言えよ」

 

 リノアが顔を上げる。

 

「俺たちは、あんたが最高の結果を出すために雇われたんだ」

 

 スコールは続けた。

 

「あんたたちに、それができるとは思えないけどな」

 

「な、何よ!」

 

 リノアが声を上げた。

 

「何かあるなら言いなさいよ!」

 

 スコールは口を閉じた。

 

 少しの沈黙。

 

「……もういい」

 

「途中でやめないでよ!」

 

 リノアは一歩近づいた。

 

「気になるでしょ!」

 

「……別にいいんだ、もう」

 

「言ってよ!」

 

 リノアの声が強くなる。

 

「これは命令よ。そう、クライアントの命令!」

 

 スコールはリノアを見た。

 

 そして、静かに口を開いた。

 

「あんたたちは、どこまで本気なんだ?」

 

 リノアの表情が変わった。

 

「三人で床に座って作戦会議。その作戦もすぐに変更。しかも、俺たちの意見がないと決められないんだろ?」

 

 ゼルが慌ててスコールを見る。

 

「おい、言い過ぎだぜ」

 

 しかし、スコールは続けた。

 

「そんな組織に使われるこっちの身にもなってくれよ」

 

 沈黙が落ちた。

 

 リノアは俯いた。

 

 セルフィも黙っている。

 

 ゼルは気まずそうに頭を掻いた。

 

 ロメオは何も言わなかった。

 

 妹の肩が小さく震えている。

 

 それを見て、思わず口を開きかけた。

 

『待つのじゃ』

 

 ラムウの声が響いた。

 

『今は、お主が口を挟む場面ではない』

 

(……分かってる)

 

 ロメオは唇を結んだ。

 

 スコールの言葉は厳しい。

 

 だが、間違っているとも言い切れなかった。

 

 ロメオ自身、森のフクロウの作戦が危ういことは知っていた。

 

 大統領誘拐作戦も、成功したのは列車のすり替えだけ。

 

 情報が漏れていた可能性もある。

 

 それでも、リノアたちは本気だった。

 

 だからこそ、簡単には口を挟めなかった。

 

「……悪かったな」

 

 スコールが言った。

 

「ちょっと言い過ぎた」

 

 リノアは顔を上げなかった。

 

「……な~んか」

 

 小さな声だった。

 

「なんか、私、勘違いしてた」

 

 スコールは黙っている。

 

「SeeDが来てくれたら、何もかもうまくいくと思ってた」

 

 リノアはゆっくり顔を上げた。

 

「でも、そんなに簡単じゃないよね」

 

 少しだけ笑おうとした。

 

 うまく笑えなかった。

 

「みんなは雇われただけだもんね。仲間ってわけにはいかないよね」

 

 セルフィが何か言いかけたが、リノアは続けた。

 

「えっと……作戦は中止します。一時解散にしましょう」

 

 リノアは放送局を見上げた。

 

「まともに突入しても、やられちゃうよね」

 

 そして、ぽつりと言った。

 

「あのね……やっぱり、子供の遊びみたいに見えちゃう?」

 

 誰も答えなかった。

 

「でも、本気なんだよ」

 

 リノアは俯いた。

 

「痛いくらい……本気なんだよ」

 

 ロメオは妹の隣に立った。

 

「……リノア」

 

「何?」

 

「俺は知ってるぞ」

 

 リノアが顔を上げる。

 

「お前がどれだけ頑張ってきたか」

 

「……お兄ちゃん」

 

「でも、スコールの言うことも分かる」

 

 リノアは少し驚いた顔をした。

 

 ロメオは続けた。

 

「俺たち、今まで何回も危ない橋渡ってきただろ? それで、今日も失敗した」

 

「……うん」

 

「だから、ちゃんと考えないとな」

 

 ロメオは笑った。

 

「本気だからこそさ」

 

 リノアはしばらく黙っていた。

 

 そして、小さく頷いた。

 

「……うん」

 

 スコールは二人を見ていた。

 

(……本気、か)

 

 リノアの言葉が、少しだけ胸に残った。

 

 そのとき。

 

「……あれ?」

 

 セルフィが街頭テレビを指さした。

 

「放送、始まるのかな~?」

 

 画面のノイズが消えた。

 

     *

 

「……テスト、テスト……」

 

 画面に男の顔が映った。

 

 放送局のアナウンサーだった。

 

「テス……ああっ!」

 

 男は目を見開いた。

 

「せ、世界の皆さん! 私の姿が見えますか!? 私の声が聞こえますか!?」

 

 興奮した声が響く。

 

「感激です! これはオンラインではありません! 電波による放送です!」

 

 通りにいた人々が足を止めた。

 

 店の窓から顔を出す者もいる。

 

「実に十七年ぶりに再開された、電波による放送なのです!」

 

 ロメオは画面を見上げた。

 

「……本当に始まったな」

 

 アナウンサーは咳払いをした。

 

「申し訳ありません。興奮のあまり我を忘れてしまいました」

 

 そして、改めて姿勢を正す。

 

「本日は、ガルバディアの輝ける星、ビンザー・デリング終身大統領による、世界の皆様への報告を放送します」

 

 画面が切り替わった。

 

 豪華な演台。

 

 その前に立つ男。

 

 ビンザー・デリング。

 

 今度こそ本物の大統領だった。

 

「この電波を受け取っている世界の国民諸君」

 

 低い声が響いた。

 

「私、ガルバディア終身大統領ビンザー・デリングは、ここに提案する」

 

 大統領は両手を広げた。

 

「世界中のすべての争いを終わらせる用意が、我々にはある」

 

「やっぱり!」

 

 セルフィが嬉しそうに声を上げた。

 

「世界の皆さん、平和に暮らそう宣言なんだ!」

 

 ゼルが眉をひそめる。

 

「……本当かよ」

 

 ロメオも画面を見つめていた。

 

 デリング大統領の言葉は、妙に整いすぎているように感じられた。

 

 それに、ガルバディア軍が各地で行ってきたことを考えれば、素直に受け取る気にはなれない。

 

「しかし、遺憾ながら……」

 

 大統領は続けた。

 

「我々ガルバディアと各国の間には、解決を必要とする幾つかのささいな問題があることも事実」

 

 スコールが目を細めた。

 

「私は、この問題を解決するため、各国指導者と対話するつもりだ」

 

 大統領は一度言葉を切った。

 

「その対話に、私の代理として参加する大使を紹介したい」

 

「お~い!」

 

 ゼルが声を上げた。

 

「大使を紹介すんのに、この騒ぎかよ!」

 

 ロメオは腕を組んだ。

 

「まあ、普通の大使じゃないんだろうな」

 

 リノアが振り返る。

 

「どういうこと?」

 

「いや、何となく」

 

「もう!」

 

 画面の中で、デリング大統領が口を開いた。

 

「彼女は……魔女」

 

 スコールが眉をひそめた。

 

「……魔女?」

 

 その言葉に、周囲の人々がざわついた。

 

 魔女。

 

 かつて世界を恐怖に陥れた存在。

 

 そして今も、特別な力を持つ女性たち。

 

 ロメオは画面を見つめた。

 

(……魔女を大使に?)

 

 そのときだった。

 

「あ!」

 

 セルフィが声を上げた。

 

 画面の端に、一人の青年が映り込んだ。

 

 金髪。

 

 長身。

 

 ガンブレードを手にした青年。

 

「サイファー!」

 

 ゼルが叫んだ。

 

 ロメオも目を見開いた。

 

「……え?」

 

 画面の中で、サイファー・アルマシーがデリング大統領にガンブレードを突きつけていた。

 

「サイファー!?」

 

 リノアが息を呑む。

 

 ロメオは思わず一歩前に出た。

 

「おいおい、何やってんだ、あいつ!」

 

 リノアから何度も話を聞いていた青年だった。

 

 実際に会ったこともある。

 

 自信家で、口が悪く、妙なところで格好をつける。

 

 だが、ロメオは嫌いではなかった。

 

 夢を真っ直ぐに追いかけるところは、むしろ気に入っていた。

 

 そのサイファーが、世界中へ放送されている場で大統領を脅している。

 

「……何考えてんだよ!」

 

 ロメオが呟いた。

 

 画面の中に、もう一人の人物が現れた。

 

「ああっ!」

 

 セルフィが叫ぶ。

 

「キスティス先生!?」

 

 スコールの表情が変わった。

 

 キスティス・トゥリープ。

 

 元教官であり、スコールたちの先輩だった。

 

 キスティスはサイファーを刺激しないよう、慎重に近づいていた。

 

「むやみに近づかないで!」

 

 彼女の声が、放送を通して響く。

 

 ゼルが慌てる。

 

「ど、どうするスコール!?」

 

「彼を刺激するだけなのが分からないの!?」

 

 キスティスが制止した。

 

 スコールは画面を見つめたまま答えた。

 

「俺たちはフクロウの連中に雇われてるんだ」

 

 ゼルが振り返る。

 

「……スコール?」

 

「俺たちには関係ない」

 

 ロメオはスコールを見た。

 

 その言葉が、先ほどリノアに言ったことと重なる。

 

 任務。

 

 契約。

 

 命令。

 

 スコールは、それを守ろうとしている。

 

 しかし。

 

「……いや」

 

 ロメオが呟いた。

 

 リノアが顔を上げる。

 

「お兄ちゃん?」

 

「俺には関係あるぞ」

 

 ロメオは画面を指さした。

 

「サイファー、知り合いだからな」

 

「……お兄ちゃん」

 

「それに、あんなことしたら、あいつ本当に殺されるぞ」

 

 ロメオの声から、いつもの軽さが消えていた。

 

 画面の中で、キスティスが顔を上げた。

 

「ティンバー班、見てる?」

 

 スコールたちが息を呑む。

 

「ここへ来てちょうだい! 許可は得ています!」

 

 キスティスは強い声で続けた。

 

「手を貸して!」

 

 ゼルがスコールを見る。

 

「スコール!?」

 

 セルフィも声を上げた。

 

「はんちょ!」

 

 スコールは黙っていた。

 

 画面の中では、サイファーが大統領を脅し続けている。

 

 キスティスは必死に説得しようとしていた。

 

 リノアが小さく呟く。

 

「……サイファー」

 

 ロメオは妹の横顔を見た。

 

 そして、スコールへ向き直る。

 

「なあ、スコール」

 

「……何だ」

 

「俺、行くぞ」

 

 スコールはロメオを見た。

 

「……勝手にしろ」

 

「おう」

 

 ロメオは笑った。

 

 ただし、いつものような能天気な笑顔ではなかった。

 

「でも、お前らも来た方がいいと思うぞ」

 

「……なぜだ?」

 

「だって、あそこにいるの、お前らの知り合いでもあるんだろ?」

 

 スコールは答えなかった。

 

 ロメオは続ける。

 

「任務かどうかは知らないけどさ」

 

 腰の短剣を確かめる。

 

「目の前で知り合いが死にそうになってたら、助けに行くだろ?」

 

 ゼルが頷いた。

 

「……俺は行くぜ」

 

 セルフィも拳を握る。

 

「うん!」

 

 リノアは画面を見つめていた。

 

「……私も」

 

 スコールは四人を見た。

 

 そして、もう一度画面へ視線を戻す。

 

 サイファー。

 

 キスティス。

 

 ガルバディア大統領。

 

 そして、魔女。

 

 任務とは無関係のはずだった。

 

 だが、キスティスは明確に援助を求めている。

 

 しかも、許可を得ていると言った。

 

 スコールはガンブレードの柄に手をかけた。

 

「……行くぞ」

 

 ゼルが笑った。

 

「よっしゃ!」

 

 セルフィも頷く。

 

「はーい!」

 

 ロメオは嬉しそうに笑った。

 

「そうこなくっちゃ!」

 

 リノアは少しだけ安心したように息を吐いた。

 

 五人は放送局へ向かって走り出した。

 

 街頭テレビには、今もサイファーの姿が映っている。

 

 その向こうで、ガルバディアの魔女が姿を現そうとしていた。

 

 ロメオは走りながら、ふと思った。

 

(……親父)

 

 ラグナなら、こういうときどうするだろう。

 

 考えるまでもなかった。

 

 きっと、何も考えずに飛び込んでいく。

 

 危険だと分かっていても、誰かを助けようとする。

 

 ロメオは小さく笑った。

 

(……やっぱ、親子だな)

 

『自覚があるなら、少しは慎重にならんか』

 

 ラムウの声が響く。

 

「分かってるって!」

 

『本当かのう』

 

 ロメオは短剣の柄を握り直した。

 

「まあ、何とかなるさ!」

 

 その言葉に、ラムウは深いため息をついた。

 

 そして、五人は放送局へと続く階段を駆け上がっていった。

 

第五話 完

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