FINAL FANTASY VIII もう一人のレウァール 作:Kurumimogomogo
放送局へ続く階段を、五人が駆け上がっていた。
先頭はスコール。
その後ろにゼルとセルフィ、リノアが続き、最後尾をロメオが走る。
街頭テレビに映った光景は、まだ頭から離れなかった。
サイファーがデリング大統領にガンブレードを突きつけている。
キスティスが説得を試みている。
そして、世界中にその様子が放送されている。
「……何考えてんだ、あいつ」
ロメオが呟いた。
リノアが振り返る。
「サイファー?」
「ああ」
ロメオは頷いた。
「いくら何でも、あれは無茶だろ」
「……うん」
リノアの表情は暗かった。
ロメオはそれ以上何も言わなかった。
サイファーとリノアが知り合いであることは知っている。
以前、二人が一緒にいたところにも顔を出したことがあった。
サイファーはいつも偉そうで、ロメオのことを「お人好し」と呼んだ。
ロメオはそのたびに「お前も大概だろ」と笑って返した。
嫌いな相手ではなかった。
むしろ、夢を語るときのあの男の目は、どこか父ラグナに似ていると思っていた。
ただ、今のサイファーは違う。
何かに追い詰められているように見えた。
『ロメオ』
ラムウの声が響く。
『気を抜くでないぞ』
「分かってる」
ロメオは短剣の柄に触れた。
階段の先に、放送局の入口が見えた。
*
放送局の内部は混乱していた。
職員たちは壁際に退き、ガルバディア兵も不用意に近づけずにいる。
中央では、サイファーがデリング大統領を拘束していた。
ガンブレードの刃が、大統領の首元に突きつけられている。
「動くんじゃねえ!」
サイファーが怒鳴った。
そのすぐ近くにキスティスが立っていた。
彼女はスコールたちの姿を確認すると、声を張った。
「彼の身柄を拘束します!」
スコールはサイファーを見た。
「……何してるんだ、あんた」
サイファーが振り返る。
「見りゃ分かるだろうが!」
口元には、いつもの挑発的な笑みが浮かんでいた。
しかし、その目は笑っていない。
「さあ、こいつをどうする計画なんだ?」
「……計画?」
スコールは眉をひそめた。
(そうか……リノアと知り合いだったな。だから来たのか?)
サイファーは森のフクロウの作戦を知っていたのだろうか。
それとも、独断で大統領を捕まえたのか。
判断できなかった。
「わかったぜ!!」
ゼルが突然声を上げた。
「おまえはリノアの……」
「チキン野郎!」
サイファーが怒鳴った。
「喋るんじゃねえ!」
ゼルが顔を赤くする。
「何だと、この野郎!」
「ゼル」
スコールが低い声で言った。
「黙ってろ」
キスティスが口を開く。
「彼は懲罰室を脱走したの」
全員の表情が変わった。
「何人にも怪我を負わせてね」
「この大バカ野郎!」
ゼルが叫んだ。
スコールは顔をしかめる。
(ゼル、頼むから)
キスティスはサイファーから目を離さない。
ガンブレードの切っ先が少しでも動けば、大統領の命に関わる。
ここで刺激するわけにはいかなかった。
「先生、分かったぜ!」
ゼルが拳を握る。
「このバカ野郎をガーデンに連れ戻すんだな!」
「やめろ!」
スコールが声を上げた。
「言うな!」
遅かった。
デリング大統領の口元に、薄い笑みが浮かんだ。
「なるほど……」
大統領はサイファーの刃を気にする様子もなく、ゆっくりと顔を上げた。
「君たちはガーデンの連中か」
スコールは黙っていた。
「私の身に何かあったら、ガルバディア軍は総力を挙げてガーデンを潰しにかかるぞ」
大統領は冷たく言い放った。
「さあ、離してもらおうか」
ゼルが息を呑んだ。
キスティスの表情も硬くなる。
ガーデンの名が出てしまった。
しかも、世界中へ放送されている場で。
「……面倒なことになっちまったぜ」
サイファーが舌打ちした。
そして、ゼルへ視線を向ける。
「ん? 誰のせいだあ?」
「てめえが勝手に……!」
「ゼル!」
スコールが制した。
サイファーは鼻で笑った。
「後始末は任せたぞ! 先生と班長さんよ!」
そのとき。
「……サイファー」
後方から声がした。
サイファーが視線を向ける。
ロメオだった。
「……あ?」
「久しぶりだな」
ロメオはいつもの調子で片手を上げた。
「元気そう……って言うには、ちょっと無理があるか」
サイファーは一瞬、目を見開いた。
「……ロメオ?」
「おう」
「何でお前がここにいる?」
「リノアの護衛」
ロメオは肩をすくめた。
「お前こそ、何やってんだよ」
「見りゃ分かるだろ」
「いや、分かるけどさ」
ロメオは大統領とガンブレードを見比べた。
「それ、この後どうするつもりなんだ?」
「…………」
サイファーは答えなかった。
ロメオは少しだけ表情を引き締めた。
「お前がリノアのこと気にかけてくれてるのは知ってる。でも、こんなことしたら……」
「うるせえ!」
サイファーが怒鳴った。
「お前まで説教か!」
「……そういうつもりじゃない」
「だったら黙ってろ!」
ロメオは口を閉じた。
サイファーの手に力が入っている。
ガンブレードの刃が、わずかに大統領の首へ近づいた。
キスティスが警戒する。
「ロメオ、下がって」
「……分かった」
ロメオは一歩退いた。
スコールはその様子を見ていた。
(……こいつもサイファーと知り合いなのか)
リノアの兄なのだから、不思議ではない。
しかし、サイファーが一瞬だけ見せた表情が気になった。
あの男が、他人に驚いた顔を見せることは珍しい。
そのときだった。
室内の空気が変わった。
*
誰かが、ゆっくりと歩いてくる。
高い靴音が、静まり返った放送局に響いた。
ガルバディア兵たちが道を開ける。
現れたのは、一人の女性だった。
長い黒髪。
身体の線に沿った衣装。
冷たい美しさを湛えた顔。
その額には、異様な装飾が輝いている。
先ほど大統領が紹介しようとしていた人物。
魔女。
女性はサイファーを見つめた。
「……可哀想な少年」
サイファーの表情が変わった。
「!?」
女性は微笑んだ。
「混乱している可哀想な少年」
ゆっくりと近づいてくる。
「さあ、行くの? 退くの? おまえは決めなくてはならない」
「俺に近づくな!」
サイファーが怒鳴った。
魔女は歩みを止めない。
「おまえの中の少年は行けと命じている」
その声は、不思議なほど穏やかだった。
「おまえの中の大人は退けと命じている」
サイファーの顔が歪む。
「どちらが正しいのか、おまえには分からない」
「来るな!」
魔女はさらに近づいた。
「助けが欲しいでしょう?」
サイファーの手が震えた。
「この窮地から救い出して欲しいでしょう?」
「黙れ!」
サイファーが叫ぶ。
しかし、魔女は動じなかった。
「助けを求めることは恥ではありません」
静かな声。
「おまえは、ただの少年なのだから」
「俺は……」
サイファーが歯を食いしばった。
「俺を少年と言うな」
魔女は微笑んだ。
「もう少年ではいたくない?」
「俺は少年じゃない!」
その叫びが、室内に響いた。
ロメオは思わず一歩踏み出しかけた。
『動くでない』
ラムウの声が響く。
(……でも!)
『あの女を見よ』
ロメオは魔女へ視線を向けた。
彼女の周囲では、空気そのものが歪んでいるように見えた。
強大な魔力。
今まで戦ってきたどの相手とも違う。
ロメオは短剣の柄を握った。
しかし、抜くことはできなかった。
魔女はサイファーへ手を差し伸べた。
「もう戻れない場所へ」
サイファーは動かなかった。
いや、動けなかったのかもしれない。
「さあ、少年時代に別れを」
魔女の手が、サイファーへ伸びる。
その瞬間。
周囲に紫色の光が広がった。
「……!」
スコールが身構える。
ゼルが拳を握る。
セルフィが一歩後退した。
ロメオは反射的にリノアの前へ出る。
「下がれ!」
しかし、魔女は誰にも攻撃しなかった。
サイファーの姿が、光に包まれていく。
「サイファー!」
リノアが叫んだ。
ロメオも声を上げる。
「おい! サイファー!」
サイファーは一度だけ顔を上げた。
その視線が、スコールたちを通り過ぎる。
リノア。
そして、ロメオ。
何かを言おうとしたように見えた。
だが、言葉にはならなかった。
次の瞬間。
光が弾けた。
魔女とサイファーの姿が消えた。
室内に静寂が戻る。
「……消えた?」
ゼルが呟いた。
スコールは魔女が立っていた場所を見つめていた。
(……何だったんだ)
魔女。
ガルバディアの大使。
そして、サイファー。
何一つ理解できないまま、事態が終わってしまった。
ロメオは短剣から手を離した。
「……くそ」
小さく呟いた。
リノアが隣を見る。
「お兄ちゃん……」
「……何もできなかったな」
ロメオは魔女の消えた場所を見つめていた。
普段なら、何とかなると笑っている。
しかし、今は笑えなかった。
『ロメオ』
ラムウが静かに呼びかける。
『あの女は危険じゃ』
「……分かってる」
『お主が今、挑んでも勝てぬ』
「……そうだろうな」
ロメオは頷いた。
それが、悔しかった。
*
放送局を出た一行は、ティンバーの街へ戻った。
大統領の放送は中断され、街には混乱が広がっていた。
ガルバディア兵たちも、何が起こったのか把握できていない様子だった。
キスティスはガーデンへの報告と事態の収拾のため、スコールたちとは別に行動していた。
スコールたちは、人目を避けながら裏通りへ向かった。
「こっちこっち!」
リノアが先導する。
そして、ふと振り返った。
「ね、サイファーは?」
スコールは短く答えた。
「分からない」
リノアは少し俯いた。
「あいつなら、きっと大丈夫だよね」
誰もすぐには答えなかった。
ゼルは拳を握りしめている。
セルフィも不安そうだった。
ロメオは妹の隣を歩いた。
「……大丈夫だと思うぞ」
リノアが顔を上げる。
「本当?」
「サイファーだろ?」
ロメオは笑おうとした。
「あいつ、昔からしぶといし」
「……うん」
「それに、あんな簡単にやられる奴じゃない」
リノアは小さく頷いた。
スコールは二人の会話を聞いていた。
(……サイファー)
幼い頃から知っている相手。
何度も衝突し、競い合ってきた相手。
あの男が魔女とともに消えた。
何を考えていたのか。
なぜ、あんな行動に出たのか。
分からないことばかりだった。
ロメオは歩きながら、手帳を取り出した。
いつもの癖だった。
しかし、ペンを持ったまま、しばらく何も書けなかった。
やがて、短い文章を記した。
『サイファーが魔女とともに消えた』
そこで手が止まる。
少し考えて、もう一行書き足した。
『必ず、もう一度会う』
ロメオは手帳を閉じた。
忘れないために。
そして、次に会ったとき、今日のことをきちんと話すために。
彼は顔を上げた。
ティンバーの空は、いつもと変わらず青かった。
けれど、世界は確かに動き始めていた。