FINAL FANTASY VIII もう一人のレウァール 作:Kurumimogomogo
放送局から離れても、ティンバーの混乱は収まっていなかった。
ガルバディア兵が通りを駆け回り、住民たちは店の扉を閉ざしている。十七年ぶりの電波放送は中断され、大統領を襲った青年と魔女が消えたという噂だけが、街中に広がり始めていた。
スコールたちは人目を避けながら裏通りへ向かっていた。
「こっちこっち!」
リノアが先導する。
その後ろをロメオが歩き、ゼルとセルフィが続く。
スコールは最後尾で周囲を警戒していた。
角を曲がったところで、リノアが足を止めた。
「……あ」
通りの向こうから、森のフクロウの関係者が駆けてくる。
短い会話を交わした後、リノアの顔色が変わった。
「……アジトを見つけられて、ぐちゃぐちゃにされちゃったの」
セルフィが驚く。
「他のみんなは?」
「大丈夫。みんな逃げるのは得意だから」
リノアは笑おうとした。
だが、うまく笑えなかった。
列車を使った大統領誘拐作戦。
放送局を利用した独立宣言。
どちらも失敗に終わり、今度は活動拠点まで失ってしまった。
「……そっか」
ロメオが小さく呟いた。
「列車、見つかったんだな」
「うん……」
「ゾーンとワッツは?」
「逃げたって。まだ捕まってないみたい」
「なら、よかった」
ロメオは頷いた。
リノアはしばらく黙っていたが、やがて顔を上げた。
「しばらくティンバーを離れなくっちゃ」
そして、スコールを見る。
「ね、私を安全な場所まで連れ出して」
少しだけ、いつもの調子を取り戻す。
「これは命令で~す。クライアントの依頼で~す」
スコールは短く答えた。
「……了解」
ロメオが隣で笑った。
「じゃあ、俺も一緒だな!」
「お兄ちゃんは最初からそのつもりでしょ」
「もちろん!」
リノアは少しだけ笑った。
スコールは二人を見た。
(……安全な場所、か)
今のティンバーに、そんな場所があるとは思えなかった。
まずは街を出る必要がある。
しかし、駅は封鎖され、列車も運休している。
状況はあまりよくなかった。
*
裏通りへ入ったところで、女性の声がした。
「リノアちゃん!」
振り返ると、民家の前に年配の女性が立っていた。
「聞いたよ! あんたたちのアジト、大変だって話じゃないか」
「……おばさん」
「ほとぼりが冷めるまで、うちにおいでよ」
リノアは少し驚いた顔をした。
「いいの?」
「もちろんさ。困ったときはお互いさまだろ?」
ロメオが頭を下げる。
「助かります!」
「あら、ロメオも一緒かい」
「はい!」
「相変わらず元気だねえ」
「元気だけが取り柄なんで!」
「顔もいいじゃないか」
「それも取り柄です!」
リノアが肘で兄を小突いた。
「調子に乗らない!」
「痛っ!」
女性は笑った。
「さあ、早く入りな」
そのとき、別の通りからキスティスが現れた。
放送局での混乱を収めるために動いていた彼女も、どうにか合流できたらしい。
「スコールたちも早く来なさい」
「……キスティス」
スコールが振り返る。
「話は後よ。今は隠れましょう」
キスティスの表情は真剣だった。
スコールは頷いた。
「……分かった」
リノアが先頭に立つ。
「こっちよ!」
五人は女性の家へ入った。
*
家の中には、温かい料理の匂いが漂っていた。
小さな子供たちの声も聞こえる。
先ほど裏通りでレジスタンスごっこをしていた兄弟の家だった。
「ここがそうよ」
リノアが皆を案内する。
女性は扉を閉め、窓の外を確認した。
「街に変化があったら教えてあげるから、それまでここで休んでな」
「ありがとう、首領」
リノアが礼を言った。
スコールが首を傾げる。
「……首領?」
「ああ」
リノアが笑った。
「彼女は『森のキツネ』の首領よ」
「森のキツネ?」
「この街じゃ、たいていの人がレジスタンス組織のメンバーなの」
リノアは少し誇らしそうだった。
「本当に活動してる組織は、私たちくらいだけどね」
ロメオが口を挟む。
「でも、こういう人たちがいるから助かってるんだよな」
「そうそう!」
リノアが頷く。
「ちょっとだけお世話になろうよ」
スコールは室内を見回した。
普通の民家だった。
食卓があり、子供のおもちゃがあり、台所には使い込まれた鍋が並んでいる。
ここもレジスタンスの拠点なのか。
ティンバーでは、ガルバディアの占領に反発する気持ちが、日常生活の中にまで根づいているらしい。
(……森のキツネ、か)
スコールは窓の外へ目を向けた。
通りには、まだ兵士たちが行き交っていた。
*
「わっかんないな~」
セルフィが椅子に腰掛けた。
「サイファー、何しに来たの?」
リノアは少し俯いた。
「……私たち、森のフクロウのために来てくれたんだと思う」
ゼルが顔を上げる。
「……あいつが?」
「うん。私、いろいろ相談してたから」
リノアは指を組んだ。
「だから、あいつのこと、あんまり悪く言わないでね」
ロメオは壁に寄りかかっていた。
サイファーの姿を思い出す。
大統領にガンブレードを突きつけた、あの顔。
追い詰められていたのか。
それとも、本当に勝算があったのか。
どちらにしても、あの男は本気だった。
「……あいつらしいよな」
ロメオが呟いた。
リノアが振り返る。
「お兄ちゃん?」
「いや、サイファーさ」
ロメオは苦笑した。
「人の話を聞かないところとか、思いついたら突っ走るところとか」
「……うん」
「でも、あいつが何も考えずに来たとは思わない」
リノアは小さく頷いた。
そのときだった。
「この家の者はいないのかっ!?」
外から怒鳴り声が響いた。
全員が顔を上げる。
ガルバディア兵だった。
「……!」
ゼルが立ち上がる。
ロメオも反射的に短剣の柄へ手を伸ばした。
しかし、家の女性が手を上げて制した。
「なんだい、うるさいね!」
扉の向こうへ怒鳴り返す。
「うちには小さい子がいるんだ。乱暴な真似はよしとくれ!」
兵士が何か言い返している。
女性は振り返り、小声で言った。
「二階へ……早く!」
リノアが心配そうに尋ねる。
「おばさん、大丈夫なの?」
階段の近くにいた娘が笑った。
「大丈夫よ、きっと」
そして、少し得意げに続ける。
「母さんには昔、兵士を腕と料理と美貌で倒したという、三つの伝説が残っているらしいから」
セルフィが目を輝かせた。
「最後のビボ~ってところは、なんかいかにも伝説っぽ~い!」
ロメオも笑った。
「料理で倒したって、どういうことだろうな!」
「お兄ちゃん、今それ気にするところ!?」
リノアが小声で突っ込む。
スコールは階段を指さした。
「……上へ」
全員が急いで二階へ向かった。
*
二階の部屋は、思ったより広かった。
窓からはティンバーの街並みが見える。
スコールは窓際に立ち、外の様子を確認した。
兵士たちが家の前で何か話している。
しかし、しばらくすると引き上げていった。
「……行ったみたいだな」
ゼルが息を吐く。
「疲れたね~」
セルフィが床に座り込んだ。
リノアは窓の外を見つめていた。
「あいつ……大丈夫かな」
ゼルは黙っている。
キスティスが口を開いた。
「ティンバーに派遣されたのが、スコールたち三人だけだと聞いて怒ってたわ」
全員がキスティスを見る。
「ガルバディア全軍と戦うことになるかもしれないのに、新人SeeD三人だけなのかって」
キスティスは小さく息を吐いた。
「それで、俺がティンバーへ行ってやるって……」
ゼルが俯く。
「……あいつらしいな」
「まさか、本気だとは思わなかった」
キスティスは寂しそうに言った。
スコールは黙っていた。
(あいつはいつでも本気だろ?)
幼い頃から、サイファーはそうだった。
口にしたことを、どこまでも本気でやろうとする。
たとえ周囲が呆れても。
たとえ無謀だと分かっていても。
(それくらい、分かれよな)
スコールは窓の外へ目を向けた。
「サイファー、どうなるのかしら」
キスティスが呟いた。
スコールは短く答えた。
「もう殺されている可能性もあるな」
部屋が静まり返った。
「……そんな」
リノアが顔を上げる。
「そんなあっさり言わないでよ」
スコールは黙っている。
「なんか、あいつ……かわいそ」
スコールの口元がわずかに動いた。
(かわいそう?)
サイファーが聞いたら、きっと怒り出す。
自分を哀れまれることほど、あの男が嫌うものはない。
そのことを思うと、少しおかしかった。
「何がおかしいのよ!」
リノアが声を上げた。
「ひどい人ね!」
スコールは顔を上げた。
「……別に」
「笑ったじゃない!」
セルフィが間に入る。
「ね、どうしてサイファーは死んでるかもって思うの?」
スコールは少し考えた。
「ガルバディア大統領と魔女は手を組んだ」
全員が黙って聞いている。
「その大統領を、サイファーは襲った。魔女にとってもサイファーは敵だ」
スコールは淡々と続けた。
「だから、あの後始末されたとしても不思議じゃない」
リノアは唇を噛んだ。
「そうだとしても!」
顔を上げる。
「生きててほしいって思うよ」
スコールはリノアを見た。
(思えばいいさ)
しかし、現実はそれほど優しくない。
期待したからといって、望み通りになるとは限らない。
むしろ、期待すればするほど、裏切られたときに傷つく。
(だから……)
「期待しなければ、どんなことでも受け入れられる」
スコールは静かに言った。
「傷が浅くてすむ」
そして、視線を逸らす。
「まあ、あんたが何を望んでも、俺には関係ないけどな」
「……やさしくない」
リノアが呟いた。
スコールは黙っている。
「やさしくない!!」
声が大きくなった。
スコールは少し眉をひそめた。
(なんだよ……)
「……悪かったな」
それだけ言った。
ロメオは二人を見ていた。
いつものように軽口を挟むことはしなかった。
リノアが怒る気持ちは分かる。
スコールがそう考える理由も、何となく理解できた。
ただ、サイファーの生死については、まだ何も分かっていない。
「……なあ」
ロメオが口を開いた。
全員が振り返る。
「俺は、あいつが生きてると思いたい」
リノアが顔を上げる。
「お兄ちゃん……」
「でも、スコールの言うことも分かる」
ロメオは窓の外を見た。
「だから、今は無事を祈るしかないんじゃないかな」
少しだけ笑う。
「次に会ったら、文句の一つでも言ってやろうぜ」
リノアはしばらく黙っていた。
そして、小さく頷いた。
「……うん」
そのとき、階下から女性の声がした。
「みんな! 兵隊が引き上げ始めたよ!」
全員が顔を上げた。
「常駐部隊以外は撤収したそうだ!」
女性は続ける。
「街を出るなら今がチャンス! もう少ししたら、常駐部隊のねちっこ~いレジスタンス狩りが始まるかもしんないからね!」
スコールは窓の外を確認した。
確かに、兵士たちの数が減り始めている。
「……今のうちだな」
*
一階へ戻ると、女性が食卓の片づけをしていた。
「これからどうする気だい?」
キスティスがスコールを見る。
「班長! 行くあてはあるの?」
スコールは少し考えた。
(……とにかく街を出るのが先決)
しかし、キスティスは首を振った。
「とにかく街を出ればいいってもんじゃないわ」
スコールが尋ねる。
「どこか心当たりがあるのか?」
キスティスは微笑んだ。
「ガーデン関係者心得。第八条七項」
スコールはすぐに思い出した。
(八の七……)
所属ガーデンへの帰還が困難な緊急時には、最寄りのガーデンへ連絡する。
そう定められていた。
「……最寄りのガーデン」
「ヴェリー・グーッド!」
キスティスが頷く。
「ここからなら、ガルバディア・ガーデンね」
「あ!」
リノアが手を上げた。
「ここの駅から列車が出てるよ! 学園東って駅まで行くの」
キスティスも頷いた。
「駅の西にある森を越えて、ガルバディア・ガーデンへ向かうのよ」
「森?」
ゼルが聞き返す。
「ええ。何度か行ったことがあるから大丈夫よ」
ロメオが笑った。
「じゃあ、道案内はキスティスに任せよう!」
「……あなたは?」
キスティスが尋ねる。
「俺、方向音痴だから!」
あまりにも堂々とした答えだった。
セルフィが吹き出す。
「自信満々に言うことじゃないよ~!」
「そうか?」
ロメオは首を傾げた。
スコールは小さく息を吐いた。
「……そういうことだ」
全員がスコールを見る。
「ティンバーを離脱して、ガルバディア・ガーデンへ向かう」
キスティスが頷く。
「ええ」
「戦闘になった場合は、俺が指示する。準備を整えろ」
ロメオも短剣を確認した。
「了解!」
「……出発する!」
女性が声をかけた。
「気をつけて行くんだよ。これ、持っていきな」
旅の途中で使える品を手渡してくれる。
リノアは深く頭を下げた。
「ありがとう、首領」
「いいんだよ」
女性は笑った。
「ガルバディア・ガーデンへ行くなら、学園東で降りるんだよ。駅の近くにある谷間の森を越えれば着くはずさ」
ロメオが頷いた。
「なるほど!」
「まさか歩いて行くなんてことはないだろうけど、もし歩くなら、街を出て道なりに進むんだ。分かれ道では右だよ」
「右!」
ロメオが復唱する。
リノアが横から言った。
「お兄ちゃん、覚えなくていいから」
「何で!?」
「絶対迷うでしょ!」
「そんなことないぞ!」
ゼルが笑った。
「いや、迷いそうだぜ」
女性も笑った。
「またティンバーに寄ったら、いつでもうちにおいで」
「うん!」
リノアが笑った。
「絶対戻ってくるから!」
*
駅へ向かう途中、兵士の姿が見えた。
「……やばいぜ!」
ゼルが身構える。
しかし、兵士は慌てて手を振った。
「オレッス! オレッスよ!」
「……ワッツ?」
リノアが目を丸くする。
兵士は帽子を取った。
中から現れたのは、見慣れた顔だった。
「情報あるッス!」
ワッツが周囲を警戒しながら言った。
「ティンバーの駅が、一時閉鎖されるッス!」
「絶体絶命ピ~ンチ!!」
セルフィが叫んだ。
「そうでもないッス!」
ワッツは慌てて手を振る。
「まだ完全閉鎖じゃないッス。もうすぐ学園東行きの列車が出て、閉鎖はそれからッス!」
スコールは即座に決めた。
「その列車に乗るぞ」
「了解ッス!」
ワッツはリノアを見た。
「リノアも一緒に行くッスね!」
「うん、行く」
リノアは頷いた。
「ワッツはどうするの?」
「オレのことは心配いらないッス!」
ワッツは胸を張った。
「たっくさん情報仕入れるッス!」
リノアは少し寂しそうに笑った。
「戻ってくるからねっ。元気でねっ」
「もちろんッス!」
ワッツはスコールへ向き直る。
「スコールさん、リノアをよろしく頼むッスよ」
スコールは頷いた。
「ああ、心配するな。クライアントの命令だからな」
そして、少し間を置いた。
「あんたはいいのか? ここにいて大丈夫なのか?」
ワッツが嬉しそうに笑った。
「やるときゃやるッスよ! SeeDにゃ負けないッス!」
そして、目を輝かせる。
「感激ッス!」
ロメオが笑った。
「ワッツ、無茶すんなよ!」
「ロメオさんもッス!」
「俺は大丈夫!」
「……それが一番心配ッス!」
リノアが吹き出した。
ワッツは最後に敬礼した。
「よろしくッス! また会う日までッス!」
五人は駅へ向かった。
*
駅前には、見知らぬ老人が立っていた。
背中を丸め、杖をついている。
スコールたちが通り過ぎようとしたとき、老人が突然声をかけた。
「リノア! スコール班長!」
リノアが振り返る。
「……え?」
老人が顔を上げた。
「俺だ!」
「ゾーン!」
リノアが叫んだ。
ロメオも目を丸くする。
「おお! ゾーンか!」
「声が大きい!」
ゾーンが慌てて口元へ指を当てる。
「学園東行きの列車に乗るんだろ?」
スコールが頷く。
「ああ」
「でも、パスは手に入らないぞ」
「しっぱ~い」
セルフィが肩を落とした。
スコールは淡々と答える。
「無理矢理にでも乗り込むさ」
「そんなことしなくていい!」
ゾーンが慌てて止めた。
「騒ぎは起こすな」
そして、にやりと笑う。
「へへん! ゲットしといたぞ、みんなのパス!」
懐から数枚の乗車パスを取り出す。
「ほら、これだ。SeeDは三枚だな」
スコールへ手渡す。
「班長さんに渡すよ」
「……助かる」
ゾーンは続けた。
「で、最後の一枚は俺の……」
キスティスを見る。
「最後の一枚は、あんたの分」
キスティスは首を振った。
「受け取れないわ。あなたのパスでしょ?」
「うっ!」
ゾーンが突然腹を押さえた。
「イテテテテテ!」
ロメオが覗き込む。
「ゾーン、大丈夫か?」
「腹が痛い!」
「さっきまで元気だったのに!」
「イテテテテ! 早く行けよ! 列車が出発するぞ!」
キスティスは少し笑った。
「……ありがとう」
ゾーンは顔を背けた。
「べ、別に……」
リノアが近づく。
「……ゾーン」
「何だよ」
「また会うんだからね」
ゾーンは黙っていた。
「ちゃんと生きてないとダメだからね。一緒にティンバーを独立させるんだから」
「……分かってるって」
ゾーンは笑った。
「便所にでも隠れてるさ。早く行けよ」
そして、また腹を押さえる。
「イテテテ……」
スコールたちへ向き直った。
「リノアをよろしくな。つうか、彼女に何かあったら許さないからな」
ロメオが笑った。
「俺もいるから安心しろ!」
「……だから心配なんだよ!」
「何でだよ!」
リノアが笑った。
ゾーンも少しだけ笑った。
そして、全員を見送った。
*
「この列車は、学園東経由、ドール方面行き。最終列車です。お乗りの方はお急ぎください」
駅の構内にアナウンスが響いた。
スコールたちは急いでホームへ向かった。
スコールがキスティスへ確認する。
「これが最終列車だ……」
キスティスが頷く。
「ええ」
「確認しておくが、学園東で降りて、駅の西にある森を越える。その先がガルバディア・ガーデン……それでいいんだな?」
「ええ、そうよ」
キスティスは微笑んだ。
「物覚えのいい班長で助かるわ」
ロメオが隣で笑う。
「俺も覚えたぞ!」
「……そうか」
スコールは短く答えた。
「学園東で降りて、森を越える!」
ロメオは得意げだった。
「完璧!」
リノアがため息をつく。
「お兄ちゃん、絶対私たちから離れないでよ」
「分かってるって!」
*
列車に乗り込むと、車内は思ったより空いていた。
「ティンバー発、学園東行き列車、まもなく発車いたします」
アナウンスが流れる。
スコールはようやく息を吐いた。
「なんとか……」
「あけて~、あけて、あけて~」
セルフィが車内の扉を叩いていた。
スコールが振り返る。
「……なる」
「あっけろぉ~~~!」
セルフィは扉に顔を近づける。
「あけてっ!」
スコールは黙った。
(……逆らわない方がいいな)
機械音声が響いた。
『カクニン完了。ロック解除』
扉が開く。
「えへへ~。お先!」
セルフィは嬉しそうに奥へ入っていった。
ロメオが感心する。
「すげえな、セルフィ!」
「何が?」
「扉に勝った!」
「勝ったのかな~?」
セルフィは笑った。
スコールは何も言わなかった。
*
「すぐに着くはずだから、私たちはここでいいわね」
キスティスが座席に腰掛けた。
ゼルも隣に座る。
「……まいったぜ」
深いため息だった。
リノアはスコールを見た。
「何か言いかけたんじゃないの?」
スコールは少し考えた。
「……なんとかなったな」
キスティスが頷く。
「ゾーンさんのおかげだわ。ちゃんとお礼しなくちゃ」
リノアが笑った。
「ゾーンはね、えっちい写真が大好きよ」
キスティスは少し驚いた顔をした。
「……そうなの?」
「うん!」
リノアは楽しそうだった。
「だから、そういうのが一番喜ぶと思う」
キスティスは微笑んだ。
「おぼえとく」
ロメオが口を挟む。
「いやあ、ゾーンって分かりやすいよな!」
リノアが振り返る。
「お兄ちゃんも人のこと言えないでしょ」
「えっ!?」
「美人を見るとすぐ話しかけるじゃない!」
「それは取材だって!」
「またそれ!」
ゼルが笑った。
「お前、何でも取材で済ませる気かよ!」
「実際、取材だぞ!」
ロメオは真面目な顔で答えた。
「人の話を聞くのが好きなんだよ」
キスティスはその様子を見ていた。
「……あなた、記者志望なの?」
「おう!」
ロメオは嬉しそうに頷いた。
「いつかティンバー・マニアックスに記事を載せたいんだ!」
「そう」
キスティスは微笑んだ。
「面白そうね」
「だろ!」
ロメオは笑った。
そのとき、奥の車両から歌声が聞こえてきた。
「きしゃ~♪ きしゃ~♪ はっし~れ~♪」
セルフィだった。
楽しそうに歌いながら、窓の外を眺めている。
「ぼっくらをのせて~♪ とおっくへ~♪」
ロメオが顔を上げる。
「お、歌ってる!」
「セルフィ、乗り物好きだからな」
ゼルが言った。
歌はさらに続く。
「みら~いへ~♪ ぼっくらをはこべ~♪」
ロメオも小さく口ずさみ始めた。
リノアが笑う。
「お兄ちゃん、知らない歌でしょ?」
「今覚えた!」
「早っ!」
セルフィが振り返った。
「あたし、もうちょっとここにいるから!」
「おう!」
ロメオが手を振る。
列車はゆっくりと動き始めた。
ティンバーの街並みが、窓の外を流れていく。
*
リノアは窓際に立っていた。
遠ざかる街を、じっと見つめている。
ロメオが隣へ来た。
「……寂しいか?」
「……うん」
リノアは小さく頷いた。
「せっかくSeeDが来てくれたのに、何もできなかった」
「何もってことはないだろ」
ロメオは窓の外を見た。
「大統領の列車、ちゃんとすり替えたし」
「でも、偽物だった」
「それは向こうが一枚上手だったんだよ」
リノアは黙っていた。
ロメオは続ける。
「それに、ティンバーの人たちはまだ諦めてない」
「……うん」
「ゾーンもワッツも、首領のおばさんも」
ロメオは笑った。
「みんな、また頑張るつもりだろ?」
リノアは少しだけ笑った。
「……そうだね」
「だから、また戻ってくればいいさ」
「……うん!」
リノアは頷いた。
スコールは少し離れたところから、その様子を見ていた。
兄妹。
同じ母親を持ち、同じ家で育った二人。
リノアはロメオの前では、少しだけ素直になるようだった。
(……兄がいるって、こんな感じなのか)
スコールはふと思った。
自分には兄弟がいたのだろうか。
幼い頃の記憶は曖昧だった。
思い出そうとしても、はっきりしない。
スコールは視線を逸らした。
今は任務に集中すべきだった。
*
「なに? どうかしたの?」
リノアが振り返る。
キスティスが立っていた。
「休む暇もないわね」
キスティスは苦笑した。
ゼルは座席に腰掛けたまま、黙っていた。
「…………」
いつもなら、真っ先に何か言い出す男だった。
しかし、今は口を閉じている。
サイファーのことが気になっているのだろう。
ロメオも、その気持ちは分かった。
放送局で魔女とともに消えた青年。
その行方は、まだ分からない。
ロメオは胸元の手帳を取り出した。
ページを開く。
『ティンバーを離れる。森のフクロウのアジトは壊されたが、仲間たちは無事。サイファーの行方は不明』
そこまで書いて、少し考える。
そして、もう一行書き足した。
『いつか必ず戻ってくる』
ロメオは手帳を閉じた。
窓の外では、ティンバーの街が遠ざかっていた。
列車は学園東へ向かっている。
その先にあるのは、ガルバディア・ガーデン。
そして、さらに先には何が待っているのか。
まだ誰にも分からなかった。
ロメオは小さく笑った。
「……さて」
リノアが振り返る。
「何?」
「次はどんなところかな!」
リノアは呆れたように笑った。
「お兄ちゃん、ほんとに変わらないね」
「そうか?」
「うん」
スコールは二人の会話を聞きながら、窓の外へ目を向けた。
ティンバーは、もう見えなくなっていた。