小説なんて投稿するのなんて1年半とかぶりだし投稿時点で朝の五時なので多少のガバは許してくださいまし。
「…シェリーさん?」
それは、雨が降りしきる夏の日。
珍しくシェリーさんが部屋でおとなしくしてるなと思い、 私はちょっと心配になって様子を見に行った。
普段から探偵の捜査だなんだって言って部屋から出てこないことはあっても、ここまで静かなのは珍しかったから。
部屋の扉を開けると、電気はついてなくて。
いつもとは違い、真っ暗になっている少し手狭な彼女の書室。そんな部屋の端っこで…
ーーシェリーさんが、泣いていた。
「は、ハンナさん…?たす、助けてください…。これ、なんですか。これ…止まらなくて…」
わけがわからない、といった様子でぐちゃぐちゃになった顔を向けながら、シェリーさんは私に手を伸ばす。
大粒の涙をとめどなく溢れさせながら、助けを求めるように。安心を求めるように。
そんな様子を見た私は、一切の思考が介在する暇もなく、ただ衝動的に彼女を抱きしめた。
理由は知らない。けど今は、泣いてる彼女を。守らなければ。ここで何もしないのは、彼女を...彼女の心を置き去りにしてしまうのと同義だろう。
そんな脅迫じみた観念が、私の体を動かす。
包み込むようにそっと両の手を彼女の背中に回す。
声を詰まらせ泣く彼女は、子供というより初めて泣いた赤ん坊の様で…私は、どこか懐かしい気持ちを覚えた。
ポンポンと優しく彼女の背中を叩き、大丈夫、大丈夫と囁く。彼女に対してそう呟いたのか、自分に対して呟いていたのかその時の私にはよくわからなかった。
大魔女の説得に成功し牢屋敷から脱出した私たちは、高校卒業後二人暮らしを始めた。
シェリーさんは牢屋敷にいたころと何ら変わらず、いつも底抜けに明るく振舞っては何かしら厄介ごとに首を突っ込んでいくじゃじゃ馬気質で..。私はそんな彼女が心配で…私はそう、一人じゃ何をするかわからないから不安で、仕方なく、一緒に住むことにした。
彼女、家事に関してはからっきしですからそっちは私がやって…シェリーさんは今は私立探偵として金銭面で生活を支えてくれている。
そんな日常を続けていたある日、それは急に訪れた。
「それで…どうしてあんなに泣いてたんですの?」
目元を真っ赤に腫らしながら、シェリーさんは私の淹れたホットミルクを啜る。
暫くの安らぎを得たのだろう、しばらく考えるように天井を見つめた後に
「それが…よくわからないんです。」
と、あっけない答えを返した。
「よ、よくわからないって貴方ね~!!泣いてたってことは、何か悲しいこととか、怖いことがあったってことでしょう?馬鹿になんてしないから、話してみろですわ。」」
「うーん…それが、本当に…わからないんですよ。私自身あんなこと初めてでしたし。そもそも私、本当に泣いていたんですかね。何かの病気で目から水が大量噴射してただけ、とかありません?」
「あるわけねーでしょうが。大人しく認めなさいまし、貴方はあの時確かに…泣いてましたのよ。」
私の真剣な視線から逃げるように、彼女は手にしていたマグカップを机に置いて、窓の外へと目をやった。
暗い夜闇の中、雨の打ち付ける音だけがそこに存在している。彼女の目は、そんな雨を見ているというよりかは、どこか遠い過去を見つめているようにも見えた。
「…ハンナさん、昔に話しましたよね。私が小さい頃に何があったか。」
「…えぇ。」
少し間を開けての言葉に、私も同じように返事をする。
かつて牢屋敷に捕らえられた少女たちは、例外なく壮絶な過去を持つ。
彼女の場合は、一言でいえば児童虐待の被害者だった。孤児であった彼女は、本来守ってくれる存在であるはずの大人たちから感情のはけ口とされ暴力を振るわれ続けた。
その
身体的、精神的な痛みに耐えるために彼女は..自身の心を壊すことを選択した。痛みを感じる部分が無ければそれを感じることは無いからです、と昔彼女は自分で言っていた。
「私、そのせいでずっと泣くなんて事なかったんです。泣いても何も変わらないし、ただ疲れるだけだって思ってました。でも…昨日はなんだか。急に…」
そこで彼女は言葉を切る。
今の今まで認識することのなかった…いや、認識しようとしていなかった予想外の痛みに、彼女自身もどうやら戸惑っているようだった。
彼女は牢屋敷から出た後も、時たま自分のことを人間のカテゴリから外しているような発言をする。
彼女の定義ではまだ自分は「化け物」であり、この世界における異邦人だと思っているらしい。
でも、私は知っている。ミリアさんの魔法によって三つの世界の記憶を持つ私たちは、お互いの内面についてきっと誰よりもよく知っている。
彼女が涙を流したのが初めてでないことも知っているし、彼女が本当は心無い化け物でないことも知っている。彼女は少し自罰的なところがあって、いっちょ前に罪悪感を感じることのできるただの少女なのだと。私それを理解している。
それでもやはり彼女は自身を「化け物」と定義し続ける。まるで他者からの理解を拒むように。内面の孤独に自らを置きながらそう言い続けていた。
だけどそんな彼女が、今日久方ぶりに、彼女も理解できないまま泣いた。ということはつまり…
「…貴方、『怖かった』んじゃありませんの?」
「…怖い?」
「えぇ、貴方はきっと何かが怖くなって泣いてしまったんじゃありませんの?例えば、怖い夢をみた…とか。あとはお腹が痛くなった…とか?」
「腹痛とかは特になかった気がしますね~、でも…なるほど、怖い夢…ですか。」
私の言葉で何か思い出したのか、シェリーさんは顎に人差し指を添えて考えるようなしぐさを取った後…
「…あれ?」
また泣いた。
「ちょ!!あなた泣いてる!!また泣いてますわよ!?ぜってーなんか悪い夢でも見て怖くなったパターンですわ!!」
彼女の流した涙が、机の上にぽつぽつと点を残す。当の本人はというと、ぼーっと、まるで奇妙なものを見るかのように自身の目から零れるそれを見ていた。
「あはは…ごめんなさい。やっぱりまだ慣れませんね。」
そう言って、涙を流しながら彼女はいたずらっぽく笑う。それは、もう何度も見た彼女の笑顔。
弱みを見せることが周りの迷惑になるかも、と考える彼女なりの処世術。私の知る中で最も臆病な人が本能的に作り出した仮面だ。
彼女の顔に手を添えた。その顔に張り付いた仮面を、優しく剥がすように。
「はは、やっぱり…ハンナさんといると…私ダメみたいです。胸の奥まで、あったかさがしみ込んじゃって…止まらなくなっちゃうじゃないですかぁ…」
貼り付けていた仮面が、溶け落ちていく。そうして溶け落ちた仮面の奥から、
「私、久方ぶりに牢屋敷の夢を見たんです。それも、ハンナさんを殺したときの夢をです。」
「自分の手で、貴方を葬ってしまった記憶。今までも何回か夢に見ましたが、今回は少し様子が違ってて。首を絞める時の、縄と手が擦れた時の痛み。ハンナさんの息の根が止まった時の静寂。最後に私に手を伸ばした貴方の表情。それら全てが、今の私の胸を槍のように突き刺したんです。慌ててベットからはね起きましたが…その時にはもうあんなざまに…へへへ、ちょっとカッコ悪いですね、私。」
そう言っておどける彼女の声は、だんだんと嗚咽交じりのものへと変わっていく。背に回された彼女の腕に込められた力が、強まっていく。
「…ハンナと過ごすうちに、楽しいとか…嬉しいとかだけじゃなくて…ハンナさんが遠くに行っちゃうんじゃないかとか。誰かに取られてしまうんじゃないかとか、私みたいな化け物が、ハンナさんの隣にいていいのかとか、そういう心の暗くて…もやもやチクチクする部分まで自覚するようになっちゃったんです。自覚したらもう…そこからはもう止まらなくなっちゃって…!!私…すっごく弱虫になっちゃったみたいですね。」
私の眼前に現れた彼女の顔は、涙でぐちゃぐちゃで、今までのシェリーさんからは想像もつかない、ひどい物でした。
けれど…私にとってその顔は…何よりも人間らしく、美しく見えて…私は力いっぱい、彼女を抱きしめ返した。
「…貴方のそれは、弱くなったんじゃありませんわ。きっと、顔を出しかけているのでしょうね。深く埋めたはずの貴方の心が。」
彼女の背中をポンポンと叩きながら、私は彼女にそう声をかける。
これは、彼女へ向けた祈り。再び芽吹き始めた彼女の心が決して壊れないように。もう誰にも、彼女自身にも壊させないようにする祈り。
「一つ、お願いをしますわ。シェリーさん。私の前では、どうかそんな風に誤魔化さないで。貴方ももう泣いていいの。貴方も痛みを感じて、助けてって声を上げてもいいの。泣いてる貴方を、私は決して置き去りにしないから。」
顔に両手を添え、彼女の目をまっすぐと見つめそう言った。
するとシェリーさんの目から更に涙が溢れ…
「ハンナさん…そんなの、ずるですよぉ…」
そう言って太陽の様な笑顔を浮かべたまま、彼女はしばらくの間…まるで幼い子供のように泣いていた。
次の日、朝日を感じて目を覚ませば、もう雨は上がっていた。
朝焼けには雲一つなくて、鮮やかな橙色の色彩が青空を染めている。
「…綺麗ですわね。」
そのままベッドから降りようと足を下ろすと、後ろから裾を引かれる感覚がして振り向いた。
裾を引いたのはもちろんシェリーさんで、眠そうな目を擦りながらもしっかりと私のパジャマをつまんでいる。
「…どうしましたの?寂しくなりまして?」
「えぇ、その通りです。こんな状態のシェリーちゃんを置いてったら、私また泣いちゃいますよ?」
「うぐっ…あなた、ちょっと狡い引き止め方ですわよ、それ。」
どぎまぎしてる私の様子を見て、彼女はくすくすと笑う。その笑顔は、私が大好きな、彼女の飾らない笑顔。
「…私、きっとこれからもちょっとしたことで泣いちゃったり、自分の感情がわからなくてあたふたしたりもすると思います。そして、私は残念ながらそれへの対処を知りません。」
「ですから…ハンナさん。これからも、私とずっと一緒にいてくださいね。楽しいことも悲しいことも、私は全部…ハンナさんと経験していきたいですから。」
「…えぇ、もちろん。私、絶対貴方を置いていくつもりなんてありませんから。覚悟しやがれ、ですわ。」
ーー止まない雨はないと言う。
きっと生きていくうちに、これから何度も雨に打たれ凍える思いをすることもあるでしょう。
けど、隣に貴方が居れば、きっとどんな雨だって耐えられる。
晴れ空を想い描けば苦しいこともへっちゃらですし。
どんな不幸だってぶっ壊していけますわ。
いつか来る雨上がりを思い描いて、私たちはどこまでだってーー
個人的にシェリーって痛みを感じないんじゃなくて、痛みが怖くて意図的に目を反らしているだけだと思うんです。
ですから実際はちゃんと痛みを感じてますし、心もあるんですよ。
それを認識してないからダメージ入ってないだけで。
でもある日痛みを再び視認できるようになったとき、彼女はきっと誰よりもその痛みに慣れてないから、耐えられずにちょっとしたことでも泣いちゃうと思うんです。
だけどきっとハンナさんはそんな泣いてる彼女に傘を指してくれる人だと思うんです。彼女の痛みに対して、それを感じることができるようになったって言う事実を肯定的に受け止めた上で、彼女が傷つかないように守ってくれるような人だと思うんです。
自分でも何書いてるのかわからなくなってきました。まぁ朝五時なんでね。
まぁつまるところいいな言いなシェリハンって良いなってことです。