ダンテ「学園都市か」   作:カサゴの鯛めし

1 / 4
赤いコートの男

「学園都市か、随分と小奇麗な街じゃねえか」

 

学園都市、とあるビルの屋上。

 

真っ赤なコートを羽織り、背中に巨大なギターケースを担いだ銀髪の白人が、気だるそうに呟いた。

 

「ちょっと早く来すぎちまったかな。なんならトリッシュと一緒に来ても……」

 

ふと、その相棒の女のことを思い起こす。

 

気まぐれで、このダンテでさえ振り回される厄介な女。

 

「いや……ねえな」

 

「……へえ」

 

すん、と何かの匂いを嗅ぐかのように、鼻を小さく鳴らす。

 

「……つまみ食いするか」

 

男はそう呟くと、十階以上あるビルの屋上から飛び降り、街の喧騒の中へと消えていった。

 

―――

 

黒子は、とある廃ビルへ向かっていた。

 

数分前、奇妙な通報があったのである。

 

内容は、廃ビル内でスキルアウトが銃撃戦を繰り広げているというもの。

 

それなら、特に奇妙な話ではない。

 

だが、問題は通報した者だった。

 

通報者自身がスキルアウトなのである。

 

通報時の電話音声も異常だった。

 

通報者は叫び、助けて、助けてと懇願していた。

 

その背後からは多数の銃声と、身の毛がよだつほどの絶叫が聞こえていた。

 

スキルアウトがジャッジメントやアンチスキルに助けを請うなど、ありえない。

 

よほど切迫した状況で、とにかく何でもいいから助けが欲しかったのか。

 

そして、悲鳴とともに通話は途絶えた。

 

黒子は急いだ。

 

ぎりッと、握る手に力が入る。

 

黒子が現場の廃ビルの前に着いたとき、あたりはすでに静まり返っていた。

 

「……」

 

アンチスキルも急行している。

 

待つべきか否か迷ったが、あの通報の状況ならば、中には多数の負傷者がいる可能性が高い。

 

「……行きますの……」

 

意を決して、黒子は中へ入っていった。

 

悪寒を感じながら、廃ビル内を進んでいく。

 

時刻は午前。天気は快晴なのにもかかわらず、中は薄暗かった。

 

「……(不気味なほどに静かですの……)」

 

できるだけ足音を立てないように静かに歩く。

 

その靴底と地面がこすれるわずかな音さえ、はっきりと聞こえるほどに静かだった。

 

万が一に備え、両手に釘を握る。

 

じんわりと冷たい汗が吹き出てくる。

 

一階のフロアをすべて回ってみたが、何も見つからなかった。

 

続けて二階も回ってみたが、同じだった。

 

「(まさか、いたずら……?)」

 

その可能性もある。

 

そもそも、スキルアウトが通報してくるということ自体がおかしい。

 

だが、電話越しに聞こえた銃声は、音声解析によって本物と判明している。

 

わざわざそのために実弾を撃ちまくるというのもおかしな話だ。

 

そんなことをあれこれ考えながら三階に上がろうとしたとき、疑念はすべて吹き飛んだ。

 

「(……この匂い……!!)」

 

湿った、鉄のような匂い。

 

階段を上がるにつれ、どんどん強くなっていく。

 

黒子の心臓の鼓動が急激に早まった。

 

三階に上がった黒子は、あまりの惨状に胃の中のものを戻しそうになった。

 

阿鼻叫喚の地獄絵図。

 

一面が血の海だった。

 

天井に飛び散った血が、ぽたぽたと滴っている。

 

床には、おそらく人体の一部であったのだろう肉塊が大量に転がっていた。

 

「……!! うぅ……!!!」

 

たまらず呻き声を漏らす。

 

「(落ち着きなさい! 黒子!!)」

 

「(生存者を!!! 生存者を探すのです!!!)」

 

自分に言い聞かせる。

 

恐る恐るあたりを見渡した。

 

大小さまざまな銃、そして大量の薬莢が転がっている。

 

このスキルアウトはかなり重武装だ。

 

だが、そんな彼らでさえ、このざまだ。

 

黒子は考える。

 

彼らの傷は、銃などの通常の武器によるものではない。

 

彼らを殺したのは、おそらくかなり上位の能力者。

 

そして、黒子の悪寒がさらに強くなる。

 

ここまで躊躇なく人間を殺せるような相手が、もしまだこのビル内にいたら―――。

 

果たして、確保することができるのか―――。

 

ゴクッと、黒子の喉が大きな音を立てる。

 

額から冷たい汗が雫となって滴った。

 

そのとき、後方からジャリ……と小さな音が聞こえた。

 

バッと勢いよく振り向く。

 

音の発生源は、隣の部屋へとつながるドア。

 

大きく開け放たれている。

 

そして、その向こうにズリ……ズリ……と動く影が見えた。

 

本体は完全に向こうの部屋にいるため、姿は見えない。

 

だが、何者かがいるのは確かだ。

 

「……ジャ、ジャッジメントですの!!!」

 

自分の弱気を払うかのように、大きく叫ぶ。

 

その影が一瞬ピタッと止まったが、再び動き出した。

 

「と、止まりなさい!!!」

 

だが、その静止の声を無視して動く。

 

そして。

 

その何者かが、ドアから姿を現した。

 

「……なッ……!」

 

それは、黒いぼろきれを羽織った奇妙な人型の何かだった。

 

頭部には、ムンクの『叫び』のような表情をした仮面らしきものがある。

 

ぼろきれの隙間からは、肉がまったくついていない骨のような腕が覗いていた。

 

「……一体……何ですの……!?」

 

ぞわッと、背中を何かが這い回るような感覚。

 

その化物は黒子の姿を見るや、

 

コォォォォォォォォ!!!

 

と、奇妙な声をあげた。

 

その瞬間、周囲に砂のようなものがどこからともなくザァッと出現し、何かを形作り始めた。

 

「え……!? え……!?」

 

その塊は、あの化物と同じ形になった。

 

そして。

 

さらに二体、同じ姿の化物が彼女を囲むように現れた。

 

「―――!!!」

 

手には巨大な鎌。

 

その姿は、まるで絵本に出てくるようなステレオタイプの死神そのものだった。

 

コォォォ!!!と奇怪な音をあげながら、ゆらりと鎌を振り上げる。

 

「は……!?」

 

そして、黒子目がけて振り下ろした。

 

「ッ!!!」

 

咄嗟に後ろへ跳ねる。

 

ゴンッ!!!と鈍い音を立てて、鎌が床に突き刺さった。

 

「一体何ですのよ、これは!!!」

 

死神もどきたちは、のろのろとあたりを見回す。黒子の姿を見つけると、のそりと体の向きを変えた。

 

「(とにかく! 戦わなければ!!)」

 

ダン!! と、前の死神もどきが一気に距離を詰めてきた。

 

「―――!!!」

 

鎌の鋭い切っ先が、黒子の顔面目がけて振るわれる。

 

だが、その鎌は空を切った。

 

「こっちですわよ!!!」

 

黒子は、その化物の真上にテレポートしていた。

 

そして、頭頂部にドロップキックをお見舞いする。

 

ゴン!! と鈍い音。

 

「(……ッ!!)」

 

ビリッと足が痺れる。

 

まるで石の塊を蹴ったような感触だった。

 

そして、かなりの重量があるらしく、死神もどきは微動だにしなかった。

 

トンッと離れた場所に着地する。

 

「(……! あれだけ頑丈なら、少しくらい荒っぽくてもかまいませんわね!!)」

 

床に手をつく。

 

そして次の瞬間、彼女の手を中心にして直径一メートルほどの穴が空いた。

 

それと同時に、死神もどきの頭上に一メートルほどのコンクリート片が現れ、そのまま落下する。

 

ドゴン!! と轟音を立てて、死神もどきは地面に倒れ込んだ。

 

すかさず黒子は釘を飛ばし、拘束する。

 

「(一体目ですの!)」

 

そして二体目も、同じ戦法であっさりと床に磔にする。

 

突然速く動いたりするものの、基本的に鈍いらしい。

 

「(次がラストですの)」

 

最後の一体をジッと見据える。

 

死神もどきはコァ!!と声をあげ、突進してきた。

 

だが、黒子はテレポートして難なくかわす。

 

死神もどきはそのまま壁に突撃し、激突した。

 

「おバカさんですわね」

 

すかさず釘を飛ばす。

 

三体目もあっさりと壁に磔にされた。

 

「(確保完了ですの!!!)」

 

「(最初は驚きましたが……それほど強くありませんわね)」

 

磔にされている死神もどきを見る。

 

奇妙な声をあげながら、もぞもぞと動いている。

 

「(……人間……には見えませんわね……)」

 

先ほど出現したときの光景を思い出す。

 

「(おそらく……能力による産物ですの……)」

 

そのとき、一体がビキビキッと音を立てて、拘束を引き剥がそうとし始めた。

 

「!」

 

通常、人間では到底抜けられない拘束を強引に解く。

 

ゴバ!!! とコンクリートの破片が飛び散った。

 

「(やはり人間では……。なら、少々手荒にいっても問題ありませんの)」

 

自由の身になった死神もどきが、コァァァァァ!!!と咆哮する。

 

黒子は近くの壁に手を当てた。

 

「では、本気でやらせていただきますわ」

 

その言葉と同時に、壁に穴が空く。

 

そして、目の前の死神もどきの頭部に重なるように、直径一メートルの壁の破片が出現した。

 

ゴリィン!!! と音が響く。

 

頭部を失った死神もどきの腕が、力なくダラリと下がる。巨大な鎌が音を立てて床に落ちた。

 

そして、ザァッと音を立てて崩れ、砂になった。

 

黒子は少し安堵する。

 

万が一、人間だったら取り返しのつかないことになっていただろう。

 

客観的に見れば正当防衛が成り立つが、それでも彼女は人殺しには絶対になりたくない。

 

残りの二体が咆哮をあげ、拘束を破ろうとする。

 

「悪いことは言いませんの。おとなしくしてなさい」

 

だが、その声にかまわず、二体は拘束から力ずくで脱出する。

 

黒子は両手を壁につけた。

 

「残念ですわ」

 

その瞬間、残りの二体の頭部も巨大なコンクリート片に入れ替わり、砂となって散った。

 

「……もういないみたいですわね」

 

耳を澄ますが、音は一切聞こえない。

 

「……生存者を探しますの……」

 

戦闘の緊張から解き放たれ、再び周囲の惨状に嫌でも意識が向く。

 

そこで、ふと疑問が湧いた。

 

改めて見てみると、ここにいたスキルアウトは重装備だ。

 

それが、あの程度の化物三体に皆殺しにされるだろうか?

 

釘で拘束できたくらいだ。

 

銃弾を叩き込めば、倒せないにしても寄せ付けないくらいは簡単だ。

 

その間に逃げることもできる。

 

ここまで一方的に虐殺されたのなら、十体はいないと説明がつかない。

 

「……」

 

まだいるかもしれない。

 

そう考えたとき、背後から声が聞こえた。

 

「へえ。面白えな」

 

振り向くと、そこには派手な服装の大男がいた。

 

血のように赤いコート、銀髪に灰色の瞳。

 

三十代後半あたりの、端正な顔立ちの白人。

 

背中には巨大なギターケース。

 

そして腰には、これまた巨大な二丁の拳銃。

 

どう見ても怪しい。

 

「それが能力ってやつか?」

 

男は薄ら笑いを浮かべながら、緊張感のない声で黒子に声をかける。

 

この惨状を目の当たりにしながらも、一切動じていない。

 

そして、その問いかけを聞く限り、先ほどの死神もどきとの戦闘も見ていたはずだ。

 

黒子は確信する。

 

この男は何らかの形で関係している。

 

恐らく―――真犯人。

 

「ジャッジメントですの」

 

腕章を見せながら告げる。

 

「JudgmentDeath...No?」

 

『Judgment』が進化した和製英語とでも思ったのだろうか。

 

『ですの』を含めて一つの言葉と勘違いしているのか。

 

男はネイティブの発音で聞き返してきた。

 

「(……外の人間のようですわね)」

 

外の能力者は珍しいが、黒子は実際に目撃し、戦った経験もある。

 

かつて、巨大な像を操る金髪のゴスロリ女と戦ったことがあった。

 

「あなたを殺人事件の容疑者として拘束しますの。あなたには黙秘―――」

 

「おいおい、どういうことだい? お嬢ちゃん」

 

男がふざけた調子を崩さずに声をあげる。

 

「頭に手をのせなさい」

 

「ん? おまわりさんごっこか?」

 

「命令ですの。頭に手を」

 

目の前の男は、まったく緊張していない。

 

あの黒子の戦いを見た上で、この余裕。

 

釘を握る手に力が入る。

 

「俺なんか悪いことしたか? なら謝るぜ?」

 

完全に舐められている。

 

イラついてくる。

 

「さもなければ、力づくで拘束しますの!」

 

「そうしかめっつらすんなよ。せっかくの可愛い顔がもったいねぇぜ」

 

ピキッと、黒子の額に青筋が入る。

 

「これで最後ですわよ!!!」

 

「へぇ……改めて見ると……こりゃ十年後が楽しみなお嬢ちゃんだ」

 

黒子の頭の中で、何かが音を立てて切れた。

 

「だまりなさいですの!!!!」

 

男の頭上へテレポートする。

 

ドロップキックを食らわせるべく。

 

だが。

 

男は軽く身を捻るだけで、それをかわした。

 

「……は?」

 

予想外のことに動揺し、少し体勢を崩しながら着地する。

 

「……ぶふ!! おいおい、すげぇの履いてるな!」

 

パンツを見られたようだが、そんなことはどうでもよかった。

 

「(……なぜですの……!? まさか読心系……!?)」

 

テレポートを使った攻撃をかわすなんて、その出現位置を前もって知らなければ不可能だ。

 

だが、黒子があれこれ考えを巡らせても、目の前の男は特に反応していない。

 

本当に読心系なら、黒子の脳内の推理に何かしらの反応を見せてもいいはずだ。

 

「(……もう一度……試してみますの)」

 

「それにしても面白いな、そ―――」

 

男の言葉が終わらないうちに、再び頭上へテレポートする。

 

再び、ひらりとかわされた。

 

「……!」

 

「(……やはり、何らかの形で読まれているとしか……!)」

 

壁に寄りかかって腕組みをしている男を睨む。

 

「(フン……余裕たっぷりですこと……!)」

 

「生憎だが」

 

「……なんですの?」

 

「何度も見せてくれるのは嬉しいんだがな、ガキのを見てもお―――」

 

「キィィィィィィィィ!!!!!」

 

「(……)」

 

ふと気づく。

 

男が壁に寄りかかっている。

 

今なら、そのまま磔にできる。

 

だが、それもわざとなのか。

 

「(どうせこれも避けられるでしょうが……)」

 

ダメもとで、手にある釘を男の赤いコートへテレポートさせる。

 

「あん?」

 

「……へ?」

 

男はあっさりと壁に磔になった。

 

拍子抜けだった。

 

調子が狂う。

 

「(一体何なのですの……この男は……)」

 

「残念ですわね。終わりで―――!」

 

終わったと思ったのも束の間、男は一切力む様子もなく、楽々とその拘束から抜け出した。

 

壁に深くめり込んでいる釘を、スポスポと軽々と引き抜いていく。

 

「(この男……!!)」

 

この男は、とてつもない腕力の持ち主だ。

 

「で、次は?」

 

薄ら笑いを浮かべながら両手を広げ、黒子を挑発してくる。

 

「上等ですわ!!」

 

そう言い放つと、黒子は床に手をつけた。

 

そして、五十センチほどのコンクリート片が次々と男の頭上に出現する。

 

ゴンガン!!! と重いコンクリートの破片が連続で降り注ぐ。

 

だが、男は人間離れした反射神経でひょいひょいとかわす。

 

死角から落ちてくるコンクリート片すら見えているかのように、華麗にかわしていく。

 

かと思いきや。

 

今度は、降り注ぐコンクリート片をパンチやキックで弾き始めた。

 

「……は……?」

 

普通なら大怪我をする。

 

だが、男の拳や足には傷一つつかない。

 

そして、さらに黒子を驚愕させる光景が広がった。

 

弾いたコンクリート片が、まるで積み木のように綺麗に縦に積み上がっていくのである。

 

「うそ……?」

 

あまりのことに、黒子はコンクリート片をテレポートさせる作業を止めてしまった。

 

男が反応する。

 

「ん? 終わりか?」

 

男の周りには、コンクリート片が積み上がったタワーが四本ほどそびえ立っていた。

 

余裕過ぎる。

 

攻撃としてすら認識されていない。

 

「(完全に遊ばれてますの!!!)」

 

「(これじゃ埒が明きませんわ!!)」

 

「(……なんとか、あの男の体に触れられれば……!)」

 

「(しかし、あのふざけた腕力の相手に体術を挑むのも無謀ですの……!)」

 

黒子は考える。

 

そして、ふと閃いた。

 

相手の余裕につけ込めばいい。

 

「……参りましたわ」

 

「へえ」

 

「わたくしは白井黒子」

 

そう言って、スッと手を差し出す。

 

読心系なら、心を読まれる可能性もある。

 

それに、敵なら普通は握手などしない。

 

これは一か八かの賭けだ。

 

「随分あっさりしてんな」

 

少し焦る。

 

が、

 

「まあいい。OK、仲直りしようぜ」

 

男は特に疑うそぶりも見せず、近づいてくる。

 

黒子は自分でこんなバカらしい作戦を立てておきながら、ふと思った。

 

この男は本当にバカなのではないかと。

 

男は黒子の小さな手を取った。

 

「これで終わりですの!」

 

とびっきりの笑顔を向ける。

 

そして。

 

男の体を、コンクリートの壁の中へテレポートさせた。

 

「あん?」

 

首から先だけが壁から生えている。

 

首の付け根から下は、すべてコンクリートの壁の中。

 

これ以上の拘束具があるだろうか。

 

さすがのこの男でも、これからは抜け出せないはずだ。

 

「これでようやく仲直りですわ」

 

「ハッハァ~! すげえな! 別の奴も飛ばせるんだな!」

 

「……」

 

だが、男は未だにふざけた調子を崩さない。

 

少しは焦ってもいいはずだ。

 

「(……まさか……いや……ありえませんですわね)」

 

この拘束から抜けるなど、不可能だ。

 

頭からそのバカな想像を振り払う。

 

「ちょっと離れてな」

 

だが。

 

そのバカな想像が当たっていた。

 

ビキッ!! と壁に亀裂が入る。

 

「まさか―――!」

 

ゴバァ!!! と突然、壁が爆散した。

 

破片から逃れるため、黒子は後方へテレポートする。

 

「(……! そんな……!)」

 

男は何事もなかったかのように、粉塵の中から現れた。

 

パンパンと体についた塵を手で払っている。

 

「(こうなったら……かなり手荒ですが……仕方ありませんの!)」

 

床に散らばっている小さなコンクリート片を手に取る。

 

そして、男の足首。

 

ちょうどアキレス腱の位置へテレポートさせた。

 

ガクン!! と男の姿勢が崩れた。

 

「(これで!! 本当に終わりです……の……?)」

 

だが、それだけだった。

 

男は再び、スッと元の姿勢に戻る。

 

「へぇ……そういう使い方もできるんだな」

 

そう言いながら、調子を確かめるかのように足踏みをしている。

 

「(まさか……アキレス腱は完全に切断されたはずですの!! 立っていられるはずが……!!!)」

 

「で、次はどこだ?」

 

ありえない。

 

瞬時に体を治癒させる能力など、聞いたことがない。

 

「……ッ! そ、そんな……!」

 

「(こ、こうなったら心臓に……いいえ! それだと死んでしまうかもしれませんの……!!)」

 

男を生け捕りにする方法が思いつかない。

 

「おッ」

 

突然、男があたりを見回し始めた。

 

その瞬間、男の背後に砂の塊のようなものが現れた。

 

「(あれは……まさか……!?)」

 

見覚えがある。

 

つい先ほど、同じ現象を見た。

 

あの死神もどき。

 

「やっとおでましか」

 

そして、男の背後にあの死神もどきが鎌を振り上げながら現れ―――。

 

ドンッ!!! と男の背中に突き刺した―――。

 

胸から鎌の先が飛び出す―――。

 

「……ッ!?」

 

周囲に次々と死神もどきが現れ、立て続けに男へ鎌を突き刺していく。

 

ゾン!! ザン!! と不気味な音が響く。

 

「へぇ、懐かしいな、このパターン」

 

男の声。

 

普通なら死んでいる。

 

だが、その声には痛みすら感じられない。

 

「ハッ! やっとパーティの時間だぜ!」

 

「……なッ……えッ……!?」

 

目の前の光景が理解できない。

 

「お嬢ちゃん、そこ動くなよ」

 

黒子に言ったようだが、返事はできなかった。

 

次の瞬間、ゴギン!!! という轟音と同時に、男の両側にいた死神もどきが大きく吹き飛ばされた。

 

黒子は動けなかった。

 

ただ呆然と、その光景を眺めていた。

 

男がパンチやキックのようなものを繰り出す。

 

『ようなもの』というのも、あまりにも速すぎて黒子の目では捉えきれないからだ。

 

ドギン!!! ズン!! と地響きとともに死神もどきがバラバラに砕け、壁へ叩きつけられる。

 

男は踊っているかのように立ち回っていく。

 

自分の胸に突き刺さっている鎌を引き抜き、ぶん投げる。

 

ゾリィィィン!!! と死神もどきの頭部が切断される。

 

今度は一体の死神もどきを倒し、その上に飛び乗った。

 

そして地面を蹴り、イェア!!! と楽しそうに叫びながら、まるでスケートボードのように乗り回し始めた。

 

ギャギャギャギャ!!! と、スケートボード代わりにされている哀れな死神もどきがどんどんすり減っていく。

 

そして男は突然、ピョンと飛び降りた。

 

哀れな死神もどきは、そのまま壁に激突し、砂となった。

 

狂っている。

 

黒子の頭に、その一言が浮かんだ。

 

十五体はいた死神もどきが、あっという間に全滅した。

 

ビル内は、その戦いで―――というよりは、その男によってめちゃくちゃに破壊されていた。

 

壁や床、天井は大きく抉れている。

 

もう死神もどきが出てこないのを確認した男は、突然ビシッ!!! とポーズを決め、二の腕の部分を掴みながら、

 

「JudgmentDeathNo!!!Yeah!!!」

 

と、なにやら勘違いしたままノリノリで叫んだ。

 

かっこいいのかダサいのか。

 

シリアスなのかコメディなのか、よくわからない。

 

「……」

 

「違うか?」

 

「……それは……戦う前に言うものですの……」

 

「へえ」

 

「……」

 

何から何まで調子が狂う。

 

凄惨な現場を見て、不気味な化物と戦った。

 

だが、そんなことがすべて、この目の前の得体の知れない男が作り出す空気によって吹き飛ばされてしまった。

 

まるでB級映画の世界に紛れ込んだような、奇妙な気分だった。

 

この男が主人公で、それを中心にして世界が回っているような。

 

もうどうでもいい。

 

早く帰って、お姉さまと一緒の日常に戻りたい。

 

そう黒子は思った。

 

「……あれ?」

 

ふと気がつくと、あの男の姿はどこにもなかった。

 

現れたときと同じように、音もなく消えていた。

 

「……」

 

あの男のことを考える。

 

あれで普通の人間だとは考えられない。

 

確実に何らかの能力者。

 

少なくともレベル4、いや、レベル5相当かもしれない。

 

本気を見ていないから、底はわからない。

 

でも、それでも信じられない。

 

胸に大穴を開けられた人間が生きているなど。

 

そして、その後に大立ち回りを演じたなど。

 

「はぁ……」

 

ため息。

 

遠くからアンチスキルのサイレンの音が聞こえる。

 

「何て書けばいいんですの……報告書……」

 

――――――

 

真っ赤なコートを羽織り、背中に巨大なギターケースを背負った銀髪の大男が街を歩く。

 

かなり目立っているのか、周囲の視線が集まる。

 

中には腰の銃に気づき、慌てて目をそらす者もいる。

 

だが、男は気にすることなく歩く。

 

「……落ち着かねえ」

 

学園都市は少々居心地が悪い。

 

フォルトゥナのような様式美漂う荘厳な街並みもあまり好きじゃないが、この近代的で整った明るい街並みも気に入らない。

 

ホームレスどころか、髭面で酒臭いジジイすらいない街。

 

チンピラっぽいガキまでが、洒落た小奇麗な服を着ている。

 

むず痒くなってくる。

 

そして、いたるところにある電子機器。

 

『故障したら殴って直す』レベルの機械音痴である彼を、さらにイラつかせる。

 

やはり彼にとっては、薄汚く埃っぽいスラム街がお似合いだ。

 

「……まさかな……」

 

不安が頭をよぎる。

 

『真面目』という言葉がこれほど似合わない彼にだって、本気で悩むことは一つくらいある。

 

「あるよな……ピザくらい……」

 

「無かったら本物の地獄だぜ、ここは」

 

他人にとってはどうでもいいようなことに本気で頭を悩ませていると、ふと、五十メートル先の二つの人影に目が止まった。

 

「お」

 

白い修道服を着た少女と、ツンツン頭の少年。

 

「いたいた」

 

彼が学園都市に来ることになった原因の人物。

 

「禁書目録ちゃん」

 

**プロローグ 完**

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。