第七学区 とあるファミレス
「とうまーとうまー! これがいい!!」
ツンツンと逆立った黒髪に、着崩した学生服。どこにでもいそうな高校生――上条当麻は、目の前のメニューを指差す少女を前に、頭を抱えていた。
少女の名はインデックス。腰まで届く銀色の髪に、エメラルドのような緑の瞳。白地に金の刺繍が施された修道服を身にまとった、小柄な少女だ。
見た目だけなら、いかにも可憐でおとなしいシスターといったところだが、その実態は上条の食費を容赦なく圧迫する、底なしの胃袋の持ち主だった。
「お前これ4人用のピザだろ! なんか得体の知れないの乗っかってるし!」
「えー」
「こっちのやっすいお子様ランチにしなさい!」
(うう……帰国早々コンロとレンジが同時に壊れて水道も止まるなんて不幸すぎですよ……)
「先ほど入ったニュースです。第七学区の○×銀行に複数の強盗が押し入り……」
店内に置いてあるテレビからの結構重要なニュースも、上条は「不幸」にも聞き逃す。
カランッ。
「いらっしゃいませー」
上条が自らを襲った不幸に頭を抱えている中、一人の銀髪の大男が喫茶店に入ってきた。
(うお……なんだあのメチャクチャかっけーおっさんは……。でっけえギターだな。ってか、すげえ派手なカッコしてる)
店員に案内されたその男は、通路を挟んで上条たちの真横のテーブルに来ると、ゴドンッ! と大きなギターケースを乱暴に床に置き、ドサッ! と椅子に腰を下ろした。
(何入ってんだあのギターケース……。そういえば服装もどことなく魔術ちっくな……ッ!!)
上条の頭の中を不安がよぎる。
そう、上条たちは今までに何度も魔術師に狙われ、襲撃を受けてきた。
(まさか……いや、きっとあの人はイギリスかどっかから来た普通のパンクな人だ……!)
(いや!! 油断するな! いつもこういうパターンからとんでもない事になってるじゃねえか!)
上条の不安を露とも知らずに、インデックスは幸せそうにお子様ランチを頬張っている。
そんな上条に更なる追い打ちが。
「あー、このピザのLと……このストロベリーサンデー頼む」
(日本語ペッラペラじゃねえか!! 魔術師って100%このパターンですよね!!)
「さて……お前が幻想殺しの坊やかな?」
「うきゃぁぁぁあぁッ!!」
「とうま? どうし……ッ!!!」
「よう、禁書目録のおチビちゃん」
「ダッダッダダダダ……!! ダンテ! スススススパーダの息子!!」
「……俺の事覚えてんのか?」
「お、覚えてないけど見ればわかるんだよ!!」
「かつて魔界を封じた伝説の悪魔スパーダの息子!! 魔剣士ダンテ!!」
「魔界の帝王ムンドゥスを封印した最強の半人半魔!!」
「な、なんか良くわからないけど物凄くヤバイお方ってのだけはわかりますよ!!」
「グゥーッド。さすがだねえ、おチビちゃん」
「う、うるせえ!! 何しにきやがった!? 何企んでやがる!? ローマ正教の魔術士か何かか?!」
「……お前バカだろ。今説明してくれたじゃねえか」
「用があるっちゃあるんだが、お前らをどうこうするつもりは無いから安心しな」
「じゃあ何だ!? 説明してくれ!!」
「その前にピザだピザ」
「へ?」
とある喫茶店の一角、とある三人を中心にして重い空気が漂う。
とはいえ、重い空気を垂れ流しているのはツンツン頭の少年と修道服を纏った少女で、事態の原因になった銀髪の男は何事も無く、「ンン~、グゥーッド」など何やら英語で幸せそうに呟きながらピザを頬張っている。
「……で、何で来たんだ? 何の用だ?」
「……さて……どっから話そうかね」
と、その時。
バン!! と店のドアを乱暴に開け、何やら武装した男達が勢い良く入ってきた。
「床にふせろ!! ふせるんだ!!」
「死にたくねえなら言うことを聞け! オラァ!」
上条は頭に残っていたかすかな記憶を思い起こす。
(ッ!! そういえば第七学区で銀行強盗があったとか……!!)
咄嗟にインデックスと一緒に机の下に潜る。
強盗犯達はアンチスキルとジャッジメントに追われていたのだろう。サイレンの音が店を囲む―――。
(さて……どうしたものか)
店内に居る強盗犯は三人。
それぞれが銃器で武装。
トラブルがあったのか、何か興奮気味に口論している。
(能力頼りの連中ならどうにかなったかもだが……銃はなあ……)
「とうま。ダメなんだよ。ここはじゃっじめんとに任せるんだよ」
「おい! テメエ!」
(うお! やべ!! こっちに来る!!)
「!!」
上条たちは驚いたが、強盗犯の矛先は彼らではなく、その真横でストロベリーサンデーを何事も無く食す銀髪の大男であった。
「床にふせやがれ!」
「いくら俺でも床に寝そべりながら食う程お行儀悪くないぜ」
「うるせえ! 死にてえのか?!」
チャキッ。
銀髪の男は目の前に大口径の拳銃を突きつけられても平然と食し続ける。
(あの余裕……インデックス曰くこいつメチャクチャ強いんだっけ……。なんとかしてくれるんじゃね?!)
「その余裕……お前能力者か? おい、やれ」
「チッ!!」
ガチッ。
ドンッ!! と炸裂音が店内に響く。
「……ッ!?」
至近距離から額に銃弾をブチ込まれ、銀髪男の鼻から上が吹き飛ぶ。
周囲に肉片が飛び散り、辺りには硝煙と血が混ざった形容し難い匂いが立ち込める。
「うそ……だろ……?」
力なく銀髪男の体がドッとテーブルに突っ伏した。
「テンメェェェェエエエエェエエエエェェエエ!!!」
その無残にも変わり果てた男を目の当たりにして嘔吐感がこみ上げたが、それ以上の怒りが彼を包んだ。
「何だ! てめえも死にてえのか!?」
「うるせぇ!! なんで殺した!!? ああ!?」
「目障りだ。そいつもや――」
「おい」
え、と上条も強盗たちも、思わず声を漏らした。
頭の上半分を吹き飛ばされた男がムクリと起き上がる。
「ダイニングテーブルでは静かにしなさいってママに習わなかったか? 坊や」
上条と強盗三人は驚愕のあまり口をパクパクさせる。
その間にも銀髪の男の頭部はみるみる再生していき、10秒も経たないうちに元通りになった。
「お行儀の悪い坊や達はお仕置きTIMEだ」
呟くと、先ほど自分の額に銃弾を放った男の腕をガッと掴む。
そして麩菓子のようにクシャッと握りつぶした。
「ガァアアアアアア!!」
まるで関節が一つ増えた様に見える腕を押さえながら、のたうち回る強盗犯。
銀髪の男の手には、いつ奪ったのか、その強盗犯の拳銃が握られている。
「このオモチャは没収だ。ママにもっと教育的なのを買ってもらうんだな」
と言うと、これまたいとも簡単にベキベキッと握りつぶす。
「テ、テメエ! やっぱり能力者だったか!!」
「どういう能力か知らねえが、灰になっても生き返れるかぁ!!?」
「さあな。灰になったことは無ぇからわからねえ」
リーダー格の強盗犯の腕から炎が噴出し、銀髪の男を覆いつくす。
(くそッ、発火能力者か!! さすがにヤバイんじゃね!? 俺の右手――)
「ン~ン、これまたホットだな」
「……は?」
「えっ?」
業火の中から声が続く。
「だがこの程度じゃあ俺のハートに火はつかねえぜ」
その言葉と同時にゴバッ!! と破壊音。
次の瞬間、リーダー格の男が立っていた場所には銀髪の大男がいた。そして、その前方3mの壁には……先ほどの強盗犯が泡を吹きながらめり込んでいた。
上条からすれば、まるでテレポートでもしたかの様に見えたが、その銀髪の男は前に飛び出して殴っただけである。
ただ、『とてつもない速度』で。
「で、次はお前か? 坊や」
「……ひ、ひぃ」
~~
路上を奇妙な組み合わせの三人が歩く。
一人は白い修道服を着た小柄な少女。
一人は学生服を着たツンツン頭の少年。
そして、真っ赤なコートに巨大なギターケースを担いでいる銀髪の白人大男。
「さっきの、あんた何の力を使ったんだ? やっぱ魔術か?」
「いや、殴っただけだ」
「……もしかして聖人?」
「半分悪魔だ」
「……ほあ?」
「半人半魔、父親が悪魔で母親が人間なんだよ」
「悪魔って……あの天使と悪魔の悪魔?」
「とうま、何言ってるかわからないんだよ」
「悪魔……」
「悪魔とは魔界の住人なの」
「もともとこの世界と魔界は繋がるはずがなかったんだけど、太古の昔にある大悪魔が穴をあけて繋げちゃったの」
「それでこの世界は魔界に侵略されて、滅ぼされかけたんだけど……」
「その時立ち上がったのがダンテの父親、英雄スパーダ!!」
「自分も悪魔なのに人間側に付き、そして戦争を勝利に導き、穴を塞いで侵略を防いだんだよ!」
「んん……なんか半分くらいしか分からなかったけど……」
「つまりこの方は、人類を救った大英雄の息子さんなんですね!?」
「ちっちっち。それだけじゃないんだよ」
「このダンテも数々の世界の危機を防ぎ、何度も人類を救っているんだよ!!」
「既に父親を越えたとも言われてるんだよ!!」
「な……なんか……とにかく色々規格外な方というのが分かりました……!!」
「悪魔ってのがどんなのか分かったかい?」
「いいえ、そこは全く」
「だろうな」
「あー、あれだ。こっちの人間と同じく悪魔が暮らしていて、こっちの動物と同じく魔物が生態系を作ってる世界だ」
「なんとなくわかった気がする……。待てよ……俺がこの右腕で触ったら、もしかしてダンテさんとか悪魔って消える?」
「消えないんだよ。『悪魔』というちゃんとした『生命体』だから」
「全ての穴が塞がって、完全に魔界と切り離されたら『ありえない存在』になって消えるけど」
「ん? 穴は塞がったんじゃ?」
「塞がったのは侵食が起こる大きな穴だけで、小さな穴は世界中に無数に残ったまんまなんだよ」
「そういう穴を通ってこっちに来るお客さんを、ブチのめすのが俺の仕事だ」
「そうそう、来た理由まだ聞いてなかったけど、ここに来たのもそういう悪魔をぶっ飛ばすためなのか?」
「イェア」
「んで、俺たちになんか用があるって言ってなかったか?」
「今回のお客さんの目的が禁書目録のおチビちゃんだ」
「なっ!?」
「思い当たる節はたくさんあるだろぅ? なあ、禁書目録のおチビちゃん」
ダンテはニヤニヤと笑う。
「なんせフォルトゥナの魔導書もたんまりその頭に入ってるしなぁ」
「原典は俺が片っ端から処分したから、もうそのプリティな頭の中にしか存在しないわけよ」
「フォルトゥナの術式はどれも、世界中の魔術師を集めても、魔力が全然足りなくて発動しないようなのばかりだけど……」
「今回の敵は人間じゃなくて悪魔……か……。なあ、その狙ってる連中って結構ヤバイ奴らなのか?」
「ああ。魔帝ムンドゥスの部下どもだ」
「まてい……?」
「ムムムムムムンドゥス!!!?」
「なんなんだ、その『むんどす』って?」
「魔帝ムンドゥス!! 魔界の神であり王!! かつて人間界を滅ぼそうとした張本人なんだよ!!」
「うぉっ!! 待てよ!! なんでそんなやべえ奴がインデックスを狙ってんだ!?」
「というかダンテ! あなたが10年前に魔帝ムンドゥスを封印したはずじゃ!?」
「ああ。まだ封印されてるぜ」
「だから、その封印を解くために部下がおチビちゃんを狙ってるわけだ」
「確かに……私の頭の中には、かつてスパーダが使用した封印の術式が……」
「そいつを解析して封印を解くつもりなんだろう」
「まあムンドゥスのことだ。復活したら、すぐにまた人間界に侵攻するだろうよ」
「やべえじゃねえか!!」
「もう一回俺が封印してやるってのもいいが、確実じゃねえぜ」
「俺だって死にかけのギリギリでやっとできたんだからな」
「……インデックスを守るのが一番ということか……」
「つまり、ダンテさんはその悪魔たちからインデックスを守りに来たのか?」
「んん、まあそんなところかな」
「おお! そいつは頼もしいぜ!!」
「ちょっと……確認していい?」
「ああ?」
「その背中の箱に入ってるのは魔剣『リベリオン』だよね?」
「まあな」
「あの、それでね……今回、ムンドゥスということは……魔剣『スパーダ』も使う気なのかな?」
「……?」
「……復活しちまった場合な」
「そ、そっか……」
「なんだ、魔剣『スパーダ』って?」
「とうま。絶対に復活を阻止しなくちゃダメなんだよ! もし『スパーダ』を使うことになったら……」
「? そんなやべえ代物なのか?」
「まあな」
「前回、ダンテが封印した時の場所はマレット島っていう島なんだけど……」
「?」
「その島は魔剣『スパーダ』の力の余波で、最終的に崩壊して消滅しちゃったの」
「!!」
同時刻
イギリス、ロンドン――バッキンガム宮殿のとある一室
重苦しい空気が漂うこの一室に、イギリスの心臓部たるトップの者たちが集っていた。
イギリス女王エリザード。
騎士派のトップ、騎士団長(ナイトリーダー)。
イギリス清教のトップである最大主教の代理、神裂火織とステイル=マグヌス。
そして、この重苦しい空気の原因を土産に持ってきたゲスト――『トリッシュ』。
外からは工事の音が聞こえる。
クーデターで破壊された部分の修復作業が始まっていた。
「そ、その……つまり、魔帝軍を止めないと再びムンドゥスが復活するということですね?」
「そう」
「ムンドゥスの復活はもってのほか。なんとしてでも禁書目録を守らねばならぬな」
「そゆこと」
「あなたたちは禁書目録を確保したら、あとはこっちに任せて」
「大丈夫なのか?」
「私とダンテがいればどうにかなるわよ」
「それにフォルトゥナのネロも、うまくいけば増援に加わるし」
「ネロさん……も……」
神裂とステイルは、ダンテ、ネロ、そしてこのトリッシュに面識がある。
数年前、フォルトゥナの術式をインデックスに記録する時に、この三人が同席していたのである。