ダンテ「学園都市か」   作:カサゴの鯛めし

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聖人と悪魔

 

 

~数年前~

 

伝説の魔剣士スパーダの物語。

 

悪魔でありながら魔界を裏切り、人間のために戦い、そして人間を救った英雄。

 

しかし、スパーダ本人はその名や武勇伝が後世に残ることをよしとしなかった。

 

そのためもあってか、いつしか事実は物語となり、数ある伝説の一つとなって、人々の記憶から薄れていった。

 

天草式や必要悪の教会といった裏世界に属している神裂ですら、スパーダの神話は知らなかった。

 

しかしある時、人づてに『閻魔刀』の話を聞く。

 

全ての空間と次元を切断し、人と魔を分かつ、史上最強の刀。

 

その刃は神すら切り捨てると言われている刀。

 

その話に興味を持ち、神裂は必要悪の教会の蔵書を漁った。

 

そして、フォルトゥナという小さな城塞都市の教典を見つけた。

 

その中に、スパーダの伝説と『閻魔刀』のことが書いてあった。

 

神裂はうすうす予想はついていたものの、その記述を見て落胆する。

 

『閻魔刀』とは、スパーダが所有していた魔剣の一つ。

 

そこまでは問題ない。

 

だが、この大戦争のことは見ても眉唾だ。

 

そんな大規模な動乱があったのなら、世界中の書物に何かしら残っていない方がおかしい。

 

となると、『閻魔刀』の存在自体も怪しい。

 

もし本当に存在したとしても、実際に見つけるのは不可能。

 

完全に失われたか、どこか人知れず厳重に封印されているだろう。

 

本物の聖杯を探し出すくらい困難なことだ。

 

その考えに行き着き、神裂の『閻魔刀』探求は終了した。

 

しかし、その後しばらくした時、思わぬ形で再び『閻魔刀』への探究心に火がつく。

 

ある時、神裂とステイルはインデックスの護衛としてフォルトゥナへ向かうことを命じられた。

 

フォルトゥナの魔導書をインデックスに記録するためだ。

 

『悪魔狩り』を生業とする魔剣教団の本拠地、フォルトゥナ。

 

かつて一時期、スパーダが治めていたという城塞都市国家。

 

とある事件以前まではほとんど外界と接触を持たず、必要悪の教会ですらその実態をほとんど把握していなかった。

 

魔術サイドの闇の最深部。

 

いや、魔術サイドというよりも、『悪魔サイド』という独立した勢力として表現した方が正しいのかもしれない。

 

そのフォルトゥナの鉄壁のベールを剥がす事件が、神裂たちが行く一年前に起こった。

 

最大主教の話によると、魔剣教団の上層部が神を作り出すことを目論んだという。

 

それに使われたのがスパーダの血と魔剣『スパーダ』、そして『閻魔刀』。

 

それをスパーダの血族が防いだとのことだった。

 

この事件を機に、フォルトゥナはいくらかオープンになり、外界の各魔術機関とも盛んに交流するようになった。

 

そしてこの事件は、魔術サイド全体を震撼させた。

 

(とはいえ、このフォルトゥナの動乱を知っている者は魔術サイドの中でもごく一部なのだが)

 

神を作るというのもかなりのことだが、それ以上に驚かせたのは、かのスパーダの神話が事実だったということだった。

 

そして神裂は打ち震えた。

 

『閻魔刀』が実在した。

 

しかも、つい最近フォルトゥナで使用された。

 

インデックス護衛という任務があるにもかかわらず、まるで観光にでも行くかのように、神裂は嬉々としてイギリスを旅立った。

 

復興作業が続くフォルトゥナに降り立った神裂たちがまず驚いたのは、街の中心にそびえ立つ巨大な黒い石板だ。

 

綺麗に斜め一閃で切断されており、切り落とされた上半分が傍らに横たわっている。

 

切断される前は高さ200mはあっただろうか。

 

案内のフォルトゥナの者いわく、あれは聖碑、地獄門と呼ばれるもので、魔界への扉だったらしい。

 

先の事件でスパーダの血族の者が『閻魔刀』を用いて切断したとのことだ。

 

材質は未知の物質で、その硬度は鋼鉄をはるかにしのぐため、撤去作業ができず、事件当時からあのままだという。

 

神裂はその光景に息を呑んだ。

 

どうやって刀で切断したのか想像がつかない。

 

もしかして『閻魔刀』とは、とてつもなく巨大なものなのかもしれない。

 

刀とは名前だけで、実際は全く違う武器かもしれない。

 

思いを巡らせているうちに、とある聖堂へ案内された。

 

魔導書の記録は翌日に予定されていたが、どうやら同席する者が急かしたため、このまますぐに行われるとのことだった。

 

位の高そうな者に謝罪されたが、神裂は快諾した。

 

先に用件を済ませて、フォルトゥナ城などスパーダゆかりの場所を巡りたかったのである。

 

ステイルに「君はわかってるのかい? これは任務だぞ」と注意され、表情を引き締めたが、胸の高鳴りは収まらなかった。

 

聖堂はかつて歌劇場として使われていたらしい。

 

中央に台座があり、その周りを半円状に長椅子が何重にも囲んでいた。

 

彫刻が施された何本もの柱、200人ほど収容できる広さ。そして天井は高く、中央の部分にはステンドグラス。

 

そこから外の光が真っすぐに台座に降り注いでいる。

 

この建物自体が芸術品だ。

 

だが、よく見ると柱の上の方が欠けたりしている。

 

そして、かの事件でここも戦いの場になったらしい。

 

神裂は一目見て、それが剣によるものだとわかる。

 

台座の奥は妙にガランとしていた。

 

恐らく何かの彫像が置いてあったのだろうが、戦闘で傷がつき、撤去でもされたのだろう。

 

神裂は屋内を見渡す。

 

すると、あまりにも場違いな服装をしている二人を見つけた。

 

神裂も人のことは言えないのだが。

 

周りの者たちが質素な服を着て頭にフードをかけているので、なおさらその二人が目立つ。

 

一人は20代後半あたりの金髪の妖艶な女性。

 

女の神裂ですら照れてしまうほど美しい。

 

台座の近くにある手すりに座って足をプラプラさせている。

 

黒のチューブトップとタイトな皮のパンツが、よりいっそうその官能的なオーラを引き立てている。

 

そしてもう一人は、恐らく30代後半の、赤いコートを着た銀髪の男。

 

長椅子にだらしなく寝そべっている。

 

よく見ればかなり端正な顔立ちだ。

 

腰には巨大な拳銃。

 

そして一際異彩を放つのは、傍らに立てかけられた銀色の不気味な大剣。

 

ステイルもその二人を見つけたのか、何やら怪訝な表情をしている。

 

インデックスはそんな二人を気にすることもなく、先ほど「小腹がすいていましたらどうぞ」と差し出された料理を貪っていた。

 

そんなインデックスを見て、あの金髪の女性とは正反対の、清らかな美しさを持つ、料理を持ってきたキリエと呼ばれる女性が苦笑いをしていた。

 

その時、神裂と、長椅子に寝そべっていた銀髪の赤いコートの男の目が合った。

 

銀髪の男は神裂を見るや、むくりと起き上がった。

 

そして神裂の全身を舐めるように眺める。

 

その男の視線に気づき、近くの手すりに座っていた金髪の女性もこちらを見る。

 

(……?)

 

銀髪の男は立ち上がると、傍らに立てかけてあった銀色の大剣を背中にかけ、つかつかと向かってきた。

 

金髪の女も続く。

 

さっきから奇妙な感覚がある。

 

あの男と目が合った時からだ。

 

妙に落ち着かない。

 

体の奥底がザワザワする。

 

ステイルも同じだったようだ。

 

ジッと近づいてくる奇妙な二人を睨む。

 

そして、その二人は神裂たちの目の前に来る。

 

後ろで料理を貪っていたインデックスがその二人を見て、ピタッと動きを止める。

 

よく見ると手が小刻みに震えている。

 

「あなたたちがイギリス清教の?」

 

金髪の女が口を開く。

 

「は、はい」

 

「で、禁書目録はその子?」

 

金髪の女がインデックスを指差す。

 

「そうだが。あなたたちは? フォルトゥナの方には見えないが」

 

ステイル本人は隠しているつもりだろうが、警戒心を抱いているのは見え見えだった。

 

「あ~、助っ人ってところかしらね」

 

助っ人。

 

よく意味がわからない。

 

神裂がそれを聞き返そうか迷っていると、銀髪の男が口を開いた。

 

「ほぉ……あと三年……いや、あと五年すりゃかなりホットになるぜ、お嬢ちゃん」

 

神裂をジロジロ見ながら意味不明なことを喋る。

 

「……は?」

 

「あっちが禁書目録ってことは、お嬢ちゃんとそっちの坊やは護衛ってとこか?」

 

銀髪の男は神裂の七天七刀を見ながら言葉を続ける。

 

神裂の横で、なにやらチリッと音がした。

 

坊やと呼ばれ、ステイルがイラついたのがわかる。

 

まあ、実際に少年なのだが。

 

「……はい」

 

「禁書目録ねえ……女ってのは聞いてたが、こんなに若いとはねえ」

 

銀髪の男はインデックスに目を移す。

 

「へえ……こっちも将来が楽しみだな。いい女になるぜ」

 

その言葉を聞いて、耐えかねたステイルが口を開く。

 

「おい! あんたさっきから何なんだ?!」

 

横から金髪の女性が銀髪の男に言う。

 

「あなた、少し黙ってなさいよ」

 

銀髪の男は苦笑いしながら両手を挙げ、「へいへい」という仕草でそれに答えた。

 

その時、聖堂のドアが勢いよく開き、一人の若い男が飛び込んできた。

 

目の前の二人ほどではないものの、その男も奇抜な姿をしていた。

 

青いコートに銀髪。

 

神裂たちはその男の右手を見て驚いた。

 

異形の右手。

 

赤い甲羅のようなもので覆われ、その甲羅と甲羅の隙間が青白くぼんやりと光っていた。

 

「ネロ!」

 

インデックスに食事を出してくれたキリエと呼ばれていた女性が、その若い男の名を呼んだ。

 

「悪い、遅れた! って、明日の予定じゃなかったのか?」

 

近くにいたフォルトゥナの者が事情を説明する。

 

その説明を聞くやいなや、ダンテの方を睨む。

 

「またあんたかよ」

 

ダンテへ声を投げかける。

 

「いいじゃねえか。さっさと終わらせて帰りてえんだよ。今のこの街は退屈すぎてどうにかなっちまいそうだぜ」

 

「あんたがそう感じるなら、こっちとしては嬉しいね」

 

つかつかとネロが神裂とダンテたちのところへ歩いてくる。

 

なぜか近づいてくるにつれ、右手の輝きが増す。

 

「で、あんたたちがイギリス清教のか?」

 

「は、はい」

 

それぞれが自己紹介を済ませる。

 

「それにしても三人とも随分と若いな」

 

「だろ。その赤毛の坊やなんて、昔のお前にそっくりじゃねえか。生意気そうな目つきとかよ」

 

ステイルが再びムッとする。

 

ネロはそのダンテの言葉をフンッと鼻で笑って流す。

 

「じゃ、役者がそろったことだし、早速始めましょ」

 

その声を聞き、フードを被ったフォルトゥナの者たちが魔導書を持ってきて、台座の上に乗せる。

 

その数は10冊。

 

「じゃあ、皆出てくれ」

 

ネロが周囲の者たちに外に出るよう促す。

 

神裂は少し困惑する。

 

大抵、魔導書を記録する時は厳かにやるものだ。

 

周囲に結界を何重にも張り、同席する者はそれ相応の霊装を着たりする。

 

だが、ここには結界が張られている気配も全くないし、神裂も人のことは言えないが、目の前の三人の服装もおかしい。

 

そして何よりも、この三人には全く緊張感がない。

 

ダンテに至っては、あくびをして背伸びをしている。

 

(……舐めてるんでしょうか、この人たちは……)

 

トリッシュが台座に向かい、何やら魔導書を二つに分けている。

 

そして、三冊積み上がった方にポンと手を載せ、

 

「こっちは記録しなくていい方ね」

 

と言った。

 

神裂は疑問に思った。

 

記録しないなら、なぜここに持ってくる?

 

そして、それに返答したダンテの言葉は信じられないものだった。

 

「今ぶっ壊せばいいのか?」

 

「やりたいならどうぞ」

 

魔導書を『ぶっ壊す』? ありえない。

 

魔導書とはただの本ではない。

 

それそのものが魔法陣と化しており、干渉を一切受け付けない。

 

しかも、あれは原典だ。

 

たとえ傷をつけられたとしてもすぐに自己修復し、強力な迎撃術式が作動する。

 

どれだけ手を尽くしても封印するのが精一杯だ。

 

壊すなんて困難極まりない。

 

インデックスとステイルも、そのやりとりに驚愕している。

 

(……何を言っているんでしょうか、この方たちは……)

 

いよいよ心配になってくる。

 

だが、唖然としている三人を尻目に、トリッシュは三冊の魔導書をダンテに向かって適当に放り投げた。

 

「ね、ねぇ!! ちょ、ちょっと!!!」

 

耐えかねたインデックスが声を上げる。

 

「こ、壊すってどういうこと?」

 

「その言葉のまんまだ」

 

そう返しながら、床に落ちている三冊の魔導書を拾い、積み上げる。

 

「む、無理じゃないかな?!」

 

「まあ見てろって」

 

そう言うとダンテは背中の大剣に手をかけ、

 

「イェァァァ!!!」

 

掛け声と同時に、積み上がっている魔導書目がけて一気に振り下ろした。

 

ゾン!!! っと三冊の魔導書が両断された。

 

バラッと切断された魔導書が無残にも散らばる。

 

そしてすぐに眩く燃え始め、5秒もたたずにしおしおと小さくなり、跡形もなく消えた。

 

「あん? なんだ。やけにしょぼいな」

 

イギリス清教の三人は、あまりの光景に口が塞がらなかった。

 

目の前の男は魔導書の原典をいとも簡単に破壊してしまったのである。

 

「おい、トリッシュ。反撃なんかしてこねえぞ、これ」

 

「あんたが強くやりすぎたんでしょ」

 

「少しくらい加減しなさいよ。本よ、それ」

 

「そ、そんな……」

 

インデックスにはわかる。

 

決して魔導書が弱かったのではない。

 

むしろ、あの三冊は魔導書の中でもトップクラスの力を持っていたはずだ。

 

目の前の男には特に魔術を使った形跡もない。

 

つまり、腕力のみで破壊した。

 

力ずくでねじ伏せたのだ。

 

ありえない。

 

ここで神裂は、先ほどダンテとトリッシュの姿を見た時に感じた違和感を思い出した。

 

まさか―――人間じゃない?

 

「……なあ……帰っていいか?」

 

「うるさいわね。少し我慢しなさいよ。ガキじゃあるまいし」

 

「さっさとやっちまおうぜ」

 

ネロはそう言い、インデックスに台座のところへ来るよう手で合図した。

 

「……質問は後にしとこう……済ませてきてくれ」

 

「……わかったんだよ」

 

ふらふらとインデックスが台座へ向かう。

 

ステイルと神裂は、魔導書の中身が目に入らないよう、後ろに下がる。

 

「じゃあ最初はこれね」

 

ポンッとインデックスの前に一冊目を置く。

 

インデックスは首をかしげながらトリッシュの顔を見る。

 

「? どうしたの? 始めていいわよ?」

 

「……結界は? それと、ここにいるとあなたたちも危ないかもなんだよ」

 

「心配ないわ」

 

「……一つ聞いていい?」

 

「なあに?」

 

「あなたたち、人間じゃないよね。悪魔?」

 

その言葉を聞いて、ネロはばつが悪そうに頭を軽く掻いた。

 

ダンテはニヤリと軽く笑った。

 

「そうよ。だから大丈夫」

 

すんなりとトリッシュは答えた。

 

インデックスは軽く頷き、魔導書の記録作業を始めた。

 

15mほど後ろでは、そのやりとりを聞いていた二人が呆然としていた。

 

―――

 

神裂はベッドに寝転がっていた。

 

魔導書の記録作業で疲れたのか、隣のベッドにいるインデックスは既に寝息を立てていた。

 

二人は今、フォルトゥナ側が用意してくれた部屋にいる。

 

かつての騎士の寮であったらしい。

 

彼女たちが泊まっているのは位の高い騎士専用の部屋であり、壁に見事な彫刻が施されている。

 

天井を見上げながら、ふーっと神裂は息を吐く。

 

色々ありすぎた。

 

『閻魔刀』の力の跡。

 

魔導書の破壊。

 

そして、本物の悪魔に会うとは。

 

神裂の想像していた悪魔像とはかけ離れていた。

 

もっと異形の姿だと思っていた。

 

だが、あの三人の姿はどう見ても人間だった。

 

ネロは右手が明らかに異形だったが、それ以外の部分や仕草などを見れば、一番人間らしい。

 

トリッシュいわく、神裂の悪魔像は当たっており、おかしいのはこの三人の方だと言っていた。

 

(なんか……私も疲れた……)

 

睡魔が襲う。

 

そのまま身を委ね、まどろみの中へ落ちていった。

 

翌日、神裂ら一行はフォルトゥナの街を散策していた。

 

案内ということでネロが同行してくれている。

 

トリッシュもいつの間にかやってきて、一緒に行動している。

 

だが、ダンテの姿がなかった。

 

トリッシュいわく、仕事が入ったから嬉々として夜のうちにフォルトゥナを離れたとのことだった。

 

「仕事……ですか?」

 

「『悪魔狩り』よ」

 

悪魔が悪魔を狩る。

 

一瞬奇妙に思ったが、よくよく考えれば人間の世界でも賞金稼ぎという職業がある。

 

特に突っ込まなかった。

 

一人で納得していると、トリッシュがいきなり別の話題を出してきた。

 

「あなた、聖人でしょ?」

 

「……!? そ、そうですけど……なんでわかったんですか?」

 

「匂いよ」

 

神裂は一瞬ドキッとする。

 

理由がどうあれ、女の子としては匂いがどうこうと言われるのは、やっぱりちょっと居心地が悪い。

 

「ネロ。やっぱりこの子、聖人みたいよ」

 

ネロは特に興味なさそうに「へえ」と返す。

 

「ほら、この子も刀使うみたいよ」

 

トリッシュが神裂の腰にある七天七刀を指差す。

 

『この子も』

 

そこに神裂はピンときた。

 

ネロも刀を使うのか。

 

どんな刀を使っているのか。

 

悪魔の剣術はどんなものなのか。

 

悪魔の体で繰り出される技はどんなものなのか。

 

神裂の中に、一気に一人の剣士としての興味が湧いた。

 

一度、手合わせしてみたい。

 

「あの……」

 

「?」

 

「一度、お手合わせを……」

 

恐る恐る頼んでみる。

 

「……あ~……」

 

ネロは困惑する。

 

神裂は非常に長い刀を持っている。

 

その何気ない身のこなしからも、結構な使い手だというのがわかる。

 

だが、年端も行かない女の子と刃を交わらせるのは、やはり気が引ける。

 

ダンテなら、相手が女だろうがなんだろうが速攻でOKを出しているだろう。

 

「いいじゃないの? 少しぐらい。楽しい旅行の思い出を作ってあげなさいよ」

 

その「旅行」という言葉を聞いて、ステイルがムッとする。

 

任務だ! と叫びたそうに、うずうずしていた。

 

「……しょうがねえな。わかったよ。少しだけな」

 

一行は場所を、かつての騎士の修練場に移した。

 

ネロの左手には、剣身が銀、柄が赤の大剣。

 

神裂は少し落胆した。

 

どんな名刀が出てくるのか期待していたのである。

 

あの剣はどう見ても刀ではない。

 

それを察してか、トリッシュが20mほど離れた場所から口を挟む。

 

「それでやるの?! あっちは使わないの!?」

 

「バカ言ってんじゃねーよ! 使えるわけねーだろ!」

 

神裂は少しムッとする。

 

どうやら刀を使っているのは本当らしい。

 

だが、神裂程度ではそれを使うレベルではないということだ。

 

(舐められたものです)

 

(上等というものです。使わせてみせます)

 

彼女は一気にネロへ向かっていった。

 

だが、あまりにもあっさりと試合は終わった。

 

手合わせを始めて幾ばくもなく、彼女の膝が地に着いた。

 

鍛錬に鍛錬を積み重ねた彼女の神速の刃は、全て軽くいなされ、かわされた。

 

そして彼女の七天七刀が、あの火を噴く大剣に弾かれ、宙を舞った。

 

そしてネロは、無防備となった彼女の喉に刃を突きつけた。

 

レベルが違っていた。

 

確かに神裂は、自分が最強だとは思っていない。

 

しかし、聖人だ。

 

そして、修練を積み重ねてきたプライドもある。

 

一対一の勝負は誰にも負けない自信があった。

 

だが、圧倒的な力の差を証明された。

 

スピード、パワーもさることながら、何よりも異常だったのは反射神経だ。

 

目に見えない死角からの攻撃すら、まるでダンスでもしているかのように華麗にかわす。

 

今まで真っ向勝負で、ここまで圧倒的に敗北した経験はなかった。

 

これが人間と悪魔の壁かと実感した。

 

厳密に言えば、人間と悪魔の壁というよりは、ネロが特別なのだが。

 

実際、神裂レベルならそこらの下等悪魔は簡単にあしらえるし、かなり上位の高等悪魔とも十分戦える。

 

だが、そんなことを露とも知らず、神裂は初めての完璧な敗北感を味わい、その場にうなだれた。

 

その様子を見かねてネロが口を開いた。

 

「……わぁったよ。見せてやるよ、『閻魔刀』」

 

「……は?」

 

一瞬、自分の耳を疑った。

 

『閻魔刀』。

 

そう聞こえた。

 

「……え? や、『閻魔刀』……ですか!?」

 

「ああ」

 

突然、ネロの右手が光り出した。

 

「ほほほほほ本当ですか!!? あああの『閻魔刀』ですか!!?」

 

「? 俺の知ってる『閻魔刀』はこれだけだぜ」

 

ズゥッ! とネロの右手から、黒い鞘の刀がいきなり生えてきた。

 

「そそそそそそそ……それが……!!!」

 

遠くから見ていたインデックスも硬直する。

 

一見すると、やや長めの普通の刀だ。

 

だが、少女にはその刀が桁違いの代物だということがわかった。

 

まず、人間界ではありえないほどの存在だ。

 

「……あれ……本物の……魔剣『閻魔刀』……!!!」

 

驚いているのか、怖がっているのか、嬉しがっているのかわからない顔で、神裂がとにかくバタバタする。

 

「そこから動くなよ」

 

ズウッとネロの目が赤く輝き始めた。

 

「……え?」

 

次の瞬間、キン!!! と甲高い音が辺りに響いた。

 

神裂の目の前の空間に、斜めの一筋の光の線。

 

そして、その線を境に、上の風景がズズッと斜めにずり落ちた。

 

「……へ?」

 

ネロが『閻魔刀』で神裂の前の空間を切断したのである。

 

その後しばらくして、スウッとずれた風景が元に戻る。

 

「……い、今のって……!?」

 

「こんなところだ」

 

『閻魔刀』は、出てきた時とは逆に、右手にスウッと沈んでいった。

 

神裂は、なぜネロが刀を使わなかったのかがわかった。

 

『閻魔刀』はあまりにも力が高すぎるのである。

 

それも当然。

 

『閻魔刀』とは、魔剣の中でも頂点に立つ三本のうちの一つなのだから。

 

とてもじゃないが、試合で使える代物ではない。

 

あんなのが使われていたら、一瞬で神裂の体が真っ二つになっていただろう。

 

「でも、あんたも強いぜ」

 

「あんたと同じくらいの頃の俺には勝ってるよ」

 

「そ、そうですか?」

 

「あんたはもっと強くなる。機会があったら、いつかもう一戦やろうぜ」

 

「……ッ! はい!!!」

 

一方、ところ変わってキリエ。

 

「……まだ2時か……」

 

太陽が真上を過ぎて僅かに西へ傾く頃、この日三度目のまどろみ。

 

実はこの女、一見しっかりしているように見えて、休日は夕方まで寝ているクチだったのである――――――

 

ネロとふらふらとしている神裂は、ギャラリーの三人と合流した。

 

「つ、つまり……あの地獄門を切り落としたのは……」

 

ネロは否定した。

 

一瞬、喋っていいのかと聞くかのようにトリッシュの顔を見て、そして言った。

 

「あれはダンテがやった」

 

ダンテ。

 

先の事件を解決した者はスパーダの血族。

 

つまり、ダンテはスパーダの血を引いている。

 

イギリス清教の三人は、皆その答えにたどり着いた。

 

―――その日の夜―――

 

前日は衝撃の連続だったが、今日はそれ以上だった。

 

ベッドの上で昨日と同じように息を吐く。

 

インデックスもまだ起きている。

 

日中の興奮がまだ冷めぬのか、もぞもぞとしきりに体を動かしている。

 

あの後、トリッシュは「一応記録としてちゃんと残しておいた方がいいかもね」と、ダンテの武勇伝をおおまかにインデックスたちに聞かせた。

 

伝説の魔剣士スパーダの実の息子であること、母親が人間であること。

 

そして、ダンテ自身が最強の存在として伝説になりつつあるということ。

 

そして、あの銀色の大剣は魔剣『リベリオン』。

 

『閻魔刀』と並ぶ、最強の剣の一つ。

 

あのふざけた調子の男がそんな英雄とは到底思えないが、現に目の前で簡単に魔導書を破壊したのである。

 

直にその力の片鱗を目撃している。

 

信じる信じない以前の話だ。

 

トリッシュは最後に付け加えた。

 

「ダンテ自身は称えられるのをとにかく煙たがるから、この話は記録するだけにして。ダンテが死んだら、その時は任せるわ。公開するも、そのまましまっておくのも好きにして」

 

三人は、あの男が死ぬ状況など全く想像がつかなかったが。

 

その話が終わった時、インデックスが聞いた。

 

「ネロ。あなたもじゃないの?」

 

神裂とステイルは、その質問の意味がいまいち理解できなかった。

 

だが、ネロはそれがわかったらしく、

 

「らしいな」

 

と、そっけなく答えた。

 

それにトリッシュが付け加えた。

 

「次の伝説の候補ね。ダンテと同じく、そのことをあんまり前に出したがらないけど」

 

その言葉を聞いて、神裂とステイルも理解した。

 

ネロもまた、スパーダの血を引いていると。

 

「なんか……おとぎの世界へ紛れ込んだ気分です……」

 

そうベッドの上で呟き、少し滑稽に思う。

 

神裂は聖人だ。

 

表の世界からすれば彼女もファンタジーの登場人物だが、今日会ったあの人物たちは、本物の生きる伝説・神話だ。

 

「……うん……」

 

隣のベッドから小さな返事。

 

「さ、寝ましょう。明日は早いですからね」

 

「うん」

 

明日の朝、フォルトゥナを発つ。

 

ステイルによると、最大主教から至急帰還して報告しろとの命が下ったそうだ。

 

報告は建前で、本当は土産話を早く聞きたいんだろうとステイルは言っていた。

 

「おやすみなさい。インデックス」

 

「おやすみ。かおり」

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