ダンテ「学園都市か」   作:カサゴの鯛めし

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第4話

英国・ロンドン バッキンガム宮殿

 

「防衛戦はあなたたちに任せるわ」

 

トリッシュの言葉に、エリザード女王は迷うことなく頷いた。

 

「拒む理由は見当たらぬな。それに、どうやって嗅ぎつけたのかは知らぬが、つい先ほど学園都市側からも支援要請が届きおった」

 

「それで、敵の兵力は?」

 

騎士団長が尋ねる。

 

「たくさん、というところかしら」

 

あまりにも大雑把な返答に、室内の空気がわずかに重くなった。

 

「ステイル、騎士団長。こちらが送れる兵力は?」

 

「必要悪の教会から即座に展開可能な戦闘要員は三百十名です。三日ほど時間をいただければ、千二百名ほどは揃えられますが……」

 

「即時展開できる騎士は九百名。ですが、先日の件によって皆、疲労がピークに達しています」

 

この部屋にいる者たちは、トリッシュを除けば、先日のクーデター勃発以来、ほとんど一睡もしていなかった。

 

本来ならば休息を取らせるべき状況だ。しかし、魔帝ムンドゥスの復活という未曽有の危機を前に、悠長なことは言っていられない。

 

「むう……」

 

エリザード女王は腕を組み、しばし考え込んだ。

 

「迎撃はダンテに任す。我らは禁書目録の守備に徹する」

 

そして、女王は二人の魔術師へ視線を向けた。

 

「神裂火織、ステイル=マグヌス。人選はそなたらに任す。強者のみを率いて、少数精鋭で学園都市へ向かえ」

 

「はっ」

 

神裂とステイルが同時に返事をする。

 

「騎士団長。騎士は派遣せぬ。国防と治安維持を継続させろ。今の状況では、ローマ正教がどう動くかわからぬからな」

 

「はっ」

 

騎士団長もまた、女王の命令を受け入れた。

 

国内の守りを薄くするわけにはいかない。魔帝軍への対処だけでなく、各勢力の動向にも目を配る必要があるのだ。

 

エリザード女王は、最後にトリッシュへと顔を向けた。

 

「それで、トリッシュとやら。先の話を聞く限りでは、フォルトゥナからの増援は確実ではないように思えたが?」

 

「ええ、まあ」

 

「そのネロとやらは、フォルトゥナの誇る最大戦力なのであろう?」

 

「ああ、その件なんだけどね」

 

トリッシュは少しばかり言いにくそうに頭を掻いた。

 

「三週間前、魔帝の手下に襲撃されたの」

 

「な……!?」

 

ステイルが思わず声を上げる。

 

「……!?」

 

神裂もまた、驚きを隠せなかった。

 

「恋人が拉致されたりとか、かなり不利な状況だったんだけど、なんとか撃退したみたい」

 

「恋人が拉致……?」

 

神裂が眉をひそめる。フォルトゥナの状況は、彼女たちが想像していた以上に深刻だったらしい。

 

トリッシュは続けた。

 

「それに、相手も結構な奴よ。『ボルヴェルク』。聞いたことくらいあるでしょ?」

 

「……確か、太古の神の一人が転生した悪魔ですよね?」

 

神裂が記憶を探りながら答える。

 

「そうだ。ムンドゥス配下の魔界の騎士になったと聞いたことがある」

 

騎士団長も頷いた。

 

「伝説級の存在だな……」

 

ステイルの表情が険しくなる。

 

「そう、そいつ」

 

トリッシュはあっさりと肯定した。

 

「それで、ネロさんに怪我などは?」

 

「私は直接見ていないけど、聞くところによると、ほぼ無傷だって」

 

「なぜ魔帝軍は彼を狙ったんだ?」

 

ステイルが尋ねると、トリッシュは表情を変えずに答えた。

 

「仇敵の血を絶つため」

 

「……」

 

神裂もステイルも、すぐには言葉を返せなかった。

 

魔帝軍にとって、スパーダの血を引く者たちは単なる敵ではない。かつてムンドゥスを封じた存在の血脈そのものが、憎悪の対象なのだろう。

 

「その襲撃で、あの子、ブチギレちゃってね。今はその『ボルヴェルク』を追いかけているらしいの」

 

「つまり、その件が終わるまでは、増援として学園都市には来られないということか?」

 

「そうね。そのボルヴェルクが、学園都市に向かう魔帝軍に加わっていれば別だけど」

 

「そういうことですか……」

 

神裂は納得したように頷いた。

 

フォルトゥナの戦力を当てにできない以上、学園都市で戦う者たちは、限られた戦力だけで魔帝軍を迎え撃たなければならない。

 

各々が自分のやるべきことを再確認すると、会議はひとまず終了した。

 

それぞれが席を立ち、次の行動へ移ろうとする。

 

「私は天草式を率いていきます」

 

神裂が告げると、ステイルは少し心配そうな顔をした。

 

「大丈夫なのかい? 彼らは特に疲労が積もっていると思うが?」

 

「私の『部下』に、そんな軟弱者はいません。それに……また私だけ勝手に行ったら、皆に怒られそうですし……」

 

最後の方は、少しだけ歯切れが悪くなった。

 

「ふふ。なら良いな。君との相乗効果で、かなりの戦力にもなるしね」

 

「ステイルはどうするのです?」

 

「僕はシェリーを連れていこう。彼女、先日の自分の不甲斐なさですごく不機嫌だしね」

 

ステイルは小さく肩をすくめた。

 

「あの鬱憤を晴らしてあげないと、そのうち暴れだしそうだ」

 

「……相変わらずですね」

 

神裂が苦笑した、そのときだった。

 

「ちょっといいかしら? 赤毛君」

 

背後からトリッシュの声が飛んできた。

 

「……? もしかして僕のことか?」

 

「あなたに渡したい物があるの」

 

トリッシュはそう言うと、二人を手招きした。

 

案内されたのは、バッキンガム宮殿内に用意された、トリッシュの滞在用の部屋だった。

 

扉を開けた瞬間、神裂とステイルは揃って目を逸らした。

 

無造作に脱ぎ捨てられた衣服。そこらに置かれた、目のやり場に困るほど過激な下着。

 

二人の未成年が困惑していることなど気にも留めず、トリッシュは部屋の奥へ進んでいった。

 

「さて、と……」

 

彼女はどこからともなく、身長ほどもある巨大なバッグを運び出してきた。

 

「よっ」

 

ガチャンッ!!

 

テーブルに置かれたバッグが、鈍い音を立てる。

 

その表面には、いくつもの拘束具が取り付けられていた。トリッシュはそれらを乱暴に外し、ガチャガチャと音を立てながら中身を探り始める。

 

神裂とステイルは、一目見ただけで理解していた。

 

拘束具の一つ一つに、とんでもない術式と恐ろしいほどの魔力が込められている。

 

これほど厳重に封じられた物が、ただの道具であるはずがない。

 

「この中身……いったい何なんだ?」

 

ステイルが警戒を強める中、トリッシュは目当ての物を見つけたらしい。

 

「あったあった」

 

ゴドンッ!!

 

テーブルの上に置かれたそれは、巨大な篭手だった。

 

赤と黒の金属が不気味な光沢を放ち、表面には見る者の本能を刺激するような禍々しさが漂っている。

 

「こ、これは……!?」

 

神裂とステイルの体を、形容しがたい戦慄が駆け抜けた。

 

「『イフリート』よ」

 

トリッシュは、まるで知人を紹介するような気軽さで告げた。

 

イフリート。

 

地獄の業火の番人にして、魔界最高位に属する伝説級の大悪魔。

 

炎を扱う魔術師であるステイルにとって、それは神にも等しい存在だった。

 

「こ、これを……ぼ、僕に……!?」

 

ステイルの声が震える。

 

「あなたにあげるわけじゃないわよ。レンタル。事が終わったら請求するからね」

 

「おお……! おぉぉお!! おおおぉおおおお!!!」

 

ステイルは感極まったように声を上げた。

 

神裂は篭手を食い入るように見つめ、思わず呟く。

 

「これが『イフリート』……。一体どんな術式を組めば、ここまでの霊装を作れるんでしょうね……」

 

その瞬間、篭手から低く威圧的な声が響いた。

 

『我を人間共の小細工と並べる気か? 小娘』

 

「…………」

 

神裂の思考が停止した。

 

「しゃ……しゃしゃしゃ……しゃべべべべった!!?」

 

「霊装じゃないわよ」

 

トリッシュがあっさりと言う。

 

「本物よ。本物の悪魔の『イフリート』」

 

「ほ、本物……!?」

 

「太古の昔に、どっかの誰かがイフリートを篭手にしちゃって封印したのよ。それで十年前にダンテが封印を解いて、契約の儀を行って使役。今はアイツの使い魔よ」

 

「は……はあ。契約の儀……使い魔……?」

 

神裂は、ようやく言葉を絞り出した。

 

「そう。地獄の業火で『魂』ごと焼かれて、それに耐えたら合格」

 

トリッシュは何でもないことのように説明する。

 

「まっ、人間なら一瞬で蒸発ね」

 

「…………」

 

今度はステイルが黙り込んだ。

 

やがて、彼は恐る恐る口を開く。

 

「……僕も……焼かれなきゃダメなのかい?」

 

「その心配はないわよ。この子はアイツの命を受けているから」

 

「命?」

 

「代理使役ってこと」

 

トリッシュはイフリートを指さした。

 

「『イフリート』を装備すれば、聖人並みの身体能力を得られるし、魔術の力も爆発的に上がるわ」

 

「おおお!! 早速、使用のための術式を組まねば!!」

 

ステイルの目が輝いた。

 

だが、トリッシュはそんな彼に釘を刺すように言った。

 

「でも、気をつけなさい」

 

「……?」

 

「ちょっと気を緩めれば、『喰われる』わよ」

 

ステイルの表情が固まった。

 

「もともと人間には到底扱えない存在なんだし。というか、半々の確率で死ぬわよ」

 

「…………」

 

先ほどまでの興奮が、嘘のように消え去った。

 

「できれば使わないでね。もうどうにもならないって場合だけにして」

 

「……わかった」

 

ステイルは、イフリートを前に複雑な表情を浮かべた。

 

それでも、その視線は篭手から離れない。炎を操る魔術師にとって、目の前にあるものはあまりにも魅力的だったのだ。

 

「それと、聖人のサムライガール。あなたにはこれ」

 

トリッシュは続けて、神裂に何かを差し出した。

 

「これは……?」

 

神裂が受け取ったのは、紫色の水晶のような物体だった。

 

その表面には、おぞましいほどの苦悶の表情が刻まれている。

 

「『パープルオーブ』よ。悪魔の力が結晶化した物」

 

「パープルオーブ……?」

 

「使いたいときに肌に当てれば、自然に溶け込んでいくわ」

 

トリッシュは神裂を見つめながら説明した。

 

「あなたはもうある程度完成されているし、あとは全体的な力の底上げってことね。それを使えば、一時的にネロくらいの強さになれるかもね」

 

「……っ!!」

 

神裂の目が大きく見開かれた。

 

一時的とはいえ、あのネロに匹敵する力を得られる。それがどれほどの意味を持つのか、彼女には嫌というほど理解できた。

 

「ただ、いわばドーピングだから、それなりに負担は大きいし、莫大な魔力の塊だから、これも油断すると『喰われる』わよ」

 

「は、はい!!」

 

神裂は思わず背筋を伸ばした。

 

「大事に使うのよ。私ですら、そんなに持っていない希少な物なんだから」

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

神裂は慎重にパープルオーブをしまった。

 

「ああ、あとこれ」

 

トリッシュは最後に、黒い石のような物をステイルへ手渡した。

 

「学園都市に着いてからは私と別行動だから、何かあればこれで連絡して」

 

「連絡? 霊装か?」

 

「いいえ。魔界の、念話をする虫の一種を固めたものよ。握って私を呼べば繋がるから」

 

「…………」

 

神裂の顔が引きつった。

 

「む……む……ッ!」

 

「ス、ステイル、あなたが持っていてください!」

 

「……虫……ね」

 

ステイルは黒い石を見つめ、何とも言えない表情で呟いた。

 

こうして、神裂とステイルは新たな武器と連絡手段を受け取り、学園都市へ向かう準備を整えたのだった。

 

---

 

学園都市 窓のないビル

 

「……さすがのお前でも、今回はプランとやらにねじ込む余裕はないだろう」

 

土御門元春は、目の前の培養液に浮かぶ男へと語りかけた。

 

「利用できる部分は、全て使わせてもらうつもりだよ」

 

アレイスター=クロウリーは、いつもと変わらぬ調子で答える。

 

「それ、俺からしてみれば、大勢の命を賭けたギャンブルに聞こえるぜよ」

 

「あながち間違ってはいないな」

 

「チッ……。で、今回はこっちも全力でやるんだろう?」

 

土御門は苛立たしげに舌打ちした。

 

「悪魔相手じゃ、通常兵器はまったく役に立たない」

 

「うむ」

 

「ということは、能力者が主戦力だな」

 

「当然だ。レベル5を筆頭に、あらゆる戦力を使う。もちろん君らもだ。準備して指示を待て」

 

「はいはい……」

 

土御門は気の抜けた返事をすると、どこからともなく現れたテレポーターの腕を掴んだ。

 

「はあ……。さすがの俺でも、ここ最近いろいろありすぎて疲労度MAXだにゃー……」

 

「ふむ。この件が終わったら、君の休暇について検討してみよう」

 

「一か月くらい欲しいにゃー」

 

「却下する。最大で二日だ」

 

「鬼か、お前は……」

 

土御門は肩を落とした。

 

サングラスをかけた金髪の少年は、うなだれたままテレポーターと共にどこかへと消えていった。

 

静寂が戻った室内で、アレイスターは通信回線を開く。

 

「お呼びでしょうか?」

 

「第一級警報――コードレッド発令の準備。そのまま待機だ」

 

「!!?」

 

通信相手の声が明らかに動揺した。

 

「状態はデフコン2。市民のシェルター避難の準備もしておけ。命令があり次第、即座に行動できるようにだ」

 

「りょ、了解!」

 

通信が切れる。

 

アレイスターは、再び思考の海へと沈んでいった。

 

(さて……)

 

(ヒューズ=カザキリ。確かに力は強大だが……)

 

(それだけだな。彼らからすれば、ただの愚鈍な的にすぎない)

 

風斬氷華の力は、通常の能力者とは比較にならない。しかし、相手は人間の理屈だけでは測れない魔界の存在だ。

 

純粋な力だけで対抗するには、危険が大きすぎる。

 

(エイワスは……万が一にも倒されれば、千年は現出できぬかもしれん)

 

(魔帝の復活となれば、大悪魔たちが集う。エイワスとて、倒される可能性はある)

 

アレイスターは、頭の中で次々と選択肢を検討していく。

 

(となると、やはり能力者でゆくべきか……)

 

(直接動かせるレベル5の戦闘要員は、第一位、第四位、第七位の三人)

 

(第三位はゲコ太で誘導して、幻想殺しに『偶然』遭遇させれば、あとは勝手に戦列に加わるだろう)

 

(やはり第二位の損失が響くな……。強引に出撃させるか?)

 

(いや、あの体たらくだ。まともな戦いにすらならん)

 

問題は山積みだった。

 

魔術サイドの戦力にも不安が残る。かといって、科学サイドの能力者だけで魔界の軍勢に対抗できる保証もない。

 

(とはいえ、魔術サイドは頼りない)

 

(やはり、何か手を打たねばな)

 

アレイスターは、ふと一つの考えに行き着いた。

 

(ふむ……第一位を……)

 

(……埋め込んで……いや、違うな……。そこに第二位の……いや、むしろ……そしてミサカネットワークで……)

 

思考が加速していく。

 

既存の計画にこだわっている場合ではない。必要なのは、目の前の危機を乗り越えるための新たな手段だ。

 

(……これ、だな)

 

(少々強引だが、プランも短縮できる)

 

アレイスターの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。

 

(ふふ……この高ぶりは、恐怖の裏返しか。それとも歓喜か……)

 

(私もまだまだ人間だということだな……ふふ……)

 

(面白くなりそうだ)

 

---

 

学園都市 第七学区

 

「はあー、あたしとしたことが……」

 

少女は、手にした小さなストラップを眺めながら、心の中でため息をついた。

 

(まさか、こんな重要な情報を見過ごしていたなんて……。まだまだ甘いわね)

 

しかし、すぐに表情が明るくなる。

 

(でも、ちゃんと手に入れたし、結果オーライね♪)

 

彼女の手には、とある店で先ほど購入したゲコ太の限定ストラップが握られていた。

 

彼女が情報を察知できなかったのも、無理はない。

 

なにしろ、その商品はつい十分前に発表され、五分後には発売が開始されたばかりなのだから。

 

「……あれ?」

 

ふと顔を上げた彼女の視線が、少し先で立ち止まっている人影を捉えた。

 

距離にして、およそ五十メートル。

 

特徴的なツンツン頭。レベル0でありながら、レベル5である彼女の攻撃をことごとく退ける少年。

 

「(あ、あいつ……! な、なんでこんな所にいるの!?)」

 

御坂美琴は、特に必要性もないのに無駄に慌てた。

 

(……連れがいるみたいね?)

 

少年の右側には、見慣れた修道服姿の少女。

 

そして左側には、巨大なギターケースを担いだ銀髪の大男がいた。

 

(……い、いや! 連れがいても関係ないんだからね!!)

 

美琴は自分に言い聞かせるように拳を握る。

 

(よ……よし!!)

 

そうして彼女は、何食わぬ顔で三人の方へと歩き始めた。

 

---

 

同・第七学区 路上

 

「そうか……。正に人類の危機ってやつだな、これは……」

 

上条当麻は、ダンテから聞かされた話を思い返しながら、重苦しい息を吐いた。

 

(いままで色々あったけど、今回が一番ヤバイ気がする……)

 

魔帝ムンドゥスの復活。そして、その軍勢による学園都市への侵攻。

 

これまで自分が巻き込まれてきた事件とは、規模も危険度も桁違いだ。

 

「……ところで、後ろのお嬢ちゃんは知り合いか?」

 

ダンテが、ふと視線を後方へ向けた。

 

「?」

 

上条も振り返る。

 

「ビ、ビリビリ!!?」

 

「短髪!!?」

 

二人の声が重なった。

 

「ビリビリ言うなぁ! 御坂美琴って名前がちゃんとあるのよ!!」

 

美琴は顔を赤くして怒鳴った。

 

「へえ……」

 

ダンテは彼女をじっと見つめた。

 

「な、なんですか?」

 

(というか、誰?)

 

美琴は目の前の銀髪の大男を見上げた。大柄な体格に、目立つ赤いコート。そして背負われた巨大なギターケース。

 

どう見ても、普通の人間には見えない。

 

ダンテは、そんな彼女の様子など気にすることなく口を開いた。

 

「……学園都市ってのは、随分と上玉ぞろいだな」

 

「……は?」

 

「今はまだノンヘアーだろうが、このお嬢ちゃんも十年後には最高にホットな女になるぜ」

 

「……ちょっ! な、何をおっしゃってるんですか!!?」

 

上条が慌てて声を上げる。

 

「な、なぁぁぁああぁ!?」

 

美琴の顔が一気に赤くなった。

 

(す、少しくらいはあるわよ……!!!)

 

バチッ、バチバチッ!

 

彼女の周囲に、青白い火花が散る。

 

「……電気?」

 

ダンテが興味深そうに呟いた。

 

「?」

 

隣では、インデックスが不思議そうに首を傾げている。

 

「ちょ、ちょっと!! 何なのよ、この人!?」

 

美琴が上条に詰め寄った。

 

「あ……お、おー……」

 

上条は何とも言えない声を出した。

 

「お、おじさん! インデックスの!」

 

「ちg、フガモガッ!」

 

インデックスが何か言いかけた瞬間、上条が慌てて口を塞いだ。

 

「……」

 

ダンテは二人のやり取りを眺めたあと、改めて美琴へ向き直る。

 

「ダンテだ。よろしく、お嬢ちゃん」

 

「そ、そうなの?」

 

美琴は戸惑いながらも返事をした。

 

(変人の親族は、同じく変人ね……)

 

彼女は心の中でそう結論づけた。

 

「御坂は何してんだ?」

 

上条が尋ねる。

 

「よ、よよよ、用事は終わったし、これから帰るところよ!」

 

「どうした、お前? なんか顔が赤いぞ? 体調でも悪いのか?」

 

上条は心配そうに顔を近づけた。

 

「ちちちちちかかぁあちかっっ!!!!」

 

「えっ?」

 

「バチバチバチッ!!」

 

美琴の周囲で、先ほどよりも激しく電光が弾けた。

 

「ちょちょちょ! 放電するな!」

 

「……」

 

インデックスは、じとーっと上条を見つめている。

 

一方、ダンテは美琴の放つ電気を興味深そうに観察していた。

 

「ほぉう……。へぇ……」

 

「な、何よ!?」

 

「ちょっといいか? それ、思い浮かべただけで出るのか?」

 

「?」

 

美琴が首を傾げる。

 

「電気」

 

「ああ、まあ、イメージすればね。他にも演算とか、やんなきゃいけないことはあるけど」

 

「へえ……」

 

ダンテは顎に手を当てた。

 

(悪魔のやり方に似てるな)

 

魔力を使い、意思によって超常の力を引き起こす。細かな違いはあるだろうが、少なくともダンテには、彼女の能力が単なる電気現象には思えなかった。

 

「御坂はレベル5の第三位なんだぜ! 通称レールガン!」

 

上条が得意げに説明する。

 

「……それ、すごいのか?」

 

「ええっ!?」

 

上条が思わず声を上げた。

 

「あーっと、つまり、学園都市第三位の実力者ってことだ!」

 

「ま、まあね。そーなんだけど……」

 

美琴は少しだけ胸を張った。

 

「へえ……。そいつはすげぇな……」

 

ダンテの口元に、にやりと笑みが浮かぶ。

 

「最高に痺れるじゃねえか」

 

「とうま、猛獣の前にエサをちらつかすのは危ないかも」

 

インデックスがぼそりと呟いた。

 

「ダ、ダンテさん!? なんですか、その危険なオーラは!!?」

 

上条が慌てる。

 

「な、何!? やるっていうの!?」

 

美琴も思わず身構えた。

 

彼女はこれまで、数え切れないほどの相手と戦ってきた。だが、目の前の男から漂う雰囲気は、学園都市で感じるものとは明らかに違っていた。

 

まるで、目の前にいるのが人間ではなく、獲物を見定める猛獣であるかのような感覚。

 

「い、言っとくけどね! そいつの方が強いのよ! 私の攻撃、一切効かないし!」

 

美琴は、思わず上条を指さした。

 

「……へえ」

 

ダンテの視線が、今度は上条へと移る。

 

「お前、強いのか……?」

 

「こっちに振らないでください、御坂サン!! いやぁ!!? そそその目で見ないでください、ダンテさん!!」

 

上条は情けない声を上げた。

 

そのときだった。

 

「―――」

 

ダンテの表情が、ぴたりと止まった。

 

「?」

 

上条、御坂、インデックスの三人が、揃って彼を見上げる。

 

先ほどまでの軽薄な笑みが消え、ダンテの視線が鋭くなる。

 

何かを察知したのだ。

 

「悪い。用事だ」

 

「へ?」

 

「また後でな」

 

ダンテはそう言うと、三人に背を向けた。

 

「ま、待て! なんかあったのか!? まさか、もう―――」

 

「心配ねえ。パーティの開演はまだだ」

 

ダンテは振り返ることなく答えた。

 

「ちょっとしたつまみ食いさ」

 

その言葉を残し、銀髪の大男は足早に路地裏へと入っていった。

 

上条たちが返事をする間もなく、その姿は建物の陰に消える。

 

「つまみ食い……?」

 

上条は呆然と呟いた。

 

「とうま、任せておいても心配ないんだよ」

 

インデックスは、特に気にした様子もなく答えた。

 

「……」

 

上条は、ダンテが消えた路地裏を見つめたまま黙り込んだ。

 

「……ちょっといい?」

 

やがて、美琴が口を開いた。

 

「なんだ?」

 

「あの人って、一体何者なの?」

 

美琴は真剣な顔で尋ねた。

 

「まさか、あんた、また厄介事に首突っ込んでるの?」

 

「……いやっ、パーティだよ」

 

「は?」

 

「しょ、食事会があるんだ!」

 

上条は、なぜか妙に慌てながら説明した。

 

「ほら、背中にギター背負ってただろ? パーティのときに弾くんだ。その準備だよッ」

 

「……そう」

 

美琴は、一応そう答えた。

 

だが、疑わしい。

 

何より、もう一つ引っかかることがあった。

 

彼女のレーダーが反応していたのだ。

 

ダンテは三人の視界から外れた途端、とんでもない速度で移動し、一瞬にして美琴の索敵範囲から離脱していた。

 

普通の人間にできる芸当ではない。

 

(……絶対、何かある)

 

「本当?」

 

美琴は上条の顔を覗き込んだ。

 

「……ああ」

 

上条は目を逸らさずに答えた。

 

彼は、誰かが危険にさらされることを極端に嫌う。

 

例え、その誰かが赤の他人であろうと。

 

問題の外にいる人間を、自ら危険へ招き入れることは決してしない。

 

危険にさらされるのは自分だけでいい。

 

戦うのは自分だけでいい。

 

それが、この少年にとって絶対に譲れないけじめだった。

 

かつて、美琴はその考えを嫌というほど突きつけられたことがある。

 

だからこそ、今の上条の態度を見れば、どれだけ問い詰めたところで答えが変わらないことはわかっていた。

 

「……そう」

 

美琴は、ひとまず引き下がった。

 

「あっ、そろそろ帰らなくちゃ」

 

「? そうか。じゃあ、またな」

 

「うん、またね」

 

「ばいばい、短髪」

 

インデックスが手を振る。

 

美琴も軽く手を振り返し、二人から離れていった。

 

だが、彼女の胸中にある疑念は消えていなかった。

 

(あんたが入れてくれないっていうのなら―――)

 

美琴は歩きながら、ぎゅっと拳を握った。

 

(こっちから無理やり飛び込むまでよ―――)

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