ギャルが怖いと感じる俺の心を、隣の席のギャルがじわじわと狂わせてくる 作:喜多四季
聖域がたった数秒で乗っ取られてから数日。
麻戸はある特技を身に付けていた。
(………階段上がった。 ここからノロノロフラフラするから後二分ってところか)
心理学にはカクテルパーティ効果というものがある。
大勢が話していて騒がしい中でも、自分の事に関係する話題などを無意識に聞き取る事が出来る現象。
麻戸の場合は、ギャルに抱く恐怖心から能力を習得。とある女子の声がすぐに入ってくるようになった。
(声聞いただけで心臓がうるさい。 これを世間一般では恋と呼ぶ。とうとう恋しちゃったんだな、俺は)
現実からの逃避を実行。
机の上に置いた両腕を枕にして顔をうずめた。 朝のホームルームが始まるまでの時間を寝て過ごす。
視覚を閉じた事により聴覚に神経が集中する。 彼女はギャルだ。 無駄に声が大きいから近付いて来ているのがイヤでも分かってしまう。
ドサ、と隣からカバンを置いた音がした。
「おはよー」
続く高千穂の声。
(…………うん、俺じゃない。そもそも寝てるやつに向かって話しかけたりしないだろ。なんたって寝てるんだから)
麻戸は顔を伏せたまま微動だにしない。
ただ時が過ぎるのを待つ。
「………………ねえ、おはよって言ってんだけど」
「はい、おざますっ」
高千穂の声がワンオクターブ低くなるのと同時に、麻戸は勢いよく顔を上げた。
「寝たふりしてたん?」
「ははっ。…………」
「いや否定しないんかい」
「高千穂も、朝からご機嫌麗しゅう?で何よりっす」
「落ちつけし。 気ぃ遣い過ぎて変な喋り方になってるから。てかなんで敬語?」
二人の上下関係は確認するまでもなく麻戸が下だ。 だがそれはあくまで現状に過ぎない。 彼は日々頭を使って成長を続けている。
「俺がビビってるからっていつまでも調子に乗られると困るからな。ちょっと工夫をしてんすよ」
「ふーん、で、なにを?」
「あ、もう少し柔らかく言ってもらえると……。端的な言葉で済ませられたら、つまらなくさせたかなって思いますし」
「それは、あたしに考えて話せって言ってる?」
「いえいえ全然!」
「だよね。じゃあ続きよろ」
はい、と麻戸は一礼して、
「ギャルに慣れるまでは低姿勢でいるんすよ。 卑屈にしてると怒られないでしょうからね」
「それで良いのか男子……」
話し方や内容とは裏腹に胸を張る麻戸。 高千穂からは白い目を向けられる。
「でも勘違いしないように。 今はただ大人しく負けてあげてるだけだから。 慣れさえすれば俺だってその他大勢の仲間入りするから」
「どんなツンデレだよ。どこの層にも需要ないかんね」
「高千穂が俺を石ころ同然に思えば俺の勝ちだ」
「だからカッコ悪いんだって。 例えばぁ………、俺のことを夢中にさせてやるぜ!みたいなこと言えないの?」
「言えないじゃなくて、言いたくないっす」
「あ?」
「ごめんなさい!」
渾身の力を込めて謝る一方で、時計の針に一瞬だけ眼球を素早く動かした。
絶対に分かるはずないのに、高千穂は『まだ時間じゃないから』と言って逃げ道を塞いだ。 麻戸の口からは情けない声がこぼれ落ちる。
「でもあれだよね。 変にビビり散らかしてるけど、麻戸ってべつに陰キャってわけじゃないよね。 見た目もイケてる風だし」
「ぉ、おおう……、そう?」
「いや照れんなし。 キモ」
「トイレ行ってきます」
とつぜん麻戸は立ち上がる。 強引に立ったものだから、その反動で椅子が後方まで滑っていった。 たかがプラスチックには構っていられない。 一刻も早く教室から出ようと歩き出した。
「おおーいっ、ちょい待ち!」
「ひゃわっ!?」
パシッ、と左手が掴まれる。
所詮は女の小さな手。 力を入れずとも振りほどけるはずだが、不意をつかれたのがマズかった。 凍りついたかのように麻戸の体はピクリとも動かない。
「絶対トイレじゃないじゃん! 怒ったん? 怖がったん?」
「怖がったに決まってるだろっ。逃げようとしてるんだ、邪魔しないでくれ」
「口癖で出ちゃっただけだって!ほんとにキモいとか思ってないから!」
「内容じゃなくて口調の温度差が怖いんだよ……!」
ていうか、と言いながら麻戸は近付いた。
「? なんよ」
「声が大きい。 ギャルが怖いっていうのは隠しているんだから注意してくれ」
「そういうのって一番本人に隠すもんじゃない?」
「たぶんパニックになってたんだ。 今はちゃんと後悔してる」
「………後悔、ね」
話に区切りが付いた所でチャイムが鳴った。 同時に担任の教師が入って来て麻戸は席に戻り、クラス全員による定番の挨拶に加わった。
「じゃあ早速、ホームルームを始めます」
「せんせー! ごめん、先に言わせてほしいんだけどー!」
進行の妨げ。 教師に対して考えられない口調。 それは今さら咎めるような事ではないらしく、担任はため息を吐いただけだった。
「何だ、高千穂」
「麻戸がトイレ行きたいって言ってたのにダル絡みしちゃってさ、我慢は毒って言うし行かせてあげたくて……」
しおらしく『私が悪いんだけど……』と言い放つ。
麻戸は当事者(?)だというのにポカンとしていた。 何が起きてるのか理解出来なかった。 だが茶化してくる声や密かな笑い声などを聞いて、実感が追いついて来た。
(こ、この野郎ッ、やりやがったぁああああああ!!?)
麻戸は胸の内で絶叫した。
(ありえねぇぜ、コイツ。どんな神経してんだ………あ、ギャルか、ギャルの神経か! 腐ってやがる!)
二人は見つめ合った。 麻戸は無表情。 高千穂は八の字型に眉を垂らして、あたかも心配してますよスタンスを貫いている。
「……麻戸。早く行ってきなさい」
「はい、失礼します」
麻戸はあえて堂々とした。 ここで恥ずかしそうにしては茶化す声が大きくなるだろうし、ネタとして数時間は続くだろう。
しかしだ。
堂々とする事によって『なにか変ですか? 気にしてませんけど?』風を見せつけれる。 これはなんの面白味もない事ですよ、と感じさせたら平和に終われる……かも知れない。 確率は非常に低いが可能性はある。
高千穂の後ろを通り過ぎる時、恨みがましく横目を向ける。
目が合った。
教室ではさきほどの小さなハプニングで各々が盛り上がっている。高千穂の声は麻戸の耳にだけ届いた。
「後悔しちゃ、だーめっ」
ウインクがオプションで付いた。
ピキッと麻戸のこめかみに力が入る。
(現在進行形でしてんだよ!!)
冷静を振る舞っていたが自然と足が速くなった。 そしてやはり思ってしまう。
(もうやだ、ギャル怖い)
次から文字数増やします。