ギャルが怖いと感じる俺の心を、隣の席のギャルがじわじわと狂わせてくる 作:喜多四季
四限目が終わり昼食の時間。 高千穂は、違うクラスを含めた五人の友達とコンビニに向かっていた。
「うわ、マジやったわ……」
コンビニは学校の門を出て、横断歩道を渡った所にある。 高千穂が立ち止まったのは校舎を出てすぐだ。
「どうしたぁ?」
「財布、忘れて来たっぽい……」
「取りに行くのダルいやつじゃん」
「いやそれな」
げんなりと肩を落としながら携帯を取り出す。 電子マネーに入ってないかな? と淡い期待を込めてアプリを起動させたが、残高九十七円という微妙な数字が出て来た。
「ごめん、先行ってて。財布とって来る!」
「え、貸すよ?」
「大丈夫、走ったらすぐだし!」
その時にはすでに振り返って走っていた。 靴を室内用に履き替えて階段を駆け上がる。 昼食の時間ではあるものの、高千穂のように場所を移動する者や、食事の時間を潰して作業しなければいけないとかで、階段や廊下には避けて通らないといけないくらいには人が行き交っている。
時間にしたらわずか五分程度だが、限られた時間の中では嫌なロスだ。
開けっぱなしの戸を抜けて教室に入る。 高千穂は自分の席をロックオンすると、隣の席に座っている麻戸も視界に入った。
「ん、今日はぼっち飯なん?」
彼は焼きそばパンを口に運んでいる。携帯画面に釘付けだった目がチラリと動いた。
「そんなとこっす」
厳しめなワードに反応せず、再び携帯を見始めた。 高千穂は適当に相槌を打ってカバンから小さな財布を取り出す。
これでコンビニに行ける。 ご飯が買える。 しかし高千穂はすぐには教室を出ようとはせず、じーっと麻戸を見つめた。
「…………、」
「…………、」
「…………、」
「…………はぁ」
麻戸はため息をつく。 バッグを膝の上に置いて中を漁り、握り拳を向けて来た。
受け取れ、という事だろうか。 脈絡のない行動に疑問を浮かべつつ、高千穂は手のひらを差し出した。
「これで、服従してやったとか思わないでくださいね」
トン、と微かな重さが手のひらに加わる。
五〇〇玉が一つ、乗っていた。
「どゆこと?」
「ずっとこっち見て来てただろ。 昼なんだから奢れよって事じゃなかったんです?」
「ちっがうわ!」
力いっぱい握りしめた五〇〇玉を全力で投げたい衝動に駆られたが、なんとかゆっくりと机に置く事に成功した。
「てか心外なんだけど!? あたしそんな事する人って思われてたん?」
「ちょ、ちょっと……、圧が」
顔を背ける麻戸。 高千穂はグッと感情をおさえて、おとなしく自分の席に座った。
「まずさっきのは否定しておく。 意地悪だけど、傷付くことはしないし………いやするか。 怖い事、も、言うか」
「………、」
「………で、こっち見てた理由はなんすか?」
「まずちゃんと否定してから話続けようね」
「なるほど。五〇〇円じゃ足らなかったか……」
「聞けよ」
この男はこういう所がある。
天然なのか意図的なのかは分からないが、キャラと口調と内容が一致しない。
あえて言葉を作るなら、本気でボケている。
(こうなると話戻せないんだよなぁ……)
会話をすればするほど訳が分からない。 何とも奇妙であり好奇心がくすぐられる。
だが今は、一発で良いから引っ叩きたいと思う。
「はぁ、もういいわ」
「すんません。そんな見限った感じされると、心がイタいっす」
「もうそれギャルが怖いってか傷付きやすいだけくね?」
麻戸は首を振った。
「他の人に言われても別になんとも」
強がりではないみたいで、顔色一つ変わらない。
「あ、そ。じゃあ言うけどさ、一緒にご飯食べようか?」
「なんでそうなった……!?」
「いやさっき捨てられた子犬オーラ出してたじゃん」
「出してねーっすけど? 漫画読んでただけなんで」
「あんなんされると置いていけないじゃん。麻戸はズルいねぇ」
「……どこの麻戸を見たのかは知らないけど、 捨てられた子犬風の人間を情だけで拾わない方が良い。 ストーカーになるぞ」
「え、麻戸ストーカーなん?」
「俺はならん」
言いながら麻戸は携帯を振る。 画面がブレてしっかりと見えた訳じゃないが、漫画のコマが映っていた。
「言っとくけど、ちゃんと友達はいるし昼は誘われた。 でもコレの続きが気になってたから断ったんっす」
「ふーん。どんなん?」
「ギャルとオタクが仲良くする話」
「………もしかして、」
「俺をオタクと入れ替えて読んでる訳じゃないっすから」
極限まで引き攣った顔の高千穂。麻戸の否定は早かった。
「敵を知り己を知れば百戦あやうからず」
椅子の背もたれに肘を乗せて、麻戸は言う。
「昨今、ギャルを主題にする作品は多くある。 優しくて可愛いキャラから怖くて暴力的なキャラ。ギャルの性格を考えればキリがない程にな」
「まぁ、確かにいっぱいあるね。………うん」
イヤな予感がする。 それは十中八九あっているだろう。
「だから俺は漫画を読み漁り、ギャルを研究している。 ペコペコと媚びへつらっているのは今だけっすよ」
「漫画はフィクションじゃん……」
やっぱり的中した、と高千穂は呆れ返った。
「悪いことは言わないからやめな? 中にはリアルなのもあるけど、フィクション設定で振り回されるのは良くないよ?」
「舐めてもらっては困る。 現実的か非現実的かくらい判断出来るさ」
だから、と麻戸は続けた。
「高千穂が彼氏を取っ替え引っ替えしていても相談には乗るからな。 他の人には話せないだろうし」
麻戸は笑っていた。 それは席が隣になってから初めて見る満面な笑みだった。
おそらく相談に乗れる事が嬉しいのかも知れない。 力になってくれるという安心感は確かにある。
しかし。
それらをゴミクズのように吹き飛ばした内容の酷さに、高千穂は右手を振りかぶった。
「ぁ、って……!?」
「ねぇ、判断出来てないんだけど。女友達捨てたいん?」
頭を抑えて見上げる麻戸。 その表情には先ほどの笑顔はなく、困惑と後悔で埋め尽くされていた。
「………ごめん。言いすぎた」
「ギャルがどうとか言って距離置くから、上っ面だけしか見えてないんだよ」
『ああ……』と項垂れる麻戸。高千穂は手を伸ばした。
「とりあえずどんな漫画見てたか、あたしに見せてみ。判断してあげるから」
「っす」
麻戸は携帯を高千穂の手に置いた。
「……………………いや、離せし」
しかし携帯は麻戸の手に握られたままだった。 力づくは無理だ。 ずっとシャツの袖のボタンと胸元の第一ボタンまで止めて、地味で堅苦しい恰好をしてる割に、携帯は万力にでも挟まれてるみたいにピクリとも動かない。
しだいに携帯は麻戸のズボンのポケットに返っていく。
「やっぱり題名教えるんで、その、自分で……」
「今ページ開いてたじゃん。回りくどいことしなくて良くね?」
「でも、携帯を渡すのは、プライバシーの管理がなってないからやめろって先生に言われてるし」
「良い子かっ。てかなによ、そこまで渡したくないって事は、やましいものでもあるわけ?」
「………………………ベツニナニモ?」
「声上擦ってんだけど!?」
必然的に、高千穂の脳内では十八歳未満閲覧禁止のモノが浮かび上がって来て、ドン引きを露わにした。
「いや、違う。誤解っすよ。 今読んでるやつはそこまでやましくないんで」
「その言い方だと、今は読んでないけどやましいのもあるって解釈でおーけー?」
「…………そんな事より、昼終わりそうだけど良いんすか?」
「分かりやすく話変えんなし!ちょ、どんなんか見せて!」
さっきまでのドン引き顔なんてなかったかのように、高千穂の目が輝いている。
麻戸は黙って画面を向けた。 しかしその画面に高千穂が望んだものはない。 あるのは初期設定のホーム画面。 時刻を示す四桁の数字だけが映っていて、昼休憩の終わりまで十分を切っている事が判明した。
高千穂は静かに携帯を構える。
「やっば……。 みきからめちゃメッセ入ってる」
携帯は消音にしてスカートのポケットに入れていた。 バイブレーションが起こるはずだった。 普段ならばこれだけ通知が来ていれば振動で気付く。 なにかしらの誤作動で反応しなかったのだろうか。
高千穂はメッセージを返したあと設定を確認する。 しかしすぐ、みきから返信が来ると、手の中で携帯が揺れた。
「約束してたんすか?」
「約束ってか、そもそもコンビニ行くのに財布忘れたから取りに来ただけだったんよ。 んで、あたしが全然帰って来ないってメッセくれてて」
「なるほど。 座って動く気配ないから何してんだろって思ってたっす」
「うっさい。 麻戸がかまってちゃんオーラ出すから悪いんじゃん」
「漫画読んでるだけでそんなもの出すか……!」
「しかもエロいやつ」
「違う」
会話と同時にしていたメッセージが終わった。 どうやらミキ達はコンビニで食料を調達するとすぐ中庭に行ったらしい。 待たせる事にならなくて安心したが、高千穂はため息をついた。
「お腹すいた」
高千穂は机に突っ伏した。
「まだ時間あるし、買いに行けば良いじゃないっすか」
「さすがにめんどい」
「だったら、バクダン食べます?」
また訳の分からない事を言い出した。
高千穂はうつ伏せのまま、顔だけを動かして麻戸の方を見る。 伸ばして来た手。 そこには、手のひらから出るくらい黒くて大きな丸いものがあった。
「ツナと昆布、鮭、明太子のスペシャルバクダン握りっす」
「良いの……? これ貰っちゃったら麻戸、お腹減るんじゃ……」
「ぼっちは動かないから消費カロリーが少ないんすよ。 だから平気」
「………そっか。かわいそうだね」
スーッ、と引き戻されていく右手。 ゆえにオニギリが遠ざっていく。
麻戸から自虐ネタをぶっ込んで来たクセに傷付いたらしい。 『冗談だから』と言って宥めると無言でオニギリが渡された。
「ありがとね」
「っす」
言いながら、一口食べる前に財布を開けた。
「いくらだった?」
「………え?」
「お金。払うよ」
至って普通のことなはず。 それなのに麻戸はあからさまに驚いた顔を見せている。
「あたし、変なこと言った?」
「いや、ギャルは奢られて当然って感じだと思ってた、か、ら…………」
「へぇ。なんでそんな事思ったん?」
「………、」
「ど、こ、の、な、に、を、み、て、………そう思ったのか聞いてんだけど?」
高千穂はわざと圧を込めた。 つい今し方、ギャルについての情報収集源がフィクションだと発覚したばかりだ。 途中で失言に気づいたとしても逃しはしない。 『ん?』と催促すると、麻戸は顔を背けながら携帯を揺らした。
「スクールカースト上位のギャル軍団が言ってた」
「漫画を参考にするのはやめろって言ったばっかじゃん!」
「すんませんっ」