勝者に与えられるのは、どんな欲望も叶える“願い”。
少女たちが欲望に狂う中、黒髪の少女サスラだけは勝ち続ける。
彼女が叶え続けるのはただ一つ――「倒した相手の不死を解き、日常へ帰すこと」。
サスラの戦いを世界中へ配信し続ける、ただの撮影ドローンだった“僕”。
だが、傷だらけで戦う彼女を見つめるうち、機械の回路に説明のつかない熱が宿り始める。
ついに訪れた最終戦。
すべての不死を終わらせたとき、彼女が“僕”に託した最後の願いとは――。
【読了目安:約15分/完結済み】
▼カクヨムでの投稿版
https://kakuyomu.jp/works/11054822662696645078
1
遊園地に集められた少女たちは、殺し合いをさせられていた。
メリーゴーランドや観覧車、ジェットコースターといった娯楽施設に囲まれながら、少女たちはそれらに見向きもせず、互いの命を奪い合う。
槍を持った茶髪の少女が鬼のような形相で突進し、長い黒髪の少女の心臓を貫く。
黒髪の少女は無表情のままそれを受け、茶髪の少女が身に着けている髪飾りを銃で撃った。
茶髪の少女が、糸の切れた人形のようにその場へ倒れる。同時に彼女専用の撮影ドローンが機能を停止してアスファルトの上に落ちた。
黒髪の少女が受けた負傷──心臓からは黒い泥のようなものが溢れだしている。負傷の深さを顧みもせず、彼女は次のターゲットを探す。
「はっ、はっ……あああああ!」
背後からの不意打ち。ストレスによる過呼吸を隠しもせず、剣を持った少女が黒髪の少女の左腕を斬り落とす。
黒髪の少女は、剣の少女の眼鏡を撃った。
眼鏡のフレームがひしゃげ、弾き飛ばされる。
剣の少女が地面に倒れ、そのドローンが落ちた。
黒髪の少女は走り出す。最後の敵を追い詰める。左腕からは黒い泥が溢れている。心臓の傷と同じように。
武器である銃弾を無駄にはできない。残りの銃弾が一発であることを“僕”は知っていた。
最後の敵であるギャル風の少女が、動いていないコーヒーカップコーナーへ駆け込む。
黒髪の少女はそれを追いかけ──膝から下の両足を失った。
「は、ハハ! やった! あーしの罠にハマッた!」
コーヒーカップの間には、不可視の強靭なワイヤーが張り巡らされていた。
罠の位置を把握していたギャル風の少女にだけは構造がわかっていたのだ。
おそらくそれが、彼女に与えられた“武器”だった。
痛覚の存在しない彼女たちにとって恐ろしいトラップだ。黒髪の少女は両手だけを使ってコーヒーカップの裏に隠れる。
「こ、ここ、殺してやる! あーしはお金をいっぱいもらって、テルくんと一緒に幸せになるんだ!」
ギャル風の少女が、黒髪の少女が隠れているコーヒーカップの影を覗き込んだ。
銃声。
少女が大事そうに持っていたスマホが粉々に砕け散った。
どさりとギャル風の少女が倒れる。彼女の背後にいたドローンもその場に落ちた。
戦いは、終わった。
僕は黒髪の少女へ近づいていく。
「勝者。タカシナ・サスラ」
「……うん」
「大丈夫?」
心臓を刺され、左腕を失い、両足のなくなった彼女に僕はそう言った。
「悪いけど、引き上げて」
あっけらかんとした答えに「了解」と返す。
僕は牽引用のアームを展開し、彼女の両腋にフックを差し込んだ。
2
このデスゲームに参加している彼女たちは、例外なく“不死”である。
痛覚のなくなった肉体は血液の代わりに“泥”を出して負傷部位を包み、時間をかけて癒すのだ。
たとえそれが骨でも内臓でも関係ない。毛髪、眼球、心臓、脳といった替えのきかない部位であっても、泥は元に戻してしまう。最初から、なにごともなかったかのように。
「いつもありがとう」
左手の五指を黒い泥で泡立たせながら、彼女は言った。
今回は負傷範囲として、左腕が一番広かった。肘から先を全部戻さなければならない。だから治りが最も遅かったのだ。
「いいんだよ。気にしないで」
僕は抑揚のない電子音で答えた。
彼女はデスゲームが終わった後、足の治りを待って、すぐに帰宅した。送りはあっても迎えはない。そんな彼女の不自由な左手をサポートしたのが僕だった。
遊園地があることだけが取り柄の田舎町だから人の目は多くないが、不自然さは出る。僕がいることで、欠損部位を隠すサスラの人体サポート用ドローンだという建前ができる。それを利用した形だ。
運営としては帰宅中に襲われるのもエンタメのうちだということなのだろう。本当に悪趣味な連中だ。
サスラは今日の戦利品をテーブルの上に並べた。
そこには無数の“壊れた鍵”が置いてある。
「髪飾りと、眼鏡と、スマホ」
「今回もバリエーション豊かだね」
「このままだとテーブルの上に乗り切らなくなるね」
そこにはマグカップ、腕輪、ナイフにイヤリングといった多種多様な鍵がある。
「捨ててしまってもいいんだよ」
「ううん。彼女たちを自由にした証だから」
僕にとってはガラクタでも、サスラには大事なものらしい。
鍵──別名・ジンキとも呼ばれるそれは、様々な形式をとる“不死の心臓”だ。
彼女たちは鍵を持つことで“不死”を手に入れ、ゲームへの参加資格を得る。
ゲームに勝利した少女は、運営が叶えられる限りの願いを叶えるのだ。
「サスラは本当に他の願いを叶えようとは思わないの?」
「不死をゼロにして、このゲームを終わらせるのが、私の目標。他に願いなんてないよ」
──自分以外の全員の不死を解いて、家に帰す。
それが、サスラが勝利した際に運営へ伝える願い。
二戦目以降、ずっと一貫して、サスラはその願いを叶え続けている。
敵は皆、不死だ。
殺しただけでは終わらない。
負けても、次のデスゲームへ引き込まれてしまう。
そんな悪夢の連鎖を封じるため、サスラは“不死の心臓である鍵”を破壊し、彼女たちを自由にし続けてきた。自由になった彼女らは不死であったことを忘れ、全員が元の生活へ帰っている。
「ただ今日は、ちょっと疲れたかも」
「激戦だったからね」
サスラは部屋着のまま、ベッドにそっと横になった。
鍵である胸元の赤いブローチが部屋の灯りを反射する。
美少女である彼女の艶やかな仕草を僕の目《レンズ》が映すと、右下に表示された数値が「2000」から「3000」へと変化した。
僕の目《レンズ》を通してサスラを見る者たち。アクティブユーザーの数だ。
強く、美しく、影のあるサスラには一定の支持層がいて、その数は十万から二十万に上ると推測されている。
「ね。少し二人きりでお話ししたい」
サスラは僕を人間のように扱う。だからこそ、僕は自分に与えられた使命をまっとうしようとする機能を疎ましく思う。
「ごめんね。今日の日常視聴満足度や規定インプレッションが達成されていないから、放送を切ることができないんだ」
「……ゲームがあったのに」
「キミの日常を楽しみにしている層も多いからね」
サスラは起き上がって、長いまつげを伏せた。
無言でベッドから下りて歩き出す。僕は彼女の後を追いかけた。
サスラがトイレの扉の前で止まる。
こちらをジト目で見て、指先でレンズを押し返した。
「趣味悪いよ。ヘンタイ」
右下の視聴数が一気に跳ね上がった。
◇◇◇
『本日の規定インプレッション達成。プライベートモードへの移行を許可します』
僕の内蔵スピーカーが、僕ではない女性の声で言った。
放送を一時中断すると、サスラは飛んでいる僕を優しく掴む。彼女はベッドの上に座って、僕をふとももの上に置いた。僕はプロペラを停止させ、彼女の体温を感じとる。
……なぜだろう。
ここ最近の僕は彼女のことをもっと知りたくなっていた。
「サスラはなぜ、こんなにつらい戦いを続けるの?」
「覚えてる? 私が最初に戦った女の子のこと」
もちろん機械の僕が忘れるはずもない。
──サスラの最初の相手。
それは、どこにでもいる、普通の女の子たちだった。
サスラも普通の女の子だったから、最後に残った二人の戦いはあまりにも悲惨だった。
『もうやだ……どうしてこんなことしなくちゃいけないの……?』
相手の少女は涙を流し、震える手に持つ銃をサスラに向けていた。
『わからない……わからないよ……』
サスラはまったく使えもしない短剣を落として、その場に座り込んだ。最後の二人になるまで、サスラはわけもわからず逃げ続けていたのだ。
『死なないとか、意味わかんないよ! 化物になるくらいなら、願いなんて叶えなくていい! こんなものもいらない!』
少女が自分の鍵であるキーホルダーを地面に叩きつけた。背後に飛んでいるドローンが、鍵を映すために少女の横を浮遊する。
『私を、普通の人間に戻してよ!』
少女はドローンを銃で撃つ。壊れたドローンが地面に落ちた。少女は続けてキーホルダーに残弾すべてを撃ち込んだ。
『こんなことを望んでいたわけじゃない! こんな、こんな──』
ぷつん、と電源が落ちたかのように少女が倒れた。
『ぇ……?』
『勝者。タカシナ・サスラ』
なにが起きているのか理解していないサスラに、僕は勝利を告げた。
少女はドローンを破壊し、不死の心臓である鍵をも自分の手で壊した。
相方のドローンと少女たちはなんらかの方法で生命を紐づけされており、ドローンが壊れることは自らの緩やかな死と敗北、願いの喪失を意味する。その上、鍵まで壊したものだから不死を失い、その少女は“完全に死んだ”のだった。
この世に神などという不確かな存在はいないのだと、僕は機械ながらに思ったのを覚えている。
それ以来、サスラは『自分以外の全員の不死を解いて家に帰す』という願いを望んでいる。
まるで、彼女に対する贖罪のように。
「──私ともうひとり……最後の二人になった時、このゲームは終わる」
サスラが最後の敵を倒し、願いを使って不死を根絶した時。
それが、僕たちの別れの日でもある。
サスラは僕を持ち上げ、僕の目《レンズ》をじっと見つめた。
「私は最後まで生き残れるかな……?」
彼女にしては珍しい弱音だった。
放送中は決して見せない、僕だけに見せてくれる真実の顔。
「最後まで生き残るだけじゃない。サスラは必ず勝つんだ」
機械の合成音声で発せられたはずの言葉に、僕の回路が熱を持つ。
サスラは目を大きく開き、強く頷いた。
僕はいつしか、彼女の一番のファンになっていた。
3
それからもサスラはデスゲームに勝利し続けた。
「勝者。タカシナ・サスラ」
洋館で戦い、廃病院で戦い、放棄された校舎でも戦った。
「鍵の置く場所、どうしよう」
「どんどん重ねていくとか?」
「窮屈かもしれないけど、我慢してね」
彼女が勝利するたび、テーブルの上にある鍵は増えていき──
恐るべき戦績を持つ彼女はやがて別の名前で呼ばれるようになっていった。
「お前……噂の女か」
「噂?」
「すべてを飲み込む底なし沼。“泥濘の姫”」
銃弾や刃を浴びても怯みはしない。全身を黒い泥で泡立たせながら敵の鍵を砕く姿は、怪物すらも飲み込む底なし沼そのものだ。
黒い泥にまみれ、泥の中にすべてを飲み込んでいく少女。
彼女が現れた戦いには、抜け殻の少女だけが横たわる。
“泥濘の姫”はこのゲームを終わらせようとするサスラにぴったりの呼び名だった。
戦って、戦って、戦い続けて。
三年の月日が流れようとしていた。
あどけなさが消えたサスラは、すれ違えば誰もが振り返るほどの美しい大人の女性へと成長していった。
僕は彼女の傍で、すべての戦いを映し続けた。
頻繁に開催されていたゲームは週に一度、月に一度とその間隔を広げていき。
対戦相手の人数も、五人から四人、四人から三人へと変わっていった。
運営は、不死の少女を増やそうとはしなかった。
適性のある少女が足りていないのか、鍵が残り少ないのか、はたまた他の理由があるのかはわからない。
ただなんとなくではあるが、ゲームの終わりを待つユーザーの“熱”のようなものがあった。
日がたつごとに視聴者の同時接続数は雪だるま式に増えていき──
ついに、その日が訪れた。
「はじめまして。タカシナ・サスラ。私はアサギリ・ミレン。まさか百戦錬磨の“泥濘の姫”が私と近い年齢だったなんてね」
ゲームに参加したのは、二人のみ。
一対一の殺し合いの場に選ばれたのは、最も人気の高い遊園地。
武器はなんでも好きなものを使用可能。
視聴数は見たこともない、まさに桁違いの数字。
そのすべてが、サスラの勝利でデスゲームが終わる可能性を示唆していた。
「私は十六歳の頃からこのゲームに参加しているの。あなたは?」
「十五」
「へえ。初めて年下の子に出会ったわ。どんどん知り合いがいなくなっていくものだから、誰かが“消して”いたのには気づいていたけれど」
相手の少女は夜闇に輝く金髪を払った。
「にしても困ったものね。これから先、ずっとあなたと戦い続けなければならないなんて」
「戦い続ける?」
「だってそうでしょう? 残っているのは私たちしかいない。ならば私があなたを殺して勝利しても、次の相手はまたあなた。永久に二人の戦いが続いていく」
「私が勝てば、それで終わる」
金髪の少女は懐中時計を取り出し、時間を確認する。
「……やれやれ。あなたには欲望というものがないの?」
「この戦いを終わらせる。すべてを終わらせて、人間として死ぬことだけが希望」
そう──化物の身体を捨てて、人間の尊厳を守ることこそが、サスラの願い。
「はあ……お金も、力も、美も手に入るというのに。ゲームがなくなれば“願い”を叶えられなくなる。ひとりでも敵が残っていれば私の欲望を叶え続けられる。相手としては薄気味悪いけれど、仕方ないわ」
ぱちん、と懐中時計の蓋を閉じて懐《ふところ》にしまう。
「これからは、あなたを殺し続けるとしましょう」
金髪の少女ミレンが腰に差した刀を抜いたと同時に銃声が響いた。
いともたやすくミレンの額《ひたい》が撃ち抜かれる。サスラが手にした銃口からは煙が立ち上っている。
「……終わった。やっと」
サスラに迷いはなかった。
盛り上がりや余韻など一切不要。
当然だ。この一瞬のために戦ってきたサスラは、いち早くゲームを終わらせることこそを欲していたのである。
サスラがミレンに近づく。
「不死少女たちのデスゲーム。最終戦開始」
ミレンのドローンが的外《まとはず》れにそう告げた。僕はある程度運営の命令を無視していたから、開始宣言は僕のスピーカーから出力されなかったのだろう。やはり今回が最後なのだ。
サスラが倒れたミレンの内ポケットに手を入れ、鍵を探し始める。あの懐中時計を。
ミレンの額から泥が溢れた。一点だけを見つめていた眼球が、ぐるりと動く。
「っ……!」
サスラが反射的に首を守った。
刀がサスラの左腕を裂く。
サスラは危険を察知してミレンから距離をとった。
ゆっくりとミレンが起き上がる。
「……さすがね。射撃精度が尋常じゃない。舐めていたわ」
ミレンの目は奈落の底のように暗い。
「でも次はない。今度は私があなたを殺してやるわ」
言うが早いか、ミレンがサスラに向かって駆けだす。
サスラは応戦して銃を撃つ。ミレンの肩と眼球、足に当たったが彼女は構わずサスラに向かってくる。彼女はもう、人間をやめていた。痛みや死を超越し、ただ欲望のままに動く怪物になっている。
サスラはミレンからの袈裟斬りを受けた。左手の薬指と小指が宙を舞う。サスラの射撃レベルに並べるほどに、ミレンの剣術は研ぎ澄まされている。痛みはないはずだが、泥が治癒するまで左手で銃を握ることは難しい。
近距離戦では分が悪い。すぐさまそう判断し、サスラはミレンに蹴りを入れた。
ミレンが吹き飛ぶ。サスラはその隙に背を向けて走り出す。
「ハハハハ! 無様に逃げ出すのね! 待ちなさいな!」
ミレンがサスラの背を追いかけてくる。僕はサスラの少し後ろを飛びながら、ミレンが突飛な行動を起こさないかを警戒した。
「サスラ!」
僕の声に反応して、サスラが横に飛ぶ。サスラが進むはずだった場所を銃弾が突き抜けた。
「すごい! よく躱したわね! 今までの獲物とは格が違うわ!」
ミレンは右手に刀、左手に銃を持っていた。
サスラは一瞬だけ僕を見る。
僕──一度も助けたことがない、いや、助けるはずのないドローンが肩入れしたのだ。サスラの動揺は大きいだろう。
でもサスラを守ることができた。僕はそれを誇らしく思った。
サスラが走って建物の中に入る。看板には『ミラーハウス』と描かれていた。
薄暗い館内へ飛び込むと同時、四方八方の合わせ鏡に泥まみれのサスラと僕の姿が無数に映し出された。
瞬時に判断し、サスラは鏡の迷宮の奥へ向かって走り出す。
遠く背後から足音が聞こえ、ミレンもミラーハウスに侵入したことがわかった。
サスラは息を殺して迷宮を巡り、ミレンの背後へと近づく。この施設のことは隅々まで知り尽くしていた。
「アサギリ・ミレン!」
サスラの声に反応し、ミレンが“前方”を確認する。
「みぃつけ……」
ミレンが銃を向け、
「たぁ!」
背後を振り返って銃を撃った。
僕は勘違いしていた。
この長すぎる三年を戦い抜けてきたのはサスラだけではない。
ミレンもまた、百戦錬磨の怪物だった。
鏡を使って背後を取るというトリックを彼女は逆手にとったのだ。
僕の身体《ボディ》は反射的に動いていた。
銃弾がプロペラを弾く。
弾丸はわずかながらにベクトルを変え、サスラの頬をかすめた。
「なっ……!? なぜドローンが!?」
驚愕するミレンへ、サスラが突進していく。
ミレンが残りの銃弾をサスラへ撃つ。
その弾丸はサスラの肩、胸、脇腹、足を撃ち抜く。
それでもサスラは止まらない。受けた傷から泥を出して再生させながら、ただただ目標へ向かって走る。
尊厳を守るために生きた少女と、欲望の赴くがままに生きた少女の最後。
似て非なる鏡像である彼女たちの勝敗を分けたのは、運や実力ではない。
──執念、だった。
サスラが腕を伸ばす。
「チィッ!」
ミレンが銃を投げ捨て、刀でサスラの腹部を突き刺した。
そのまま横に薙いで骨ごと胴体を寸断しようとするミレンの手をサスラが掴む。
ミレンの身体を押し倒し、すかさず銃をミレンの内ポケットへ向ける。
ミレンがサスラの顔を掴んで爪を立て、がむしゃらに押し返そうとする。
「やめろっ……やめろおおおおおお!!!」
懐中時計のあるミレンの内ポケットへ的確に狙いを定めて、サスラが引き金を引いた。
銃声。そして静寂。
相手のドローンが、硬質な音を立てて床に落ちた。
鍵を失ったミレンが、抜け殻になったのだ。
僕の画面に表示される『WINNER タカシナ・サスラ』の文字。
爆発的に高まる視聴者数。
ひしゃげたプロペラを回転させながら、僕はサスラに近づいて、いつも通りの問いを投げかけた。
「サスラ。最後の願いを聞かせて」
「……うん」
彼女はいつも通りに頷いて、
「彼女──アサギリ・ミレンから不死をなくし、家に帰してあげて」
いつも通りの願いを答えた。
僕がサスラの願いを運営へ送信すると、すぐに返信がやってきた。
「キミの願いは、受理された」
サスラはふらふらと鏡の壁によりかかって、僕を見上げた。
「ね。二人きりで話したい」
配信は熱狂の渦中にあった。今ここでネット通信を遮断するのは運営への明確な反逆であり、ドローンにとっての自殺行為でもある。僕の画面には『警告:規約違反』の文字が浮かんでいた。僕はアラート音を無視して配信を強制終了した。
「これで二人きりだ。誰も見ていない。おめでとう、サスラのおかげで不死はもういなくなったんだよ」
「ううん。もうひとり残ってるんだ」
意味が理解できなかった。CPUが能動的な処理を拒んでいた。
最後に残った不死。それは──
「私の鍵を壊してほしい。ここまでずっと一緒にいてくれた、あなたに」
「そんなことをしたら、キミは──」
僕は、わかっていたはずだった。
この戦いが、サスラの死によって完全なる終わりを迎えることを。
サスラが頷いた。僕たちの間に、それ以上の言葉は不要だった。
僕はひしゃげたプロペラを最大限まで稼働させた。スラスターを限界まで噴射し、サスラの胸元にある赤いブローチめがけて突進する。
ブローチは簡単に砕け散った。
衝撃によって、腹部に突き刺さっていた刀が抜け落ちる。
サスラの肉体をまとっていた泥がゆっくりと血液に変わっていく。
サスラが呻《うめ》いて、ずるずると力なく床にへたり込む。
それは不死を失った代償。痛覚が戻ったことによる反応だった。鍵を失えば不死性を失い、負った傷の通りに命は尽きる。
三年間忘れていた激痛が彼女の中に戻っていく。焼けるような内臓の痛み、骨が軋む痛み、それこそが生きていることの証明。サスラは怪物ではなく、人間の少女に戻ったのだ。
「ああ……痛い。痛いなぁ。あなたのおかげで、生きることの痛みを思い出せた……」
サスラの呼吸が細くなっていく。
僕はふらふらと彼女の手のひらへ着地した。
彼女のふとももに乗っておしゃべりした時の温もりを思い出す。サスラは緩やかに体温を失い、死へと向かっていく。
僕の目《レンズ》がサスラを映し出す。
安らかな表情だった。
僕の中には、サスラと共にすべてをやりきったという誇りと満足感があった。
「ありがとう。あなたのおかげでここまでがんばれた。本当に、ありがとう……」
サスラの最後の言葉に、僕も最後の言葉を返す。
「がんばったね。おやすみなさい。サスラ」
サスラの閉じたまぶたから一筋の涙が流れた。
僕はそれを見て深く満足し、全機能をシャットダウンさせた。
了
お読みいただき、ありがとうございます。