「本日はお越しいただきありがとうございますっ、鑑定士様!」
「う、うん……こちらこそ、お招きありがとう」
僕はクロバネさんに招かれて、魔女の家──の屋根裏部屋。彼女のプライベートな私室へと招待されていた。僕の来訪に備えてか、部屋の隅々には雑多な品々が押しのけられていて、ソファとテーブルの周辺だけが不自然に片付いている。
私服姿のクロバネさんが用意してくれた
一緒にゲームでもいかがですか? と言う誘いに乗ってやって来たけど……異象ボードゲームである九百九十九夜のことを思い出してみれば、一言にゲームと言っても内容を予想するのは簡単なことじゃない。彼女のハイテンションっぷりを考えれば猶更だ。
「それで今日は、ゲームをするって話だけど……」
「そうなんですのっ。早速説明させていただきますわね!」
僕がゲームについて切り出せば、クロバネさんは我が意を得たりとばかりに何かを取り出した。テーブルを挟んで僕の対面に座り、品の良いケースの蓋を開いて見せてくれたのは──。
「占い用のカード……?」
それはクロバネさんが占いを行う際に使っているカードのように映った。けれど、彼女は軽く首を横に振る。
「製法に共通点が多いので、そう思うのは無理もありませんわね。こちらはカードゲーム用の札なのです」
「カードゲーム」
九百九十九夜のように盤とダイスを使うのではなく、このカードを使って遊ぶということらしい。
「私がユグアッシュ廷に所属していることはお話ししたと思いますが……ユグアッシュ廷は
ユグアッシュ廷──異象管理局やグーヘロス島に並ぶ公的機関とのことで、確かに僕はクロバネさんがそこに所属していると聞いていた。魔女の家自体がユグアッシュ廷の関連機関だとも。
「このカードゲームは、ユグアッシュ廷による異能者への啓蒙活動の一環として作られたのです。まだ試作段階ですけれど」
クロバネさんは説明しながら、ケースの中の紙束、その上から二枚を抜き取ってテーブルに並べた。そのカードに描かれていたのは……。
「! 僕と、クロバネさん……?」
アニメチックなイラストではあるものの、間違いなく僕とクロバネさんだった。
「えぇ! 互いに異能者のカードを操って勝敗を争うゲーム……その名も、異象ハンターバトル(仮)!!」
「異象ハンターバトル……!」
「カッコカリ、ですわよ鑑定士様」
次々とめくられていくカード、それらには僕とクロバネさんの他にも、見覚えのある異能者や人型異象が描かれている。店長をはじめとしたエイボンのみんな、異象管理局の部門小隊であるE.T.Dの面々まで幅広い。
「試作段階と言うことで、カードには実際の異象ハンターの皆様の容姿や能力をお借りしていますわ。本格的に流通が始まる際には、オリジナルのキャラクターに差し替わりますのでご安心くださいませ」
「まぁ……管理局隊員の異能を犯罪者が把握できちゃったら困るよね。でも良いの? 僕にこれを見せてしまっても」
「もちろん、姿や異能をお借りしている皆様には許可をいただいていますわ。試作でのみ使用すること、開発に携わっている者と鑑定士様以外には絶対に見せないこと……皆様すぐに快諾してくださいましたわよ?」
「そっか……なら、その信頼を裏切る訳にはいかないね」
「はい♪ 鑑定士様には共犯者になっていただきますわ♪」
「はは……それじゃあ、ここだけの秘密だね」
公的な事業の手伝いなのに共犯者とは……と思わなくもないけど。クロバネさんのことだ、きっと映画の影響を受けてるんだろう。水を差してションボリさせるのも可哀想だし、僕は彼女のノリには基本的に合わせるようにしている。
スーパーコンビなんだから、相棒にはいつも元気でいてもらわないとね。
「では早速、ルールの説明をさせていただきますわっ!」
「うん、よろしくお願いします」
「私の
「くっ、またシールドか……!」
クロバネさんからゲームのルールを教わって、実際に遊んでみて。そうして何度かのバトルを繰り返すと──僕は彼女と対等に渡り合えるようになっていた。クロバネさんの説明が上手かったのか、僕にセンスがあったのかは分からないけど。どちらにせよ、僕も彼女も夢中になってカードゲームに興じているのは確か。
いまのゲームは佳境に差し掛かっていて、クロバネさんの操るアドレーさん……カード名だから敬称略とのことで、"アドレー"の異能を起点に決着を迫られている。
「それだけじゃありませんわよっ。相手全体にダメージを与えたことで、"アドレー"は連環値カウンターを獲得! その全てを使用して、控えている"クロバネ"に
「呪異能の"アドレー"から魂異能の"クロバネ"に
「うふふっ。その通り、闇と魂の異能連環、"暗星"を相手に付与! このターンの終わりに大ダメージを受けていただきますわ!!」
「"暗星"だけなら耐えられる、けど──っ」
「えぇ、私はまだ"クロバネ"にチェンジしただけ、攻撃はまだ続きますわ……終結エネルギーカウンターを全て使用し、EXレール終結"鎮魂の祈歌"を発動!! 救世の魔女へと姿を変えた"クロバネ"で、相手一人に大ダメージを与えますの!!」
「ぐぁあああああああっ!!??」
僕の場で活躍していた"イロヒ"がダメージを受け、HPを大幅に削られてしまう! 直前に付与された"暗星"のダメージがこのターンの終わりに入れば、そのままゲームエンドは必至だ……!
「でっ、でもまだだ! こっちにはまだ打開策が残ってる……!」
「存じております……"リンコ"のパートナーである"さだちゃん"によって、鑑定士様の手札には"自己同一性の拡張"! すなわち"イロヒ"による回復効果が残っている……ですわよね?_」
「なっ!? なんで知って……ハッ! そう言えば……!!」
数ターン前にクロバネさんが発動したカードの効果で、僕の手札の一枚を見られていたんだった。よりにもよって、起死回生の一枚を把握されていたんだ……!
「このままターンの終わりを迎えれば、"暗星"の効果ダメージによって私の勝ちが決まります……ですがっ! それは戦闘の終わりに"自己同一性の拡張"を使われなければのお話。ゆえに、私はこのまま戦闘を続行させていただきますわっ!」
「でも、"クロバネ"は──」
「あ、あらっ。急に呼び捨てになさるだなんて……」
「あ、カード! カードの"クロバネ"の話だからね!?」
「むぅ、紛らわしいですわね……」
「クロバネさんが敬称略って言ったんじゃないか……こほん。気を取り直して──"クロバネ"はすでにEXレール終結を発動した! チェンジも異能連環も使ったばかりだ、もう出来ることなんてないんじゃないかな!?」
「ふっふっふ……甘いぞ鑑定士! 様!! ですわ!!! 私にはまだ通常攻撃の権利が残されていますもの!! そのダメージによって各種カウンターを
「しまった!!」
通常攻撃は平均的な攻撃手段で、その実情は連環値や終結エネルギーのカウンターを貯めるための行動だ。でもクロバネさんは戦闘と同時にそれらを行っていて、確かにまだ通常攻撃の権利を残していた!
「こうなったら、最後の手段……! 僕は回避カウンターを全て使い、2の修正値を得る! 目標値は4以下!! これで回避判定をさせてもらうよ……!」
本当は次の自分ターンまで残しておきたかったけど仕方ない、このまま負けるくらいなら全身全霊で抗って見せる……!!
「良いでしょうっ! さぁ10面ダイスを振ってくださいませ!」
「いくぞ──ダイスロール!!」
テーブルでサイコロが跳ねて、転がって……止まる。その値は──7! 失敗……!
「うふふふっ、まずは一撃! ですわっ! "クロバネ"は五段の通常攻撃を備えます、あと4回受けてくださいませ!」
「まだだっ! さらにダイスロール! 目標値は1減って3以下──失敗!! ぐわぁっ!?」
「さぁっ! これでトドメですわよ──ッ!!」
「僕は諦めない……! 目標値2以下でダイスロール……!」
僕は祈りながらら賽を振った。頼む、これを外したら終わりだ……!
「出目は……な!? 2で回避に成功、ですって……!?」
「や、やった! どうにか掴んだぞ!!」
思わず拳を握る。これでクロバネさんの戦闘は一区切りだ、次は僕にチャンスが訪れた!!
「回避に成功したことで、イロヒの"自己同一性の拡張"によってレール反撃を行う! これにより、ダメージを与えながら回復させてもらうよ!」
「くぅ、攻撃を止められたどころか回復までっ。マズイですわ……! わ、私も回避ロールを行います! これに成功すれば回避反撃は失敗! 回復も無効になりますものっ。目標値は7以下! ダイスロール!!」
「頼む……!」
普段はしないことだけど、この時ばかりは相手の失敗を祈ることになった。そして……その祈りは届いた!
「8! 回避失敗だ!!」
「そっ、そんなぁ……!?」
しょげるクロバネさんを内心で憐れみつつも、それ以上の興奮で僕は畳みかける!!
「レール反撃成功によって、クロバネさんのチームには隙が生まれる! そのまま僕の戦闘行動に移ったよ!!」
僕は場のカードや手札を再確認して、これならいけると確信した! それぞれのカウンターに手を伸ばして宣言していく……!
「レール反撃時に得た連環値カウンターで"鑑定士"にチェンジ! さらにバイレールスキル"鑑痕の極み
"を発動! ダメージを与えながら再び連環値カウンターを獲得!!」
「バカな!? 1ターン内に二度のバイレールスキルだと!? ですわぁ!?」
「通常の戦闘時と回避反撃時にはそれぞれ個別にカードの発動権がある! クロバネさんが教えてくれたことだよ!!」
「そうでしたわぁ……っ!」
「僕は新たに得た連環値カウンターを使ってチェンジ! 頼むよ、"ハソール"!!」
僕が控えから登場させたカードに、クロバネさんは嘆きの表情を驚愕に塗り替える。
「霊異能の"イロヒ"から光異能の"鑑定士"! これにより"創生"の異能連環を発動させ、さらに相異能の"ハソール"まで!! 続く"延滞"が起こったと言うことは……! まさか!?」
「そのまさかだよ!! "創生"と"延滞"を続けて発動すれば"充蓄"が発生し、終結エネルギーカウンターを獲得する! これにより、今この瞬間! "ハソールは"EXレール終結"鉄騎速達"を発動!! 固有のサンダースピード
「しかも、私の"クロバネ"は"延滞"によって回避ロールを行えなくなってしまいましたわ……! で、ですがっ! "ハソール"のサンダースピード
「ふふ……甘いぜクロバネ! さん!! だよ!!! "ハソール"がサンダースピードを
「な……ッ!? と言うことは、"イロヒ"のレール反撃時に……!!」
「そうさ!! "ハソール"のサンダースピード
「どっ、どわぁああああああッ!!??」
「ハチミツ茶をどうぞ」
「ありがとう……こくっ。っ、はぁ……喉に染みわたる気がするよ……」
「うふふ、はしゃぎ過ぎてしまいましたわね。お楽しみいただけたようで何よりですの」
「あはは……まさかこんなに熱くなっちゃうなんてね」
何度も激戦を繰り広げて。負け越してはいるものの、今日のカードゲームは最後を勝利で飾ることが出来た。熱心に感想戦まで終えて、いまは片付けたテーブルの上に広げたお茶とお菓子を摘まんでいるところ。
「はじめて遊んだけど……カードゲーム、すごく面白いね。実際に買えるようになるのが楽しみだよ」
「その時はきっと、異象カードゲームとしてお披露目となるでしょうね。啓蒙として広めるには、カウンターなどの取り扱いが難しいですから……」
「なるほど……異象ボードゲームの九百九十九夜みたいに、ゲームの方で色々と処理してくれるようになるんだ。期待が高まるね!」
でも、その時には僕たちが遊んだように、友人たちが描かれたカードは使えない。そう考えると、ちょっと物寂しいような気がしちゃうね。
「でも……良いのかな? 今更だけど、異象について知り過ぎるのは良くないってどこかで聞いたような……?」
「浸食、のことですわね? 人間が異象に近づき、その理解を深め、研究を深めるほどその影響を受けやすくなってしまう。鑑定士様の仰る通り、このカードゲームについてもまさに浸食を考慮してゲームデザインがされましたわ。具体的には、カード化するのは異能者とその能力に限り、敵対的な異象を取り扱ってはならない……などですわね」
「危険な異象の情報を直接扱うのは避けて、あくまで異能者についての知識を学んでもらうためってことだね。……このカードゲームを遊ぶことで、実際にどういう知識を得られるのかはピンと来てないけど……」
「後天的に異能に目覚めた人が、その扱い方をはやく心得るため、と言うのが主ですの。どういう異能がどういう特性を持つのか、それらは相互にどう影響しあうのか。そして、現実で振るえば他者にどれほどのダメージを与えうるのか……ゲームを通して学んでおけば、突然の覚醒に戸惑うことも少なくなるでしょうから」
「へぇ……! 言われてみればそうだね。僕は異能に目覚めたときの記憶が無いから、想像しか出来ないけど……うん。たしかに、このゲームは役立ってくれそうだよ」
「他にも、異能に対する迷信や偏見を減らすと言う目論見もありますわ。一見不可思議な異能やそれを扱う者も、体系化し、理解することが出来る……。知らないから人は恐れ、遠ざけるのだとすれば──遊びながら楽しく学ぶうちに、自然とそれらは解消されていくことでしょう……。すぐに、とはいかないでしょうけれど、ね?」
カップを片手に柔和に微笑むクロバネさん。その笑みに、見知らぬ誰かのために痛みを背負ってきた彼女の。その意志が生まれた理由を垣間見たような気がした。
「……もし、僕で力になれそうなことがあったら、いつでも言ってね。楽しい試遊だけじゃなくて、もっと大変な作業でも。なんならこのカードゲームのことじゃなくたって──僕たちはスーパーコンビなんだから。でしょ?」
僕の申し出に、クロバネさんは……パァっと、花開くような満面の笑顔を見せてくれた。
「えぇ! 私たちは、宿命のハイパーバディですもの!!」