六月の半ばを過ぎると、美浦トレーニングセンターの朝には湿り気を帯びた重い空気が立ち込めるようになる。
朝の調教がひと通り終わったあとの静かな厩舎裏で、私は一人、練習用の木馬に跨っていた。
『馬が「もうこの辺でやめたい」と思ったところから、人間の技術と気合で首根っこを掴んで、もう一完歩、もう一馬身を無理やりにでも捻り出させるのが騎手の仕事だ』
先月の東京競馬場で、二番人気のシャドウレガリアに乗って八着に敗れたあと、検量室の前で葛城さんに言われた言葉が今でも耳の奥に残っている。
あれから一ヶ月、私の通算勝利数は二十一勝まで増えていた。数字だけを見れば順調だと言われるけれど、勝たせてもらったのはどれも、馬の嫌がることを避けたり、走りやすい進路を選んだりしたことで、馬が自分から気持ちよく走ってくれたレースばかりだ。
私は木馬の上で低く構え、右手に握った短い鞭を、葛城さんのフォームを思い浮かべながら力いっぱい振り下ろした。
バシッ、とゴムのパッドを叩く乾いた音が響く。
けれど、腕に力を込めて強く叩いた瞬間、その反動で私の軽いお尻が鞍からぽんと跳ね上がった。浮いた身体を支えようとして、手綱を握る左手が無意識のうちに後ろへ引けてしまう。これでは右手の鞭で「行け」と言いながら、左手の手綱で「止まれ」と言っているのと同じだった。
実際、先週の東京のレースでも、私は最後の直線でこれをやってしまった。
ゴール前で脚色が同じになった馬をなんとか動かそうと、見様見真似で腕を振って強く鞭を入れたところ、自分の重心が浮いて左の手綱を引いてしまい、馬は驚いて外へヨレた挙げ句に三着へ取りこぼした。
前世の私は百八十センチを超える大男だったから、いざ力を込めようとすると、どうしても当時の「腕力で押さえつける感覚」が身体の奥から顔を出してしまうらしい。今の百四十八センチしかない体格では、細い腕の力だけで馬を動かそうとしても、自分の身体の方が弾き飛ばされるだけなのに。
木馬から降りて肩で息をついていると、厩舎の通路から「おーい、河瀬」と呼ぶ声がした。
タオルで首の汗を拭きながら戻ると、深町先生が事務所の入り口で手招きをしていた。
「さっき、蓮見調教師から電話があってな。福島の二週目にある七夕賞に、ストームカデンツァを出すそうだ。その鞍上に、お前を借りられないかと言われた」
「えっ……七夕賞って、重賞ですよね?」
「ああ、そうだ。ストームカデンツァは五歳の牡馬で、去年の秋にオープン特別を勝っている馬だ。ただ、その後は重賞で二桁着順が続いていてな。今度の七夕賞はハンデ戦だから、おそらく五十キロ台の前半――かなり軽い斤量になる見込みだそうだ」
「あっ、そっか。重賞だと私の四キロ減はなくなりますけど、ハンデ戦なら最初から軽いんですね」
「そういうことだ。減量特典のない重賞で五十キロそこそこを背負える騎手となると、どうしても数が限られる。お前なら無理な減量もいらないしな。それに蓮見さんは、お前がよその癖馬を喧嘩させずに走らせているのを聞いて、一度乗せてみたいと思ったそうだ」
深町先生は眼鏡の位置を直し、私の顔を見た。
「お前にとっては初めての重賞騎乗になる。相手は揃うが、受けてみるか?」
「はい! ぜひ乗せていただきたいです」
私は背筋を伸ばして頭を下げた。自分の技術にまだ足りないところがあるのはわかっているけれど、重賞の舞台に乗せてもらえる機会を断る理由などなかった。
しかしその夜、寮のベッドでタブレットの再生バーを巻き戻しながら、私は腕を組んで考え込んでしまった。
画面の中のストームカデンツァは、綺麗な栗毛の馬体をしていた。昨年の秋にオープン特別を勝ったときの映像では、好位から力強いストライドで抜け出している。
ところが、その後の重賞での負け方は驚くほどバラバラで、あるレースではゲートの中で立ち上がって大きく出遅れ、後方から何もできずに終わっている。かと思えば次のレースでは、スタート直後から猛烈に引っ掛かって向こう正面で先頭に並びかけ、四コーナーの手前で失速していた。さらに前走では、馬群の真ん中でずっと窮屈そうに首を振り続け、直線で前が空いても伸びあぐねている。
ユウギリバロックのように「三コーナーで息が苦しくなって手前を替えられない」といった分かりやすい共通点が見当たらない。
何が原因なのか見当もつかないまま、私は翌週の水曜日、一週前追い切りに跨る日を迎えた。
◇
水曜日の朝、自厩舎の調教を終えて蓮見厩舎を訪ねると、日焼けした顔に柔和な皺を刻んだ蓮見先生と、担当の厩務員さんが迎えてくれた。
馬房から出てきたストームカデンツァは、五百キロ近い引き締まった馬体をした栗毛馬だった。洗い場での立ち姿は大人しく、私が鼻先に手を伸ばしても嫌がる素振りすら見せない。脚元や背中の筋肉にも、痛みを庇っているような硬さはなかった。
「厩舎にいる分には、こうして手が掛からない奴なんだがね。ウッドコースで五ハロンから時計を出す予定だから、まずは感触を確かめてきてくれ」
蓮見先生に送り出され、私はカデンツァの背に跨って美浦のウッドチップコースへと向かった。
コースに入った直後のキャンターも素直そのもので、私はこれなら普通に回ってこられそうだと胸を撫で下ろしかけた。
そのとき、私たちの百メートルほど前方を、他厩舎の調教馬が二頭、併せ馬で駆け抜けていった。
その馬影が視界に入った瞬間、私の下でカデンツァの背中が跳ね上がった。
荒い鼻息とともに耳が後ろへ絞られ、前の二頭を追いかけようと、首を起こして猛烈な勢いでハミを噛みしめたのだ。
(あっ、だめ! まだ時計を出す場所じゃないよ!)
私は咄嗟に腰を深く落とし、手綱を引いた。葛城さんのように、自分の意思で馬を動かさなければ。腕に力を込めて、カデンツァを上から抑え込もうとした。
しかし、強い力でハミを引いた途端、カデンツァは激しく反発し、顎を突き出して口を割った。手綱を引けば引くほどカデンツァは意地になって頭を高く上げ、首を左右に振りながら暴走気味に前の馬を追いかけ始めた。
私は鞍上で体を揺さぶられながら必死に引っ張り続けたが、結局コーナーを回る頃にはカデンツァの方がすっかり力み返って息を乱し、最後の直線では脚が上がってバラバラのフォームでゴール板を駆け抜けた。
コースの出口へ戻ると、ストップウォッチを手にした蓮見先生が静かに待っていた。
私は馬から降りると、自分の腕の痺れを隠しながら深く頭を下げた。
「すみません、蓮見先生……! 向こう正面で引っ掛かってしまって、全然うまく抑えられませんでした」
「いや、気にしなくていいよ、河瀬くん。初めてこいつに乗る人は、みんなこうなるんだ。来週の最終追い切りまでに、また少し馬具を工夫してみようか」
蓮見先生は怒ることもなく、汗だくになって荒い息を吐いているカデンツァの首筋を撫でながら、淡々と言った。
そもそも私に声がかかったのは、私が馬と喧嘩をしない騎手だと思ってくれていたからなのに、慣れない力で抑え込もうとして喧嘩をしてしまった。
でも、カデンツァのことはだいぶわかった。前に馬がいると我慢がきかない気の強い子だ。問題は、この子をレースでどう乗れば良いのか私には見当がつかないことだった。
◇
その週の木曜日。朝の調教が落ち着いたあと、私は深町厩舎の周りでアサギリマーチの引き運動を手伝っていた。
梅雨の晴れ間の蒸し暑い日で、運動場の脇には雨水を吸った青草が茂っている。
私が曳き綱を持ってゆっくり歩いていると、隣を歩いていたマーチがふいに道端のクローバーに目を留め、そちらへ首を伸ばそうとして足を止めた。
「こら、マーチ。今は運動中だよ」
私は昨日のカデンツァのことが頭に残っていたせいか、無意識のうちに曳き綱をグッと強く引っ張ってマーチの顔を正面へ戻そうとした。
すると、普段なら素直なはずのマーチが、急に引っ張られたことにムッとしたように耳を伏せ、四本の脚を地面に突っ張ってその場に根を生やしてしまう。私が前へ引けば引くほど、マーチは首を低くして後ろへ体重をかけ、梃子でも動かないといった顔で踏ん張る。
引っ張り合いになった曳き綱を見つめて、私は小さく息を吐き、腕の力をすっと抜いた。
地面に自分の足で立って綱を持つと、前世で何年も馬を曳いて歩いていた頃の感覚が自然と身体に戻ってきた。
五百キロの生き物と正面から綱引きをして人間が勝てないことなど、厩務員だった頃から嫌というほど知っていたはずなのに、いざ鞍の上に跨ると、そのことを忘れて小さくなった腕の力でどうにかしようとしていたのだ。
私はマーチの顔を無理に引っ張るのをやめ、曳き綱を張らず、緩めずの長さで持ったまま、マーチの左肩のすぐ横へと自分の立ち位置を移した。マーチが草の方へ首を向けようとする角度だけを自分の肩でさりげなく塞ぎ、私自身が前を向いて、一定の歩調で淡々と足を踏み出し始めた。
引っ張るのをやめると、マーチの脚から踏ん張りが抜けた。そして、すぐ横で人間が迷いなく一定のテンポで歩き始めたのを感じると、耳を前へ向け、自分からすっと脚を出して私の隣に並んだ。
そのまま二周ほど運動場を歩き、馬房の前に戻ってくると、マーチがいつものように私の作業着の袖を唇でつまんで引っ張った。
「だめだよ、マーチ。前も言ったけど、ないものはないからね」
私が袖を引っ張り返さず、かといって甘やかしておやつを出すこともせず、ただ掌で鼻先をぽんと軽く押さえると、マーチはあっさりと布を離して馬房の中へと入っていった。
◇
日曜日には来週の七夕賞の特別登録馬が発表され、翌月曜日、ストームカデンツァのハンデは五十一キロに決まった。
そして迎えた水曜日の最終追い切り。
再び美浦のウッドコースに出たカデンツァは、先週と同じように、前方を走る他厩舎の馬を見つけるなり耳を絞ってハミを噛んだ。そのさらに外側にもう一頭、遅いキャンターの馬がいる。
私は先週のように腕に力を込めて手綱を引くのをやめた。
鞍の上で自分の重心を低く保ち、馬の首の動きに合わせて肘を柔らかく使いながら、手綱を張らず、緩めずに保つ。カデンツァが前へ行こうと首を突き出してくる力を、引っ張り返して止めるのではなく、一定の枠の中にそっと留めておくだけにするのだ。
そして、外側の遅い馬が視界に入らないよう、前を行く速い馬の斜め後ろへとカデンツァの位置を誘導し、「追いかける相手」を一頭だけに絞らせた。
するとカデンツァは、傍目には何事もなかったように淀みなく駆けていく。
目の前には、自分が追いつきたくてたまらない標的が一頭だけ走っている。カデンツァは荒い鼻息を吐きながらも、その馬の尻をじっと睨みつけたまま首を低く構え、私の拳の枠の中でピタリとハミを受けてコーナーを回った。
直線に向いて私が拳をほんの少し前へ送り出すと、カデンツァは待っていましたとばかりに低いフォームのまま鋭く脚を伸ばし、最後まで乱れることなくゴール板を駆け抜けた。
引き上げてきた私たちを迎えた蓮見先生と担当厩務員さんは、ストップウォッチとカデンツァの顔を交互に見て目を丸くしていた。
「おいおい、河瀬くん……。先週はあんなに口を割って喧嘩してたのに、今日は前に馬を置いて最後まで綺麗に折り合っていたぞ。いったい何をしたんだ?」
「あ、はい。カデンツァくん、前の馬を追いかけたいみたいだったので、口が痛くならないように邪魔をしないでついていっただけです」
私がそう答えると、蓮見先生は担当厩務員さんと顔を見合わせ、「喧嘩しないようについていっただけ、か……」と呟いて苦笑いを浮かべた。
その日の午後に行われた重賞出走馬の共同会見では、重賞初騎乗となる私のもとにも何人かの記者が集まった。
ストームカデンツァの気性について質問された私は、朝の感触を思い出しながら答えた。
「とても元気があって、前の馬に負けたくないっていう気持ちが強い子です。でも、こちらが無理に引っ張らなければ、ちゃんと話を聞いてくれる子だと思います」
翌日のスポーツ紙には、私の名前が思っていたよりずっと大きく載った。『新星・河瀬、重賞初騎乗』『天才少女、七夕賞に挑む』。会見で話したことが、何倍にも膨らんで書かれている。そのくせ、ストームカデンツァの印は、どの新聞を開いてもほとんど白いままだった。
◇
金曜日の夕方に福島競馬場の調整ルームへ入り、翌土曜日は六鞍に騎乗した。午前の未勝利戦でひとつ勝つことができて、私の通算勝利数は二十二勝になった。
そして日曜日。福島開催二週目のメインレース、第62回七夕賞(GⅢ)。
梅雨明けを思わせるような強い日差しのもと、パドックに出たストームカデンツァは、詰めかけた観客の熱気と歓声に当てられて朝からかなり気が立っていた。二人引きの厩務員さんに曳かれながらも首を激しく上下させ、前を歩く馬との間隔が少しでも詰まると、耳を絞って噛みつこうとするような素振りを見せる。
騎乗の合図がかかり、蓮見先生の元へ行くと、先生は少し緊張した面持ちで言った。
「河瀬くん、見ての通り今日はいつも以上に気が入っている。小回りの福島だから、道中でペースが緩む場面があるはずだ。とにかく前半で喧嘩して自滅しないことだけ頼むよ」
「はい、蓮見先生。気をつけます」
鞍に跨り、本馬場へと出る。
返し馬でも、カデンツァは近くを走る馬を見るなり追いかけようとハミを噛んだが、私は水曜日の最終追い切りと同じようにそれを受け止め、他馬と並ばない斜め後ろのラインへと誘導した。目標が定まると、カデンツァは頭を上げて暴れるのをやめ、適度な気合を保ったままキャンターをこなしてくれた。
スタンド前のゲート裏へと集まり、輪乗りをしながら周囲を見渡す。
私と同じ赤い帽子――三枠五番に入っている黒鹿毛の馬が、今回の一番人気に推されている関西馬のヴァルクロノスだった。五十七・五キロのトップハンデを背負う実績馬で、鞍上は栗東のトップジョッキーである桐生騎手が務めている。
「よっしゃ、ええ汗かいとるな、クロノス。五十七・五キロはちと重たいけど、ここのメンバーなら力でねじ伏せたるで」
すぐ近くを通り過ぎた桐生さんが、馬の首筋を叩きながら呟くのが聞こえた。四十歳前後の引き締まった横顔には、重賞を何度も勝ってきた人ならではの落ち着きがある。
その堂々とした姿を見た瞬間、私の胸の奥に、ふと東京で負けたシャドウレガリアの記憶がよぎった。
ここは未勝利戦や一勝クラスではない、GⅢの重賞だ。もし最後の直線で、あのヴァルクロノスのような強い馬と競り合いになったとき、まだ木馬の練習すらうまくできない今の私に、いったい何ができるのだろう。
「ブルルッ!」
そのとき、私の下でカデンツァが強く鼻を鳴らし、前脚で芝生をガッと掻いた。
ハッとして見下ろすと、カデンツァの耳は前方のゲートと、その向こうを歩く馬たちの姿を鋭く捉えていた。鞍の下から伝わってくるのは、レガリアのときのような冷めた無気力さではない。今にも飛び出していきそうなほど熱い、前の馬を追い抜きたいというむき出しの闘志だった。私が動かせるかどうか心配するまでもなく、この子の方は早く走りたくて仕方がないようだった。
ファンファーレが夏空に鳴り響き、スタンドから大きな手拍子と歓声が湧き起こる。
奇数番のヴァルクロノスたちが先にゲートへ収まるのを待ち、私は偶数番の六番ゲートへとカデンツァを進めた。前方の扉を見つめたままカデンツァが枠の中に立ち、背後でガシャンと重い鉄扉が閉まった。