薄暗い洞窟の中、足元を駆ける鼠と毒虫に怯えながら、ランタンを片手に僕は進む。やっとの思いでたどり着いた最奥に、目的のオンボロの棺を見つける。
たった3日間の研修を終えた僕を、一人で現場に派遣するなんて、国という大きな職場であっても社会は厳しいものだ。
おそるおそる棺を叩き、僕は声をかける。
「すみません、生活保護課です。お話しさせてくれませんか?」
ふわぁと欠伸をする声が聞こえ、棺はゆっくり開かれる。
「やれやれ、この私の眠りを妨げるなんて、余程の自信家だね」
目を擦り、ゆっくりと起き上がる彼に僕は目を奪われる。
小さな灯に照らされた金の髪は、こんな湿り気の中にいたとは思えないほどさらさらと流れ、鮮やかに赤く輝く瞳は、まるで吸い込まれるようであった。
「ふむ、初めて見る顔だが新人かな?」
「はい、新しく担当になりました。これからよろしくお願いします」
彼は立ち上がり、目を細める。しばらく僕の顔を眺めると、満足げに頷きながら話し出す。
「そうか、ならばこの高貴たる私が、君に色々教えてあげよう。私から話を聞くことができるなんて、君は王国一幸運だぞ」
愉しげに笑いながら、彼は僕に近づき、パンと強く背中を叩いてくる。想定外の痛みに引きつりそうになる顔を僕は押さえた。
「そうだな、モテる秘訣はどうだろうか。君のような冴えない顔では経験したことがないだろがね。あれは600年前、領主の娘に求婚され、13番目の妻に迎えた時の話だが・・・」
途切れることなく話続ける彼の自慢話を聞きながら、僕は前任者の記録を思い返す。
彼は年齢不明の自称貴族の吸血鬼。2年前に私を養う権利をやろうとして、保護を申請した引きこもりだ。その美貌から、彼の主張を真に受けそうになるが、吸血鬼族や他の長命種に調査した際には彼の話す事実など存在しなかったことが確認されている。
僕の今日の仕事は、そんな彼の求職活動について指導することだ。
とどまることを知らない彼の話に、ランタンのロウソクが3分の1程まで短くなっていた。彼の不興を買わぬよう、区切りがついた隙を突き、僕はなんとか今回の訪問の要件を切り出す。
「僕からも話をしてもいいですか?」
「ああ、まだまだ話はあるが仕方ない。なにかね?」
「お仕事探しについてなのですが」
すると、はぁとため息をつき、彼はやれやれと肩をすくめる。
「君たちはいつもそれだね、ああだのこうだの言うが、私に合う仕事がないのがいけないんだよ」
「といいますと?」
「そうだな、劇団の主演として、ぜひ舞台に立ってほしいと言うのであれば、考えなくもないな。誰より輝く私を崇める人がいるのは、昔を思い出して気分がいいからね」
確かに、吸血鬼が芸能活動を行う例は少なくない。吸血機会を増やすため、自分から血を吸わせてもよいと思わせる程の美貌は備わっている。
ただ、エルフやサキュバス、インキュバス、人魚など様々な種族がしのぎを削る世界であり、初舞台で立てる場とは思えなかった。
「役者経験があるんですか? それともこの保護期間で特訓を?」
「いや、ないね。私程才能の溢れる者には全てが容易なのだよ。君が私のパトロンになってもかまわないぞ!」
得意げに話すその言葉に、機嫌を損ねぬよう、僕は笑みを崩さずに尋ねた。
「それならば、他の仕事にその才能を生かされればよいのではないですか? あなたの力を求め、尊敬される職場は他にもあると思いますが?」
実際のところ、吸血鬼は引く手あまたな種族である。夜目が利く警備員、コウモリや鼠に変身して狭い隙間に入り、要救助者を救う救護隊員。高所での土木作業員など、昼は外を自由に動き回れないとはいえ、活躍の場は多くある。
「その尊敬とは便利な存在に対する物でしかないではないか。自ずから崇められることこそ私が求める物であり、人に仕えてまで得る偽物などゴミ同然だ!」
「そうかもしれませんが働かれている方は、もっとよい生活をしていますよ」
魔王を倒した勇者と戦って、勝てる訳もないと吸血鬼達は現在、そのほとんどが人との融和を容認する穏健派だ。餌相手から施しを受けるなどプライドが許さないとして働く吸血鬼が大半なのである。
彼らは吸血鬼間でステータスとなる棺、貴重な血液、装飾品などを手に入れるため、日々労働に勤しんでいる。
「物にこだわる駄犬共と私を比べるなど、烏滸がましいわ。人々が日々、血液を捧げ、私はそれを飲み、眠って暮らす。これほど高貴な者に相応しい暮らしがあるかね?」
そう満足げに話す彼に、気分を害すことを知りながら、僕はこれだけは必ず言うようにと上司から念を押された話を伝えねばならない。
「再三指導があったと思いますが、保護の要件には、自立を目指すことがあるんです。このまま何もしないで受け続けられるものではないんです」
すると彼は先ほどまでの親しげな顔が嘘だったかのように、すんと表情を変えた。
「ならば、血液供給を止めるかね? 私はかまわんよ。そうなったのならば人を襲えばいいだけだ」
あまりの発言に唖然としてしまう。そんな僕の顔を見て、ニヤリと笑いながら彼は続ける。
「そのときには、君たちが血液供給を止めたからだと広めようじゃないか。吸血鬼被害の原因として君たちが負う責任はどれほどだろうね? 手始めに君が最初の犠牲者になるかね?」
「そんな...」
冷たい瞳で見つめられたとき、僕の頭によぎったのは、自分は捨て駒ではないかという疑いだ。
かつて吸血鬼は人を襲わなければ血を得られなかった。そんな人の敵であっても、今は法律で対等な存在として生活が保障されている。処分するには、法を犯させなければならない。
職員が被害に遭うだけならば悲劇として、役人側は擁護される立場になれる。仮に一般市民に被害があれば、彼を処分した上で、新人が自己判断で行ったことが原因だと、僕は都合のいい切り捨て先になる。
いつまで生き続けるかわからない、自立するつもりのない吸血鬼。そんな厄介者を新人一人の犠牲で合法的に処分できるのだ。
浮かんだ考えと近づく彼の姿に、恐怖と不安が止まらない。相手にしているのは人間など簡単に摘み取れる人外だ。僕はつい、俯いてしまう。
すると、僕の頭に彼はぽんと触れ、何事もなかったかのように棺に戻り、横たわる。
「冗談さ、そこまでするのは手間だからね。私はもう寝るよ。まあ、君は前任者とは違って話をよく聞く、見込みのある子だからね。来月も特別に話をしてやろう」
ふふふと笑いながら棺は閉じられる。その後声をかけても棺は静寂を保ったままだった。
肩を落とし、踵を返す僕の頭は、不安でいっぱいになっていた。これから僕はどんな相手と関わっていくのだろうか。ぐるぐると回る思考から、はっと我に返る頃には洞窟を抜けていた。
ふと、見上げた空には暗雲が垂れ込めていた。
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