異世界の知識を基に王国の改革が進められる中、勇者より「この国に人権を」との宣言がなされ、種族平等、奴隷制の廃止、生存権の保障が定められた。
これはそんなブレイブ王国で生存権を保障する生活保護課で働く新任職員の日常である。
薄暗い洞窟の中、ランタンを片手に僕は今、オンボロの棺の前に立っていた。
恐る恐る棺を叩き、声をかける。
「すみません、生活保護課です。お話させてくれませんか?」
ふわぁと欠伸をする声が聞こえた後、棺が開かれる。
「やれやれ、この私の眠りを妨げるなんて」
そう言いながら、ゆっくりと起き上がる彼に目を奪われる。
小さな灯に照らされた金の髪はさらさらと流れ、瞳は鮮やかに赤く輝いていた。
「ふむ、初めて見る顔だが新人かな?」
「はい、新しく担当になりました。これからよろしくお願いします」
彼は立ち上がり、目を細めながらしばらく僕の顔を眺めた後、満足げに頷きながら話し出す。
「そうか、ならばこの高貴たる私が、君に色々教えてあげよう。私から話を聞くことができるなんて、君は王国一幸運だぞ」
近づいてパンと強く背中を叩かれ、僕は引きつりそうになる顔を押さえた。
「そうだな、モテる秘訣はどうだろうか。君のような冴えない顔では経験したことがないだろがね、あれは、600年前、領主の娘に求婚され、13番目の妻に迎えた時の話だが・・・」
途切れることなく話続ける彼の自慢話を聞きながら、前任者の記録を思い返す。
年齢不明の自称貴族の吸血鬼。2年前に私を養う権利をやろうとして保護を申請した引きこもり。その美貌から彼の主張を真に受けそうになるが、吸血鬼族や他の長命種に調査した際には、彼の話す事実がなかったことが確認されている。
僕の今日の仕事は彼に求職活動について指導することだ。
ランタンのロウソクが3分の1程度まで短くなる程話を聞き続け、区切りがついた隙に僕は今回の訪問の要件を切り出す。
「僕からも話をしてもいいですか?」
「ああ、まだまだ話はあるが仕方ない。なにかね?」
「仕事についてなのですが」
すると彼はやれやれと肩をすくめる。
「君たちはいつもそれだね、私に合う仕事がないのがいけないんだよ」
「といいますと?」
「そうだな、劇団の主演としてぜひ舞台に立ってほしいと言うのであれば、考えなくもないな。誰より輝く私を崇める人がいるのは、昔を思い出して気分がいいからね」
確かに、吸血鬼が芸能活動を行う例は少なくない。
ただ、エルフやサキュバス、インキュバス、人魚など様々な種族がしのぎを削る世界であり、初舞台で立てる場とは思えなかった。
「役者経験があるんですか? それともこの保護期間で特訓を?」
「いや、ないね。私程才能の溢れる者には全てが容易なのだよ。君が私のパトロンになってもかまわないぞ!」
得意げに話すその言葉に僕は笑みを崩さぬように尋ねた。
「それならば、他の仕事にその才能を生かされればよいのではないですか? あなたの力を求めるられ、尊敬される職場は他にもあると思いますが?」
実際のところ、吸血鬼は引く手あまりな種族である。夜目が利く警備員、コウモリや鼠に変身して狭い隙間に入り、要救助者を救う救護隊員。高所での土木作業員など、昼は外を自由に動き回れないとはいえ、活躍の場は多くある。
「その尊敬とは便利な存在に対する物でしかないではないか。自ずから崇められることこそが私が求める物であり、人に仕えてまで得る偽物などゴミ同然だ!」
「そうかもしれませんが働かれている方は、もっとよい生活をしていますよ?」
魔王を倒した勇者と戦って、勝てる訳もないとして、吸血鬼達は現在そのほとんどが人と融和する穏健派だ。他人から施しを受けるなどプライドが許さないとして働く吸血鬼が大半なのである。
また、吸血鬼間でステータスとなる棺、貴重な血液、装飾品などを手に入れるため日々労働に勤しんでいる。
「物にこだわる駄犬共と私を比べるなど烏滸がましいわ。人々が日々血液を捧げ、私はそれを飲み、眠って暮らす。これほど高貴な者に相応しい暮らしがあるかね?」
そう満足げに話す彼に、僕は上司から念を押された話を伝えねばならなかった。
「再三指導があったと思いますが、保護の要件には、自立を目指すことがあるんです。このまま何もしないで受け続けられるものではないんです」
すると彼はすんと表情を変えた。
「ならば、血液供給を止めるかね? 私はかまわんよ。そうなったのならば人を襲えばいいだけだ」
あまりの発言に唖然としてしまう。そんな僕の顔を見てニヤリと笑いながら彼は続ける。
「そのときには、君たちが血液供給を止めたからだと広めようじゃないか。吸血鬼被害の原因として君たちが負う責任はどれほどだろうね? 手始めに君が最初の犠牲者になるかね?」
「そんな...」
冷たい瞳で見つめられたとき、僕の頭によぎったのは、自分は捨て駒なのではないかということだった。
かつて吸血鬼は人を襲わなければ血を得られなかった。今は法律で対等な存在として生活が保障されている。そんな相手を処分するには相手に法を犯させなければならない。
職員が被害にあっただけならば悲劇として、役人側は擁護される側になる。一般市民に被害がでれば、新人が自己判断で行ったとして、都合のいい切り捨て先になる。いつまで生き続けるかわからない自立するつもりのない吸血鬼。そんな厄介者を新人一人を犠牲に合法的に処分できる。
そんな想像で、恐怖と不安に襲われた僕は、つい俯いてしまった。
すると、僕の頭に、彼はぽんと触れた後、棺に戻り、横たわる。
「冗談さ、そこまでするのは手間だからね。私はもう寝るよ。まあ、君は前任者とは違って話をよく聞く、見込みのある子だからね、来月も特別に話をしてやろう」
ふふふと笑いながら棺は閉じられる。その後声をかけても棺は静寂を保ったままだった。
肩を落とし、洞窟を出る僕の頭はこの後の上司への報告書をどうするか、初日の業務でこれなら次はどんな人と会わなければならないのか、不安でいっぱいになっていた。
初投稿です。お手柔らかにお願いします。