今回は砂嵐に見舞われたアビドスでの、ちょっとした騒動のお話です。
ユメ先輩たちの賑やかな日常を描きつつ、少しずつ物語を進めていきたいと思います。
それでは、どうぞ!
砂嵐が過ぎ去った頃には、窓の外の空がすっかり茜色に染まっていた。
幸い、今回の嵐による被害はそれほど大きくなく、旧校舎の窓から砂が入り込んだ程度で済んでいる。ただし、校舎の各所に積もった砂の清掃には随分と時間を取られてしまい、生徒会室へ戻ってきた頃には三人とも疲れ切っていた。
「……あー、疲れた」
朔は椅子に腰を下ろすと、背もたれに身体を預けながら大きく息を吐いた。旧校舎への移動に始まり、扉の修理、ユメの捜索、そして後片付けと、今日は朝から随分と身体を動かした気がする。
「朔、あんた大丈夫?」
「ん? ああ、ちょっと疲れただけだよ」
「……本当に?」
「大丈夫だって。心配しすぎだぞ、お前」
「誰のせいで心配してると思ってるのよ……」
呆れたように言いながらも、ホシノは自分の鞄から水筒を取り出すと、朔の机へ置いた。
「ほら、水。ちゃんと飲んで」
「……ありがとな」
「別に。あんたが倒れたら、明日の仕事が増えるだけだから」
「はいはい、そういうことにしとくよ」
「……何よ、その言い方」
不満そうに眉を寄せるホシノに、朔は小さく笑った。昔から彼女はこういうところがあり、素直に心配していると言えばいいものを、わざわざ別の理由を付け加えるのだから面白い。
もっとも、そう指摘すれば余計に機嫌を損ねることくらい、長年の付き合いで十分に理解していた。
「ふふっ、二人とも本当に仲良しだね」
「「どこが!?」」
「あははっ、また揃った!」
楽しそうに笑うユメを前に、朔とホシノは顔を見合わせた後、揃ってため息をついた。
そんな、いつも通りの生徒会室。
しかし、今日はまだ仕事が一つ残っていた。
「あっ、そうだ! 二人とも、ちょっといい?」
ユメは思い出したように声を上げると、鞄の中から古びた書類の束を取り出した。先ほど旧校舎の資料室で見つけた、給水施設に関する記録である。
「これなんだけどね、さっき見てたら気になるものがあって」
「気になるもの、ですか?」
「うん! ここなんだけど……」
ユメが広げたのは、古いアビドス自治区の地図だった。
現在の地図とは随分と異なっており、既に砂に埋もれてしまった道路や、取り壊された建物の名前まで細かく記載されている。
その中でも朔の目を引いたのは、学校の西側から伸びる一本の線だった。
「……これ、送水管の経路図じゃないですか?」
「やっぱりそうだよね!」
「ちょっと見せてください」
朔はユメから地図を受け取ると、手元の端末に保存していた旧給水施設の図面と見比べ始めた。
施設の位置は一致している。しかし、現在の資料には存在しない経路が、古い地図には幾つか描かれていた。
「……あれ?」
「どうしたの、朔?」
「いや、ここなんだけどさ。この配管、学校の近くまで伸びてないか?」
朔が指差した場所を、ホシノも覗き込む。
確かに、古い図面には給水施設から学校方面へ伸びる配管が描かれていた。しかし、その途中からは破線に変わっており、現在も使用できる状態なのかは分からない。
「……本当だ。でも、これって随分古い図面でしょ?」
「ああ。だから今も残ってるかは分からないけど……」
朔は図面の端に記載された小さな文字へ目を向けた。
そこには、予備送水管という名称と、使用停止を示す記録が残されていた。
「……少なくとも、昔はここにも配管が通ってたみたいだな」
「それじゃあ、もしかして!」
ユメが期待に満ちた声を上げる。
しかし、朔はすぐに首を横へ振った。
「まだ分かりませんよ。埋設されてる配管が使える保証なんてありませんし、そもそも残ってるかどうかも怪しいですから」
「そ、そっかぁ……」
「ただ、もし使える部分が残ってるなら、新しく配管を敷くより費用を抑えられるかもしれませんね」
その言葉を聞き、ユメの表情がぱっと明るくなった。
「じゃあ、調べてみようよ!」
「……ユメ先輩」
すかさずホシノが口を開く。
「まさか、今から行くなんて言いませんよね?」
「えっ!? さ、流石に今日は行かないよ!?」
「……本当でしょうね?」
「ほんとだよぉ!」
疑いの眼差しを向けられ、ユメは慌てて両手を振った。
その光景に朔は苦笑しながら、机の上に広げた地図を指で軽く叩く。
「まあ、まずは資料の確認からですね。実際に調査するにしても、土地の管理状況とか、色々調べないといけませんし」
「……そうね。特にこの辺り、今はほとんど砂に埋もれてるはずだから」
「そうそう。だから、明日は残ってる記録を探してみようと思う」
「えへへ、じゃあ私も手伝うね!」
「もちろんです。というか、ユメ先輩にも手伝ってもらわないと困りますよ」
「任せて!」
胸を張って答えるユメに、朔は思わず笑みを浮かべた。
今朝届いた見積書を見た時には、今回の計画もここまでかと思っていた。しかし、古い資料から予想外の情報が見つかったことで、少なくとも調査を続ける理由はできた。
もちろん、これで全てが解決するわけではない。
古い送水管が残っていたとしても、実際に使えるかどうかは別問題であるし、修理費用が今の学校の予算に収まるとも限らない。
それでも、何も手掛かりがない状態よりはずっといい。
「……まったく、次から次へと仕事が増えるな」
「……朔、嫌なら別に手伝わなくてもいいんだけど?」
「いや、そこまでは言ってないだろ」
「ふーん?」
「……何だよ、その顔」
「別に?」
どこか楽しそうに笑うホシノを見て、朔は呆れたように肩をすくめた。
どうにも、幼馴染には自分の考えていることが筒抜けらしい。
◇
その日の帰り道、三人はいつものように並んで歩いていた。
砂嵐が過ぎ去ったばかりの街は、普段以上に静まり返っている。道路の隅には新しい砂が積もり、街灯の明かりが灯り始めた通りには、三人の足音だけが響いていた。
「……ねえ、二人とも」
不意に、ユメが口を開いた。
「何ですか、ユメ先輩?」
「明日も、よろしくね!」
そう言って、彼女はいつもの明るい笑顔を浮かべた。
「給水施設のこと、まだどうなるか分からないけど……もう少しだけ頑張ってみたいんだ」
「……そうですね。俺も、調べられることは調べてみますよ」
「私も手伝います。でも、先輩は無茶しないでくださいね」
「えへへ、分かってるよ!」
「……本当でしょうね?」
「ホシノちゃん、最近そればっかり!」
「誰のせいだと思ってるんですか!」
再び始まった二人のやり取りに、朔は小さく笑った。
そして、ふと先ほどの古い地図を思い出す。
現在の資料には記載されていなかった、学校へと続く一本の送水管。
あれがいつ、何のために使われ、どうして廃止されたのかは分からない。書類の中には幾つか記録が残されていたものの、肝心の使用停止に至った経緯については、詳しい説明が見当たらなかった。
単に老朽化しただけなのか、それとも別の理由があったのか。
いずれにせよ、明日もう一度資料を確認する必要がありそうだった。
「……朔?」
「ん?」
「何ぼーっとしてるの? 置いてくよ?」
「ああ、悪い」
少し先を歩いていたホシノに呼ばれ、朔は考えるのをやめた。
今はまだ、確かなことなど何も分かっていない。
それでも、明日やるべきことは決まった。
「……さて、明日も忙しくなりそうだな」
「今さらでしょ。いつものことじゃない」
「……違いない」
朔が苦笑すると、ホシノも小さく笑った。
その前方では、ユメが二人を待ちながら楽しそうに手を振っている。
「ほら、二人とも! 早く帰ろう!」
「はいはい、今行きますよ」
「……もう。先輩も少しは落ち着いてください!」
三人の声が、夕暮れの通りに響いていた。
明日はまず、古い送水管について調べてみよう。
そのためには、学校に残された資料だけでなく、かつて施設が使われていた頃の記録も必要になるかもしれない。
朔はそんなことを考えながら、幼馴染とともにユメの後を追いかけた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回もユメ先輩に振り回される朔とホシノでした(笑)
そして、旧校舎で見つかった古い資料から、給水施設に新たな可能性が見えてきました。
次回は、この資料を手掛かりに三人が調査を進めていく予定です。
まだまだ平和な三人の日常が続きますが、少しずつ物語も動かしていけたらと思います。
感想や評価などいただけると嬉しいです!
それでは、また次回!