今回で給水施設のお話は一区切りになります。
三人で色々と頑張ってきましたが、なかなか上手くいかないのがアビドスの現実ですね……。
それでは、どうぞ!
アビドス高等学校の生徒会室には、朝から紙をめくる音が響いていた。
机の上には古い地図や設備図面が並べられており、その中央には、先日三人で訪れた旧第七配水管理所の調査記録が置かれている。
ここ数日、天城朔たちが調べ続けてきた給水施設の問題も、ようやく一つの結論を迎えようとしていた。
「……で、結局どうなりそうなの?」
隣から声をかけてきた小鳥遊ホシノに、朔は手元の端末から顔を上げた。
「まだ業者からの回答待ちだよ。昨日追加の資料も送ったから、今日には返事が来ると思うけど」
「……そっか」
ホシノは短く答えると、机の上に広げられた地図へ視線を落とした。
以前の調査で発見した送水管は、地盤沈下の影響を受けている可能性が高い。仮に設備が残っていたとしても、安全に使用するためには相応の修繕が必要になるだろう。
問題は、その費用を現在のアビドスが負担できるかどうかだった。
「……やっぱり、難しそうだね」
「まあな。でも、まだ正式な回答が来たわけじゃないだろ」
「……そうだけど」
ホシノは小さくため息をついた。
机の片隅には、今月分の支出をまとめた書類が置かれている。学校の維持費に加え、老朽化した設備の修理や借入金の返済など、限られた予算の使い道は既に決まっていた。
そんな状況で、新たな工事に資金を回す余裕などほとんどない。
「……朔」
「ん?」
「もし、修理できるって言われたらどうする?」
その問いに、朔は少しだけ考え込んだ。
「費用次第だな。修理できることと、修理するべきかどうかは別だろ」
「……そうだね」
「そりゃ、使えるようになれば助かるけどさ。そのために学校の借金を増やしたら意味ないし」
朔はそう答えると、手元の書類を机へ置いた。
今回の計画が成功すれば、学校の負担を少しでも減らせるかもしれない。そんな期待がなかったと言えば嘘になる。
しかし、どれだけ時間をかけて調べた計画であっても、実現が難しいと判断したなら、どこかで区切りをつけなければならない。
それくらいのことは、朔も理解していた。
「……ユメ先輩、残念がるだろうね」
「……だろうな」
二人は顔を見合わせた。
ここ数日、ユメは随分と楽しそうにしていた。古い設備の記録を見つけた時も、送水管の存在を確認できた時も、自分のことのように喜んでいたのを覚えている。
そんな彼女に計画を諦めてもらうことになるかもしれないと思うと、やはり少しばかり気が重かった。
「……まあ、返事が来てから考えようぜ」
「……うん」
ホシノが頷いた、その時だった。
「おっはよー! 二人とも!」
勢いよく扉が開き、聞き慣れた声が生徒会室に響いた。
顔を上げれば、そこにはいつもの笑顔を浮かべた梔子ユメが立っていた。
「おはようございます、ユメ先輩」
「おはようございます。今日は早いですね」
「えへへ、昨日はちゃんと早く寝たからね!」
胸を張って答えるユメに、朔は少しだけ目を見開いた。
「……珍しいですね」
「えっ!?」
「いや、先輩がちゃんと寝てくれるのは嬉しいんですけど……」
「朔くん!? 私、そんなに信用ないの!?」
「……普段の行いじゃないですか?」
「ホシノちゃんまで!?」
朝から賑やかな声が響き、朔は思わず笑ってしまった。
何だかんだ言って、こうして三人で過ごす時間は嫌いではない。学校の状況を考えれば笑ってばかりもいられないのだが、それでも、ユメが元気にしていると不思議と気持ちが軽くなる。
「……ところで、二人とも」
「はい?」
「給水施設のこと、何か分かった?」
ユメは机の上に置かれた資料へ視線を向けた。
その表情には、隠しきれない期待が浮かんでいる。
「まだ最終的な回答は来てないんです。今日中には連絡があると思いますから、もう少し待ってください」
「そっかぁ……」
「それまでは、残ってる仕事を片付けましょう。昨日の経費報告書もありますし」
「あっ……」
ユメの動きが止まった。
その反応を見たホシノが、ゆっくりと顔を上げる。
「……ユメ先輩?」
「え、えへへ……」
「まさか、まだ終わってないんですか?」
「……あと、少しだけ?」
「……はぁ」
ホシノの深いため息が、生徒会室に響いた。
朔はその様子を眺めながら、机の上に積まれた書類を手に取る。
「……とりあえず、俺も手伝いますよ」
「本当!? ありがとう、朔くん!」
「その代わり、今日はちゃんと終わらせましょうね」
「うん!」
元気よく頷くユメを見て、ホシノは呆れたように肩を落とした。
「……朔、あんたも甘いんだから」
「お前だって結局手伝うだろ?」
「……それは」
「ほらな」
「……もうっ!」
不満そうに睨んでくる幼馴染に、朔は小さく笑った。
◇
業者からの連絡が届いたのは、昼休みを少し過ぎた頃だった。
「……おっ」
端末の通知に気づいた朔が画面を開くと、そこには待ち望んでいた回答が表示されていた。
数日前から相談していた設備業者による、旧給水施設の再利用に関する見解である。
「ホシノ、ユメ先輩。ちょっといいですか?」
「……来た?」
「あっ! もしかして!」
「はい。業者から返事が来ました」
その言葉に、二人はすぐさま朔の机へ集まった。
朔は添付された資料を開き、内容を確認していく。
回答は、決して明るいものではなかった。
古い送水管を再利用するには、まず地盤や配管の損傷状態を詳しく調べなければならず、その結果次第では大規模な交換工事が必要になるという。
加えて、長期間使用されていなかった設備を再稼働させるには、水質や衛生面の確認も欠かせない。
つまり、修理そのものが不可能と断定されたわけではないものの、実用化までには多額の費用がかかる可能性が高いということだった。
「……なるほどな」
朔は最後まで読み終えると、小さく息を吐いた。
「……どうだった?」
ホシノが尋ねる。
「……厳しいな」
朔は端末を二人へ向けた。
「修理できる可能性はあるみたいです。ただ、安全に使えるかどうか確認するだけでも結構な費用がかかるらしくて……」
「……そっか」
ユメの声が、少しだけ小さくなった。
朔は続ける。
「しかも、仮に修理できたとしても、工事費用を水道代の節約分で回収できるかは分からないそうです。今の学校の状況だと、正直おすすめできませんね」
説明を聞き終えたホシノは、静かに頷いた。
「……やっぱり、そうなるよね」
予想していた結論だったのだろう。
彼女の表情に大きな変化はなかったが、それでも僅かな落胆は隠せていなかった。
一方のユメは、端末に表示された資料をじっと見つめていた。
「……ユメ先輩?」
「……うん」
声をかけられたユメは、顔を上げた。
そして、少しだけ困ったように笑う。
「……残念だね」
その言葉に、朔は何も答えられなかった。
何日もかけて調査を行い、古い資料を探し、実際に現地へも足を運んだ。それでも、結果として学校の負担を減らすことはできなかったのだ。
悔しくないわけがない。
「……先輩」
「ん?」
「すみません。結局、あまり力になれなくて」
朔がそう告げると、ユメは少しだけ驚いたような顔をした。
「……えっ?」
「俺も何とかできないかと思ってたんですけどね。結局、修理する方法は見つけられませんでした」
そう言って苦笑する朔を、ユメはしばらく見つめていた。
それから、ふっと表情を和らげる。
「……そんなことないよ」
「……ユメ先輩?」
「だって、朔くんもホシノちゃんも、いっぱい手伝ってくれたでしょ?」
ユメは机の上に置かれた資料へ視線を向けた。
「古い施設を調べたり、昔の地図を探したり……私一人だったら、きっとここまで分からなかったと思うんだ」
「……」
「だから、ありがとう」
その言葉に、朔は少しだけ目を見開いた。
ユメはいつものように笑っている。
けれど、その笑顔には、先ほどまでの期待とは違う、穏やかな感情が浮かんでいた。
「……そうですね」
朔は小さく頷いた。
「少なくとも、これ以上お金をかけるべきじゃないって分かったのは収穫だったと思います」
「……うん」
「だから、今回の計画はここで一区切りにしましょう」
そう告げると、ユメは少しだけ目を伏せた。
その隣で、ホシノが静かに口を開く。
「……ユメ先輩」
「ん?」
「……今のアビドスには、他にもお金を使わなきゃいけないところがたくさんあります」
「……うん」
「だから、今回は……」
ホシノはそこで言葉を止めた。
それ以上、何と言えばいいのか分からなかったのだろう。
しかし、ユメはそんな彼女へ向けて、小さく微笑んだ。
「……分かってるよ、ホシノちゃん」
「……え?」
「学校を守るために始めたことなのに、そのせいで学校が困っちゃったら意味ないもんね」
ユメはそう言うと、端末を朔へ返した。
「……今回は、諦めようと思う」
その声は穏やかだった。
もちろん、残念ではあるのだろう。
しかし、そこに無理をしているような響きはなかった。
彼女自身、今の学校の状況を理解した上で出した結論なのだ。
「……ユメ先輩」
「えへへ……そんな顔しないで、朔くん」
「……え?」
「今回は上手くいかなかったけど、また別の方法を考えればいいんだから!」
そう言って笑うユメに、朔は少しだけ呆れたような表情を浮かべた。
「……本当に、諦めの悪い人ですね」
「えへへ、そうかな?」
「まあ、悪いことじゃないと思いますけどね」
朔はそう答えると、机の上に置かれた書類をまとめ始めた。
これで、給水施設に関する調査は一旦終了となる。
期待していたような結果は得られなかった。
しかし、それでも。
三人が一緒に考え、悩み、実際に行動したことまで、無駄になったわけではないはずだった。
◇
午後の仕事が一段落した頃、三人は旧生徒会室の書庫を整理していた。
今回の調査で集めた資料を、今後も確認できるように保管しておくためである。
もっとも、長年整理されていなかった書庫の状態は相当なもので、棚には古い書類が無造作に積まれ、床には段ボール箱が幾つも放置されていた。
「……いや、これ全部整理するのか?」
朔は目の前の光景を見て、思わず顔をしかめた。
「……そうみたいね」
隣に立つホシノも、何とも言えない表情を浮かべている。
一方のユメは、何故か嬉しそうだった。
「えへへ、何か宝探しみたいで楽しいね!」
「……ユメ先輩」
「ん?」
「これ、遊びじゃありませんからね?」
「わ、分かってるよぉ!」
ホシノに注意され、ユメは慌てて両手を振った。
朔はそんな二人を眺めながら、近くに積まれた段ボール箱を一つ開けた。
中に入っていたのは、昔の学校案内や行事の記録だった。
「……お、懐かしいな」
朔が手に取ったのは、古いアビドス高等学校の案内冊子だった。
表紙には、まだ多くの生徒が通っていた頃の校舎が写っている。
現在では使われていない施設や、今は砂に覆われてしまった庭園の写真まで掲載されていた。
「……ホシノ、これ見てみろよ」
「……何?」
「昔の学校案内」
差し出された冊子を見たホシノは、少しだけ目を見開いた。
「……へえ、こんなの残ってたんだ」
「な。今じゃ考えられないくらい生徒がいるぞ」
「……本当だね」
ホシノは冊子を受け取ると、ゆっくりとページをめくった。
そこには、教室で授業を受ける生徒たちや、部活動に励む少女たちの姿が写っていた。
どの写真にも、今のアビドスでは見られなくなった賑わいがある。
「……昔は、こんなに人がいたんだね」
「……そうだな」
朔は静かに頷いた。
幼い頃から暮らしてきた街が、少しずつ砂に呑まれていく様子を、二人はずっと見続けてきた。
昔は当たり前だったものが、気づけば一つ、また一つと失われていく。
行きつけだった商店も、放課後によく遊んだ公園も、今ではそのほとんどが姿を変えてしまった。
「……ねえ、朔」
「ん?」
「……あの頃に戻れたら、って思うことある?」
突然の問いに、朔は少しだけ考え込んだ。
「……まあ、ないとは言わないな」
「……そっか」
「でも、戻れないもんは戻れないだろ」
そう言って、朔は小さく肩をすくめた。
「だったら、今の街をどうするか考えるしかないんじゃないか?」
「……そうだね」
ホシノは静かに頷いた。
その表情は、少しだけ寂しそうだった。
「……あっ!」
不意に、部屋の奥からユメの声が響いた。
「二人とも、ちょっと見て!」
「……今度は何ですか、ユメ先輩?」
「これ! 昔の学校行事の記録なんだけどね!」
ユメが嬉しそうに掲げたのは、古びた冊子だった。
そこには、文化祭や運動会をはじめ、地域の住民たちと協力して開催されていた催し物の記録が残されている。
「……へえ、色々やってたんですね」
「うん! 昔のアビドスって、こんなに賑やかだったんだね!」
ユメは嬉しそうにページをめくった。
そこには、大勢の人々が笑顔で並ぶ姿が写っている。
「……楽しそうだなぁ」
小さく呟く彼女の声を聞いて、ホシノが顔を上げた。
「……ユメ先輩」
「ん?」
「昔のことを調べるのはいいですけど、今やらなきゃいけないことも忘れないでくださいね」
「えっ?」
「まだ学校の仕事はたくさん残ってますから。あんまり寄り道ばかりしてると、今日中に終わりませんよ」
「うぅ……分かってるよぉ」
ユメは名残惜しそうに冊子を閉じると、再び書類の整理を始めた。
朔はそんな二人を見ながら、小さく苦笑した。
「……まったく、お前も相変わらず厳しいな」
「誰かが言わないと、先輩はずっと見てるでしょ」
「……まあ、それはそうか」
「でしょ?」
少しだけ得意げに笑うホシノに、朔は肩をすくめた。
こうして、三人の書庫整理は夕方まで続くことになった。
◇
「……よし、これで終わりですね」
朔は最後の書類を棚へ戻すと、大きく息を吐いた。
今回の給水施設に関する資料も無事に整理され、いつでも確認できるようになっている。
これで、一連の調査は正式に終了した。
「……お疲れ様、二人とも!」
ユメが嬉しそうに声をかけてくる。
「今日は頑張ってくれたから、私からお礼!」
そう言って差し出されたのは、三人分の飲み物だった。
「……ありがとうございます、ユメ先輩」
「……先輩、これどこで買ってきたんですか?」
「えへへ、さっき購買に行った時に買ってきたんだ!」
その言葉を聞いたホシノは、少しだけ眉を寄せた。
「……まさか、生徒会の経費じゃありませんよね?」
「ち、違うよ!? ちゃんと自分のお小遣いから買ったんだから!」
「……本当でしょうね?」
「本当だよぉ!」
慌てて否定するユメを見て、朔は思わず笑ってしまった。
「……まあまあ、ホシノ。そこまで疑わなくてもいいだろ」
「……朔、あんたはまたそうやって」
「せっかく買ってきてくれたんだから、ありがたく貰っとこうぜ」
「……もう」
ホシノは呆れたようにため息をついたものの、結局は差し出された飲み物を受け取った。
それから三人は、それぞれ飲み物を手に取り、しばらく他愛のない話をしていた。
今日の仕事のこと。
明日の予定。
そして、ユメがまた何か新しい計画を思いつかないかという、少しばかり不安な話。
そんな会話を交わしているうちに、窓の外の空は少しずつ赤く染まっていった。
「……あっ!」
不意に、ユメが声を上げた。
「……どうしました、ユメ先輩?」
「お花!」
その言葉を聞いた朔は、思わず窓際へ視線を向けた。
そこには、数日前に三人で植えたマリーゴールドの鉢が置かれている。
「……見て見て、二人とも!」
ユメは嬉しそうに駆け寄ると、植木鉢の前にしゃがみ込んだ。
朔とホシノも近づき、その中を覗き込む。
「……おお」
朔は思わず声を漏らした。
土の表面から、小さな緑色の芽が顔を出していたのである。
「……芽、出たんだな」
「うん!」
ユメは満面の笑みを浮かべた。
「やったぁ! ちゃんと芽が出たよ!」
その喜びようは、まるで何か大きな仕事を成し遂げたかのようだった。
しかし、朔にはその気持ちが少しだけ分かるような気がした。
ほんの数日前まで、そこには何もなかった。
ただの土が入った、小さな植木鉢。
それが今では、確かに新しい命を育み始めている。
「……よかったですね、ユメ先輩」
「うん!」
嬉しそうに頷くユメを見て、ホシノも小さく微笑んだ。
「……まだ芽が出ただけですよ。ちゃんと花が咲くまで、油断しないでくださいね」
「えへへ、分かってるよ!」
「……本当でしょうね?」
「もう、ホシノちゃんったら!」
そんな二人を眺めながら、朔は小さく笑った。
給水施設の計画は上手くいかなかった。
学校の借金が減ったわけでもなければ、砂漠化が止まったわけでもない。
それでも、この小さな植木鉢には、確かに変化が生まれている。
全ての努力が思い通りの結果につながるわけではないが、だからといって、何もしない方がよかったとは思わなかった。
「……ユメ先輩」
「ん?」
「花が咲いたら、約束通り写真を撮りましょうね」
その言葉に、ユメは少しだけ目を見開いた。
そして、嬉しそうに微笑む。
「……うん! 絶対だよ!」
「……私も、ちゃんと覚えてますから」
ホシノが静かに付け加えた。
その言葉を聞いたユメは、二人の顔を交互に見つめると、心底嬉しそうに笑った。
「……ありがとう、二人とも!」
夕日に照らされた生徒会室に、三人の笑い声が響いた。
◇
その日の帰り道。
朔とホシノは、いつものように並んで歩いていた。
ユメとは少し前の分かれ道で別れており、今は二人きりである。
空には薄い雲が広がり、遠くの地平線には夕日の名残が見えていた。
「……ねえ、朔」
「ん?」
「……今日のことなんだけど」
「……給水施設の話か?」
「うん」
ホシノは小さく頷いた。
それから、少しだけ考え込むように視線を落とす。
「……結局、上手くいかなかったね」
「……まあ、そうだな」
「……何日もかけて調べたのに」
その言葉には、隠しきれない悔しさが滲んでいた。
ホシノは誰よりも現実的に物事を考える少女だったが、それでも今回の計画が成功することを、心のどこかで期待していたのだろう。
何しろ、学校が抱える問題は何一つ解決していない。
今後も同じように、できることを探しては、上手くいかずに別の方法を考える日々が続くのかもしれない。
「……なあ、ホシノ」
「……何?」
「……俺だって、悔しくないわけじゃないぞ」
朔はそう言って、前を向いた。
「せっかく調べたんだから、できれば上手くいってほしかったよ」
「……」
「でも、無理に進めて後から困るよりはよかったと思う。少なくとも、今回はちゃんと判断できたんだからさ」
「……そうだね」
ホシノは小さく頷いた。
しばらくの間、二人は黙って歩いていた。
その沈黙は、決して気まずいものではなかった。
幼い頃から何度も一緒に帰ってきた道。何か話したいことがあれば話すし、何もなければ黙って歩く。
それだけで十分だった。
「……朔」
「ん?」
「……明日も、よろしくね」
突然の言葉に、朔は少しだけ目を瞬かせた。
そして、小さく笑った。
「……ああ。こちらこそ」
ホシノも、ほんの僅かに微笑んだ。
夕暮れの通学路に、二人の足音が静かに響いていた。
◇
一方、その頃。
アビドス高等学校の生徒会室には、まだ明かりが灯っていた。
「……よいしょっと」
ユメは机の上に積まれた書類を整理すると、ようやく小さく息を吐いた。
朔とホシノには、今日はもう帰ると伝えていた。
実際、残っていたのはほんの少しの片付けだけであり、長居するつもりはない。
ただ、今日見つけた古い学校行事の資料が気になって、もう一度だけ確認しておきたくなったのだ。
「……本当に、昔はいろんなことをやってたんだなぁ」
ユメは古い冊子を開き、掲載された写真を眺めていた。
そこには、大勢の生徒や住民たちが笑顔で並ぶ姿が写っている。
今では想像もできないほど賑やかな街。
けれど、かつては確かに存在していた光景だった。
「……いいなぁ」
小さく呟きながらページをめくっていたユメは、ふと、ある写真に目を留めた。
「……あれ?」
そこに記されていたのは、かつてアビドス自治区で開催されていたという、一つの催し物の名前だった。
『アビドス砂祭り』
ユメはその文字を見つめながら、少しだけ首を傾げた。
「……砂祭り?」
聞き覚えのある名前だった。
確か、昔のアビドスでは毎年のように開催されていた、大きなお祭りだったはずだ。
しかし、今ではすっかり途絶えてしまっており、詳しいことを知る人も少なくなっている。
ユメは興味を引かれたように、資料の続きを確認した。
そこには、昔の砂祭りについての簡単な説明と、当時の街並みを写した写真が掲載されている。
大勢の人々が集まり、笑顔で祭りを楽しむ姿。
今では失われてしまった、かつてのアビドスの光景だった。
「……すごいなぁ」
ユメは小さく微笑んだ。
それから、冊子の端に記されていた資料番号を手帳へ書き留める。
どうやら、昔の砂祭りに関する記録は、他にも幾つか残されているらしい。
「……明日、もう少し調べてみようかな」
そう呟くと、ユメは冊子を閉じた。
そして、窓際に置かれた小さな植木鉢へ視線を向ける。
そこには、今日ようやく顔を出したばかりの緑色の芽があった。
ユメは植木鉢の前にしゃがみ込むと、嬉しそうに微笑んだ。
「……ちゃんと大きくなってね」
小さな芽が、夕日に照らされている。
それを見つめる少女の表情は、どこまでも穏やかだった。
ふと、彼女は先ほどの資料へ視線を戻す。
いつか、この学校にもう一度花を咲かせたい。
そして、いつかまた、昔のように人々が集まる街にしたい。
どちらも簡単に叶う夢ではない。
それでも、諦めたくはなかった。
「……えへへ」
ユメは小さく笑うと、机の上に置かれた資料を大切そうに閉じた。
明日、ホシノちゃんと朔くんにも見せてみよう。
そんなことを考えながら、彼女は生徒会室の明かりを消した。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回で給水施設編は終了です!
結局、計画は実現しませんでしたが、三人にとっては無駄な時間ではなかったと思います。
そして、ようやくマリーゴールドの芽が出ました! 小さな一歩ですが、こういう日常も大切にしていきたいですね。
さて、次回からはいよいよ原作にも登場した、アビドス砂祭りのお話に入っていく予定です。
朔がいることで、ユメ先輩とホシノの関係がどう変わっていくのかも描いていけたらと思います。
感想や評価などいただけると嬉しいです!
それでは、また次回!