騎士の名家であるハート家の嫡男、リディル・ハート。
固有魔力【反復】を持ちながら、その斬撃は数十秒遅れてしか届かない。
幼馴染のヴェラと、病弱な妹フロレッタ。
流星雨を見るため、三人でこっそり屋敷を抜け出した夜――。
これは、のちに『斬雨の勇者』と呼ばれる少年の、何気なくて、かけがえのない一日。
小説家になろうにも投稿しています。
「……僕には、無理だよ」
「まーたそんなこと言って。へこたれないの!」
尻もちをついたまま目を逸らすと、目の前の少女――エルヴェラから叱られる。
木でできた模擬剣で頬をぺしぺしと軽く叩かれ、無理やり目を合わせさせられる。
そのまま顔を覗き込まれた。
「まあ、あんたがプレッシャーを感じるのは分かるよ。あのハート家の嫡男。そして固有魔力【
僕の名はリディル・ハート。
騎士の名家、ハート家の嫡男だった。
僕は数万に一人しか持たないと言われている固有魔力を持って生まれてきてしまっていた。
そのせいで大いに期待され、齢十二にして剣の技術やその他諸々を叩きこまれている。
僕にはそんな力、ないのに。
エルヴェラ――ヴェラは、ハート家の剣術指南役、ベルトラムの一人娘だ。
明るい茶の髪を二つに結っている。
僕の稽古相手として育った幼馴染で、歳も確か、一つしか違わなかったはずだ。
ヴェラの方が年上。
背も少しだけ僕が負けていた。
「固有魔力って言っても、使い物にならないし」
「口答えしない!!」
「うう……」
人によって質が大きく異なると言われる魔力の中でも、特に異質なのが固有魔力だ。
一般的な四大属性、火、水、風、土と異なり、僕の魔力【反復】は、僕が起こした剣の動きを記憶して、再現することができる。
一太刀で、二度斬撃を起こすことができるのだ。
しかし、使い物にならない。
あまりにも遅すぎるのだ。
一回剣を振って、数十秒後、指定箇所でもう一度斬撃が起きる。
もちろん魔力による攻撃だから、魔力の流れを読まれたら普通に回避される。
期待されているような力は発揮できていなかった。
「あんたはね、自己評価が低すぎるの! 剣の腕も悪くないし、歳のわりに属性魔法も使える。もっと自信を持ちなさい!」
ヴェラはそう言うが、違うんだ。
僕に求められているのは、歳のわりにすごい、なんてものではない。
騎士の名家として生まれ固有魔力を持っている以上、歳の枠にはまらない、他を圧倒する力を持っていないといけないのだ。
僕には到底そんな力はない。
「……ヴェラには分からないよ。僕の気持ちなんて」
「あんたねえ……!!」
「痛い、痛いよ!」
ヴェラが模擬剣をぐりぐりと頬にめり込ませてくる。
「ヴェラはいいよね。大人顔負けの剣術があって」
ヴェラの剣術は大人顔負けだ。
幼少期より剣を叩きこまれていて、魔法こそ使えないが、大人相手でも互角に渡り合える実力がある。
ベルトラムから習ってるのは僕も同じなんだけどな。
「あたしがどれだけ――」
ヴェラが顔に怒気をにじませた。
咄嗟に顔を守ると、ヴェラは呆れたように模擬剣を引いた。
「はあ、いいわ。もう帰りましょ」
「……うん」
手が差し出される。
その手を握ると、女の子らしくないごつごつとした感触があった。
そこで、先ほどの発言を後悔した。
軽率だった。
ヴェラは、僕以上に努力をしてあの位置に立っているのだ。
◇
「兄さま! それにヴェラ姉さまも! おかえりなさい」
「ただいま、フロレッタ」
「フロレッタ! 今日もかわいいねえ」
「ヴェラ姉さま! ふふ、くすぐったいですよ」
屋敷に戻り妹であるフロレッタの部屋に顔を出す。
フロレッタはベッドの上から、満面の笑みで僕たちを迎えた。
ヴェラはフロレッタを抱きしめ、顔を擦り付けている。
いつもの光景だ。
結った髪がぺしぺしと当たるので、フロレッタは少しだけ困った顔をしていた。
それから、少しだけ他愛ない話をした。
ヴェラにまた負けたとか、フロレッタは最近花を覚えることにハマっているだとか。
数十分したところで、フロレッタは急に真面目な顔をしてこちらを向いた。
「……兄さま。実はお願いがあるのですが」
「お願い? 珍しいね」
フロレッタは普段、こうやってお願いしてくることが少ない子だった。
「任せなさい! リディルがすぱっと解決しちゃうんだから!」
「まあ、姉さま! ありがとうございます」
「え、ちょ、僕はまだ何も――」
ヴェラに頭を小突かれた。
拒否するつもりはなかったが、拒否権はないらしい。
「――流星雨を見たいの」
フロレッタがそう言うと、ヴェラが反応した。
「あ、そういえばもうそんな時期だっけ」
リンデルの丘。
別名、星降りの丘だ。
そこでは毎年、この時期になると数カ月にわたって、夜、流星の雨が降る。
このあたりの地域だと特に珍しいものでもないのだが、病弱なフロレッタはあまり外に出ない。
見たことが無いのだ。
「それじゃあ、今夜見に行こう。あそこは危ないし、ベルトラムにお願いしようか」
フロレッタは体内の魔力と外気の魔力が合わず、身体がうまく動かせないという病にかかっていた。
魔力病という、珍しい病だ。
体内の魔力が不安定で、その症状は日によって大きく波がある。
調子のいい日は市場なんかにも顔を出しているようだが……幸い、今日はフロレッタの調子はよさそうだ。
これなら夜にも出かけられるだろう。
しかし、この地域にはこんな伝承がある。
『星降りの夜には魔物が騒ぐ』。
僕がもっと小さかった時、見に行ったのは戦える人と一緒だった記憶がある。
僕がそう言うと、フロレッタは目を伏せた。
「あの、私ね……その……」
「どうしたの? なんでも言って!」
ヴェラがそう言うと、フロレッタは再び不安そうに顔を上げた。
「私、兄さま、姉さまと一緒に見たいの」
◇
夜、みんなが寝静まった屋敷を三人で抜け出した。
ベルトラムを連れて行かないとなると、家から反対されるのは分かり切っていた。
だから黙って出てきたのだ。
本当のことを言えば僕は反対だった。
魔物が出る危険な場所に妹であるフロレッタを連れ出したくない。
ただ、妹がこんな我儘を言うのも珍しかった。
やりたいことを素直に言ってくれるのが嬉しかった。
だからこそ、兄として応えてあげないと、と思った。
「魔物、でたらどうしよう……」
でも、不安なことには変わりない。
ここには強い魔物は出ないと聞いてはいるのだが。
「ほら、弱気にならない!」
「兄さまと姉さまなら大丈夫ですよっ」
ヴェラに背中をばし、と叩かれる。
「叙任のときには魔物、一人で倒さないといけないんでしょ? 練習だと思いましょ」
「……うん」
覚悟を決める。
何かあったらフロレッタを守るのは僕とヴェラだ。
実力は伴っていなくても、心構えだけはしっかり。
「あんたの固有魔力でずばーん! とやっちゃってよ!」
「いや、あれは遅すぎて使い物にならないよ」
「威力は十分でしょ?」
ヴェラに言われる。
確かに威力は低くはない。
込めた魔力分、威力は増幅できる。
「……それはそうだけど」
「じゃあ簡単じゃん。遅いならその分、あたしが時間を稼げばいい。違う?」
にっ、と笑うヴェラは頼もしく見えた。
ヴェラと一緒なら、僕の魔力も活かせるのかな。
「ねえ、兄さま、姉さま! 私、本で読みました! 戦場で背中を預け合う男女。命を救い合う内にお互いは惹かれ合って――」
「ちょ、ちょっと! フロレッタ!」
顔を真っ赤にしたヴェラがフロレッタの口元を塞いだ。
「そんなつもりないから!」
ヴェラが僕を睨みつける。
「大丈夫、分かってるから」
僕がそう言うとヴェラはジト目になった。
「残念……とってもお似合いなのに」
本気で悲しそうに下を向いたフロレッタ。
冗談じゃなかったんだ……。
歩きなれない森の小道を進む。
上り坂になってきて、丘が近づいてきたのが分かった。
その時。
近くの茂みが動く。
何かがいる。
腰に下げた剣を抜こうとした。
しかし、もう遅かった。
茂みから狼が飛び出していた。
その額には一本の角。
隣のフロレッタに、まっすぐ襲い掛かっていた。
守らないと。
間に合わない。
それでも、踏み込め。
無理やり身体をねじ込みに動く――。
剣閃。
一角狼が大きく横に吹き飛ぶ。
ヴェラだった。
僕よりも早く動き、フロレッタを守るように立っていた。
「姉さま!」
「下がってて、フロレッタ! リディル、行ける!?」
「ああ!」
僕もすぐに剣を抜き、となりに立つ。
「なんで
一角狼は上位の魔物だった。
A、Sランクの冒険者がパーティを組んで群れと対峙するような魔物。
他の上位の魔物に比べると比較的小柄だが、内包する魔力量が多く、危険度が高い。
一角狼と対峙する。
実物を見るのは初めてだ。
その体躯は話で聞いたものより小さい。
成体ではないのだ。
しかし、それでもヴェラの刃は通っていない。
一角狼の脇腹から少し血が流れているのみで、一撃を受けてもなお致命傷ではない。
ヴェラの一振りなら身体が真っ二つになっていてもおかしくはない。
「リディル、来るよ!」
ヴェラが叫ぶと同時に、一角狼は僕に飛び掛かってきた。
思わず呼吸が乱れる。
殺される。
僕じゃ、勝てない。
剣を構える手がぶれた。
一角狼を迎え撃つように、剣を振る。
祈るように、目をぎゅっと瞑った。
地に剣が突き刺さる。
目を開く。
空ぶっていた。
一角狼は隣に避け、こちらに飛び掛かってきていた。
ふと、視点が横にぶれた。
さっきまで僕がいた場所に、ヴェラがいた。
僕に体当たりし、代わりに牙を剣で受け止めていた。
「さっきの、覚えてる!?」
こちらに顔を向けないまま、ヴェラが叫ぶ。
「任せたよ、リディル・ハートッ!!」
そう言われた瞬間。
心が熱くなった。
ハートという家名。
足かせだった。
どれだけ頑張っても、ハートを基準にされていた。
僕は誰よりも強くなくちゃいけないって思っていた。
でも、君がその名を呼ぶと意味が変わって聴こえたんだ。
誰よりも僕を知っている、君が言うその言葉はまるで魔法だった。
そうだ、僕は騎士の名家の嫡男、リディル・ハートだ。
ここでやらないで、どうする。
ヴェラに向かって魔力を放つ。
その剣に、僕の魔力を纏わせた。
一角狼と打ち合うその剣の軌道。
目を瞑る。
先ほどのような恐怖ではない。
ただ、集中する。
魔力を注ぎ続ける。
剣の軌道を記録した。
一角狼の魔力を知覚する。
そして、記録した魔力を、その一角狼の魔力に接近。
記録、配置、そして起動することで解き放つ固有魔力。
僕だけの力を、君と放つ。
「くっ!?」
ヴェラの剣が角で弾かれた。
無防備なヴェラに向かって、一角狼が突進する。
――ここだ。
その剣閃は、数十の斬撃の嵐となり、一角狼を斬り裂いた。
◇
「すごい! 兄さま、姉さま! 見てますか!?」
フロレッタが飛び跳ねながらはしゃぐ。
こんな様子を見たのは初めてだった。
「綺麗……」
ヴェラが柄にもなく、静かに目を輝かせていた。
「兄さま、これを――」
フロレッタが、服のポケットから、翡翠色をした綺麗な石が飾られたペンダントを取り出した。
「兄さま、お誕生日おめでとうございます。……ちょっと早いですけど」
「え、これ、僕に……?」
フロレッタが僕の首にペンダントを通す。
「似合ってるじゃん」
ヴェラが腰に手を当てて笑った。
「露店で見つけたんです。兄さまの瞳とそっくりで綺麗だったから」
「……ありがとう。大事にするよ」
僕がそう言うと、フロレッタは満足げに頷いて、そっと流星雨に視線を戻した。
「……ねえ、兄さま。いつか、兄さまの剣がこの流星雨みたいに降ったら、きっと綺麗ですね」
――流星雨は絶え間なく、地に向かって流れ落ちていた。
◇
輪廻の魔王、エレオノーラの赤髪が揺れた。
当てが外れて大層機嫌が悪いらしい。
自然と穏やかな気持ちが、心の底から浮かび上がってくる。
そうか、ここだったんだ。
僕の探していた場所は。
もう、ここで終わっていいんだ。
会いに行こう。
フロレッタ。
ヴェラ。
翡翠のペンダントが揺れた。
待ってて。
すぐに行くよ。
ねえ、見てくれてるかな。
僕、強くなったよ。